あらすじ
第1巻
西暦200年。ねこねこ日本にはたくさんの国があり、そこに住む猫たちは日々争いを繰り広げていた。そんな中、卑弥呼と名乗る猫が現れ、争いをやめるようにみんなに訴え掛ける。猫たちは、当初は彼女の訴えにまったく耳を貸そうともしなかったが、卑弥呼がねこじゃらしを利用した呪術を披露すると、それを見ていた猫たちは途端に興味を惹かれ、いつの間にか彼女に従属するようになる。そして、卑弥呼は彼らを束ねて邪馬台国を興し、巨大な屋敷を立てて兵士たちに守らせつつ、占いによって政治を行うようになる。占いによって魏の国に行くべきだと判断した卑弥呼は、難升米を使者として選定し、キャットフードや猫砂などの手土産を持たせて魏の国へと向かわせる。一行はどうにか魏の国へとたどり着くものの、旅の途中で難升米の部下たちがキャットフードをすべて食べてしまい、手土産を持たずに魏の明帝と会見する羽目になる。難升米はこの窮地を打開するため、ダメ元でキャットフードが入っていた紙袋を渡す。難升米の部下たちは彼の思い切った行動に困惑するが、意外にも明帝からは好評を博し、邪馬台国との国交の締結に積極的な姿勢を見せられる。その証として「親魏倭王の金印」と呼ばれる宝を授けられ、卑弥呼のもくろみはみごとに功を奏するのだった。その後も、邪馬台国の統治のもとで平和な日々が続き、当の卑弥呼が退屈を持て余すほどにまでなっていた。そんな中、隣接する国家である狗奴国に住む猫たちが、邪馬台国を攻め落とすためにねこねこ日本の地を訪れる。すっかり平和ボケしていた邪馬台国の猫たちは、危機にも気づかず寝ぼけてばかりいたが、狗奴国の軍勢に囲まれると、卑弥呼は争いを止めるために久々に表舞台へと立つ。そして、かつて国を統一するために使ったねこじゃらしの呪術を披露すると、邪馬台国と狗奴国の猫たちはそろってお昼寝タイムに入るのだった。(エピソード「風雲! ねこねこ日本史 卑弥呼」。ほか、11エピソード収録)
第2巻
西暦1596年。播磨国では、さまざまな流派の剣豪たちが腕を競っていた。その一匹である宮本武蔵は、生後9か月ながらやたらと体が大きく、生まれながらにして並はずれた剣の才能を持っていた。そんな武蔵に挑戦を仕掛けてきた新当流の「有馬喜兵衛」を、猫パンチの一撃でノックアウトした武蔵は、剣術修行をしようと京の都に出向き、かの有名な吉岡道場を訪ねる。しかしそこで、猫としての習性から吉岡看板で爪を研いでしまい、それを見ていた吉岡清十郎の怒りを買う。清十郎は憤るままに武蔵を切り捨てようとするが、武蔵の爪に引っかかっていた看板が清十郎の上に落下したことで、武蔵は戦わずして彼に勝利する。こうして京の都では、無名の剣士である武蔵に吉岡道場が負けたという噂が急速に広まっていく。これを快く思わない吉岡道場の剣士たちは、つぎつぎに武蔵に挑みかかるが、彼の巨体から放たれる猫パンチの前に、為す術もなく敗北してしまう。京で十分な名声を得た武蔵は奈良に赴き、宝蔵院流槍術の使い手に挑戦する。武蔵は、ねこじゃらしで作られた「ふわふわ十文字槍」によって翻弄されるが、興味に流されるまま槍の穂先に食いついて破壊し、なし崩し的に勝利する。さらに、伊賀の鎖鎌使いである宍戸某にも、ネズミを利用した攻撃を破って勝利するなど、巨体を生かして各地で勝利をおさめていく。そんな中、細川家の剣術指南役の佐々木小次郎は、「物干し竿」と呼ばれる刃の長い刀を手にしつつ、得意技の燕返しによって武蔵に劣らぬ知名度を得ていた。互いを認識し合った武蔵と小次郎は、ねこねこ日本で一番の剣豪の名を懸けて、巌流島で決闘することになる。小次郎は真っ先に巌流島にたどり着き、武蔵の訪れを待つことになるが、途中で待つことに飽きてあちこちを駆け回る。一方の武蔵は、あまりに小さな小舟に乗せられたうえに、航海先でサメに襲われたことで、予定より巌流島への到着が大幅に遅れてしまう。苦労の末に巌流島にたどり着いた武蔵は、遊び疲れて寝ていた小次郎に対して猫パンチを食らわせる。こうして武蔵は、ついに宿命のライバルである小次郎をも下し、決闘の際に一度として剣を使うことのないまま、剣豪の頂点に立つのだった。(エピソード「戦え! ねこねこ日本史 宮本武蔵」。ほか、11エピソード収録)
第3巻
西暦1537年。尾張の貧しい猿の農家に生まれた「羽柴秀吉」は、徒党を組んで練り歩く猫の侍たちを見て、彼らのようになりたいと望むようになる。そして、武将「松下之綱」に対して家来になりたいと願い出るが、猫である之綱は、猿である秀吉の言葉を理解できず、その体格差に恐れをなして逃げ惑ってしまう。これを見ていた織田信長は、猿を飼いたいという理由だけで秀吉を家来として取り立てる。秀吉は、猫たちを競争させることで清州城の塀をわずか3日で完全に修繕し、その有能さからますます信長から重用されるようになる。足軽から侍に格上げされた秀吉は、弟の豊臣秀長こと「羽柴秀長」を信長の家来になるように働き掛けたり、「浅野又右衛門」の養女であるねねと結婚するなど、順風満帆な人生を送っていた。1573年、信長と共に小谷城を陥落させた秀吉は、その功績を称えられて浅井家の所有していた領地を与えられる。1582年には、軍師の黒田官兵衛と共に、毛利家の領地へと軍を進めるが、猿と共に作戦に参加した経験のない官兵衛と、信長以外の猫とは会話がほぼ通じない秀吉とではうまくコミュニケーションが取れず、毛利家への進軍は難航する。そんな中、交戦中の秀吉と官兵衛のもとに、信長が本能寺で討たれたという報告が入る。秀吉は、報告の意味がわからず呆然とするが、官兵衛たちが急ぎ戻ろうとする様子を見て、全力で彼のあとを追う。さらに、官兵衛たちがスタミナ切れでへばってしまうと、彼らを追い抜いて本能寺まで取って返し、勢いのままに明智光秀を打ち倒す。その後、勢いのままに信長の跡を継ぐことを決意し、やがて「豊臣秀吉」を名乗る。そして、猿でありながら猫たちの信頼を得るようになり、天下統一への道を歩み始める。(エピソード「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」。ほか、11エピソード収録)
第4巻
時は江戸時代後期。世間では浮世絵が広く流行していた。巷では芸術を好む猫たちが大勢集い、絵師や彫師、刷師など、さまざまな分野で活躍を見せる。しかし、いかんせん飽きっぽい性格の猫が多く、粗製乱造が続出する問題も発生していた。そんな中、浮世絵に強い興味を持ち、のちに「葛飾北斎」を名乗ることになる「時太郎」は、置いてあった新しい版木に、下絵を描かないまま、爪で直接絵を彫ってしまう。それを見ていた絵師は、断りもなしに版木を彫った時太郎を咎めようとするが、彼の彫った絵があまりにも上手だったため、叱ることも忘れてその出来栄えを褒め称える。さらに、ある彫師に弟子入りした時太郎は、元の下絵より上手な絵を完成させるといった非凡な才能を見せ、業界の猫たちのあいだで一目置かれるようになる。時太郎は、人気絵師の「勝川春章」に弟子入りして「勝川春朗」に改名すると、着実に絵の才能を伸ばしていき、兄弟子たちが嫉妬するほどの腕を身につける。そんな中、長らく面倒を見てくれた春章が亡くなり、後ろ盾を失った春朗は兄弟子たちから追い出されてしまう。まだまだ絵を描き足りずに、新しい環境を求める中、「琳派」と呼ばれる派閥に誘われる。そして、あらためてさまざまな名画を描きあげ、その出来栄えに感銘を受けた仲間たちによって、琳派の名手である「宗理」の名前で呼ばれるようになる。しかし、自由に絵を描けないことを窮屈に感じるようになり、やがて宗理の名を仲間にゆずると琳派から離れて独立を果たし、「北斎辰正」を名乗るようになる。北斎は数々の絵を発表するとさらに人気を博するようになり、「曲亭馬琴」などの有名作家とコラボレーションしたり、《北斎漫画》と呼ばれる自習用の絵手本を作るなど、弟子の育成にも力を入れるようになる。そんな中、人間でいうところの70歳を迎えた北斎は、江戸で高い人気を誇る富士山に着目し、さまざまなシチュエーションに即した富士山を題材とした《富嶽三十六景》を発表する。富嶽三十六景は、まるで本当に富士山に登っているようだと好評を博し、町の中では描かれた絵の上で体を丸める猫が続出する。北斎はその後も、《神奈川沖浪裏》や《駿州江尻》など、さまざまな作品を発表する。そして、寿命を迎えるまでひたすらに絵を描き続け、現代にも名をはせるほどの知名度を残すのだった。(エピソード「描け! ねこねこ日本史 葛飾北斎」。ほか、12エピソード収録)
第5巻
時は平安時代。貴族たちは権力争いに明け暮れ、闘争が日常茶飯事となっていた。その影響から、平安京は恨みや妬みなどの負の感情が集まり、やがて怨霊があふれる魔都と化してしまう。都に住む猫たちは、怨霊の祟りにおびえる日々を過ごしていたが、そんな中、怨霊を祓って猫たちの安息を守ることを生業とする陰陽師や密教僧が現れる。安倍晴明は子供の頃から陰陽師にあこがれており、将来は平安京を跋扈(ばっこ)する怨霊たちを退散させることを夢見て、やがて陰陽師に弟子入りをしようと志す。キツネに似ているという理由から、なかなか弟子入りができない日々が続いていたが、ある日晴明に資質があることを見抜いた賀茂保憲から弟子になるように勧められる。そして、陰陽師の名門である賀茂家に入門し、保憲や彼の父親「賀茂忠行」、息子の「賀茂光」と共に暮らすことになる。晴明は、その中で着実に腕前を磨いていき、師の保憲からも優れた陰陽師として認められ、やがて陰陽寮の中でもトップといわれるほどの実力を備えるようになる。そして、986年を迎えると、宮廷内で事件が起こるたびに保憲と共に呼び出され、事件解決のために尽力していく。そんな中、藤原道長の姉である「東三条院詮子」が病に倒れてしまい、道長は晴明に原因の究明と、可能であればその対策を行うように依頼する。晴明は即座に詮子の体から魂が抜けかけていることをつき止め、泰山夫君祭を行って詮子を救うことに成功する。さらに、道長を妬む「藤原伊周」の陰謀を事前に阻止するなどの活躍により、道長から多大な信頼を寄せられるに至る。そして、ライバルとなった「芦屋道満」と陰陽対決を行ったり、日照りによる干ばつを解決するために「五竜祭」と呼ばれる雨ごいを行ったりと、相も変わらず忙しい日々を過ごすのだった。(エピソード「占え! ねこねこ日本史 安倍晴明」。ほか、11エピソード収録)
第6巻
古墳時代のねこねこ日本。景行天皇は息子のオホウスに対して、美濃にいるという美しい姉妹「エヒメ」と「オトヒメ」を捜すように依頼する。これを聞き届けたオホウスは実際に美濃に赴き、やがて二匹を発見する。だが、オホウス自身が二匹の魅力の虜になり、景行天皇に対して二人の代わりとしてヒラメとオヒョウを差し出し、エヒメたちを連れていずこかへと去ってしまう。景行天皇は、ヒラメとオヒョウを差し出されたことを特に気にする様子を見せなかったが、いくらたってもオホウスが帰ってこないため、さすがに心配になり、オホウスの弟であるヲウスに対して、「ねぎ教え諭して欲しい」と頼み込む。しかし、ヲウスはこの言葉の意味が理解できず、とりあえずオホウスに会うだけ会おうと考え、エヒメたちと戯れる彼を見つけると、大声で呼び掛けてみる。すると、突然名前を呼ばれたオホウスは、びっくりするあまり心臓発作を起こして死んでしまう。ヲウスから事のあらましを聞いた景行天皇は、ヲウスがオホウスを殺害したとカン違いしてしまい、彼を遠ざけるために九州にいるクマソタケル兄弟を倒すように命じる。ヲウスはこれを引き受けると、九州に向かう途中で叔母の「ヤマトヒメ」から女性用の羽衣を渡され、彼女の意図を図りかねながらもこれを身につける。そして、九州に到着すると、待ち構えていたクマソタケル兄弟と対峙する。しかし、ヲウスは羽衣が気になって仕方がなく、クマソタケル兄弟をそっちのけにして風にゆられる羽衣を追い掛けるようにその場を回り続け、それを見ていたクマソタケル兄弟は目を回して倒れてしまう。理由はどうあれ、自分たちを倒したヲウスの力量に感服したクマソタケル兄弟は、ヲウスにヤマトタケルの異名を与える。ヤマトタケルは、九州からの帰路に就く途中、通りがかった出雲地方でイヅモタケルと出会う。そして、イヅモタケルの持つ剣に興味を惹かれたことで、自分で木を削って木刀を作ったところ、イヅモタケルから自分の剣と交換しようと持ち掛けられる。ヤマトタケルはこれを快諾するが、素振りをしていたところで誤ってイヅモタケルにぶつけることで、昏倒させてしまう。こうして、ヤマトタケルがクマソタケルとイヅモタケルを倒したことが噂になり、これを恐れた景行天皇は帰還してきた彼を再度遠ざけるため、東国征伐を命じる。(エピソード「西へ東へ! ねこねこ日本史 ヤマトタケル」。ほか、11エピソード収録)
第7巻
時は江戸時代中期。八代将軍に就任した徳川吉宗は、質素倹約に加えて、いざという時のために食料を備蓄する必要性を訴える。そして、それを体現するために参勤交代を緩める代わりとして一万石につき百石の米、あるいは猫のエサの上納を義務付ける「上米の令」や、米の出来不出来にかかわらず、毎年同じ量の米や猫のエサをおさめる「定免の法」を実行に移し、幕府の米蔵をいっぱいにすることに成功する。また、米と猫のエサの交換レートに大きな偏りがあることに気づくと、商売仲間でグループをつくって商売を独占する代わりに、幕府が値段の決定に介入する「株仲間」の制度や、刑事裁判のルールブックである「公事方御定書」を新たに作り上げる。さらに、海外の書物の輸入を円滑に進めるために「漢訳洋書輸入の禁」を緩和したり、飢饉への対策のために、農学者「青木昆陽」の助言を受けてサツマイモの栽培を奨励したりするなど、さまざまな改革に着手し、これらはのちに享保の改革と呼ばれるようになる。しかし、「徳川家治」が十代将軍に就任すると、質素倹約だけでは世の中はよくならないという結論に達し、これを受けた老中の田沼意次は、商業で江戸を発展させる「重商主義」を打ち出す。その手始めとして、現在バラバラに流通している通貨を整理すべく、南鐐二朱銀を完成させ、株仲間の業種を増やすことを命じ、「のみとりくびわ仲間」や「ねこクッション仲間」など、さまざまな新種の株仲間を新たに結成させる。しかし、この恩恵を受けたのは主に町民のみにとどまり、武士の生活を圧迫したことから大きな批判を浴び、やがて田沼は失脚してしまう。そして1787年。徳川家斉が11代将軍になると、老中となった松平定信は祖父の吉宗の意思を尊重し、田沼の築いた制度を否定すべく「寛政の改革」を実施する。その中で、商業より農業を重視する「重農主義」を唱えたり、多くの株仲間を解散させたり、出稼ぎの農を地元に帰らせる「旧里帰農令」を発令するなど、それぞれの役割を徹底させ、その窮屈さに田沼時代を懐かしむ猫も出るほどだった。12代将軍である「徳川家慶」の時代では、新しく老中となった水野忠邦が、定信をも上回る倹約を求める「天保の改革」を実行するが、猫たちの楽しみを奪う結果になったことから、わずか2年で破綻してしまう。このように、幕府と猫たちの関係は、幾度も改革を重ねながらも、改善したとは言い難い結果に終わるのだった。(エピソード「三大改革でかえろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗・松平定信・水野忠邦」。ほか、11エピソード収録)
第8巻
西暦681年。柿本人麻呂は、懇意にしていた「鵜野讃良皇女」の命を受けて、彼女の息子である草壁皇子が皇太子に即位したことで賛歌を作り上げたところ、鵜野讃良皇女と草壁皇子の二匹からその出来栄えを絶賛される。これがきっかけとなり、人麻呂は一躍天才歌人として知られるようになり、中でも得意とする長歌が発表されると、多くの猫が彼の歌に感銘を受け、群がるようになる。その5年後、鵜野讃良皇女の夫である天武天皇が亡くなり、それからほどなくして、草壁皇子もこの世を去ってしまう。鵜野讃良皇女の傷心を目の当たりにした人麻呂は、二匹の魂を鎮めるための長歌を作り上げ、現世にとどまっていた草壁皇子の霊を無事に成仏させる。草壁皇子が亡くなったことで、鵜野讃良皇女が持統天皇として即位する。持統天皇は、草壁皇子の忘れ形見である「軽皇子」を次期天皇に据えようと考えていたが、宮廷内では壬申の乱で活躍した高市皇子を推す声が多く、幼い軽皇子を支持する者は少なかった。そして、残された軽皇子の支持派も次第に勢力を失っていくが、これに対して人麻呂は、「近江荒都歌」と呼ばれる長歌の歌詞が記されたタワーを組み上げることで、軽皇子派の勢いを盛り返していく。さらに、天武天皇の聖地である吉野を称えるために作った「吉野長歌」の歌詞に合わせて、吉野と飛鳥を行き来するという催事を、実に31回に分けて執り行ったり、天武天皇が大事にしていた伊勢神宮を題材にした「伊勢行幸歌」を歌い上げるなどして、軽皇子に対する注目を集めようと試みる。また、安騎野で狩りをすることになった軽皇子を応援するために「安騎野遊猟歌」を歌い、みごとに狩りを成功に導く。そして696年。高市皇子が病で亡くなったことにより、軽皇子が「文武天皇」に即位することがほぼ確定する。しかし、高市皇子の霊が現世への未練を残していたために、ライバルである軽皇子を執拗にたたり続けてしまう。だが、持統天皇から対策を求められた人麻呂が「高市皇子挽歌」と呼ばれる歌を歌い上げたことで、高市皇子の魂はようやく鎮められ、軽皇子は晴れて文武天皇として即位する。(エピソード「歌を作れ! ねこねこ日本史 柿本人麻呂」。ほか、11エピソード収録)
第9巻
戦国時代のねこねこ日本。本多忠勝は「蜻蛉切」と呼ばれる長槍を振るい、トンボに挑発されてはすぐに激昂するという悪癖を持ちながらも、主君の徳川家康から頼りにされていた。西暦1562年。忠勝は、織田信長と同盟を結ぼうとする家康を護衛して清州城へと向かい、家康にヤジを飛ばそうとする猫たちをトンボごと追い払う。さらに、翌年の三河一向一揆では、一向衆でありながら家康に味方し、1570年の姉川の戦いでは、朝倉義景の率いる大軍に苦戦する信長を一匹で救援。続く一言坂の戦いでも、武田信玄が率いる武田キバ軍団を相手に縦横無尽の活躍を見せるなど、その勢いはとどまることなく、「家康に過ぎたるもの本田平八」と讃えられるようになる。その後も、1575年の長篠の戦いや1580年の高天神城の戦いなど、身一つで各地を転戦し、つねに前線で戦いつつも傷の一つも負うことはなく、より一層周囲から一目置かれるようになる。そんな中、1582年に本能寺の変が勃発し、家康や忠勝も堺の町に孤立し、敵軍に囲まれることで窮地に陥る。しかし、三河に向けて飛び去ったトンボを目撃した忠勝は、ただトンボへの敵愾心から「三河に戻ろう」と進言し、これを聞き入れた家康は危機を脱することに成功する。さらに、1584年の小牧・長久手の戦いでは、わずかな手勢を率いて豊臣秀吉が率いる数万の軍を相手に大立ち回りを演じ、秀吉を感嘆させるほどの活躍を見せ、娘の小松姫を真田信幸に嫁がせるなど、政略面でも家康を支え続ける。そして1600年。家康が天下を取るための節目となった関ヶ原の戦いで、東軍の先鋒の軍監役に任じられた忠勝は、西軍に向けて飛び去ったトンボを追って一匹で特攻し、その姿に触発された東軍の軍勢を勇気づけたことで、家康の勝利に大いに貢献する。そして忠勝は、晩年を迎えても有事に備えて自らを鍛え続け、家康への忠義を最後まで貫き通すのだった。(エピソード「切れ! ねこねこ日本史 本多忠勝」。ほか、11エピソード収録)
スピンオフ
漫画
本作『ねこねこ日本史』のスピンオフ作品に、そにしけんじの『ねこねこ日本史 ヒーロー&ヒロイン列伝』がある。すべてのページがフルカラーで描かれ、卑弥呼の呪術の秘密や、沖田総司の意外な趣味、真田幸村の六文銭の使い方など、本作で語られていなかったエピソードが多数収録されている。
メディアミックス
TVアニメ
2016年4月から、本作『ねこねこ日本史』のTVアニメ版『ねこねこ日本史』が、『天才てれびくん』内のワンコーナーとして、NHK Eテレで放送された。本作と同様に、歴史上の英雄が猫をはじめとした動物の姿になって登場するが、TVアニメ版オリジナルのストーリーも多く、清少納言や今川義元、西郷隆盛など、原作では主役に抜擢されていないキャラクターが、エピソードによっては主役を務めることもある。制作はジョーカーフィルムズが担当した。監督は河村友宏、シリーズ構成は高田亮、清水匡が務めた。キャストは、ナレーションを山寺宏一、主役格のほとんどのキャラクターを小林ゆうが務めているほか、豊臣秀吉を真木駿一、斎藤一を杉田智和、近松門左衛門を石田彰が演じている。
劇場版アニメ
2020年2月22日に、本作『ねこねこ日本史』を基にした劇場版アニメ『ねこねこ日本史 龍馬のはちゃめちゃタイムトラベルぜよ!』が公開された。劇場版のオリジナルキャラクターである「フク」が、タイムマシンを使って「坂本龍馬」と共にさまざまな時代を巡るオリジナルストーリーが展開される。なお、この作品で登場する坂本龍馬は、原作に登場する坂本竜馬とは別人である。制作会社はジョーカーフィルムズが担当し、監督は河村友宏、脚本は清水匡が務めた。キャストは、坂本龍馬を小林ゆう、フクを山下大輝、平賀源内を佐藤二朗が演じている。
ゲーム
2017年5月10日から、本作『ねこねこ日本史』を基にしたニンテンドー3DS用ゲーム『ねこねこ日本史 歴史発見パズル!』が、ダウンロード専用ソフトとして配信された。ジャンルはパズルゲームで、同じ色のアイスピースを三つ以上つなげていく一筆書きパズルを楽しめる。パズルを攻略していくにつれて、プレイした時代を生きた猫たちのイラストや名場面を取得できたりと、コレクション要素も充実している。
ファン層
本作『ねこねこ日本史』は、小学生のファンが非常に多いことで知られ、中でも女子小学生の実に六割以上が本作を知っていると回答している。また、約300人を対象に行った「月刊ポピー6年生版」の「好きなマンガ・アニメ」アンケートでは、『名探偵コナン』『ONE PIECE』『ドラえもん』に続く第四位にランクインした。
登場人物・キャラクター
卑弥呼 (ひみこ)
エピソード「風雲! ねこねこ日本史 卑弥呼」に登場する。西暦200年代にねこねこ日本で活躍した占い師のメスの猫。数多の猫たちがあちこちで争いを繰り広げていることに深く心を痛めており、この現状を変えるため、毅然とした態度で争いをやめるようにみんなに呼び掛ける。当初は誰も卑弥呼の呼び掛けに応えなかったが、ねこじゃらしを利用した呪術を披露することで徐々に注目を集めていき、次第に多くの民を手懐けるようになり、30あまりの国を統合して邪馬台国を造る上げる。それからは、占いによって政治の方向性を決めるようになり、魏の国に対して難升米を使いとして派遣したり、攻め込んできた狗奴国の軍勢に対して呪術を見せつけて戦意を喪失させたりするなど、国を守るために活躍し続けた。実在の人物、卑弥呼がモデル。
聖徳太子 (しょうとくたいし)
エピソード「飛べ! ねこねこ日本史 聖徳太子」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。「用明天皇」と「穴穂部皇女」のあいだに生まれ、馬小屋で生を受けたことから、幼少時代は「厩戸皇子」と呼ばれていた。生後4か月で大人のようにしゃべることができるようになり、さらには2歳にしてお経を読み始め、7歳を迎える頃には数百冊にも及ぶ仏教の経典を読破するに至る。さらに、10匹の猫の鳴き声を瞬時に聞き分けるなど、数々の非凡な特技を持つことから「スーパーキャット」と呼ばれるようになる。19歳の時に、叔母である推古天皇の摂政に就任し、彼女からも大いに頼られる。さらに、能力に応じて色のついた首輪を贈呈したり、役人の心構えを説いた十七条の憲法を制定したりと、精力的に働き続ける。その一方で、飛鳥大仏や法隆寺にイタズラをすることも多く、そのたびに義父である蘇我馬子から叱られている。それでも、小野妹子を遣隋使として派遣したり、晩年に「三経義疏」と呼ばれる書物の執筆に励むなど、さまざまな偉業を成し遂げる。実在の人物、聖徳太子がモデル。
聖武天皇 (しょうむてんのう)
エピソード「建て! ねこねこ日本史 聖武天皇」「整えろ! ねこねこ日本史 藤原不比等」「輝け! ねこねこ日本史 光明皇后」に登場する。奈良時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。724年、ねこねこ日本の天皇に即位した。なんでもかんでもため込む悪癖を持ち、シルクロード経由で手に入れた珍しいものを大量に保管しては、それを光明皇后に捨てられている。また、事あるごとに大仏を建てたがる性分で、奈良の都で疫病が流行した時も、大仏を建てることで鎮めようと考え、光明皇后や彼女の親族である藤原四兄弟から総ツッコミを受ける。ある時を境に、大仏の建立から遷都を繰り返すことに興味が移り、奈良の「平城京」から京都に都を移して「恭仁京」をつくり、次に大阪の「難波宮」、さらに滋賀の「紫香楽宮」に遷都し、その挙句に奈良の平城京に戻すといった、度を過ぎた気まぐれぶりを見せて周囲を混乱させてしまう。さらに、庶民と協力して橋やダムを造った行基に人気が集まると、彼への対抗心から、かつて成し遂げようとしていた奈良の大仏の建立を目指す。仲間内からの理解が得られなかったこともあり、当初は難航するが、行基と協力することで作業は次第に円滑に進むようになる。そして行基が亡くなると、彼のあとを継ぐ形で大仏を完成させた。実在の人物、聖武天皇がモデル。
光明皇后 (こうみょうこうごう)
エピソード「建て! ねこねこ日本史 聖武天皇」「整えろ! ねこねこ日本史 藤原不比等」「輝け! ねこねこ日本史 光明皇后」に登場する。奈良時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。藤原不比等の娘で、のちに聖武天皇の妻となる。周囲からもてはやされるほどの美貌の持ち主ながら、恐妻家で夫を尻にしいている。しかし民を思う気持ちは強く、奈良の大仏の建立に執心する聖武天皇を説得して、民が無料で診療を受けられる「施薬院」や、身寄りのない猫を受け入れるための施設である「悲田院」の設立を進言し、これを実現させた。また、仏の力で民を助けるべく、「国分寺」や「国分尼寺」の建立を指示する。一方で、聖武天皇の物をため込む癖に辟易しており、奈良の「平城京」から京都の「恭仁京」に都を移す際に、聖武天皇が保管していた珍品のほとんどを、邪魔だと捨ててしまう。のちに、聖武天皇との娘を孝謙天皇に据える。実在の人物、光明皇后がモデル。
藤原 道長 (ふじわらの みちなが)
