あらすじ
第1巻
妖艶で女性的な魅力にあふれる清白屋の芸妓・胡蝶は、自分の舞をのちの世に残すため、内縁の夫・寧井恵慈がいる身でありながら、多くの才能ある男性と肉体関係を持っていた。そんな中、若き歌舞伎俳優である若宮虹之助もまた胡蝶の魅力に溺れていく。しかし虹之助は、胡蝶に恵慈という内縁の夫がいる事も、また自分の父親である若宮虹四郎が胡蝶の愛人である事も知らなかった。
第2巻
若宮虹之助は、すべてを知ったうえで、胡蝶の愛人の一人となった。そんな彼が世界的な映画監督・木島武の映画「鬼哭」に出演すると知り、胡蝶と寧井恵慈はその収録風景を見学する事にする。主演の甲斐真行に降板の話が出ている事を静観していた二人は、その直後、動揺した様子の木島に話し掛けられる。彼は恵慈の両親である、由村弘希と英勝の知人だった。
第3巻
これまで一度もスランプを経験した事のなかった胡蝶が不調に陥り、祇園全体が震撼する。何とか早く回復させるため、胡蝶と寧井恵慈は転地療養としてパリの織原喬彦のもとへ観光に出かける。しかし胡蝶は、一向に回復の兆しを見せず、悪化の一途を辿っていく。そんな胡蝶のもとに、ロンドンで特別公演を行っている若宮虹之助達のニュースが届く。大評判になっているその舞台と虹之助の舞を見た胡蝶は、対抗意識を燃やしていく。
第4巻
胡蝶と寧井恵慈は、若宮虹之助に誘われて、宝塚歌劇団の舞台の観劇に来ていた。虹組の男役トップスターである虹たまきに会えるとはしゃぐ胡蝶だったが、虹之助は浮かない顔を見せる。理由を聞くと、たまきは虹之助の姉であり、これまでにも虹之助の恋人を言葉たくみにたぶらかしていたのだという。若宮虹四郎をも交えた会食のあと、祇園のお茶屋への客として胡蝶との逢瀬を重ねたたまきは、胡蝶との距離を徐々に縮めていく。
第5巻
清白屋に新米舞妓の唐糸、そして仕込みとして純香(のちの薫風)、栄っちゃん(のちの妙蓮)の二人が入った。そんな中、都おどりの時期という事もあって華やぐ祇園で、胡蝶は以前出会った瀧川摩歩(のちの太郎)が、舞妓志望としてやって来るのを待っていた。どうにか父親の反対を押し切って仕込みになった摩歩だったが、今度はプライドの高い唐糸に逐一突っかかられてしまう。胡蝶はそんな様子を、不安に思いながらも静観する。
第6巻
太郎達は舞妓として正式にデビューし、初めて体感する祇園の夏の暑さに、音を上げそうになっていた。そんな中、新米舞妓ら四人は白河に架かる橋の袂で幽霊を見たと騒ぐ。京都では珍しくもないと一蹴する寧井恵慈の言葉に四人は震え上がるが、彼女達が見た幽霊というのは、胡蝶の舞に魅せられ、強引にでも舞をせがもうと考えて胡蝶を探していた玉依姫だった。
第7巻
胡蝶と寧井恵慈が結婚式を挙げる事となり、祇園界隈はもちろん、梨園や呉服業界も祝福の声で満ちていた。さらに阿虎や虎吽、オトヒコまでもがお祝いに駆けつけるが、恵慈だけはまだ到着しない招待客を待ち、ソワソワと落ち着きのない様子を見せていた。そんな中、ようやく姿を見せた最後の招待客、恵慈の祖母にして清白屋の先代女将である天倫は、恵慈が蛇蝎のごとく嫌っている祖父・朝賀英尚を伴っていた。
第8巻
舞台はさかのぼり、過去の東京神楽坂。京都の上七軒で仕込みをしていた十子は、母親である一二三の死をきっかけに、父親を探すため、一二三が若い頃に世話になっていた芸者置屋・加祖江を訪れた。十子は、女将の三五や逸未の協力を得て、阿川普裕との対面を望むが、その頃の阿川は会社の後継問題で週刊誌の記者に張り付かれて、自由が効かない状況にあった。
第9巻
胡蝶達は、天倫が倒れたと聞き、山科の別荘に駆けつけた。しかし天倫は健在な様子を見せ、胡蝶達は逆に叱られ、追い返されてしまう。後日、天倫の発案で英勝と相模の墓参りを済ませた際、天倫は胡蝶達に、朝賀英尚との出会いや、戦時中から戦後の花街の事を語り始める。
第10巻
太郎達の衿替えの時期が迫って来た。しかし、四人全員を一度に衿替えできる資金を工面できず、寧井恵慈は頭を抱えていた。そんな中、薫風の妊娠が発覚し、相手からのプロポーズを受ける事となった。同時に妙蓮が芸妓にはならず学校に通いたいと言い出した事で、薫風と妙蓮の落籍が決まる。これにより清白屋は資金面で救われたが、今度は太郎に、若宮虹之助との見合い話が持ち上がる。
第11巻
清白屋では、舞妓志願者の面接時期を迎えていた。胡蝶は五人もの志願者と面接したが、そのすべてを拒否してしまう。寧井恵慈は頭を抱えるも、当の胡蝶は「もっといい娘が来る」と言って憚らない。そんな中、重度のアルコール患者となった父親エルマー・ソリスを救ってもらおうと、母親である吉川夏世を頼って、アオイ・ソリス(のちの沙羅)とロータス・ソリスが来日する。
第12巻
胡蝶の妊娠が発覚する。祇園全体がお祝いムードだが、太郎達は寧井恵慈か朝賀俊賢のどちらがお腹の子の父親なのかを疑問に感じていた。またそれは俊賢も同様で、自分の子供であれば他人に譲る気はないと血気にはやっていた。そんな中、胡蝶が出産準備のため祇園を離れる日がやって来る。山科の別荘に籠もりながらも舞の練習は欠かさない胡蝶だが、やがてその最中、ガラス戸の向こうに狐火が並ぶようになっていく。
関連作品
登場人物・キャラクター
胡蝶 (こちょう)
