あらすじ
第一巻
ヤクザの組合に所属しているアニキと、その部下である拓也は、組長直々の指令を受け、資金を横領した会計士を追い、彼の逃走先であるアメリカへと向かう。二人は、会計士のGPS反応を手がかりに追跡を続け、ついに彼の居場所をつかむが、そこにあったのはGPSを搭載したスマホと、それを持つ人間の切断された手首だった。拓也は会計士が死んでいると判断し、これ以上アメリカに滞在する必要はないと主張するが、アニキは肝心の持ち逃げされた資金を取り返さなければ意味はないと考え、内心で焦りを募らせる。そんな中、アニキは立ち寄ったレストランで、因縁をつけてきたテッド・マーフィーを、混乱のあまり銃撃して殺害してしまう。警官を殺害したことで二人は追われる身となるが、テッドをためらいなく殺害した彼らに興味を抱いたエミリーが、半ば押し掛ける形で二人に同行することとなった。一行は旅を続けるうちに、会計士が生き延びていることを知り、彼がドン・コルネ・カフェオーレ率いるイタリアンマフィアと裏取引をしようとしている現場へと乗り込む。そしてアニキは、類まれなる銃の腕前を発揮してマフィアをほぼ全滅させて会計士を追い詰めるが、会計士は実は拓也の父親で、拓也はアニキを陥れるための算段をしていたことを語る。アニキは、信頼していた相棒に裏切られたことに動揺するが、これに対して拓也は、会計士を父親などと思っておらず、彼を欺くためにあえて話に乗っていたことを明かすのだった。会計士の自滅を誘うことで任務を終えたアニキは、拓也とエミリーのたくましくも正直な心根を知り、無表情を貫いていた彼も、思わず笑顔を浮かべるのだった。
登場人物・キャラクター
アニキ
日本人の男性。ヤクザ組織に所属している。本名は「橋本一男」だが、名前を名乗ることはほぼなく、親しい仲間からは「アニキ」と呼ばれている。幼い頃に父親が愛人を作って蒸発し、母親が連れ込んだ男に殴られ続けて育ってきた。さらに、誰からも優しくされるどころか、興味すら向けられなかったことから世間に対して冷めた感情を抱くようになり、10歳になる頃には、表情を変えることすらなくなった。12歳を迎えると家を出て公園などで寝泊まりするようになり、万引きを繰り返すことで飢えをしのいでいた。そして、大人になると裏社会組織の門戸を叩き、ほどなくして極道組織の幹部として名を知られるようになった。幼い頃から地獄のような生活を強いられてきたことから絶えず強いストレスに悩まされ、その影響から心因性のインポテンツを発症し、ひそかに強いコンプレックスを抱いている。部下の拓也とは相棒のような関係を築いており、彼が調子に乗った際には心の中で苦言を呈することも多いが、素直な性格と忠誠心を見込んでおり、何かと気にかけている。幼い頃の経験から、現在も感情をまったく表に出さず、周囲の者からは冷静沈着な性格であると思われている。しかし実際は、些細なことで動揺しやすく、焦るあまり後先考えない行動を取ることが多い。一方で、悪運に恵まれており、考えなしに取った行動が巡り巡っていい方向に転じることがよくある。武器の扱いが非常にうまく、拳銃を持たせれば一人で複数の武装した集団を制圧することも可能。しかし格闘に関しては不得手で、拓也から「史上最弱」とまで言われるほど。
拓也 (たくや)
アニキと同じヤクザの組織に所属している青年。日本人の父親とフィリピン人の母親のあいだに生まれたハーフ。母子家庭で育ち、長いあいだ父親の顔を知らずにいた。子供の頃は、その生い立ちゆえに奇異な目で見られていじめられていたが、成績がよいことから一流の私立大学へと進学する。大学時代は、ハーフであることで女性から人気を集め、サークル活動や合コン、ナンパを楽しむなど、悠々自適な生活を送っていた。しかし、その生活も自分の求めているものとは違い、つねに何かに縛られているような違和感を感じていた。