作品誕生のいきさつ
原作付き作品を描きたいと考えていた河下水希へ大崎知仁が2種類の企画を送り、本作『てとくち』の方が採用されるという経緯で執筆がスタートした。原作担当の大崎知仁は劇作家としても小説家としても活躍しており、「少年ジャンプ」連載作品のノベライズも多数手がけていたことから、集英社の編集スタッフから声をかけられたのが企画のきっかけであったとコミックス1巻のあとがきで語っている。
時代設定
江戸時代の物語として描かれているが、漫画担当の河下水希は本作を「なんちゃって江戸時代漫画」と語っており、現代風の髪型や話し方をする人物が多数登場する。また、花村里江が持つ武器の名越盛国には不思議な力が秘められていることからも、「江戸時代風和風ファンタジー」と位置づけることができる。
あらすじ
江戸時代。小間物問屋「大黒屋」に勤める周助は、ある日長屋の家賃を長期間滞納している店子の花村里江と出会う。家賃を払ってもらうため彼女の「便利屋」家業を手伝うことになった周助は、コンビを組んで里江の高い剣技(て)と、周助の巧みな話術(くち)を活かし、街のさまざまな問題に挑む。
単行本の装丁
コミックス各巻の頭には折り込みのフルカラーミニポスターが1枚付属されており、扉や雑誌掲載時に使用されたイラストをカラーで楽しむことができる。また、カバーを外すと、カバーイラストとは違う、紐で留めた古い本のような別の絵柄が現れるようになっている。
メディアミックス
登場人物・キャラクター
周助 (しゅうすけ)
小間物問屋「大黒屋」に勤める15歳の少年。前髪と色の違う長い髪を1つに束ね、上に向けてまとめた、大のおしゃべり好きの人物。元々は小間物問屋「桔梗屋」の息子だったが、5年前に血煙の重蔵一味に家族を惨殺され、大黒屋の主人である大黒屋徳兵衛に引き取られた。洞察力に優れ、人の顔色・声色から心を読み取る特殊な力を持っている。 徳兵衛所有の長屋の家賃を1年に渡り滞納している店子のもとへ取り立てに出かけた際に花村里江と知り合い、彼女と共に街のトラブルを解決する「便利屋」として活躍することになる。
花村 里江 (はなむら りえ)
周助が家賃取り立ての件で知り合った、便利屋を営む若い女性。腰までの長い黒髪をお団子ハーフアップにし、赤い紐で結わえた非常に美しい人物。元々は、代々御公儀を担う旗本である花村家の令嬢だったが、4年前父親が公金横領の疑いをかけられたことでお家取り潰しとなり、2年ほど前から長屋で暮らしている。その際に婚約相手とは破談、父親は自害し、兄・花村拓馬は現在も行方不明となっている。 無口で無表情だが正義感が強く、街にはびこる悪を特技の剣でばっさばっさと切り倒していく。鬼水流剣術の使い手で、お家取り潰し前は三谷道場に通っていた。
大黒屋 徳兵衛 (だいこくや とくべえ)
周助が暮らす小間物問屋「大黒屋」の主人を務める若い男性。前髪を斜めに分け、胸より下まで伸ばした長い髪を結んだ、眼鏡をかけた人物。5年前家族を亡くした周助を引き取り、大黒屋で共に暮らしている。血のつながりはないが周助のことを家族同然に大切に想っており、周助の家族を奪った血煙の重蔵一味が早く捕まることを祈っている。 曽根勘右衛門とは旧知の仲。
仙太郎 (せんたろう)
瀬戸物店「常盤屋」の長男。周助とは寺子屋からの仲。前髪を真ん中で分け長髪を1つに結んだ、やや単純でおだてに乗りやすい性格の人物。街で頻発するかっぱらい捕獲の件で花村里江に依頼して以来、時折便利屋業務を手伝うようになる。
幹太 (かんた)
