あらすじ
第1巻
島崎 三歩は民間の救助ボランティア団体・山岳遭難防止対策協会に参加している、ボランティアの救助隊員だ。高校時代に登山に目覚めた三歩は、卒業が危ぶまれるほど山に入り浸っていた。そして、高校卒業と同時に海外を巡り、世界の名峰へ次々と挑戦し、登頂するのだった。
北アルプスの山岳救助隊員に異動になった、長野県北部警察署地域課の椎名 久美は、配属後すぐに登山者をチェックして遭難救助者がいることに気がつく。上司の指示のもと、山岳遭難防止対策協会に救助要請をする。遭難者を救助したのは山岳救助のボランティアの三歩だった。久美は三歩を救助仲間から紹介され、その後三歩から救助の訓練を受けるのだが、三歩の性格に苦手意識を抱いてしまう。三歩は救助隊員たちから親しみを込めて「山バカ」と呼ばれていた。久美とのコミュニケーションを図るために、三歩は久美にある質問を投げかけるのだった。その質問とは「山に捨てちゃいけないものは?」というもの。久美はゴミでしょ! と即答するが、三歩に笑顔で雪の中に突き落とされてしまった。答えは教えてはくれず宿題となった。(第1歩 クイズ)
その後、山で訓練を受けていた久美は意識を失い倒れている男性を発見する。救助隊が来るまで待機せよとの命令を受けた久美だったが、1人で救助しようと試みる。しかし、背負ってしまうと前を向いて進めない。その時三歩が駆け付けたが、男性はすでに死んでしまっていた事が判った。久美は自分に責任があると泣き崩れた。初めて遭難者の死に遭遇して錯乱した久美を落ち着かせたあと、三歩は遺体をフォール(落下)させた。亡くなった人に対する扱いの残酷さに、久美は失望と怒りさえ感じた。フォールを終えて下山した三歩たちを待ち構えていたのは怒り悲しむ遺族だった。三歩は言い訳を一切せず、遺族に対して土下座をして謝った。そのあと、何事もなかったかのように山荘でナポリタンを食べる三歩に、久美は憤りを露わにして詰め寄った。三歩は初めて山岳救助をした時の事を話すのだが久美は納得できない。
その後、久美は苛立った気持ちのまま勤務に戻る。そして不注意で遭難した救助者に八つ当たりをしてしまう。そのうえ、別行動をとった久美自身が遭難してしまう。久美の遭難したという情報を受けた三歩は、救助に向かい助ける。救助ヘリで搬送された久美はパイロットからアマチュアだなと叱咤され、ショックを受けてしばらく欠勤してしまう。その後、久美は救助隊チーフの野田から三歩の過去の話を聞く。三歩が初めて山岳救助で背負ったのは唯一無二の親友で、その亡骸を2日間かけて麓まで運んだのだった。三歩の笑顔の裏には壮絶な過去があったのだ。(第7歩 夢の山)
第2巻
北アルプス・滝谷に氷が張り、アイスクライミングのシーズンが到来する。人間が登るのを拒むかのようにそびえ立つ氷の壁。滝谷に向かっていた島崎 三歩と、三歩がアメリカにいた頃の友人・ザック・ウェザースは、男2人のパーティーがアイスクライミングで遭難したらしいとの情報を受けて、救助に向かった。
三歩は冬になって雪が降りつもり岩壁に氷が張ると、もういてもたってもいられなくなる。それは、厳冬の季節にしかできないアイスクライミングを出来るからだ。三歩は、アイスクライミングをこよなく愛していて、冬になると真っ先に雪山に向かっていくのだ。アイスクライミングは極寒の氷の世界でのスポーツであるため、なかなかやる人はいないのが現状だ。凄くコアなスポーツと呼ぶにふさわしい。両手にアイスアックスという突き刺す道具を持ち、氷の壁に突き刺す。足には鉄の爪アイゼンを装着して、蹴り込みながら一歩一歩登ってゆくのがアイスクライミングだ。
救助要請を受けた三歩が現場へ駆けつける。そこには先に登っていた人が落とした氷を体に受けてしまった人が重体となっていた。最初は固い氷に惑いながらも、アイスアックスに慣れてくると突き刺す事が心地よくなり、そこに体重を預けてどんどん登っていける。だが、氷は割れやすいので、的確に爪を刺さなければ、容易に崩れてしまう。後から登ってきたパートナーが崩れた大きな氷の塊りをまともに受けてしまい、瀕死の重傷を負うこととなるのだ。氷の塊を落としてしまった男性は、そばにいるだけで何もできない歯がゆさと責任を感じ、自分を責めていた。そんな男性の気持ちを三歩はすべて受け止めて、遭難した2人を優しく包み込むのだった。(第8歩 氷と熱)
ある日のこと、東京に登山の備品修理のために出向いていた三歩。登山専門店で高額なアックスの爪を変える事を勧められ、しぶしぶ了承していた。するとそこでまったく場違いな着流しを着た老人が登山シューズを履いて、そのまま山に行くと言って店員を困らせている。どうやら酒に酔っているらしかった。三歩はまるで山岳救助のように老人を担いで、店の外へ出た。公園でしばし休憩をさせ、持っていたトレッキングジャケットを老人に着せて夜まで眠らせた。夜になり老人は目を覚ました。三歩が話を聴くと息子が登山に行ったまま帰ってこないと言う。だから老人は自ら探しに行くというのだった。
2人は老人の行きつけの江戸前寿司の店へ出向いた。老人をホームレスだと思い込んでいる三歩。気前よくどんどん板さんに握りを注文する老人にヒヤヒヤだ。しかしその時、ある人物が老人を訪ねて店に入ってきた。人物は老人のことを先生と呼ぶ。不審に思った三歩は板さんに老人の素性を尋ねた。尋ねてきた人物は出版社の人だった。老人は昭和の大文豪と呼ばれる間鳥 藤太郎だとわかる。そこから老人と三歩はお互いの仕事を紹介しつつ、老人の息子の遭難事故にまで話が及ぶのだった。(第15歩 息子)
第3巻
北アルプスで、ある登山者夫婦と出会った島崎 三歩。この夫婦は山を制覇することに憑かれ、日本百名山の完登を目指していた。そして、今日はその百山目となる槍ヶ岳へ登頂にやってきたのだ。それを聞いた三歩は数年前、仲間と共にエベレスト登頂を目指した日の事を思い出していた。せっかく出会ったのでコーヒーを勧めると、それを断る夫婦。とにかく急ぎたいようだ。三歩は挨拶をして別れた。
夫婦の「最終アタック」という言葉に、三歩は昔、エベレストの山頂に最終アタックをした時の事を思い出した。その時、三歩の仲間・アンディは、エベレスト登頂のために、男性遭難者を見捨てようとしたのだった。7500m以上はすべて自己責任で登山をするのが登山者たちの暗黙の了解だからだ。その遭難者は激しい凍傷で1歩も動けなくなってしまっていたが、かすかに息がある状態だった。登頂まではあと1時間ほどの行程だ。アンディと一緒にいた三歩は、男性を救助し背負って下山することを選んだ。すでにエベレストには来ているのだから登頂にこだわるまいと選択したのだ。アンディも登頂を断念し、三歩のサポートをしようと下山してきた。息も絶え絶えだった遭難者の男性は途中で亡くなった。それでも二人の心は晴れ晴れとしていた。人の道にそむかないのが登山の道なのだ。ベースキャンプのチームリーダーも二人をよく頑張った!と激励しキャンプに迎え入れたのだった。
三歩がそんな昔の事を思い出しているうちに、槍ヶ岳は急に雲行きが怪しくなってきた。すると、あの登山者夫婦が三歩のテントを訪ねてきた。コーヒー1杯をも断るほど急いでいたのに、どうしたのかと話を聴く三歩。槍ヶ岳登頂を目指して登り進めていたのだが、雨は酷くなるばかりで一向に止みそうもない。2人は何度も途中で話し合いながらある決断をしたと言う。(第0歩 アタック)
ある日、訓練を終えた三歩と椎名 久美が山荘に戻ると、横井 ナオタという少年が無線で助けを求めてきた。父親の横井 シュウジと、登山中にはぐれてしまったと言う。急いで三歩が救助に向かい、シュウジを発見したが、息絶えてしまった。ナオタの母親は早くに亡くなっていた。シュウジは遭難する直前まで、自分は息子におにぎりしか作ってやれなかったと後悔していたのだった。山荘に無言の帰還をした父親を前に、ナオタは号泣した。しばらくして三歩はナオタを訪ねて小学校に出向いた。ナオタに会った三歩は、校庭のアスレチックの上に腰かけて噛み締めるように話しはじめた。ナオタの父親シュウジが最後まで生きようとしていたことを、ナオタに伝えるのだった。泣きじゃくるナオタは三歩が作ってきた男飯、おにぎりを頬張りはじめた。2人はいつか父親・シュウジが亡くなったあの山で、一緒に男飯を食べようと約束をする。(第3歩 オトコメシ)
第4巻
北アルプス穂高連峰大スキレットの北端を登山中の男子学生が、滑落遭難してしまった。その日は強風が吹き荒れ、現場に救助ヘリを飛ばす事が不可能だったため島崎 三歩は1人歩いて現場へ急ぐ。しかし、同じタイミングで今度は大スキレット南端で新たに中年の女性が滑落遭難したとの連絡が入る。北端で救助に向かっていた三歩が最も現場に近い。男子学生はおそらく頸椎骨折の可能性がある瀕死の状態。中年女性は滑落時の衝撃で意識不明の重体。強風で救助ヘリも飛ばせない状況だ。椎名 久美はチーフに三歩1人では助けられないと意見するが、チーフはこういった緊急での同時遭難事故の場合は、現場にいる救助隊員に任せる事で決着するのだと言う。助かっても一人だというチーフの言葉に絶句する久美。果たして三歩はどちらを助けるのか。(第0歩 択一・前編)