エピソード「登れ! ねこねこ日本史 藤原道長」「書け! ねこねこ日本史 紫式部」「占え! ねこねこ日本史 安倍晴明」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。右兵衛権佐の官職に就いているが、貴族の中では下の方の身分に甘んじており、高級缶詰などを食べることもできない。そのため、上昇志向が強く、貴族たちの権力争いに負けまいと日々努力している。仕事と遊びのメリハリをしっかりとつけており、早朝から昼間までは全力で働き、それ以降は囲碁や背中搔き、蹴鞠をして遊んでいる。藤原家の五男ということもあり、なかなか出世の機会に恵まれずにいた。しかし兄たちがそろって急逝し、さらに姉の長男が一条天皇に即位したことから、チャンスが生まれる。それを生かすために、まずは娘の彰子を「一条天皇」に嫁がせ、やがて彼の摂政となることでその地位を盤石のものとする。それからは、権力を糧に優雅な生活を送り、現在の地位を他者に奪われまいと、権謀術数をめぐらす。その一方で、文化にも多大な興味を示し、紫式部や安倍晴明に対して惜しみない援助を与えつつ、彼らの活躍を見て楽しんでいる。実在の人物、藤原道長がモデル。
源 頼朝 (みなもとの よりとも)
エピソード「戦え!! ねこねこ日本史 源頼朝」「守り抜け! ねこねこ日本史 北条政子」「彫れ! ねこねこ日本史 運慶」「院政! ねこねこ日本史 後白河法皇」に登場する。平安時代から鎌倉時代にかけて、ねこねこ日本で活躍した源氏に連なるオスの猫。平清盛が栄華を極めている中、その討伐のために動き出すが、石橋山の戦いであまりに厳しい戦力差の前に敗れ去る。しかし、平氏に敵意を持つ猫は多く、清盛に対抗したという実績から彼らの助力を得るようになり、やがて三万匹もの兵力を有するようになる。さらに富士川の戦いでは、拮抗した戦力を見せつけつつ、水鳥が羽ばたく音に恐れおののいた平維盛が逃げ出したことから、戦わずして勝利をおさめる。その戦いののちに弟である源義経と出会い、彼と共に平氏に立ち向かうことを決意する。一方で、生まれの問題から親族を信じきれない面があり、京の都から平氏を追い出しながらも、その所業から周囲からの評判がよくなかった木曾義仲の排除を考え、義経にこれを命じる。また、義経と共にTwitterをしていたが、源頼朝と義経の仲たがいを画策する後白河法皇が義経のツイートだけに「いいね!」を押したことで、義経に対するコンプレックスを刺激され、彼と敵対する道を選んでしまう。実在の人物、源頼朝がモデル。
平 清盛 (たいらの きよもり)
エピソード「戦え!! ねこねこ日本史 源頼朝」「乱せ! ねこねこ日本史 平清盛」「従え! ねこねこ日本史 巴御前」「羽ばたけ! ねこねこ日本史 鴨長明」「院政! ねこねこ日本史 後白河法皇」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。平家に連なる血筋で、武士でありながら太政大臣を務めている。平安時代の末期に権勢を振るっており、「平家にあらずんば猫にあらず」と言い放ったり、臣下たちにレモンの搾り汁を掛けたりしようとするなど、傲慢な一面を見せることが多い。また短気な性格で、平維盛が富士川の戦いで源頼朝に敗れたことを聞くと、苛立ちのあまり東大寺に放火をするという暴挙に出る。これに対する天罰からたちまち重い病に侵され、臣下から「仏様に謝れば、きっと病気は治る」と進言される。しかし、他者に頭を下げることを嫌がるあまりこれを拒絶し、最期の時まで他者を認めることをしなかった。実在の人物、平清盛がモデル。
後白河法皇 (ごしらかわほうおう)
エピソード「戦え!! ねこねこ日本史 源頼朝」「乱せ! ねこねこ日本史 平清盛」「院政! ねこねこ日本史 後白河法皇」「奪え! ねこねこ日本史 静御前」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。鳥羽法皇の息子で、かつては「雅仁親王」という名前だった。1155年に天皇に即位し、「後白河天皇」に名前を改める。さらに、後継者に天皇の座をゆずると「後白河上皇」となって院政を始め、やがて出家して後白河法皇となる。兄の崇徳上皇と仲が悪く、やがて二つの陣営に分かれて争うことになる。そして、争いのために強力な武士を集め、やがて源義朝や平清盛などを招集し、1156年に勃発した保元の乱で崇徳上皇を打ち破る。その功績から、義朝と清盛にそれぞれ恩賞を与え、自らは息子の「二条天皇」に皇位をゆずって上皇になる。義朝が平治の乱を起こすと、二条天皇と共に人質ならぬ猫質として利用されそうになるが、女装して抜け出し、事なきを得る。清盛が義朝を倒すと、彼に太政大臣の位を授ける。しかしのちになって、清盛が権勢を振るうようになったことを警戒するようになり、彼を止めるための戦力を欲すると、源頼朝や源義経、木曾義仲に働き掛け、清盛とその一派を討たせる。さらに平氏が倒れたのちは、Twitterを利用して義経を贔屓することで頼朝のライバル心をあおり、二匹を戦わせるように仕向けるなど、武将たちの力量や相関関係を的確に把握しつつ、それを利用するしたたかな面を幾度も見せる。実在の人物、後白河天皇がモデル。
巴御前 (ともえごぜん)
エピソード「戦え!! ねこねこ日本史 源頼朝」「従え! ねこねこ日本史 巴御前」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。木曾の豪族である「中原兼遠」の娘で、腕白な性格でオスの猫を投げ飛ばすほど力が強く、幼い頃から兄たちにまぎれて遊んでいた。ある時、木曾義仲と出会い、彼の屈託のない性格に触れて次第に好意を寄せるようになる。そして、彼のための力になりたいと考えて特訓に明け暮れ、弓や長刀など、複数の武器を自在に使いこなせるようになる。ある時、巴御前の好意を知らぬまま、義仲が元服と同時にほかの女性と結婚してしまう。これによって深く落ち込み、気晴らしに大木を使って爪を研ぎ続けたところ、その木が倒れるほどの切れ味を発揮する。やがて義仲が気持ちに気づき、側室に迎えるように希望されると、喜んで彼のもとに嫁ぐ。のちに平清盛が朝廷をないがしろにし始めると、打倒平氏を掲げる義仲に助力し、共に京都へと向かう。しかし、京の都で牛を暴走させた義仲もまた、後白河法皇から追討命令を出されることになり、追手として差し向けられた源義経と戦う羽目に陥る。実在の人物、巴御前がモデル。
北条 政子 (ほうじょう まさこ)
エピソード「戦え!! ねこねこ日本史 源頼朝」「従え! ねこねこ日本史 巴御前」「守り抜け! ねこねこ日本史 北条政子」に登場する。平安時代から鎌倉時代にかけて、ねこねこ日本で活躍したメスの猫。伊豆の豪族である北条時政の娘にあたる。アクティブな性格で、筋の通らないことに出くわしたときは「政子ちゃんキック」と呼ばれる強烈な蹴りを繰り出すことが多い。伊豆に幽閉されている源頼朝の見張りをしていたが、やがて頼朝に好意を抱く。そして、時政の反対を押し切って結婚し、「大姫」、源頼家、源実朝の、三匹の子供に恵まれる。のちに頼朝が鎌倉幕府をつくり上げるところを見届けるが、やがて大姫が亡くなり、続けて頼朝も死去してしまう。これを機に、自ら鎌倉幕府を支えることを決意する。そして、出家して頼家を二代目将軍に任命し、共に切り盛りしようと懸命に励むが、頼家はまともに仕事をせず、やがて失脚する。さらに末子の実朝も暗殺されるなど、幾度も苦難に見舞われるが、二代目執権となった弟の北条義時と力を合わせ、鎌倉幕府を守るために奔走する。実在の人物、北条政子がモデル。
足利 尊氏 (あしかが たかうじ)
エピソード「倒せ! ねこねこ日本史 足利尊氏」「固めろ! ねこねこ日本史 足利義満」「混乱! ねこねこ日本史 足利直義」に登場する。鎌倉時代から室町時代にかけて、ねこねこ日本で活躍したオスの猫。武家の一つである足利家の出身で、かつては「足利高氏」という名前だった。典型的なまでに猪突猛進な性格で、敵と味方の区別をつけられなくなることも少なくない。鎌倉幕府の14代執権である北条高時から、後醍醐天皇を討伐するように命じられる。だが、気が乗らなかったために、後醍醐天皇から差し向けられた楠木正成や「新田義貞」と共に高時自身に攻撃を仕掛け、鎌倉幕府を滅亡に追いやってしまう。後醍醐天皇からその功績を認められ、彼の本名である「尊治」から一文字をゆずられ、「足利尊氏」と名乗るようになる。しかし、後醍醐天皇の政治で不平等な扱いを受けた武士たちから政治の表舞台に立つように要求され、やがて彼の断りもなしに征夷大将軍を名乗り、これを怒った後醍醐天皇の率いる軍に九州まで追い詰められる。そこで、足利直義の助言によって光厳上皇を頼り、楠木と新田を撃破して、やがて後醍醐天皇を都から追いやる。そして、光厳上皇の弟である光明天皇から晴れて正式に征夷大将軍として認められ、室町幕府を興すが、猪突猛進な性格は変わらなかった。実在の人物、足利尊氏がモデル。
足利 直義 (あしかが ただよし)
エピソード「倒せ! ねこねこ日本史 足利尊氏」「固めろ! ねこねこ日本史 足利義満」「混乱! ねこねこ日本史 足利直義」に登場する。鎌倉時代から室町時代にかけて、ねこねこ日本で活躍したオスの猫で、足利尊氏の弟にあたる。後醍醐天皇の手勢に追われて九州に逃げ延びた尊氏に接触し、光厳上皇を頼ることを進言する。考えなしに行動する尊氏の扱いにたびたび苦慮するが、やがて二匹で楠木正成と「新田義貞」を倒し、後醍醐天皇を都から追い出す。そして、尊氏が征夷大将軍となって室町幕府を開くと、政治のトップの座に就き、尊氏と共に幕府の維持と発展のために動く。しかし、互いの家臣や家族のケンカが絶えず、やがて足利直義と尊氏も敵対する羽目になる。実在の人物、足利直義がモデル。
武田 信玄 (たけだ しんげん)
エピソード「行け! ねこねこ日本史 武田信玄」「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「点てろ! ねこねこ日本史 千利休」「謀れ! ねこねこ日本史 山本勘助」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。甲斐の国をおさめており、「甲斐の虎」の異名を持つ。風に吹かれる猫、山の中の猫、火の前の猫、そして林の中の猫のような軍勢を志しており、それを体現するべく「風林火山」と記された軍旗を掲げている。鋭い牙を備えた猫を集めた武田キバ軍団を結成すると、ただひたすらに敵に嚙みつく戦術を駆使して信濃国を攻め落とすことに成功する。さらに、軍師の山本勘助の勧めによって、赤く染め上げた鎧や兜を身につけ、血糊を使って牙に血を垂らして敵を視覚的に威圧する「赤備え」という戦術を採用したほか、領内で多く取れる金を使って「甲州金」と呼ばれる金貨を作ったり、川の氾濫を事前に防止するために「信玄堤」と呼ばれる堤防を築くなど、内政に関しても力を尽くす。また、「猫は城、猫は石垣、猫は堀」という言葉を残すなど、家臣を非常に大事にしているため、人望も厚い。上杉謙信とは宿命のライバルで、川中島では彼の軍と五回にわたって激突し、勘助が提示した「きつつき戦法」を駆使して、一進一退の攻防を繰り広げる。最後の戦いでは、前線に出て謙信と一騎打ちを行うが、アクシデントによってお互いに目を回していたため、まともな勝負にならなかった。実在の人物、武田信玄がモデル。
山本 勘助 (やまもと かんすけ)
エピソード「行け! ねこねこ日本史 武田信玄」「謀れ! ねこねこ日本史 山本勘助」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。武田信玄に軍師として仕えており、左目に眼帯を付けている。若い頃からさまざまな場所で修行を積み、剣術や築城術、戦術など、さまざまな特技を身につける。そして、今川義元に家臣にしてもらうように申し出るが、野良猫だからという理由で断られてしまう。しかし、それを見ていた信玄からスカウトされ、彼に仕えることになる。信玄のサポート役として徹することを信条としており、信濃国を攻め落とす前後に、赤く染め上げた鎧や兜を身につけ、血糊を使って牙に血を垂らして敵を視覚的に威圧する「赤備え」という戦術を提案し、採用される。川中島の戦いでも信玄を支え続け、その最中に二手に分かれて挟み撃ちにしながら断続的に攻撃を仕掛ける「きつつき戦法」を成功に導き、信玄の勝利に大いに貢献する。実在の人物、山本勘助がモデル。
織田 信長 (おだ のぶなが)
エピソード「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「組め! ねこねこ日本史 朝倉義景」「裏切れ! ねこねこ日本史 明智光秀」「締めろ! へびねこ日本史 濃姫」ほか、複数のエピソードに登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。1559年に尾張の国を統一し、その領主となる。好奇心旺盛な性格で、よくも悪くも規格外の行動を多く取ることから「尾張の大うつけ」と呼ばれている。猿を飼ってみたいという理由で豊臣秀吉を召し抱えたり、まじめな明智光秀をかわいがるなど、気まぐれながらも面倒見がよい。また、蛇である濃姫を妻に迎えたり、猫でありながら、猿である秀吉の言葉を理解したりと、猫以外の動物に対する理解力が高く、このこともさまざまな動物たちから信頼を得る理由の一つとなっている。桶狭間の戦いでは、今川義元率いる二万の軍勢に対して、わずか2000の兵と一匹の猿で対抗することになったが、秀吉の活躍によってみごと勝利をおさめる。わずかな手勢で今川を倒したことで一躍有名になるが、その一方で、猿である秀吉を臣下として取り立てていることも話題になり、上杉謙信からは「サル田サル長」と呼ばれたこともある。1566年には美濃の信濃城を攻め、秀吉の造り上げた「墨俣一夜城」を利用して勝利をおさめ、さらに1575年の長篠の戦いでは、武田勝頼が率いる武田キバ軍団を鉄砲を用いた波状攻撃で撃破し、1579年には、日本一の高さを誇る安土城を築くなど、目覚ましい活躍を見せる。しかし1582年、本能寺に滞在している際に、光秀から謀反を起こされてしまう。実在の人物、織田信長がモデル。
豊臣 秀吉 (とよとみ ひでよし)
エピソード「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「伝えろ! ねこねこ日本史 石田三成」「組め! ねこねこ日本史 朝倉義景」「裏切れ! ねこねこ日本史 明智光秀」ほか、複数のエピソードに登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍した貧しい農家で生まれたオスの猿。武将として活躍していた頃は「羽柴秀吉」と名乗っていたが、のちに「豊臣秀吉」に改名する。子供の頃に見た猫の侍たちが堂々とした姿を見せたことから、将来は立派に侍になりたいと志すようになる。数年後、「松下之綱」に家来にしてもらうように頼み込むが、松下には猿の言葉が通じずに終わる。しかし、それを見ていた織田信長が、「猿を飼ってみたい」と考えたことで彼に仕えることになる。それからは、清州城の壊れた城を3日で修繕するなど目覚ましい活躍を幾度も見せて、やがて足軽から侍に昇格する。1566年に美濃の因幡山城を攻略する際は、川の上流で仮組みした部材を下流に運び、「墨俣一夜城」を造り上げて信長の勝利に貢献し、1573年には浅井長政の小谷城を攻め落とした功績から、浅井がおさめていた領地を与えられる。1582年に本能寺の変が勃発し、信長が明智光秀に倒されると、急いで京へと引き返し、光秀を討つ。そして信長の長男を後継者に推すと、彼の後見人となり、信長に代わって天下統一への道を歩み出す。実在の人物、豊臣秀吉がモデル。
明智 光秀 (あけち みつひで)
エピソード「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「組め! ねこねこ日本史 朝倉義景」「上れ! ねこねこ日本史 足利義昭」「裏切れ! ねこねこ日本史 明智光秀」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。美濃国をおさめる名門と知られる土岐一族に連なる家系の出身で、茶道や連歌などに精通している。かつて斎藤道三に仕えていたが、道三とその息子である斎藤義龍の争いに巻き込まれ、妻の熙子と共に美濃国を脱出して野良猫になる。その後、朝倉義景に拾われるが、足利義昭からいっしょに上洛するように付きまとわれ、彼から逃げる羽目に陥る。その先で織田信長と出会い、彼の家臣となる。それからは、1571年の比叡山への攻撃や1576年の石山本願寺攻めなどに同行し、共に戦い続ける。しかし、信長から過保護な扱いを受け続け、次第にストレスを感じるようになる。そして1582年。ついに不満が頂点に達して信長を倒すことを志し、彼の滞在する本能寺に火を放つ。しかし、思った以上に火の回りが早かったため、明智光秀自身もパニックに陥り、右往左往しているところを戻ってきた秀吉に倒されてしまう。実在の人物、明智光秀がモデル。
朝倉 義景 (あさくら よしかげ)
エピソード「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「嫁げ! ねこねこ日本史 お市と茶々」「組め! ねこねこ日本史 朝倉義景」「上れ! ねこねこ日本史 足利義昭」「裏切れ! ねこねこ日本史 明智光秀」ほか、複数のエピソードに登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫で、越前国の大名を務めている。北近江国の浅井長政と仲がよく、一時は「浅朝コンビ」と呼ばれるお笑いコンビを組もうと考えていた。しかし、長政がお市と結婚することが決まると、二匹の幸せを考えて長政のもとを去る。その後、明智光秀を臣下に迎えるが、足利義昭から上洛を手伝うようにしつこくせまられ、明智を置いて逃げ出してしまう。のちに長政と軍事同盟を組み、織田信長と相対するが、姉川の戦いで敗北する。実在の人物、朝倉義景がモデル。
徳川 家康 (とくがわ いえやす)
エピソード「分け目! ねこねこ日本史 徳川家康」「伝えろ! ねこねこ日本史 石田三成」「惚れろ! ねこねこ日本史 真田幸村」「よくがんばりました! ねこねこ日本史 淀殿」「切れ! ねこねこ日本史 本多忠勝」ほか、複数のエピソードに登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。若い頃の名前は「松平元康」で、織田信長から人質ならぬ猫質として扱われ、苦難の時代を過ごしていた。やがて信長から協力者として頼られるようになり、忠臣の本多忠勝と共に、姉川の戦いや長篠の戦いなどの合戦を戦い抜き、徐々に力をつけていく。本能寺の変で信長が倒れると、やがて豊臣秀吉と対立することになり、小牧・長久手の戦いなど、幾度かにわたってぶつかり合うことになる。秀吉の死後は、彼の遺志を継ぐ石田三成から敵視されるようになり、1600年に関ヶ原の戦いで激突する。数の上では優位だったものの、前哨戦となる杭瀬川の戦いでは、進軍の途中で真田昌幸のねこじゃらしを使った策略や、島左近の囮作戦の前に思わぬ苦戦を強いられる。しかし本戦では、敵だった小早川秀秋が絶妙のタイミングで味方に寝返ったため、その勢いに乗じて三成の本陣を攻め、勝利を収める。1603年に征夷大将軍となり、江戸幕府を開いたあとは、後顧の憂いを断つべく大坂城を攻撃し、豊臣家を滅亡へと追いやる。実在の人物、徳川家康がモデル。
石田 三成 (いしだ みつなり)
エピソード「分け目! ねこねこ日本史 徳川家康」「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「伝えろ! ねこねこ日本史 石田三成」「暴れろ! ねこねこ日本史 加藤清正」「支えろ! ねこねこ日本史 片倉小十郎」ほか、複数のエピソードに登場する。安土桃山時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。豊臣秀吉の臣下で、猫でありながら猿である秀吉の言葉を理解でき、寺の中で彼の好みに合わせたお茶を振る舞ったことから気に入られ、秀吉の配下となる。正直すぎる性格で、秀吉の言葉を正確に訳すことから悪口をそのまま告げる悪癖があり、加藤清正など武闘派の武将から疎まれる。さらに、盟友の大谷吉継からも苦言を呈されたこともあるが、秀吉からは気に入られ続け、出世を重ねていく。一方で、大物として目をかけていた島左近を召し抱える時は、俸禄(ほうろく)として秀吉から得た缶詰を使って罠を仕掛けたこともある。秀吉が亡くなる際には、彼の悪口と捉えかねない言葉をそのまま訳したことで、徳川家康から敵意を向けられる。そして、石田三成自身も、豊臣家を追い落とそうとする家康に反感を抱き、やがて関ヶ原の戦いで衝突することになる。実在の人物、石田三成がモデル。
真田 昌幸 (さなだ まさゆき)
エピソード「分け目! ねこねこ日本史 徳川家康」「惚れろ! ねこねこ日本史 真田幸村」「移れ! ねこねこ日本史 真田昌幸」「しのげ! ねこねこ日本史 甲斐姫」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。真田家の武将で、武田信玄の腹心を務める。信玄からは自分の目となって働くように求められ、1561年に勃発した川中島の戦いで信玄の危機を救い、大きく株を上げる。さらに、1572年の三方ヶ原の戦いでは、戦意を見せないまま陣地を抜けようとしたことで徳川家康や本多忠勝の油断を誘い、彼らに大打撃を与える。しかし、信玄が病に倒れると、彼の息子の武田勝頼と共に織田信長、家康、北条氏政の連合軍と戦い、やがて武田家の滅亡を目の当たりにする。そして、新たな主君として織田家に仕えることを選び、息子たちと共に信長のもとに参じるが、その直後に本能寺の変が発生したことでまたも主君を失う結果となる。やがて機に応じて北条家、徳川家、上杉家とさまざまな武将のもとを渡り歩き、さまざまな功績を挙げることで「日本一の戦上手」と呼ばれるようになり、家康からも恐れられるようになる。関ヶ原の戦いでは石田三成率いる西軍につき、真田幸村と共に徳川秀忠の軍勢に勝利する。実在の人物、真田昌幸がモデル。
島津 義弘 (しまづ よしひろ)
エピソード「分け目! ねこねこ日本史 徳川家康」「あそべ! ねこねこ日本史 島津義弘」「暴れろ! ねこねこ日本史 加藤清正」「改宗れ! ねこねこ日本史 大友宗麟」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。薩摩国の当主である「島津貴久」の息子で、兄に「島津義久」、弟に「島津歳久」と「島津家久」がいる。兄弟そろって遊ぶことが大好きで、貴久が義久に家督をゆずって隠居する際も、九州の統一を託されながらそろって遊ぶことばかり考える。貴久が亡くなると、好機とばかりに日向国の「伊藤祐安」に攻め込まれ、木崎原の戦いが勃発する。これに対して、義弘たちはこの期に及んでも遊ぶことばかりを考えるが、結果的にトリッキーな戦術を生み出し、圧倒的勝利をおさめて日向国を手に入れる。さらに、北九州の六か国をおさめる大友宗麟を撃退したほか、竜造寺隆信を下して肥前の国を獲得し、やがて九州の統一に動き出す。実在の人物、島津義弘がモデル。
徳川 綱吉 (とくがわ つなよし)
エピソード「守れ! ねこねこ日本史 徳川綱吉」「打ち入れ! ねこねこ日本史 大石内蔵助」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸幕府の五代目将軍。世継ぎとなる男子が長らく生まれなかったことに焦り、母親の桂昌院から隆光を紹介される。そして彼から犬を大事にすれば問題が解決されると聞かされ、犬を極端に重視する「生類憐みの令」を発令する。猫にとって天敵ともいえる犬を敬うお触れを出したことで、世間は大混乱に陥る。徳川綱吉自身も猫であるために犬を恐れていたが、隆光の言葉を鵜呑みにし続け、必死の思いで城の中に犬を放し飼いにし、その恐怖に耐え続ける。このことが、平民の猫たちからは勇気のある行いと認識されるが、混乱が広まったことで徳川光圀から苦言を強いられ、隆光からも遠回しに生類憐みの令を止めるように働き掛けられるが、あとに引けないまま法をエスカレートさせる。また、犬である吉良上野介が調子に乗り、浅野内匠頭が処罰される遠因にもなってしまう。実在の人物、徳川綱吉がモデル。
大石 内蔵助 (おおいし くらのすけ)
エピソード「打ち入れ! ねこねこ日本史 大石内蔵助」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。浅野家の家老の一匹で、赤穂浪士を率いる。主である浅野内匠頭が切腹を命じられ、さらに家を断絶されたことから、その元凶である吉良上野介に復讐することを決意する。非常に物忘れが激しいという短所を持ち、城を追われてもしばらくのあいだは赤穂浪士の仲間と共にマタタビを嗅ぐなど悠々自適の生活を送っていた。しかし徳川綱吉から、赤穂浅野家の再興の可能性が完全についえたことを聞かされると、いよいよ吉良を打倒するために討ち入りを決意する。当初は、部下たちの連携がうまくいかず、高い所からの奇襲が苦手ということもあり、吉良に追随する屈強な犬たちに苦戦を強いられる。だが、陽が完全に落ちると、夜目がきかない犬たちに有利に立ち回れるようになる。さらに、幽霊となってこの世にとどまっていた内匠頭が、吉良を中庭に追いやることで包囲に成功し、みごとに吉良を討ち果たす。実在の人物、大石良雄がモデル。
坂本 竜馬 (さかもと りょうま)
エピソード「開け! ねこねこ日本史 坂本竜馬」「学べ! ねこねこ日本史 吉田松陰」「授けろ! ねこねこ日本史 佐久間象山」「逃げろ! ねこねこ日本史 桂小五郎」「結べ! ねこねこ日本史 中岡慎太郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。土佐藩出身の武士で、ブーツと鉄砲をトレードマークとしている。1853年に浦賀を訪れ、現れた黒船とペリーの威容を目の当たりにする。そして攘夷を決意すると、開国論者である勝海舟を殺害しようとするが、当の勝本人から地球儀を見せられ、日本がどれだけ小さな存在かをつきつけられると、地球儀を回して遊びながらも彼の考えに感銘を受け、その弟子となる。その後は勝の作り上げた海軍操練所で航海術の訓練に集中する。しかし、攘夷論に乗じた長州藩や薩摩藩が海外の猫たちに敗れ、操練所が解散したことで西郷隆盛に預けられる。巨大な体格を誇る西郷を前に、彼一匹で幕府を倒せるのではないかと考えるが、彼の頼みを受けて薩摩藩と長州藩を結び付け、幕府打倒に向けて動き出す。実在の人物、坂本龍馬がモデル。