仙太郎とよく一緒に行動している少年。仙太郎同様、周助とは寺子屋からの仲。大柄で長い髪を逆立てて1つに結んだ、たらこ唇が特徴の人物。周助には「仙太郎の腰ぎんちゃく」と呼ばれており、仙太郎のそばで彼を盛り立てる発言をよくする。仙太郎の依頼に付き添って以来、時折便利屋業務を手伝うようになる。
おりん
花村里江と同じ長屋に暮らす若い女性。長い内巻きにした髪型に大きなリボンを付けた、胸元の開いた着物を着たセクシーな雰囲気の人物。街で見知らぬ男性とぶつかった際に詐欺に遭い、不当に借金を負わされた件で里江に依頼する。着方のせいか、頻繁に着物が脱げる。
曽根 勘右衛門 (そね かんえもん)
周助の知り合いで、北街奉行所で定町廻り同心を勤める若い男性。オールバックにした肩までの髪の毛をハーフアップにしている。大黒屋徳兵衛とは古くからの友人で、周助の母であるおあきのことも知っていた。現在も「桔梗屋」が襲われた件について調査しており、犯人を捕らえるためならどのようなことでもすると誓っている。
金子 又八郎 (かねこ またはちろう)
幻冥流の剣士。左耳にピアスをした、髪型も口調も現代風の人物。腕は立つが、格好つけようとしすぎるあまり隙ができたりと、やや天然なところがある。久隅藩のお家騒動では阿知に刺客として雇われていたが、事件後は江戸に出て剣客家業を始め、仙太郎たちと共に時折便利屋業務にも顔を出すこともある。
沖田 源之丞 (おきた げんのじょう)
花村里江の元婚約者で、勘定所臨時物調役を務める若い男性。いつも笑みを絶やさないにこやかな雰囲気の人物で、4年ぶりに再会した里江に積極的なアプローチを行い、彼女を妻に迎えたいと考えている。現在の幕府に危機感を感じており、武士よりも市井の人々と心を通わせることで幕府を変えていきたいと語っているが、裏では手段を選ばぬ冷酷な一面も持つ。
お袖 (おそで)
曽根勘右衛門が使っていた岡っ引き・伊八の娘。ボブヘアに大きな花の髪飾りを付けた、明るく元気だがやや語彙に乏しい少女。病気を機に引退することになった父親の代わりに岡っ引きとして働こうと考え、勘右衛門にしつこく志願している。しかし、ある件で花村里江に助けられて以来便利屋を志すようになり、押しかける形で里江と周助を手伝うようになる。 里江のことを「里江姉様」と呼び慕っている。
花村 拓馬 (はなむら たくま)
花村里江の兄。右寄りの位置で前髪を分け、切りそろえた長い髪を1つに結んだ穏やかな雰囲気の人物。花村家のお家取り潰しで行方不明になっていたが、居場所が分かったと沖田源之丞から聞かされ、里江たちは会いに行くことになる。行方不明中は剣術修行のため諸国を回っており、江戸を離れた後里江にも連絡したがうまく届かなかったらしいと源之丞は語っている。 しかし、里江と再会後、突如彼女に斬りかかる。
まき
江戸で医者を務める女性。前髪を斜めに分け、長い髪を高い位置で1つにまとめた美しい人物。腕は確かで、お袖の父親のことも診察している。ある件で花村里江が大けがを負い、曽根勘右衛門の紹介で彼女の手当てをしたことから周助たちと知り合う。大酒飲みなのが玉に瑕。
おあき
血煙の重蔵一味に殺された周助の母親。右の目尻にほくろがあるのが特徴の、明るい雰囲気の人物。小間物問屋「桔梗屋」に勤めており、「桔梗屋」の若旦那と結婚し周助をもうけた。大黒屋徳兵衛とは結婚前から仲が良く、大黒屋で組合の集まりがあった際に知り合ってから、徳兵衛に想いを寄せられていた。生前徳兵衛に髪留めをプレゼントしており、徳兵衛は現在もそれを身に着けている。
利兵衛 (りへえ)