悪天候時に三歩が常に頼っている昴エアの牧 英紀は、難局での判断に俊敏さと高い技術を持つ男だが、遭難者には厳しい言葉を浴びせることで有名だ。牧の救助ヘリに同乗した久美は、牧が遭難者にそれほど厳しくあたる理由を知りたいと思った。同乗することを勧めてくれたのは三歩だった。牧の救助は遭難者を自立させて歩かせることに徹底した救助だ。久美は遭難者は動けないとばかり思い込んでいたが、牧に言わせると、どうしても助かりたいから救助を求める。さらに遭難者は救助のヘリに手を振って応えるのだから歩かせても大丈夫だというのだ。牧は久美に4人の遭難者の救助を依頼した。久美はどうしても無理な場合はどうするのかと牧に質問した。牧は遭難者を脅迫して徹底的に死を意識させて登らせろと答えた。牧は久美に50分という時間の猶予を与えた。それで救助できなければ全員死ぬ。4人の遭難者は、救助にヘリが使えない現場だと聞かされ、久美の誘導でしぶしぶヘリを降ろせる尾根まで登り始めた。あと20分しかない。久美は1分1秒でも早くと祈るような気持ちだった。三歩も現場に急いでいた。1人の遭難者がもう歩けないと立ち止まる。久美はその遭難者に、死にたくなかったら立って歩けと脅すように声を張り上げた。遭難者もハッとし、体力をふり絞って登り始めた。しばらくして厳しい自然の猛威を乗り越え、約束の時間に牧のヘリが尾根へ到着した。(第7歩 警告②)
第5巻
北穂高岳の秋。登山をしていた黒岩という中年男性が、雪に足を取られて崖から転落、腕を骨折して動けなくなってしまった。山麓の警察署では黒岩の下山が遅れていることから、山岳遭難防止対策協会のボランティア救助隊員・島崎 三歩に救助の要請をする。三歩は明るく人当たりの良い好青年だが、一見ひ弱そうに見える。しかし、ヒマラヤや南米の山を次々と登頂してきたキャリアを持っていると知ると、大抵の人は経験豊富な三歩に信頼を寄せるようになるのだった。この日の遭難者は発見できたものの、救出途中に三歩の背中で息絶えてしまった。それまで遭難者に声をかけ続けた三歩だったが無念の下山となった。署員の椎名 久美はヘリでの遺体搬送の手続きを終えた。
その週末、久美は辛い気持ちを振り払うように三歩と街へ出かけた。久美は三歩とのデートのつもりで少々気張ったイタリアンレストランへ入る。しかし、三歩はなぜか水しか頼まない。ソムリエールがいる素敵な店だとの情報も得て久美はここを選んだ。なのにそれにはおかまいなしに三歩は山の話ばかりする。しかも救助できなかった遭難者のことまでだ。久美のデート気分は台無しになってしまう。そこへソムリエールがとっておきの1本を二人に振舞った。2人の山岳救助の話が聞こえたというソムリエールは、自分の父親も山で遭難死したのだと言った。救助隊には散々お世話になったと話す。とっておきの1本はソムリエールの蔵出しハウスワインだった。イタリアの太陽をたっぷり浴びたワインだが、とても安いものなので心おきなく飲んでほしいと言うのだ。感謝の気持ちで出されたワインに二人は大喜びした。夕方には子供たちと公園で遊ぶ三歩の姿に、久美はこんなデートもありかなと思い直すのだった。(第0歩 三歩の山)
喫茶店の店主海藤が燕岳に登ったのは、会社を退職した時だった。当時、海藤は迷いの中にいたが、コーヒーの道で行こうと肚を決めるために登山したのだ。登りは順調すぎるほどどんどん登れてしまい、無事登頂を果たした。しかし、下山道を間違えて、断崖絶壁に出くわし、立ちすくんでしまう。運悪く天候も吹雪いてきた。海藤は吹雪を避けつつ、その夜は一睡もできないまま朝を待った。翌朝、吹雪の中を下山していくが、見当もつかない状況に自分はここで死ぬと思い、その場に倒れ込んでしまった。意識が朦朧としていた海藤に、そんなところで寝ちゃだめだと言う、誰かの声が聞こえてきた。三歩の声だった。三歩は、股間に入れて温めていたという握り飯を海藤に食べさせようと差し出すが、2日間も歯を食いしばっていたために口も開かない状況だった。それならと三歩は自前のコーヒーを海藤に差し出した。それは海藤が求めていた究極のコーヒーの味、香り高い最高のコーヒーだった。海藤には命に染みわたる味だった。それは三歩が山で遭難者に必ず振舞う薫り高いコーヒーだったのだ。その後、喫茶店を始めた海藤だったが、やっとあの時の三歩がつくってくれたのと同じ味のコーヒーを焙煎することができた。今日は感謝の1杯をある人に振る舞う日なのだった。(第1歩 あのコーヒー)
第6巻
北アルプスの山小屋、谷村山荘の谷村 文子(通称オバちゃん)は山のプロだ。この日、オバちゃんはしばらく山荘を離れる準備をしていた。2人のアルバイトに食事や山の天気のことなどを伝え、手配や準備に余念がない。そこへ頼まれていた食料などを届けに島崎 三歩がやって来た。三歩がアルバイトの者に、オバちゃんはどこに行くのかと尋ねると、富士登山だと答える。それを聞いた三歩はいてもたってもいられず、あくる日から自分も休暇を取り、オバちゃんについて富士山登山に出かけた。あくまでもサポートとしてだ。しかし、山のプロであるオバちゃんはサポートなど要らないと三歩を突っぱねる。三歩は、1合目から順を追って登るのが好きだと言ったが、オバちゃんはバスで5合目から登り始める方がいいと言った。
オバちゃんは5合目の休憩所で、息を切らす女性に頂上まであとどのくらいですかと聞かれ、5、6時間だろうねと答えた。女性は携帯酸素も持っておらず、憔悴していた。その女性が気になったオバちゃんは、一緒に登ることにした。女性は関 良江という名だった。良江は半年前に夫を亡くしていた。街で仲良さそうな夫婦を見るのが辛く山に逃げて来たのだと言う。オバちゃんが独身だったころ、夫となる谷村 昇と始めて登った山が富士山だった。しかも途中で昇がケガをし、彼を背負って麓まで下山したのだ。オバちゃんは強い女、昇は弱い男だった。しかし彼は山でオバちゃんにプロポーズをして2人は夫婦になった。昇に先立たれてしまった時、弱い夫が世界一強い男に思えたとオバちゃんは言った。大切な夫だった。オバちゃんはそれから20年間、毎年1回富士登山をし続けてきた。こうして昔話をしながらオバちゃんと良江は8合目まで登ってきた。いよいよ良江の足もギブアップのようだ。オバちゃんは下山するよう説得した。ちょうどそこへ三歩が合流する。富士山はごつごつの岩だらけで全然きれいじゃないと良江が言った。遠くから眺めているのがいいと言った良江に、三歩は登頂を勧める。(第0歩 日本一の山)
以前、山で父親を亡くした横井 ナオタ。あれから成長し、三歩との約束どおり男飯のおにぎりを持って一緒に登山することになった。ナオタは自分が描く夢の話を、三歩に聞いてもらいたいと思っていた。ナオタは10歳になっていた。来週は小学校の行事である「半分成人式」でのスピーチが待っている。担任の先生がスピーチを聞きにくる人は誰かいないかとナオタに聞いたが、ナオタは誰もいないと答えていた。そこで先生は、山のお兄ちゃんに尋ねてみたらどうかとアドバイスをくれたのだった。ナオタはもうすでにスピーチの内容を決めていた。山のお兄ちゃんとの約束を話すのだ。そして三歩に「半分成人式」の参加をお願いするために山を訪れたのだった。ナオタは久しぶりに三歩といろんな話をしたり、川で泳いだりした。三歩は子供の頃、一生夏休みだったら良いと思っていたんだと話す。そして、ナオタに山で即死した人の話なども語って聞かせたのだった。ナオトの「半分成人式」への参加も三歩は快く引き受けた。しかし、その当日、三歩に緊急遭難者救助要請がでたのだった。(第1歩 半分成人式)
第7巻
島崎 三歩は遭難した遺体を発見し、救助のヘリを依頼した。三歩はテントを持っていなかったが、悪天候の中、ヘリが来るまで遺体のそばに寄り添っていた。発見から3日後に山岳救助隊はようやく遺体のもとに着いたのだった。しかし、遭難者の父親はそんな事はまったく知らず、3日間も雪山に遺体を放置したことを攻め続ける。長野県警察の山岳遭難救助隊チーフの野田 正人は、ただひたすらに遺族に対して謝罪した。その姿を見た椎名 久美は、三歩がずっと寄り添ってくれていたことを遺族に伝えたいと思っていた。翌日、久美は谷村 文子(通称オバちゃん)から、谷村山荘の雪おろしを手伝っていた三歩が、急に熱を出して屋根から落ちて倒れてしまったと聞く。三歩は悪天候の中での救助活動で風邪を引いたらしい。久美は温かい食べ物を作ろうと買い出しをし、薬を持って谷村山荘に向かうのだった。一方、三歩は風邪で寝込んでなどいられないと熱い風呂に入り無理やり熱を下げる荒療治をしていた。やっと到着した久美を、どうしたのととぼけた口調で迎える。風邪で寝込む三歩を思い駆けつけた久美は、その言い方に気分を害してしまった。そこで久美の持参したサツマイモを外の焚火で焼こうとを提案した三歩。オバちゃんを手助けしている杉さんも加わり、キャンプファイヤーが始まった。サツマイモの上手な焼き方を久美に教える三歩。それを聞きながら杉さんが昔の山岳救助のことを話し始めた。(第0歩 ありがとう)
横井 ナオタが通う小学校では、父の日の似顔絵が貼り出された。父親・横井 シュウジが山で亡くなったナオタは、信頼している山のお兄ちゃん、三歩を描いた。それを見た意地悪な同級生たちが、父親でもないのにどうして書くのかと口々に言う。三歩兄ちゃんは強くて凄い人だとみんなに話した。死んだ人も生きている人も救うとか、一度に5人は断崖絶壁でも運べるとか。ナオタはみんなを説得するために5人運べると嘘をついてしまったのだ。みんなは本当なのか知りたいと言って、週末に北アルプスの三歩の元を訪ねることになってしまった。週末、ナオタは2人の同級生と共に谷村山荘へ向かった。必ず三歩に会えるはずだと進むナオトだったが、うろ覚えだった道を間違えて、どんどん森の中に入って行く。案の定、道は消えてしまった。だんだん山の天気も変わり始め、みんなはナオトの間違いを責める。心細くなったその時、寒さで震えていた3人を三歩が見つけてくれたのだ。ナオタは三歩兄ちゃんが5人の人を同時に運べると嘘をついたと正直に話す。三歩はナオタに優しくそれはいけないことだと言い聞かせたが、嘘は時には大事なんだと言って、3人に嘘のおかげで遭難せずにすんだという三歩の経験談を話して聞かせるのだった。(第1歩 嘘は罪?)
