あらすじ
第一巻
家族を何者かに惨殺され、過去の記憶を失っていた九頭竜は、現場に落ちていた九頭竜の前金物の手がかりを求めて、時に薬を売って人を助ける「売薬人」として、時に高額で雇われることで対象の殺害を請け負う「買厄人」として、全国各地を巡っていた。行く先々には、自身や仲間の安全を求めて薬を買う者や、口封じや恨みを晴らすなどの理由から、殺害を依頼する者が絶えず、九頭竜は双方の稼業で上々といえる利益を上げていた。そんな中、九頭竜のもとに、検校鯨針と呼ばれる高利貸しが、九頭竜の前金物を所有しているという情報が舞い込む。鯨針と会見した九頭竜は、鯨針が家族を殺した集団に所属していることや、九頭竜の義父こそが彼の母親を殺害した可能性が高いこと、そして九頭竜の前金物は全部で九枚存在し、そろえると莫大な金が眠る場所を示すことを知らされる。さらに彼の決闘を制することで、新たな九頭竜の前金物の入手に成功する。あらためて、残る七枚の九頭竜の前金物を求めて旅立つが、武田一族の再興のために九頭竜の前金物を狙う天涯と、その一派に狙われることになる。九頭竜は、彼らを討つことで九頭竜の前金物を奪おうとするが、こぶ猿とでくの連携に翻弄され、九頭竜の前金物を奪われた揚げ句、捕らわれの身となってしまう。
第二巻
天涯とその仲間たちによって捕らわれの身となった九頭竜は、逆さづりにされて九頭竜の前金物の情報を吐くようにせまられるが、彼らのスキをついた蛇姫と天平の二人に助けられ、解放される。二人と協力態勢をとった九頭竜は、でくとこぶ猿を倒して九頭竜の前金物を取り返すが、戦いの中で天平が犠牲となってしまう。さらに十目吉が天涯によって殺害されるなど、仲間を次々と失うが、藤兵衛や蛇姫を正式な仲間に加えて、あらためて九頭竜の前金物を収集するための戦いに身を投じる。九頭竜は、蛇姫の犠牲を払いつつもついに天涯を倒し、さらに鬼十やもと、高木屋や神楽の舞い手が所属する集団などとの交渉や戦闘を通じて、とうとう九枚の前金物をそろえるに至る。九頭竜の前金物が示す先を目指した九頭竜と藤兵衛は、伊豆葛崎の洞穴で噂にたがわぬほどの莫大な埋蔵金を発見する。しかし、九頭竜は金を入手するつもりは毛頭なく、自分を含めた多くの人々を苦しめる元凶となった埋蔵金を誰の手にも届かない場所に葬ることを決める。藤兵衛を殺害されつつも、最後の障害として立ちふさがった金の守り手を倒した九頭竜は、埋蔵金を二度と誰の目にも触れさせないために洞穴を爆薬で崩落させ、伊豆の地で生涯を終えることを決めるのだった。
登場人物・キャラクター
九頭竜 (くずりゅう)
「九頭竜」の偽名を名乗る男性。時に薬を売って人を助ける「売薬人」として、時に高額で雇われることで対象の殺害を請け負う「買厄人」として、全国各地を巡っている。他者を思いやる思慮深さと、必要となれば私情を捨て去る冷徹さを持ち合わせている。本名は自分でも覚えておらず、幼少の頃、突如現れた謎の修験者たちに九頭竜以外の関係者のほとんどを惨殺されている。そして、母親の遺体のそばに残された九頭竜の前金物を頼りに、自分の出生と九頭竜の前金物に秘められた謎を解き明かすための旅を続けている。身寄りと記憶を失った際に一人の男性に拾われ、彼から修験道を学んだ。そのかいあって、比類なき剣術の腕と、数多の薬物を調合する知識を身につけたが、九頭竜の義父が、かつて家族たちを殺した襲撃者の一員であったことは、その仲間だった検校鯨針に指摘されるまで知らなかった。また、母親の死が強いトラウマになっており、女性と接触することを極端に嫌っている。のちに、主従の契約を結んでいた藤兵衛や、天涯の率いる一派と争う中で共闘した蛇姫を正式な仲間に加え、九頭竜の前金物を狙う無法者たちとの戦いに身を投じていく。
藤兵衛
