概要・あらすじ
禄高15俵2人扶持の下級武士である伊武谷万二郞は、一徹にして直情なる性質を父から受け継ぎ、その性格から騒動が絶えなかったが、安政の大地震で群衆を安全な場所へ導いた統率力が老中の目にとまり、通商使節タウンゼント・ハリスの警護役となり、通詞ヘンリー・ヒュースケンとの交流から外国人の考え方を知る。
一方、大阪で緒方洪庵の適塾に入門していた蘭方医・手塚良庵は、江戸に戻ると父の手塚良仙とともに種痘所設立にかり出され、その後は歩兵屯所付医師となる。政争に巻き込まれるたびに絶望を深める伊武谷万二郞はやがて力ずくの改革を企てるがその前に将軍・徳川慶喜は江戸城を逃げ出してしまう。
あくまでも徳川に忠義を貫く伊武谷万二郞は官軍に抵抗する彰義隊に加わるため上野へ向かうのだった。
登場人物・キャラクター
伊武谷 万二郞 (いぶや まんじろう)
『陽だまりの樹』の主人公のひとり。生年天保元年(物語の始まった時点で26歳)。松平播磨守家中。隠居した父の禄を継いで出仕。禄高15俵2人扶持。千葉周作の玄武館に入門するが3日目に千葉周作は死去。体力があり、毎朝、出仕の際の早駆けで完走。不器用、無鉄砲な性格から争いごとに巻き込まれることがしばしば。 斬り合いに当たってはマイペースとなり戦わずして敵を呑む戦いぶりを見せる。安政の大地震で、群衆を安全な場所に導いた統率力が老中筆頭阿部正弘の目にとまる。アメリカ人下田総領事タウンゼント・ハリスが宿舎とする玉泉寺の常任警護役を命ぜられるが、安政の大獄で、一橋派とみられた伊武谷万二郞も政争に巻き込まれ、無実の罪で死罪になろうとするところ、手塚良庵らの手で救い出され九死に一生を得る。 その後、幕府から百石で召し抱えられ歩兵組隊長となり、後に歩兵隊大隊長となるが、保身に走る幕府閣老らに勝海舟が解任されると同時に伊武谷万二郞も解任。幕府の再興を願う伊武谷万二郞は絶望するが、あくまで幕臣であることにこだわって、上野の彰義隊に加わった。 敗走した後の消息は知られていない。
手塚 良庵 (てづか りょうあん)
『陽だまりの樹』の主人公のひとり。常州府中藩の藩医で三百坂の蘭方医・手塚良仙の息子。清河八郎と斬り合いをして刀傷を負った伊武谷万二郞を手当てしたのが最初の手術となる。親子そろって女遊びが好きで大阪へ旅立つ際には、芸者が多く集まり見送る。遊び好きだが、真剣になるときには脇目も振らずに打ち込む。 善福寺の住職の娘おせきを見そめて、同じく、おせきに思いを寄せる伊武谷万二郞と同時に結婚を申し込む。緒方洪庵の適塾に入塾。江戸に帰る船で見かけた娘おつねに手を出し、実はそれが自分を訪ねてきた許嫁だとわかり、縁談を断れなくなる。父の死後、襲名して「手塚良仙」を名乗る。 奥医師となった緒方洪庵の推挙で歩兵屯所付医師となる。明治政府のもとで軍医となり西南戦争に従軍し、赤痢にかかり死亡。手塚治虫の曽祖父であり、実在の人物、手塚良庵がモデル。
手塚 良仙 (てづか りょうせん)
常州府中藩の藩医で三百坂の蘭方医。手塚良庵の父。江戸に種痘所を設けるために伊藤玄朴、太田東海らと活動するが、考証学派の漢方医たちに妨害される。その後、幕府より設立の許可が下り、「お玉が池種痘所」が作られ、のちの東京大学医学部となる。手塚治虫の高祖父であり、実在の人物、手塚光照がモデル。
伊武谷 千三郎 (いぶや せんざぶろう)
