あらすじ
第1巻
16世紀初頭、人の姿を後世にとどめる術が、画家の筆しかなかった時代。スペイン王宮の宮廷画家に召し上げてもらうチャンスを得たシルバ・ベラスケスは、初めて訪れた王宮で、自らの肖像画を切り裂くドニャ・イサベル王女の姿を目撃する。肖像画は、自分の分身として遠い異国へ行く大切な物であるという考えのイサベルは、その役割を果たすに値しない絵は処分すると言って聞かない。そしてイサベルは、自らの手で切り裂いた肖像画をシルバに託し、その場を立ち去るのだった。シルバは、その後すぐに国王であるドン・フェリペへの目通りが叶い、肖像画を描くチャンスを得たものの、肝心のフェリペは、忙しさを理由に絵を描き終えないうちに退席してしまう。なすすべもなく固まるシルバだったが、この絵を完成させなければ、宮廷画家への道は開けない。そこでシルバは、王女付きの侍女、バルバラの協力を得て、フェリペそっくりのイサベルの顔を見ながら、国王の肖像画を描き上げていく。こうして素晴らしい出来の肖像画を仕上げたシルバは、その腕を認められ、無事宮廷画家として登用される事となった。そしてシルバは、絵画を通して気難し屋の王女、イサベルと心を通わせ、信頼関係を築き上げていく。
登場人物・キャラクター
シルバ・ベラスケス (しるばべらすけす)
画家を生業としている男性。スペインのマヨール通りに小さな汚い工房を構えて暮らしていたが、大臣の勧めで国王陛下の肖像画を描くチャンスを得て、見事に宮廷画家に登用される事となった。何事にも適当に振る舞っているように見えるが、絵の腕前だけは確かなものを持っている。しかし金銭への執着が人一倍強く、二言目には金の事ばかり考えている。 もともとは、セビーリャに住む師匠に弟子入りし、絵画について勉強していた。その時に師匠の娘、テレサと結婚したが、5年ほど前に歳若くして亡くなってしまった。誰もが醜女だというテレサを、シルバ・ベラスケスだけは美しいと言い続けており、彼女の持つ美しさに周囲のみんなが気づかなかったのだと考えている。 生前、テレサが顔を描かれるのを嫌がったため、裸で横たわる姿を後ろから描いており、その裸婦画を今でも大切にしている。
フアン
画家を志す少年。シルバ・ベラスケスに弟子入りして3年になる。シルバの絵の腕に惚れ込んでおり、彼を先生と慕って生活を共にしている。一方で自由奔放な性格のシルバに、いつも振り回されており、苦労が絶えない。絵画に必要な顔料作成の手伝いや、必要な物の買い出しのほかにも、掃除や片づけ、洗濯などの身の回りの世話など、基本的な雑用はすべて行っており、シルバにとってなくてはならない存在。
ドニャ・イサベル (どにゃいさべる)
スペインの第一王女。幾人もの宮廷画家が彼女の肖像画を描いて来たが、1枚として気に入る絵がなく、そのすべてを自らの手で切り裂き、処分して来た気難し屋。幼い頃から婚約者として認識していたフェルディナントとは一度も会った事はないが、肖像画の中の彼にずっと恋していた。しかし、その姿を一度も目にする事がないまま、フェルディナントが若くしてこの世を去ったため、気持ちを消化できないまま、肖像画の中の彼に恋し続けている。 そのため、次の縁談がまとまる事がないようにと考え、自分の肖像画を完成させまいとして来た。これは、侍女のバルバラ以外誰にも知られていない事である。のちに、宮廷画家として王宮にやって来たシルバ・ベラスケスと出会い、彼に興味を持ち始めた事で、絵画にも関心を寄せるようになる。 最終的には、ウィーンのレオポルト大公のもとへ嫁入りする事になり、以降はウィーン流に「エリザベト」と呼ばれるようになる。
バルバラ