清白屋に所属する芸妓の女性で、相模と北浜京治郎の娘。花街の姉妹としては、乙女の妹芸妓にして、唐糸、太郎らの姐芸妓。「胡蝶」は源氏名で、結婚後の名前は「寧井結花」。天倫を二番目の母として非常に慕っている。寧井恵慈は内縁の夫だったが、のちに正式な結婚を経て夫婦となる。 「自分の舞を継いでくれる才能を持った子供がほしい」という理由から、若宮虹之助や若宮虹四郎など、多くの愛人を作っている。さらに天倫と朝賀英尚の死後に公開された遺言状によって、英尚の遺産の半分と、天倫の遺産全額を譲り受けた。霊感が強く、一般人が目にする事のできない存在を見て言葉を交わす事ができ、また怨念を感じる事もできる。 沙羅が舞妓として清白屋にやって来る事も予見していた。どんな男性と同衾しても子供を授からなかった事から不妊が疑われていたが、寧井実野里を妊娠して出産。その後、実野里に自分や相模の舞を継がせるため、「白毣流」という舞の流派を作った。ただし、実野里が誰との子供なのかは公にされていない。
寧井 恵慈 (やすい けいじ)
清白屋の亭主(主人)の男性で、「K・G・ファンド」という会社の社長を務めている。胡蝶の幼なじみであり、旦那としても支えていたが、のちに正式に結婚した。天倫の孫で、英勝と由村弘希の息子。日舞有楽流の名取りで、茶道華道の免状も持っており、三味線や謡、長唄など、一通りの芸事は一人前の芸妓並みにこなす事ができる。 胡蝶の世話をすべて自分で行うため、化粧や着付け、日本髪を結う事もできる。また、仕出し屋で料理の基本を教わっただけで美食を作る事ができ、その腕前は阿虎と虎吽からお墨付きをもらっている。そのため、清白屋での炊事全般を担っており、清白屋の芸舞妓は誰一人料理ができない。胡蝶の恋人になる以前は、年上の美人との女遊びが派手な事で有名だった。 しかし、その頃の恵慈の本命が相模だという事も有名で、付き合った女性達は非常に虚しい思いをしていたが、恵慈はそんな相手の気持ちにいっさい気がついていなかった。また、マザコンでババコンである事も祇園では有名。
若宮 虹之助 (わかみや こうのすけ)
歌舞伎俳優の青年で、胡蝶の愛人の一人。若宮虹四郎の息子で、虹たまきの弟。男性にしては身長が低めで、中性的な顔立ちをしている。「若宮虹之助」は歌舞伎の名跡であり、本名は「若宮周一」。寧井恵慈とは気心の知れた間柄となっており、兄のように接しつつ、恋敵として意識しているところもある。胡蝶を恋い慕うあまり周囲からの好意には鈍感で、太郎からの好意にもまったく気づいていなかった。 本来若宮家の芸は男役だが、自分の身長や顔立ちでは男役は担えない事をコンプレックスにしている。しかし、朝賀誠澄からの励ましを得て、逆に「若宮虹四郎」の名跡自体を女形のものにしてやろうと考え方を変えた。作中映画「鬼哭」では俳優として、沖田総司の役を務めている。
相模 (さがみ)
かつて清白屋に所属していた芸妓の女性。胡蝶の母親で、北浜京治郎の愛人。赤ん坊の頃に辰巳大明神に捨てられているのを天倫と英勝が発見し、清白屋に引き取られた。花街の姉妹としては英勝の妹芸妓、乙女の姉芸妓となっている。舞には非常に堪能だが客あしらいが苦手で、寧井恵慈からは「舞がなければ、なぜ芸妓をやっているのか不思議な人」と評価されていた。
乙女 (おとめ)
相模の妹芸妓にして、胡蝶の姉芸妓。寧井恵慈の提案で、清白屋の雇われ女将を務めている。天倫に借金して独立した京染め職人の娘だったが、父親が病床に就いたのをきっかけに、借金帳消しを条件にして清白屋の舞妓になった。舞や三味線などは下手だが、座敷の空気を盛り上げるのは非常にうまい。吉川夏世とは清白屋に来てからの幼なじみ。
太郎 (たろう)
清白屋所属の芸妓で、胡蝶の妹芸妓。東京出身で、もともと陸上競技の選手で日本有数のスプリンターと知られ、オリンピックの強化選手にも選ばれている実力者。身長も170センチ以上あり、舞妓姿だと190センチを越える長身となる。しかし修学旅行で胡蝶と出会い、その所作にあこがれて清白屋の舞妓になる事を決意した。舞は苦手でまるで体操のようになるが、肺活量がある事から笛を得手としている。 護法魔王尊からも気に入られており、加護を受けて笛の名手になったが、「能力は努力で摑み取るもの」を旨としている事から、その加護を返上している。初対面時から若宮虹之助に恋しているが、虹之助が胡蝶に思いを寄せている事も知っているため、襟替え直前に虹之助との見合い話が持ち上がるまで、告白もしていなかった。
唐糸 (からいと)
清白屋所属の芸妓で、胡蝶の妹芸妓にして、沙羅の姉芸妓。もともと祇園甲部の日舞流派、井上流を習っていた。非常に舞が好きで、両親が海外に転勤すると知らされて舞をやめるのを嫌がり、清白屋の舞妓となった。当初は高飛車な面が目立ったが、太郎に心を開いてからは徐々に態度が柔和になっている。太郎に対する独占欲があり、虹たまきからは同性愛者だろうと見られている。
天倫 (てんりん)
清白屋の先代女将にして、英勝の実母で、寧井恵慈の祖母。朝賀英尚の愛人。キツい顔立ちの美人で、侘助会の老齢の男性からは「天倫はんにはいけずされても嬉しい」と、非常に人気がある。「花街において男は種さえ絞ればあとは用なし」を信条としており、男性に対する当たりが強く、特に北浜京治郎とは相模、胡蝶の事で衝突を繰り返していた。 胡蝶を清白屋の跡取りと考えており、恵慈よりも気にかけている。英尚とは幼少時から顔見知りで、寺の小間使いと置屋の仕込みとして会話する程度の関係だった。しかし戦後、都をどり再開に向けての力添えやGHQへの働きかけを務めた英尚と再会し、親密な関係になった。末期の肝臓癌に冒されていたが、見苦しい事を嫌い、延命措置も拒否して英尚と共に最期まで山科の別荘で過ごしていた。 また、英尚が勝手に延命措置などしないよう、「そんな事をしたら祟る」と脅していた。遺産相続の遺言状には「清白屋の跡取りに」と書き残した。