神道無念流を学び詩も読む才人だが、一徹にして直情なる性質のため要領よく出世することがなかった。刺客に襲われた手塚良仙を川へ落として逃がし、自分もあやまって川へ転落、心臓麻痺で死ぬ。享年57歳。
おせき
善福寺住職の娘。伊武谷万二郞と手塚良庵の両方から嫁にと申し込まれるが、住職となる者でなければ、と断る。伊武谷万二郞に思いを寄せるが、すれ違いでそれぞれの思いを打ち明けられないでいるうち、善福寺を宿泊所としていたヘンリー・ヒュースケンに貞節を奪われてしまう。 その後は、戦乱を嫌い、平安を神に願い、髪を下ろして尼となる。
綾 (あや)
伊武谷万二郞にとって、父の敵である楠音次郎の妹。兄が結党した真忠組は伊武谷万二郞の歩兵組に征伐され楠音次郎は伊武谷万二郞に斬られる。兄の仇として、伊武谷万二郞に斬りつけるが失敗。取り調べで拷問を受け、脳に異常をきたして綾はその場で倒れ人事不省となり伊武谷万二郞の家で看護されることになる。 伊武谷万二郞と母に看護されようやく回復し、手塚良庵から、伊武谷万二郞が自分を愛していることを知らされ、その嫁となることを承諾する。しかし、祝言をあげた直後、伊武谷万二郞は官軍に抵抗する彰義隊に加わるため綾を残して家を出る。
平助 (へいすけ)
猟師であるが、侍になりたくて伊武谷万二郞に剣を教えてくれと押しかける。居合抜きのような剣法で飛んでくる鳥を切り落とし、猟師の嗅覚で、伊武谷万二郞の敵を見つけ出す一個の怪人。伊武谷万二郞の代わりに丑久保陶兵衛と斬り合い右手首から先を失う。清河八郎の浪士組に加わり望み通り侍となるが、諍いからほかの隊士を斬り脱走。 楠音次郎の真忠組の客人となる。伊武谷万二郞と共に彰義隊に加わり、その後マタギに戻る。
ヘンリー・ヒュースケン
タウンゼント・ハリスの通訳。警護役として赴任した伊武谷万二郞を信頼するようになるが、女癖が悪く、やっかいごとの後始末にしばしば伊武谷万二郞がかり出された。善福寺が宿舎となったとき、おせきを手籠めにして、そのために伊武谷万二郞は彼の警護役の解任を願い出る。その後、丑久保陶兵衛により斬殺される。
タウンゼント・ハリス
アメリカ合衆国通商使節。下田総領事。頑固で偏屈な性格で、日本の役人たちの逃げ口上にいらだち、日本人を信用しない。幕府に対し、将軍徳川家定への直接の謁見を強要する。
お紺 (おこん)
七化けのお紺と呼ばれる夜鷹。おしりに稲荷の宝珠の入れ墨を入れている。生娘に化けて、花岡塾の塾生をだまし、蜷屋のお品を許嫁の約束から解放するのに一役買う。手塚良庵が江戸に戻るとき、共に江戸へやってくる。商才があり、開港した横浜で店を出す。材木商としても成功し女財閥となる。 疱瘡にかかった折に、また、入れ墨を消す手術でも手塚良庵に救われる。
丑久保 陶兵衛 (うしくぼ とうべえ)
インチキ蘭方医に妻さとを子供を産めない体にされ、蘭方を学ぶ者にとどまらず、外国人やそれに追随する者すべてに恨みを抱く。手塚良仙を斬ろうとして伊武谷万二郞に邪魔され、また、伊武谷万二郞がタウンゼント・ハリスの警護をしていることにも憤りを感じて、その命を付け狙うことになる。 伊武谷万二郞と一緒になりたいがために、家系図を譲り受けようと訪れたお品を、伊武谷万二郞への憎しみから手籠めにする。材木商多磨屋の養子・多磨屋成吉にやとわれ、その義父を殺す。お紺を斬ることを依頼され、襲いかかるが、警備に当たっていた伊武谷万二郞の歩兵組に撃たれ、多磨屋成吉を道連れにして死ぬ。