第8巻
北アルプスで行方不明になった母親を待ち続けている娘がいた。娘の名前は水ノ口 笛。母親がいなくなった日から北部警察署を頻繁に訪れては何か手掛かりはないかと尋ねていた。しかし、2年が経過し、今では北部警察暑の手を離れて山岳救助隊の島崎 三歩だけが捜索を続けている。必ず帰ると言い残し山に入った笛の母親。笛はその約束を頑なに信じていた。母親がお守り代わりに山へ持って行ったのはひと揃いの箸だった。三歩が母を発見した時、母だとわかるように笛は三歩に同じ箸を預けた。遭難当初は70人もの捜索隊を組んで捜索にあたったが、月日を追うごとに捜査も縮小し、今では三歩1人となった。捜査の世界では、広大な北アルプスの山で1人の遭難者を探すのは、米ひと粒を探すようなものだと言われている。笛は北部警察署で、椎名 久美から現状を聞いて礼を言い、深くうなだれて帰っていった。一方の三歩は預かった箸を見ながら、2年前の母親の遭難時の天気を調べてもらっていた。その日の山は想定外の雨が降って雹に変わり、とても危険な状態だった。三歩はその情報を頼りに母親の足取りが消えた辺りを必死に捜索し始めた。するとすぐに草むらの中から入れ歯のような物を発見した。入れ歯の傍にあったリュックからは箸の片方が出てきたのだ。(第0歩 私の半分)
元クライマーのビジネスマン赤城は最近仕事が忙しく、早く家に帰ることなど滅多になくなっていた。仕事に忙殺されて、幼い我が子がしゃべり始めたことも気に留めないほどだった。さらに客先へのプレゼンテーションに追われるストレスから暴飲暴食し、めきめきと太り始めた。社内でもメタボ体型だとの烙印を押されてしまった。そんな赤城がプレゼンテーションで大失敗をしてしまう。会社からはミスの責任をとる覚悟をしておくようにとの通告がでる。しかもそんな時、妻が息子を連れて実家へ帰ってしまったのだ。窮地に追い込まれた赤城は、相談を兼ねて学生時代の旧友と飲むことにした。お互い元クライマーだった。状況を聞いた友人は、山に行ってこいと赤城の背中を押す。翌日、早速北アルプスの峰に向かう赤城。昔取った杵柄であるものの、やはり北アルプスの山道はとても厳しいものだった。そんな彼をすいすいと追い越してゆく老人男性がいた。息も全く乱れていない。しかし精気のない顔が心配になった赤城は大きな声で呼びかけた。すると老人男性は私の木に会いに来たと言うのだ。戦争時、赤紙を受けとった彼は山に登り、もう下山しなければ夜行列車に間に合わないという時、崖に立つ1本の美しい木に出会ったのだった。彼はその木を抱きしめ、必ず帰ってくると誓って戦地へ向かった。仲間は皆死に、自分だけが生き残った。それから老人は毎年、仲間を思いながらこの木に会いに来ていた。今年も来ることができて、本当に幸せだと老人男性は言った。赤城は会社の事も、実家に帰ってしまった妻と最愛の息子の事もすべて一大事だと思い込んでいた。老人男性の話から本当の幸せの意味が見えた赤城だった。(第1歩 俺の木)
第9巻
ある日、朝倉 陽平という青年男性が、島崎 三歩を訪ねて来た。陽平は三歩が以前に遺体を運んだ遭難者の息子だった。探したい物があるので亡くなった父親の発見現場まで連れて行ってほしいという用件だった。陽平は遭難した父の遺書と形見分けの中から「陽平 ピッケル」というメモを見つけた。父がそれを自分宛に残した理由を知るために、北アルプスの三歩の元を訪ねて来たのだ。陽平は三歩に導かれて険しい崖を登ったり降りたりを繰り返すこと数時間、遭難した父親を発見した場所に着いた。三歩はその場所でしばらく待機するように陽平に命じて、遺品のピッケルを探しにさらに崖を下った。陽平はその場で亡き父に向かい、母親も妹も元気だと近況を語りかけた。陽平自身についてもビジネスマンとしての平凡な日常を話した。そのうち父を無残な姿で奪った山への怒りが湧いてきた。お父さんは山に魅せられたと聞いていたけど、まったく理解できないと話すのだった。どうしてこんなに苦しくきつい山登りに魅せられたのだろうかと、亡き父親の心境を思って三歩を待っていたその時、なんとピッケルを持った三歩が再び崖を登って来た。錆びついてはいたが、まだまだ使えるという。目的の遺品は見つかったが、陽平はまだ父の残した言葉の意味に思いを巡らせていた。(第0歩 形見)
横井 ナオタは学校が休みになると、三歩を慕って谷村山荘へ手伝いに来ていた。今朝は三歩に薪割りを教えてもらっていた。そこへ神奈川から有森親子が遊びに来た。しかし、以前と違い、娘の有森 絵理に全く笑顔が見られず元気がない。谷村山荘の谷村 文子(通称オバちゃん)が母親に聞いてみると、学校でひどいいじめに遭っているという。オバちゃんはナオタに、絵理をとっておきの場所へ連れて行ってあげてと頼んだ。何にもしゃべらない絵理に、ナオタは自分の生い立ちや学校の仲間たちの事を面白可笑しく話した。お気に入りの梓川に出るために山道を選んで歩いている時、ナオタは思わずそんなに無口だと仲間からハブにされちゃうよと言ってしまう。その言葉に敏感に反応した絵理は、涙をこらえられなくなって橋の上で泣き始めてしまった。女の子を泣かすなんて初めての経験だったナオタ。絵理の機嫌が直るようにさらに面白い話を必死で連発した。そうこうしているうちに2人は梓川河川敷に着いた。絵理も何度か訪れているという美しい渓流で川遊びをしながら、ナオタは絵理にいつも1人なのかと訊く。絵理はそうだと即答した。ナオタはそれなら三歩兄ちゃんと同じだと言った。ナオタは、困難は必ず乗り越えられるという話を聞いたことがあると絵理に力説する。山登りで天候不順に見舞われて遭難しかかった時は、騒がず静かに、雨や風、雪や嵐が止むまでひたすら待つのだ。そしてひと月かけてもたった1人で登頂する。だから一人でも登れるのだと話すのだった。絵理は両親が離婚したことを話した。そしてナオタの父親が山で遭難死したと聞いた。明るいナオタからは想像もできない過酷な毎日を過ごしていたことを知り、自分たちは似た者同士だと絵理は言う。そんな時、油断したナオタが梓川に落ちてしまう。真冬の川は驚くほど冷たい。早く救出しないと危ない。甘く見てたら命を失う場合もある。絵理は思わず飛び込んでナオタを救出した。(第1歩 似た者同士)
第10巻
