あらすじ
出会い
海の生き物について研究している大学生の鈴川恒夫は、海外の大学で専門的に学ぶため、留学資金を稼ぐべくアルバイトづけの毎日を送っている。そんな夏のある日、恒夫は車椅子から落下した若い女性、山村クミ子を助ける。クミ子は足が不自由で、祖母の山村チヅといっしょに散歩していた。しかし、チヅが目を離したスキに何者かに車椅子を押され、車椅子ごと坂から転げ落ちてしまったのだ。これがきっかけでチヅに気に入られた恒夫は、その日からチヅの不在時、クミ子といっしょに過ごし、サポートするアルバイトを始めることになる。だが、クミ子は自分の名前を「クミ子」とは認めず「ジョゼ」と名乗ったり、恒夫に理不尽な要求をしたりしては困らせていた。偏屈なクミ子に気疲れした恒夫は、アルバイトの辞退を伝えようとするが、偶然クミ子の部屋を覗いてしまった時、彼女の特技が絵であることを知る。クミ子は主に海を題材に描いており、海に強いあこがれを抱いていた。そんなクミ子の思いに共感した恒夫は、その日からチヅの目を盗んではクミ子と、水族館や自分の働くダイビングショップに連れ出すようになる。そんな中、恒夫が同僚の二ノ宮舞と親しげにしている姿を目撃したクミ子が怒り出して、二人はケンカになってしまう。さらにその直後、恒夫は奨学金をもらえることになり、来年3月からの留学が決定する。
別れ
心臓の病気で山村チヅが亡くなり、金銭的に厳しくなった山村クミ子は、鈴川恒夫を雇い続けられなくなってしまう。これを知った二ノ宮舞は、恒夫がクミ子を案ずるあまり、留学をあきらめてしまうのではないかと不安になっていた。そこで舞は同僚で、恒夫の友人でもある松浦隼人と共にクミ子に会いに行く。しかしクミ子は何も知らず、恒夫はクミ子に留学の話をいっさいしていなかったことが判明する。これにショックを受けたクミ子は、後日恒夫を呼び出して最後の願いとして、いっしょに海へ行くこととなる。そこでクミ子は、絵を描くことはやめて事務職として働くこと、今後は自分一人の力で生きていくことを伝える。しかし恒夫はこの言葉に納得できず、二人は口論になってしまう。耐え切れなくなったクミ子は、一人その場を去ろうとするが、横断歩道を渡る途中で車椅子の車輪が引っかかり、動けなくなる。すんでのところで恒夫が駆けつけ、事なきを得たものの、恒夫が交通事故に遭って大ケガを負ってしまう。その後、恒夫は無事に意識を取り戻すが、全治2か月の開放骨折の重傷で、さらに変形性関節症の可能性もあることを知らされる。それは、今後は前のように足が動かないかもしれないということを意味していた。絶望した恒夫は留学をあきらめようとするが、このままではいけないと考えた舞は、恒夫の現状をクミ子に伝えに行く。
メディアミックス
劇場版アニメ
本作『ジョゼと虎と魚たち』は、2020年12月に公開された劇場版アニメ『ジョゼと虎と魚たち』を原作としている。劇場版アニメの監督はタムラコータロー、脚本は桑村さや香、キャラクターデザイン原案は本作の作者である絵本奈央、キャラクターデザインは飯塚晴子が務めた。キャストは、鈴川恒夫を中川大志、山村クミ子を清原果耶、二ノ宮舞を宮本侑芽が演じている。なお、劇場版アニメは、田辺聖子の小説『ジョゼと虎と魚たち』を原作としているが、劇場版アニメ、漫画版ともに小説版とは内容が大きく異なる。
登場人物・キャラクター
鈴川 恒夫 (すずかわ つねお)
