兵馬の旗

兵馬の旗

宇津木兵馬は自らの目でロシア、フランスを見た幕府方の留学生。時を同じくして英国に留学していた薩摩武士の村田新八郎。2人の因縁の対立を通し、日本の未来のために、諸外国と渡り合える新体制を一日も早く確立しようとする維新派と、幕府への忠義を貫く幕府方の対立を描いた戦記。「ビッグコミック」2011年第4号から2014年第15号にかけて連載された作品。協力は恵谷治。

正式名称
兵馬の旗
ふりがな
ひょうまのはた
作者
ジャンル
その他歴史・時代
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概要・あらすじ

1865年9月16日、函館を発ったロシアの軍艦ボガトゥイリ号には、幕府が選出した正規の遣露留学生団6人に加え、欠員になった「おまけ」として、宇津木兵馬が乗っていた。そして兵馬はたどり着いたロシアで、終生の伴侶となる貴族のアンナ・セルゲエヴナ・プーシキナと出会い、子供をもうける。だがアンナとの結婚は、既に決まっていた彼女の婚約者との決闘をはじめとした、幾多の困難が伴うものであった。

そのために私財を投じ、兵馬に力を貸したのが薩摩藩の留学生である村田新八郎だった。だが、兵馬の帰国が急遽決まり、その旨を記した村田への手紙が、郵便貨物車の事故によって届かなかった。そこで村田は兵馬のことを無礼な卑怯者だと誤解し、憎しみを抱く。

そして鳥羽伏見の戦い後、幕府軍と官軍の将として、2人は直接対峙することとなる。

登場人物・キャラクター

宇津木 兵馬 (うつぎ ひょうま)

300俵蔵米取小普請組(くらまいとりこぶしんぐみ)旗本である宇津木家の次男。幕府伝習隊の隊長を務める青年。父親は宇津木又助、兄は宇津木格之進、妹は宇津木妙。にこにこと笑みを絶やさない朗らかな性格。幕府の遣露留学生に欠員が出たため、開成所で仏語が堪能だった兵馬が急遽代役に選ばれた。正規の留学生ではない立場のため、同行者には「おまけ」と呼ばれる。 留学先のロシアで、アンナ・セルゲエヴナ・プーシキナと出会い、結ばれる。彼女との間にアナトリイ・ヒョーマヴィチ・プーシキナをもうけたが、ある事情により妻子を残して帰国する。

村田 新八郎 (むらた しんぱちろう)

薩摩藩英国密航留学生の青年。藩の若者が学ぶ開成所に所属している。英国と薩摩藩との戦いの経験から日本と世界との技術の差に危機感を感じた薩摩藩が、国禁を犯して英国に留学させた1人。英国の後に、ロシアを訪問した際に宇津木兵馬に出会い、アンナ・セルゲエヴナ・プーシキナを紹介された。兵馬たちの結婚はロシア国内では許されない行為だったため、兵馬に助力を乞われ、命を賭して彼の出国を助けた。 その後、兵馬は手紙で帰国をする旨を伝えたが、村田新八郎のもとには届かず、手助けした自分に断りもなく無礼にも帰国した、と兵馬を憎むようになる。抜刀することなく、かなりの手練れだと分かるほどの示現流の使い手。火傷の傷あとを隠すため、黒い革手袋を右手に着用している。 海外の見聞を深めたことで、革命を成功させるには民衆が施政者を倒さねばならず、そのため徳川の世を完全に終わらせるためには、徳川慶喜の首を刎ねるべきだと考えている。

アンナ・セルゲエヴナ・プーシキナ (あんなせるげえゔなぷーしきな)

金髪に碧眼のロシアの貴族の美女。ロシアの専制君主政治打倒と農奴解放を叫んで決起し、シベリアに流刑になったデカブリストが父親。その父親の志を受け継ぐ先進的な思考の持ち主。留学生歓迎の外務省高官邸でのパーティーで、日本からの留学生欠員補充員であることを理由に軽んじられていた宇津木兵馬と出会い、彼が高官に学びの環境改善を訴えたのを後押しする。 これをきっかけに兵馬と縁を深め、親交を育んで、やがて結婚を決意する。幼い息子を連れて、動乱の日本へ兵馬を追って危険な旅に出るほどの行動力を持つ。

アナトリイ・ヒョーマヴィチ・プーシキナ (あなとりいひょーまゔぃちぷーしきな)

宇津木兵馬とアンナ・セルゲエヴナ・プーシキナの間に生まれた混血の男児。愛称は「トーリャ」。黒髪に蒼い目で、父親である兵馬に似た顔だちをしている。ただし、父親である兵馬はアナトリイ・ヒョーマヴィチ・プーシキナの出生を待たずに帰国してしまったため、面識はない。発育が遅く、歩くのも言葉もゆっくりで、アンナを心配させたが、フランスのブローニュの森で散歩中に、徳川昭武と知り合った頃から、目覚ましい成長を見せる。

徳川 慶喜 (とくがわ よしのぶ)

第15代将軍。京から激闘を経て大坂入りした宇津木兵馬らの幕府軍に、最後まで戦おうと檄を飛ばした。その直後、合戦の相手側に帝の御印である錦旗が掲げられたことに激しく動揺し、大坂から江戸へ東帰した。このことが、260年かけて築かれた徳川の威信の崩壊へと繋がってしまう。実在の人物、徳川慶喜がモデル。

榎本和泉守武揚 (えのもといずみのかみたけあき)

旧幕府軍艦奉行。旧幕府先鋭艦「開陽丸」の艦長を務める、口ひげを生やした壮年の男性。オランダ出港時に、幕府の遣露留学生だった宇津木兵馬の脱走に手を貸す。戦時下にあっても海外に残る留学生への送金を忘れず、広い視野を持つ人格者。実在の人物、榎本武揚がモデル。