北アルプスの谷村山荘に、富山に住む横井 ナオタから小包が届いた。小包の中には手作りの皿が入っていた。皿の裏には「長生き」と刻まれていた。ナオタは図工の授業で「家族に送る陶芸」というテーマの焼き物を焼いたのだ。ナオタは谷村山荘の谷村 文子(通称オバちゃん)を本当の祖母のように慕っていた。オバちゃんに山小屋でぜひ使ってほしいと、思いを込めて作り送ったのだった。さらに包みの中には島崎 三歩に宛てた物もあった。それを見つけたオバちゃんは山にいる三歩に渡しに行く。三歩は普段、北アルプスの山にこぢんまりとした小屋を建ててそこに住んでいる。オバちゃんが訪ねて来た時、三歩はクライミングに出ているようで留守だった。ストーブを焚いて三歩の帰りを待つことにしたオバちゃん。しばらく眠っていたら三歩が帰って来た。早速、ナオタからの焼き物を渡す。三歩にはコーヒーカップだ。カップの側面には「安全」と刻まれている。大喜びする三歩だった。ナオタの気持ちを考えると私達2人とも死ねないねとオバちゃんは言うのだった。しばらくして、今度は三歩からナオタに小包が届いた。中身はピッケルで持ち手には「岳」と入っている。お返しに山の本格的な装備品を貰ったナオタはとても嬉しく思った。三歩といつか北アルプスを登る日を待ち望んでいるナオタだった。その頃、三歩は雄大な北アルプスの夕暮れに1人、ナオタの作ったカップでコーヒーを飲んでいた。(第0歩 春一番の柄)
松本の公園で、夜更けに1人でサックスを吹く菅野。実はプロのサックスプレイヤーで、時折テレビにも出演している。しかしサックスだけでは食べていけず、夜間の道路工事に精を出す日々だ。誰も聞いていない夜更けの公園での演奏には、菅野の魂も宿るわけもなく、マンネリのなかで続けていた。工事現場の仲間はみな気持ちのいい人ばかりだ。菅野に、紅白に出たら絶対に呼んでくれよと励ましのエールを送ってくれる。ある時、仲間の気持ちに応えられない菅野の暗い気持ちを察した友人が、行き詰っているんだったら山へ行くといいと、北アルプス行きを勧めてくれた。そして、菅野は週末に北アルプスを訪ねた。早速、ロープウェイに乗り込んだが、菅野の他には誰もいない。それでも案内人の羽田はひとつずつ見どころを説明し、最後には山の歌を歌ってくれた。菅野はどうして、自分1人のためにそこまでするのか、手を抜いてもいいのではないかと問うと、羽田は1日10回説明をし、歌っているのだと答えた。誰も乗っていない時でもしっかりと任務遂行すると言うのだ。驚く菅野に羽田は山が聴いているからと言った。素晴らしい山だが、毎年遭難する人がいるから鎮魂の意味もあって、羽田は心を込めて案内を行っていたのだ。それから菅野は登山口で三歩と出会った。三歩は見晴らしのいいポイントまで菅野を連れて行った。積荷を山小屋に届ける途中だった三歩に、菅野はどうしてそんな辛い仕事をしているのかと訊いた。三歩は山が好きで山にいたいから、この仕事をしているとあっさり答えるのだった。こうしてロープウェイの案内の羽田や三歩の話を聞いた菅野の心に、ある変化が起こり始めた。(第2歩 何回も何回も)
第11巻
島崎 三歩はどんな救助でもまず嫌がる事がない。それを見込まれて、険しい北アルプスの山岳地帯での救助に毎日のように引っ張りだこだ。しかし、中には救助要請があって現場に向かっても、捻挫しただけだから大げさな処置はいらないと言われることもある。いわば用なしの状態だ。そうして時間ができると、三歩は谷村山荘の谷村 文子(通称オバちゃん)に頼まれていた屋根の修理などに出向くのだった。この日も救助が思ったより早く済んで、谷村山荘の修理の手伝いに向かったが、三歩を待ちきれずにオバちゃんは自分で直してしまっていた。ここでも三歩は用なしだ。三歩は気を取り直して、雨上がりのキレット登山に出向むくことにした。するとオバちゃんから食事を食べていかないかと誘いを受ける。三歩が食事を待つ間、オバちゃんお気に入りのロッキングチェアでくつろいでいると、突然その椅子がバキバキと音をたてて壊れてしまった。唖然とする三歩。このロッキングチェアはオバちゃんの夫の形見で、生前愛用していた大切なものなのだ。修理するとなると高額な費用がかる。三歩は修理費用を出すために、久しぶりに高層ビルの窓ふきのアルバイトを始めたのだった。三歩のアルバイト先である高層ビルの窓ふきの仕事に、新人の男性が入ってきた。名前は伊達という。伊達は前職の会社が倒産するという憂き目にあい、ハローワークの紹介ではことごとく不採用になった。苦労の末に、通りがかりの求人を見て、やっと射止めたのがこの仕事だった。三歩は伊達に作業を教えるように言われて、一緒にクレーンに乗り込んだ。ところがは伊達は、高所恐怖症であることを隠していた。初めてのクレーンの高さに気絶しそうになるが、三歩の山の歌などに救われて、何とか少しずつ作業をし始めた。きれいに磨いた窓に映る北アルプスの山々は本当に美しいと、何にでも感動する三歩をいぶかしく思う伊達。夜は会社の中庭にテントを張って寝る三歩を見て、可哀想なホームレスだと思い込み、そういう者がする仕事だと激しく落ち込むのだった。ある日、突然、高層ビルが停電してしまいクレーンに乗ったままの三歩と伊達はそのまま再稼働するのを待つよう指示を受ける。停電が復旧するまでの時間、三歩は伊達の倒産による失業から、壮絶な就活全敗となった身の上話を聴く。三歩はそれでもこうやって仕事ができるから幸せだと励ました。しかし、やはり先行きが見えない不安で人生に納得のいかない伊達だった。三歩は伊達を山に誘った。山を自分の足で登ることで自分の人生だと実感するよと言った。(第0歩 オレの足で)
ある日の椎名 久美の1日を辿ってみる。深夜3時過ぎ、緊急の遭難者捜索願いを受ける。仮眠中であっても1分で準備して出発する。時間に追われる捜索から1日が始まる。もちろん朝ご飯などはそっちのけだ。山での救助活動を終えると、一旦救助隊の詰め所へと戻る。当番での朝食作りがあるからだ。しかし、この日は救助した際に利用する山小屋の整備を口実に朝飯当番を中津川に頼み、1人で山小屋へ出向く。本当は山小屋の整備ではなくて、久美はトイレに行きたかったのだ。それが男性ばかりの救助隊だと口に出しにくいのだった。トイレをすませて戻ると、中津川がカレーを作っていた。久美はカレーだけはもう嫌だったが、中津川はカレーしか作れない。仕方がないと朝ご飯を食べようとするが、またもや登山中に動けなくなった人を助けることになり、山小屋まで送り届けた。久美がやっと朝食をとれると勇んで戻ると、あるはずのカレーは消えていた。最後の一皿を三歩が食べてしまっていたのだ。久美は怒る気すら失くしてしまった。そんなかわいそうな久美に、三歩が手持ちのバナナを1本差し出した。久美はそれを有難く頬張った。バナナを1本食べただけで、すぐさま山のパトロールに出向く。今日はこれで3度目の登山だ。そうして仕事が終わりかけた頃、今度は隊員たちの中でアイスクリームを買ってくる人を決めるじゃんけんで負けてしまい、麓の村へ買いに行くはめになる。久美は、食事も満足にとれず、トイレにも簡単に行けず、我慢ばかりの仕事をする自分が情けなくなった。アイスクリームを買いに行く道すがら、思わず涙が溢れくる。そんな時に三歩に出会った。無性に疲れた久美は、アイスクリームをあげるからお願いを聞いてと、三歩に救助隊詰め所までのおんぶを頼んだのだった。(第2歩 もう!!)