桂 小五郎 (かつら こごろう)
エピソード「開け! ねこねこ日本史 坂本竜馬」「進め! ねこねこ日本史 高杉晋作」「結べ! ねこねこ日本史 中岡慎太郎」「逃げろ! ねこねこ日本史 桂小五郎」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。長州藩出身の武士で、神道無念流の免許皆伝に達する腕前を誇る剣の達人だが、それ以上に危機を察知したり身を隠したりする術に長けていることや、わずかな物音にすら驚いて逃げ出すことから「逃げの小五郎」の異名を持つ。吉田松陰に弟子入りし、異国と対等になるためにねこねこ日本を一つにまとめ上げる必要性を説かれ、これに共感する。そして、長州藩の外交官に就任し、攘夷派の公卿である「三条実美」に、幕府に攘夷を約束させる。「孝明天皇」から長州藩を警備から外されたり、池田屋の密会を新選組に襲撃されたりと苦難が続き、ついには長州征伐の令が出される。これによって身の危険を感じて、野良猫や商人、大木など、さまざまな姿に変装して、追手から逃げきる。そうして、長州征伐が中止された頃に、藩の要請によって要職に就き、再び幕府が長州を攻める前に仲間を増やすことを思い立つ。そして、出会った坂本竜馬から西郷隆盛を紹介され、薩長同盟を締結する。その一方で、西郷があまりに大きく強そうに見えるため、彼一匹でも幕府を倒せるのではないかとも考える。実在の人物、木戸孝允がモデル。
持統天皇 (じとうてんのう)
エピソード「継がせろ! ねこねこ日本史 持統天皇」「選べ! ねこねこ日本史 藤原定家」「歌を作れ! ねこねこ日本史 柿本人麻呂」「整えろ! ねこねこ日本史 藤原不比等」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。大海人皇子の二匹目の妻にあたり、即位前の名前は「鵜野讃良皇女」。知力と行動力に優れており、夫からも頼られている。息子の草壁皇子を溺愛するあまり、彼を天皇に据えるためにあらゆる手段を尽くす。また、歌人である柿本人麻呂の技量を高く評価しており、士気高揚や鎮魂歌を作らせたこともある。671年に天智天皇が亡くなると、さっそく後継者として草壁皇子を据えようとするが、人間で9歳に相当する草壁皇子では無理だろうと突っ込まれ、まずは大海人皇子に天皇になってもらおうと考える。そして、壬申の乱に勝利することで大海人皇子を天武天皇に即位させることに成功すると、草壁皇子を次期天皇に内定させるべく、ライバルとなる大津皇子に謀反の疑いを掛ける。しかし、草壁皇子も病気で亡くなると、自ら天皇に即位して持統天皇となる。実在の人物、持統天皇がモデル。
鑑真 (がんじん)
エピソード「渡れ! ねこねこ日本史 鑑真」に登場する。奈良時代に中国で活躍したオスのスコティッシュフォールドで、唐の高名な寺で高僧を務めている。ねこねこ日本からやって来た普照と栄叡から仏教の正しい戒律を広めるように依頼され、熱意に押される形で、二匹と共にねこねこ日本に向かおうとする。当時は日本への密航が厳しく取り締まられているうえに、航路に嵐が吹き荒れることも多かったため、およそ十年ものあいだ、日本へ渡れずにいた。さらにその中で、栄叡が亡くなったほか、鑑真自身も病によって失明してしまう。しかし753年、六度目の航海でようやく渡航に成功し、朝廷やねこねこ日本の僧侶たちから熱烈な歓迎を受ける。実在の人物、鑑真がモデル。
最澄 (さいちょう)
エピソード「悟れ! ねこねこ日本史 最澄と空海」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。「東大寺」と呼ばれる寺で僧侶の修行を積んでいたが、785年に真の悟りを開くために都を去り、真の悟りを開くまで帰らない覚悟で一匹で山にこもり続ける。そして17年ほど修行し続けた結果、天台宗の教えを広めようと決意し、やがて唐に渡って天台宗の経典を受け取ると、ねこねこ日本に戻って天台宗の布教に全力を尽くす。真言宗を布教しようとする空海とはライバル同士で、天台宗を広めるための手段として、真言宗の教えを乞うこともあった。しかし、やがて考え方の違いから仲違いをしてしまう。実在の人物、最澄がモデル。
空海 (くうかい)
エピソード「悟れ! ねこねこ日本史 最澄と空海」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。土佐国の室戸岬で僧侶の修行を積んでいたが、ある時荒波に弾き飛ばされ、岸壁に頭をぶつけたショックによって真言宗の悟りを開く。唐には20年ほど滞在するつもりだったが、ライバルの最澄がわずか一年で帰国すると、真言宗に関する経典を急いで集めて、最澄のあとを追うようにねこねこ日本へと戻る。そして、体を張った布教が嵯峨天皇の興味を引き、教えを広めるようにうながされる。そして、金剛峰寺を建立したり、日本初の私立学校となる綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)を開くなどして、若者たちの育成に励む。最澄とはライバル同士で、意見を争わせることもあったが、彼が死を迎えると、死後の世界で再会することを望む。実在の人物、空海がモデル。
紫式部 (むらさきしきぶ)
エピソード「書け! ねこねこ日本史 紫式部」「選べ! ねこねこ日本史 藤原定家」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫で、平安京を代表する作家。子供の頃から優れた学才を持つが、癇癪(かんしゃく)を起こすと目の前のものを引っかいてしまう悪癖を持つ。優れた資質に着目した藤原為時から、「竹取猫物語」や「蜻蛉猫日記」などの本を与えられ、さらに文才を伸ばしていく。さらに、宮中の様子を聞かされるにつれて、宮中での生活にあこがれを抱くようになっていく。そんな中、藤原宣孝から見初められ、結婚を申し込まれる。最初のうちは気乗りせず、時には引っかいて追い払うこともあったが、何度も通い続ける彼の熱意に根負けし、プロポーズを受け入れる。やがて一子にも恵まれるが、その約2年後に疫病で宣孝を失う。その後もさまざまな男性から結婚を申し込まれるが、承諾することはなく、退屈をまぎらわせるためにオリジナル小説である「猫氏物語」の執筆を始める。猫故に飽きっぽく、少し書いたところですぐに投げ出してしまうが、序文を読んだ藤原道長から、宮中で続きを書くように求められる。実在の人物、紫式部がモデル。
伊達 政宗 (だて まさむね)
エピソード「生き残れ! ねこねこ日本史 伊達政宗」「支えろ! ねこねこ日本史 片倉小十郎」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。東北地方の武家である伊達家の出身で、「東北の暴れん坊」や「独眼竜政宗」の異名を持つ。5歳の頃に病気で片眼を失い、それ以来、付けている眼帯がトレードマークとなる。幼い頃は気の弱い性格だったが、片倉小十郎やその姉の喜多に鍛えられることで、やがて優れた武将へと成長する。戦術眼が優れており、兵士にペットボトルを被らせて敵軍を威嚇したり、「黒脛巾組」と呼ばれる忍者集団を組織するなどして、のちに東北地方を手中におさめる。ある時、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉の配下を滅ぼしたことで怒りを買い、小田原まで来るように要請する書状を送られる。しかし、書状は猿の言葉で書かれていたために理解できず、ますます秀吉を怒らせてしまう。さらに、秀吉に伊達家を滅ぼされることを恐れた義姫から毒殺されかけるが、やがて書状の意味を理解すると、死に装束をまとって一匹で秀吉と会見し、その豪胆さを気に入った彼から許しを得る。実在の人物、伊達政宗がモデル。
片倉 小十郎 (かたくら こじゅうろう)
エピソード「生き残れ! ねこねこ日本史 伊達政宗」「支えろ! ねこねこ日本史 片倉小十郎」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。伊達家に仕えており、幼少の頃の弱気だった伊達政宗をたくましく育て上げたことから、やがて彼の腹心として知られるようになる。姉の喜多に頭が上がらず、政宗と共に厳しく鍛えられ、やがて立派な武将に成長する。そして、政宗と共に初陣を勝利で飾ると、勢いに乗じて伊達軍の縄張りを拡張していき、東北地方のほとんどを統一する。その手ぎわを豊臣秀吉や石田三成から注目され、やがて秀吉から、伊達家をはるかに上回る量の褒章を提示されつつ、直属の軍師にならないかと働き掛けられる。しかし、褒章がすべてバナナだったためにこれを断り、秀吉の臣下である「蒲生氏郷」に奪われた領地を取り戻そうとさまざまな策を練る。そして蒲生と秀吉が亡くなると、関ヶ原の戦いや大坂の陣で武勲を挙げ、江戸時代における、伊達家の立場を盤石にしようとする。やがて病に侵されると、大坂の陣への参戦を果たせず、無念の思いに苛まれる。実在の人物、片倉景綱がモデル。
真田 幸村 (さなだ ゆきむら)
エピソード「惚れろ! ねこねこ日本史 真田幸村」「移れ! ねこねこ日本史 真田昌幸」「よくがんばりました! ねこねこ日本史 淀殿」「しのげ! ねこねこ日本史 甲斐姫」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。真田昌幸の息子で、真田信幸の弟にあたる。本名は「真田信繁」だが、やがて別名である「真田幸村」の方が有名となる。家族そろって小銭に目がなく、1590年の北条軍との戦いでは、転がった小銭を追い掛けて北条軍の陣地に家族そろって突っ込んで勢いのままに勝ちをおさめ、この戦いで親子ともども戦上手と呼ばれるようになる。1600年の関ヶ原の戦いでは、昌幸と共に石田三成率いる西軍につく。そして、前哨戦となる上田合戦で、上田城の窓に大量のねこじゃらしを飾り、徳川秀忠の軍勢を釘づけにして勝利をおさめる。のちに徳川家康に敗れて捕われるが、本多忠勝や信幸が懇願したことで死罪を取り消され、昌幸と共に田舎に流される。しばらくのあいだは、昌幸と共に田舎での生活を楽しんでいたが、1614年に大坂冬の陣が勃発すると、淀殿の使いから懇願されたことで豊臣秀頼につく。そして、大坂城の中庭に「真田丸」と呼ばれる出城を作り上げ、家康を追い詰める。実在の人物、真田信繁がモデル。
淀殿 (よどどの)
エピソード「惚れろ! ねこねこ日本史 真田幸村」「嫁げ! ねこねこ日本史 お市と茶々」「よくがんばりました! ねこねこ日本史 淀殿」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。お市と浅井長政の娘で、お江は妹にあたる。若い頃の名前を「茶々」で、母親に似ていることからお市にかわいがられていた。長政が倒されたあとは、母親や妹と共に、叔父である織田信長のもとに身を寄せるが、猿であるうえに、お市や自分たちになれなれしい態度を見せる豊臣秀吉を疎ましく思っていた。やがて秀吉の側室として迎えられることになり、渋々ながら彼のもとに嫁ぐが、「淀城」と呼ばれる城を与えられると秀吉を見直し、城主の座を与えられたことから「淀殿」と呼ばれるようになる。やがて豊臣秀頼が産まれると、彼をかわいがるようになるが、秀吉が亡くなると豊臣家を軽んじ始め、さらに勝手に征夷大将軍に就任した徳川家康に怒りを見せる。大坂冬の陣では、本拠の大坂城に秀頼と共に籠城し、真田幸村の活躍もあって一時的に休戦する。しかし、家康の策略で大坂城の内堀が埋められると、翌年に発生した大坂夏の陣で総攻撃を受ける。実在の人物、淀殿がモデル。
宮本 武蔵 (みやもと むさし)
エピソード「戦え! ねこねこ日本史 宮本武蔵」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。播磨国出身の剣豪。子供の頃から体が非常に大きく、生まれながらにして並はずれた剣の才能を持ち合わせる。ただし、体格差を生かした格闘で敵を倒すことの方が多く、刀を使うことは滅多にない。1604年に剣術修行のために京の都へと入り、吉岡道場を訪れる。その先で、吉岡清十郎を一撃で倒し、面子を潰したことから吉岡道場に敵視される。そして、清十郎の関係者から幾度か襲撃を受けるが、ことごとく返り討ちにして、京にその名をとどろかせる。さらに、奈良では宝蔵院流槍術の使い手を破り、伊賀で宍戸某にも勝利するなど、破竹の勢いで知名度を向上させていく。やがて日本一と名高い佐々木小次郎の存在を知ると、彼と巌流島で決闘することになる。しかし、体が大きいために船旅に苦労し、途中でサメに襲われるというアクシデントに見舞われたことで、大幅に遅刻してしまう。これが功を奏し、待っているあいだに遊び疲れて眠っていた小次郎を倒し、日本一の剣豪となる。実在の人物、宮本武蔵がモデル。
徳川 吉宗 (とくがわ よしむね)
エピソード「貯めろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗」「三大改革でかえろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗・松平定信・水野忠邦」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸幕府の八代将軍を務めているが、将軍でありながら質素な生活を好み、他者の前でも「吉宗スタイル」と称してふんどしのみの姿になり、臣下にもそれを徹底させる。また、感情に任せて行動する傾向にあり、勢いのままに享保の改革を推し進めては、臣下たちから心配される。しかし、新たに江戸町奉行に任命した大岡忠相が人気を集めたほか、目安箱を設置して庶民の意見を幅広く聞き入れて、それを反映した政治を行うことで好評を得る。さらに、大名たちの参勤交代の負担を軽くする代わりに、一万石につき百石の米、あるいは猫のエサをおさめさせる「上米の令」や、米の出来不出来にかかわらず、毎年決まった量の年貢米、あるいは猫のエサをおさめさせる「定免の法」を発令する。これによって、あわよくば多くのエサを手に入れようと考えるが、猫にとって米は不要なものであることから、幕府の蔵には米ばかりが集まり、やがて「米将軍」と呼ばれることになる。さらに、商売仲間でグループをつくって商売の独占を許可する代わりに、幕府が物価を定める「株仲間」の制度や、刑事裁判のルールブックである「公事方御定書」を作ったり、外国の知識を取り入れるために「漢訳洋書の禁」を緩和したり、飢饉を防ぐためにサツマイモの栽培を奨励するなど、さまざまな政策を実行する。実在の人物、徳川吉宗がモデル。
伊能 忠敬 (いのう ただたか)
エピソード「測れ! ねこねこ日本史 伊能忠敬」「抜けろ! ねこねこ日本史 間宮林蔵」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。商人でありながら天文学に興味を持っており、かつて猫缶を用いたビジネスに成功して財を成すと、息子に家をゆずり渡して、江戸幕府の天文方である高橋至時に弟子入りする。至時のもとで、長きにわたって測量法を学び続け、1800年に人間に換算すると72歳前後という老齢でありながら、病を患っていた至時の代わりに、幕府の命令によって結成された蝦夷の測量隊へと入隊する。そして、測量したい二つの地点の目印となる「梵天」や、方角を測る「わんか羅鍼(らしん)」などの道具を活用して、およそ半年をかけて北海道の南東部沿岸の測量を成し遂げる。その功績を幕府に認められると、本州の北部太平洋沿岸と北部日本海沿岸を依頼され、やがて日本列島すべての測量という大プロジェクトに着手する。そして、18年の年月を費やして日本全土の測量を完遂させ、日本地図の完成に大きく貢献する。実在の人物、伊能忠敬がモデル。
大塩 平八郎 (おおしお へいはちろう)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 大塩平八郎」「三大改革でかえろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗・松平定信・水野忠邦」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。大坂の東町奉行所で、与力を務めている。自分に対して厳しく、朝早くに起きて武芸の稽古を行い、私塾で講義を行ったあとに出勤するという、ハードなスケジュールをこなしている。しかし、早起きの影響から、奉行所の中で居眠りをしてしまうこともあり、東町奉行の高井実徳から早起きの弊害を指摘されることもある。ある時、西町奉行所の内藤矩佳が豪商から賄賂を受け取っているという噂を聞きつけ、実徳から捜査するように命じられる。そして、西町奉行所の与力である弓削新右衛門が賄賂の高級猫エサを受け取っている証拠を押さえ、押収した猫エサを町の住民たちに分け与える。のちに養子に与力の職務を任せ、私塾の経営に専念する。そんな中、天保の大飢饉が発生し、米がまったく収穫できなくなった影響から、街の住民たちがカラスに襲われる事件が多発する。対策のために奉行所から米を融通してもらおうとするが、すでに江戸に米を送っていたため、奉行所にも米は残っていないことを知る。頼る所をなくして悩んだ末に、悪徳商人の屋敷を襲撃する計画を立て、のちに「大塩平八郎の乱」と呼ばれる騒動を巻き起こす。実在の人物、大塩平八郎がモデル。
近藤 勇 (こんどう いさみ)
エピソード「取り締まれ! ねこねこ日本史 新選組」「逃げろ! ねこねこ日本史 桂小五郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。芹沢鴨が失脚したのちに新選組の局長を務める。大柄な体型とおおらかな性格の持ち主で、釣り竿の先に虎のぬいぐるみをぶら下げた「長曾祢虎徹」を武器として扱う。拳をにぎったまま口の中に入れるという特技を持つが、新選組の隊士にはほかにも同じ特技を持つ隊士がおり、局長の威厳を保つために練習した結果、やがて両方の拳を同時に口の中に入れられるようになる。ある日、池田屋か四国屋のどちらかに、攘夷派の志士たちが集っているという情報を聞きつける。そして、四国屋を土方歳三に任せると、沖田総司などの手勢を率いて池田屋へと攻め込み、長曾祢虎徹の先端にくくり付けられたぬいぐるみで、攘夷派たちを翻弄する。実在の人物、近藤勇がモデル。
土方 歳三 (ひじかた としぞう)
エピソード「取り締まれ! ねこねこ日本史 新選組」「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。新選組の副長を務めており、総長の山南敬助のもとで実権をにぎっている。美形ながら、規律を守らない隊士に対しては鬼のように厳しく、特に畳やふすまに爪をこすり付ける行為を厳しく取り締まっていることから、「鬼の副長」のあだ名で呼ばれることもある。池田屋か四国屋のいずれかに攘夷派の志士が集まっているという情報を聞きつけると、近藤勇から四国屋に向かうように命じられる。当初は土方歳三だけが向かわされる予定だったが、さすがに無理があるだろうとツッコミを入れ、23匹の隊士をつけられた。しかし、四国屋には攘夷志士がおらず、それどころか、いつの間にか全員で泊まる流れになってしまう。実在の人物、土方歳三がモデル。
沖田 総司 (おきた そうし)
エピソード「取り締まれ! ねこねこ日本史 新選組」「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。新選組の一番隊組長を務めている。新選組で最も優れた剣の使い手だが、体が弱く、不意に毛玉を吐き出すことが多い。また、年若く小柄な体型ということもあり、ほかの隊士たちからかわいがられている。あまりの速さに三回の突きが一本に見えるという「三段突き」を使いこなす。しかし、動体視力に優れた猫からは、三本すべてを見切られることも多く、さらに技を磨くために鍛錬を重ねている。池田屋か四国屋のどちらかに、攘夷派の志士たちが集っているという情報が入ると、近藤勇と共に池田屋へと赴く。そして、愛刀の「加州清光」を振るい、潜んでいた攘夷志士たちと対峙する。実在の人物、沖田総司がモデル。
平 将門 (たいらの まさかど)
エピソード「暴れろ! ねこねこ日本史 平将門」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。ケンカが非常に強く、「将門猫パンチ」や「将門猫キック」など、多くの必殺技を使いこなす。「桓武天皇」の子孫にあたることから、父親の言いつけで都に向かい、官位を授かる。だが、実家である下総に戻ると、父親はすでに亡くなっており、おさめていた土地が親戚に奪われているところを目の当たりにする。これに憤りを覚えると、実力をもって一族たちを倒し、下総を取り戻す。この一件から関東で有名になるが、追われていた猫たちを保護したことで官軍と敵対する羽目になる。しかし、ここでも「将門怒りの猫パンチ連打」で官軍を蹴散らし、勢いに乗じて関東地方の大半を制圧する。さらに、菅原道真の使いを名乗る巫女からお告げを受けると、言われるままに「新皇」を名乗る。そして、下総に王城を立てた挙句、朝廷からの独立を宣言する。実在の人物、平将門がモデル。
井伊 直虎 (いい なおとら)
エピソード「偽れ! ねこねこ日本史 井伊直虎」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの虎。井伊谷の領主である「井伊直盛」の娘にあたる。かつては「お虎」という名前で、男の子供がいなかった直盛の意向によって従叔父である井伊直親と婚約する。大柄な虎であることから、ふつうの猫である直親からは怯えられている。直親との結婚を快く思わない小野政直が今川義元への謀反をでっちあげ、直親の父親と叔父を謀殺したことで、身の危険を感じた直親に逃げられてしまう。当初は、ほとぼりが冷めたら戻ってくるだろうと思っていたが、7年たっても戻らなかったため、ショックから出家をして、「次郎法師」の法名を授けられる。それからはしばらくのあいだ寺で生活をしていたが、小野政次の謀略によって井伊家の跡継ぎが次々に亡くなると、自ら城主となって井伊直虎と名乗るようになる。実在の人物、井伊直虎がモデル。
豊臣 秀長 (とよとみ ひでなが)
エピソード「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「点てろ! ねこねこ日本史 千利休」「支えろ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀長」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猿。豊臣秀吉こと「羽柴秀吉」の弟で、若い頃は「羽柴秀長」と呼ばれていたが、秀吉が豊臣に改名した際に、「豊臣秀長」と名乗るようになる。侍になるために家を出ていった秀吉の代わりに、百姓になって両親を助けようとしていた。しかし、織田信長の家臣となって帰ってきた秀吉から推薦され、秀長自身も信長に仕えることになる。それからしばらくは、秀吉が信長と共に出かけた際に、兄の城の留守番を務めて、持ち前の統率力を発揮して秀吉の家臣たちをまとめ上げる。さらに、1574年の長島一向一揆で信長と共に戦い、その時の活躍が認められたことで、秀吉と共に戦で活躍していく。本能寺の変で信長が亡くなると、彼の遺志を継いで天下泰平の世を築こうとする秀吉の力になることを決意する。実在の人物、豊臣秀長がモデル。
柴田 勝家 (しばた かついえ)
エピソード「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「嫁げ! ねこねこ日本史 お市と茶々」「貫け! ねこねこ日本史 直江兼続」「暴れろ! ねこねこ日本史 加藤清正」「勝て! ねこねこ日本史 柴田勝家」ほか、複数のエピソードに登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。武士として織田家に仕えており、鎧を着た猫の兵士を嚙み付いて倒すほどの力と、その力に見合った威容や勇気を備えていることから、「鬼柴田」と呼ばれて恐れられている。かつては「織田信行」に仕えており、1556年の稲生の戦いでは、彼について織田信長と戦う。この戦いで信行が敗れると信長の配下となり、やがて北陸方面の軍団長に抜擢される。夏は暑く、冬は寒さが厳しい環境に苦しみながらも、越前国を奪取し、そこで拠点となる北庄城を建てる。しかし、上杉謙信の軍に敗北し、このことがきっかけで豊臣秀吉との仲が悪化する。本能寺の変で信長が討たれたあとは、信長の弔い合戦となる山崎の戦に参戦できず、彼の後継者を決める清須会議でも秀吉に有利に進められてしまう。だが、秀吉が目をかけていたお市から求婚され、図らずも彼に一矢報いる。実在の人物、柴田勝家がモデル。
加藤 清正 (かとう きよまさ)
エピソード「伝えろ! ねこねこ日本史 石田三成」「暴れろ! ねこねこ日本史 加藤清正」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。豊臣秀吉のはとこにあたるが、当初は猿である秀吉と血のつながりがあることを周りから信用されていなかった。しかし、秀吉からは大いに気に入られ、彼のもとで育てられた結果、立派な武将へと成長する。そして、福島正則と共に賤ヶ岳の戦いに参戦して勝利をおさめるが、この時を境に石田三成をはじめとした文治派と対立することになる。さらに、1587年の九州征伐で肥後国を奪うと、秀吉から自治を認められるが、小西行長の横やりに遭い、領土の半分を取られてしまう。1592年に朝鮮へ出兵するが、文禄の役では三成の策略にはまって途中で帰国させられ、続く慶長の役でも、戦いの最中に秀吉が亡くなったことで、手柄を得られないまま終わってしまう。このことから三成や行長に反感を募らせ、関ヶ原の戦いでは、彼らを倒すために徳川家康の率いる東軍につく。実在の人物、加藤清正がモデル。
お市 (おいち)
