それでも僕等は言葉を隠す

それでも僕等は言葉を隠す

夏のある日、閉鎖的な田舎の村に住む天方時雨のもとに、幼なじみの久世おとわが姿を現し、二人は5年ぶりの再会を果たす。互いを大事に思い合う二人だったが、時雨とおとわには、それぞれ言えない言葉があった。胸に秘めた思いと共に拭いきれない違和感を抱えていた二人は、すべての原因が五年前の夏に端を発していたことを知る。運命に翻弄される少年少女たちの姿を描く、「言えない言葉」でつなぐチェーンストーリー。「ASUKA」2019年8月号から掲載の作品。

正式名称
それでも僕等は言葉を隠す
ふりがな
それでもぼくらはことばをかくす
作者
ジャンル
ヒューマンドラマ
 
神話・伝承
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世界観

本作『それでも僕等は言葉を隠す』の舞台となるは、非常に閉鎖的で古い価値観が根強く残っている。村にある神社では、「厄砕様」と呼ばれる土地神が祀られており、村人たちは災害から村を守ってくれる存在として、厚い信仰心を持っている。また、人間が暮らす現世に対し、神が住まう神域「隠世」が存在し、そこには氏神や付喪神、その見習いたちが暮らしている。現世の土地を鎮める役割を持つ厄砕は、古来より一定の周期で代替わりを必要としており、村の柱として災厄を鎮める役割を担うため、現世より人の子を攫って隠世で育てることを繰り返してきた。しかし村人たちは、この事実を知らない。それは、次期厄砕として選ばれた者以外は、現世に住む人間たちの記憶からその存在がまるごと消されてしまうためである。神やその候補者は、現世とは異なった時間の流れの中で生きることになるため、現世の者と共に生きることはできない。仮に代替わりする者がおらずに柱を失った場合は、その土地は崩れ果てていく運命にあり、代替わりは当代の厄砕の力の衰えと共に行われる決まりとなっている。事実、当代の厄砕も力を失いつつあり、後継者を探している。なお、土地を災害から守る力が弱まると、村に災害が増えて村人が亡くなっていく。村人たちはその災害が村の境となる川から来ると信じており、川を隔てて向こう側に住む住人を「川向うの者」と揶揄し、縁起が悪いと忌み嫌う風習がある。そのため、当たり前のように差別的な態度を取る人が多く存在する。

あらすじ

第1巻

閉鎖的で差別意識のある田舎ので暮らす天方時雨は、その日、5年ぶりに村に帰って来た幼なじみの久世おとわを笑顔で迎える。この村で父親を亡くし、心のバランスを失った母親の久世弥生と共に、辛い日常を送って来たおとわは、久しぶりの懐かしい笑顔に、思わず心が緩むのを感じた。しかし、この村の住人の大半は、彼女たちを歓迎していなかった。村を出て行く者や村の外に住むよそ者に対して、特に厳しい目が向けられる風潮にあり、村内でも川の対岸に住む住人を「川向うの者」と揶揄し、縁起が悪いと忌み嫌う風習があった。そんな差別意識の強いこの村は、対岸に住むおとわと時雨にとって、決して快適な環境とはいえなかったが、そんな中でも時雨は、この生まれ育った村でおとわを守りたいという強い気持ちを抱いていた。二人は、幼い頃から互いを大切に思い合っていたが、口にできない言葉と共に、心の中のとある違和感をずっと感じ続けていた。一方で、「隠世」と呼ばれる神域では、半人前の付喪神の一色と氏神見習いの天方爽が、一人前になるべく師匠に就き、修行の日々を送っていた。元人間の爽は、村人たちから崇め奉られる土地神「厄砕」の次代候補。五年前の夏に現世を離れて以来、爽にも、そして彼と日々を共に過ごす一色にも、口にできない言葉があり、それぞれが強い思いを胸に秘めて過ごしていたのだった。

登場人物・キャラクター

天方 時雨 (あまかた しぐれ)

