『PLUTO』連載の経緯
2003年4月7日は、漫画の中で設定されたアトムの誕生日である。現実世界でその日が近づいた際、手塚プロダクションによるアトム生誕記念企画が持ち上がった。その話を聞いた浦沢直樹は、「『地上最大のロボット』をリメイクするくらい気骨のある漫画家はいないのか?」と発言するが、自分で描くつもりはなかった。同作はアトムの中でも最も人気のあるエピソードで、浦沢自身幼い頃に感動し、自身の創作の原点といっても過言ではない作品である。「そんな偉大な作品に挑むなんてとんでもない」という気持ちが強かったという。しかし、その後プロデューサーの長崎尚志と打ち合わせをするうちに、『PLUTO』の骨組みが出来上がり、すごく面白いと思えるものができてしまった。そうなると、他人に渡したくないと考えるようになり、手塚プロダクション、手塚眞から正式な許諾を得て連載することになったという。
ロボットと人間が殺害された二つの事件
スイスでは、世界的に有名な山案内ロボットのモンブランがバラバラの状態で発見され、デュッセルドルフではロボット法擁護団体の幹部、ベルナルド・ランケの遺体が見つかる。どちらの亡骸(なきがら)も、頭に棒状のものが突き刺さっており、2本の角が生えているようだった。また、モンブランの破壊は人間には不可能であり、ランケの殺害現場に人間の痕跡はなかった。以上のことから、ユーロポールのロボット刑事、ゲジヒトは、二つの事件がロボットによるもので同一犯の可能性が高いと考えた。しかし、設計上ロボットは人に危害を加えることはできないはずである。ゲジヒトはかつて人間を殺した唯一のロボット、ブラウ1589が幽閉されている施設を訪れ、彼に意見を求める。そこでゲジヒトは「2本の角が冥王、プルートゥを現していること」「モンブランに続き残りの世界最高水準のロボット6体が狙われていること」を示唆される。情報を得たゲジヒトは、危険を伝えるために、6体のロボットたちを訪ねる旅に出る。
大胆なアレンジと変わらないテーマ
本作は、手塚治虫の「地上最大のロボット」を原案にしながら、数々の変更を加えている。連載当時に起きたイラク戦争を色濃く反映したストーリーになっている点、多くのロボットたちが、本物の人間のようなデザインに変更されている点、憎悪の感情によりロボットが人間に近づく点などである。また、主人公をロボット刑事、ゲジヒトに変更し、殺人事件の解明と犯人の正体を探る構成にしたことで、ミステリーやサスペンスの面白さが加えられた。その一方で、憎しみからは何も生まれないこと、戦争の愚かさといった「地上最大のロボット」に込められた、普遍的なメッセージは変えることなく伝えている。
登場人物・キャラクター
ゲジヒト
ユーロポールの特別捜査官で、世界最高水準ロボット7体のうちの1体。4年前の第39次中央アジア紛争の際には治安警察部隊に派遣されテロリストの鎮圧任務に当たっていた。人間とほとんど変わらない外見を持ち、同じくロボットである妻ヘレナと共にユーロ連邦、ドイツのデュッセルドルフに在住している。 普段は沈着冷静で的確な判断を下す一方、時折発生する悪夢とフラッシュバックに悩まされており、以前に自分の記憶が改竄されているのではないかと疑問を持つようになる。特殊合金のゼロニウムで作られており、電磁波や熱線に強い耐性を持つ。
アトム
少年の姿をしているがゲジヒトと同じく世界最高水準ロボット7体のうちの1体。日本のトーキョーシティに在住し、人間の子供たちと一緒に小学校に通っている。4年前の第39次中央アジア紛争の際には平和維持軍として現地に入り、「平和の使者」と呼ばれた。ロボットとは思えないほど感情表現が豊かで思慮深い。 トーキョーシティで発生した法学者殺人事件の捜査を手伝う中でPLUTOの存在を知り、事件の謎を追っていく事になる。同じくロボットである妹のウランがいる。
ウラン
少女の姿をした高水準のロボットでアトムの妹。アトムと同じく人間の子供たちと一緒に小学校に通っている。やんちゃな性格で思った事はハッキリ言う一方、弱い者を助けようとする優しい一面も持っている。遠くにいる人間や動物の強い不安感などを察知する能力があり、自分でも気付かないうちにPLUTOの謎に関わってしまう。
お茶の水博士 (おちゃのみずはかせ)
トーキョーシティにある日本の科学省長官。優れた科学者であると共に生物にもロボットにも分け隔てなく愛情を注ぐ人格者でありアトムやウランの成長を温かく見守っている。4年前の第39次中央アジア紛争の際にはボラー調査団に加わっていたため、何者かに命を狙われる事になる。
天馬博士 (てんまはかせ)
お茶の水博士の前任の科学省長官で天才的な頭脳と技術を有する。一人息子の天馬飛男を交通事故で失い、彼の代わりとして超高性能ロボットアトムを作り出すが人間とロボットとの差を感じさせられ、彼を失敗作としてサーカスに売り飛ばす。その経験から、完璧なロボットを作るためには憎悪が必要だという持論に至る。