血煙の重蔵一味に殺された周助の父親。小間物問屋「桔梗屋」の主人を務めた話好きな人物で、生前周助に面白い話は積極的に人に広めるべきだと教えており、その考え方や性質は周助に強く受け継がれた。しかし、一方で周助には見せないもう1つの顔を隠していた。
瀬良 景次 (せら かげつぐ)
老中を務める若い男性。前髪を真ん中で分け、ウェーヴがかった長髪を胸のあたりまで伸ばしている。自称「潔癖」で、自らに害をなすものはどんなに小さなものでも徹底的に排斥する人物。一方で宮坂冬伯や血煙の重蔵一味といった危険人物と密かなつながりを持ち、悪事を働いているという噂がある。
宮坂 冬伯 (みやさか とうはく)
瀬良景次に仕える香道家の男性。香道を悪用することに長けており、景次には「闇の香道」と評されている。彼の香道は清澄な座敷に客人を招き風雅の境地を味わう表の香道とは真逆で、地の底の獄で妖しげな香と真言を聞かせ、次第に意識を支配する類の危険なもので、香を嗅がされたものは冬伯の傀儡と化してしまう。
ご隠居 (ごいんきょ)
花村里江に身辺警護を依頼した、年老いた男性。呉服屋「佐竹屋」を営んでいたが、ひと月ほど前に経営を息子に譲り、一人暮らしを始めた。隠居後の趣味として俳句を嗜んでいたが、俳句教師の家から帰宅する途中に覆面をした浪人風の男に襲われたため、行き帰りの付き添いとして里江を呼んだ。
おせん
ご隠居の娘。年齢は19歳。本妻との子供ではなく、ご隠居が通いの女中に身ごもらせた子供で、女中が妊娠した際に金を渡して去らせたため、おせんとご隠居に面識はない。13歳の時に病気で母親を亡くして以来さまざまな苦労を重ねたのち、18歳で同じ長屋に住む大工・豊次の嫁となった。現在は働きながら結婚生活を送っている。
惣太郎 (そうたろう)
ご隠居の息子。ちょんまげを結った若い男性。ひと月ほど前に父親の店の呉服屋「佐竹屋」を継いたが、無理な仕入れを繰り返し経営状況は芳しくない。父親とは不仲な状況にあり、お互いに「父は自分の考えをすぐに否定する」「息子は自分を煙たがっている」と考えている。
おはな
こぬか町に住む幼い少女。伸ばしっぱなしの髪の毛にくたびれた着物を着た、貧しい雰囲気の少女。父親は上方から流れた博打うちで、おはな自身も上方訛りで話す。母親はこぬか町に越した後に亡くなり、継母も子供を産んだ後に別の男性と姿を消したため、幼い妹たちの面倒を1人で見て暮らしている。
佐伯 孝四郎 (さえき こうしろう)
大藩の剣術指南役を務める若い男性。ちょんまげを結った落ち着いた雰囲気の人物。花村里江とは旧知の仲で、鬼水流三谷道場の同門として出会って以来剣の好敵手同士だった。当時から里江に想いを寄せていたが、彼女が沖田家に嫁ぐと知り身を引いた。その後は武芸修行の旅のため2年以上江戸から離れており、戻ってきたのは昨年。来年には婿入りすることが決まっている。
篠原 清十郎 (しのはら せいじゅうろう)
関東の北のはずれに位置する小藩、久隅藩宇野家の家臣を務める若い男性。前髪を斜めに分け、長髪をポニーテールにした人物。久隅藩のお家騒動で命を狙われている由梨姫の護衛を花村里江に依頼する。由梨姫の用心棒兼護衛を務めており、その剣術は高く評価されているが、心優しい性格のために人を斬ることを恐れており、実戦で力を発揮できない状態にある。
由梨姫 (ゆりひめ)
篠原清十郎が用心棒兼護衛として仕える、久隅藩宇野家の正室・松子の娘。隣国・井奈藩の若君との縁組がほぼ決まっており、正式な婚儀を待つばかりとなっていたが、宇野家の家督相続争いで命を狙われており、危険な状態にある。自らを取り巻く状態のためか普段は憂い顔のことが多いが、清十郎の前でだけは笑顔を見せる。
阿知 (あち)