エピソード「嫁げ! ねこねこ日本史 お市と茶々」「導け! ねこねこ日本史 竹中半兵衛」「組め! ねこねこ日本史 朝倉義景」「勝て! ねこねこ日本史 柴田勝家」「よくがんばりました! ねこねこ日本史 淀殿」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。織田信長の妹で、「戦国一の美女」と言われるほどの美貌を誇ることから豊臣秀吉や柴田勝家など、多くの武将に好かれている。1568年に信長の頼みによって浅井長政のもとに嫁ぎ、のちに淀殿となる茶々を含めた三匹の娘をもうける。しかし、長政との関係はよくなく、彼が信長に敵対すると、ひそかに信長に情報を送る。さらに、信長に小谷城を攻められると、娘と共に逃げ出して、信長のもとに帰ってしまう。それ以降は娘と共に信長の庇護下で生活し、その中で秀吉に求婚されるものの、猿だからという理由で突っぱねる。信長が亡くなったあとも秀吉にせまられるが、彼のもとを逃げ出して、柴田勝家と再婚する。実在の人物、お市の方がモデル。
松尾 芭蕉 (まつお ばしょう)
エピソード「詠め! ねこねこ日本史 松尾芭蕉」「書きまくれ! ねこねこ日本史 井原西鶴」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸の町で俳諧の師匠を務めており、本名は「松尾桃青」。木曾義仲の大ファンで、彼のポスターを肌身離さず持ち歩いている。また、物を捨てることが苦手で、弟子に持ち物の整理を任せることも多い。金持ちの道楽となり果てた江戸での俳諧に嫌気が差し、田舎である深川に滞在して一から俳諧の修業をしようと志す。当初は野良犬に追われたり、鯉の生け簀に心を奪われたりして、なかなか修業に集中できなかった。そこで、よけいなものが目に入らないように、家の周りに芭蕉の木を植えていき、このことがきっかけで松尾芭蕉と呼ばれるようになる。やがて世界を巡る旅に出ることを決め、弟子の千里を伴って実家のある伊賀上野へ赴き、有名な句である「古池や蛙飛び込む水の音」を歌い上げる。そして鹿島や奈良、大津などを旅して回り、総仕上げとして、曽良と共に東北へ旅立ち、全長2400キロに及ぶ奥の細道へと挑む。実在の人物、松尾芭蕉がモデル。
平賀 源内 (ひらが げんない)
エピソード「創れ! ねこねこ日本史 平賀源内」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸の町で本草学者を生業とすることから主に薬草を研究しており、ねこじゃらしやマタタビなど、猫が好む植物に触れる機会が多いことからうらやましがられている。植物学以外にもさまざまな特技を持ち、蘭学者や小説家としても活動している。1757年に日本初の展覧会となる「薬品絵」を開催し、その中で杉田玄白や「中川淳庵」と出会い、親しくなる。さらに、全国の珍しい動植物をまとめた「物類品隲(ひんしつ)」や「根南志具佐」などの小説を刊行し、いずれも大ベストセラーとなる。また、イメージ戦略として「土用の丑の日」を考案し、うなぎの販売に貢献するといった、経営者としても優れた一面を見せる。1776年には、オランダから伝わってきた壊れたエレキテルを自力で修理し、それを披露したことで発明家として脚光を浴び、さまざまな分野で成功したことから、やがて「日本のダ・ヴィンチ」と呼ばれるようになる。実在の人物、平賀源内がモデル。
吉田 松陰 (よしだ しょういん)
エピソード「学べ! ねこねこ日本史 吉田松陰」「進め! ねこねこ日本史 高杉晋作」「授けろ! ねこねこ日本史 佐久間象山」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。長州藩出身の武士で、松下村塾を開いた叔父の「玉木文之進」から兵学を学ぶ。子供の頃から長州藩の藩校である「明倫館」で教授を務めたり、藩主の「毛利敬親」に講義を行うなど、天才と呼ぶにふさわしい活躍を見せる。ある時、マタタビ戦争で清が敗れたことを聞きつけ、イギリスの矛先が日本に向くことを警戒する。そこで、江戸に向かって佐久間象山に弟子入りし、イギリス軍の軍艦や、搭載されているマタタビを使った大砲について学び、次第にそれらを自分の目で見たいと考えるようになる。そして、仲間たちと共に江戸を抜け出し、東北に停泊しているというロシアの軍艦を見に行くが、結局見ることができないまま江戸に戻り、さらに抜け出した罪を咎められ、長州の実家に戻ることを余儀なくされる。しかし、再び江戸を巡るチャンスを与えられると、下田にペリーが率いる黒船が停泊していることを知り、自力で船の中までのぼっていく。その根性に感動したウィリアムスから、アメリカに連れていけるようにペリーに交渉してもらうが、結局断られてしまう。そして、無断で黒船に乗り込んだ罪で自首をすると、地元の牢獄に入れられるが、そこで捕われていた猫たちに勉強を教えたところ、牢獄を学校のような雰囲気に変えることに成功する。この功績から釈放され、地元に帰ると文之進から松下村塾を引き継ぎ、後進の育成に力を入れる。実在の人物、吉田松陰がモデル。
佐久間 象山 (さくま しょうざん)
エピソード「学べ! ねこねこ日本史 吉田松陰」「進め! ねこねこ日本史 高杉晋作」「授けろ! ねこねこ日本史 佐久間象山」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。松代藩で朱子学者を務めており、自分に対しても他者に対しても厳しい性格で、生徒たちからは、恐れられつつも慕われている。あごに立派なヒゲを蓄えており、吉田松陰や真田幸貫から好んで撫でられている。また、負けず嫌いの面を持ち、一度寝ないと言ったら、3日のあいだ徹夜し続けるほど。ある時、活躍を聞きつけた幸貫から、自身のそばで働くように求められ、出世を重ねていく。さらに、江戸に出て「象山書院」と呼ばれる塾を開き、多くの弟子を育成する。やがて幸貫に呼び戻されると、国の沿岸を防衛する「海防掛」の顧問に任命され、異国への対策の名目で外国船に備わっている大砲について学ぶ。そして、洋書の中に記されていた大砲を自分の手で再現し、多くの猫たちから大きく注目を浴びる。そして、攘夷論を支持している勝海舟や坂本竜馬、松陰などを弟子に迎える。しかし、松陰が黒船に忍び込んだことで捕まった際に、彼の巻き添えを食って8年のあいだ謹慎処分にされてしまう。実在の人物、佐久間象山がモデル。
篤姫 (あつひめ)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。幕末の薩摩藩主である「島津斉彬」の養女。武家の娘らしい勝ち気な性格で、自分より大きい動物にも立ち向かう勇気を備える。薩摩出身であることから、西郷隆盛と面識を持つ。1856年に、第十三代将軍である徳川家定のもとに嫁ぎ、体の弱い彼を守っていた。結婚してからわずか2年後に家定が病死してしまい、出家して「天璋院」の名前を与えられる。そんな中、十四代将軍となった徳川家茂の世話係を任され、やんちゃな彼に手を焼かされる。また、家茂の妻となった和宮とは、当初はあまりそりが合わなかったが、次第に親密になっていき、家茂が亡くなると、彼女と協力して徳川家を支えようとする。しかし、十五代将軍の徳川慶喜の気まぐれな性格に振り回され、和宮と共に苦労する日が続く。実在の人物、天璋院がモデル。
夏目 漱石 (なつめ そうせき)
エピソード「遺せ! ねこねこ日本史 夏目漱石」に登場する。江戸時代から大正時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。1867年に江戸の名主の家庭で、八人兄弟の末っ子として生まれる。「夏目漱石」は作家としての名前で、本名は「夏目金之助」。幼い頃、古道具屋に里子に出されたり、塩原家の養子になったりと、各地を転々とする生活を送る。やがて塩原家の両親が離婚すると、産まれた家に戻るが、誰からも相手にされなかったため、蔵書でひたすらに勉強をする日々を過ごす。その中で、長兄から今後は英語が役立つ時が来ると諭され、英語を中心に勉強に励み、東京大学の前身となった第一高等中学校に合格する。さらに、学校の中で正岡子規と出会って親友となり、共に帝国大学に入学して、互いに充実した学校生活を過ごす。大学卒業後は、英語の知識を生かして海外留学や教師などをしてみるものの、うまくいかずに落ち込む。そこに、子規の弟子である「高浜虚子」から声を掛けられ、作家としての道を歩み始める。なお、漱石自身は自分が教師に向いていないと考えていたが、実際は「芥川龍之介」や「野上弥生子」など、のちに大成する人物を育て上げるほどの才能を持っていた。実在の人物、夏目漱石がモデル。
中臣 鎌足 (なかとみの かまたり)
エピソード「滅ぼせ! ねこねこ日本史 中臣鎌足」「詠め! ねこねこ日本史 額田王」「整えろ! ねこねこ日本史 藤原不比等」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。のちに天智天皇となる「中大兄皇子」とは学友同士で、かつて遣隋使であった「南淵請安」の塾で共に学ぶ。飛鳥京で役人を務めているが、現在の天皇である皇極天皇を差し置いて政治に介入し、やりたい放題の限りを尽くす蘇我入鹿と「蘇我蝦夷」の親子を快く思っていない。さらに、彼らが次期天皇候補であった「山背大兄王」を殺害したうえに、「古人大兄皇子」を祭り上げて傀儡政治を行おうとしていることを知ると、中大兄皇子を含めた同志たちと力を合わせて、二人を倒す決意を固める。そして、朝鮮からの使者が皇極天皇と会う時を見計らって入鹿を倒し、蝦夷を自害に追いやる。その後は「大化の改新」と呼ばれる改革に着手しつつ、ねこねこ日本に助けを求めていた百済を救援する軍の派遣を中大兄皇子に申し出て、白村江の戦いに臨む。病気で倒れたのちに、数々の功績を鑑みた天智天皇から藤原の姓を与えられ、「藤原鎌足」と名乗る。実在の人物、中臣鎌足がモデル。
足利 義満 (あしかが よしみつ)
エピソード「固めろ! ねこねこ日本史 足利義満」「救え! ねこねこ日本史 一休宗純」「舞え! ねこねこ日本史 観阿弥・世阿弥」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。見た目や性格が祖父の足利尊氏に似ており、子供の頃は考えなしに行動するところまで共通していた。大人になってからは、観阿弥や世阿弥の演じる能楽を楽しんだり、一休宗純の見せるとんちに心を躍らせたりと、ユニークな物事を好むようになる。臣下である細川頼之の教育によって真っ当な性格に成長していき、1378年に「室町殿」と呼ばれる立派な屋敷を立てると、各地で不穏な動きを見せていた守護大名を討伐して室町幕府を安定させて、やがて南北朝を統一する。1394年に、将軍職を息子の「足利義持」にゆずって太政大臣に就任し、さらに1395年には出家して僧侶となる。しかし、政治には引き続き携わることもあり、専用の住処として「金閣寺」を建築したり、明と国交を結ぶことで勘合貿易を開始したりするなど、内外問わず強い影響力を見せる。実在の人物、足利義満がモデル。
斎藤 道三 (さいとう どうさん)
エピソード「のしあがれ! ヘビヘビ日本史 斎藤道三」「裏切れ! ねこねこ日本史 明智光秀」「絞めろ! へびねこ日本史 濃姫」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスのマムシ。言葉を喋られない代わりに、文字の書かれた立て札を掲げて意思表示することができる。父親の「西村新左衛門尉」と共に美濃国で油売りをしていたが、ある時「長井永広」の紹介で美濃国の大名である「土岐政頼」と面会したところ、彼の弟である土岐頼芸に気に入られ、親子そろって彼の家臣に迎えられる。やがて政頼と頼芸のあいだで美濃の太守の座を巡って争いが起き、頼芸が勝利するものの、この戦いで新左衛門尉を失う。さらに、永広に尻尾を踏まれたショックで、彼を毒の牙で嚙み殺してしまうが、頼芸から許され、それどころか永広の代わりに長井家を継ぐように命じられ、稲葉山城と「長井新九郎規秀」の名前を与えられる。守護代の「斎藤利良」が病死すると、斎藤家を次代当主に任じられ、「斎藤左近太夫利政」の名前を与えられ、美濃のNo.2にまで出世する。しかし、この頃から野心を持ち始めるようになり、頼芸とその息子である「土岐頼次」を国外に追い払おうとする。なお、父親や娘の濃姫はマムシだが、猫の側室である「深芳野」とのあいだには、なぜかマングースの斎藤義龍が産まれた。実在の人物、斎藤道三がモデル。
濃姫 (のうひめ)
エピソード「のしあがれ! ヘビヘビ日本史 斎藤道三」「絞めろ! へびねこ日本史 濃姫」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したメスのマムシ。斎藤道三と、明智家出身のマムシである「小見の方」の娘にあたる。道三と同様に、文字の書かれた立て札を掲げて意思表示ができる。道三や母親を慕っているが、マングースである義兄の斎藤義龍のことはよく思っていない。道三が下剋上を企むものの、土岐頼芸が織田家と朝倉家の両方と同盟して挟み撃ちを仕掛けてきたことで敗北し、和睦の条件として織田信長との結婚を余儀なくされる。その際に、道三から「もし信長が本物の大うつけだったが嚙み殺しても構わない」と告げられるが、結婚するとお互いに好感を抱き合い、やがて円満な夫婦となる。信長の側室である「吉乃」との関係はよくないが、のちに彼女の息子である「織田信忠」を養子として育てる。道三が義龍に殺害されると、敵討ちに励む信長を応援し、やがて義龍が病死したうえに、彼が義龍の息子である斎藤龍興を倒したことで、美濃国への帰還に成功する。実在の人物、濃姫がモデル。
毛利 元就 (もうり もとなり)
エピソード「束ねろ! ねこねこ日本史 毛利元就」「改宗れ! ねこねこ日本史 大友宗麟」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍した安芸国の吉田郡山城主である「毛利弘元」の次男にあたる、オスの猫。1500年に兄の「毛利興元」に吉田郡山城をゆずった弘元に連れられて、多治比猿掛城で隠居生活を始める。しかし1506年に、マタタビ中毒によって弘元が他界し、そのスキを突いた家臣の「井上元盛」に多治比猿掛城を乗っ取られてしまう。それからは弘元の後室だった「杉の方」に育てられ、彼女から先祖代々伝わる兵法書を提供され、さまざまな兵法を会得する。興元が亡くなると、彼の息子である「幸松丸」の後見人として、吉田郡山城主で政治を行うようになる。そして、力づくで毛利家を乗っ取ろうとする「尼子恒久」を、修得した兵法で撃破し、その最中に亡くなった幸松丸の代わりに家督を継ぐ。さらに、三匹の息子を養子に出して味方を増やし、やがて中国地方全土を制覇するに至る。実在の人物、毛利元就がモデル。
千 利休 (せんの りきゅう)
エピソード「点てろ! ねこねこ日本史 千利休」「飾れ! ねこねこ日本史 狩野永徳」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。茶道の達人で、本名を「千宗易」。堺の町で「北向道陳」と「武野紹鷗」の二人に師事して、茶匠のトップ3にまでのぼり詰める。そして、流行を求める織田信長に招かれると、彼や豊臣秀吉に茶の湯の極意を伝授して、信長が茶の湯にのめり込むきっかけをつくる。さらに、猿であることから茶の湯のよさがわからない秀吉に対して、茶器は庶民的なところが魅力であると告げる。これをまったく理解されず、バナナをお茶に入れて飲み干す「バナナ茶」に付き合わされるが、渋々付き合っていくうちに秀吉から気に入られる。やがて信長が亡くなり、秀吉が天下に王手をかけると同時に、最も高名な茶匠として名を馳せるようになり、「正親町天皇」から「千利休」の名前を賜る。しかし、派手さを望む秀吉とは正反対に、質素をよしとする「わび茶」の世界を極めようとする。実在の人物、千利休がモデル。
大友 宗麟 (おおとも そうりん)
エピソード「点てろ! ねこねこ日本史 千利休」「あそべ! ねこねこ日本史 島津義弘」「改宗れ! ねこねこ日本史 大友宗麟」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。豊後国の大名である「大友義鑑」の息子で、本名は「大友義鎮」。側室にそそのかされた義鑑に暗殺されそうになるが失敗し、これに怒った家臣たちが義鑑を殺害したことで、大友家の当主となる。その直後に現れたフランシスコ・ザビエルから紹介されたキリスト教に興味を持ち、領内での布教活動を許可する。そして、謀反が起きた周防国の統治権を獲得したり、「足利義輝」から肥後国の守護を任じられるなど、九州地方の方々へ勢力を伸ばしていく。しかし、1557年に現れた毛利元就に周防国を奪われ、豊後国まで攻め入られてしまう。これに危険を感じたためにキリスト教のことを一時的に忘れて、出家して僧侶になり「大友宗麟」と名乗ると、毛利軍と互角に渡り合うようになる。さらに、肥前国に現れた竜造寺隆信への対処をせまられるなど苦労が続くが、やがて国が安定すると長男に家督をゆずり、念願のキリスト教徒となる。実在の人物、大友義鎮がモデル。
竹中 半兵衛 (たけなか はんべえ)
エピソード「導け! ねこねこ日本史 竹中半兵衛」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。斎藤龍興に臣下として仕えている。天才的な軍略家の頭脳を持つが、女性と見まごう顔から、龍興やその忠臣たちから「女みたい」とバカにされている。ある時、龍興を戒めるために、わずかな手勢を率いて、居城である稲葉山城を乗っ取ってしまう。そのあざやかな手並みを織田信長に見込まれ、共に戦うように誘い掛けられる。しかし、信長からもその容姿をからかわれたために怒って断り、半年後に龍興に城を返して山奥で隠居する。その後、高い木から降りられなくなっているところを豊臣秀吉に助けられ、彼に恩を返すために、信長の勢力へと参じる。それからは、姉川の戦いで陣営にせまった朝倉義景と浅井長政の軍勢を、陣形を素早く変化させてかく乱することで食い止めたり、長篠の戦いで武田キバ軍団の陽動作戦を見抜くなど、幾度も秀吉を支えるために活躍する。実在の人物、竹中重治がモデル。
細川 ガラシャ (ほそかわ がらしゃ)
エピソード「祈れ! ねこねこ日本史 細川ガラシャ」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。明智光秀の娘にあたり、本名は「明智玉」。可憐な容姿をしているが、軽い気持ちで近づこうとした織田信長に嚙みつくなど、非常に気性が荒い。その性格を信長に気に入られ、彼から似たような性格の細川忠興を紹介され、やがて結婚する。似たような気質故に夫婦ゲンカが絶えず、本能寺の変を起こした光秀から救援を要請された時も構わずケンカしていたため、とうとう引き離されて、2年のあいだ丹後の山奥へと幽閉される。のちに豊臣秀吉の手によって自由の身となるが、その勢いで彼に求婚された際はきっぱりと断り、忠興と復縁する。その後も忠興とのケンカは続いたが、ある時付き人からキリスト教を紹介されるとそれに傾倒していき、「細川ガラシャ」の洗礼名を授かる。実在の人物、細川ガラシャがモデル。
直江 兼続 (なおえ かねつぐ)
エピソード「貫け! ねこねこ日本史 直江兼続」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。若い頃の名前は「樋口兼続」で、上杉謙信の軍師を務めている。愛染明王を信仰していることから、「愛」と書かれた旗をつねに持ち歩いている。旗を通じて意気投合した謙信から、彼の甥である上杉景勝のそばで仕えるように命じられる。当初は気難しい景勝とうまくやっていけるか心配していたが、臨機応変に立ち回ることで、謙信亡きあとの跡目争いを勝利に導くなどして、やがて信頼を勝ち取っていく。さらに、景勝から上杉家の筆頭家老である直江家の後継者に推薦されることで、「直江兼続」を名乗るようになる。本能寺の変で信長が討たれたあとは、豊臣秀吉の要請を受けて、彼と共に戦う道を歩む。そして「愛」の旗と引き換えに会津の領地をゆずり受けるが、そこで徳川家康と伊達政宗に目をつけられる。その結果、謀反の疑いを晴らすために呼び出しを行った家康に対して、「直江状」と呼ばれる、意味不明な文字で書かれた書状を送り付ける。このことが、家康を激怒させる結果を生み、関ヶ原の戦いが発生する原因の一つとなる。実在の人物、直江兼続がモデル。
春日局 (かすがのつぼね)
「育てろ! ねこねこ日本史 春日局」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。豪傑と知られる武将である「斎藤利三」の娘で、本名は「お福」。父親に似た大きな体と、快活な性格が特徴。子育てに疲れたお江が「竹千代」の乳母を募ったところに名乗り出て、自信にあふれたしぐさとたくましそうな姿を見込まれて採用される。菊千代に対して惜しみない愛情を注ぐが、加減を知らないことから長いあいだ遊びに付き合わせては、竹千代をへとへとにさせることもある。やがてお江から、信頼されつつもライバル視され、彼女が育てた国松と、竹千代のどちらが将軍に相応しいか張り合うことになる。しかし、徳川秀忠をはじめ、周りの人々にまで影響が及び出したことから、やがて個人同士の問題ではなく、徳川家が分裂しかねないと危惧し始める。そこで、先代将軍の徳川家康に対して竹千代の資質の高さを訴えて、やがて彼を次期将軍に内定してもらう。そして、三代将軍となった竹千代こと徳川家光は家康の再来とまでいわれる立派な将軍となり、お江からあらためて育成の手腕を高く評価される。実在の人物、春日局がモデル。
葛飾 北斎 (かつしか ほくさい)
エピソード「描け! ねこねこ日本史 葛飾北斎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。幼少時は「時太郎」という名前で、子供の頃から絵を描くことが大好きだった。ある時、彫師に弟子入りし、その中で何枚も上手な絵を描いたことから、絵師になれるとお墨付きをもらう。そして本格的に絵師になるべく人気絵師の「勝川春章」に弟子入りし、「勝川春朗」の名前を賜る。春章の指導のもとでますます絵の技量を上げていき、春章からもその腕前を高く評価される。だが、あまりに優れた才能を持つことから兄弟子たちの嫉妬を買い、春章が亡くなると、半ば強引に追い出されてしまう。その結果、独立したことで「北斎辰正」と名乗り、やがて多くの弟子を抱える人気絵師となる。年老いても絵に対する情熱は微塵もゆらがず、「葛飾北斎」を名乗り《富嶽三十六景》などの名画を次々に生み出していく。実在の人物、葛飾北斎がモデル。
二宮 金次郎 (にのみや きんじろう)
エピソード「立て直せ! ねこねこ日本史 二宮金次郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。小田原藩の豊かな農家に生まれ、子供の頃から勉学に励んでいた。しかしある時、台風で家の近くの川が氾濫し、大きな損害を出したことで貧乏になってしまう。やがて働き詰めだった父親が亡くなると、一家を支えるために一生懸命働き、効率的な農業を実現させるために、学業にも精を出す。そして、荒れ地を耕し、田植えの時に余って捨てられた苗を植えたことで多くの米を収穫し、20俵もの蓄えを作り、二宮家を落ちぶれる前以上の規模にまで立て直す。このことは小田原藩の中で噂になり、借金を抱えていた家老の服部家を5年で立て直したり、米がほとんど収穫できなかった桜町の現状を変えるなど、各所で大きな成果を挙げる。さらに、数々の活躍が水野忠邦の耳に入ると、彼の依頼で神社の財政の立て直しを担う。実在の人物、二宮尊徳がモデル。
水野 忠邦 (みずの ただくに)
エピソード「立て直せ! ねこねこ日本史 二宮金次郎」「三大改革でかえろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗・松平定信・水野忠邦」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸幕府の十二代将軍である「徳川家慶」の老中になると、徳川吉宗や松平定信のあとを継ぐように天保の改革を行い、彼ら以上の質素倹約を自他共に強いるようになる。そして、農民を田舎に返す「人返しの法」や、江戸と大坂周辺の土地をすべて幕府の直轄地にする「上知令」を発動し、吉宗が推奨してきた株仲間を全面禁止にするなど、厳しい改革を続けたことで、大名や庶民から反感を買う。その一方で、さまざまな立て直しを実現した二宮金次郎の噂を聞くと、彼に神社の財政を任せるなど、有能な人材を惜しまず重用する優れた才覚を発揮した。実在の人物、水野忠邦がモデル。
高杉 晋作 (たかすぎ しんさく)
エピソード「進め! ねこねこ日本史 高杉晋作」「結べ! ねこねこ日本史 中岡慎太郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。長州藩出身の藩士で、友人の「久坂玄瑞」の誘いに応じて松下村塾に入り、吉田松陰の薫陶を受ける。これを快く思わない父親から松下村塾を辞めさせられ、江戸で勉強するように言いつけられるが、そこで異国の脅威を知り、今の幕府ではこれを止める力がないことを確信する。やがて松陰が死罪になると攘夷運動に参加し、異国の船を追い払うための策を練る。そして、カマキリやねずみ、蛇などで構成された奇兵隊を組織し、松陰の遺志を継ぐべく奮闘する。実在の人物、高杉晋作がモデル。
菅原 道真 (すがわらの みちざね)
エピソード「たたり? ねこねこ日本史 菅原道真」「選べ! ねこねこ日本史 藤原定家」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。讃岐国司を務めていたところ、藤原基経が何もしなくなったことを悩む宇多天皇の相談を受けて、独自の工夫を凝らした手紙を送って、彼が関白の仕事をしたくなるように仕向ける。この一件によって宇多天皇の信頼を勝ち取ると、天皇の秘書長官である「蔵人頭」を任される。さらに、894年に56年ぶりの遣唐使の大使に任命されるが、猫は遣唐使の船が大嫌いという理由から辞退し、遣唐使そのものを廃止するように働き掛ける。しかし、基経の息子である藤原時平から、宇多天皇の寵愛を受けて高い地位についたことを嫉妬されたうえに、太政大臣になるための障害とみなされる。そして、彼に陥れられる形で謀反の疑いを掛けられたことで、宇多天皇の跡を継いだ「醍醐天皇」から太宰府へと追放されてしまう。その2年後に死去するが、その後も幽霊となって現世にとどまり、時平や醍醐天皇の前に突然現れたことで、恐怖のあまりショック死させる。そのうえ、同じタイミングで宮廷に雷が落ちたため、世間では道真がたたりを成していると信じ込み、それを鎮めるためとして北野天満宮が建造される。実在の人物、菅原道真がモデル。