天馬 飛男 (てんま とびお)
天馬博士の一人息子だが交通事故で死亡する。天馬博士は彼をモデルとして超高性能ロボットのアトムを作り出す。
モンブラン
ゲジヒトやアトムと同じく世界最高水準ロボット7体のうちの1体。スイス林野庁に所属し山案内ロボットとして世界的に有名だったが、PLUTOによるものと思われる連続殺人事件の最初の犠牲者となる。4年前の第39次中央アジア紛争の際には平和維持軍に参加し、心ならずも最前線で多くのロボットを破壊した。
ノース2号 (のーすにごう)
ゲジヒトやアトムと同じく世界最高水準ロボット7体のうちの1体。全身に武器が装備された軍用ロボットで4年前の第39次中央アジア紛争の際にはブリテン軍総司令官の執事を務めていた。現在は軍を去り、民間業者から派遣される執事として盲目の作曲家、ポール・ダンカンに仕えている。
ブランド
ゲジヒトやアトムと同じく世界最高水準ロボット7体のうちの1体でユーロ連邦トルコのイスタンブール在住。ロボット格闘技ESKKKRのチャンピオンで、スーパースターとして絶大な人気を誇る一方、妻のミネと共に5人の子供を養子として育てている。第39次中央アジア紛争の際には平和維持軍に参加し、モンブランやヘラクレスと共に最前線で戦っていた。
ヘラクレス
ゲジヒトやアトムと同じく世界最高水準ロボット7体のうちの1体でユーロ連邦のギリシアに在住。ブランドと同じくロボット格闘技界で世界王者の座に君臨しているスーパースター。第39次中央アジア紛争の際には平和維持軍の一員としてモンブランやブランドと共に最前線で戦っていた。 無骨な性格だが非常に仲間思いでもある。
エプシロン
ゲジヒトやアトムと同じく世界最高水準ロボット7体のうちの1体。光子エネルギーの発見者であるロナルド・ニュートン=ハワード博士によって作られた。彼自身も光子エネルギーで動き、その美青年風の姿とは裏腹に強大なパワーを有している。争いを好まない性格で第39次中央アジア紛争の時は徴兵を拒否したため世界中から罵声を浴びた。 現在はオーストラリアで多くの戦争孤児を育てている。
ブラウ1589 (ぶらういちごうはちきゅう)
8年前に人間を殺した唯一のロボットとしてユーロ連邦ブリュッセルの人工知能矯正キャンプに幽閉されており、モンブランとロボット法擁護団体幹部が殺された事件をきっかけに時折訪れるようになったゲジヒトに様々な助言を与える。
PLUTO (ぷるーとぅ)
人間やロボットを問わず数々の殺人事件を起こす謎の存在。殺害現場に常に二本の角のオブジェを残していることから、ローマ神話の冥王の名に因みブラウ1589によってPLUTOと名付けられる。
アブラー博士 (あぶらーはかせ)
ペルシア王国出身のロボット研究者で中央アジア最高の頭脳と称される。第39次中央アジア紛争の際に身体のほとんどを失って機械化されており、たまたますれ違ったアトムは「人間かロボットかわからない」と語る。
ホフマン博士 (ほふまんはかせ)
特殊合金ゼロニウムの発明者でロボットのゲジヒトを作り出した科学者。定期的にゲジヒトのメンテナンスを行い、時には精神的なカウンセリングも施している。かつて、キンバリーで地球全体を救うロボットを作るための秘密会談を行った三博士の一人。
ロナルド・ニュートン=ハワード博士 (ろなるど・にゅーとん=はわーどはかせ)
光子エネルギーの発明者であり、ロボットのエプシロンを生み出した科学者。地球全体を救うロボットを作ろうと、天馬博士、ホフマン博士と共にキンバリーで秘密会談を行う。
ゴジ博士 (ごじはかせ)
ペルシア王国で高度なロボット兵団を作り出したと言われる謎の天才科学者。ゴジ博士は通称で、本当の名前も顔も公になっておらず、ボラー調査団の調査でも彼の存在はわからないままとなっている。
アドルフ・ハース
ユーロ連邦、ドイツのデュッセルドルフに住む貿易商で反ロボット団体のKR団に属している。犯罪者だった自分の兄を粉々になるまで射殺したのはゲジヒトではないかと思い、彼に激しい憎悪を抱く。
ダリウス14世 (だりうすじゅうよんせい)
ペルシア王国の国王で独裁主義体制の下、民衆を抑圧し、ロボット達についても国連の定めたロボット権利条約から大きく外れる扱いを行っていた。圧倒的軍事力で近隣諸国の国境を侵し中央アジアを手中におさめようとしていたが、第39次中央アジア紛争で国連軍に敗れて捕らえられ国際軍事法廷で裁かれる。 その後の消息は不明。
アレクサンダー大統領 (あれくさんだーだいとうりょう)
世界のリーダーを自負するトラキア合衆国の大統領で、ペルシア王国に大量破壊ロボットが隠されていると主張。国連にボラー調査団を派遣させた上、更なる調査の続行という名目で第39次中央アジア紛争を勃発させるが、その後も無風状態で再選され、引き続き大統領の座に就いている。
Dr.ルーズベルト (どくたーるーずべると)
