モーニングを作った漫画たち

モーニングを作った漫画たち

「モーニング」創刊35周年を記念して、その歴史を彩った名作の誕生の瞬間を、漫画家・コージィ城倉を語り部として、ユーモラスに描いたセミ・ドキュメンタリー漫画。取材に基づいて描かれているが、多少のフィクションが交えられているのが特色。「モーニング」2017年17号より月イチ連載として連載中の作品。

正式名称
モーニングを作った漫画たち
作者
ジャンル
自伝・伝記
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概要・あらすじ

ベテラン漫画家コージィ城倉は、年老いて記憶も定かでなくなってきていた。そんな彼だが、若き頃は、講談社の少年社員であり、創刊したばかりに「モーニング」の編集にも、編集者として携わっていた。彼は、「モーニング」の歴史を彩った名作たちの誕生秘話を、語り部として後世に残すべく、あれこれ語るのだが、何分にも昔のことゆえ、多少のフィクションも混じった回顧譚となっていく。

そんな調子で、若き日のコージィ城倉が関わったとされる、弘兼憲史かわぐちかいじ小林まこと三田紀房ら人気漫画家たちが続々登場。大ヒットとなった作品の誕生秘話が語られていく。

登場人物・キャラクター

コージィ城倉 (こーじぃじょうくら)

渋谷に事務所を構える老齢の男性漫画家。かつて、「モーニング」編集部の一員だったため、その栄光の歴史を彩った名作たちの誕生秘話を、後世に語り継ごうとする。若き日のコージィ城倉は、田舎の中学を卒業したその日、漫画家になるため夜汽車に乗って上京。漫画修行の勉強になればと、講談社の少年社員制度の試験を受けて合格し、少年社員となった、と語っている。 しかし、彼の中学卒業年代には、講談社は少年社員制度を廃止しており、その言動の信憑性には疑問が残る。彼の主張によれば、少年社員として働いていた頃、新雑誌「モーニング」を立ち上げようとしていた栗原編集長に誘われて、その編集部に入ったという。そこで彼は、弘兼憲史の『課長 島耕作』やかわぐちかいじの『沈黙の艦隊』、小林まことの『What's Michael?』、三田紀房の『ドラゴン桜』といった歴史的な名作の誕生に関わっていく。 しかし、老齢ゆえ記憶もあやふやで、回想のどこまでが真実か定かでない。

栗原 (くりはら)

「モーニング」初代編集長の男性。講談社社員。「月刊少年マガジン」編集長を経て、「モーニング」を創刊させた敏腕編集者。人手が足らないこともあって、コージィ城倉を「モーニング」編集部に入れ、編集を手伝わせた。読み切り作品のつもりで描かれた『カラーに口紅』という作品を、作者の弘兼憲史に断りもなく、タイトルを『係長 島耕作』に変えて、シリーズ連載にしてしまったりするなど、型破りな逸話を数多く持つ伝説の編集者。

弘兼 憲史 (ひろかね けんし)

漫画家の男性。「島耕作シリーズ」の作者。早稲田大学を卒業後、松下電器に入社したものの退職して、漫画家となった。松下電器・宣伝部時代の経験をもとに、読み切り短編『カラーに口紅』を描くが、「モーニング」編集長・栗原の独断により、タイトルは『係長 島耕作』と変えられ、シリーズ連載作品として掲載される。戸惑いながらも、第2話目が『課長 島耕作』のタイトルで掲載されると、本人も手応えを感じ、「もっと長く漫画家ができるかもしれない」と初めて思ったとされる。 『課長 島耕作』がシリーズ連載となって展開し始めると、下げていた「モーニング」の部数は底を打ち出したという。

かわぐち かいじ

漫画家の男性。『沈黙の艦隊』の作者。広島の漁師町出身。家業は給油業で、漁船に給油する海のガソリンスタンドを営んでいた。最初は船を描きたいという思いだけで、『沈黙の艦隊』を描き始めたと述懐している。当初は、「秘密裏に造っている原子力潜水艦を盗んで逃げたらオモシロイ」というアイディアで物語を展開させた。しかし、このままドンパチだけでは続かないということで、16話目に海江田四郎に原潜を「独立国 やまと」と宣言させ、テーマを急展開させた。

小林 まこと (こばやし まこと)