九頭竜の従者を務めている老年の男性。十目吉と共に九頭竜の調合した薬の売り子を営んでいる。九頭竜に対して強い忠誠心を抱いており、彼が目的を果たせるように願っている。老いているが身体能力は九頭竜に匹敵するほど高く、特に隠密行動を得意としている。ふだんは従者仲間である十目吉と共に売り子をしており、九頭竜とは付かず離れずの関係を保ちつつも、彼のあとを追う旅を続けていた。しかし、十目吉が天涯に殺害され、彼の代わりに蛇姫を仲間に引き入れたことを契機として、正式に同行者として加わった。それ以降は売り子を続ける傍らで、九頭竜の前金物を入手するための情報収集や探索などに携わり、九頭竜の大きな助けとなっている。
十目吉 (とめきち)
九頭竜に雇われ、彼の従者を務めている少年。藤兵衛と共に九頭竜の調合した薬の売り子を営んでいる。九頭竜の素性に興味を示しており、行き過ぎた好奇心を藤兵衛にたしなめられることが多い。また、惚れっぽい性格で、豪商の娘であるお篠に一目ぼれをしたために、トラブルに巻き込まれたこともある。九頭竜からは気にかけられており、彼のとりなしによって助けられることが多い。一方で、売り子の仕事自体はしっかりこなしているものの、若さゆえに分不相応な野心を抱きやすい悪癖を持っている。のちに蛇姫に惚れ込み、彼女の気を引くために九頭竜の前金物を求めて、独自の行動を取るようになる。
九頭竜の義父 (くずりゅうのぎふ)
家族を惨殺された九頭竜を拾い、育て上げた男性。優れた身体能力を誇る修験者で、九頭竜を優れた剣客に育て上げた。九頭竜からはすべてを失った自分を救ってくれた存在として、実の父親のように慕われている。九頭竜が売薬りと殺し屋稼業のために旅立ってからは、立山にある地獄谷と呼ばれる谷の奥で隠棲していた。のちに検校鯨針の口から正体が明かされており、九頭竜の義父こそが、九頭竜の母親を殺害し、九頭竜の前金物を残した張本人であることが判明する。しかし育てられた恩義から、九頭竜が義父を恨むことはいっさいなかった。
天涯
武田一族の末裔を名乗る老年の男性。九頭竜の前金物が莫大な金の隠し場所を示すことを知っており、一族の再興のためにそれを探り当てることを目的としている。ふだんは琵琶法師として活動しており、穏やかな好々爺といった姿勢を取っている。盲目ながら身体能力が極めて高く、敵対する軍勢を単独で圧倒するほどの力を持つ。また、息子である幽鬼をはじめ、でくやこぶ猿などといった優秀な部下を擁しており、独断行動をとりがちな彼らを取りまとめるなど、指揮能力も卓越している。目的のためなら手段を選ばず、九頭竜の前金物を知る人に対して不本意な様子を見せつつ拷問を行うことがある。一方で、大金にはさほど興味を示しておらず、それにもかかわらず九頭竜の前金物を集める目的として、自分の生きる意味を見いだすためであると語っており、九頭竜と似た者同士であることをうかがわせている。九頭竜とは、九頭竜の前金物を巡って幾度となく争いを続けており、最強の敵として認識し合っている。
蛇姫
天平の姉で、天涯と敵対する勢力に所属するくの一。天涯の一派に捕えられて拷問にかけられた九頭竜を救い出し、共に戦うように持ちかけた。当初は所属勢力の上層部から命じられるままに戦っており、九頭竜の前金物についてもよく知らなかった。しかし、天平が天涯の一派に殺害され、九頭竜が前金物の収集に命を懸けるさまを見て、次第に九頭竜の前金物に興味を持つとともに、九頭竜に対して恋愛感情を抱くようになる。蛇姫自身の過失によって十目吉を失うと、それに強い責任を感じ、九頭竜のそばにいたいという理由もあり、彼らに同行を申し出る。それからは藤兵衛と共に九頭竜の調合した薬の売り子を営みつつ、九頭竜の前金物を収集するために精力的に活動を続けており、次第に藤兵衛からもその人柄を認められるようになる。
吾一