第12巻
山小屋梶ケ山荘の主人である梶が入院した。梶はそろそろ自分の身体にも雪崩や落石が始まって、限界を知らせていると言うのだ。梶の妻は見舞いに訪れた燕レスキューの牧 英紀に、今度は手術をしてももう山小屋に戻れないだろうと言った。牧は除雪機が必要かどうかなどといった山小屋の冬装備の相談に来たのだが、気弱になっている梶の妻はもう山小屋は閉めるかもしれないと話すのだった。牧は長い間救助のたびに梶の山小屋に寄せてもらい、梶にとても世話になっていたため感謝の心を深く抱いていた。牧と青木 誠は、除雪機を主のいない梶ケ山荘に届けた。青木も主人のいない山小屋ほど寂しいものはないと、梶の存在の大きさを痛感していた。その頃、病院では梶の経過が良好な事から、一時退院をしても良いという診断が下されていた。手と手を取り合い喜ぶ梶夫妻だ。山小屋に帰るでしょうと問う梶の妻。自分で歩いては帰れないと悟った梶は、今回はもう無理だと言った。わずか数日だから、駅前のホテルにでも泊まって旨い蕎麦を食べようと言った。梶の妻はがっかりした。妻の落胆ぶりに可哀そうになったのか、翌日梶は牧に連絡を入れる。ヘリコプターで山小屋まで連れて行ってくれないだろうかと。梶の申し出にひとつ返事で応える牧だった。しかし、当日は大変な吹雪である。土地勘もあり、何度も荷を積み降ろして来た牧は吹雪の中、わずかな視界を狙い、必死で山小屋付近までヘリを近づけた。見事、雲の切れ間に梶ケ山荘の屋根が見えてきた。牧の最高レベルの操縦のおかげで二人は山小屋に降り立った。久しぶりに主人を迎える梶ケ山荘とそれを見つめる梶夫妻だった。(第0歩 父帰る)
クリスマスの日横井 ナオタは松本駅で、ケーキを選ぶ仲の良い親子を横目でみながら誰かを待っていた。ナオタは今日の日を楽しみにしていた。そこへ椎名 久美が現われた。ナオタの待ち人は久美だったのだ。今日は馴染みのケルンでクリスマスパーティーが開かれるのだ。ナオタは島崎 三歩に誘われて、新潟からはるばる松本まで出てきたのだった。ナオタは椎名 久美とケルンへ向かった。その頃、北アルプスでは三歩と牧が遭難者を保護するために奮闘中だった。三歩は厳しい状況の中でも、牧にメリークリスマスと明るく声をかけていた。
ケルンでは救助隊員の中津川と妻すず、ナオタや久美、ケルンの主人ザック・ウェザースなど皆が集まって、忘年会兼クリスマスパーティーが盛大に始まった。そこへ三歩から電話が入り、救助活動は終わったが吊り橋の補修を頼まれて、ケルンに到着するまであと2時間はかかると言う。ナオタはザックの焼いた、ターキーをベリーソースで食べるという外国のクリスマス料理を美味しく食べて、三歩がいない寂しさを紛らわせた。そしてそのうちに眠くなってしまう。クリスマスケーキは三歩と一緒に食べると言って2人分取っておいてもらっていた。久美も三歩が来るのを待っていたが、2時間たっても三歩は現れない。久美は時間切れで退散し、ケルンにはザックと寝ているナオタだけが残った。そこへ、さんぽクロースと言いながら大遅刻の三歩がやってきた。眠っているナオタにメリークリスマスを言う三歩。いつだって三歩は山が第一だということをナオタは承知していた。だから眠っているうちにきっと三歩は来てくれると信じていた。(第1歩 サイレントナイト)
第13巻
横井 ナオタは晴れて中学生となった。入学式に参列した島崎 三歩はその成長ぶりに、本当によく頑張ったと涙ながらにナオタに伝えた。
OLの新城 桃子は、恋人の男性との3年間の不倫生活にピリオドを打った。不倫相手の上司は桃子に再三、妻とは別れるから春まで待っていて欲しいなどと言っておきながら、そのままの関係を続けていたのだ。桃子はそれでも上司をとことん愛していて、彼の言葉を信じて3年間も日陰の存在に甘んじてきたのだった。しかし、彼の妻が3人目の子どもを授かったと聞き、もうこれ以上待てないと関係を終わりにしたのだ。桃子は悲しい気持ちよりも、彼のいい加減さに何ひとつ気がつかなかった自分が情けなかった。桃子の職場の直属の上司はバツいちの男性だ。ちゃらちゃらとしていてメールでしょっちゅう桃子を誘ってくる。女性は遊び相手だと思っている軽薄な男だ。後輩の土井も桃子のことを気にかけていた。仕事の面でも頼ってくる。土井は仕事の合間に桃子を食事に誘うが、あっさりと断られてしまう。なんとか近づきたいと思った土井は、桃子の趣味の登山の話を持ち出した。1つの恋愛が終わり、気持ちの清算をするために北アルプスに登山をする桃子。今でもまだ彼のことが忘れられなかった。思い出して涙を流していると、油断して雪に足を取られ、ケガをしてしまった。登山を続けるのは不可能だと感じた桃子は山岳救助隊に連絡を入れる。急いで救助に当たったのは椎名 久美だった。年恰好も同じ2人は気が合って、ヘリコプターが来るのを待つ間、桃子の終わった不倫恋愛について話し合った。久美は別れた彼が3年間も桃子を待たせたことが許せないと言いながらも、それでも恋愛モードで生きてきたことは羨ましいと言うのだった。なぜなら、山での救助の仕事をしていると恋愛は程遠い。相手がまずいない、いるのは森の動物ばかりだと久美は話した。そんな話の途中で三歩が救助応援に来た。久美は三歩のことを山のサルですと言って桃子に紹介した。三歩は桃子と久美に絶品のコーヒーを勧めた。そしてナオタの中学入学式の話を聞かせた。桃子は三歩の優しさに触れ、何だかもう吹っ切れたようだ。雪の下から新しい芽が出てきているところを三歩が見せてくれたのだった。そうこうするうちにヘリコプターが救助にやって来た。(第0歩 ほらね!)
早朝の奥穂高岳、3190m。椎名 久美は山頂を目指す人たちの安否を確認しながら頂上を目指していた。救助隊のパトロールでも頂上を目指して登るのはテクニックと正確な情報が必要だ。その日も頂上を目指して登るクライマー1人、1人に声をかけながらひたすら登る。途中で激しい雨にも見舞われるが、北アルプスの絶景を観ようと、頂上トライを諦める者は誰もいない。大雨に降られた2人組のクライマーは頂上でラーメンを作って食べるのを目標に掲げて登ってきたのだと言う。ラーメンを無事食べ終えたら頂上で写真を撮って下山する。下山し始めたら大雨はすっかりと止んで大晴天になった。これも山の天気だ。一度下山し始めたらもう頂上へは戻れない。そんな幸せな登頂を果たした人たちを見守るのも久美の仕事だ。かつてレストランケルンのマスタ―、ザックは、天狗の装束に下駄をはいて登頂してきて久美をたいそう驚かせていた。(第3歩頂百景)
第14巻
父親・横井 シュウジを北アルプスでの遭難で亡くした横井ナオタ。中学生になったナオタは、父親を救助した島崎 三歩と一緒に、ついに父と約束していた登山に初挑戦することになる。ナオタは中学では陸上部に所属していて毎日放課後には激しい走り込みをトレーニングしていた。これもすべて登山に必要な筋力を蓄えるためだ。登山の日程が決まり、陸上部のコーチにはその週トレーニングを休むと伝えた。コーチはナオタも他の生徒のように塾通いするのだろうと考えていたが、意外にも登山だと聞いて驚いていた。登山当日、三歩が待つ北アルプスへ出向くナオタ。ナオタは雄大な北アルプスの山々を眺めながら、心の中で、父ちゃん、父ちゃんが死んだ山にオレは登るんだと話しかけていた。武者震いするナオタだった。三歩と合流し、クライマー初心者のナオタです、クライマーの三歩ですと互いに挨拶を交わした。早速登山開始だ。谷村山荘の主人、谷村 文子(通称オバちゃん)も小さい頃からナオタの成長を見続けてきたひとりだ。大きくなったねえ、ナオタ、とうとうお山さんかね?とナオタをちゃかす。そしてナオタと三歩はオバちゃんのエールを受けて山へ入って行った。連泊する本格的な登山だ。初日は滝沢という場所まで行き、そこにテントを張る予定だと三歩が言った。歩きながら三歩はナオタの部活動の話を聞く。そうこうするうちに登山口が見えてきた。いよいよ本当の登山開始だ。斜面になったとたんにきつく、疲れも激しい。体力消耗しているナオタに三歩は、斜面を登る時はチョロチョロと小幅で歩くんだと教えた。疲れを小さくすることで、意外なほど遠くまで登れるのだそうだ。そうしながら、初日のテント場、滝沢に着いた。テントを張る作業も二人でやる。ナオタは初めてやる事ばかりで子どもらしく驚いたり、はしゃいだりしながら三歩の作業の手伝いをした。待ちに待ったディナータイム。三歩がナオタに何を食べるか聞くと、ナオタは持ってきたおにぎりを出し、オトコメシしようぜ!と三歩に渡した。三歩は亡くなる寸前にナオタの父親が、ナオタにはおにぎりしか作ってやれなかったと漏らした話をナオタに聞かせた。ナオタは、もう兄ちゃん、オレ大丈夫だよと言った。もう泣いたりしなくなった強いナオタがそこにはいたのだ。翌日、雨の降る中、三歩に2人組の捜索願いが入ってきた。ナオタをテントに残し、三歩は急いで現場に向かうのだった。(第0歩 山の優しい風)