安倍 晴明 (あべの せいめい)
エピソード「占え! ねこねこ日本史 安倍晴明」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。子供の頃から陰陽師になって怨霊を払うことを志し、高名な陰陽師に弟子入りして技術を磨こうとする。当初は狐に近い容姿をしていることから断られ続けていたが、才能を感じ取った賀茂保憲に見込まれ、彼の弟子となって賀茂家に入門する。そして、弟子になって間もなく百鬼夜行を目視するなど、ほかの陰陽師とは桁の違う資質を見せつけて保憲を大いに驚かせる。やがて成長して平安京で最も優れた陰陽師となり、役所の一つである陰陽寮に入ることで、都の住民や貴族たちの依頼を受けて怨霊退散の任務に従事する。藤原道長の姉である「東三条院詮子」が大病に侵された時は、魂が抜けかけていることを察知し、「泰山府君祭」と呼ばれる儀式を行って彼女の命を救う。さらに、内大臣である「藤原伊周」が道長を呪おうとしているところを見抜き、彼を失脚に追いやる。これらの成果から道長に大いに気に入られ、彼の支援のもとで、彰子の結婚に縁起のいい日を占ったり、雨ごいで干ばつ対策を行ったりなど、国のために力を振るう。実在の人物、安倍晴明がモデル。
静御前 (しずかごぜん)
エピソード「奪え! ねこねこ日本史 静御前」に登場する。平安時代から鎌倉時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。絶世の美女と名高い舞手で、後白河法皇の紹介で源義経と出会うが、無類の帽子好きである彼にかぶっていた烏帽子を奪われると、好意とライバル意識が同時に芽生えて帽子を取り合いつつ、鎌倉と京を共に行き来することで、結果的に源頼朝の警戒心をあおる。さらに、頼朝の臣下たちの烏帽子を次々に奪い取り、やがて頼朝自らが義経を討伐する事態を招いてしまう。実在の人物、静御前がモデル。
一休 宗純 (いっきゅう そうじゅん)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 一休宗純」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。「後小松天皇」と、彼の側室である伊予局の息子で、幼い時の名前は「千菊丸」。伊予局が都を追い出されたことから、都に近づけるのは危険と判断され、安国寺の像外和尚へと預けられる。そして、「周建」の名を与えられ、僧侶になるための教育を受けることになる。その中で、物事の本質を捉える視野の広さを身につけ、ユニークなとんちを披露しては周りを楽しませるようになる。さらに、成り行きから将軍である足利義満と知り合い、彼ととんち合戦を行ったこともある。大人になるにつれて、幕府に出入りする「五山派」と呼ばれる僧侶たちが贅沢を極めているところを目の当たりにすると、僧侶としての正しいあり方に迷うようになる。そんな中、謙翁宗為と出会い、自らも貧しいにもかかわらず、庶民たちに進んで食べ物を分ける彼の姿勢に感銘を受け、弟子入りを志願する。そして、「宗純」の名をもらうと、彼と共に貧しい人々を助けるために活動する。数年後に謙翁が亡くなると、悲嘆するあまり入水自殺を試みる。しかし、なんとか思いとどまり、謙翁と同様に貧しいながらも厳格な華叟禅師に弟子入りする。新たに始まった厳しい修行の中で「あの世とこの世のあいだで一休みしているようだ」と表現すると、それを高く評価した華叟から、一休宗純の呼び名を賜る。実在の人物、一休宗純がモデル。
日野 富子 (ひの とみこ)
エピソード「乱れろ! ねこねこ日本史 日野富子」「下剋上! ねこねこ日本史 北条早雲」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。室町幕府の八代将軍である足利義政の正室。実母の日野重子や、乳母の今参局にいいようにされている義政の境遇に同情し、将軍を辞めたいと言う彼に対して、立派な男の子を産むことでそれを叶えようと考える。やがて、息子となる「足利義尚」を産むが、ほぼ同時に義政が弟の足利義視に将軍になるよう話をつけてしまう。僧侶を辞めてまで将軍になる決意をしたと訴える義視に対して、あくまで義政の子供である義尚を将軍の座につけるようにと主張する。そして、日野富子自身と義尚に味方する勢力をねこねこ日本中からかき集めることで騒動を広げていき、「応仁の乱」と呼ばれる大戦へと発展させていく。実在の人物、日野富子がモデル。
狩野 永徳 (かのう えいとく)
エピソード「飾れ! ねこねこ日本史 狩野永徳」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。「狩野派」と呼ばれる絵師集団の御曹司で、先祖を上回る絵画の才能を持つ。優れた才能と家柄から知名度が高く、室町幕府の十三代将軍である「足利義輝」から上杉謙信にプレゼントするための図屏風を描くように依頼される。そして、《洛中洛外図屏風》と呼ばれる作品を完成させ、その出来栄えを見た織田信長や豊臣秀吉からも高く評価されるようになる。やがて、信長お抱えの絵師となり、彼の依頼からさまざまな絵を作り上げる。さらに、本能寺の変で信長が亡くなると、秀吉に召し抱えられて、彼の意を受けて巨木画や《唐獅子図屏風》、信長を象った《織田信長像》など、すぐれた作品を次々と作り上げる。実在の人物、狩野永徳がモデル。
前田 利家 (まえだ としいえ)
エピソード「仲良し! ねこねこ日本史 前田利家とまつ」「しのげ! ねこねこ日本史 甲斐姫」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。尾張国にある荒子城の城主を務める「前田利昌」の四男で、幼い頃の名前は「犬千代」。犬の格好をして練り歩くなどの奇抜な格好と言動を好むことから「かぶき者」と呼ばれており、その姿勢を気に入った織田信長から、臣下として取り立てられる。豊臣秀吉とは当初折り合いが悪かったが、面白い言動を見せ合うことで打ち解け、やがてなかよくなる。また、秀吉の妻であるねねからもかわいがられるようになり、のちに彼女の計らいによって、まつと結ばれる。その後も、1581年に柴田勝家と共に能登国を制圧することで、信長から能登国を領地としてもらい受ける。しかし、本能寺の変で信長が亡くなると、秀吉と勝家の争いに巻き込まれ、どちらにも本心からつくことにできずに、勝家を倒した秀吉を怒らせてしまう。実在の人物、前田利家がモデル。
まつ
エピソード「仲良し! ねこねこ日本史 前田利家とまつ」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。礼儀正しい性格で、男女問わず多くの猫や猿から好かれている。尾張国にある荒子城に預けられており、前田利家から好意を抱かれていた。当初は利家から遠巻きに見守られるだけだったが、彼の気持ちに気づいたねねが二人を結び付けることで、結婚する。そして、信長の不興を買って一時的に追放された利家を元気づけたり、豊臣秀吉やねねと家族ぐるみの付き合いをして、利家との娘の一人である「豪姫」を養子に出すなど、夫や関係者たちをよく支える。実在の人物、芳春院がモデル。
服部 半蔵 (はっとり はんぞう)
エピソード「継げ! ねこねこ日本史 服部半蔵」「切れ! ねこねこ日本史 本多忠勝」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。服部保長の息子で、父親と共に松平家で育つ。好奇心から近づいてきた「松平清康」に嚙みつくなど、父親に比べて気性が荒い。ある時、部下の下剋上によって清康とその息子の「松平広忠」が殺され、彼らを守れなかったことから保長が松平家から去ってしまう。そして、松平家の屋敷に一人取り残されるが、広忠の息子で、のちの徳川家康である「松平元康」のもとで戦うことを決意する。元康に対する忠誠心は高く、その気性の荒さと相まって、元康を軽く見た豊臣秀吉に嚙みついたこともある。また、三方ヶ原の戦いでは武田信玄率いる武田キバ軍団に対しても怯むことなく立ち向かい、負けるものの一矢報いる。この功績から、家康から褒美としてねこじゃらしのような形の長槍を受け取り、槍の名手として活躍するようになる。本能寺の変で信長が亡くなると、敵だらけの道を通って堺の町から本拠の岡崎城へ帰ることを余儀なくされるが、伊賀の忍者を率いることで敵の襲撃を回避し、無事に行軍を果たす。実在の人物、服部正成がモデル。
足利 義昭 (あしかが よしあき)
エピソード「継げ! ねこねこ日本史 服部半蔵」「上れ! ねこねこ日本史 足利義昭」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。室町幕府の十二代将軍である「足利義晴」の息子で、彼の次に将軍になることを志していた。しかし、次男であるという理由で「覚慶」の名前を与えられて寺に預けられ、十三代将軍には兄の「足利義輝」が選ばれてしまう。1556年に永禄の変で義輝が殺害されると、再び将軍になろうと考えるが、今度はいとこの「足利義栄」が十四代将軍となる。ここに至って、力のある大名を味方につけて上洛する必要があることを悟ると、やがて織田信長と組んで、障害となる三好三人衆を退けて京へ入る。そして、混乱の中で亡くなっていた義栄に代わって、ついに十五代将軍に就任する。だが、信長は将軍に実権を与えるつもりがなかったため、彼との対決を余儀なくされる。実在の人物、足利義昭がモデル。
本多 忠勝 (ほんだ ただかつ)
エピソード「継げ! ねこねこ日本史 服部半蔵」「移れ! ねこねこ日本史 真田昌幸」「切れ! ねこねこ日本史 本多忠勝」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。トンボが大嫌いで、見つけるや否や愛用している「蜻蛉切」と呼ばれるねこじゃらしのような形状の長槍で追い回す悪癖がある。徳川家康の臣下として仕えており、最前線で戦っても傷一つ負わないほどの圧倒的な武力を頼られ、三河一向一揆や姉川の戦い、一言坂の戦いでの活躍から、主君である家康はもとより、織田信長や武田信玄にも高く評価される。さらに、長篠の戦い、高天神城の戦いなど、大規模な戦いを幾度も経験しつつも、やはり傷一つ負うことなく戦場を生き残る。やがて本能寺の変で信長が討たれ、家康と豊臣秀吉の対立が表面化すると、小牧・長久手の戦いで圧倒的不利な状況にもかかわらず、トンボが舞い込んだ豊臣軍の陣地に特攻し、その行動を忠誠心からくるものと秀吉からカンちがいされ、見逃される。その後も、娘の小松姫を真田信幸に嫁がせたり、関ヶ原の戦いで東軍の勝利に貢献したりするなど、家康を傍らで支え続ける。実在の人物、本多忠勝がモデル。
柳生 十兵衛 (やぎゅう じゅうべえ)
エピソード「極めろ! ねこねこ日本史 柳生十兵衛」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。かつて稽古中の事故で右目を失い、眼帯を身につけている。将軍家兵法指南役である柳生宗矩の息子で、父親から柳生新陰流の修行を受けつつ、徳川秀忠や徳川家光の稽古に同行している。先端がねこじゃらしのような形状の刀を武器として使いこなす。ある時宗矩から、同年代である十兵衛に家光の稽古を任せられる。しかし、家光が気まぐれで刀の先に嚙みついたことでトラブルになり、これを怒った秀忠から江戸から出ていくように命じられる。故郷に戻ったあとは宗矩と別れて、剣術修行の旅に出る。その中で、もう一つの兵法指南役である一刀流の使い手に勝利したり、柳生新陰流の奥義の一つである無刀取りを修得したりするなど、着実に成果を上げていく。さらに、尾張に出向くと従兄弟である「柳生兵庫助」からアレンジを加えた柳生新陰流を見せられ、それをヒントに技の一つ一つに独自の改良を加えていく。実在の人物、柳生三厳がモデル。
中岡 慎太郎 (なかおか しんたろう)
エピソード「結べ! ねこねこ日本史 中岡慎太郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。土佐藩出身の武士で、ねこねこ日本に異国の猫が訪れるようになると、彼らにいいようにされている現状に強い危機感を抱く。そして、幕府を倒して新政権を樹立するために、仲間の坂本竜馬と共に、当時最も強い勢力を誇っていながらも不仲となっていた、薩摩藩と長州藩を結び付けようと考える。些細なことで逃げ出す桂小五郎や、並みの猫の数倍の体型を誇る西郷隆盛に翻弄されつつも、竜馬と共に長州と薩摩を行き来し、やがて倒幕のために連携させることに成功する。実在の人物、中岡慎太郎がモデル。
ヤマトタケル
エピソード「西へ東へ! ねこねこ日本史 ヤマトタケル」に登場する。古墳時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。幼い頃の名前を「ヲウス」。景行天皇の息子の一人で、オホウスの弟にあたる。景行天皇からオホウスの様子を見てきてほしいと頼まれ、彼を見つけるや否や声を掛ける。しかし、「エヒメ」や「オトヒメ」と戯れていたところに突然声を掛けられたオホウスがショック死してしまったことで、景行天皇からオホウスを殺害したと誤解される。そして、都から遠ざけるために、九州にいるというクマソタケル兄弟を倒すように命じられる。九州に向かう途中に叔母の「ヤマトヒメ」からもらった羽衣を使ってクマソタケル兄弟に勝利し、「ヤマトタケル」の異名を授けられる。さらに、帰り際に出雲国でイヅモタケルとなかよくなるが、アクシデントの末にイヅモタケルを倒してしまい、結果として景行天皇からなおさら恐れられるようになる。実在の人物、ヤマトタケルがモデル。
額田王 (ぬかたのおおきみ)
エピソード「詠め! ねこねこ日本史 額田王」「まとめろ! ねこねこ日本史 大伴家持」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。美しい容貌と天才的な詩の才能を併せ持つことから、あらゆる層から人気を博している。皇極天皇の賛歌を作成したところ、非常に気に入られる。そして彼女の息子で、のちに天智天皇となる「中大兄皇子」と、天武天皇になる「大海人皇子」のどちらかの妻に迎えるように希望される。二人は額田王本人以上に、彼女の作った歌に夢中だったため、当初は結婚することに消極的だった。しかし、次第に自分自身を見るようになってくれた大海人皇子の妻になることを決意し、彼と結婚する。そして、娘となる「十市皇子」を出産するが、中大兄皇子が気を引くために優れた歌を歌い上げると、彼に心が移り、大海人皇子と別れて中大兄皇子の後宮に入ってしまう。のちに、中臣鎌足が朝廷に対して、新羅と唐に攻められている百済の救援を提案すると、得意の歌を歌ってねこねこ日本の兵たちの士気を高める活躍をする。実在の人物、額田王がモデル。
藤原 定家 (ふじわらの さだいえ)
エピソード「選べ! ねこねこ日本史 藤原定家」に登場する。平安時代から鎌倉時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。優れた歌人の一人だが、若干気難しい性格をしている。鎌倉時代の初期に、国家事業である「勅撰猫和歌集」の編集作業を行っていたところ、どの歌を選ぶかで後鳥羽上皇とケンカになり、編集の権限を失ってしまう。やがて後鳥羽上皇が北条義時との対決に敗れて隠岐の島に流されると、「後堀川天皇」から新しい和歌集を作るにあたって、一人で選んでいいとお墨付きを得る。しかし、関白からの厳しいチェックが入ったため、結局思うように編集することができなくなる。そんな中、知り合いの歌人である「宇都宮頼綱」から、別荘のふすまに飾るための百首の和歌を選ぶように依頼される。そして、天智天皇や持統天皇、菅原道真、紫式部、清少納言など、著名な人々の歌い上げた歌を選出し、やがて「百猫一首」と呼ばれる歌集を作り上げる。実在の人物、藤原定家がモデル。
運慶 (うんけい)
エピソード「彫れ! ねこねこ日本史 運慶」に登場する。平安時代から鎌倉時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。奈良の仏像職人である「康慶」の息子。当時の奈良の職人たちは京都の職人に比べて冷遇されており、古い仏像の修繕を主に任されていた。運慶自身も、幼い頃から修理をしていたが、そのうちにだんだんと古い仏像の魅力にのめり込んでいく。平氏と源氏の争いの中で都が戦場となると、戦火の中でたくさんの仏像が燃え落ちてしまい、京都の職人と合同で作り直すことを余儀なくされる。しかし、古い仏像を知り尽くしていたため、元のものより立派な釈迦如来像を作り上げ、奈良や京都の職人たちから脚光を浴びる。さらに、寺の様子を見に来た源頼朝や北条時政からもその技量を認められ、気に入られるようになる。のちに運慶に並ぶ天才と称された快慶と出会うと、彼と共に仕事をすることを望む。そして、互いに切磋琢磨することで、より優れた職人として大成していく。実在の人物、運慶がモデル。
北条 早雲 (ほうじょう そううん)
エピソード「下剋上! ねこねこ日本史 北条早雲」に登場する。室町時代から戦国時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。向上心が強く、応仁の乱の影響によって下剋上が頻発したことを好機として、六人の同志たちと共に名を挙げようともくろむ。そして、駿河国に嫁いだ妹のもとに身を寄せ、彼女の息子や駿河の時期当主となった「龍王丸」を助けたことで城をもらい、一城の主となる。さらに、堀越公方を無理やり引き継ぎ、悪政の限りを尽くしていた「足利茶々丸」を倒し、伊豆国の主の座と、韮山城を手に入れる。その勢いが冷めやらぬまま、1495年に「大森藤頼」に下剋上を仕掛けて小田原城を乗っ取り、ねこねこ日本初の戦国大名として知られるようになる。実在の人物、北条早雲がモデル。
長宗我部 元親 (ちょうそかべ もとちか)
エピソード「激変! ねこねこ日本史 長宗我部元親」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。土佐国出身の武将だが、父親である「長宗我部国親」とは対照的に温和な性格で、家族や家臣からは「姫若子」と呼ばれて心配されていた。ある日、国親に連れられて初陣として戦場に出るものの、積極的に戦おうとする様子をまったく見せずにいた。そこで、臣下の「秦泉寺豊後」から長槍を受け取ると、急に鬼のような形相と闘争心を発揮し、敵陣深くに切り込んで目覚ましい戦果を挙げ、その活躍から「鬼若子」と呼ばれるようになる。数年後、国親が亡くなると跡を継いで長宗我部家の当主となる。そして、兵士たちに対して、戦のないときは農業に勤しみ、有事の際には前線に立つ「一領具足」を徹底させ、土佐国を豊かな国へと成長させる。さらに、本山氏や「安芸国虎」「一条兼定」などの宿敵を下して土佐国を統一し、その勢いに乗じて四国統一へと動き出すものの、同じ時期に天下統一を果たそうとしていた織田信長に目をつけられる。しかし、本能寺の変で信長が倒れたために横槍が入らず、無事に四国統一を成し遂げる。実在の人物、長宗我部元親がモデル。
竜造寺 隆信 (りゅうぞうじ たかのぶ)
エピソード「あそべ! ねこねこ日本史 島津義弘」「改宗れ! ねこねこ日本史 大友宗麟」「広げろ! くまくま日本史 竜造寺隆信」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの熊。肥前国の武将である「竜造寺剛忠」のひ孫で、ほかの竜造寺家の親族が全員猫であるにもかかわらず熊として生まれたため、剛忠からは将来大物になると考えられ、「宝琳院」と呼ばれる寺に預けられた。やがて、猫たちを大幅に上回る巨体と、大きな門を押しただけで破壊するほどの怪力を身につける。そんな中、祖父の「竜造寺家純」と父親の「竜造寺周家」が、家臣の「馬場頼周」に裏切られて殺害されてしまう。剛忠の導きに応じて頼周を倒すものの、その一年後に剛忠も他界したため、遺志を継いで竜造寺家を継ぐ。熊であることから家臣たちからは恐れられるものの、理解者となった「鍋島清房」と「鍋島直茂」の親子と結束し、大友宗麟や島津義弘などの強敵と相対していく。実在の人物、竜造寺隆信がモデル。
近松 門左衛門 (ちかまつ もんざえもん)
エピソード「書け! ねこねこ日本史 近松門左衛門」「書きまくれ! ねこねこ日本史 井原西鶴」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。人形を用いる芝居の一つである「人形浄瑠璃」を上演する、宇治座所属の脚本家。ネズミの人形を用いることで、語り手の竹本義太夫ともども猫たちから好評を得ている。まじめな歴史物語が多かった浄瑠璃の中で、もっと人の心に訴え掛ける作品を作りたいと考え、竹本や座長の宇治加賀掾と話し合い、人情味のあふれるストーリーが展開される『世継曽我』を完成させる。そして、大きな成功を見込んだことから竹本と共に独立し、堺の町で竹本座を立ち上げる。堺の町でも世継曽我をヒットさせるが、それを聞きつけた加賀掾が、井原西鶴が台本を書いた演目を擁して挑戦を仕掛けてくる。これに対抗するべく、のちに代表作の一つとなる『出世景清』を書き上げる。その後は歌舞伎の世界に興味を持ち、竹本と別れて十年ほど浄瑠璃から離れるが、のちに再び竹本と組み、『曾根崎心中』を発表する。実在の人物、近松門左衛門がモデル。
井原 西鶴 (いはら さいかく)
エピソード「書け! ねこねこ日本史 近松門左衛門」「書きまくれ! ねこねこ日本史 井原西鶴」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。負けず嫌いな性格で、何事も最高の評価を取りたがる。大坂の町で商業を営む傍らで、俳諧師としても活動していた。しかし、俳句の腕は松尾芭蕉に及ばず、彼に勝てないことにコンプレックスを抱く。やがて妻が他界すると商人を辞めて隠居し、新たに「猫氏物語」などのパロディ要素を取り入れた小説である『好色一代男』を書き上げる。好色一代男は大坂のみならず江戸の町でもブームになるほどの大きなヒット作となり、この影響で一躍有名作家として知られるようになる。さらに、宇治加賀掾の依頼で浄瑠璃の脚本を書いて近松門左衛門と勝負したり、さまざまなジャンルの小説を書き上げたりするなど、生涯を通して活躍し続ける。実在の人物、井原西鶴がモデル。
大伴 家持 (おおともの やかもち)
エピソード「まとめろ! ねこねこ日本史 大伴家持」に登場する。奈良時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。名門貴族である大伴家出身の役人で、歌人としての顔も持つ。当時都に強い影響を与えていた藤原氏から疎まれており、やがて因幡国府に左遷されてしまう。そんな中、途中まで編集されていた日本最古の歌集である『万葉集』に興味を持ち、編集作業の続きを任せられる。そして、20人の手伝い人たちと共に、額田王や柿本人麻呂など、著名な歌人たちが歌い上げた作品をまとめていき、万葉集を完成させる。実在の人物、大伴家持がモデル。
柿本人麻呂 (かきのもとのひとまろ)
エピソード「まとめろ! ねこねこ日本史 大伴家持」「歌を作れ! ねこねこ日本史 柿本人麻呂」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。さまざまなジャンルの歌を歌い上げ、中でも長歌を最も得意とする。当時No.1の歌人として高い人気を誇るほか、「鵜野讃良皇女」からもその腕前を大いに評価され、彼女の依頼で草壁皇子が皇太子になった記念の賛歌や、高市皇子の鎮魂歌を作ったほか、鵜野讃良皇女が持統天皇に即位した時は、天武天皇の聖地である吉野と飛鳥を行き来する様子を綴った長歌を作り上げ、彼女の地位向上に貢献する。実在の人物、柿本人麻呂がモデル。
兼好法師 (けんこうほうし)
エピソード「つづれ! ねこねこ日本史 兼好法師」に登場する。鎌倉時代から室町時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。本名は「卜部兼好」で、若い頃は宮中で働いていたが、やがて出家して兼好法師となり、「徒然猫草」と呼ばれる随筆を執筆し始める。ある日突然、幽霊となった清少納言と鴨長明が訪ねてくると、突然のことに驚きながらも、二人と対談する形で過去の出来事を思い返しながら執筆を進めていく、やがて徒然猫草をほぼ完成にまで近づけると、話を聞いてくれた礼として、二人にお土産を渡そうとするが、すでに死んでいることを理由に遠慮される。実在の人物、吉田兼好がモデル。
鴨 長明 (かもの ちょうめい)
エピソード「つづれ! ねこねこ日本史 兼好法師」「羽ばたけ! ねこねこ日本史 鴨長明」に登場する。平安時代から鎌倉時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの鴨。賀茂御祖神社の正禰宜を務めていた「鴨長継」の息子だが、親族に邪魔をされて父親の跡を継ぐことができなかった。賀茂川のほとりに小さな家を建てて、和歌や琵琶の演奏に打ち込み、後鳥羽上皇から『新古今和歌集』の編集を任されたこともある。しかし、相次ぐ災害や親族との争いに嫌気が差し、やがて日野の山奥に今まで以上に狭い家を構えて、ひっそりと暮らすようになる。程なくして随筆を書き始めると、幽霊となった清少納言が訪れ、執筆の進捗具合や平安京で発生した出来事について語り合う。そして、鴨長明自身の半生をまとめた「方丈鳥記」を書き上げると、その4年後にひっそりと息を引き取る。死後は幽霊となって現世にとどまり、約100年後、清少納言と共に「徒然猫草」を執筆している兼好法師のもとを訪問する。なお、清少納言からは「カモちゃん」と呼ばれている。実在の人物、鴨長明がモデル。