エピソード「一番目の闇送り」に登場する。九頭竜が行脚をしている最中に出会った男性で、「桑畑の吾一」と呼ばれている。労咳を患っており、余命いくばくもない状態にある。九頭竜の善意によって薬をゆずり受けるが、吾一と誤認したというだけの理由で九頭竜に刃を向ける武士がいるなど、明らかに堅気ではない様子が見られる。その正体は、かつて安五郎から座を追われた庄屋の息子で、死を迎える前に安五郎を殺し、家族の仇を討つことを目的としている。病の身でありながら剣の腕は卓越しており、安五郎に付き従う武士を難なく突破し、彼の住処へとせまるほど。
安五郎
九頭竜が行脚をしていた際に立ち寄った土地の庄屋を務めている男性。かつて吾一の父親から、あくどい手を使って庄屋の地位を奪い取った。そのために吾一からは恨まれており、ある伝手から彼が現れたと知り、復讐されることに怯えるようになった。そんな折に九頭竜が訪れ、殺し屋である彼に吾一の始末を依頼。その際に90両を要求されるものの、背に腹は代えられないとしてしぶしぶ了承した。九頭竜が首尾よく吾一を倒すと、90両が惜しいという理由と九頭竜の情報収集能力への脅威から、口封じのために手下と共に彼を襲撃する。
調所 笑左衛門
薩摩藩城代家老を務めている男性。切れ者として知られており、かつては一介の茶坊主に過ぎなかったが、先代と先々代の家老が相次いで隠居したことで家老にまで成り上がった。裏で偽金作りを行わせており、それを見抜いた九頭竜を家に招き、影武者の海老原清煕に応対させた。さらに、九頭竜が海老原の素性も知っていることがわかると、用心深さと大胆さを併せ持つとして彼を気に入り、偽金作りに関して口をつぐませる代わりに、富山の売役人を薩摩藩に出入りさせても構わないという内容の約定を提供した。しかし内心では九頭竜を信用しておらず、彼が屋敷から出たタイミングを見計らって、口封じとして始末するための暗殺者を差し向けた。実在の人物、調所広郷がモデル。
海老原 清煕
調所笑左衛門の影武者を務めている男性。調所に対して強い忠誠心を抱いており、彼が指示している偽金作りも、財政改革のためならやむを得ないことであると考えている。また、調所からも強く信頼されており、自分よりよほど家老らしい貫禄があると賞賛されている。調所の命により、彼に成り代わって九頭竜との会談を行う。その際、当初は彼の主張を作り話であると断じるものの、彼の理路整然とした言い分に言葉を詰まらせていく。
喜作
因幡国にある村で暮らしている男性。かつては異国の宿で番頭を務めていたが、主人の妻であったせつと駆け落ちをして、因幡国へと落ち延びた。このような過去から、できるだけ他者からの詮索を避けるように心がけており、せつに対してもそう望んでいた。九頭竜がせつの素性と事情を知っていることを知ると、口封じのために彼を殺そうとする。
せつ
出雲屋の主人に、借金を免除する代わりに無理やり妻にされた女性。その境遇を悲観していたところで、出雲屋の番頭であった喜作と駆け落ちをし、共に因幡国にある村で暮らし始めた。このような過去からせつ自身が喜作の妻であることを隠しており、訪れた九頭竜に対して「みよ」という偽名を使っていた。九頭竜が素性と事情を知っていることを悟ると、自分を抱かせる代わりに、誰にも素性を明かさないように願う。九頭竜は出雲屋の主人から二人の殺害を依頼されていたため、スキを見て首を絞めようとするが、その際に母親が死んだトラウマがよみがえったために実行に移せず、殺されそうになったことも知らないまま見逃された。しかし翌日、喜作が口封じのために九頭竜を襲ったところで返り討ちに遭い、彼を失ったことで深く絶望する。
出雲屋の主人
出雲屋と呼ばれる宿の主人を務めている男性。かつて借金のカタとして強引にせつをめとっていたが、ある時番頭として働いていた喜作と共に駆け落ちされてしまう。この出来事を許すことができず、訪れた九頭竜に二人の殺害を依頼した。