大阪府に住む大学生の男子で、年齢は22歳。専攻は海洋生物学で、海好きが高じてダイビングショップでアルバイトしている。黒のショートヘアで、爽やかで朴訥とした印象の青年。何かを管理しているというわけではないが、山村クミ子からはなぜか「管理人」と呼ばれている。大阪府在住ながら標準語で話す。両親は離婚して母親と暮らしていたが、現在は山村家に近いアパートで一人暮らししている。小学生の頃、偶然見かけたクラリオンエンゼルというメキシコにしか生息していない魚に一目ぼれし、海洋生物学に強い関心を持つ。大学卒業後は、より学びを深めることとクラリオンエンゼルといっしょに泳ぐことを目的に、メキシコの大学への留学を志望している。そのため、論文を書いて志望大学へ送ったり、留学費用をためるためにアルバイトをしたりして多忙な毎日を送っている。そんな22歳のある日、帰宅中に偶然出会ったクミ子を助けたことで、祖母の山村チヅに気に入られ、高額のアルバイト代を受け取る代わりに、クミ子の要求を聞きながらいっしょに過ごすという、奇妙なアルバイトを始めることになる。当初はクミ子の度重なる理不尽な要求に腹を立て、辞退することを考えていた。しかし、ある日クミ子が海に強いあこがれを抱いており、海を題材にしたイラストを描いていることを知ってからは、徐々に親しくなる。しかし、そんなある日チヅが亡くなり、一人きりになったクミ子を心配する思いと、留学したいという強い思いに悩むようになる。高い所が苦手。
山村 クミ子 (やまむら くみこ)
無職の女性で、年齢は24歳。色白のウエーブボブヘアで、猫目が特徴。儚げでかわいらしい雰囲気を漂わせているが、気が強くやや気難しいところがある。生まれつき足が悪く車椅子生活で、両親はすでに亡くなっており、祖母の山村チヅと二人暮らししている。チヅの強い意向でほとんど自宅から出ることを許されず、引きこもり状態にある。そのため就労経験はなく、インターネットやスマートフォンなどのデジタル機器にも疎い。フランソワーズ・サガンの小説『失われた横顔』が好きで、自分の名前は「クミ子」ではなく「ジョゼ」であると自称している。そのため、鈴川恒夫からは「ジョゼ」と呼ばれ、松浦隼人からは「ジョゼ子ちゃん」と呼ばれている。一人称は「アタイ」で関西弁で話す。生まれついての境遇もあり、偏屈でひねくれた性格の持ち主。足が悪いために自分の可能性は、非常に限られていると考えており、健常者との高く厚い壁を感じている。幼い頃、父親に連れていってもらった海に強くあこがれているが、現在の自分では行くことも難しいと感じ、特技の絵で空想の海を表現するのにとどまっていた。そんな夏の日、チヅと散歩に出たところ、チヅが目を離したスキに何者かに車椅子を押され、坂から車椅子ごと転がり落ちてしまう。これを偶然、通りがかった恒夫に助けられたことがきっかけで、彼と交流を持つようになる。当初は恒夫のことが気に入らず、理不尽な要求ばかりしていたが、海の話題をきっかけに打ち解けていく。
山村 チヅ (やまむら ちづ)
山村クミ子の祖母で、心臓の病気を患っている。年齢は80代。毎日13時頃から15時頃までは昼寝している。内巻きボブヘアで、丸眼鏡を掛けている。すでに背中は曲がっているが、おしゃれにはこだわっており、実年齢よりも若々しく元気にあふれている。関西弁で話す。明るく気の強い性格ながら、自宅の外には危険があふれていると考える、用心深い一面がある。そのため、クミ子の外出を制限して、散歩をするときも同行している。そんなある日、いっしょに散歩した際に少しクミ子から目を離したスキに、クミ子の車椅子が何者かに押され、坂道から落とされる事件が起きる。これによって警戒心をますます強めるが、この時にクミ子を助けた鈴川恒夫を気に入り、お金に困っている恒夫にクミ子の話し相手をするアルバイトをしないかと提案。応じた恒夫と、クミ子も交えて三人でいっしょに過ごすようになる。この時恒夫には、クミ子が望んでも外出はさせないようにと念を押すが、やがて二人が山村チヅの目を盗んで出かけている事実を知ることとなる。しかし、これがクミ子によい変化をもたらしていると感じ、黙認していた。その年の秋、心臓の病気で亡くなる。趣味はパチンコで、恒夫にアルバイトを頼んだのも自分が不在のあいだ、クミ子が自宅を抜け出さないように見張ってもらうためだった。特技は料理。
