あらすじ
第1巻
現代の社会では、死を迎えたのちも意識が残り、主観的には生きているのと変わらない状態にある"生"同一性障害が発生し、それに伴う環境の変化や犯罪などが深刻な問題となっていた。政府はその対策として、生存違和犯罪事案に関連する特別対策法案をはじめとしたさまざまな法律の制定を迫られ、警察は警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係の設立を余儀なくされる。数年前に"生"同一性障害となった四ノ宮小唄は、"生"同一性障害にまつわる犯罪を専門とする女子高生探偵の有坂エルの助手となるが、死んでもなお消えない食欲のために、いつも金欠なことを悩んでいる。しかし上司のエルや、気難しいながらも協力的な腑貌猟児、"生"同一性障害のメカニズムに強い興味を持つ監察医である志守羽香瀬たちの協力を得ながら、現在の境遇に絶望することなく、日々を過ごしていた。小唄は事件を通じて、殺人に巻き込まれて"生"同一性障害となった日乾陽子や、半年前に"生"同一性障害になりながら、現在もアイドルとして活躍中の笹見令佳、"生"同一性障害であることを活かして詐欺行為を働く坂本三省や神逆このめと交流しながら、すべての"生"同一性障害が安らかに眠れる方法を探し続ける。そんな中、極めて危険なドラッグである税金天国が蔓延し、その影響で死者や新しい"生"同一性障害が発生する。腑貌やエニシダからサードアイを通じて情報を得た小唄とエルは、逃走しつつ密売を繰り返す税金天国の売人の足跡をたどり、ついには追い詰める。しかし税金天国の売人は、税金天国の作用によって強化された身体を生かして強行突破を図ろうとするが、三省の不意打ちによって動きを封じられる。こうして事件は解決するかに思われたその時、三省は小唄とエルに対して、税金天国の売人の身柄を引き渡すように要求してくる。
登場人物・キャラクター
四ノ宮 小唄 (しのみや こうた)
有坂エルの助手を務めている"生"同一性障害の女性。エルからは「コータ」と呼ばれている。上司のエルのみならず、警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係の腑貌猟児やエニシダとも交流がある。驚く時に「ぎゅっ」と口走るクセがある。明るくポジティブな性格で、"生"同一性障害であることや、社会的に冷遇されていることに対して、不安や不満を漏らすことは滅多にない。そのため、法医学者の志守羽香瀬からは珍しい"生"同一性障害として関心を向けられている。一方で、"生"同一性障害であるにもかかわらず大食いで、特に肉類と炭水化物が大好物。そのため、エンゲル係数が高く食費がかさむことに悩んでいる。秘密を暴かれたことで自暴自棄になり、自らの首にペンを突き刺そうとした日乾陽子を、身を挺してかばったり、保険金のために命を絶とうとして"生"同一性障害になってしまった金子要一に同情心をあらわにするなど、"生"同一性障害の人間に対して仲間意識や共感をもって接する。ただし、エルや親しい人たちを危機に陥れようとする相手は、誰であろうと容赦しない。お人よしで人を信じやすいところがあり、それが災いして坂本三省や神逆このめの詐欺行為に複数回にわたって引っかかったこともある。税金天国を摂取した"生"同一性障害である税金天国の売人と生身で互角に渡り合ったり、エルから食事のおごりをちらつかせられたことで自転車を時速18キロで走らせるなど、身体能力も高い。エルと共に"生"同一性障害絡みの事件解決に尽力しており、その傍らで、自分を含めたすべての"生"同一性障害が本当の死を迎える方法を探している。好きなテレビ番組は「みんなのうた」と「機巧魔導少女ナイアール」で、好きなテレビゲームは「スカイキッド」。
有坂 エル (ありさか える)