漆間屋
立山の豪商である「漆間屋」の主人を務めている男性。九頭竜の義父が毒殺された際に、漆間屋を示すダイイングメッセージを残していたため、九頭竜から関連を疑われていた。しかし漆間屋自身も、九頭竜の義父と同じく毒を使った手口で殺害されたため、九頭竜からは何者かに利用された揚げ句に口封じされたと推測される。また、お篠と親しくしていた十目吉が毒殺の犯人と疑われるきっかけとなってしまう。
お篠
漆間屋の娘で、十目吉から惚れられている。お篠本人も十目吉を憎からず思っていたが、近いうちに政略結婚を行うことになっていたため、思いを断ち切ろうとしていた。そのため、のちに父親である漆間屋が何者かに毒殺され、その犯人として十目吉が疑われることになった際も、彼が無実であると知っていながらも、かかわりを断つために彼の潔白を示す証言を拒否してしまう。
浪花屋
大阪の平河町に本拠を構える豪商を務めている男性。商才は確かだが、顔がよくないためにコンプレックスを抱いている。お糸と呼ばれる女性に心底惚れ込んでいるが、彼女からはそっけない態度を取られ続けている。そのため、売薬のために訪れた九頭竜に対して惚れ薬を作ってほしいと申し出る。九頭竜も当初は断ろうとするものの、浪花屋が九頭竜の前金物らしきものを所有していたことから、その情報を引き出すために依頼を承諾した。
お糸
浪花屋に目をかけられている女性。しかし彼の器量がよくないからか、お糸本人は浪花屋をあまりよく思っておらず、そっけない態度を取り続けていた。だが、浪花屋が九頭竜の前金物らしきものを所有していたことから、その情報を得るための取っ掛かりとして、九頭竜によって惚れ薬を装った自白剤を投与されてしまう。
紀乃
信州の庄屋の娘。赤鬼と呼ばれる悪漢からいけにえとして差し出されるように要求されている。紀乃自身は、村を守るためとしてその運命に従おうとするが、実際はかつて赤鬼にいけにえとして差し出された女性が強姦されて生まれた娘である。また赤鬼自身の娘でもあることが、庄屋の証言から判明しており、紀乃はこの事実を知らないまま、赤鬼にささげられてしまう。
赤鬼
信州の土地を手下と共に荒らし回っている悪漢。赤鬼自身を土地の守り神であるかのように装っては、月に一度土地に住んでいる女性をいけにえとしてささげるように要求し、ささげられた女性を弄んで楽しんでいる。かつては修験者としてまじめに修行に励んでいたが、ある時「火渡り」と呼ばれる修行を行う際に、あやまって顔に大やけどを負ってしまい、絶望から自棄になり、現在のような暴挙に至るようになった。かつて強姦した女性とのあいだに生まれた紀乃をいけにえとしてささげるように要求し、その横暴に耐えかねた庄屋によって、殺し屋として九頭竜を差し向けられた。
猪吉 (いのきち)
千国街道の周辺で暮らしている青年で、青年神城の猪吉を自称している。ややお調子者なところがあり、ことわざを使うことを好んでいる。確かな剣の腕を持っているうえに手先が器用で、複数の刃を遠くに飛ばす機構を備えた刀を自力で開発している。腹痛に苦しんでいたところで九頭竜と出会い、彼の調合した薬を飲む事でことなきを得た。そのことに深い恩を感じて、自分の名前を教えるとともに、困ったことがあれば力になると約束する。忠義に厚い反面、考えなしに動く悪癖を持っており、尊敬する猫虎の安五郎が快く思っていないという理由で、独断でお蝶の大切な人である銀次郎の殺害を企てていることが判明。九頭竜からそれを止めるように忠告されるがまったく聞く耳を持たないまま、奇襲のために飛び出していってしまう。
お蝶