ある時、会計士が父親であることを知り、息子であると名乗り出るものの、彼からは金目当てだろうと一蹴され、深い絶望感に苛まれる。それからは生活がすさんでいき、一時は自殺すら考えるほどだったが、組織の中で「橋本一男」と出会い、彼の漢気に触れることで生きる希望を取り戻した。それからは彼を「アニキ」と呼び、本当の父親のように慕っている。だが、単にアニキを盲信しているわけではなく、格闘が不得手だったり、心因性のインポテンツを患っていることにコンプレックスを抱いていることも知っている。そのためアニキのフォローをしたり、窮地を脱するための突破口を開くために利用することもある。ある時会計士から、息子として認めてほしければ作戦の遂行に手を貸せと迫られ、アニキを陥れる片棒を担がされる。しかし、既に拓也にとって父親と呼べる存在はアニキ一人で、逆にアニキを助けるために会計士を利用する。
エミリー
アメリカ人の娼婦の女性。ネブラスカ州の小さな町で暮らしていた。幼い頃から両親をはじめ、周囲からかわいいともてはやされて育つ。エミリーにとって町での生活は退屈でしかなく、16歳の時に新たな刺激を求めて西海岸へと旅立った。しかし、大都市では誰もエミリーに目をくれず、やがて落ちぶれた末に娼婦としての仕事に手を出すようになった。ある時、組の資金を横領した会計士によって買われるが、理不尽な罵声を浴びせられたうえに報酬も満足に支払われなかったため、強い憤りを覚える。そして、あるレストランで偶然出会ったアニキに、会計士を懲らしめるよう依頼する。結果として、この依頼がアニキたちが会計士を追い詰めるきっかけとなった。すさんだ社会を生き抜いてきたために、少々のことでは動じないたくましい性格の持ち主。さらにケンカも非常に強く、ひとたび怒ると並の男を圧倒するほどの戦闘力を発揮する。アニキや拓也と共に、会計士とつるんでいたマフィアに捕まった際は、スキを見せたマフィアの男を蹴り倒し、脱出するきっかけを作った。そしてそのまま、マフィアたちを追い詰めようとする二人に同行し、会計士が自滅するところを見届けた。
会計士
日本人の男性。アニキと同じヤクザの組織に所属している。父親は税理士、母親は弁護士で、父親からスパルタ教育を受けて育つ。その甲斐あって、名門私立大学に進学し、さらに税理士試験も一発で合格するなど順風満帆な人生を歩んでいた。しかし、勉強漬けの生活を続けていたために世間をまったく知らず、些細なきっかけで風俗にはまり、やがて莫大な借金を背負ってしまう。そして、表社会で生きていけなくなり、税理士の資格を活かしてヤクザ組織の会計士として使われるようになった。さらに組織の中で、苦労知らずで遊んでばかりいるのに、自分よりいい生活を送っている組員たちを見たことで性格が歪んでいき、ついには逆恨みをこじらせて、彼らに嫌がらせをしようと考えるようになる。その後、管理していた組の資金を横領してアメリカに逃亡し、現地のマフィアと麻薬の密売取引に手を染めようとする。制裁のためにアニキを差し向けられるが、それも会計士にとっては織り込み済みで、息子の拓也を使って逆にアニキを罠にはめようとする。しかし、アニキを慕っていた拓也からあっけなく裏切られ、最後は取り落とした札束を追って高所から転落するという、自業自得ともいえる最期を迎えた。
テッド・マーフィー
アメリカ人の男性。警察官を務めている。レストランに食事に来ていたアニキと、拓也と偶然鉢合わせて嫌味な態度を向けていた。さらに、二人がジョージから因縁を付けられているところを黙認するどころか、むしろ煽るような態度を取ったことから、任務が困難になり精神的に不安定になっていたアニキの怒りを買い、拳銃で頭部を撃ち抜かれて死亡した。このことから、アニキと拓也はお尋ね者として狙われるようになると覚悟する。しかし、半ば無理やり住民たちに不法を強いており、安全な立場から不法な収益を上げるなどあこぎな行いを繰り返していたことから、多くの人々に恨みを買っていたため、むしろアニキと拓也はヒーローとして一目置かれるようになった。また、実際はドン・コルネ・カフェオーレが率いるイタリアンマフィアによって、現地に差し向けられたスパイだったことがのちに判明する。