高校生の女子。"生"同一性障害に関連する事件を専門に扱う犯罪対策コンサルタントの所長を務めている。部下の四ノ宮小唄より一回り年下で、彼女からは「所長」と呼ばれている。天才的な頭脳と、瞬間記憶能力をはじめとしたさまざまな特技を持ち、それらを生かして"生"同一性障害によって複雑化した事件を、幾度も解決に導いている。アレルギー性鼻炎を患っており、現場の捜査を行う時にくしゃみを抑えきれなくなった時は、前もって小唄からハンカチを用意してもらっている。クールながらもマイペースな性格で、事件の被害者になった日乾陽子に直接処女であるかを尋ねたり、保険金目的で事故死を望んだことにより"生"同一性障害となってしまった金子要一に対して、憐憫の情を向けながらも批判するなど、歯に衣を着せない発言を連発する。しかし冷徹というわけではなく、"生"同一性障害に対する差別意識をいっさい持たず、ふつうの人間と同じように接する。小唄に対しても、彼女がドジを踏んだ時などは、呆れつつも思いやりを見せるため、慕われている。また、彼女が食いしん坊であることを熟知していることから、餌付けを行ってうまくコントロールしている。警視庁刑事部捜査一課とは仕事上協力し合うことが多いが、仮説ボーダー対策係事件現場に遠慮なく踏み入ったり、警察に対して無茶な要求を行うことから、腑貌猟児からは頼られつつも悩みの種として認識されている。目的を果たすためなら少々強引な手段に出ることも少なくないが、有坂エル自身は一貫して「無茶なんてしたことはない」と言い張る。肉体労働が嫌いで、犯罪者を追跡する時も走ることを嫌がるあまり、奢ることを条件に小唄に自転車を運転させて時速18キロで走り続けるよう要求する。シチューが好物で、好きなゲームは「アサシン クリード」。
腑貌 猟児 (ふかお りょうじ)
警察官の青年。警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係に所属している。昼行灯と言われながらも頭が切れるうえに、"生"同一性障害の法律における立ち位置に詳しいなど刑事としては有能で、サードアイを自由に使う権限を有する。"生"同一性障害が絡む事件を担当することから、有坂エルと協力し合うことが多い。エルの有能さを認めているが、彼女のマイペースな性格に翻弄されたり無茶な要求をされたりと、貧乏くじを引かされている。また、上司からは"生"同一性障害が絡む案件に警察が役立つように証明するよう求められているうえに、部下のエニシダの突発的な言動に苦労させられたりと、職場の人間関係にもいまいち恵まれていない。一方で、エルと同様に"生"同一性障害への差別意識はいっさい持っておらず、税金天国の売人を四ノ宮小唄と共に追うエルに対して無茶をしないように言い聞かせるなど仲間思いな面も持つことから、エルからも内心では信頼されている。愛煙家で、禁煙の場所でうっかり煙草を出してエニシダにたしなめられることもある。好きなゲームは「ソリティア」。
志守 羽香瀬 (しかみ はかせ)
「新宿女子医科大学」の准教授の女性。"生"同一性障害専門の解剖医を務めている。強気なうえに大雑把な性格で、空気が読めないと自他共に認めている。長身猫背の愛煙家で、仕事場でも堂々と喫煙する。"生"同一性障害の治療などを引き受けることもあり、四ノ宮小唄の診察を担当した。"生"同一性障害でありながら前向きな性格の小唄を研究対象として注目し、同時に好感を抱いている。すでに死んでいるために医療ミスをしても問題ないと言い切り、彼女を不安にさせることもある。しかし仕事上、"生"同一性障害に関する事件を扱っている有坂エルや、警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係とも親しく、"生"同一性障害絡みの事件が発生した際は、必要に応じて死因の特定などを引き受ける。好きなテレビ番組は「テレビ囲碁トーナメント」。
エニシダ
警察官の女性。警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係に所属している。ゆるめの外見と、誰に対しても語尾に「っス」を付けた軽い口調で話すことから、有坂エルからは「っス女」と呼ばれている。上司の腑貌猟児に対しても親しげな態度を取り、"生"同一性障害に関連する事件を片っ端から回してくる係長の陰口を言ったり、税金天国の密売に関する捜査でナンパされないことを嘆くなど、腑貌の心労のタネを増やしている。一方で、"生"同一性障害の問題が深刻であることを十分理解しており、彼らに対する姿勢に気を遣いつつも、事件に巻き込まれることでエニシダ自身が"生"同一性障害になる可能性があることに若干の危機感を抱いている。好きなテレビ番組のジャンルはリアルバラエティ。