千国街道の周辺で暮らしている住民たちを束ねている女性。女性ながら肝が据わっており、血の気の多い住民からも慕われている。銀次郎に惚れ込んでおり、最近になって彼の身の安全があやうくなっていることを懸念している。千国街道を通りがかった九頭竜が、誤解によって襲われながらも難なく切り抜けて見せたところを目の当たりにし、銀次郎を守りつつ、彼を狙う殺し屋が現れた場合、これを始末するという旨の取り引きを持ち掛け、承諾させた。
銀次郎
千国街道で馬貸しの主人を務めている男性。住民たちの暮らしをよくすることを考えており、その一環として、宿場町を経由せずに目的地に直行する「中馬」と呼ばれるシステムを考案する。これによってよけいな通行税を払わずに済むようになり、住民たちから広く感謝されるようになった。千国街道の周辺で暮らしている住民たちを束ねているお蝶も例外ではなく、妻も子もいる身でありながら、彼女に惚れられている。一方で、猫虎の安五郎ら宿場の関係者からは、通行税を取れなくなった恨みを買うようになり、猫虎の安五郎の配下である猪吉から命を狙われる羽目になる。
猫虎の安五郎
千国街道で宿場を営んでいる男性。千国街道を横断する人々から通行税を取り、その見返りとして宿を提供していた。しかし、銀次郎が発案した「中馬」と呼ばれるシステムによって、宿場町を経由せずに目的地に直行する旅人が増えたため、そのことを苦々しく思っている。評判は人によってさまざまで、お蝶からは卑怯者のそしりを受けているが、その一方で猪吉からは深く尊敬されている。
康庵
宮城にある石橋村と呼ばれる村で、医者を営んでいる老年の男性。お由紀と伸太郎の父親。九頭竜とは顔見知りの間柄で、有能かつ穏やかな性格から深く敬われている。一方で父親としては問題があり、優秀なお由紀ばかりを褒めていたため、伸太郎が非行に走る一因をつくってしまっている。
お由紀
宮城にある石橋村と呼ばれる村で、父親の康庵と共に暮らしている女性。九頭竜とは顔見知りの間柄で、互いにその人柄を慕っている。幼い頃から利発な子であると知られており、康庵からは弟の伸太郎と比較されて育ったことを自覚している。また、自分が原因でやけどを負っていたにもかかわらず、康庵が理不尽に伸太郎を叱ったこともあり、そういった積み重ねが鬱屈となってやがて伸太郎が非行に走ったと考えており、悩んでいる。そのため、姉弟の溝を埋めることを望んでおり、九頭竜に対して伸太郎の行方を捜してほしいと依頼している。
伸太郎
康庵の息子で、お由紀の弟。子供の頃から出来のいいお由紀と比べられて育ったことで、家族に対して不満を抱いていた。そして、お由紀の過失で彼女がやけどを負うと、康庵から一方的に叱られてしまい、これが原因で二人に対して憎悪を募らせていき、やがて非行に手を染めるようになる。さらに、旧友であった幸平に見初めた女性を奪われたことに逆恨みをして、ついには街のごろつきと結託して幸平の娘を誘拐し、身代金として1000両もの大金を要求するという暴挙に出てしまい、これを止めようとする九頭竜と対決することになる。
幸平
宮城にある石橋村と呼ばれる村に住んでいる男性。伸太郎とは友人であったが、彼が見初めた女性と愛し合うようになり、のちに結婚したことから嫌がらせを受けるようになり、幸平自身も伸太郎を卑怯者と誹謗するようになる。さらに、娘を伸太郎の配下となったごろつきに誘拐され、身代金として1000両もの大金を要求されてしまう。
弥吉
九頭竜が行脚で訪れた山道で出会った少年。薬を作るために「龍の髭」と呼ばれる茎を集めている。勤勉かつ勇気があり、さらに家族を大切にする姿勢もあって、九頭竜からもすぐに気に入られたが、龍の髭を集める理由を尋ねられると口をつぐんでしまう。祖父や母親のお民を強く慕っているが、数年前に父親が殺害され、お民も何者かに連れ去られたという。そして、祖父が数日前に逝去したことをきっかけに、お民を取り戻すために単身乗り込もうとしていることを九頭竜に明かした。
お民