ドニャ・イサベル付きの侍女。子供のように背が低いが、ぽっちゃり体型で、特徴的な大きな顔をしている。何事にも厳しく接しているが、実はイサベルの一番の理解者である。感情を表に出さず、いつも無表情だが、大好物の飲み物、チョコラータの事になると少しだけ感情があらわになる。
ドン・フェリペ (どんふぇりぺ)
ドニャ・イサベルの父親。スペイン国王を務めており、日々、多忙を極めている。国王の一族である「アブスブルゴー一族」は、代々血縁内での結婚が多かったため、みんな顔がよく似ており、娘のイサベルも、ドン・フェリペの若い頃と顔がそっくり。そんなイサベルを「私の宝石」と評して溺愛しており、彼女の縁談を早くまとめようと奔走している。
ロレンツォ・カルドゥーチョ (ろれんつぉかるどぅーちょ)
フィレンツェ生まれの美男子。宮廷画家を務めている。シルバ・ベラスケスよりも先に宮廷画家として王宮に暮らしており、王女のドニャ・イサベルが切り裂いた肖像画を描いた本人。情熱的でうるさい鬱陶しいタイプで、勝手にシルバをライバル視し、なにかと突っかかって来る。だが一方で、シルバの事を慕ってもいる。
テレサ
師匠の娘で、シルバ・ベラスケスの妻だった女性。赤毛で、お世辞にも美しいとは言えない顔立ちだった事は、父親である師匠自身の口から語られている。自分自身でもその醜さを認識し、恥じていた。そのため、シルバに求愛されて彼のもとに嫁いだあとも、最後まで顔を描く事だけは許さなかった。だが、シルバがどうしても彼女を描きたいと言ったため、裸で横たわる姿を後ろから描く事を許した。 5年ほど前、若くしてこの世を去ったが、その裸婦画だけが、彼女の生前を描いた絵として残っている。
フェルディナント
ウィーンのハプスブルグ家に生まれた王太子。ドニャ・イサベルの婚約者であり、幼い頃から将来を約束された身だった。イサベルとは直接会った事がなく、互いを肖像画でしか見た事がないまま、20歳の若さでこの世を去った。イサベルは、肖像画の中の彼に恋し続けている。
師匠 (ししょう)
シルバ・ベラスケスの絵の師匠であり、テレサの父親。明るく親しみやすい性格で、スキンヘッドに立派なひげを蓄えた老紳士。セビーリャに住んでいるが、病にかかって最近床に伏すようになったが、そのわりに元気に振る舞っている。数多の弟子を育てて来たが、その中でもずば抜けた実力を持つシルバの才能を買っており、娘のテレサを嫁にやる事を許した。 テレサの容姿については、父親であるにもかかわらず、醜女だったと語っている。
ハビエル神父 (はびえるしんぷ)
異端審問所で、異端審問官を務める男性。カトリックの教えに反する書物や絵画を見つけては、民から取り上げ、燃やす事で厳しい弾圧を行っていた。絵画では、特に裸の女性を描いたものは淫らとし、悪魔の絵であるとして「焚書」の対象としていた。街中で出会った宮廷画家のシルバ・ベラスケスが、自分に対して反抗的な態度を取ったため、シルバのいる王宮へ赴き、教えに反する絵画などがないか、王宮中を捜索。 異端と異教徒の取り締まりを謳って、強引にシルバの所有する裸婦画を取り上げようとする。
その他キーワード
宮廷画家 (きゅうていがか)
王宮に召し上げられ、国王のために絵を描く画家。国王一家の肖像画から、王宮を飾る壁画や天井画、タペストリーの図案に至るまで、絵筆を以って王に仕える「王の画家」であり、「画家の王」とも評される。それに伴い、安定した月給に加え、出来高払いで給与が支払われる事が約束される。王宮内に工房と住居を構える事が許され、税金は免除、年金も支給されて身分が保証されるため、宮廷画家になれば、この世が格段に生きやすいものとなる。