日乾 陽子 (ひぼし ようこ)
何者かに殺害されたことにより"生"同一性障害と化した会社員の女性。死亡時は27歳だった。地元の女子高を卒業してすぐに上京し、現在はある会社の経理を担当している。生前は職場の人間関係に関する悩みを抱えていた。"生"同一性障害になったばかりで認識が追い付いていなかったところ、四ノ宮小唄から説明を受けることで現在の状況を受け入れつつも、自分が死人であることにショックを受けている。警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係の腑貌猟児によると死因は扼殺で、特に周囲に不審な人物はいなかったとされる。しかし、家の中で犯人につながる情報を発見した有坂エルから隠しごとをしていることを見抜かれ、「あなたは処女?」と尋ねられる。好きなゲームは「クッキークリッカー」。
笹見 令佳 (ささみ れいか)
女性アイドル。「機巧魔導少女ナイアール」の主演女優を務めている。半年前に心臓麻痺によって"生"同一性障害となった。アイドルとして充実した日々を過ごしていたことから自分が死んでいるという認識が薄く、四ノ宮小唄同様に"生"同一性障害でありながら前向きな性格を保っている。マネージャーの荘司あかねから、死亡証明証を発行してもらうよう言われていたが、笹見令佳自身は必要がないと考えていることから役所に届け出ておらず、未登録のままでいる。「機巧魔導少女ナイアール」の撮影中に、あかねや監督の甘味屋慶樹と共に何者かが引き起こした爆発事故に巻き込まれ、胸に破片が突き刺さって重傷を負う。しかし、"生"同一性障害のために治療不要と判断されると、"生"同一性障害が社会から冷遇されていることを思い知り、意気消沈する。のちにエニシダから状況説明を受けた際に「レイカっち」というあだ名を付けられた。好きなテレビ番組は「ラストアイドル」。
荘司 あかね (しょうじ あかね)
笹見令佳のマネージャーを務めている女性。年齢は26歳。かつては令佳と共にアイドル活動をしており、共にテレビ番組「ラストアイドル」を好んで見ていた。しかし自分の限界を感じたことで、アイドルをやめてマネージャーに転向する。令佳にあこがれを抱いており、彼女が"生"同一性障害になった場面に居合わせており、ショックを受けつつも死亡証明証を発行してもらうよううながす。「機巧魔導少女ナイアール」の撮影中に、令佳や監督の甘味屋慶樹と共に何者かが引き起こした爆発事故に巻き込まれる。その際、荘司あかね自身は無事だったが、令佳は胸に破片が突き刺さって重傷を負った。令佳が"生"同一性障害であるため、死ぬことはないと知りつつも、これにより激しく動揺することとなった。
甘味屋 慶樹 (あまみや けーき)
「機巧魔導少女ナイアール」をはじめとした特撮作品の監督兼キャラクターデザインを務めている男性。リアルな撮影にこだわりを持っており、かつて甘味屋慶樹自身が撮影した「麻呂」を特に気に入っている。「機巧魔導少女ナイアール」も、あえて本物の炎や爆発物を扱うことで臨場感のある作品に仕上げており、四ノ宮小唄もこの特撮ドラマの大ファン。「機巧魔導少女ナイアール」の撮影中に、笹見令佳や荘司あかねと共に爆発事故に巻き込まれる。ロケ地に選んだ「首都圏外郭放水路」は爆発物の使用がNGなため、爆発が人為的に仕掛けられた可能性があることが浮上する。
坂本 三省 (さかもと さんせい)