弥吉の母親で、器量よしとして知られている。数年前に亭主を何者かに殺害されたうえ、何者かに連れ去られており、弥吉や家族とは長いこと顔を合わせていない。弥吉から依頼を受けた九頭竜によって、家族のもとに帰る手助けをされるが、お民を連れ去ったと思しき男は、お民こそが亭主の殺害を指示した黒幕であると主張している。
宗平
九頭竜が行脚で訪れた村に住んでいる老年の男性。娘と二人で暮らしているが、病を患っているうえに、検校鯨針というあくどい借金取りに苦しめられている。娘の頼みを受けた九頭竜に薬を無料で差し出され、その好意に心からの感謝の意を示していた。彼が持っていた九頭竜の前金物を見た途端、人が変わったかのように怯えだし、すぐに出ていくようにとせまるようになる。
検校鯨針
九頭竜が行脚で訪れた村に住んでいる老年の男性。かつて出所不明の資金を使って検校の地位を得た。それ以来、検校金貸しを営むようになり、莫大な金利を要求するなどの横暴で人々を苦しめている。被害者の一人である宗平の証言から、九頭竜の前金物を所有している可能性が浮上しており、九頭竜からは家族の仇ではないかと疑われる。そして、乗り込んだ九頭竜から真相を語るように問いただされるが、これに対して、九頭竜の前金物は九枚そろえることで初めて意味を成すこと、そして、九頭竜の家族を殺害した犯人が、彼を引き取った九頭竜の義父である可能性が高いことを示唆した。さらに、九頭竜の前金物を賭け、九頭竜と一対一の決闘を持ちかける。修験道を修めているだけあってその実力は極めて高く、九頭竜とも互角に渡り合うほど。
孔雀長屋の住人
「孔雀長屋」と呼ばれる長屋の一室に住んでいる男性。あくどい方法で稼いでいる男に口止め料を要求したことがあり、そのことが原因で九頭竜を殺し屋として差し向けられている。潔い性格をしており、殺し屋を差し向けられていると知った時も、相手に対して多少の不満こそ覚えたものの、十分に生きたし自分にはどうすることもできないからと、堂々とした態度を取っている。しかし、篠が窃盗を働いていることを知った際は取り乱しており、事情を話した九頭竜に対し、最期に彼女と話す時間が欲しいと懇願する。
篠
「孔雀長屋」と呼ばれる長屋の一室に住んでいる女性。父親と二人で生活しており、器量がいいと言われているほか、若干荒っぽいものの性格もよいため、「孔雀の尾」と呼ばれ、長屋やその周辺では人気者として知られている。孔雀長屋の住人からもその人柄を認められており、父親と二人で幸せになってほしいと願われていた。しかし、窃盗を働いて九頭竜を巻き込もうとしたり、結婚詐欺まがいの行いをしたりするなど、不審な行動を取っていることが発覚する。
もえ
ちづるの母親で、二人で観音巡りをしている。ちづるが尋常ではない怯え方をしているため、その面倒を見るのに難儀をしているが、それでも観音巡りを完遂したいと願っている。旅先で出会った九頭竜に対して、ちづるが何者かに狙われているということを明かし、報酬を支払う見返りとして自分と彼女を守るために観音巡りに同行してほしいと申し出るが、その先で実際に何者かに襲撃されてしまう。
ちづる
もえの娘で、二人で観音巡りをしている。つねに怯えており、何者かにつけ狙われていると訴えている。観音巡りの最中で、もえが護衛として九頭竜を雇うものの、恐怖に打ち震える態度にまったく変化は訪れなかった。さらに道中で一人になった途端、悲鳴を上げて「あの男が来た」と実際に何者かに襲われたような素振りを見せた。
でく
「石切村」と呼ばれる村落で暮らしている男性。本名は明かされておらず、極めて巨大な体軀とそれに見合った怪力を持っているが、頭が大して回らないため、仲間内では「でく」と呼ばれている。武田一族の再興を志しており、天涯の命令に従って九頭竜の前金物を収集するために暗躍している。戦闘の際にはこぶ猿とコンビを組むことが多く、こぶ猿が呼び出した大量の猿で目標をかく乱させたスキを狙い、羽交い絞めにして絞め殺すという戦法を得意としている。