沙羅 (しゃら)
清白屋に所属している舞妓。吉川夏世とエルマー・ソリスの娘で、ロータス・ソリスの姉。花街の姉妹としては唐糸の妹舞妓にあたる。「沙羅」は源氏名で、本名は「アオイ・ソリス」。また、愛称として「アイ」と呼ばれていた。アルコール中毒になったエルマーが手に負えなくなり、母親である夏世になんとかしてもらおうと考えて来日した。 祇園で暮らす事が決まってほどなくして、舞妓になる事を決意した。
英勝 (えいしょう)
寧井恵慈の母親で、天倫と朝賀英尚の娘。相模の姉芸妓でもあり、祇園一の売れっ子だった。由村弘希との恋愛中に妊娠が発覚した際には、引き離そうとする天倫に対し「どうしても別れろと言うなら清水の舞台から飛び降りて死ぬ」と泣きながら脅しをかけた。また弘希の葬儀の際には廃人同然になっていたが、幼い恵慈を精神的支柱にし、清白屋の看板であり続けるためにハードなスケジュールをこなし続け、過労死した。
薫風 (くるかぜ)
清白屋所属の舞妓で、胡蝶の妹舞妓。北陸から舞妓にあこがれ、清白屋にやって来た。本名は「純香」で、仕込みのあいだは「純ちゃん」と呼ばれていた。衿替え直前に妊娠が発覚し、恋人からのプロポーズも受けたため、清白屋を去っている。
妙蓮
清白屋所属の舞妓で、胡蝶の妹舞妓。九州から舞妓にあこがれ、清白屋にやって来た。仕込みのあいだは「栄っちゃん」と呼ばれていたが、本名は不明。衿替え直前の頃、「自分の実力では芸の道で生きていくのは難しい」と考え、大学受験資格を取得し、再度勉強するため清白屋を去っている。
吉川 夏世
清白屋の裏手にある医院・芙蓉を営む医師の女性。寧井恵慈の勉強を幼い頃から見てやっており、乙女とは幼なじみ。沙羅、ロータス・ソリスの母親だが、配偶者のエルマー・ソリスとは離婚している。ハキハキとした女性で、必要であれば患者を気絶させる事も辞さない。人間相手の対応や客あしらいが苦手だった事から、芸舞妓への道をあきらめた。 乙女からは「なっちゃん」、エルマーからは「ナッツ」と呼ばれている。
ロータス・ソリス (ろーたすそりす)
吉川夏世とエルマー・ソリスの息子で、沙羅の弟。中性的な顔立ちの少年。周囲からは「ルゥ」と呼ばれる事が多い。アルコール中毒になったエルマーが手に負えなくなり、母親である夏世になんとかしてもらおうと考えて来日した。祇園で暮らすようになってから、京都の文化に興味を持つようになった。
エルマー・ソリス (えるまーそりす)
吉川夏世の元夫で、沙羅とロータス・ソリスの父親。ハーバード大学を首席で卒業した知識人でウォール街の証券マンとして働いていたが、リーマンショックで会社が倒産してから酒に溺れ、アルコール中毒となった。非常にヘタレな性格で泣き虫。胃潰瘍で病院に運ばれた際、夏世に無理矢理休養を取らされた事がきっかけで恋に落ち、積極的にアプローチを仕掛けて結婚した。 寧井恵慈からは、「夏世先輩の亭主にしては情けない」といわれている。来日してからは芙蓉に居候しつつアルコール依存からの脱却を目指しており、恵慈が社長を務めている「K・G・ファンド」の新入社員として登用され、仕事場でもアルコールの監視を受けている。夏世からは「エル」と呼ばれる事もある。
朝賀 英尚 (あさか ひでなお)
天倫の内縁の夫。英勝の実父で、寧井恵慈の祖父。本宅が大阪にあるが、天倫の末期肝臓癌が発覚してからは山科の別荘で暮らしていた。アサカグループという大企業の会長を務めており、非常に険しい顔つきの老齢男性だが、戦前は穏やかな顔立ちをしていた。かつては祇園甲部にある寺で小坊主として修行した事があり、天倫とはその頃から顔見知り。 思いを寄せてはいたが伝える事はなく、召集令状が届いた際にもその旨を伝えてすぐに去っている。激戦地に配属されてからは、天倫に一目会う事を心の支えにして生還し、会社を興した。その後は天倫が望んだ都をどりの再開や、GHQへの口利きに尽力し、天倫と愛人関係となっている。恵慈を引き取り自分の跡取りにしようと考え、何度も恵慈を祇園から引き離そうとしていた。 また、そのために恵慈から非常に嫌われている。天倫が自分の傍で生きているという事実だけを原動力にしていると語っており、その言葉通り、天倫の火葬後ほどなくして息を引き取った。
朝賀 俊賢 (あさか としさと)
朝賀英尚の孫で、胡蝶の愛人の男性。寧井恵慈とは従兄弟関係に当たるが、英尚が倒れるまでいっさい面識がなかった。英尚が倒れた際、駆けつけた病院の通路で胡蝶と偶然衝突した事で一目惚れした。幼少期から母親である朝賀美聰子の言いなりの人生だったため、遊び方もよく知らず、歌舞伎などの楽しみ方も知らない。朝賀誠澄から「本当にやりたい事」を聞かれてからというもの、胡蝶に会うためにお茶屋通いを始めた。 胡蝶の妊娠が発覚してからは、寧井実野里の父親が誰なのかをしつこく追求しようとして、恵慈から疎まれていた。