高校1年の男子。明るくて前向きで、人の気持ちを第一に考える優しい性格をしている。祭では、神託により太刀振りをする殿役に選ばれたため、本番に向けて日々練習中。村に住む男性からの指導を受けているが、川向うに住むというだけの理由で、差別的な言葉を浴びせられ、無駄に厳しいしごきを受けている。幼い頃、川を挟んで村の集落からは少し離れたところにある、自宅ととなり同士に住んでいた久世おとわとは、なかよしだった。おとわが村から引っ越した時には涙をこらえ、村で待っていることを伝え、笑顔を浮かべて送り出した。5年の歳月を経て、おとわが村に戻った話を聞きつけた際には、誰よりも先にバス停へ迎えに行き、笑顔での再会を果たした。おとわは、幼い頃から思いを寄せている大切な存在だが、おとわに対しての気持ちが強くなればなるほど、どこか心にひっかかる違和感のようなものを感じていた。実は2歳年上の兄、天方爽がいるが、五年前の夏以来、その存在ごと記憶を失ってしまった。祭を直前に控えたある日、神社に突然姿を現した爽の姿を見て、兄の存在と五年前の夏に起きたことすべての記憶を取り戻す。当時、まだ幼かった自分が、恐怖と悲しみで泣いてごねることしかできなかったことを恥じ、爽に対しての罪悪感に苛まれることになる。しかし、爽が冷たい口調で自分とおとわを傷つけるように話し、遠ざけようとしていることを感じ取り、それがポーズであることを見破った。その後、弟として振る舞う爽と自宅での時間を過ごして和解。再び「隠世」と呼ばれる神域に戻ってしまう爽を自分が送り出したいという強い思いを胸に、祭の太刀振りを全力で舞ってみせた。

久世 おとわ (くぜ おとわ)

高校3年の女子。引っ込み思案でおとなしい性格をしている。幼い頃、両親と共に村に住んでいたが、父親を天災による車の滑落事故で亡くしたあと、母親の久世弥生と共に都会へと引っ越し、5年後に村に戻ってきた。村の自宅は、川を挟んで集落からは少し離れたところにあり、となり同士に住んでいた天方時雨とは、なかよしだった。村に戻ったことで5年ぶりの再会を果たすことになり、時雨が笑顔でおかえりと迎えてくれたことを喜んだ。都会での生活ぶりは、他人とのかかわりを持たず、何事に対しても希薄。誰かに依存しなければ生きられなくなってしまった弥生のいびつに歪んだ心を前に、あきらめるように静かに過ごすしかなかった。村に戻り、時雨や天方夫妻の優しさに触れることで、少しずつ自分を取り戻すが、村人たちによる偏見の目はいまだ変わらないことを体感する。本当は時雨に、自分と同じ年の兄、天方爽が存在していたが、五年前の夏以来、その存在ごと記憶を失ってしまった。祭を直前に控えたある日、神社に突然姿を現した爽の姿を見て、爽の存在、幼い頃から爽に思いを寄せていたこと、五年前の夏に起きたことすべての記憶を取り戻す。

天方 爽 (あまかた そう)

人間の住む現世の土地を鎮める氏神見習いの少年。まだ半人前のため、師匠である厄砕に就いて一人前になるための修行中で、次期厄砕として「隠世」と呼ばれる神域で暮らしている。今回、正式に厄砕の役割を継ぐにあたり、現世でのお盆期間に合わせて、現世への帰省が許されることになった。実は元人間で、天方時雨の兄。五年前の夏に厄砕より、時雨か久世おとわ、天方爽自身の三人のうち、誰かが次期厄砕となるようにと選択を求められた。まだ幼い時雨にも、おとわにもさせられないと頭を悩ませた結果、自らが名乗りを上げ、厄砕となる覚悟を決めて現在に至る。現世にいた頃のことは人々の記憶からは消されており、天方夫妻や時雨、おとわからも存在したことすら忘れられているが、爽自身の記憶は残っている。人間だった時の年齢はおとわと同じだが、外見はいまだに5年前のまま。祭を直前に控えたある日、現世に戻った爽を見た瞬間、すべてを思い出した時雨とおとわが、自分に対しての罪悪感に苛まれていることに気づいて心を痛める。そのため、わざと冷たく、自分こそが次期厄砕にふさわしいと彼らを傷つけるように話すことで、距離を取ろうとした。しかし、時雨にはそれがポーズであることを見破られ、最後の現世での時間を、三人で昔のようになかよく過ごすこととなった。厄砕を継ぐにあたり、この帰省を最後に二度と現世とかかわることなく生きていくことになったが、現世での記憶は生涯忘れることはないと約束されている。幼い頃から、おとわに思いを寄せていたが、その思いを抱えたまま、その後厄砕として生きていく覚悟を決めた。のちに厄砕を継いだあと、先代以上の大酒飲みに成長し、同様に酒好きになった付喪神の一色と共に夜な夜な晩酌を楽しみ、夫婦同然の関係を築くことになる。

