『源氏物語』を嗜もう！オススメ漫画５選70 Pt.

本作を手掛けたのは、60年に及ぶキャリアを誇る花村えい子。繊細で流麗な筆致で描きだされる作品世界は幅広く、キュートな美少女のイラストや少女漫画はもちろん、成長した読者へむけてレディースコミックをいち早く手掛けたことでも知られている。そんな作者の力量でもって、華やかな平安貴族の世界を美麗かつ繊細に描きだしているのはもちろん、複雑な背景から女性遍歴を重ねていくことになる光源氏や、彼をとりまく女性達の感情を陰影豊かに浮かび上がらせてもいる。本作は、主人公である光源氏の生涯を描く形をとり、実母・桐壺と実父の帝とのエピソードを描く「桐壺」から始まり、源氏が亡くなる「雲隠」までを描いている。第三部と呼ばれる「宇治十帖」を含む、光源氏の死後は省略されている。

本作は原典に沿った形で物語が進むが、細部については作者のアレンジが加えられ、より現代の我々にも共感しやすい形で描かれている。例えば、帝はもちろん美男子なのだが、サラサラの前髪をたらした現代風の描かれ方をしており、現代の読者も受け入れやすいだろう。また、桐壺の更衣と帝の出会いのエピソードも印象的だ。宮中で孤独を感じていた桐壺の更衣は、迷いこんできた老猫を可愛がっていた。実は、その猫は、権謀術数渦巻く宮中に同じように寂しさを覚えていた帝が密かに面倒を見ていたのだ。猫が縁結び役となって2人は恋に落ちるのだ。時代を超えて共感できるときめきポイントがちりばめられ、源氏物語のラブストーリーを素直に堪能できる作品になっている。

源氏物語の54帖にも及ぶ世界を、14年にわたる連載で描ききった。作者にとってもライフワークのような作品であり、代表作の1つ。繊細で美しい絵柄が、才能にあふれ光り輝くように美しいという光源氏の存在にリアリティを与える。また、十二単をはじめとした、美しく描かれた衣装も多くの読者を魅了した。本作をきっかけに古典作品に興味をもった読者は多いだろう。平安貴族の生活様式や文化も丹念に描写され、当時の人々の暮らしぶりも本作を通してうかがい知ることができる。原典の流れの通り、本作も光源氏の誕生の秘話から始まり、長じた光源氏が重ねていく恋愛遍歴が描かれていく。だが、原典では描かれていない細部についてはオリジナルを加え、物語により奥深さを与えて、心に響く作品に仕上がっている。

本作は紫式部が執筆を進める現実世界と、絶世の美男子・光源氏が恋愛を重ねていく物語世界が並行して進んでいく。義母・藤壺への想いを抱きながらも、六条御息所、夕顔、葵の上といった女性達を夢中にさせてしまう光源氏。光源氏が魅力的であればあるほど、彼とかかわりをもった女性達は嫉妬を募らせていく。やがて物語が、六条御息所が嫉妬心のあまり生霊となっていくあたりに差し掛かると、なぜか現実世界の紫式部の周囲にも異変が。いち早くその異変に気付いた陰陽師・安倍晴明が動きだすことになる。実は、紫式部は藤原道長に密かに想いを寄せており、その強すぎる想いが六条御息所の嫉妬心と共鳴して、思いもよらない事態をひきおこしていたのだ。

登場人物も多く人間関係も複雑な源氏物語の、54帖全部を読み通すのはなかなか大変なことだ。しかも、平安時代と現代では大いに感覚が異なっているから尚更である。例えば、光源氏が義母である藤壺に許されない恋心を抱いてから、紫の上をさらうまでの所以は、現代の読者には理解しづらいだろう。しかし、藤壺と光源氏の恋愛は理解しやすいだろう。藤壺は14歳で後宮に入り、その当時の光源氏は9歳。義母と息子とはいえ、年齢も近く、光源氏が12歳で元服するまでは姉弟のように過ごしている。光源氏が実母の面影を宿した、年上の綺麗なお姉さんである藤壺に恋心を抱くのは不自然ではない。このように重要なエピソードがコンパクトにわかりやすく説明されていく。切れ味鋭いギャグで登場人物の特徴も際立ち、数多い登場人物も覚えやすい。巻末には人物紹介や親子関係の相関図なども収録され、手軽な入門編にぴったりの1冊だ。