朝賀 誠澄 (あさか たかすみ)
朝賀英尚の孫で、朝賀俊賢の弟。寧井恵慈とは従兄弟関係にあたるが、英尚が倒れるまでいっさい面識がなかった。誰にでも気安い態度で接するため、恵慈ともすぐに良好な関係を築けた。幼い頃から朝賀昌子の歌舞伎観劇に付き合っていた事で、演劇関係に興味を持ち、フリーの劇作家としてテレビや舞台のシナリオでも活躍している。 しかし、本当に書きたいのは新作歌舞伎だと語っており、そのための勉強を進めている。若宮虹之助の事も女形の中ではかなり気に入っており、その話から非常に仲がよくなった。また、南座において阿久仁を視認して会話もしている事から、歌舞伎作家としての才能も窺わせている。自分の書いた歌舞伎作品で、虹之助を歴史に残る歌舞伎俳優にする事を目標としている。
朝賀 美聰子 (あさか みさこ)
朝賀英尚と朝賀昌子のあいだにできた娘で、英勝とは腹違いの姉妹にあたり、朝賀俊賢と朝賀誠澄の母親。英勝とは非常に顔立ちが似ているがふくよかな体型で、寧井恵慈は母親である英勝の方がずっと美人だと豪語している。仕事ばかりで家族を顧みなかった英尚を非常に嫌っており、そんな英尚に愛人がいる事を許せなかった。 潔癖な性格の持ち主で、ヒステリックな言動が目立つ。父親である英尚を敵視するあまり、夫に有能である事を強いてしまい、その結果追い詰めてしまった。芸舞妓をただの水商売と考えており、夫がホステスと心中してしまった事もあって、胡蝶をはじめとする花街の女性を非常に軽蔑しており、攻撃的な態度で接する。また、英尚が俊賢や誠澄を跡継ぎと認めず恵慈ばかりを重用しようとしていた事から、恵慈の事も非常に敵視している。
朝賀 昌子 (あさか しょうこ)
朝賀英尚の本妻。物腰柔らかな老婆で、誰に対してもにこやかに接する。英尚を深く愛していた様子はなく、英尚の事も「他人を愛せる人間である」とはあまり考えていなかった様子が見られる。また、愛人と知ったうえで天倫とは何度も会った事があり、天倫の事は「自分とはまったく別の世界に住む人間」と認識して、衝突も深い親交もなかった。 歌舞伎の観劇が趣味で、特に若宮虹四郎とその先代の大ファン。舞が好きな事から、胡蝶とも非常になかよくしている。
若宮 虹四郎 (わかみや こうしろう)
歌舞伎俳優の男性。胡蝶の愛人の一人で、若宮虹之助と虹たまきの父親。「若宮虹四郎」という名前は本名ではなく、歌舞伎の名跡で7代目となっている。歌舞伎の男役にふさわしい跡継ぎを欲しており、虹之助の花嫁に長身で運動神経のいい太郎を迎えたいと考え、縁談を進めようとしていた。
虹 たまき (こう たまき)
宝塚歌劇団虹組の男役トップスターの女性。若宮虹四郎の長女で、若宮虹之助の姉。背が高く凜々しい容姿をした、肉体は女性で心が男性のトランスジェンダー。虹四郎や虹之助の恋愛を体験したいという思いから二人の恋人を次々に奪っては、肉体関係直前で毎回別れていた。しかし、胡蝶からは肉体関係を拒まれなかったため、愛人の一人という関係を築いた。 胡蝶との子供を欲しているが自分の肉体が男性ではない事から、「胡蝶が産む子」であれば力の限り愛すると宣言した。宝塚歌劇団を引退してからは、日舞若宮流の家元として活躍している。本名は「若宮虹子」。
北浜 京治郎 (きたはま きょうじろう)
歌舞伎俳優の男性で、胡蝶の父親。相模とは不倫関係の恋人。華奢な体格で、優しそうな顔つきをしている。「北浜京治郎」という名前は本名ではなく、歌舞伎の名跡で5代目となっている。「京鹿子娘道成寺」を十八番としている女形。物語開始時には故人だが、過去のシーンや回想で登場する。本妻とのあいだに三人の息子がいるが、舞の才能を継承する事ができず、北浜綾弥に6代目北浜京治郎を襲名させるつもりだったが、その直前に死去した。 胡蝶からは、相模とは恋人でありながら、互いの舞を見る目は終生のライバル同士のようだったと語られている。物腰の柔らかい人物で、気が強く役者の泣き落としも効かない天倫が苦手だったが、胡蝶の店出し衣装などでは決死の覚悟で意見を衝突させていた。
北浜 綾弥 (きたはま りょうや)
歌舞伎俳優の青年で、北浜京治郎の叔父が囲っていた妾の子。6代目「北浜京治郎」の名跡を継ぐ事が決まっている男性。京治郎の初盆の際に胡蝶が舞っていた京治郎の十八番「京鹿子娘道成寺」の完成度の高さから、胡蝶の才能を欲すると共に、劣等感を意識していた。また、胡蝶に対しては恋愛感情を抱いている。しかし、胡蝶の腹違いの兄達よりも綾弥の顔が京治郎に顔立ちが似ている事から、胡蝶から同衾を断られていた。
屋森 禎生 (やもり ていせい)
日本舞踊有楽流の家元。肉体は男性で、心が女性のトランスジェンダー。侘助会の日舞指導を行っている。可憐な女舞を得意としており、「手習子」が十八番。華奢な体型で声色も高く、女性と大差ないため、若宮虹之助は同じ女形としても驚愕していた。寧井恵慈の幼なじみでもあり、子供の頃から恵慈に恋愛感情を持っていた。周囲が決めた結婚を目前に改めて恵慈に告白したが、はっきりと断られたため持参した包丁を使って無理心中しようとした。 恵慈からは「本来なら禎生ほど胡蝶が愛人にしたがる相手もいない」と評価されている。
佐久野 紅柳 (さくや こうりゅう)