勝安房守 (かつあわのかみ)

徳川軍事総裁を務める男性。かつて、榎本和泉守武揚も長崎海軍伝習所の勝安房守には世話になった、と宇津木兵馬に人となりを語って聞かせた。口の立つ弁論家で、有能だがなにを考えているかよく分からないところがある。ナポレオンのロシア遠征の敗因として、兵馬が挙げた「首都モスクワを焼き払ってでも講和に応じなかった点」という意見に共感。 薩長との交渉決裂の際には、江戸を焼き払うことも辞さない覚悟を持ち、政略を展開する。実在の人物、勝海舟がモデル。

土方 歳三 (ひじかた としぞう)

新撰組の副長を務める男性。農民出身ながら、戦上手として知られる若き武士。慶応4年の淀堤での戦いで、相手の官軍が掲げた錦旗を撃つことをためらった宇津木兵馬に、その理由を問い質し、一発の銃撃を旗に加えることができれば戦局は変わったと主張する、冷静な現実主義者。京からの激戦を経て大坂城に至り、そこでの決戦を覚悟していたが、徳川慶喜が東帰したため、「ここからは自身と薩長の私闘」と、戦う目的を定める。 実在の人物、土方歳三がモデル。

宇津木 又助 (うつぎ またすけ)

宇津木兵馬の父親。京での戦いを終えて江戸に帰って来た兵馬から、開戦3日目で敵の薩長方から錦旗が上がったことを伝え聞く。それでも動じず、300俵蔵米取小普請組(くらまいとりこぶしんぐみ)旗本として、朝敵とされようとも徳川家を守らねばならない、と語る気骨のある人物。

宇津木 格之進 (うつぎ かくのしん)

宇津木兵馬の兄で、宇津木家の当主。親戚筋から、兵馬の縁談話を進めるように圧力をかけられており、海外で勝手に結婚の約束を交わした兵馬に対し、留学に出したのが間違いだったと責める。

沼津大尉 (ぬまづたいい)

宇津木兵馬の所属する、旧幕府方指図役頭取を務める男性。第一大隊(本隊)の隊長。慶応4年、1868年冬の戦いの場で、淀城まであと数キロまで追い詰められ、相対する薩長連合軍が掲げた錦旗を銃撃しようとした兵馬を止めた。

梅次郎 (うめじろう)

宇津木兵馬の小隊に属する歩兵の男性。元は町民で、江戸で髪結いをしていた。竹吉、松蔵と江戸の町でつるんでいたが、その3人で喧嘩に興じていたところを兵馬に見出され、幕府方の歩兵として3人で行軍に参加する。

竹吉 (たけきち)

宇津木兵馬の小隊に属する歩兵の男性。江戸の陸尺(かごかき)として働いていた。梅次郎、松蔵と江戸の町でつるんでいたが、その3人で喧嘩に興じていたところを兵馬に見出され、幕府方の歩兵として3人で行軍に参加する。

松蔵 (まつぞう)

宇津木兵馬の小隊に属する歩兵の男性。とび(火消し)の威勢のいい若者で、生まれ育った江戸への想いは強い。梅次郎、竹吉と江戸の町でつるんでいたが、その3人で喧嘩に興じていたところを兵馬に見出され、幕府方の歩兵として3人で行軍に参加する。

玉蟲 左太夫 (たまむし さだゆう)

仙台藩に使える、あっさりした点目顔の武士。日米修好通商条約の際に従者として渡米した、欧州でただ1人世界を見た男だと、仙台藩筆頭家老の但木土佐が宇津木兵馬に引き会わせた。玉蟲左太夫は、見聞したアメリカのホワイトハウスを「まるで民家」と評し、入れ札制で国の指導者を決める国だと語る。その国のあり方は、兵馬が模索し続けた共和政治そのものだった。

その他キーワード

錦旗 (きんき)

日輪と月輪の旗。鎌倉時代から、朝敵を討伐する際に掲げるとされている帝の旗。帝の御印(みしるし)。作中では敵方の、薩長同盟側官軍が掲げて行軍したため、宇津木兵馬の属する旧幕府側は、賊軍の汚名を受けたと激しく動揺してしまった。戦場に翻った旗を見た兵馬は、かつてロシアで妻アンナ・セルゲエヴナ・プーシキナと見た芝居で使われていたジャンヌ・ダルクの軍旗を連想する。 ジャンヌ・ダルクは、フランスを救えという神の声を聞いたとして、神と神に祝福される百合を手にした天使の描かれた旗を掲げて戦い、フランスを勝利へと導いた。彼女が神の旗を掲げて戦ったことで、敵方のイギリス軍は神に抗うのを畏れ、戦意を削がれたのだ、とアンナは語る。 戦場で帰趨を決するのは人間の心だと、兵馬はその時、心に刻んだ。

デカブリスト

「十二月党員」と呼ばれた青年将校たちを指す言葉。1825年12月14日、彼らはロシアの元老院広場で、専制政治打倒と農奴解放を叫んで決起したが、その日のうちに鎮圧された。反乱に参加した将兵は3000人。そのうち多数が殺傷され、有罪とされた将校100人以上がシベリア流刑となった。夫を追ってシベリアに身一つで赴いた彼らの妻たちは、今では「デカブリストの妻たち」と呼ばれ、讃えられている。 作中の宇津木兵馬の妻となる女性アンナ・セルゲエヴナ・プーシキナは、このデカブリストの娘であり、流刑地のシベリアの生まれ。革命に参加した父親と、それを支えた母親を誇りに思っている。兵馬はこのアンナの身の上を聞き、過酷な運命にあっても負けない絆に、強く感銘を受けた。

クレジット

協力

恵谷治

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