"生"同一性障害の女性。神逆このめとコンビを組んで詐欺を働いている。ボーイッシュな外見とさばさばした性格で、自分のことを「俺」と言う。酒が好きで、昼間から飲んでいることも少なくない。"生"同一性障害が社会から冷遇されている現状を理解しており、真っ当に「死んで」いける状態じゃないとうそぶき、詐欺行為にも罪悪感を感じていない。人の顔を覚えるのが苦手で、朝に出会った相手を昼にはすでに忘れている。四ノ宮小唄に狙いをつけて国営放送局の集金を装い、受信料を騙し取る。さらに、このめと当たり屋行為を働くが、その相手が小唄であることを知り、金をだまし取ったお詫びにレストランでなんでも好きなものを奢ると持ち掛ける。しかしそれもまた詐欺行為の一つで、小唄に気づかれないようにレストランを出ていき、彼女に食事代の支払いを押し付けた。有坂エルのことを調べており、偶然ながら小唄と接触したことで情報を得たうえに、小唄とエルが税金天国の売人の手で窮地に陥った際に現れ、不意打ちで税金天国の売人の身柄を抑える。その際に、彼を「ステージⅡ」と呼びつつ二人に身柄の引き渡しを要求してくるなど、"生"同一性障害に関するなんらかの意図を持って行動している様子を見せる。
神逆 このめ (かんざか このめ)
"生"同一性障害の女性。坂本三省とコンビを組んで詐欺を働いている。四ノ宮小唄から「お人形みたいな美人」と評されるほど、顔立ちが整っている。非常に無口で、ホワイトボードに文字を書くことで感情を表現する。達筆ながら、漢字はまったく知らずによく間違えている。小唄と同様に"生"同一性障害でありながら、どん欲な食欲で甘いものや小麦粉を使った料理がお気に入り。有坂エルやエニシダとは違った意味でマイペースな性格で、三省の当たり屋行為を手伝うべく小唄とぶつかった時は、その性格で小唄を翻弄した。さらにその際、転んだことで小唄からパンツを見られたため、彼女から「パンツの人」と呼ばれるようになってしまう。かつて"生"同一性障害になったために家を失い、昼は目白の公園のベンチで眠り、夜に池袋の町をさまようという希望のない日々を過ごしていた。そこで、"生"同一性障害になったばかりの三省に声をかけられ、いっしょに行動するようになる。電子機器の扱いに慣れており、複合現実拡張システムを使って三省の外見を変えたり、小唄やエルが税金天国の売人を追っていた時は、監視カメラをハッキングして彼女たちの足跡をたどり、三省が二人に追いつくよう取り計らう。
金子 要一 (かねこ よういち)
収入が安定しないことに悩んでいた男性。家族のために保険金目当てで自殺を試みて、車にはねられる。しかし、死後によみがえったことで"生"同一性障害となり、保険金も少額しか支払われなかった。四ノ宮小唄からは、同じ"生"同一性障害になってしまったこともあり、救いのない結果に終わったことを同情されていた。だが、有坂エルからは、「死ぬことが目的なのなら災難だったかもしれないけれど、お金が目当てだったらほかにも方法はあったはず。増してや、家族を置いて死のうとするなんて言語道断」と、憐れまれつつも批判される。
ロメオさん
ホストのような風貌をした青年。「ロメオ」という名前の自転車を所有する。相棒の男性と共に新宿の町を歩いていたところ、税金天国の捜査をしていた四ノ宮小唄と有坂エルを見かけて、ナンパに興じようとする。エルからは完全に無視されると、焼き肉を奢ると告げたことで小唄の心を大きく揺り動かす。しかし、エルがいる手前応じるわけにはいかないとして、仕事を理由に断られた。しかし、小唄たちが税金天国の売人を追うために自転車を必要としたため、「ロメオ」と小唄の死亡証明証を引き換えに、やや強引に自転車を持っていかれてしまう。
税金天国の売人 (たっくすへいゔんのばいにん)
"生"同一性障害の青年。新宿の裏通りで麻薬の密売を行っている。税金天国と呼ばれる麻薬を売りさばいており、多数の死者や"生"同一性障害の中毒者などを発生させていることから、警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係によってマークされている。電動自転車で密売行為を繰り返していたが、腑貌猟児に協力を要請された有坂エルによって素性が割れると逃走を図る。しかし、ロメオさんから自転車を借り受けた四ノ宮小唄とエルによって追い詰められ、強行突破をするべく彼女たちに襲い掛かる。"生"同一性障害の中でも特に優れた身体能力を誇り、同じく体術に秀でた小唄と互角の戦いを繰り広げる。そこで標的を変更し、エルを狙おうとしたところ、二人の行方を追っていた坂本三省の不意打ちを受け、動きを封じられる。三省からは「ステージⅡ」と呼ばれているほか、小唄とエルに対して身柄の引き渡しを要求するなど、なんらかの接点がある様子。