宇治近くで大きな造園会社を営んでいる、老舗の植木屋の男性。13代目佐久野紅柳。11代目が無類の桜好きで、日本中の滅びかけた巨木や名木を蘇らせた事で名を知られている。一年中全国を巡り、桜を守り活かしている事から「桜守」とも呼ばれている。舞妓時代の胡蝶に惹かれ続け、毎年都をどりの時期は祇園甲部歌舞練場を訪れていた。
木島 武 (きじま たけし)
作中映画「鬼哭」の監督を務める初老の男性。カンヌ映画祭でグランプリを獲得した事もあり、「世界の木島」として名を知られている。由村弘希とはかつて懇意にしており、英勝とも面識があった。また「鬼哭」の撮影時に偶然見かけた寧井恵慈と胡蝶を弘希と英勝に見間違え、呼び止めている。さらに監督という立場を利用し、弘希が叶えられなかった大スターの夢を恵慈に叶えさせようと、恵慈と胡蝶を強引にキャストに加えるなどした。
甲斐 真行 (かい まさゆき)
作中映画「鬼哭」で主人公の土方歳三を演じている俳優の男性。元モデルで、トレンディ俳優として女性人気が高い。時代劇の雰囲気や着物での所作が摑めず、周囲とのタイミングがずれる事が多いため、降板も検討されていた。役者として、着物での所作に馴染んでおり演技の迫力がある寧井恵慈をライバル視している。憑かれやすい体質で、京都の各地にいる怨霊に憑かれては恵慈に迷惑をかけている。
由村 弘希 (よしむら ひろき)
寧井恵慈の父親。映画俳優として活躍していたが、若くして亡くなったため今では覚えている人達も少ないのではないかといわれている。恵慈と瓜二つの容姿をしている。大恋愛の末に英勝と結婚したが、癌に冒され2年もしないうちに故人となった。駆け出しの頃、木島武と「名監督と大スターになろう」と約束し合っていた。
織原 喬彦 (おりはら たかひこ)
寧井恵慈の大学の友人で、外務省に勤務している男性。パリの日本大使館に赴任している。中学生時代の胡蝶の事もよく知っており、芸妓になった胡蝶と会うのを楽しみにしていた。胡蝶がスランプに陥った事を知り、快く転地療養先としてパリの自宅への滞在と観光案内を請け負った。
空木 晴和 (うつぎ はるかず)
能楽金剛流の若手実力者として知られている男性。胡蝶の初恋相手だが、東京へ修行に出されて以降交信が途絶えていた。お互いの舞台を観覧してはいたが、八坂女紅場学園の始業式で来賓として訪れた際に改めて再会した。胡蝶が舞妓としてデビューした最初の始業式で、簪についた鳩に目を入れた。胡蝶が才能を認めながら、肉体関係を持たなかった唯一の人物でもある。
梅衣 (うめぎぬ)
上七軒の置屋、春告に在籍している芸妓。物静かで品もよく、胡蝶からは「なぜ芸妓になったのだろう」と疑問視されていた。もともとは西陣の織元の令嬢だったが、店が倒産し、幼少時から習っていた芸事を活かせる花柳界に入った。旦那である上村光輝の会社が倒産すると知り、梅衣自身の世話をしていては上村の負担になると考えて、寧井恵慈と恋人になったと見せかけ別れようとしていた。
上村 光輝 (うえむら こうき)
梅衣の旦那を務める男性。呉服をはじめ流行の格安衣料まで手広く取り扱う、アパレル会社「ウエムラ・コーポレーション」の社長を務めている。多額の借金で会社の倒産が決まっているが、梅衣と別れる事を拒否していた。しかし梅衣が、寧井恵慈と恋人になったと思い込んでからは、自殺して梅衣に保険金を送ろうと考えていた。また、恵慈が旦那として支援している胡蝶のなじみ客になり、人気のない夜の鞍馬山に呼び出して胡蝶と心中し、恵慈が新たな梅衣の旦那になるよう仕向けようとしていた。
真広 (まさひろ)
室町の京友禅の染め物屋「橘正(きっしょう)屋」の主人で、典広の父親。名字は不明。寧井恵慈の幼なじみで、学問や芸事などのライバル。剣舞京八流の達人で、居合鞍馬流の名手でもある。恵慈を大切な友人として考える半面その多才さを羨んでおり、いつも力半分でいなされる感覚に苛立っていた。恵慈に真剣に向き合ってもらうため、胡蝶に結婚を申し込んだ。
典広 (のりひろ)
真広の息子で、小学校低学年以下の幼児。胡蝶に継母になってほしがっていたが、それが叶わなかったため、実野里と結婚すると宣言している。しかし、寧井恵慈から、そのためには「金も包容力もあって、頭も切れて腕も立ち、粋で雅な、俺のような男になれ」と条件をつけられている。
草仁 (そうじん)
鞍馬山の僧侶で、年配の男性。剣術の師範として、寧井恵慈と真広に居合道を教えた。そのため、恵慈を率直に叱る事のできる身近な人物でもある。若い頃から天倫に惚れ込んでおり、恵慈を門下に入れたのも天倫への点数稼ぎと考えられている。
沙裕里 (さゆり)
相模が存命の頃、寧井恵慈が付き合っていた芸妓の女性。恵慈を非常に大切に思っており、恵慈との別れ話が出た際にも物分かりがいいフリをして別れていた。しかし相模が亡くなったのをきっかけに、復縁を迫った。
寧井 実野里 (やすい みのり)
胡蝶と寧井恵慈の娘として育てられている赤ん坊。朝賀美聰子が毛髪を検査に出した結果、実の父親は朝賀俊賢と判明している。
芽衣子 (めいこ)
第一神使に娶られた、伏見稲荷大社の巫女。相模の実母で、胡蝶の祖母。幼少時に母親に連れられて、稲荷山の禁足地に置き去りにされたが、第一神使の助けによって人里に帰る事ができた。伏見稲荷大社の下働きをしていた老夫婦に引き取られ、年を重ねるにつれてお神楽舞で評判の巫女となった。相模を出産して間もなく亡くなったが、かつて嘉納舞に訪れていた天倫の舞を見てあこがれていたため、第一神使が相模を辰巳大明神経由で清白屋へと預けている。