一色 (いっしき)

付喪神として生を受けた女の子。まだ半人前のため、師匠である花房に就いて、一人前になるため修行中の身。「隠世」と呼ばれる神域で暮らしており、修行仲間の天方爽とは仲がいい。爽に対しては、仲間意識以上に異性として思いを寄せている。現世での思い出を楽しそうに語る爽を見るたびに、爽と自分との間の距離を表しているようで寂しく感じている。さらに、現世への思いに気持ちが揺れている爽を見て、今までの爽を否定する言葉は口にしたくないという思いで、帰らないでと言えず、胸を痛めていた。のちに、一人前の付喪神となった際には、花房以上の酒好きへと成長し、同様に大酒飲みとなった爽と共に夜な夜な晩酌を楽しみ、二人は夫婦同然の関係を築くことになる。

久世 弥生 (くぜ やよい)

久世おとわの母親。5年前まで村に住んでいたが、雪の日に最愛の夫を車の滑落事故で亡くしたことで精神バランスを崩し、おとわと共に都会へと引っ越した。夫を亡くしてからというもの男性に依存するようになり、身の回りにはつねに男性の影がある。5年ぶりに村へと戻って生活を始めたが、空気を読まない身勝手な振る舞いが多く、村人からは厄介者扱いされ、嫌われている。ある時、交際相手の男性を村に呼び、神社にある祭具殿に連れ込んだところを村人に見つかり、大勢から糾弾を受けることになる。天方夫妻からの助けがあって事なきを得たが、久世弥生自身は悪いことをした自覚はない。夫が生きていた頃は、家族思いの優しい母親だったが、夫を失ったことですっかり変わってしまった。そのため、おとわの意向を聞くこともなく村を出ることを決め、また村に戻る時にも、おとわの気持ちを確認することはしなかった。しかし、祭の時に太刀振りをする天方時雨の姿を見て生前の夫の姿を思い出し、良心を取り戻し始める。

天方夫妻 (あまかたふさい)

天方時雨と天方爽の両親。村では川の対岸に住んでいるため、日常的に何かと風当たりは強い。逆境に負けず、明るく優しく仲のいい夫婦で、久世弥生と久世おとわが村に帰ってきたことにも好意的に対応した。また、自分たちを「村の良心」ととらえ、辛い目に遭っている久世親子に温かく手を差し伸べる。時雨がおとわに思いを寄せていることを感じ取っており、茶化しながらも時雨とおとわの恋愛を応援している。五年前の夏、爽が厄砕候補として「隠世」と呼ばれる神域に行ってしまって以降、まったく爽のことは記憶に残っていないが、祭を控えたある日、隠世から現世に戻った段階で、爽に関する記憶を取り戻すこととなった。ただし、もともと爽は時雨の兄だったが、外見が5年前のままのため、夫妻の記憶は時雨の弟として書き換えられている。

坂下 圭 (さかした けい)

天方時雨の友人の男性。明るく屈託のない笑顔を見せる、さわやかな好青年。村には中学生の頃に引っ越してきたため、昔ながらの偏見にはまったく興味がなく、気にもしていない。時雨に対しても、単純に友達としていい奴と評価しており、以前からよく時雨の思い出話に登場していた久世おとわにも、偏見を持たずに笑顔で歓迎した。

厄砕 (やくさい)