ジョージ
アメリカ人の男性。カツアゲなどのチンピラ行為を繰り返している。レストランに食事に来ていたアニキと拓也に因縁をつけ、金銭を脅し取ろうとする。さらに、現地の警察官であるテッド・マーフィーと癒着している場面を見せつけるといった示威行為をするが、アニキがテッドを射殺したことで計画は水の泡となる。その時は恐怖のあまり、アニキや拓也を見送ることしかできなかったが、実際はテッドから賄賂や不法行為などを一方的に命じられていたため、それから解放されたことに恩義を感じている。のちに会計士の率いるマフィアに追われていた彼らを助け出し、武器を融通するなどのサポートを行った。
マフィアの男
アメリカ人の男性。会計士の率いるマフィアに所属している。狂暴かつ卑劣な性格の持ち主で、会計士を追い詰めようとしたアニキと拓也、エミリーに闇討ちを決行し、別室に監禁する。さらに、格闘が不得手なアニキを拳で追い込むが、背後からエミリーの強烈な蹴りを食らい、三人が脱出するスキを与えてしまう。のちに、アニキたちが会計士を追い詰めた際に再び現れ、拓也を背後から銃撃する。急所が外れていたことで拓也は一命を取り留めるが、アニキは拓也が死亡したものと思い込み、彼の怒りに身を任せた素手の攻撃に圧倒されて再起不能となる。
ジェシカ
アメリカ人の女性。歌手を志している。エミリーと同じくネブラスカ州の小さな町で育ったが、野暮ったい見た目をしていることからエミリーからは軽く見られていた。しかし、地道に努力を重ねた末に「アメリカンヴォーカル」への出場権を獲得し、偶然ながらそれを見たエミリーに驚きの目を向けられると共に、世の中は地道に努力する価値があることを思い出したと、感動の涙を流される。しかし、エミリー自身は娼婦に落ちぶれていたため、ジェシカの成功自体は彼女に快く思われていない。
ドン・コルネ・カフェオーレ
イタリア人の男性。ラスベガスを根城としたイタリアンマフィアの首領を務めている。東洋人である会計士と秘密裏に交渉の場を持ったり、アメリカ人のテッド・マーフィーをスパイとして警察に潜り込ませるなど、人種を問わずさまざまな相手と取引をしている。テッドがアニキに殺害されたことを知ると、会計士との取引現場で彼がドン・コルネ・カフェオーレ自身の手先であることを暴露し、アニキと同じ組織に所属している会計士を、連帯責任として部下に殺害させようとする。しかし、会計士とイタリアンマフィアの両方をまとめて始末しようと目論むアニキに殴り込みをかけられ、彼の銃撃によって急所を貫かれて死亡した。
集団・組織
イタリアンマフィア
ラスベガスを根城としているマフィア組織。ドン・コルネ・カフェオーレが首領の座に君臨している。構成員の一人であるテッド・マーフィーをスパイとして警察に派遣していることから、万全の情報網を有している。会計士の率いるマフィア組織と取引を行おうとするが、テッドが会計士と同じ組織に所属するアニキに殺害されたことから、けじめのために会計士を始末しようとする。そこを、会計士を狙うアニキによって襲撃され、彼の手によって全滅に追いやられる。
その他キーワード
アメリカンヴォーカル
アメリカで放送されているテレビ番組。番組内ではアメリカンドリームを体現したような歌謡オーディションが行われ、そこで優勝すると一躍スターとして認識されるようになる。歌手を志望しているジェシカが出演しており、たまたまそれを見ていたエミリーに感動と嫉妬心の両方を植え付ける。そして、のちにジェシカが落選したことが放送されると、エミリーは喜びを露わにする。