十子 (とおこ)
加祖江に所属している半玉の女性。京都の上七軒で仕込みをしていたが、母親である一二三の死をきっかけに父親を探すため、上京した。その際に舞妓にならないという決意を示すため、髪をベリーショートにした。首尾よく父親である阿川普裕と会い、溺愛されている。ミシェルに恋をしており、のちに両想いが発覚している。 またその際に、十子のフォーマルの着物はすべて、ミシェルがデザインするという約束を交わしている。
一二三 (ひふみ)
逸未が幼い頃に加祖江に所属していた半玉の女性で、十子の母親。阿川普裕と恋人同士だったが、妊娠して、さらにその頃は阿川に別の結婚話が浮上していた事から、迷惑をかけないようにと加祖江を出奔。神楽坂と舞の流派が同じ上七軒の知り合いを頼り、洛外で日舞と三味線の教室をしていた。十子と二人の時は十子だけを愛し、慈しんでいたが、意識が混濁してからは「フユさん」とうわごとを繰り返していた。
逸未 (いつみ)
三五の義理の娘で、一八の実子。三五を心から敬愛しており、加祖江のある神楽坂の伝統を大切に考えており、それらをさまざまなトラブルから守るため、弁護士を目指して勉強している。普段は神楽坂の料亭で仲居のバイトをしている。
三五 (さんご)
加祖江の女将で、逸未の養母。かつて一八に旦那を寝取られたが、一八と旦那の子である逸未が加祖江に置き去りにされた際には慈しみ、大切に育てた。また、1年後に一八が逸未を引き取っていったあと、逸未が虐待を受けていたのを知り、正式に養子縁組をしている。
阿川 普裕 (あがわ ゆきやす)
十子の父親で、かつて一二三の恋人だった男性。「阿川グループ」という巨大グループ企業の次期社長候補の一人として、連日ニュースを賑わせていた。一二三が妊娠していた事も知らされておらず、十子が一二三と阿川普裕自身とのあいだにできた娘だと知った時には歓喜の涙を流した。十子の店出しの衣装を、蔵六に直接依頼に行っている。 一二三からは「フユさん」と呼ばれていた。
一八 (いちよう)
かつて加祖江の芸者だった女性で、逸未の実母。芸は決してうまくないが、見かけの派手さと口の巧さで人気を集めていた。三五の旦那に手を出し、逸未を妊娠して加祖江を出て行った。しかし、その男性の会社が倒産したのを機に加祖江に戻り、逸未を三五に預けてまた行方をくらました。1年後に逸未を引き取りに来たが、当時交際していた男性と共に逸未を虐待した事で、親権を失っている。 目先の欲に正直で、その先の事まで考える事ができない愚かさが目立つ。
松籟 多聞 (しょうらい たもん)
神楽坂の住人で、エッセイストの男性。「松籟多聞」はペンネームで、本名は「正田松籟」だが、周囲の人にはつねにペンネームで呼ばせている。しかし、作家一本では生活が成り立たないため、カクテルバー「ル・タモン」のオーナーなど、複数の副業を営んでいる。江戸期から続くヤクザ「正田組」の跡取りで、神楽坂の顔役を務める事が幼い頃から決定づけられていた。 オカルトを好んでおり、中学時代に鞍馬山を訪れた際、剣術の稽古をしていた寧井恵慈と真広に出会い、それ以降親交を続けている。
ミシェル
神楽坂の東京友禅工房「花ノ木」で修行中の、フランス人の友禅職人の男性。バイトとして、松籟多聞がオーナーを務めるカクテルバー「ル・タモン」のバーテンダーもしている。幼い頃、両親と共に東京に住んでいた際に蔵六の東京友禅工房「花ノ木」に飾ってある反物を見かけ、そのデザインに惚れ込んだ。フランスに帰国後、一度はテキスタイルのデザイナーを目指したが、友禅染へのあこがれが消えず単身で来日し、そのまま住み込みの職人になった。
蔵六 (ぞうろく)
神楽坂の東京友禅工房「花ノ木」を営む老齢の男性。阿川普裕から直接依頼され、十子の半玉デビューの衣装を製作している。フランス語は理解できないまでも、幼いミシェルが自店の東京友禅に入れ込んだのを察し、ミシェルが来るたびに工房に上げて図案などを見せていた。また、ミシェルが再来日した際には、快く弟子にしている。
阿久仁 (おくに)
南座の外に出る事ができない「出雲阿国」の霊。男装しており、胡蝶が南座を訪れた時だけとなりに憑いて外に出る事ができる。才能のある人間しか姿を見る事ができず、若宮虹之助が阿久仁をはっきりと目にした時には、若宮虹四郎も驚いていた。また朝賀誠澄にも声を掛けており、視認されて会話をしている。12月13日に祇園甲部で行われる「事始め」で配られる舞扇を気に入っており、胡蝶と共に井上流の家元を訪ねては扇を受け取っている。
阿虎 (あこ)
毘沙門天の左右に従っている阿吽の虎の、阿形。本来の姿は大きな虎だが、清白屋へ行く時や胡蝶に会いに行く際は子猫の大きさになり、周囲の人間にも姿を見せている。寧井恵慈の作る料理を気に入っており、胡蝶と会う際にはほぼ必ず、恵慈に食事や弁当をねだっている。また、寧井実野里が寅年生まれになる事を知り、言祝ぎのためわざわざ山科の別荘まで訪れた。 東京の神楽坂にも同様のキャラクターがいるが、そちらは姿が朧げで縞模様もなく、大きな虎の姿のままとなっている。虎吽に比べて、口を大きく開けている事が多い。胡蝶からは「阿ちゃん」と呼ばれている。
虎吽 (こうん)