漫画家の男性。『What's Michael?』の作者。「モーニング」で連載していた『マンガの描き方』に出てきた猫のキャラが受けたので、編集部の要請に従って、再びその猫を漫画に出した。ところが、編集部が勝手にその漫画を連載第1回にして、『What's Michael?』が誕生したという。この時、編集部からタイトルを急いで決めるよう頼まれた小林まことは、ラジオから流れてくるマイケル・ジャクソンの歌声と、部屋にあった「ホワッツソープ」という雑誌名を合わせて、『What's Michael?』のタイトルを思いついたとされる。 小林は、漫画作品に対する自身のハードルが高いこともあり、度々原稿を落とした。しかし、人気作となった『What's Michael?』では、作品が載っていないのに、「モーニング」のアンケートで1位をとるという伝説を築いている。 大の音楽好きで、アイディアが出ないと、アシスタントを引き連れて音楽スタジオに出向き、セッションを繰り返したこともある。

三田 紀房 (みた のりふさ)

漫画家の男性。『ドラゴン桜』の作者。『ドラゴン桜』連載開始前は、週刊誌2本に加え、「イブニング」で『スカウト誠四郎』を連載する多忙さだった。「モーニング」でも連載すべく、軍事漫画のネームを提出する。しかし、2代目編集長・工富は、このネームを却下してしまう。その後、『ドラゴン桜』の担当編集者は、「ゴルフ」か「教師」の漫画を描くことを提案。 この時、三田紀房は、他の雑誌の編集者にケンモホロロに酷評されたアイディア「東大に百人入れる」を目的にした教師漫画のアイディアを話してきかせたところ、盛り上がって、ネーム作成を依頼される。出来上がったネームの気迫から、編集者は、編集長に見せることなく新連載を決定。こうして『ドラゴン桜』の連載が開始された。 1話目のアンケートは7位というまずまずの滑り出しだったが、第6話に出てきた「ただ単に東大に入りたいだけなら理科一類を狙え!」のセリフが、読者の常識をダイナミックなロジックで覆して話題になり、人気メーターがぐんと上がったという。「学校再建」よりも「受験」をテーマにしぼったほうが面白くなると考えた三田は、以降、『ドラゴン桜』をどんどん受験テクニック・ネタの漫画にシフトさせていった。

工富 (くとみ)

「モーニング」2代目編集長の男性。講談社社員。三田紀房が「モーニング」新連載のため提案してきた軍事漫画のネームを、「地味」と感じて却下した。しかし、三田の漫画を評価していた工富は、更なる企画を求め、これがきっかけで『ドラゴン桜』が誕生した。ただし、連載前の『ドラゴン桜』のネームには目を通しておらず、部下の『ドラゴン桜』の担当編集者を信頼して、未読のまま、連載にゴーを出したとされている。

『ドラゴン桜』の担当編集者

「モーニング」の編集者の男性。もともと「イブニング」で三田紀房の作品『スカウト誠四郎』を担当していた。三田に「モーニング」でも連載させるべく、新企画のネームの提出を求めた。最初に出された軍事漫画のネームは、「地味」であると工富編集長に却下されたため、「ゴルフ」か「教師」の漫画を題材にするよう、三田に提案した。 その結果できた『ドラゴン桜』のネームを見た彼は、その熱量に感じ入り、即座に連載を確約する。実際、工富編集長は一度もこのネームを見ることなく、『ドラゴン桜』が「モーニング」で連載が開始された。

場所

「モーニング」編集部 (もーにんぐへんしゅうぶ)

講談社の漫画雑誌「モーニング」を編集する部署。初代編集長は栗原、2代目編集長は工富。漫画家コージィ城倉は、講談社の少年社員時代、人手の足らない『モーニング』編集部に編集部員として引き込まれたと主張している。しかし、彼の年齢時には少年社員制度は廃止されており、その信憑性は極めて低いものとされている。

その他キーワード

少年社員 (しょうねんしゃいん)

講談社で採用された少年社員制度。講談社では、創業5年目の1913年から少年社員の採用が行われ、それは昭和初期まで続いたとされている。採用された少年たちは、掃除、雑用に始まって、投書の仕分け、文書の整理、帳簿整理などを学び、やがて正社員として採用されたと伝えられている。漫画家コージィ城倉は、中学卒業後、少年社員制度によって、講談社に入社。 栗原編集長に誘われ、「モーニング」編集部員になったと述懐している。しかし、彼の中学卒業時の年代には、少年社員制度は廃止されており、その言説の信憑性は極めて低いとされている。

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