宇野家当主の側室を務める女性。宇野家の家督相続権のあるもう1人の姫、美津姫の母親で、三白眼が特徴の人物。由梨姫ではなく美津姫に婿を取らせ藩を継がせたいと考えており、由梨姫を亡き者にしようと命を狙う。井奈藩の家老とも内通しているという噂があり、久隅藩・井奈藩の両方の藩政を操ろうとしている可能性が懸念されている。
文吉 (ぶんきち)
願慈院で暮らす15歳の少年。肩までの伸ばしっぱなしの髪の毛で右目を隠した、いつも何かに怯えた雰囲気の人物。3年前に起きた扇子屋「播磨屋」一家皆殺し事件の唯一の生き残りで、その際に受けた心の傷から話すことができなくなっている。元々は川越の農家の6番目の息子で、11歳で願慈院に引き取られ、12歳の時に「播磨屋」に奉公に出た。 しかし一家皆殺し事件で奉公先を失い、子だくさんの実家にも戻れず、声を出すこともできないために再び願慈院に戻ってきている。
道懐 (どうかい)
願慈院の住職。坊主頭と、鼻の左わきにある大きなほくろが特徴の人物。願慈院の広い敷地を生かして近在の農家から里子を預かったり、親を亡くした子供を引き取ったりしている。一見穏やかな雰囲気だが、どこか不審な点も多い。
吾平 (ごへい)
願慈院で寺男を務める、年老いた男性。口のきけない文吉の世話役として、常にそばについて仕事をしている。道懐は寺男と語っているが、前職は武士であったと考えられ、「右肩が上がった状態で歩く」という武士独特の癖がある。生まれは西国の小藩だが過去の経歴は不明で、どういった経緯で江戸に住み着いたかは明らかになっていない。
逸丸 (いつまる)
「大力の逸丸」の異名を持つ、街道筋を荒らす山賊の頭目を務める中年の男性。肩までの髪をオールバックにし髭をたくわえた、太い眉が特徴の人物。元々北関東の農家の出だったが、数年前年貢の取り立てに来た代官を殺害したことで村を去り、逃亡中に凶徒となり仲間を増やして山賊となった。
弥平 (やへい)
駒尾村に住む、村の代表を務める若い男性。いがぐり頭と太目の眉が特徴の人物。村長だった父親の跡を継ぎ、逸丸一味を倒すための司令官的存在として戦っているが、苦戦が続いている。幕府からの助勢には懐疑的で、花村里江たちを戦力とはみなしていなかったが、弟の勢次の説得により村に入れる。
勢次 (せいじ)
弥平の弟。長髪をオールバックにして1つに結び、パイナップルのような髪型をした人物で、眉や目のあたりが兄とよく似ている。兄と共に駒尾村を守る戦いに参加しており、少しでも仲間を増やすために幕府が派遣した花村里江たちを村に招くよう兄に進言する。
権造 (ごんぞう)
逸丸一味に参加する山賊の1人。筋肉質の大柄な身体に、頭頂部にだけ髪の毛を残した唇の厚い男性。駒尾村を襲い、周助の命を狙った際に腰に付けた根付を褒められ、彼のアドバイスを真に受けたことで逸丸との関係が変化し、意外な行動に出る。
集団・組織
血煙の重蔵一味 (ちけむりのじゅうぞういちみ)
周助の家を襲い、家族を奪った盗賊集団。現在から5年ほど前に一味の人数が100を超え、その通り名が闇の世に広まった。一味の人間は皆、肩に赤い血煙の入れ墨を彫っているのが特徴。幕府と繋がっているという疑いがある。
その他キーワード
名越盛国 (なごしもりくに)
花村里江が所持している刀。作中では脇差とも小太刀ともいわれている。元婚約者の沖田源之丞に贈られたもので、2尺足らずの小さな刀だが、使用時に刀身が光るなど不思議な力を秘めている。刀工が念を込めて鍛冶した特別製で、女性しか扱うことはできず、男性が握るとなまくらと化してしまう。
クレジット
- 原作
-
大崎 知仁