松永 久秀 (まつなが ひさひで)
エピソード「上れ! ねこねこ日本史 足利義昭」「爆発! ねこねこ日本史 松永久秀」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。凶悪な顔つきで、それに見合った過激な性格をしていることから「乱世の梟雄」の異名を持つ。高級な茶器をコレクションしており、中でも蜘蛛のように平べったい形の茶釜「平蜘蛛」は多くの武将から人気を集めている。京の都をおさめている三好長慶から信頼されており、彼から大和国を領地としてゆずり受ける。そして、長慶が亡くなったあとは息子の「三好義継」の援助を得て、実権をにぎるために都で暴れ回る。さらに、平蜘蛛に匹敵する価値を持つ茶器である茶入「付藻茄子」を差し出すことで、足利義昭を伴って上洛してきた織田信長までも味方につける。しかし、強すぎる野心からやがて信長を裏切り、信貴山城に立てこもる。実在の人物、松永久秀がモデル。
小林 一茶 (こばやし いっさ)
エピソード「詠み倒せ! ねこねこ日本史 小林一茶」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。本名は「小林弥太郎」で、信濃北部の農家の長男として育った。しかし、継母の「はつ」や義弟の「仙六」と折り合いが悪く、やがて父親の「小林弥五兵衛」から、江戸に奉公に出される。奉公先でもいろいろと苦労するが、ある時二六庵竹阿と出会い、俳諧を教えられる。そして、彼から才能を認められたために俳句で生計を立てることを志し、努力の結果、やがて一流の俳諧師となって小林一茶と名乗るようになる。その一方で、亡くなった弥五兵衛が残した土地を手に入れるために故郷に帰るが、そこで再びはつたちと相続争いを繰り広げる羽目になる。その中でも俳句を休まず作り続けると、やがて根負けした彼女たちから相続権を認められて、生まれ育った地で穏やかな暮らしを楽しむようになる。実在の人物、小林一茶がモデル。
松平 定信 (まつだいら さだのぶ)
エピソード「三大改革でかえろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗・松平定信・水野忠邦」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。十一代将軍の徳川家斉のもとで老中を務めており、祖父であった徳川吉宗に倣って質素倹約を旨とする寛政の改革をスタートさせる。主に田沼意次とは真逆の方針を掲げており、商人の贅沢を禁じる「重農主義」や、出稼ぎに来た農民たちを故郷に帰して米を作らせる「旧里帰農令」など、商業よりも農業を重視する政策を行い、さらに株仲間の一部を解散させたり、学ぶための本だけを奨励する「寛政異学の禁」を発布したりするなど、娯楽や贅沢を徹底的に規制する。それらの厳しい改革から、一部の猫たちからは「田沼の時代の方がよかった」と言われたこともある。実在の人物、松平定信がモデル。
新島 八重 (にいじま やえ)
エピソード「撃て! ねこねこ日本史 新島八重」に登場する。江戸時代から昭和時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。会津藩の砲術指南役である「山本権八」の娘で、子供の頃の名前は「山本八重」。子供の頃から60キロの米俵を持ち上げるほどの怪力を誇り、家族たちから驚愕される。山本家では女性は裁縫や長刀を教わるしきたりがあったが、銃を気に入ったため、権八から銃の扱いを教わることになる。そして、優れた技量を身につけると、京に向かった兄の「山本覚馬」から最新式連射銃をプレゼントされて喜ぶ。やがて戊辰戦争が始まり、戦火が会津藩にも及ぶと、銃を引っ提げて参戦し、新政府軍を相手に戦い抜く。実在の人物、新島八重がモデル。
観阿弥 (かんあみ)
エピソード「舞え! ねこねこ日本史 観阿弥・世阿弥」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。世阿弥の父親にあたる能役者で、「観世座」と呼ばれる劇団の座長を務めている。ひょうきんな性格のお爺さんから、恐ろしい雰囲気を持つ鬼までもを演じ分けられるなど、高い実力と人気を誇る。庶民に支持されている愉快な物まねに、武士に人気の田能楽の舞を取り入れたまったく新しい能楽を作り上げることで、ますます高い評価を得るに至る。その噂は三代将軍である足利義満の耳にも入り、やがて将軍お墨付きの大物になる。実在の人物、観阿弥がモデル。
世阿弥 (ぜあみ)
エピソード「舞え! ねこねこ日本史 観阿弥・世阿弥」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。観阿弥の息子で、父親が主宰する劇団である「観世座」の団員。幼い頃から能役者としての英才教育を施されており、その結果、子供ながら大人顔負けの演技力を身につけ、美しい容貌も相まって絶大な人気を得る。特に足利義満から深く気に入られ、このことが、観世座が大いにもてはやされるきっかけの一つとなる。しかし、観阿弥が亡くなると、能役者の犬である「道阿弥」が率いる「近江猿楽」や、亀の「喜阿弥」を擁する「田楽新座」など、義満の贔屓にする劇団が増えていき、それに対抗するために新しい演目を次々と考え出す。そして、ライバルたちに負けないように秘伝のノウハウを書き留め、門外不出の秘伝書である『風姿花伝』として子孫に伝える。実在の人物、世阿弥がモデル。
雪舟 (せっしゅう)
エピソード「描き悟れ! ねこねこ日本史 雪舟」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。備中国にある「宝福寺」と呼ばれる寺で暮らしているが、大の修行嫌いで、ヒマさえあれば絵ばかりを描いている。当初は住職から難色を示されたが、やがて絵に対する情熱を認められて自由に書くことを許される。さらに、京都にある大きな寺で絵の修業をすることになる。しかし、修業の課題として出された山水画を描くのが苦手で、なかなか成果を出せずにいたため、師匠である周文から、明とのかかわりがある周防国での修業を勧められる。その中で、次第に山水画への苦手意識を克服し、実際に明に赴くと日本で学んだ技術を生かした山水画を描き、高い評価を得る。そして、意気揚々とねこねこ日本へ戻るが、京都は応仁の乱の影響で荒廃していたことから、田舎に移って独自の水墨画の修業に打ち込む。実在の人物、雪舟がモデル。
塚原 卜伝 (つかはら ぼくでん)
エピソード「無敵! ねこねこ日本史 塚原卜伝」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。常陸国出身の武士で、幼少の頃の名前は「吉川朝孝」。父親である「吉川覚賢」から「鹿島中古流」という剣術を学び、子供ながらに父親を超える腕前を身につける。さらに、覚賢以上の実力を持つ「塚原土佐守安幹」の養子になるが、すぐに彼の手にも負えないほどにまで成長する。やがて元服して名前を「新右衛門高幹」に名前を改め、京の都に武者修行の旅に出る。その中で、十数年かけて真剣による勝負や合戦への参加を重ねるが、ほぼ無傷のまま勝ち抜く。そして、覚賢と安幹の勧めから、最強の剣士と名高い「松本備前守政信」の弟子となり、鹿島神宮で心身ともに自らを鍛え上げる。すると、眼前に武神タケミカヅチが降臨し、彼の修行を受けることでよりいっそう実力を伸ばす。その結果、独自の剣術である「鹿島新当流」を編み出し、「塚原卜伝」を名乗る。実在の人物、塚原卜伝がモデル。
甲斐姫 (かいひめ)
エピソード「しのげ! ねこねこ日本史 甲斐姫」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。忍城城主である「成田氏永」の娘で、祖母や母親、育ての親がすべて部に長けた女傑であったことから、絶世の美少女でありながら、並の武将以上の力を持つに至り、氏永からは男性だったらよかったと惜しまれるほど。ある時、氏永の主君である「北条氏政」が豊臣秀吉の不興を買い、彼を攻める足掛かりとして、石田三成率いる大軍から忍城に水攻めを仕掛けられる。その際に、援軍として現れた真田幸村および真田昌幸の前に出撃し、「波切」と呼ばれる武器を使って二人を翻弄する。実在の人物、甲斐姫がモデル。
緒方 洪庵 (おがた こうあん)
エピソード「治せ! ねこねこ日本史 緒方洪庵」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。足守藩の下級武士の家に生まれるが、生まれつき体が弱く、文武両道の兄が家を継ぐことになるが、長崎を訪れたシーボルトの影響で、医者になることを決意する。そして、蘭方医の「中天游」や「坪井信道」、坪井の師匠である「宇田川玄信」のもとでさまざまな学問を学ぶ。さらに、世話になった医師の一人である「億川百記」の娘である「八重」と結婚すると、彼女と共に大坂で診療所と塾を開設し、福沢諭吉などの人材を輩出する。やがて、「エドワード・ジェンナー」の開発したワクチンを広めて、天然痘の予防に大きく貢献する。実在の人物、緒方洪庵がモデル。
藤原 不比等 (ふじわらの ふひと)
エピソード「整えろ! ねこねこ日本史 藤原不比等」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。藤原の姓を賜った中臣鎌足の息子。父親やその盟友である天智天皇らが推し進める中央集権化を支持し、やがて自らの娘を、持統天皇の孫である「文武天皇」に嫁がせる。そして、天皇に権力が集中するために、役所や刑罰、税金の仕組みを明確化した「大宝律令」をつくり上げる。さらに、聖武天皇にもう一人の娘である光明子を嫁がせ、やがて彼女を光明皇后にすると、のちの時代における藤原氏の地位を確固たるものとする。実在の人物、藤原不比等がモデル。
円空 (えんくう)
エピソード「造れ! ねこねこ日本史 円空」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。幼い頃から寺で生活しているが、子供の頃はやんちゃかつ勝ち気な性格で、敷地内の木をのぼったり、寺の屋根の上に飛び乗ったりするなど高いところを好んでいた。このことから住職に心配を掛けていたが、彼から「高いところが好きなら修験者になったらどうだ」と勧められたことで、伊吹山にある平等岩の付近で、修験者になるための修行に明け暮れる。やがて、顔を洗うと雨が降るなどの霊能力を修得していき、高い能力を持つ修験者として認められる。ある時、平等岩の上で天からの託宣を受けて、霊力を宿した仏像を作り上げて多くの民を救うように命じられる。人助けの手始めとして、「西神頭安高」の依頼を受けて《天照皇太神》像を提供すると、その出来のよさから瞬く間に評判が広がり、さまざまな寺や神社から仏像や神像を作るように頼まれる。そして、生涯を通じて、大小含めておよそ12万体もの像を作り上げる。実在の人物、円空がモデル。
高田屋 嘉兵衛 (たかだや かへえ)
エピソード「見通せ! ねこねこ日本史 高田屋嘉兵衛」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。薄目を開けることで潮の流れや、満ち引きなどを表情になぞらえて読み取る能力を持ち、それを生かして優れた操船や漁業の技術を身につける。大人になると船を使って酒を運送する「樽廻船」の船乗りになり、やがて出世を重ねて船頭となる。さらに、鰹漁船に乗り換えて稼ぎを増やし、ついには「北前船」と呼ばれる自前の船を造り上げて、大坂と蝦夷を行き来して交易を行うようになり、蝦夷の南に新しく函館の町を開拓する。さらに、エトロフ島をロシアとの防衛線にしようと考えた幕府から依頼を受けて、蝦夷からエトロフ島までの航路を発見する。これらの功績からやがて豪商として財を成すが、ねこねこ日本とロシアの関係が険悪になったことで、1811年に測量のためにクナシリ島を訪れた「ゴローニン」が幕府によって捕縛され、その仕返しとしてリコルドによって捕われてしまう。しかし、リコルドたちと話し合うにつれてなかよくなると、幕府に対してゴローニンの返還を求める手伝いをするように申し出る。そして、両者の仲を取り持ち、ねこねこ日本とロシアの衝突を回避するための立役者となる。実在の人物、高田屋嘉兵衛がモデル。
間宮 林蔵 (まみや りんぞう)
エピソード「抜けろ! ねこねこ日本史 間宮林蔵」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。蝦夷に赴任している下級役人で、測量中の伊能忠敬と出会い、彼の弟子となる。忠敬のもとで、測量法を学ぶにつれて、やがてその魅力に取りつかれて「測量王になる!」が口癖となる。1808年に第一回カラフト探検隊に選ばれ、隊長の「松田伝十郎」と共にカラフト島へ赴く。そして、伝十郎と二手に分かれて、現地人の案内によって島の沿岸を船で北上するが、猛吹雪を前に撤退を余儀なくされる。しかし、あきらめるつもりは毛頭なく、わずか1か月後に第二回カラフト探検隊の隊長に就任し、二度目の調査に臨む。一度目にも劣らない激しい吹雪に翻弄されながらも、西海岸を北上することで海峡を発見し、この海峡はのちに「間宮海峡」と名づけられる。実在の人物、間宮林蔵がモデル。
千葉 周作 (ちば しゅうさく)
エピソード「技を磨け! ねこねこ日本史 千葉周作」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。北辰夢想流の使い手である千葉忠左衛門の息子。幼い頃から父親と剣の稽古に明け暮れ、成長するにつれて、父親をしのぐ剣の腕と、逞しい体を得る。修行を終えると親子で松戸に移り住み、小野派一刀流の師範である浅利又七郎に弟子入りする。そして、又七郎の指導によって実力を高めていき、7年後に小野派一刀流の免許皆伝に至る。さらに又七郎の養女と結婚して「浅利周作」となり、道場を継いで小野派一刀流に北辰夢想流の要素を加えてアレンジしようとする。しかし、小野派一刀流を勝手に変えようとしたことを又七郎から咎められ、破門されてしまう。そこで、小野派一刀流と北辰夢想流の長所を合わせたまったく新しい流派を作ることを目指し、やがて北辰一刀流を完成させる。実在の人物、千葉周作がモデル。
難升米 (なしめ)
エピソード「風雲! ねこねこ日本史 卑弥呼」に登場する。西暦200年代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。卑弥呼の部下を務めている。卑弥呼から魏に使いとして出向くよう命じられ、数匹の部下を伴って邪馬台国を出発する。猫であることから水を苦手としており、船旅の最中に貢物として渡すはずだったエサを部下と共に食べてしまう。苦肉の策として、エサが入っていた袋を魏の明帝に差し出したところ、運よく気に入られ、邪馬台国と魏の関係を円滑化することに成功する。実在の人物、難升米がモデル。
明帝 (めいてい)
エピソード「風雲! ねこねこ日本史 卑弥呼」に登場する。西暦200年代に中国の魏の皇帝を務めている、オスの猫。鋭い目つきと、あごに蓄えられた立派なヒゲが特徴。邪馬台国から使者として訪れた難升米を迎え入れ、彼が貢ぎ物として差し出したエサの入っていた紙袋を大いに気に入る。そして、素敵な贈り物を用意してくれた難升米に感謝の意を示すとともに、邪馬台国と魏とのあいだで国交を結ぶことを約束し、その証として「親魏倭王の金印」と呼ばれる宝物を譲渡する。しかし、邪馬台国の猫たちからは親魏倭王の金印の価値を理解されず、卑弥呼の手によって地面の中に埋められてしまう。実在の人物、明帝がモデル。
推古天皇 (すいこてんのう)
エピソード「飛べ! ねこねこ日本史 聖徳太子」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫で、ねこねこ日本初の女性天皇。甥の聖徳太子を頼りにしており、彼が摂政として就任すると大いに活躍を望み、「バリバリ働いてちょうだい」と期待をあらわにする。これに対して聖徳太子は、木材に爪を立てて「バリバリ」と音を鳴らすが、その様子を見てさらに彼に対する信頼を深めていく。実在の人物、推古天皇がモデル。
蘇我 馬子 (そがの うまこ)
エピソード「飛べ! ねこねこ日本史 聖徳太子」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。蘇我入鹿の祖先で、聖徳太子の義父にあたる。聖徳太子の才能を認めているものの、彼の気まぐれな性格や、イタズラ好きなところに悩まされており、厳しく説教することも多い。飛鳥寺を建築し、飛鳥大仏を造り上げると、その出来栄えを聖徳太子に絶賛され、得意げになる。しかし、飛鳥大仏に爪を立てられると、一転して彼に厳しくなり、その後も適当な仕事をする彼を見つけては叱る日々を過ごす。実在の人物、蘇我馬子がモデル。
小野 妹子 (おのの いもこ)
エピソード「飛べ! ねこねこ日本史 聖徳太子」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫で、聖徳太子の臣下を務めている。607年に遣隋使として派遣されるが、そのための手段をサイコロで決めさせられたり、煬帝への手紙を十七条憲法の書かれた紙とまちがえられたりするなど、聖徳太子の気まぐれに苦労させられている。それでもなんとか隋に赴くと、煬帝との会見を手ぎわよく済ませ、彼から好感を得る。さらに、ねこねこ日本に興味を抱いた煬帝の計らいで、裴世清を伴って帰国し、聖徳太子と共に法隆寺や四天王寺といった施設を紹介して回る。実在の人物、小野妹子がモデル。
煬帝 (ようだい)
エピソード「飛べ! ねこねこ日本史 聖徳太子」に登場する。飛鳥時代に中国で活躍したオスの猫で、隋の皇帝の座に就いている。遣隋使としてねこねこ日本から訪れた小野妹子を迎え入れ、聖徳太子からあてられた手紙を受け取る。その手紙の冒頭には「日出づる処の天子から、日没する処の天子へのお手紙ですニャ」と記載されていたが、朝より夜の方がやる気が出るという理由から、この文面を大いに気に入る。その結果、ねこねこ日本に興味を抱くようになり、官吏である裴世清に対し、ねこねこ日本がどのような国か見て回ることを命じる。さらに、帰ってきた裴世清から、ねこねこ日本が素晴らしい国だったことを聞かされると、一度自分も行ってみたいと考えるようになる。実在の人物、煬帝がモデル。
裴 世清 (はい せいせい)
エピソード「飛べ! ねこねこ日本史 聖徳太子」に登場する。飛鳥時代に中国で活躍したオスの猫で、隋で官吏を務めている。皇帝である煬帝からねこねこ日本の様子を見てくるように命じられ、帰路に就く小野妹子に同行する。そして、ねこねこ日本にたどり着くと、聖徳太子から歓迎されたうえに、法隆寺や四天王寺を案内される。さらに、案内された建築物に爪を立てても咎められなかったため、ねこねこ日本を強く気に入り、隋に戻ると煬帝に対して、とてもよい国だったと報告する。実在の人物、裴世清がモデル。
行基 (ぎょうき)
エピソード「建て! ねこねこ日本史 聖武天皇」に登場する。奈良時代にねこねこ日本で僧侶として活躍したオスのスコティッシュフォールド。働き者であるうえに見た目がとてもかわいらしく、国の長である聖武天皇をはるかに上回る人気を誇る。さらに庶民と力を合わせて、川を渡るための橋やせき止めるためのダムなどを造り上げ、さらなる支持を集める。聖武天皇からは一時的にライバル心を抱かれていたが、やがて奈良の大仏を建立するために協力を持ち掛けられると、最後の大仕事としてそれを成し遂げる決意を固める。そして、749年に息を引き取るものの、大仏を完成目前までこぎ着けた。実在の人物、行基がモデル。
倫子 (りんし)
エピソード「登れ! ねこねこ日本史 藤原道長」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。夫である藤原道長より年上で、彼を尻にしいている。ただし、高圧的に接しているわけではなく、彼の努力を高く評価しつつ、より高みを目指そうとする姿勢を心から応援している。その一端として、道長が権力を手にした暁には、高級缶詰を家族みんなで味わいたいと冗談交じりに発言し、彼を激励する。実在の人物、源倫子がモデル。
彰子 (しょうし)
エピソード「登れ! ねこねこ日本史 藤原道長」「書け! ねこねこ日本史 紫式部」「占え! ねこねこ日本史 安倍晴明」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍した藤原道長と倫子の娘でメスの猫。道長のことが大好きで、幼い頃は彼が家に帰ってきた時に何度も「おかえいー」と拙い声で答えては道長のあとをついて回った。のちに天皇家の「一条天皇」の側室となり、安倍晴明によって導き出された縁起のいい日に祝言を挙げる。そして、「後一条天皇」の母親となり、道長が彼の摂政となるきっかけをつくった。また、侍女である紫式部とも意気投合し、共に文学を楽しんだり、彼女の書く「猫氏物語」の続きに期待する様子も見られた。実在の人物、藤原彰子がモデル。
清少納言 (せいしょうなごん)
エピソード「登れ! ねこねこ日本史 藤原道長」「選べ! ねこねこ日本史 藤原定家」「つづれ! ねこねこ日本史 兼好法師」「羽ばたけ! ねこねこ日本史 鴨長明」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。「一条天皇」の正室にあたる「定子」の侍女を務めている。文学に通じており、定子に対して熱心に教育を施す。のちに日本三大随筆の一つである「枕猫草子」と呼ばれる随筆を執筆し、脚光を浴びる。1025年頃に亡くなるが、その後も長らく幽霊として現世にとどまっており、「方丈鳥記」を執筆している鴨長明のもとに現れると、彼の家に住み着く。そして、数年にわたって問答を行い、死後の平安時代や鎌倉時代の話を聞きつつ、方丈鳥記の完成を見届ける。長明が亡くなると、彼の幽霊と共に行動して100年以上たったのちに、「徒然猫草」を執筆する兼好法師の前に現れる。実在の人物、清少納言がモデル。
源 義経 (みなもとの よしつね)
エピソード「戦え!! ねこねこ日本史 源頼朝」「院政! ねこねこ日本史 後白河法皇」「奪え! ねこねこ日本史 静御前」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。源頼朝の弟で、戦に関して天性の才能を持っている。他者の帽子や兜に愛着を示す傾向があり、頼朝の帽子を反射的に奪い、彼を困らせることもある。富士川の戦いで平維盛を退けた頼朝と合流し、平氏と全面的に対決する姿勢を見せる。頼朝から京の都で幅をきかせる木曾義仲の討伐を頼まれるとこれを実行し、源氏の内輪もめを好機と見た平氏が一ノ谷に攻め込んできた際も、崖の上から強引に攻め入ることで逆に追い返す。さらに壇ノ浦の戦いでは、水を苦手としながらも、船の上を自在に飛び移り、源氏に勝利を呼び込んだ。これらの活躍から後白河法皇に気に入られ、のちに彼から静御前を紹介され、恋仲となる。実在の人物、源義経がモデル。
木曾 義仲 (きそ よしなか)
エピソード「戦え!! ねこねこ日本史 源頼朝」「詠め! ねこねこ日本史 松尾芭蕉」「従え! ねこねこ日本史 巴御前」「院政! ねこねこ日本史 後白河法皇」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫で、源頼朝と源義経のいとこにあたる。明るく開けっぴろげな性格で、社交性に富んでいる。一方で、不測の事態に弱く、戦の最中に帽子を取られただけで、戦闘不能に陥ったこともある。木曾の豪族である「中原兼遠」のもとで育つと、そこで出会った巴御前と共に武術の稽古に励み、彼女の武術の腕に感銘を受けるようになる。やがて巴御前に好意を寄せられるようになるが、それに気づく前に元服し、「山吹姫」と呼ばれる女性を正室に迎えてしまう。しかし、あきらめられない巴御前の気持ちを察して、彼女を側室として迎え入れる。やがて、平氏を止めるために兵を挙げ、倶梨伽羅峠の戦いでは、牛の角に火をつけて敵陣に突っ込ませるという奇策を用いて平維盛を撃破する。そして、そのまま京の都に入るが、暴れる牛を抑えきれずに都を荒らしてしまい、これを怒った後白河法皇から命令を受けた頼朝と義経の攻撃を受ける。実在の人物、源義仲がモデル。
平 維盛 (たいらの これもり)
エピソード「戦え!! ねこねこ日本史 源頼朝」「従え! ねこねこ日本史 巴御前」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。平家に連なる出身で、平氏の軍を率いて源氏の軍とたびたび激突する。臆病な性格の持ち主で、富士川の戦いでは三万匹もの戦力を誇る源頼朝の軍勢を見て震え上がり、さらに水鳥が飛び去った音を聞くと、頼朝の軍勢が攻めてきたとカンちがいして、戦わずに撤退してしまう。また、倶梨伽羅峠の戦いでも、木曾義仲が発案した牛の角に火をつけて暴れさせるという作戦に屈して、敗北を喫する。実在の人物、平維盛がモデル。
後醍醐天皇 (ごだいごてんのう)
エピソード「倒せ! ねこねこ日本史 足利尊氏」に登場する。鎌倉時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。鎌倉時代末期に天皇となるが、鎌倉幕府第14代執権である北条高時と対立しており、配下である楠木正成と「新田義貞」を使い、高時を排除しようとする。そして、楠木たちや彼と共同戦線を張った「足利高氏」が高時を追いやり、鎌倉幕府を滅亡させると自ら政治を執り行い、功労者の一匹である高氏に対して、本名の「尊治」から一文字を授けて、「足利尊氏」と名乗る栄誉を与えた。しかし、貴族を厚遇する一方で武士を冷遇する政治を行い、やがて反発を生む。さらに断りもなく征夷大将軍を名乗った尊氏と争うが、敗れて都を追いやられる。その後も覇権をあきらめず、南朝を率いて、光厳上皇や尊氏に対抗する。実在の人物、後醍醐天皇がモデル。
光厳上皇 (こうげんじょうこう)
エピソード「倒せ! ねこねこ日本史 足利尊氏」に登場する。鎌倉時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。鎌倉時代末期に上皇となると、足利直義の助言を受けた足利尊氏から、味方になるように説得される。当初は、尊氏の猪突猛進癖に巻き込まれて攻撃を受けるというアクシデントに見舞われるが、直義に仲裁されたことで解決し、彼の後ろ盾となる。そして、尊氏や直義が後醍醐天皇の手勢を退けて、彼を都から追い出すと、弟である光明天皇を北朝の主へと据える。実在の人物、光厳天皇がモデル。