北アルプス秩父沢前、左俣川で3人組の登山パーティーが休憩していた。河原のせせらぎの中にペットボトルが捨ててあり、最近の若い者はマナーがなっちゃいないとメンバーは嘆いていた。しかしそのペットボトルになにやらメモのような紙切れが入っている。慌てて中から取り出すと「助けてください」と書いてある。メンバーは急いで麓の遭難救助の部署に駆け込んだ。遭難者はメモから田丸 清二という60歳の独身男性だとわかった。ペットボトルを拾った場所を詳細に伝えると救助隊員は、みな険しい顔つきに変わる。なぜなら、田丸のいるであろう左俣はやっかいな場所、いわゆる難所なのだ。そこで遭難し、もう1週間は経過しているとのこと。救助要請を受けた三歩は状況を聞いて、ギリギリだなと険しい表情を示す。早速、燕レスキューの牧にヘリコプターでの捜索を依頼し、三歩も救助に向かった。一方、田丸は左俣の雨がしのげる小屋で一人寒さに震えていた。時折り幻覚に悩まされる。それは、自らが妻へDVをはたらいた現場、それを泣きながら見ているひとり娘。その2人と別れた朝。そのような場面がフラッシュバックでぐるぐると頭の中で巡るのだった。一刻を争う状態なのは明らかだ。(第1歩 Message in a bottle)
第15巻
日本アルプスで山岳救助のボランティアを務める島崎 三歩は、世界の山に登り、山の厳しさ、楽しさ、そして飽きる事のない山々の美しさを存分に知っている男だ。日々訪れる登山者と交流しながら、北アルプスでテント生活を続けていた。ある日、救助の要請を受けた三歩は急いで現場へ向かった。県警山岳救助隊員の阿久津 敏が三歩の後を追った。突然、巨大な岩が阿久津めがけて転がり落ちてきた。阿久津が落石を避けて離れた場所に逃げ延びていること祈るばかりの三歩。阿久津は、遭難救助のためのトレーニングを毎日三歩とやっていた。並行して身体能力を高めるためのトレーニングもトレーナーについて始めていた。以前の弱腰だった阿久津の姿はもうどこにもない。なぜなら、妻の阿久津 すずとの間に生まれた一人息子、遼平の存在が阿久津自身を変えたのだ。強く逞しくなって、絶対に山では死なないと決意していたのだった。しかし、落石事故が阿久津を襲ってしまった。もろに落石を受けた阿久津は牧のレスキューヘリで松本の総合病院に運ばれた。椎名 久美は自分が行くはずだった救助の代行をお願いしたばかりにこんなことになったと、すずの元に謝りに行く。しかし、すずは覚悟していた、誰のせいでもないと苦しみをこらえて久美に言うのだった。この日から阿久津の過酷な闘病生活が始まるのだった。(第4歩 はじまり)
三歩は身近な阿久津が山の事故に巻き込まれた事実を受け止められず、ただただ、ケルンで呑んだくれる毎日だ。ザック・ウェザースに酔ってからみ、それはまるで三歩とは別人のような変わりようだった。ザックは見かねて、三歩に、最近いつ山に登ったかと訊く。三歩は毎日さと答えた。しかし、ザックが言う山とは、命がけのぎりぎりの所で登る激しく、厳しい登山のことだ。三歩はここのところずっと北アルプスで遭難救助を続けていた。確かに登山はしていないと気づき、ザックの言葉に三歩は目が覚めたような思いだった。翌日から三歩は、ある思いを抱き、クライマーに戻るためのトレーニングを始める。しばらくして、三歩は新潟の横井 ナオタを訪ねる。ナオタと一緒にラーメンを食べながら、三歩は、山登りにしばらく出かけると言った。場所はネパールのローツェ山という険しい山だ。1人で登るという。そして、無事に帰ってくるまで持っててくれと山岳救助隊のキャップをナオタに渡した。(第8歩 目覚めて)
第16巻
北アルプスで山岳救助ボランティアを務める島崎 三歩は、今まで世界中の山を渡り歩いてきた本物の山男。ある日、松本県警救助隊の阿久津 敏と一緒に遭難者の救助に当たる中、巨大な落石が阿久津を襲った。幸い一命はとりとめたものの、阿久津は意識不明の重体に陥ってしまった。この件でチーフの野田 正人は責任を取り異動を命ぜられる。今まで数々の遭難救助を経験してきた三歩。親友の瀕死の事故を目の当たりにし、このことをきっかけに本来の自分を取り戻す。それは、1人のクライマーに戻るという決意だった。自分自身の限界に挑戦するためだ。三歩がネパールのローツェ山へクライミングに行くという決断をしたことを、椎名 久美は本人から聞かされていない。そのことが久美を憤らせ、北アルプスに残って遭難救助を続けて行くことへのモチベーションも失わせていた。落石事故で瀕死の生還を遂げた阿久津も意識は取り戻したものの、歩く事も困難な状態だ。しかし阿久津は絶対に遭難救助隊に復帰するのだ!と妻のすずが見守るなか、リハビリに猛進中だった。阿久津は山を離れざるを得ず、チーフの野田は阿久津の落石事故の責任をとり異動になった。さらに三歩までがこの北アルプスを離れてしまうとは。久美は自分が取り残されたような寂しさを感じると共にみんなにいかに助けられていたのかを思い知るのだった。やっと、三歩が久美の元へネパールへ行くことを報告に来た日は、出発まで1週間を切っていた。(第0歩 三歩のバカ)
最近、会社員の小田 草介は同僚との付き合いが悪くなっている。実は小田は自身の長年の夢を叶えるために、その準備を続けていたからだ。それはエベレストへの登頂だ。以前、小田は北アルプスで雪と雪の狭間に落下した。そのままでは雪の斜面に押しつぶされてします究極の遭難状態だった。そこを山岳救助隊のボランティア、三歩に救出された経験を持っていた。その後、小田は会社員として働き、資金をため、トレーニングもかかさずやってきた。そうして今、エベレスト登頂という夢を実現するために退職までして船出をしたのだった。小田の2度目の人生が始まった。ネパール入りした小田は、まさかの三歩との再会を果たす。驚きと嬉しさでいっぱいの2人。小田は三歩への感謝を伝えた。三歩も小田があの遭難事故から見事に生還して、エベレストの登頂を目指すと聞いて本当に嬉しく思った。現地のガイドも三歩の旧友、オスカー・ウィッテカーだった。オスカーは、口は悪いが実は気が優しく生粋の山男でエベレスト登頂にオスカーありと言われるほど山に精通している。途中まで三歩と小田は同行しながら山の入口を目指した。小田のエベレスト登頂チームは男女10人の大所帯だ。ローツェ山を目指す三歩は1人だった。このソロ登山は今まで世界でも成功した人間はいない。ローツェ山の南壁をクライミングしながら登頂を目指す事に集中するため、10人とは距離を置いて、なるだけ一人の時間を大切にする三歩だった。いよいよ、エベレスト登山入口にやってきた10人。武者震いしながらオスカーの案内に従って登り始めた(第1歩 二度目の人生)
第17巻
日本の北アルプスで山岳救助隊のボランティアを務めていた島崎 三歩。仲間の救助活動中の落石事故をきっかけに日本を離れ、ヒマラヤの南壁ローツェ山へと旅立った。ネパールで旧友オスカー・ウィッテカーの率いるエベレスト登山隊と出会った三歩は、彼らと共に、ヒマラヤの登山口まで同行する。登山隊にはかつて、日本で遭難救助をした小田 草介も参加していた。お互いに元気な姿で会えて喜び合った。今回三歩はエベレストではなく、南壁のローツェ山の単独登山を目指してきた。三歩はエベレスト登山口でエベレスト隊と別れ、自らの冒険へと向かう。一方のオスカー隊長が率いるエベレスト登山隊は、エベレストサウスコルに到着。いよいよ世界最高峰への険しいチャレンジが始まったのだ。サウスコルから最後の難所、ヒラリーステップをなんとか越えて、山頂に辿り着いた登山隊。しかし帰路に着いたとたんに思わぬアクシデントが起こる。登り始めてすぐにオスカー隊では、問題児ビルが命綱を甘く見て装着をせず、一行からどんどん離れて終いに雪に足を取られて落下してしまう。そして雪渓の割れ目、クレバスに落ちてしまった。以前クレバスに落ちて遭難した経験のある小田はオスカーと一緒にビルの救助に向かった。経験から推して骨折しているであろうし、寒さで命を落としてしまう前に救助せねばならないと考えた。そして現場に辿りついたオスカーと小田は、休む間もなくタンカを手作りし、ロープを使って引き揚げて行く。(第0歩 クレバスの中)
オスカー隊と別れた三歩は一人ローツェ山登山口に入った。そこでしばし準備をし、いよいよ三歩のローツェ山単独クライミングが始まった。始めにピッケルでもまったく捉えられないほど脆い岩山に苦心する三歩。多くの有名登山家でもなかなか登頂を果たせないローツェ山は岩壁の山だ。午前4時、三歩は日の出とともに登山を開始した。ここまでは予定通りだ。驚くほど脆い岩と落石に注意するんだぞという山さんの言葉を思いだしながら、1歩、1歩クライミングする。ピッケルで刺すとがらがらと音を立てて崩れる岩壁。そんな難しいクライミングの中で、急に阿久津 敏の息子、遼平の事を思い出す三歩だ。遼平もそろそろ這い這いから立ち上がりが出来始めたようで、1歩、1歩と毎日成長を見せていると聞いた。そうして三歩は酷なクライミングへの挑戦を続けていった。ついに予定していた南壁へのクライミングに成功するのだった。しかし、ここからがローツェ山の本当の厳しい現場だった。(第2歩 DAY1~第3歩 オーバーハング)
第18巻
オスカー・ウィッテカーの率いるエベレスト登山隊は、ビルを除く他のメンバー全員が山頂への登頂を果たした。そして急いで吹雪が来る前に下山を開始した。酸素ボンベの範囲を計算するとギリギリのラインでの帰路だ。しかし、登山道が1本道であるエベレストではしばしば別のパーティーとのバッティングによる交通渋滞が起こる。そうなると、下山者は登ってくるパーティーを待ってから下山を開始するより方法がない。オスカーの無線にインドの登山隊が登ってくるという情報が入ってきた。やむなく待機指示を出すオスカーだった。酸素もほぼみんな残り少なくなり、天候は悪化の一途をたどっていた。必死に下山を試みるが氷点下の暴風雪がプリザードとなって彼らを襲うのだった。次々と隊員たちが倒れてしまう。オスカー隊長までも倒れてしまった。そしてとうとう最悪の事態が起こる。(第0歩 俺が行ってくる)