毘沙門天の左右に従っている阿吽の虎の、吽形。本来の姿は大きな虎だが、清白屋へ行く時や胡蝶に会いに行く際は子猫の大きさになっている。寧井恵慈の作る料理を気に入っており、胡蝶と会う際にはほぼ必ず、恵慈に食事や弁当をねだっている。また、寧井実野里が寅年生まれになる事を知り、言祝ぎのためわざわざ山科の別荘まで訪れた。 東京の神楽坂にも同様のキャラクターがいるが、そちらは姿が朧げで縞模様もなく、大きな虎の姿のままとなっている。阿虎に比べて、口を閉じている事が多い。胡蝶からは「吽ちゃん」と呼ばれている。
護法魔王尊 (ごほうまおうそん)
鞍馬山に祀られている三柱の一柱。16歳くらいの、長い黒髪の少年の姿をしている。胡蝶が鞍馬山の桜の下で舞う姿を見て気に入り、上村光輝に無理心中を図られているのを知って、所持している羽根扇を貸し与えた。また、太郎の事も気性が気に入り、笛の才能を与えたが、太郎自身から返上されている。かつて兵法を教えた源義経を不肖の弟子と考えている。 胡蝶からは「天狗はん」と呼ばれている。
毘沙門天 (びしゃもんてん)
鞍馬山に祀られている三柱の一柱。非常に強面で、マフィアのような出で立ちで現れる。阿虎、虎吽の主人。胡蝶が鞍馬山の桜の下で舞う姿を見て気に入り、その後、胡蝶や清白屋に難癖をつけては再度鞍馬山で舞ってもらおうとしていた。
千手観音 (せんじゅかんのん)
鞍馬山に祀られている三柱の一柱。穏やかな顔立ちをした男性の姿で現れるが、千手観音に酒や道順などを勧められた場合、なぜか断る事ができない。胡蝶が鞍馬山の桜の下で舞う姿を見て気に入り、客として胡蝶に会いに来ていた。毘沙門天からは「千殿」と呼ばれている。
ウバタマ
幼い八咫烏。みずらを結った幼い少年の姿をしている。サッカー日本代表の誕生と同じ年に生まれたため、主人であるヒルメ様(天照大御神)から彼らを守護し、勝利させてくるよう申しつけられた。しかし3度目の挑戦も敗れたため、日本中の眷属を巡って修行の旅をしていた。その途中、京都の暑さで地上に落ちてしまい、胡蝶に保護されていた。
オトヒコ
八坂神社の祭神。狩衣を着ているが、髪を結っておらず、烏帽子もつけていない姿で現れる。胡蝶に保護されたウバタマを引き取った。また、寧井恵慈と胡蝶の結婚式では、祝いに二人の眼前で「八雲立つ」から始まる歌を唄い、舞って見せた。
玉依姫 (たまよりひめ)
貴船神社を建てたとされる人物で、神武天皇の生母の霊体。護法魔王尊や毘沙門天、千手観音から胡蝶の噂を聞き、舞を非常に気に入った。わがままな性格で、多忙を極める胡蝶を無理矢理貴船に呼ぼうとしたところ、辰巳大明神の祭神に諫められている。
第一神使 (だいいちしんし)
名前が不明の、数千年生きている古狐。相模の父親であり、胡蝶の祖父でもある。伏見稲荷大社の祭神に仕えている。長い白髪で、水干をまとった非常に美しい男性の姿で現れるが、本来の姿は巨大で白い、九尾の狐。幼少時の芽衣子が禁足地に置き去りにされているのを目にした際に、山茶花を渡して求婚している。芽衣子が伏見稲荷大社の巫女として成長してから再度求婚し、神隠しにした。 寧井実野里の父親が誰であるかを察しながらも、寧井恵慈に委ねている。胡蝶からは「お狐はん」、恵慈からは「祖父様狐」と呼ばれている。
集団・組織
侘助会 (たひろかい)
祇園のお茶屋の亭主達が芸事を習っている会。寧井恵慈も会員の一人だが、ほかのメンバーと年齢が離れている事もあり、あまり顔を出してはいない。慰安旅行なども開催されている。恵慈を除く全員が天倫のファンであり、天倫の葬儀の際には周囲が困惑するほど、祭壇の前で泣きわめいていた。
場所
清白屋 (すずしろや)
祇園甲部に在籍している置屋兼お茶屋。五代続いた150年の老舗。根元の交わった二本の大根が描かれたのれんが掛かっている。天倫が祇園を去ってからはお茶屋としては休業状態だったが、乙女が雇われ女将になって以降はお茶屋としても営業している。本来京都の舞妓の源氏名は姉芸妓の名前から一字もらうのが慣例だが、清白屋所属の芸舞妓は胡蝶や沙羅など、椿の名前にあやかった源氏名が付けられている。
葛木屋 (かずらぎや)
宮川町に在籍しているお茶屋。北浜綾弥の母親がよく呼ばれていたお茶屋で、綾弥自身も女形の修行中によく出入りしていた。綾弥に頼まれて胡蝶を接待役にと指名し、同衾出来るように取り計らった。
芙蓉 (ふよう)
清白屋の裏にある婦人科と内科の医院で、吉川夏世が営んでいる。もともとはお茶屋だったが、跡継ぎである夏世が舞妓になる事を拒んだため、夏世の母親が死去すると同時に廃業した。清白屋とは桜の花がある庭を挟んで簡単に行き来する事ができる。
祇園甲部歌舞練場 (ぎおんこうぶかぶれんじょう)
都をどりや温習会など、祇園甲部の芸舞妓に関わるイベントが催される劇場。太郎が京都を再訪した際や沙羅、ロータス・ソリスが初めて来日した際などに、最初に訪れた場所でもある。
八坂女紅場学園 (やさかにょこうばがくえん)
祇園甲部歌舞練場に付属している、芸事の専門学校。祇園甲部に在籍している芸舞妓全員が生徒であり、卒業はない。第二次世界大戦中も開かれていたが、天倫によるとその頃は風船爆弾を作らされていた。正月には始業式もあり、能や歌舞伎などさまざまな分野から来賓を迎える。
島原遊郭 (しまばらゆうかく)