北条 泰時 (ほうじょう やすとき)
エピソード「倒せ! ねこねこ日本史 足利尊氏」に登場する。鎌倉時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。鎌倉幕府の第三代執権にあたり、1232年に臣下を呼び集めて「御成敗式目」と呼ばれる法令を制定する。その内容は、猫の言葉で書かれており、ほかの動物には判別できないものであったが、猫にとっては極めてわかりやすいものであったために好評を受け、長きにわたって鎌倉時代の政治における指針の一つとなった。実在の人物、北条泰時がモデル。
北条 時宗 (ほうじょう ときむね)
エピソード「倒せ! ねこねこ日本史 足利尊氏」に登場する。鎌倉時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫で、鎌倉幕府の第八代執権にあたる。1274年に発生した文永の役で、攻め込んできた元の軍に対抗すべく出撃するが、元の船が強風によって次々に転覆し、何もせずに勝利してしまう。1281年には、文永の役の五倍の勢力を誇る元軍が再び襲来する。これによって弘安の役が発生し、今度こそ激戦を覚悟するが、奇しくも文永の役と同様に、強風が元軍に大損害を与え、またしても戦わずして勝利を手にした。実在の人物、北条時宗がモデル。
北条 高時 (ほうじょう たかとき)
エピソード「倒せ! ねこねこ日本史 足利尊氏」に登場する。鎌倉時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫で、鎌倉幕府の第14代執権にあたる。後醍醐天皇に強い敵愾心を抱いており、のちに「足利尊氏」となる「足利高氏」に対して彼を討伐するように命令する。しかし、誰彼構わず攻撃を仕掛ける高氏からは理解されず、逆に楠木正成と「新田義貞」が攻めてくると、彼らに便乗した高氏を含めた三匹から攻撃を受け、結果として鎌倉幕府は滅亡の憂き目に遭ってしまう。実在の人物、北条高時がモデル。
楠木 正成 (くすのき まさしげ)
エピソード「倒せ! ねこねこ日本史 足利尊氏」に登場する。鎌倉時代から室町時代にかけて、ねこねこ日本で活躍したオスの猫。主である後醍醐天皇の命を受けて、仲間である「新田義貞」と共に北条高時を襲撃する。さらに、その場に居合わせていた足利尊氏が気まぐれから高時を攻撃したため、これに乗じて高氏と共闘し、結果的に鎌倉幕府を滅ぼす。しかし、尊氏が無断で征夷大将軍を名乗ると、後醍醐天皇から彼を迎え撃つように命令される。そして、湊川で尊氏と相対するが、足利直義の作戦によって挟み撃ちに遭い、敗北する。実在の人物、楠木正成がモデル。
上杉 謙信 (うえすぎ けんしん)
エピソード「行け! ねこねこ日本史 武田信玄」「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「貫け! ねこねこ日本史 直江兼続」「謀れ! ねこねこ日本史 山本勘助」「勝て! ねこねこ日本史 柴田勝家」ほか、複数のエピソードに登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。越後の国をおさめており、「越後の龍」の異名を持つ。何かにつけてプレゼントをしたがる癖があり、ライバルである武田信玄に対しては、彼が信濃国を攻め落とした時の記念とするなど、事あるごとに塩をプレゼントしており、不気味に思われながらも感謝される。上杉謙信自身を毘沙門天の生まれ変わりであると信じており、「毘」と書かれた軍旗を掲げている。しかし、読み方を知らない家臣たちからは「タヒヒ」と読まれることが多かったため、止むなく軍旗にフリガナを振る羽目になる。また、猫に毘沙門天の生まれ変わりが無理があると突っ込まれることも多いが、それにもめげずに、彼のようになるために努力を重ねている。のちに川中島で、信玄が率いる武田キバ軍団と五回にわたって激突する。その中で、信玄が繰り出してきた「きつつき戦法」に苦戦を強いられるが、「車懸りの陣」と呼ばれる陣形で対抗し、互角の戦いを幾度も繰り広げる。五回目の衝突では、前線に出て信玄と一騎打ちを行うが、アクシデントによってお互いに目を回していたため、まともな勝負にならなかった。実在の人物、上杉謙信がモデル。
武田 勝頼 (たけだ かつより)
エピソード「行け! ねこねこ日本史 武田信玄」「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「導け! ねこねこ日本史 竹中半兵衛」「貫け! ねこねこ日本史 直江兼続」「移れ! ねこねこ日本史 真田昌幸」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。病を患った父親の武田信玄から甲斐の太守の座をゆずられ、真田昌幸などの武将と共に上洛して織田信長と対抗しようとする。また、上杉謙信が亡くなったあとは、同盟を結んでいる「北条氏政」の弟である「上杉景虎」と共謀し、上杉景勝を挟み撃ちにするが、直江兼続を気に入ったことにより、景勝側に寝返る。父親と比べると戦の才能に欠けており、長篠の戦いでは、信玄からゆずり受けた武田キバ軍団を率いて信長と戦うが、彼の組織した鉄砲部隊の猛攻の前に敗れ去る。実在の人物、武田勝頼がモデル。
浅井 長政 (あざい ながまさ)
エピソード「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「嫁げ! ねこねこ日本史 お市と茶々」「導け! ねこねこ日本史 竹中半兵衛」「組め! ねこねこ日本史 朝倉義景」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫で、北近江国の大名を務めている。越前国の朝倉義景と仲がよく、一時は「浅朝コンビ」と呼ばれるお笑いコンビを組もうと考えていた。そして、ゆくゆくは尻尾を使った芸を使って共に天下を取ろうと考えていたが、お市と結婚することになったためにコンビを解散する。結婚後は、茶々をはじめとした三匹の娘に恵まれ、幸せな日々を過ごしていた。しかし、織田信長が朝倉を攻めると、かつてコンビを組んでいた朝倉への信義を優先し、義兄の信長と戦う決意を固める。実在の人物、浅井長政がモデル。
今川 義元 (いまがわ よしもと)
エピソード「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「偽れ! ねこねこ日本史 井伊直虎」「激変! ねこねこ日本史 長宗我部元親」「謀れ! ねこねこ日本史 山本勘助」「裏切れ! ねこねこ日本史 明智光秀」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫で、駿河国の大名を務めている。ある時、小野政直からマグロ缶を使っておびき出され、井伊直親の父親である「井伊直満」と、叔父の一匹である「井伊直義」に尻尾を嚙まれるよう仕向けられる。そして、彼らに尻尾を嚙まれると、怒りのままに爪を出して襲い掛かり、二匹を殺害する。さらに、怒りのままに井伊家に乱入するが、のちに井伊直虎となる「お虎」を見ると、その威容に恐れをなして逃げ出してしまう。小野政次からも利用されるところだったが、その前に、桶狭間の戦いで豊臣秀吉に敗れる。実在の人物、今川義元がモデル。
徳川 秀忠 (とくがわ ひでただ)
エピソード「分け目! ねこねこ日本史 徳川家康」「惚れろ! ねこねこ日本史 真田幸村」「育てろ! ねこねこ日本史 春日局」「極めろ! ねこねこ日本史 柳生十兵衛」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。徳川家康の息子で、のちに江戸幕府の二代将軍に就任する。関ヶ原の戦いでは家康と共闘するが、部隊を分けた際に、わずかな手勢のみを率いて進軍することをせまられるなど、ぞんざいに扱われる。慌てて軍勢をつけてくれるように懇願し、三万八千匹の兵士と共に西軍の拠点である上田城を包囲する。しかし、真田昌幸のねこじゃらしを利用した作戦で兵士の戦意を奪われてしまう。その結果、関ヶ原の戦いへの参戦が遅れて、家康から叱責されるが、得意とするあやまり方「ごめんねこ」を披露し、許しを得る。のちにお市の娘であるお江と結婚し、彼女とのあいだに二匹の息子をもうける。実在の人物、徳川秀忠がモデル。
島 左近 (しま さこん)
エピソード「分け目! ねこねこ日本史 徳川家康」「伝えろ! ねこねこ日本史 石田三成」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。石田三成の俸禄(ほうろく)を使った罠にかかり、やがてその人柄や能力に惹かれて、大谷吉継と共に彼の部下におさまる。1590年に発生した忍城の戦いでは、水攻めに失敗するというアクシデントに見舞われながらも勝利をおさめる。関ヶ原の戦いの前哨戦となる杭瀬川の戦いでは、ネズミのコスプレをすることで徳川家康の軍勢をおびき寄せ、伏兵を使った包囲作戦に成功する。実在の人物、島清興がモデル。
小早川 秀秋 (こばやかわ ひであき)
エピソード「分け目! ねこねこ日本史 徳川家康」に登場する。安土桃山時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。関ヶ原の戦いでは、石田三成率いる西軍の協力者として参戦したが、優柔不断なところがあり、東軍の総大将である徳川家康からはいずれ寝返るだろうと考えられていた。高い所と日向ぼっこが大好きで、戦いの最中ににらみ合いを続ける西軍と東軍をよそに突然動き始めて、松尾山の山頂にのぼって兵士たちと共に日向ぼっこを始める。突然の出来事に、家康も三成もあっけに取られるが、松尾山が雲に覆われると、陽が当たる場所を求めて一気に下山。その勢いで三成たちを体当たりで蹴散らし、結果的に東軍が勝利をおさめる要因となる。実在の人物、小早川秀秋がモデル。
桂昌院 (けいしょういん)
エピソード「守れ! ねこねこ日本史 徳川綱吉」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。徳川綱吉の母親で、隆光を頼りにしている。綱吉からはつねに敬愛されており、彼が将軍になっても、困ったことがあると相談に乗る場合がある。ある時、世継ぎとなる男の子が産まれない悩みを打ち明けられると、隆光に相談すればいいアイデアを出してくれるだろうと太鼓判を押す。言われるまま、綱吉は隆光の助言を仰ぐが、このことが「生類憐みの令」の発令につながってしまう。実在の人物、桂昌院がモデル。
隆光 (りゅうこう)
エピソード「守れ! ねこねこ日本史 徳川綱吉」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。桂昌院から頼られている僧侶で、彼女の紹介で徳川綱吉の相談に乗ることになる。しかし相談の内容は、「男の子が産まれるにはどうすればいいか」という、当時のねこねこ日本では無理難題に近い難問だった。失敗したら殺されると恐怖した挙句、絶対にできないことをやらせればいいと思い立ち、猫が苦手とする犬を大事にするように助言する。だが、このことを真に受けた綱吉が、「生類憐みの令」を発令してしまう。綱吉が本当に実行するとは思わず、その決断におののく。さらに、それでも子供ができなかったため、犬を放し飼いにすることや、魚や鳥を食べることを禁じるなど、生類憐みの令をエスカレートさせていく。実在の人物、隆光がモデル。
徳川 光圀 (とくがわ みつくに)
エピソード「守れ! ねこねこ日本史 徳川綱吉」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。水戸藩の第二代藩主にあたり、「水戸黄門」の異名を持つ。「助さん」と「格さん」と呼ばれるおつきの猫と共に諸国を漫遊しており、優れた洞察力とカリスマ性を発揮して世にはびこる悪を成敗し、ねこねこ日本の秩序維持に貢献していた。しかし、自分たちより大幅に身体能力に優れたうえに、身分を示す印籠もまったく効果のない犬の前には分が悪く、「生類憐みの令」が発令したことでまともに活動できない状態となってしまう。生類憐みの令を撤回させるために、犬の毛皮を徳川綱吉に送りつけようとする。実在の人物、徳川光圀がモデル。
浅野 内匠頭 (あさの たくみのかみ)
エピソード「打ち入れ! ねこねこ日本史 大石内蔵助」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。浅野家の主を務めていたが、「生類憐みの令」の影響で調子に乗る吉良上野介の所業に我慢できなくなり、宮中の松の廊下と呼ばれる場所で、爪を出して吉良の顔を引っかいてしまう。このことから徳川綱吉に切腹を命じられ、浅野家も断絶の憂き目に遭う。死後も無念から成仏することがなく、現世に幽霊としてとどまって、臣下の大石内蔵助が仇討ちをする様子を観察しようとする。しかし、内蔵助の物忘れが激しいことから、なかなか討ち入りが始まらず焦れていた。実際に討ち入りが始まると炭焼き小屋に隠れていた吉良を中庭へと追いやり、内蔵助が彼を討ち果たすチャンスをつくった。実在の人物、浅野長矩がモデル。
吉良 上野介 (きら こうずけのすけ)
エピソード「打ち入れ! ねこねこ日本史 大石内蔵助」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの犬。名家である吉良家の生まれで、徳川綱吉が「生類憐みの令」を出したため、犬であることを理由にさまざまな優遇を受ける。その影響によって増長し、1707年、松の廊下で浅野内匠頭を挑発したことにより、激昂した彼から爪で引っかかれる。このことから、内匠頭は綱吉から切腹を命じられ、さらに吉良上野介自身は犬であることから処罰を免れるが、内匠頭の臣下である大石内蔵助から敵視されることになる。内蔵助の襲来に備えて犬の用心棒を多数雇い、万全の態勢を整えて彼らを迎え撃つ。だが、犬は夜目がきかないことから思わぬ苦戦を強いられ、身の危険を感じて炭焼き小屋に隠れる。そこを内匠頭の幽霊に追い立てられる。驚いて逃げ去るものの、その先で内蔵助の軍勢に取り囲まれ、最期の時を迎える。しかし死後、幽霊となってこの世にとどまり、同じく幽霊となった内匠頭を追い回す。実在の人物、吉良義央がモデル。
ペリー
エピソード「開け! ねこねこ日本史 坂本竜馬」「学べ! ねこねこ日本史 吉田松陰」に登場する。江戸時代にアメリカを中心に活躍したオスのアメリカンショートヘア。通商条約を結ぶためにねこねこ日本を訪れ、浦賀に来航するや否や、迫力のある姿で坂本竜馬を驚かせ、やがて江戸城をパニックに陥れる。そして、1854年に半ば強引に日米和親条約を結び、下田と函館にアメリカンショートヘア用の猫カフェを作り上げたり、自分たちの国の船に必要な燃料や水、エサを供出させるなど、条約を利用して好き勝手な行動を取る。さらに1958年には、老中の井伊直弼にせまり、猫カフェを増やしたり、猫カフェの値段をアメリカが好きに決めたりするなどの内容を盛り込んだ日米修好通商条約を結ばせる。実在の人物、マシュー・ペリーがモデル。
勝 海舟 (かつ かいしゅう)
エピソード「開け! ねこねこ日本史 坂本竜馬」「授けろ! ねこねこ日本史 佐久間象山」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸で武士を務めている。開国を推進していることから、攘夷論を唱えていた坂本竜馬に命を狙われる。しかし、地球儀を取り出して開国の必要性を訴えて、それに感銘を受けた彼を弟子に迎える。そして、海軍操練所で訓練を施すが、攘夷運動が本格化すると操練所を解散し、竜馬たちを西郷隆盛に預ける。実在の人物、勝海舟がモデル。
西郷 隆盛 (さいごう たかもり)
エピソード「開け! ねこねこ日本史 坂本竜馬」「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」「結べ! ねこねこ日本史 中岡慎太郎」「撃て! ねこねこ日本史 山本八重」「逃げろ! ねこねこ日本史 桂小五郎」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。薩摩藩出身の武士で、猫であるにもかかわらず大きな犬を引き連れており、飼い犬の数倍以上の体格を誇る。薩摩藩が、イギリスのスコティッシュフォールドたちに大敗したことで、ねこねこ日本を変えなければならないと実感する。そして、江戸幕府を打倒するため、薩摩藩と長州藩の同盟を志し、勝海舟から紹介された坂本竜馬に対して、二つの藩の橋渡しを依頼する。しかし、猫としてはあまりに規格外な身体能力を持つため、竜馬や桂小五郎からは、一匹で幕府を倒せるのではないかと疑われる。実在の人物、西郷隆盛がモデル。
天武天皇 (てんむてんのう)
エピソード「継がせろ! ねこねこ日本史 持統天皇」「詠め! ねこねこ日本史 額田王」「歌を作れ! ねこねこ日本史 柿本人麻呂」「整えろ! ねこねこ日本史 藤原不比等」「輝け! ねこねこ日本史 光明皇后」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。先の天皇である天智天皇こと「中大兄皇子」の弟で、のちに持統天皇となる「鵜野讃良皇女」の夫にあたる。若い頃は「大海人皇子」という名前で、かつては額田王と夫婦だったこともある。父親が崩御すると、甥の大友皇子が次期天皇の有力候補となる。さらに、鵜野讃良皇女が物騒な雰囲気をまといつつ話をつけに行こうとすると、危険を避けるために彼女と美濃まで同行する。しかし、移動中に率いていたわずかな手勢が、いつの間にか大軍勢になったことで大友皇子から警戒され、勢いのままに壬申の乱を起こしてこれに勝利し、晴れて天武天皇となる。即位後は、妻が草壁皇子を次期天皇にするために子供たちを争わせようとするが、再び壬申の乱のような後継者争いが起きないよう、兄弟同士でなかよくするように呼び掛ける。実在の人物、天武天皇がモデル。
草壁皇子 (くさかべのみこ)
エピソード「継がせろ! ねこねこ日本史 持統天皇」「歌を作れ! ねこねこ日本史 柿本人麻呂」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。のちに天武天皇となる「大海人皇子」と、のちに持統天皇となる「鵜野讃良皇女」の息子。母親に溺愛されており、彼女から次の天皇になるように求められる。世間からは、すべてにおいて優れていた大津皇子が次の天皇に推されていたが、鵜野讃良皇女の計略によって大津皇子が処罰されると、次の天皇にほぼ内定する。しかし、それから間もなくして、病気によって急逝してしまい、天皇に即位することはなかった。母親と同様に歌人の柿本人麻呂がお気に入りで、死後は彼の作った鎮魂歌を聞きつつ成仏する。実在の人物、草壁皇子がモデル。
大友皇子 (おおとものおうじ)
エピソード「継がせろ! ねこねこ日本史 持統天皇」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。のちに天武天皇となる「大海人皇子」の甥にあたる。父親である天智天皇が亡くなると、やがて次の天皇として即位することが決まる。しかし、「鵜野讃良皇女」が大海人皇子を伴って向かっていることと、彼らがとんでもない規模の軍勢を率いていることを知り、彼らが武力で天皇の座を奪いに来たと考える。そして、対抗するだけの戦力を集め、のちに壬申の乱と呼ばれる戦いを繰り広げる。実在の人物、弘文天皇がモデル。
高市皇子 (たけちのみこ)
エピソード「継がせろ! ねこねこ日本史 持統天皇」「歌を作れ! ねこねこ日本史 柿本人麻呂」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。のちに天武天皇となる「大海人皇子」の息子。指揮力に優れており、大海人皇子から壬申の乱の指揮官を任される。そして、つねに戦況を優位に進めて大友皇子を圧倒し、彼を自害へと追い込む。大海人皇子が天武天皇に即位すると、彼の意を汲んで、大津皇子と草壁皇子のどちらかが天皇になるという決定に従う。二匹が亡くなったことで「鵜野讃良皇女」が持統天皇に即位すると、次期天皇として有力視される。のちに病で命を落とすものの、幽霊となって現世に居座る。しかし、柿本人麻呂が魂を鎮めるための「高市皇子挽歌」を歌ったことで成仏する。実在の人物、高市皇子がモデル。
大津皇子 (おおつのみこ)
エピソード「継がせろ! ねこねこ日本史 持統天皇」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。天武天皇の息子で、のちに持統天皇となる「鵜野讃良皇女」の義理の息子。政治に関して優れた才能を持っており、天武天皇の次の天皇候補として有力視されている。しかし、草壁皇子を次期天皇に据えようとする鵜野讃良皇女の策略にはまり、茂みから伸びていた草壁皇子の尻尾に嚙みついたことで謀反の疑いを着せられる。実在の人物、大津皇子がモデル。
普照 (ふしょう)
エピソード「渡れ! ねこねこ日本史 鑑真」に登場する。奈良時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。「興福寺」と呼ばれる寺で僧侶の修行を積んでいたところ、733年に正しい仏教の戒律を広めるための高僧を連れてくるように朝廷から命じられ、仲間の栄叡と共に唐へ渡る。しかし、何を思ったか虫取り網を持っていき、唐の高僧と思しき猫を網で捕まえようとしてしまう。その結果、唐にたどり着くと無作為に網を振り回し、たまたま捕まった猫を高僧だと思い込み、連れて帰ろうとしたこともある。やがて鑑真の協力を取り付けると、彼がねこねこ日本に渡れるように力を尽くす。実在の人物、普照がモデル。
栄叡 (ようえい)
エピソード「渡れ! ねこねこ日本史 鑑真」に登場する。奈良時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。「興福寺」と呼ばれる寺で僧侶の修行を積んでいたところ、733年に正しい仏教の戒律を広めるための高僧を連れてくるように朝廷から命じられ、仲間の普照と共に唐へ渡る。高僧を見つけたら、持ち込んでいたねこじゃらしを使って気を引かせようと考えていた。そして、鑑真と出会うと、必死にねこじゃらしを振って注意を集めようとするが、まったく効果がないことに愕然とする。しかし、熱意が通じたことで鑑真から同行を申し出られ、普照と共に彼がねこねこ日本に渡れるように尽力する。志半ばで病気に倒れてしまうが、最後まで鑑真を送り届けることをあきらめなかった。実在の人物、栄叡がモデル。
嵯峨天皇 (さがてんのう)
エピソード「悟れ! ねこねこ日本史 最澄と空海」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。809年に天皇に即位して早々に「薬子の変」と呼ばれる政変に巻き込まれるが、自力でこれをおさめる。新しい時代には新しい仏教が必要だと考え、最澄か空海のどちらかに、新しい教えを布教してもらおうとする。そして、最終的に体を張って教えを広めるという真言宗に興味を引かれたことから、空海に布教を任せる。実在の人物、嵯峨天皇がモデル。
藤原 為時 (ふじわらの ためとき)
エピソード「書け! ねこねこ日本史 紫式部」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。紫式部と藤原惟規の父親で、平安京を代表する詩人。幼い頃から優れた学才を持っていた紫式部に英才教育を施し、彼女を優れた作家として大成させる。藤原宣孝には最初から友好的で、彼と紫式部がうまくいくことを望み、やがて二匹の結婚を祝福する。宣孝が亡くなると、退屈するようになった彼女のためにいろいろな話を聞かせる。やがて彼女が自分以上の作家になったことを見届け、さらに彼女の書いた「猫氏物語」が藤原道長の目に留まったことに、驚きながらも誇らしさを感じる。実在の人物、藤原為時がモデル。
藤原 惟規 (ふじわらの のぶのり)
エピソード「書け! ねこねこ日本史 紫式部」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。藤原為時の息子で、紫式部の兄にあたる。式部ほどの文才に恵まれず、特に漢文の読解力が不足している様子を見せる。やがて為時が本格的に彼女を教育し始めると、蝶や蟻と戯れるなどして、自由気ままに遊び始めるようになる。実在の人物、藤原惟規がモデル。
藤原 宣孝 (ふじわらの のぶたか)
エピソード「書け! ねこねこ日本史 紫式部」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。紫式部に思いを寄せており、ある日学問に励んでいた式部の前に現れ、結婚を申し込む。当初は彼女に顧みられることがなく、一瞥されただけで断られてしまう。それからも、何度も彼女のもとに通っては求婚するが、時には爪で引っかかれて追い出されることもあった。しかし、真摯な気持ちが彼女の心を動かすと、プロポーズを受け入れられ、その翌年には子宝にも恵まれる。実在の人物、藤原宣孝がモデル。
義姫 (よしひめ)
エピソード「生き残れ! ねこねこ日本史 伊達政宗」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。伊達政宗の母親だが、政宗とは幼い頃から折り合いが悪く、彼の弟ばかりをかわいがっていた。さらに、政宗が豊臣秀吉の怒りを買うと、彼の巻き添えで伊達家そのものが滅ぼされかねないと危惧し、彼のミルクに毒を盛って殺害しようとする。実在の人物、義姫がモデル。
真田 信幸 (さなだ のぶゆき)