テディベアのぬいぐるみの姿で、側にいる背広の男に言葉を発する謎の存在。アレクサンダー大統領の執務室にあるぬいぐるみとよく似ている。
ヘレナ
女性の姿をしたロボットでゲジヒトの妻。住居コーディネーターとしての仕事を続けつつ、捜査を続けるゲジヒトを優しく見守り、支え続けている。
ポール・ダンカン
ロボットのノース2号が執事として仕えることになった盲目の老人で映画音楽で有名な作曲家。長くスランプに陥っており、そのフラストレーションから当初はノース2号に偏屈な態度で接するが、次第に彼と打ち解け、ノース2号の望みに答えてピアノを教えるようになる。かつて命にかかわる難病にかかり、日本人のモグリの医者に助けられた過去を持つ。
ワシリー
ロボットのエプシロンが引き取って育てている戦争孤児の一人。第39次中央アジア紛争の最中に彼の村が一瞬で消えた時、砂漠の中に巨大な何かを目撃し、それ以降、その物体が発していた奇妙な音「ボラー」という単語しか言わないようになる。
集団・組織
ボラー調査団 (ぼらーちょうさだん)
『PLUTO』に登場する組織。4年前、トラキア合衆国のアレクサンダー大統領がペルシア王国に大量破壊ロボットが隠されていると主張し、その調査のために国連が派遣した調査団の名称。調査員の大半が「ボラー」とは何なのかもわからないまま調査を進め、結局、何も見つけることはできなかった。日本のお茶の水博士を含め、元メンバー全員が何者かに命を狙われる。
KR団 (けいあーるだん)
『PLUTO』に登場する組織。ロボット人権法廃止を唱える極右の秘密集団で、メンバーの中には多くの著名な知識人もいるらしい。かつてのKKKを彷彿とさせる団体で、基本的にメンバー全員は「KR」と書かれた頭巾を被り、自分たちの目的のためには過激な破壊行動も辞さない。
場所
トラキア合衆国 (とらきあがっしゅうこく)
『PLUTO』に登場する国家。世界のリーダーを自負する大国で、4年前、アレクサンダー大統領の主導の下、国連軍を組織しペルシア王国に侵攻、第39次中央アジア紛争を起こす。
ペルシア王国 (ぺるしあおうこく)
『PLUTO』に登場する国家。中央アジアにあり、かつては国王ダリウス14世による独裁主義体制の元、民衆は抑圧され、ロボット達も国連の定めるロボット権利条約から大きく外れる不当な扱いを受けていた。4年前、第39次中央アジア紛争でトラキア合衆国率いる国連軍に敗れダリウス14世の治世からは解放されるが、国土の大半は焦土と化し、今も混乱が続いている。
国際ロボット法 (こくさいろぼっとほう)
『PLUTO』に登場する国際法。極度に発達したロボットと人間が共存するために作られた法で、「ロボットは人間を殺さない」という概念が大前提となっている。
イベント・出来事
第39次中央アジア紛争 (だいさんじゅうきゅうじちゅうおうあじあふんそう)
『PLUTO』に登場する歴史的事件。4年前、独裁者ダリウス14世の治世の元、強大なロボット軍事力を有し、中央アジアを手中に収めようとしたペルシア王国に対し、大量破壊ロボットの調査と破壊という名目でトラキア合衆国が主導する国連軍が介入した事で発生した戦争。多くの破壊と犠牲を伴い、関与した人間やロボット達に深い傷を残す。
クレジット
関連
鉄腕アトム (てつわんあとむ)
ロボットが人間の心を持ち、人間同様の権利を有する世界で、少年ロボットアトム が、人間によるロボットへの差別や、人間に利用されて破滅するロボットの姿に、正義とは何かと悩みながらも、人々のために戦う姿を描... 関連ページ:鉄腕アトム
書誌情報
PLUTO 8巻 小学館〈ビッグ コミックス〉
第1巻
(2004-09-30発行、 978-4091874313)
第2巻
(2005-04-26発行、 978-4091874320)
第3巻
(2006-03-30発行、 978-4091802378)
第4巻
(2006-12-26発行、 978-4091810069)
第5巻
(2007-11-30発行、 978-4091815569)
第6巻
(2008-07-30発行、 978-4091821270)
第7巻
(2009-02-27発行、 978-4091823861)
第8巻
(2009-06-30発行、 978-4091825247)
PLUTO 豪華版 8巻 小学館〈ビッグ コミックス〉
第1巻
(2004-09-30発行、 978-4091877567)
第2巻
(2005-04-22発行、 978-4091877574)
第3巻
(2006-03-24発行、 978-4091803092)
第4巻
(2006-12-20発行、 978-4091810281)
第5巻
(2007-11-20発行、 978-4091815958)
第6巻
(2008-07-18発行、 978-4091821850)
第7巻
(2009-02-20発行、 978-4091824608)
第8巻
(2009-06-19発行、 978-4091826688)