こぶ猿
「石切村」と呼ばれる村落で暮らしている男性。本名は明かされておらず、猿に似た容貌をしていることと、口笛を吹いて自在に猿を呼び出してあやつる能力を持つことから、仲間内では「こぶ猿」と呼ばれている。武田一族の再興を志しており、天涯の命令に従って九頭竜の前金物を収集するために暗躍している。戦闘の際にはでくとコンビを組むことが多く、九頭竜を標的に選んだ際には、彼が天涯に気を取られているスキをついて猿を呼び出し、身動きを封じたところをでくに捕えさせて無力化させることに成功している。
幽鬼
天涯の息子で、彼に匹敵する実力を持つすご腕の剣客。しかし、過去に患った病の影響で言葉を話すことができない。本名は明かされておらず、幽霊を思わせる不気味な容貌と、鬼の爪のように鋭い斬撃を放つことから、仲間内では「幽鬼」と呼ばれている。武田一族の再興を志しており、父親である天涯の命令に従って九頭竜の前金物を収集するために暗躍している。しゃべることができないためにその真意を計ることは困難だが、天涯に対しては忠実で、彼が実際は武田一族の再興を志しておらず、九頭竜の前金物を集めている理由が個人的な意地であることを知ってからも、共に戦おうとする様子を見せている。
天平
天涯と敵対する勢力に所属している少年で、蛇姫の弟。天涯の一派に捕えられて拷問にかけられた九頭竜を蛇姫と共に救い出し、いっしょに戦うように持ちかけた。手先が器用で、九頭竜が奪われた刀を奪還したり、九頭竜の前金物が入っている巾着を奪ったりと、他者の所有物を盗み取る任務において大きな活躍を見せている。
公家
京都で暮らしている公家の男性。落ちぶれた暮らしに悲観していると訴え、藤兵衛に対して自殺するための毒薬を売ってほしいと願い出る。しかし、九頭竜が自ら面会した際には、部下の鬼十毒殺こそが真の目的であると暴露した。当初はその理由を、鬼十が妻と不倫をしているためであると訴えたが、本当の目的は別にあり、九頭竜の前金物にかかわっていることを明かし、九頭竜の興味を引いた。
鬼十
京都で暮らしている公家の従者を務めている青年。もともとは流れ者の剣客として各地を巡っていたが、公家から「追儺(ついな)」(節分)の大役を果たすために雇われ、その後も有能さから彼の手元に置かれていた。しかし、鬼十自身は公家に終始仕えるつもりは毛頭なく、彼の妻と不倫をしたり、九頭竜を一目見るなり興味を抱くなど、不審な様子を幾度となく見せる。ついには公家から命を狙われることとなるが、すぐにそれに気づいたばかりか、そのことをまったく気にしていなかった。のちに九頭竜の前金物の一つを所有していることが発覚しており、九頭竜からも若い身の上ながらどういった経緯で九頭竜の前金物を手に入れたのかを注目されるようになる。
もと
四国の商家である「松本屋」に仕えている少女で、年齢は12歳。幼いにもかかわらず、勤勉で気立てがよく、子守の仕事などを任されている。貧しい島の出身で、10歳の時に身売りに出されたが、それにまったく悲観することなく、雇い主である主人からもその人柄を高く評価されている。九頭竜の前金物の存在を知っており、人減らしを求められた際に、苦しむことなく子供を堕胎させられる薬を母親のみのへと届ける見返りとして、九頭竜に対して情報提供を行っている。
みの
四国の孤島に住んでいる女性で、もとの母親。10歳の時にもとを身売りに出したことから、彼女に恨まれていると思い込んでいた。しかし、実際は現在も大切に思われており、人減らしが必須とされる島において最も重要なものとされる堕胎のための薬を九頭竜を介して提供され、深く感動していた。一方で、九頭竜の前金物に関する要件が書かれた手紙をひそかに受け取っており、このことから夫を欺かざるを得なくなり、苦悩することとなる。