二ノ宮 舞 (にのみや まい)
大学生の女子で、茶髪のボブヘアにしている。鈴川恒夫や松浦隼人と同じダイビングショップでアルバイトしている。明るく活発な性格で、標準語を話す。爽やかで人当たりがよく、一見器用な印象を与えるが恋愛には奥手で、思い人に対してうまく行動できない不器用な一面もある。恒夫と隼人とはプライベートでもいっしょにダイビングをしたり、食事に行ったりと、非常に仲がいい。以前から恒夫に思いを寄せており、恒夫の細かなところまでよく観察している。恒夫が恋愛に関心がないことは理解しているため、思いは伝えずに友人としての付き合いにとどめている。山村クミ子のことは、恒夫が山村家でアルバイトを始めた頃から知っていたが、伝え聞くクミ子の行動があまりにも理不尽でわがままなため、快く思っていなかった。それでも、恒夫が店にクミ子を連れてきた際には彼女と前向きに付き合おうとしていたが、山村チヅが亡くなってからは、恒夫がクミ子を案ずるあまり、留学を断念するのではないかと不安に感じるようになる。しかし恒夫の思いを知り、自分なりに恒夫とクミ子のために行動を起こす。
松浦 隼人 (まつうら はやと)
大学生の男子で、明るい茶髪のウルフカットヘアにしている。年齢は22歳。鈴川恒夫や二ノ宮舞と同じダイビングショップでアルバイトをしている。三白眼が特徴で、関西弁を話す。その容姿やふだんのちゃらちゃらした言動もあり、やや軽薄な印象を与えるが、困っている人にも辛抱強く寄り添える、心優しい性格をしている。恒夫と舞とは仲がよく、舞の恒夫への思いを理解しつつ応援している。ある秋の日、恒夫が交通事故に遭った際は、精神的に深く落ち込む彼を支え、舞の行動を見守った。山村クミ子とは、恒夫が店に連れてきたことで知り合った。繊細で儚げな印象のクミ子が好みのタイプだったためにアプローチしたが、まったく相手にされなかった。
岸本 花菜 (きしもと かな)
大阪府にある図書館で司書を務める女性で、年齢は24歳。黒のストレートロングヘアで、眼鏡を掛けている。知的で清楚な雰囲気を漂わせている。口元にほくろが一つある。業務中は標準語で話しているが、興奮すると関西弁が出てしまう。フランソワーズ・サガンの大ファンながら、周囲には理解されずに一人で楽しんでいる。ある夏の日、来館した山村クミ子がサガンファンであることを知り、積極的に話し掛けて親しくなる。その後、クミ子の特技が絵であることを知り、その高い画力に驚愕する。そこでもっと自作を積極的にアピールすることを勧めるが、その時はクミ子に断られたものの、これがきっかけでクミ子は自作の紙芝居「にんぎょとかがやきのつばさ」を作ることとなる。
その他キーワード
にんぎょとかがやきのつばさ
山村クミ子が自作した紙芝居。イラストとストーリーともにすべてクミ子が制作している。ハンス・クリスチャン・アンデルセンの『人魚姫』をベースにしており、魔法の貝殻を使って陸に上がった人魚が、翼を持った青年と出会って恋をするが、ある日突如現れた虎が人魚を襲い、人魚をかばった青年の翼が折れてしまう。しかし、人魚が陸での生活と引き換えにもう一度魔法の貝殻を使って、その翼を癒すというストーリーとなっている。この人魚と青年は、それぞれクミ子と鈴川恒夫をモデルにしており、虎の存在は以前クミ子の車椅子を押した人物や、交通事故を起こしたドライバーなど、クミ子と恒夫の生活に理不尽に降りかかる暴力の象徴として描かれている。そのため二人にとっては、現実と物語は深くリンクしており、クミ子は間接的に恒夫を励ますために、この作品を描いた。そして岸本花菜の力添えで、図書館の読み聞かせイベントで披露し、恒夫や子供たちに聞かせた。
クレジット
- 原作
-
田辺 聖子
- 監修
-
『ジョゼと虎と魚たち』製作委員会