集団・組織
警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係 (けいしちょうけいじぶそうさいっかかせつぼーだーたいさくがかり)
"生"同一性障害の発生によって複雑化した犯罪に対処すべく、警察庁が新たに立ち上げた捜査部署。腑貌猟児やエニシダが所属している。専用のサードアイが支給されており、腑貌の手によって運用されている。日本政府が生存違和犯罪事案に関連する特別対策法案の制定を控えていることから、発言力を増すべくより多くの"生"同一性障害絡みの事件を解決するように求められている。そのため、多忙と危険が伴う場所となっており、腑貌やエニシダから軽い反感を買っているほか、さまざまな案件を山のように強いられることから、「クズ石の山」と自嘲される。腑貌の判断から、"生"同一性障害関連の事件を専門とする有坂エルと協力関係を結んでおり、彼女の活躍もあって多くの事件を解決している。
その他キーワード
死亡証明証 (しぼうしょうめいしょう)
区役所に届け出ることで発行される長方形のカード。"生"同一性障害の証で、写真のほかに名前と住所、生年月日と死亡した日が記載されている。発行後は身につけていないと違法行為になり、処罰の対象となる。ただし、一時的に"生"同一性障害が社会から冷遇されていることから、反発のために死亡証明証を身につけていない"生"同一性障害も多い。また、そもそも区役所に届け出をしていない"生"同一性障害もおり、俗に未登録と呼ばれている。
サードアイ
高性能の複合現実拡張システムを搭載したコンピュータ。主に警察で用いられている。音声を含めた映像の記録や、複合現実拡張システムによる空間投影、監視カメラとの接続が可能で、広範囲にわたって犯罪の発生状況や、事件にかかわる不審者の所在などを瞬時に導き出せる。警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係に支給されているサードアイは、腑貌猟児が使用権を持っており、彼の声に反応してさまざまな機能を発揮する。ただし、犯罪者が前もってジャミング装置を用意していた場合は、局地的に機能不全を起こす可能性があるため、必ずしも万能と言い切れるわけではない。
税金天国 (たっくすへいゔん)
新宿を中心に出回っている新種の麻薬。"生"同一性障害用に調整されており、血圧が存在しないはずの肉体に、それに近い現象を引き起こすほか、交感神経刺激症状や強力な酩酊、そして覚醒作用や幻覚作用など、覚せい剤に近い多数の症状を引き起こす。また、身体機能を大幅に上昇させる効果も持つ。一方、"生"同一性障害でないふつうの人間が摂取した場合、即座に生命活動が停止するほどの毒となり、死ぬか、"生"同一性障害としてよみがえることになる。社会的に冷遇されている"生"同一性障害から心のよりどころとして求められるほか、ふつうの人間が知らずに使用するケースも見られ、多数の中毒者や死者、新しい"生"同一性障害を生み出す原因となっている。成分やメカニズムに関しては解明されておらず、調合している場所や犯人も不明。しかし、最近になって警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係が密売人と思しき税金天国の売人を特定したことから、事件解決の糸口になる可能性を期待されている。
"生"同一性障害 (ぼーだー)