京都一の色里といわれた、江戸幕府公認の売春街。木島武が作中映画「鬼哭」の撮影にあたり、新選組の末路を暗示させる舞台として無理矢理撮影に組み込んだ。胡蝶は吉野太夫の衣装で花魁役を任せられた事で、島原遊郭の中に残っていた遊女達の怨念に取り憑かれた。
南座 (みなみざ)
四条川端にある劇場。霊体となった阿久仁が出る事ができずにいる場所。才能がある人間には阿久仁を視認、または声を聞く事ができる。
鞍馬山 (くらまやま)
護法魔王尊、毘沙門天、千手観音の三柱が祀られている霊山。上村光輝が胡蝶と無理心中を図った場所であり、その直前に胡蝶が舞う姿を見た三柱が胡蝶を気に入るきっかけになった。
辰巳大明神 (たつみだいみょうじん)
白河沿い、巽橋の袂に建っている神社。祇園甲部、祇園東の芸舞妓の守護を担っている。第一神使から赤ん坊の相模を預かり、天倫と英勝にだけ泣き声を聞かせて清白屋が引き取るようにと誘導した。
山科の別荘 (やましなのべっそう)
朝賀英尚が所有していた別荘で、天倫の末期肝臓癌が発覚してからは静養のために使用していた場所。英勝と寧井恵慈、胡蝶が産まれた場所でもある。恵慈が産まれた日、英尚の本宅がある大阪にも通いやすいという理由から、英尚が恵慈にプレゼントしていた。だが、恵慈はこの事実を英尚の葬儀の日まで知らされていなかった。 屋敷自体だけでなく敷地も非常に広く、のちに胡蝶が作った舞の流派のお披露目をしたホールなどもある。
加祖江 (かぞえ)
東京の神楽坂にある芸者置屋。神楽坂でも三代続いている老舗として知られている。一等地に建っている事もあり、一八は土地を手に入れて自分の店を出そうと画策していた。
イベント・出来事
お化け (おばけ)
毎年節分の日に花街で行われる仮装大会。芸妓がさまざまな趣向の扮装で座敷を回り、客の扮装も許されている。寧井恵慈は毎回この時に女装し、男装した胡蝶と共に客の座敷を回っている。
衿替え (えりかえ)
舞妓から芸妓になる事。衿替え前の2週間は、それまでの舞妓の髪型ではなく「先笄(さっこう)」という髪型で過ごす。
都をどり (みやこおどり)
毎年4月1日から30日まで祇園甲部歌舞練場で催される、祇園甲部に在籍する芸舞妓の発表会。観光客を対象にしているためショーとしての側面が強い。この期間設けられる立礼式の茶席では、芸妓が地毛で髪を結うしきたりになっている。
鬼哭 (きこく)
土方歳三を主役にした、作中の映画作品。木島武が監督を務めており、甲斐真行が土方歳三、若宮虹之助が沖田総司をそれぞれ演じる。この撮影中に偶然通りがかった胡蝶と寧井恵慈を、木島が英勝と由村弘希に見間違えたのをきっかけに、二人も撮影に参加する事になった。
温習会 (おんしゅうかい)
毎年10月1日から6日まで祇園甲部歌舞練場で催される、祇園甲部に在籍する芸舞妓の発表会。芸舞妓が日頃の成果を披露、競う場として認識されている。危篤状態になる直前、天倫は「もう一度この舞台で舞う胡蝶の姿が見たい」と話していた。
始業式 (しぎょうしき)
八坂女紅場学園で毎年1月7日に行われる、芸舞妓の仕事始めを告げる式典。前年度の売り上げ上位の芸舞妓やお茶屋の表彰も行われ、胡蝶は店出しの年から継続して表彰され続けている。この日、芸舞妓は白鳩が留まった稲穂の簪をつけている。鳩の目は入れられていないため、アイライナーで恋人に入れてもらうという習慣がある。
その他キーワード
福玉 (ふくだま)
モナカ皮でできている、ピンクと白のツートンカラーの玉。バレーボールほどの大きさがある。芸舞妓の贔屓客が、通っている茶屋の女将に預けておいてくれる年末の縁起物。中には日用品や小物、おもちゃなどが入っており、大晦日の夜に芸舞妓がお茶屋へ挨拶回りに行った際に渡してもらう。
旦那 (だんな)
芸妓の後援者をしている男性の総称で、すなわちパトロン。衣装の仕立や小物の購入費用、芸事の師匠への謝礼金など、芸妓に関する費用のすべてを出資する役割を担っている。
お花 (おはな)
芸舞妓に支払われる報酬。時間単位で支払われ、座敷での宴会だけでなく、芸舞妓に観光案内などを頼んだ際にも必要となる。また依頼そのものもお花と呼ばれており、「今日のお花がまだ残っている」などのように用いられる。
花街の姉妹 (かがいのしまい)
花街において義理の姉妹の絆を契る制度。新米舞妓を「妹」として、「姉」となった先輩芸妓が自分に依頼のある座敷を引き回して客に紹介したり、実際の座敷での振る舞いを勉強させる。店出しの日に姉妹の杯を交わして契りとし、この絆は一生続くとされる。
おとうはん
置屋やお茶屋の亭主に対する呼称。100年以上続いた老舗の若旦那も「おとうはん」と呼ばれるしきたりがある。そのため、寧井恵慈は一生こう呼ばれて然るべきなのだが、「見るからに女性と縁のない年寄り」を意味する言葉でもあり、唐糸らが舞妓に入った当初、恵慈はこう呼ばれるのを非常に嫌がっていた。
おかあはん
置屋やお茶屋の女将に対する呼称。特に置屋の女将の場合は、所属している芸舞妓にとっての、二番目の母親の意味がある。
仕込み (おちょぼ)
舞妓志望の少女達の総称。半年から8か月ほどかけて、着物と京言葉での生活と、舞をはじめとする芸事の勉強、行儀作法の習得をし、先輩芸舞妓の使い走りや着替えなどの手伝いをしつつ、花街に慣れていく期間。このあいだに髪を伸ばし、舞妓としての髪を結えるようにもする。ちなみに天倫が子供の頃には、仕込みとはいわず「少女」と呼ばれていた。