叶屋
商家の主を務めている男性。街の治安が悪化していることを憂いており、ある事件を解決した九頭竜の活躍を見込んで、殺し屋としての依頼を行う。当初は街で暴れるごろつきを成敗してほしいという旨の内容であったが、実際は脅迫を受けていることが主な理由であり、さらに実行犯の中には叶屋の息子が含まれていることが発覚している。
叶屋の息子
街のごろつきと結託して悪さを働いている青年。父親である叶屋との関係は非常に悪く、息子でありながら彼を脅迫している。その所業に耐えかねた叶屋から、殺し屋として九頭竜を差し向けられた。しかし、脅迫を行うに至った理由は、叶屋のかつて行った暴挙に対する抗議としての意味合いを持っており、叶屋の息子自身は、父親こそが真の悪党であると断じている。
高木屋
商家の主を務めている男性。九頭竜の前金物の秘密を知っており、さらに複数個を所有したうえで家の土蔵に厳重に保管している。現在においても、九頭竜の前金物を求めて世界各国で旅を続けているが、高木屋の妻がそのスキを見計らって不倫に手を染めていることには気づいていない。
高木屋の妻
色好みと知られている女性。夫である高木屋が九頭竜の前金物を求めて旅を続けているあいだに、訪れる男性を引き込んでは不倫に手を染めている。藤兵衛からその悪癖を知られており、九頭竜に彼女を誘惑させることで、九頭竜の前金物を盗み出す取っ掛かりとして利用されることとなった。一方で、高木屋が九頭竜の前金物を収集しているのは高木屋の妻の意向によるものであることが判明しており、このことから九頭竜からは内心で嫌われている。
神楽の舞い手
修験者の一大勢力に所属している青年。とある儀式を行う際に、「神楽舞」と呼ばれる役割を担わされる。九頭竜の前金物の存在を知っており、仲間たちが複数持っていることも把握している。好色な面を持っており、神楽舞を行うにあたって1か月のあいだ女性に触れることを禁じられたため、つねに恋人と行動を共にしていた。一方で仲間意識は薄く、九頭竜と藤兵衛が修験者の仲間たちを騙して殺し、九頭竜の前金物を奪って逃走しても、怒るどころかその手並みを賞賛し、このことを誰かに密告することもしなかった。
金の守り手
九頭竜の前金物が示す埋蔵金の監視を務めている男性。かつては大勢の仲間がいたが、やがて埋蔵金への欲望から殺し合いが発生し、唯一生き残ったものの、精神を病んでしまう。それ以降は山賊のようになり果て、近隣の村を襲うなどといった悪行を働いていた。一方で、埋蔵金を守る役割だけは愚直なまでに守っており、埋蔵金に近づいた人間に対しては問答無用で襲い掛かっている。
場所
千国街道
長野を横切る北陸街道と、新潟に通じる北国西街道を結ぶ街道。「仁科街道」とも呼ばれている。この街道の宿場は、旅人よりも荷物が優先といった伝馬宿がほとんどで、参勤交代の大名も通らず、居酒屋や旅籠といった施設もわずかしかなかった。そのため、牛や馬などを用いて荷を運び、それを生業としている人々に通行税が課せられていたのだが、銀次郎によって宿場を中継せず目的地を目指す「中馬」と呼ばれるシステムが発案され、それに反対する猫虎の安五郎との諍いが発生する原因となってしまっている。
その他キーワード
九頭竜の前金物
竜のような姿を形どった彫り物。九頭竜の生まれ故郷である村を襲撃され、村人のほとんどを殺害された際に、九頭竜の母親の遺体のたもとに落ちていた。自身の記憶を失った九頭竜は、出生の謎や村を襲撃された理由につながると信じており、世界各地を巡っては、九頭竜の前金物に関する情報を求めている。そして旅を続ける中で、九頭竜の前金物は、その名のとおり九つ存在していること、そして九つの九頭竜の前金物を集めることで、莫大な財産が隠されている場所が明らかになることが判明する。