死を迎えた直後によみがえり、生きている時とほぼ変わらない姿で動き続ける奇病、およびそれを患っている人間たちの総称。全世界の人口の7.6%を占めるといわれ、それ以降も死を迎えながら"生"同一性障害としてよみがえる人々が増加の一途をたどっている。10年前に突如として全世界で発生したが、その原因や発生条件、どういう原理で身体が動いているかは、現在もいっさい明らかになっていない。傷を負うと血が流れ、痛みも感じるが、生前をはるかに上回る回復力を発揮する。また、すでに死んでいることから、呼吸や食事などの生命維持に必要な行為も不要となる。ただし、生前の習性はそのまま残っているため、呼吸をしないと息苦しくなったり、長いあいだ食事を摂っていないと空腹感に苛まれる。重傷を負ったとしても放っておけば回復することから問題はないとみなされており、医療保険はいっさい適用されない。人権があいまいになっているほか、死を連想させることから差別の対象となりやすく、とりわけ就職の面で不利になる。それにもかかわらず、ふつうの人間と同じように労働や納税の義務が存在するなど、明らかに不平等といえる状態が続いている。このように社会から半ばつまはじきにされている現状から、大抵の"生"同一性障害はネガティブな思考に陥りやすく、坂本三省や神逆このめのように詐欺行為を働いたり、麻薬密売などの犯罪を引き起こすケースが年々増えており、日本では生存違和犯罪事案に関連する特別対策法案の制定や、警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係の設立といった対策が講じられている。不死であるうえに生前より力が強く、ケガを負っても行動に支障が出ないため、"生"同一性障害の犯罪者を制圧するために身体をしびれさせる機能を持った電撃銃などが開発されている。
未登録 (のら)
"生"同一性障害になったことを役所に届けずに、死亡証明証を受け取っていない"生"同一性障害の総称。この状態では、法的には死人と同じ扱いとなっており、社会生活を送ることはほぼ不可能となる。ただし、笹見令佳のように、政府や警察、病院などの機関に認識されないまま"生"同一性障害になり、世間に死んだと気づかれなければ、未登録のまま暮らすことも一応は可能。ただしその場合も、病院に行ったり、事件に巻き込まれて"生"同一性障害と発覚すれば、のちに死亡証明証の受け取りを迫られることになる。
複合現実拡張システム
"生"同一性障害出現後に普及したシステム。「MRAI」の略称で呼ばれている。スマートフォンやタブレットに搭載し、アプリケーションなどのプログラムを起動することで、空間に映像を投影できる。これを応用することで、リアルタイムに好きな映像を見ることができるほか、使用者の身体に直接映像を投影し、変装の用途にも応用できる。警察では、複合現実拡張システムを搭載したサードアイが実用化しており、犯罪の捜査に利用されている。
生存違和犯罪事案に関連する特別対策法案 (ぼーだーはんざいじあんにかんれんするとくべつたいさくほうあん)
現在、日本政府によって制定が検討されている新しい法律。警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係では「ボー対法」の略称で呼ばれている。"生"同一性障害の犯罪者が増加の一途をたどっていることから、それに対策するための法案が盛り込まれている。治安維持に貢献する反面、"生"同一性障害に対する差別や制限などの深刻化が懸念されていることから、この法案の制定を快く思わない人も多い。また、警視庁の上層部では、この法案の成立によって発言力が増すことが期待されていることから、警視庁刑事部捜査一課仮説ボーダー対策係にできる限りの手柄を上げてもらおうと躍起になっている。
機巧魔導少女ナイアール (きこうまどうしょうじょないあーる)
日曜日の朝、テレビで放送されている特撮ドラマ。魔法使いの少女であるナイアールが、使い魔のハイヨールと共に事件を解決していくという内容で、主演女優は笹見令佳が、監督兼キャラクターデザインは甘味屋慶樹が務めている。甘味屋の意向から昔ながらの技術が重要視されており、屋外のロケでは本物の炎や爆発物が使われているのが特徴。四ノ宮小唄はこの番組の大ファンで、特にハイヨールを気に入っている。
クレジット
- 原作
-
大槻 涼樹
書誌情報
四ノ宮小唄はまだ死ねない ーBORDER OF THE DEAD- 3巻 講談社〈モーニング KC〉
第1巻
(2019-11-21発行、 978-4065175811)
第2巻
(2020-08-20発行、 978-4065196427)
第3巻
(2021-07-20発行、 978-4065238042)