お品 (おしな)
安政の大地震で伊武谷万二郞に救われた群衆の中におり、それ以来、伊武谷万二郞に恋心を抱く。身分の違いをまわりに諭されてもあきらめきれず、武士の家系図を買おうとして丑久保陶兵衛にもちかけるが、彼が怨念を抱く伊武谷万二郞の名を出したため手籠めにされてしまう。丑久保陶兵衛が伊武谷万二郞を斬ろうとしていることを知り、その動きを知りたいがためにあえて共に暮らし、憎しみが結びつける関係の中で1子をもうける。 彰義隊に加わった伊武谷万二郞と最期をともにするべく上野に現れ、望み通り伊武谷万二郞に看取られて死ぬ。
小野 鉄太郎 (おの てつたろう)
旗本・小野鶴次郎の弟。後の山岡鉄舟。千葉道場の若手では不世出の剣豪といわれる北辰一刀流の使い手。清河八郎と伊武谷万二郞の果たし合いを仲裁、捨て身で相打ちを狙う伊武谷万二郞の剣とその飾らぬ性格に男惚れする。清河八郎の浪士組に参加。後に、江戸城明け渡しに際して、勝海舟の使者として西郷隆盛と会談する。 歴史上の実在の人物、山岡鉄舟がモデル。
藤田 東湖 (ふじた とうこ)
水戸藩の碩学。徳川幕府を樹齢300年の桜の木にたとえ、シロアリや木食い虫にむしばまれていると難じる。彼をしたって訪れた、伊武谷万二郞と小野鉄太郎に、枯れかかった徳川幕府の最後の支柱となれと言い、伊武谷万二郞は自分の進むべき道を見いだす。伊武谷万二郞は藤田東湖の「三度死を決してしかも死せず二十五回刀水を渡る」という回天詩史を、ことあるごとに唱える。 安政の大地震で死亡。歴史上の実在の人物、藤田東湖がモデル。
緒方 洪庵 (おがた こうあん)
大阪で種痘を行う除痘館をひらき、苦労して種痘を広める。蘭学の私塾、適塾を開き、福沢諭吉をはじめ、大村益次郎、大鳥圭介、橋本左内など輩出した。体が弱く、請われて奥医師となるが、慣れない土地での無理がたたり吐血して亡き人となる。歴史上の実在の人物、緒方洪庵がモデル。
福沢 諭吉 (ふくざわ ゆきち)
中津藩士。適塾で手塚良庵の同期となる秀才。オランダ語、後に英語も学び、勝海舟とともに渡米使節団に加わる。慶應義塾を創設。彰義隊と官軍との戦いの砲撃が聞こえても、これに動じることなく、講義を続けた。歴史上の実在の人物、福沢諭吉がモデル。
集団・組織
適塾 (てきじゅく)
緒方洪庵の蘭学の私塾。手塚良庵が入門する。福沢諭吉をはじめ、大村益次郎、大鳥圭介、橋本左内などを輩出した。大阪北浜3丁目過書町にあり、1階は大きな土間と仕切ったいくつかの教室、奥に緒方洪庵の書斎と家族室があり、2階はヅーフ・ハルマという辞書をおいたヅーフ部屋、女中部屋、塾生が寝起きする大広間があった。 塾生たちはタタミ1畳1人という窮屈な大部屋に寝泊まりしながら自由気ままかつ勤勉な学生生活を送っていた。
アニメ
書誌情報
陽だまりの樹 6巻 講談社コミッククリエイト〈手塚治虫文庫全集〉
第1巻
(2012-03-09発行、 978-4063738872)
第2巻
(2012-03-09発行、 978-4063738889)
第3巻
(2012-04-12発行、 978-4063738896)
第4巻
(2012-04-12発行、 978-4063738902)
第5巻
(2012-05-11発行、 978-4063738919)
第6巻
(2012-05-11発行、 978-4063738926)