ローツェ山の登頂を予定通り果たした島崎 三歩は、エベレストの方角の天候に不安を感じ、急いで南壁ローツェ山からエベレストまで登り直してきていた。とりあえず、小田を救助し、サウスコルのテントに隊員を1人ずつ救助しはじめた三歩。どのあたりに誰が倒れているかという遭難情報を小田から聞き、1日で2度3度とヒラリーステップを往復し、アンジェラを助け、リンダ、オスカー、ピートと、どんどんテントまで運び込むのだった。これで全員と思った矢先、オスカーが隊員に三歩は戻らないと伝える。三歩は、インドの登山者がまだ山頂近くにいると知り、助けなければいけないと更に酸素の少ない中、救助に向かってしまったのだ。三歩は山頂近くのポイントに遭難者を二人見つける。まだ息があるようだ。しかし、ここで三歩にも幻覚症状と身体にも異変が現れた。(第7歩 岳)
登場人物・キャラクター
島崎 三歩 (しまざき さんぽ)
長野県の北アルプスで、民間の救助ボランティア団体である山岳遭難防止対策協会(遭対協)に参加している青年。山岳救助ボランティアとして登山者たちの命を守っている。救助中は遭難者が山嫌いにならないよう、気を配り、優しく励ましの声をかける。元々健脚で腕力もあり体躯に優れた救助の達人。山や自然が大好き。高校時代に登山に目覚め、高校卒業も危ぶまれるほど山に夢中になる。卒業後は海外の名峰に次々と登頂する。世界最高峰のエベレストにもすでに登頂を果たしている。一時期、アメリカティートンレスキューという山岳救助チームに所属し、多くの経験とノウハウを手に入れる。そのときの仲間には「sunny」と呼ばれていた。右ほほの傷は、外国の山で初めて遭難者を救助したときにいつの間にかついていたもの。北アルプスの山奥にテントを張り暮らしている。長野県小諸市出身。
野田 正人
島崎 三歩の幼なじみで同い年の眼鏡をかけた青年。見た目は三歩よりずっと年上に見えるが、実は三歩とは同級生。山好きで学生時代も三歩と同じ山岳部に所属していた。長野県北部警察署に勤務する警官で長野山岳救助隊のチーフを勤めている。椎名 久美の直属の上司にあたる。普段から三歩の救助の経験や実力に絶大な信頼を持ち頼りにしている。真面目な性格で仕事に誇りを持ち、部下に対しては厳しく当たる面もあるが、心から大切に思う情に厚い上司。
椎名 久美 (しいな くみ)
長野県の北部警察地域課所属の警察官で、長野県警察山岳救助隊のメンバー。物語の最初は野田 正人の部下として異動してきた新米隊員。セミロングの髪型で少々気が強く意地っ張りな性格だが責任感は人一倍あるタイプ。山岳救助の経験を重ねるなかで、葛藤をいくつも乗り越えていく。新米隊員の時代には山を好きになれず、島崎 三歩を変わり者だと思い込んでいた。山岳救助においては三歩に絶大な信頼を寄せている。経験を積むうちに救助隊員としても活躍し、隊員たちからもまるで三歩のようだと言われるまでに成長を遂げる。口グセは「よく、頑張った!」。救助の経験を通じてしだいに山が好きになった。
横井 ナオタ (よこい なおた)
初登場時は小学生。両親は離婚し、父親の横井 シュウジと暮らしていた。父親のつくる梅干し入りの大きなおにぎり「オトコメシ」が大好き。父親は穂高連峰での登山中に悪天候に見舞われ遭難し、山岳救助隊の島崎 三歩に救助されるが、亡くなっている。穂高連峰はナオタと共に登山するための下見だった。大きくなったら山頂でオトコメシを食べるのが親子での夢だった。現在は父親の実家がある新潟県で祖父母と暮らしている。富山県立山の北三小学校に通っている。運動が得意で勉強が苦手。意外にしっかり者で、三歩とは交流が続き、よく長野県松本まで一人で三歩を訪ねてくる。三歩を兄ちゃんと呼んでいる。
横井 シュウジ (よこい しゅうじ)
妻と離婚後、一人息子の横井 ナオタを引き取り2人でアパート暮らしをしている。普段はビルの建築現場で働いている。ナオタとの登山のため、北アルプスの穂高連邦に事前下見としての登山中、悪天候に見舞われて行方不明となってしまう。ナオトから救助要請を受けた島崎 三歩が捜索したところ、大けがをして動けない瀕死の状態の横井を発見する。その後、ナオタとのこれまでの生活のことやナオタが好きなオトコメシの話を三歩に伝え息を引き取る。
ザック・ウェザース (ざっくうぇざーす)
島崎 三歩の友人で山岳救助のボランティアをしているアメリカ人の青年。三歩とはアメリカのティートンレスキューチームで知り合い意気投合する。三歩を追って長野県北アルプス連峰までやってきた。三歩の紹介で、現在は長野県松本市の居酒屋ケルンの従業員として働いている。三歩と同様に健脚で、腕力もあり、経験も豊かな山岳救助の達人。日本語はカタコト。来日した当初、長野県警の山岳救助隊のメンバー椎名 久美から優しい対応を受けたことに恩を感じ、いつしか久美への特別な気持ちへと変化する。しかし、久美が三歩に思いを寄せていると気づき、次第に三歩と久美の間柄を応援する側に回る。1度、久美と二人で岩手へ登山に行き、二人テントで夜明かしするも進展はなかった。
阿久津 敏 (あくつ)
長野県の北部警察署に勤務する警官で長野県警察山岳救助隊のメンバー。山岳救助隊に召集されてから山との闘争が始まる。椎名 久美の後輩にあたる。入隊直後は高所恐怖症で懸垂下降できなかった。島崎 三歩と約2年間厳しいトレーニングを毎日続ける。最初は発見した遭難者の凍傷死した姿の悲惨さに吐き気をもよおすなど、仕事にならなかった。スーパーで働くすずに恋心を抱き、三歩のアドバイスを受けて告白した後、結婚する。遼平という一人息子にも恵まれる。すずからは「敏くん」と呼ばれている。
すず
長野県松本市のスーパーでレジ係をしている。阿久津 敏に2年もの間思いを寄せられる。すず本人も阿久津のことは当初から気になっていた。後に結婚する。椎名 久美や島崎 三歩とも仲がよい。夫・阿久津の職業に理解があり、落石事故で彼が瀕死の重傷を負ってしまった時も一切の愚痴や文句を県警にも言わず、とにかく意識が戻る事をひたすら信じて看病にあたる。まじめで優しい性格の持ち主。阿久津のことを「敏くん」と呼んでいる。
牧 英紀 (まき ひでのり)
昴エアのヘリコプター乗務員。北アルプスの山岳救助を中心に仕事を請け負っているが、山小屋などへの荷を運ぶ事が最も多い。北アルプスの天候や地形に詳しく、無愛想だが頼もしい。安易な登山の末、遭難した者にはとても厳しく箴言し、山とはなんたるかを、叩き込む。昴エアが山岳レスキュー事業から撤退した後は、部下の青木 誠とともに燕レスキューという救助を専門とし、山小屋への荷あげも行う会社を設立する。資本金の800万円は県警の恩師、新見 正一の呼びかけにより、北アルプスの山岳勇士達が出資した。妻と10歳の一人娘 若菜の父親でもある。
青木 誠 (あおき まこと)
昴エアのヘリコプターの専属パイロット。北アルプスの山岳救助と山小屋への物資輸送をメインにしている。上司の牧 英紀と組んで山岳救助に当たっている。昴エア山岳レスキュー事業から撤退した後は、牧と共に新たな燕レスキューという会社を立ち上げ、ヘリコプター専属パイロットとして働く。松本県警山岳救助隊メンバーの椎名 久美と結婚し、のぞみという一人娘が生まれた。妻の久美が緊急救助にあたっていると、青木はのぞみを平気でヘリコプターに乗せて出動してしまい、久美を悩ませる。埼玉県草加市出身。
山口 (やまぐち)
北アルプス涸沢にあるヒュッテ山じいの初老のオーナー。ボランティア組織である長野県山岳遭難防止対策協会(遭対協)の隊長。常に周りの登山者に目を配り、天候を見極める目はとても鋭く今まで数々の遭難者を救ってきた。島崎 三歩のよき理解者であり、毎年新年の第1歩を山岳勇士達と穂高連邦を登頂するのを楽しみにしている。ダジャレが好きでお調子者でノリの良さが売り。山岳救助については常に三歩へのアドバイスという悪い癖というか小言が得意。
宮川 三郎 (みやがわ さぶろう)
北アルプスにある岳天山荘のオーナー。ボランティア組織である長野県山岳遭難防止対策協会(遭対協)の副隊長。隊長は山口。考えが甘い若者の登山者や遭難者に厳しい。特に登山直前の山小屋での深酒や大騒ぎにはビシっと物を言う。睡眠不足で登山をしているカップルにもちゃんと眠ったのかと急所を突く攻めをする。あれでは山が嫌いになってしまうと、島崎 三歩が横から心がくじけそうになっている登山者を励ますことも多い。見栄っ張りだが、経験豊富で実力もある。登山者や遭難者に甘い三歩を認めず、「四歩」と呼んでいる。
小田 草介 (おだ そうすけ)
学生時代に雪山で滑落したところを島崎 三歩に救助してもらった青年。オスカー・ウィッテカーの会社が企画したエベレスト登山ツアーに参加するため、11年目に会社を辞めた。初めてのエベレストで三歩と再会を果たす。エベレスト登頂を目指す20名の世界各国から集まったクライマー達のまとめ役となる。途中でのアクシデントを乗り越えながらやっと登頂を果たす。メンバーのクライマー経験が豊富で医師でもあるアンジェラに思いを寄せている。まじめで、ツアーのメンバーを気遣う優しい性格の持ち主。
谷村 文子 (たにむら ふみこ)
