あらすじ
第1巻
大正8年、美人店主と名高い金魚の噂を聞きつけた川上健次郎は、文香屋金魚を訪れて彼女に絵のモデルになってほしいと頼む。しかし金魚の態度はつれないもので、健次郎は門前払いを食らってしまう。しかし、文香屋金魚で店員として働く脚本家志望の小林小五郎は、健次郎に共感。さらに彼の絵が一等になれば店の宣伝にもなると考え、金魚をなんとか説得しようとする。こうして健次郎と小五郎は二人そろって金魚のもとを訪れるが、そこに健次郎の妹の川上ソメ子が現れる。兄妹の確執を知った金魚は、取っておきの文香を渡し、彼に手紙を出すことを勧める。そして絵を描くことをあきらめ、旅に出るつもりだった健次郎のもとに、小五郎はソメ子の手紙を届ける。手紙渡りによってソメ子の本心に触れた健次郎は妹の気持ちを受け入れ、前を向いて歩き出すのだった。(エピソード「一通目 画家への手紙」。ほか、5エピソード収録)
登場人物・キャラクター
小林 小五郎 (こばやし こごろう)
文香屋金魚で働く青年。文章を書くのが趣味で、脚本家を目指している。日常的に物事を記帳しておかないと気がすまない性質で、よく店で働いているあいだに記帳しては、金魚に怒られている。本業は学生で実家は裕福だが、金魚を慕い、金魚のために文香屋金魚で働いている。店では彼女の秘密を守るために奔走したり、店を繁盛させようとアイデアを考えたりしている。
金魚 (きんぎょ)
文香屋金魚の店主を務める女性。ユーモアのある軽妙な語り口で接客を担当する。白い髪を足元まで届くほど長く伸ばし、眼鏡をかけている。その性格と容姿の美しさから、店を訪れる乙女たちからはあこがれの存在として見られている。その正体は人ならざる者で、人の言葉を食らって空腹を満たす存在。人間の食べ物では腹が膨れず、また美食家で食らう言葉をより好みするため、空腹であることが多い。そのため、手紙渡りをして腹を満たせるチャンスがきたら、人目をはばからず言葉を食べ始めることもある。そのせいで正体がバレかけたこともあるため、小林小五郎が後始末に追われている。金魚の名のとおり、魚に近しい性質を持つ。店は彼女が漂うことができる水槽でもあり、店の外に出るとたちまち力を失い、満足に動けなくなる。
洵 慶 (じゅん けい)
顔立ちは柔和だが、鋭い目つきをしている軍人の男性。淡雪が使い魔。帝都の真ん中で不思議な力を使っている金魚に不信感を抱き、その調査のために淡雪を小林小五郎の家に潜り込ませる。結果、金魚が時間をあやつれる力を持つことを危惧しながらも、その性質は無害なものだと認定した。吉原の女郎の伊勢に入れ込んでおり、彼女のために文香屋金魚で文香を買い、手紙渡りを行っている。
淡雪 (あわゆき)
洵慶に付き従う青年。その正体は慶の使い魔で、本性は白い毛並みの猫。ふだんの青年の姿は変化したもので、必要に応じて髪色などを変えたりしている。金魚に不信感を抱いた慶の命令で、小林小五郎の家に野良猫のフリをして潜り込む。その後、金魚の本性を確かめ、慶に危険性がないと報告した。慶には忠実だが、猫らしく気まぐれでマイペースな性格をしており、近所の飯屋で猫の姿で愛嬌を振りまいてエサをねだったりしている。
川上 健次郎 (かわかみ けんじろう)
子供の頃から絵を描くのが好きな画家の青年。一等の絵を描くべく、金魚にモデルを頼みに文香屋金魚を訪れる。川上ソメ子という妹がおり、幼い頃は仲がよく、二人で画家になると約束していた。しかし成長するにつれ、兄妹の思いはすれ違い、お互いの存在を重荷に感じるようになってしまう。誤解から父親に勘当され、最後に一花咲かせて筆を折るつもりでいたが、金魚に妹の手紙を手紙渡りしてもらったことで、妹と気持ちを通い合わせ、再び絵に向き合うようになる。
場所
文香屋金魚 (ふみこうやきんぎょ)
帝都日本橋にある文の専門店。便箋や封筒、絵葉書、文を彩る道具を幅広くそろえており、手紙に香り付けを行う専用の香「文香(ふみこう)」を専門に扱っているのが特徴。店主の金魚の接客で、近くを通学路とする女学園の生徒たちに人気のスポットとなっている。金魚のお眼鏡にかなった手紙を出したいお客には、「取っておきの文香」を売って手紙渡りを行う。
その他キーワード
手紙渡り (てがみわたり)
文香屋金魚の取っておきの文香を付けた手紙が見せる幻。手紙を受け取った者が、送り主の思いも受け取ることで見られるようになる。送り主の思いや言葉が手紙からあふれ出し、受け取った者は時間も空間も超越した幻想的な時間を過ごす。手紙からあふれた言葉は、送り主に届いたあと、言葉しか食べられない金魚の食事となる。美食家の金魚は、本当の思いの宿った言葉しか食べないため、必然的に取っておきの文香を渡す相手も厳選している。また手紙渡りは時間すらあやつり、手紙の幻想の中で過ごした時間は現実では一瞬にも満たない。そのため洵慶には、その時間をあやつる力を危険視されている。