村に住む者たちが信仰する土地神を務める男性。「隠世」と呼ばれる神域で暮らしており、まだ氏神見習いの天方爽をそばに就け、師匠として面倒を見ている。大の酒好きで、爽にはありえない量の酒を買いに行かせては酒の入った大樽を背負わせている。命の水の補給と称して酒を飲んでばかりいるため、もともと滞りがちな仕事が、より進まなくなっている。実は元人間で、代替わりの折に現世から隠世に連れてこられた。そのため、五年前の夏、次の代替わりの際に厄砕の座を譲ることになる候補者として、現世より爽を連れてきた。以前より、厄砕としての力が衰えてきているのを自覚しており、久世おとわの父親が、車の滑落事故に巻き込まれたのを助けられなかったことにも責任を感じ、胸を痛めている。爽を候補に選んだ時には実体験にもとづき、自分にこんな重荷を背負わせた先代の厄砕を好きなだけ恨めと、爽に優しい笑顔を見せた。

花房 (はなぶさ)

付喪神の女性。「隠世」と呼ばれる神域で暮らしており、まだ半人前の付喪神である一色をそばに就け、師匠として面倒を見ている。大の酒好きで、一色には大量の酒を買いに行かせてばかりいる。もともとため込み癖があるうえに、休憩と称しては酒を飲んでばかりいるため、仕事の進みが悪い。誰かに知らせをやる時には、相手のもとに花を根付かせ、咲いた花から文が現れるという特殊な方法を使用する。

爽士 (そうし)

天方時雨と久世おとわのあいだに生まれた男の子。天方爽の「爽」の文字が使われているが、時雨とおとわには爽の記憶は残っておらず、無意識に名づけたもの。爽によく似たかわいらしい子で、のちに時雨とおとわの孫となる子供をもうける。

場所

(むら)

田舎にある集落。そこに住む者たちは異常に閉鎖的で、強い偏見に満ちた感覚を持つ。よそ者を嫌い、村から出て行こうとする者には厳しい目を向ける。豪雨や川の氾濫、土砂崩れなどの天災を恐れ、それを鎮めるために厄砕を信仰。川を挟んで向こうに住む者たちのことを、災いが来る方向に住む縁起が悪い者として忌み嫌っている。しかし、転入してきた者などの存在により、その偏見も少しずつではあるが和らいでいて、ごく少数ではあるが偏見なく受け入れる村民も存在する。

その他キーワード

五年前の夏 (ごねんまえのなつ)

かつて天方時雨と天方爽、久世おとわの三人が陰世を訪れた出来事およびその時期。5年前、村に住んでいた時雨と爽、おとわは雨上がりの晴れた日、神社の祠に向かう途中で、雨で緩んだ地盤が崩れ、大きな岩の下敷きになりそうになった。本来は三人とも命を落とす大惨事となるはずだったが、厄砕の力で生死の理を捻じ曲げ、無理矢理縁を作ったことで事なきを得たが、この中の誰か一人が次期厄砕としての重責を担うことを命じられた。しかし、三人はその場で答えを出せず、困った厄砕は、いったん三人を現世に戻し、翌日までの猶予を与えた。日常に戻された三人のうち、爽はほかの二人のことを考え、誰にも相談せずに自分自らが厄砕になると名乗りを挙げた。だが、その時すでにおとわがなんの相談もなく名乗りを挙げていたことを知って逆上。自分を選べと厄砕に詰め寄った結果、爽が次期厄砕として選ばれ、「隠世」と呼ばれる神域に連れて行かれた。その瞬間から、現世では爽の存在そのものがなくなり、人々の記憶からも抹消されたが、時雨とおとわの心の中には、違和感として残ることとなった。

(まつり)

村にある厄砕を祀った神社で、お盆明けに行われる祭り。毎年行われているが、100年に1度「大祭り」と呼ばれる大々的な神事が行われていて、今年はその年にあたる。そのため、準備に追われる村人たちはいつになく神経質になり、気が立っている状態。祭りの最後には太刀振りがあり、その殿役は成人していない村の男子の中から、神託によって選ばれる決まりとなっている。今回、その殿役に不吉な「川向うの者」である天方時雨が選ばれたことを、快く思わない者も多い。

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