谷村 文子 長野県上高地にある谷村山荘のオーナー。島崎三歩からはオバちゃんと呼ばれている登山愛好家。年数回の富士山登山などには島崎 三歩が同行する。富士山には特に思入れが強い。20回も登頂してきた。夫の谷村昇とともに谷村山荘を始めたが、夫は20年前に亡くなっている。世話好きで明るい性格の持ち主。横井 ナオタからは本当のおばあちゃんのように慕われている。登山者を優しく見守る姿勢が優しく三歩と良く似ているところがある。
谷村 昇 (たにむら のぼる)
谷村 文子の夫。20年前に病気で他界している。文子と結婚後、長野県上高地に谷村山荘を開く。ちっと頼りないが優しい性格の持ち主。山が好きで文子と共に富士登山をするが、身体が弱かったため、登山中に激しい息切れを起こし、文子に助けられる。そこで男前の文子に心から惹かれ、思い切ってプロポーズをする。結婚後、北アルプスの登山者を見守る優しい山小屋のオーナーとして2人仲良く暮らしていた。文子への形見の品はお手製のロッキングチェア。
島崎 千歩 (しまざき ちほ)
島崎 三歩の姉。落ち着いた雰囲気の美人で結婚しているが子どもはいない。登山には興味がない。三歩からは千歩ちゃんと呼ばれている。三歩が無事で暮らしているかいつも心配している。三歩を訪ねて、松本の山岳救助隊の事務所まで出向いた時は、椎名 久美に三歩のガールフレンドだと誤解される。初めての子どもを流産した際には、三歩に会いに来た。三歩の日々の救助活動を見ることで元気を貰い、再び子どもを作る決意をする。
スコット・フェイバー (すこっとふぇいばー)
アメリカ・イリノイ州出身の青年。ティートンレスキューチームのメンバーだったが、高山病に悩まされるようになりチームを辞めた。島崎 三歩がアメリカにいた時、一緒に車で旅をしながらフィッツロイやレーニアなどの山に登っている。高山病に冒される前は8000m級の山に自由自在に登っていた。三歩と出会う1年前あたりから高山病らしき症状が出始め、高所では不安定な体質となる。三歩との旅を終えてから2か月後、初冬のマッキンリーで消息を絶つ。
犬井 雄二 (いぬい ゆうじ)
小学校三年生の担当教論。遠足で北アルプス穂高連峰を28人引率中、リュウトとサトルという2人の生徒とはぐれてしまう。2人を探すうち、足を滑らせてがけ下へ落ちた所で島崎 三歩に助けられる。気が動転してしまっていた犬井だが、三歩のサポートで次第に落ち着きを取り戻す。昔、恩師が同じように山岳遠足を催し、やはり生徒を見失うという危機に見舞われた。同じ体験をし、当時の恩師の思いに感謝をする。山登りの際には28人の生徒全員の服装などもすべて覚えているなど、とても責任感の強い教師。
中込 三朗 (なかごみ さぶろう)
東京でタクシー運転手をしている初老の男性。若い頃は登山をしていたが、もう何十年も登山をしていない。たまたま乗せた曽我部という男性客と北アルプスの北穂高岳の頂上で会う約束をしたが、仕事が入り約束をすっぽかしてしまう。その後、曽我部が約束通り登頂したのか確かめるために北アルプスに来たところで島崎 三歩と出会う。三歩の案内で曾我部と約束した場所に行き、名前入りのウイスキーボトルを見つける。
海藤
喫茶店「珈琲屋good people」の主人で初老の男性。自分が決めた目標の山を登るために、会社員を辞めて自分の店を持つ。究極の珈琲「自分の一杯」を探し海外にも出かける。北アルプスの燕岳に登るが、下山中に道に迷って遭難し、島崎 三歩に救助される。その時三歩が飲ませてくれたコーヒーが絶品だったため、「自分の1杯」が出来たらお礼にご馳走する約束を交わす。海外のコーヒー豆を直輸入し焙煎の研究を重ねて「燕コーヒー」という最高の1杯を作り上げる。
浅野 健 (あさの たける)
20年前、少年院から退院したところを、谷村 昇・谷村 文子夫妻が経営する谷村山荘に預けられる。働き者で絵を描くのが好きな少年だった。厳しい山荘の仕事を覚え、高校入学時に谷村山荘を離れ、社会人として立派になる。妻子にも恵まれ妻・里子とひとり息子のほかたを連れて山小屋に帰ってきた。谷村山荘に文子を訪ねてきた時島崎 三歩と出会う。山荘の壁にかかっていた油絵を描いた人が健だと瞬間で三歩に見抜かれる。
稲葉 幸人 (いなば ゆきひと)
島崎三歩や野田正人の高校時代の恩師で、明るく朗らかな男性。山岳部の顧問だった。海外行きを迷っていた三歩の背中を押した人物。
有村 イズミ (ありむら いずみ)
長野県警察山岳救助隊員の椎名久美の幼なじみで大の親友。セミロングの黒髪が美しい女性。幼い頃はごっこで遊ぶ半面、河原でカエルをとって男子にプレゼントをする男勝りな一面もある女の子だった。高校時代、椎名 久美とはお互いの恋バナで盛り上がり、大学では久美が進路に迷い、悩んだ時期にそばに寄り添い、励まし、久美の自信を取り戻させ婦人警察官になる事を後押しした人物。しかし、交通事故により他界する。
オスカー・ウィッテカー (おすかーうぃってかー)
島崎 三歩のアメリカ時代の山仲間。世界中から参加者を募ったエベレスト登山ツアーのチーフガイド。登山ガイドの収入でエベレストに住み居ついている。三歩と同様に健脚で、腕力もあり、経験も豊富。責任感があり、決断力もある頼れる人物。エベレスト登頂ツアーではその判断力で数々の難局を乗り越える。途中下山した1名を除き、全員の登頂を成功に導いた。三歩のローツェ山単独登頂には、陰ながら応援しつつ、相変わらずの毒舌を吐く。三歩のチャレンジ精神を讃える山男らしい性格の持ち主。
テンジン
オスカー・ウィッテカーの会社が企画したエベレスト登山ツアーのサポートを務める現地のベテラン山岳ガイド。
ピート
オスカー・ウィッテカーの会社が企画したエベレスト登山ツアーの若い青年スタッフ。オスカーのサポートとしてツアーメンバーの管理、荷運び、救助などをまじめにこなしている。エベレスト登山では、悪天候と登山道渋滞、酸素ボンベが足りなくなるという危機的状況の中、テントから新しいボンベを補充するために下山したが、再度、山に戻ろうとする。途中力尽きて雪の中に倒れてしまったところを、後から追いかけてきた島崎 三歩に救助される。
アンジェラ
七大陸最高峰制覇を目指し、オスカー・ウィッテカーの会社が企画したエベレスト登山ツアーに経験者として参加した。セミロングの黒髪の女性。気が強くしっかり者で、外科手術もこなす医師。すでにエベレスト以外の七大陸最高峰を登頂していて、登山技術は申し分ない。エベレスト登頂では悪天候と酸素不足から状況判断を誤り、足を滑らせて動けなくなってしまう。小田 草介の献身的な対応によりテントまで運びこまれる。小田から思いを寄せられる。
集団・組織
昴エア (すばるえあ)
『岳 』に登場する、長野県松本市にあるヘリコプターを使った運送会社。主に北アルプスの山荘へ物資を運送している。牧 英紀や青木 誠が勤めている。牧の希望で山岳レスキュー事業も行っていたが、赤字続きでレスキュー事業からは撤退した。
場所
谷村山荘 (たにむらさんそう)
『岳 』に登場する長野県上高地にある山荘。オーナーの谷村 昇が亡くなってからは妻の谷村 文子が代わりを務める。夏、冬場の登山時期には何人かアルバイトも雇っている。島崎 三歩が横井ナオタが訪ねてくる時に過ごす山荘。山荘メニューの一番人気は三歩が考案したという槍ヶ岳カレー。
ケルン
『岳 』に登場する長野県松本市にある居酒屋。島崎 三歩の紹介で、ザック・ウェザースが従業員として働いている。長野県警察山岳救助隊や長野県山岳遭難防止対策協議会(遭対協)の飲み会が行われる。仕事帰りの椎名 久美や三歩もよく訪れる。 特に、夏の精進落としや、冬の忘年会等ではみんなの集合場所となる。ザックが勤めるようになってからは新メニューが増え、クリスマスには本格的なターキーの丸焼きベリーソース添えなども登場するようになった。
書誌情報
岳 全18巻 小学館〈ビッグ コミックス〉
第1巻
(2005-04-26発行、 978-4091875716)
第2巻
(2006-09-29発行、 978-4091807304)
第3巻
(2006-12-26発行、 978-4091810038)
第4巻
(2007-04-27発行、 978-4091812070)
第5巻
(2007-09-28発行、 978-4091814708)
第6巻
(2008-01-30発行、 978-4091817198)
第7巻
(2008-06-30発行、 978-4091820297)
第8巻
(2008-11-28発行、 978-4091822482)
第9巻
(2009-02-27発行、 978-4091823809)
第10巻
(2009-08-28発行、 978-4091825902)
第11巻
(2010-02-27発行、 978-4091830739)
第12巻
(2010-06-30発行、 978-4091832184)
第13巻
(2010-11-30発行、 978-4091835277)
第14巻
(2011-04-28発行、 978-4091838193)
第15巻
(2011-09-30発行、 978-4091840851)
第16巻
(2012-02-29発行、 978-4091842770)
第17巻
(2012-07-30発行、 978-4091846457)
第18巻
(2012-08-30発行、 978-4091847072)