エピソード「惚れろ! ねこねこ日本史 真田幸村」「移れ! ねこねこ日本史 真田昌幸」「切れ! ねこねこ日本史 本多忠勝」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。真田昌幸の息子で、真田幸村の兄にあたる。幸村と共に昌幸に助力し、さまざまな主君のもとを渡り歩く。1590年の北条軍との戦いでは、転がった小銭を追い掛けて北条軍の陣地に家族そろって突っ込んで勢いのままに勝ちをおさめ、この戦いで親子ともども戦上手と呼ばれるようになる。さらに、徳川家康の紹介により、本多忠勝の娘である小松姫と結婚し、彼女のおてんばぶりにも慣れた様子を見せる。1600年の関ヶ原の戦いでは、追っていたネズミが東に走っていったことから東軍につき、勝利を得る。そして、昌幸と幸村を捕えた家康に対して、忠勝と共に「ダブルごめんねこ」と呼ばれる土下座で懇願し、二匹の死罪を撤回させる。実在の人物、真田信之がモデル。
佐々木 小次郎 (ささき こじろう)
エピソード「戦え! ねこねこ日本史 宮本武蔵」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。「物干竿」と呼ばれる長刀を自在にあやつる「つばめ返し」という必殺技を使いこなす剣豪で、細川家の剣術指南役を務めている。のちに宮本武蔵の噂を聞きつけると、彼と巌流島で決闘を行うことになる。決闘当日は意気揚々と巌流島へと降り立つが、武蔵がいくら待っても到着せず、やがて退屈を持て余したことから島を駆け回る。しかし、遊び疲れて眠ってしまい、結果として武蔵の前で大きなスキを晒すことになる。実在の人物、佐々木小次郎がモデル。
吉岡 清十郎 (よしおか せいじゅうろう)
エピソード「戦え! ねこねこ日本史 宮本武蔵」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。剣術指南役の名門である吉岡家の当主を務めている。京の都を訪れていた宮本武蔵が、吉岡道場の看板で爪を研いでいたところに出くわし、激昂する。しかし、武蔵が落とした看板がちょうど頭にぶつかり、戦わずして敗北してしまう。吉岡清十郎、ひいては吉川道場の敗北は、瞬く間に京の都に伝わり、武蔵が注目される一因となる。実在の人物、吉岡直綱がモデル。
宍戸 某 (ししど なにがし)
エピソード「戦え! ねこねこ日本史 宮本武蔵」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。伊賀地方で活動しており、鎖鎌を使って戦う。相棒のネズミをくくりつけた鎖を振り回し、それに目を奪われたところを鎌で襲い掛かるという戦法を得意としている。宮本武蔵との戦いでも、振り回されたネズミで彼の気を引くことに成功し、スキを突いて襲い掛かる。しかし、武蔵にネズミを食べられてしまい、相棒を失ったショックで戦意を喪失する。
大岡 忠相 (おおおか ただすけ)
エピソード「貯めろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。1717年に、徳川吉宗から江戸町奉行に任じられる。就任当初は奉行の仕事がなんなのかもよくわからず、吉宗が気に入っているからという理由で奉行になったという噂が流れる。しかし、実際に裁きを始めると、その公平さが町のあいだで評判となり、「大岡越前」と呼ばれて高い人気を誇るようになる。また、火事が多発したことから、消防組織ともいえる「いろは47」を結成するなど、多くのアイデアを出して吉宗を支える。実在の人物、大岡忠相がモデル。
高橋 至時 (たかはし よしとき)
エピソード「測れ! ねこねこ日本史 伊能忠敬」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸幕府が擁する天文方に所属している。かつて幕府に命じられて「寛政暦」と呼ばれる新しいカレンダーを作り上げたことで、一躍有名になる。年老いた伊能忠敬から弟子にしてほしいと依頼され、当初は年齢を理由に尻込みするが、やがて熱意に圧されて弟子入りを認める。そして、1800年に幕府から北海道の測量を命じられるが、病を患っていたことから断念し、忠敬にプロジェクトの全権を任せる。実在の人物、高橋至時がモデル。
高井 実徳 (たかい さねのり)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 大塩平八郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。大坂の東町奉行所で、奉行を務めている。大塩平八郎から、西町奉行所の内藤矩佳や弓削新右衛門が豪商から賄賂を受け取っているらしいことを聞かされると、真偽を確かめるために、平八郎に西町奉行所の捜査を命じる。しかし、平八郎が命令を聞くや否や居眠りしだしたため、早起きをほどほどにするように忠告する。実在の人物、高井実徳がモデル。
跡部 良弼 (あとべ よしすけ)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 大塩平八郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。水野忠邦の弟にあたり、大坂の東町奉行所で、高井実徳の後任として奉行を務めていた。天保の大飢饉が発生すると、大塩平八郎から米を融通してもらうように頼まれる。しかし、猫に米が必要ではないことから、カラスが暴れ出すことまで考えないまま江戸に米を送ってしまったことを明かす。実在の人物、跡部良弼がモデル。
内藤 矩佳 (ないとう のりとも)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 大塩平八郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。大坂の西町奉行所で、奉行を務めている。欲深い性格で、豪商から裏で賄賂を受け取っている。猫であることから小判にはあまり興味がなく、受け取る際も微妙な反応を返していたが、小判の入った箱に高級なエサが混ざっていることを知ると、途端に興味を惹かれる。しかし、賄賂を受け取っていることを大塩平八郎に知られ、東町奉行所による捜査の対象となる。
弓削 新右衛門 (ゆげ しんえもん)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 大塩平八郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。大坂の西町奉行所で、与力を務めている。上司の内藤矩佳に似て欲が深く、豪商たちから賄賂として高級エサを受け取っている。しかし、前もって押し入れに忍び込みつつ、そのまま眠っていた東町奉行所の所員に発見されて観念する。なお、賄賂を受け取った瞬間に東町奉行所が現れたのは、大塩平八郎の計算だと考えていたが、実際は彼が寝ぼけて出てきただけだった。
芹沢 鴨 (せりさわ かも)
エピソード「取り締まれ! ねこねこ日本史 新選組」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの鴨。新選組の初代局長を務めていた。尊王攘夷運動を続ける猫たちを取り締まるために京の都に現れ、土方歳三に対して暴徒を引っ捕えるように命令する。しかし、鴨であることが災いして猫である隊士たちから下剋上され、局長としての活躍ができないまま失脚してしまう。実在の人物、芹沢鴨がモデル。
山南 敬助 (やまなみ けいすけ)
エピソード「取り締まれ! ねこねこ日本史 新選組」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。新選組の総長を務めており、近藤勇に次ぐNo.2の地位にある。脱走癖があり、あいさつをするために近藤と共に隊士たちの前に出たところ、彼らのスキを突いて逃げ出してしまう。のちに居場所をつき止められたものの、よけいな手間をかけたことで近藤を困らせる。実在の人物、山南敬助がモデル。
藤原 純友 (ふじわらの すみとも)
エピソード「暴れろ! ねこねこ日本史 平将門」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。千にものぼる数の海賊船を率いて瀬戸内海を暴れ回り、官軍の船を襲うことから朝廷から恐れられる。猫であることから海が苦手という弱点を持ち、海賊には向いてないのではないかと思われることもある。しかし、海が苦手なのは官軍も同じため、大きな問題にはなっていない。平将門と同時期に暴れ回っていたことから、両方の対処に追われた朝廷が混乱し、威信を落とすきっかけの一つとなる。実在の人物、藤原純友がモデル。
源 義朝 (みなもとの よしとも)
エピソード「乱せ! ねこねこ日本史 平清盛」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。源氏に連なる家系の出身で、源頼朝と源義経の父親。崇徳上皇に対抗する戦力を求めた後白河法皇に見いだされ、平清盛と共に彼の配下となって保元の乱を戦い抜き、勝利をおさめる。そして、後白河法皇から十分な褒美をもらうと、今後も清盛と共に仕えるようにと頼まれる。しかし、後白河法皇の敵対勢力から、朝廷を乗っ取ることができれば好きなだけ猫缶をもらえると吹き込まれ、やがて平治の乱を起こす。実在の人物、源義朝がモデル。
崇徳上皇 (すとくじょうこう)
エピソード「乱せ! ねこねこ日本史 平清盛」「院政! ねこねこ日本史 後白河法皇」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。鳥羽法皇の息子で、のちに後白河法皇となる「雅仁親王」の兄にあたる。かつて、崇徳上皇自身の息子を次の天皇に据える約束を鳥羽法皇と交わしていた。しかし、鳥羽法皇との仲が次第に悪化し、約束を反故にした彼の手により、雅仁親王を後白河天皇に据えられる。この判断に憤りを感じたことで、後白河天皇との対立が決定的となり、臣下の勧めを受けて彼と戦うことを決意する。そして、強力な武将を集めて保元の乱を起こすが、源義朝や平清盛から夜襲を受け、敗北する。実在の人物、崇徳天皇がモデル。
鳥羽法皇 (とばほうおう)
エピソード「乱せ! ねこねこ日本史 平清盛」「院政! ねこねこ日本史 後白河法皇」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。後白河法皇と崇徳上皇の父親にあたる。祖父である「白河法皇」の始めた院政に興味を持っているが、白河法皇がいるうちは同じことをしてはいけないと釘を刺されており、不満を抱いていた。1129年に白河法皇が亡くなると、意気揚々と院政を開始する。その中で、崇徳上皇の息子を次の天皇に据えるように約束するが、やがて崇徳上皇との仲が悪化すると、約束を反故にする。実在の人物、鳥羽天皇がモデル。
井伊 直親 (いい なおちか)
エピソード「偽れ! ねこねこ日本史 井伊直虎」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。井伊谷の領主である「井伊直盛」のいとこにあたる。男の子供がいなかった直盛の意向によって、従姪であり、のちに井伊直虎となる「お虎」と婚約する。お虎からは婚約者であるという理由を抜きに好意を抱かれていたが、井伊直親自身は、虎であるお虎を恐れている。さらに、二匹の婚約をよく思わない小野政直の手により、父親である「井伊直満」と、もう一匹の叔父である「井伊直義」が謀殺されると、身の危険を感じて、井伊家を出て失踪してしまう。1555年に井伊家に戻ると、直盛からお虎が出家していることを聞かされ、彼から紹介されたふつうのメスの猫と結婚し、晴れて直盛の後継者となる。実在の人物、井伊直親がモデル。
小野 政直 (おの まさなお)
エピソード「偽れ! ねこねこ日本史 井伊直虎」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。欲の深い性格で、現在は井伊家の家老を務めているものの、いつか井伊谷の領主の座を奪い取ろうと画策している。その手始めとして、息子の小野政次と、のちに井伊直虎となる「お虎」を結婚させようともくろむが、政次が虎であるお虎に恐れをなして逃げ出してしまう。そのため次善策として、お虎の婚約者となった井伊直親の父親である「井伊直満」と、叔父の一匹である「井伊直義」を、井伊家の主君である今川義元を利用して謀殺する。実在の人物、小野政直がモデル。
小野 政次 (おの まさつぐ)
エピソード「偽れ! ねこねこ日本史 井伊直虎」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。井伊谷の領主の座を狙う父親の小野政直から、現領主の娘であり、のちに井伊直虎となる「お虎」と結婚するように求められる。だが、お虎は小野政次自身の数倍の体格を誇る虎であったため、恐れをなして逃げ出す。政直の謀略で、お虎の婚約者であった井伊直親がいなくなり、お虎自身も出家したことから、乗っ取るチャンスが到来したと考える。しかし、直親が井伊家に帰還し、お虎とは別の女性と結婚して井伊家を継ぐことが決まると、なんとかして直親を排除しようと考える。そして、桶狭間の戦いに敗れた今川義元の息子を使って直親を謀殺すると、ほかの一族にも手を掛けていき、いよいよ井伊家の領主に王手をかける。しかし、先んじて正統後継者として領主の座に就いた直虎から攻撃を受け、一撃でダウンしてしまう。実在の人物、小野道好がモデル。
ねね
エピソード「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「嫁げ! ねこねこ日本史 お市と茶々」「仲良し! ねこねこ日本史 前田利家とまつ」「支えろ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀長」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猿。豊臣秀吉の正室にあたるが、秀吉が女性にだらしないために彼をそれとなく監視することが多く、自分以外のメスに夢中になる秀吉を見ては、大木を一撃で切り倒すほどのパンチを見せつけ、周りにいる猫や猿たちを驚かせる。中でも、秀吉が気に入っているお市や淀殿に注意を払っており、彼女に色目を使う秀吉をたびたび折檻する。ただし、お市や淀殿に対して危害を加えることはしない。幼い頃から面倒を見てきた前田利家を大いにかわいがっており、彼がまつと婚約した際には、喜びをもって祝福する。実在の人物、高台院がモデル。
黒田 官兵衛 (くろだ かんべえ)
エピソード「登れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀吉」「導け! ねこねこ日本史 竹中半兵衛」「守れ! ねこねこ日本史のさるさる日本史 豊臣秀長」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。豊臣秀吉の軍師で、優れた戦術眼を誇るが、猿の言葉が理解できないために秀吉とコミュニケーションが取れないことから、いまいち役割を果たせずにいる。織田信長が本能寺の変で討たれると、至急交戦中の毛利軍と和平を結び、明智光秀を討つように進言する。しかし、この言葉も通じなかったため、思い切って京まで走り始め、無理やり秀吉を撤退させるように導く。実在の人物、黒田孝高がモデル。
大谷 吉継 (おおたに よしつぐ)
エピソード「伝えろ! ねこねこ日本史 石田三成」「しのげ! ねこねこ日本史 甲斐姫」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。武将として豊臣秀吉に仕えている。頭がよく、空気を読んだ発言をすることが多く、石田三成からも盟友として頼られている。三成が秀吉の言葉を馬鹿正直に訳すことで、加藤清正や福島正則の反感を買うと、彼らは猿の言葉がわからないのだから、オブラートに包んだ翻訳を行うよう、三成に勧める。実在の人物、大谷吉継がモデル。
お江 (おごう)
エピソード「嫁げ! ねこねこ日本史 お市と茶々」「育てろ! ねこねこ日本史 春日局」「導け! ねこねこ日本史 竹中半兵衛」「よくがんばりました! ねこねこ日本史 淀殿」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。お市と浅井長政の娘の一人で、のちに淀殿となる茶々は姉にあたる。母親のお市同様に猿が嫌いで、柴田勝家亡きあと後ろ盾になっていた豊臣秀吉によって、彼の甥の猿である「豊臣秀勝」と結婚させられたことに不満を抱いていた。ほどなくして秀勝が亡くなり、徳川秀忠に嫁ぐことが決まると、ふつの猫と結婚できることに安堵する。そして、のちに徳川家光となる「竹千代」を出産するが、育児に疲れたことから乳母を募り、のちに春日局となるお福に竹千代を預ける。しかし、竹千代の弟となる国松が産まれると、彼のことを自身の手で育て上げようとする。実在の人物、崇源院がモデル。
千里 (ちり)
エピソード「詠め! ねこねこ日本史 松尾芭蕉」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。松尾芭蕉の弟子で、深川に滞在していた芭蕉が最初の旅として伊賀上野に向かった際に同行する。その途中で野良犬に追われた挙句、池の中に落ちてしまう。しかし皮肉にも、千里自身が池の中に落ちた音が芭蕉の俳句のヒントとなり、有名な句の一つである「古池や蛙飛び込む水の音」を完成させるに至る。
曽良 (そら)
エピソード「詠め! ねこねこ日本史 松尾芭蕉」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。松尾芭蕉の弟子で、伊賀上野から帰ってきた芭蕉が、鹿島に足を運んだ際に同行する。さらに旅の総まとめとして、東北の奥の細道への旅行についていくが、あまりにハードな旅路に苦労するとともに、2400キロもの旅路を巡っても平然としている芭蕉の耐久力に驚く。実在の人物、河合曾良がモデル。
杉田 玄白 (すぎた げんぱく)
エピソード「創れ! ねこねこ日本史 平賀源内」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸の町で外科医を営んでいる。オランダ流の医術を心得ており、蘭学者である「中川淳庵」や「前野良沢」と深い交流がある。1757年に開催された日本初の展覧会である「薬品絵」の見学中に主催者の平賀源内と出会う。そして、話し込むあいだにすっかり意気投合し、やがて生涯の友となる。源内がさまざまな分野で活動する中、淳庵や良沢と協力して解剖書『ターヘル・アナトミア』の翻訳に励み、やがて『解体新書』を書き上げる。実在の人物、杉田玄白がモデル。
ウィリアムス
エピソード「学べ! ねこねこ日本史 吉田松陰」に登場する。江戸時代にアメリカを中心に活躍したオスの猫。ペリーのもとで通訳を務めている。ペリーと共に黒船に乗り込み、ねこねこ日本の下田を訪れるが、吉田松陰が自力で黒船に入り込んだところを目の当たりにし、感動をあらわにする。そして、彼の根性を見込んで、アメリカに連れていくようにペリーに頼み込むが、断られてしまう。実在の人物、サミュエル・ウィリアムズがモデル。
和宮 (かずのみや)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。「孝明天皇」の妹で、「明治天皇」の叔母にあたる。公武合体政策の一つとして、江戸幕府の十四代将軍である徳川家茂と結婚する。結婚当初は、奔放な性格の家茂に手を焼いていたが、次第に惹かれ合うようになり、仲のいい夫婦として知られるようになる。また、篤姫とも折り合いが悪かったが、やがてなかよくなり、家茂が亡くなると、協力して徳川家を支えようとする。しかし、十五代将軍の徳川慶喜の気まぐれな性格に振り回され、篤姫と共に苦労する日が続く。実在の人物、和宮親子内親王がモデル。
徳川 家定 (とくがわ いえさだ)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸幕府の第十三代将軍にあたるが、体がとても弱く、飼っているアヒルにすら翻弄されることがある。1856年に篤姫と結婚すると、飼っているアヒルから守ってもらうようになり、さらにボディガードとして、犬やネズミを雇ってもらう。病弱であることから、あらかじめ次の将軍を決めるための決議がなされるほどで、結婚してから2年後の1858年、大老となった井伊直弼の独断で、「徳川慶福」が十四代将軍の徳川家茂となることが決まる。実在の人物、徳川家定がモデル。
徳川 家茂 (とくがわ いえもち)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。紀州家の出身で、旧名は「徳川慶福」。大老となった井伊直弼の独断によって、1858年に江戸幕府の第十四代将軍となることが決まり、その7月に先代の徳川家定が亡くなると、正式に就任する。やんちゃかつ奔放な性格で、すぐにほかの猫に遊んでもらいたがる。そのため、世話係に任命された篤姫の手を焼くこともあったが、大人になって公武合体政策によって和宮と結婚すると、妻を愛するよき夫となる。死に際に、またいとこの亀之助を次の将軍になるように言い残すが、篤姫と和宮からは聞き入れられなかった。実在の人物、徳川家茂がモデル。
徳川 慶喜 (とくがわ よしのぶ)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」「撃て! ねこねこ日本史 山本八重」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。一橋家の出身で、旧名は「一橋慶喜」。病弱な徳川家定が存命のうちに、次の将軍の候補の一人に祭り上げられるが、大老となった井伊直弼によって却下される。しかし、十四代将軍の徳川家茂が亡くなると、篤姫や和宮の意向もあって江戸幕府の十五代将軍に任命される。当初は厳しそうな猫といわれていたが、実際はとても気まぐれな性格で、長州征伐を取りやめたり、兵庫に猫カフェをオープンしたり、大政奉還を行ったりと、周りが驚くことをなんの前触れもなく繰り返す。その一方で、1868年に江戸城にせまった西郷隆盛の軍勢に対して、江戸城をあっさりとゆずったため、結果的に無駄な被害を出さずに済んだ。実在の人物、徳川慶喜がモデル。
井伊 直弼 (いい なおすけ)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸幕府の大老を務めており、十三代将軍の徳川家定が病弱であることから、先んじて次の将軍を決めることに同意する。しかし、のちに徳川家茂となる紀州家の「徳川慶福」か、のちに徳川慶喜になる一橋家の「一橋慶喜」かで紛糾する。やがてしびれを切らすと、大老の権限で強引に慶福を次の将軍に決めてしまう。さらに、この決定を不服に思う家臣たちが大事にしている鼓を傷つけると、これに怒って反対派を徹底的にこらしめ、安政の大獄を引き起こす。のちに桜田門外で暗殺されるが、しばらくのあいだ幽霊となって現世にとどまる。そして1年後、家臣の前に突然現れて和宮と家茂を結婚させるように告げると、驚愕する家臣たちをよそに成仏する。実在の人物、井伊直弼がモデル。
正岡 子規 (まさおか しき)
エピソード「遺せ! ねこねこ日本史 夏目漱石」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。東京大学の前身となった第一高等中学校に通っている。正岡子規は作家としての名前で、本名は「正岡常規」。ホトトギスが大好きで、仕留めたホトトギスを咥えて持ち歩くことが多い。学校の中で「夏目金之助」と出会い、彼と俳句の話をしたことで親しくなる。そして、ホトトギスを好むために「子規」というペンネームをつけたことを明かし、金之助が「夏目漱石」と名乗るきっかけをつくる。実在の人物、正岡子規がモデル。
天智天皇 (てんじてんのう)
エピソード「滅ぼせ! ねこねこ日本史 中臣鎌足」「詠め! ねこねこ日本史 額田王」「選べ! ねこねこ日本史 藤原定家」「整えろ! ねこねこ日本史 藤原不比等」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。皇極天皇の息子で、即位前の名前は「中大兄皇子」。中臣鎌足とは、元遣隋使の「南淵請安」の塾で共に学ぶ間柄で、やがて彼に導かれて、天皇をないがしろにしてねこねこ日本を支配しようとしていた蘇我入鹿を倒す。それからは、政治にかかわる傍らで歌を嗜み、その中で天才歌人である額田王と惹かれ合い、やがて結婚する。そして、661年に鎌足の助言を受けて、百済を救援するための軍を唐に派遣して白村江の戦いに臨む。戦いには敗れるものの、懸念していた唐からの追撃がこなかったため、事なきを得る。668年にみごとに天皇に即位し、天智天皇を名乗るに至る。実在の人物、天智天皇がモデル。
皇極天皇 (こうぎょくてんのう)
エピソード「滅ぼせ! ねこねこ日本史 中臣鎌足」「詠め! ねこねこ日本史 額田王」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。天智天皇こと「中大兄皇子」と、天武天皇こと「大海人皇子」の母親にあたる。聖徳太子が亡くなったのちに天皇の座についていたが、蘇我入鹿と「蘇我蝦夷」の親子に実権を奪われ、肩身の狭い思いをしていた。その後、朝鮮からの使者と面会するが、そこで中臣鎌足や中大兄皇子が入鹿を倒し、蝦夷を自害に追いやったことで主権を取り戻す。さらに賛歌をプレゼントしてくれた額田王を大いに気に入り、二人息子のどちらかと結婚してほしいと願い出る。実在の人物、斉明天皇がモデル。
蘇我 入鹿 (そがの いるか)
エピソード「滅ぼせ! ねこねこ日本史 中臣鎌足」に登場する。飛鳥時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。先祖である蘇我馬子が聖徳太子と親交が深かったことから、父親である「蘇我蝦夷」と共に、天皇の権力を自分のもののように振る舞う。さらに、自分たちがあやつりやすい「古人大兄皇子」を天皇に仕立て上げる計画を立て、その手始めとして対立候補であった「山背大兄王」を殺害した。しかし、もう一人の対立候補であった天智天皇こと「中大兄皇子」と、その盟友である中臣鎌足の暗躍によって計画は失敗する。実在の人物、蘇我入鹿がモデル。
細川 頼之 (ほそかわ よりゆき)
エピソード「固めろ! ねこねこ日本史 足利義満」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。足利家の家臣を務めており、二代将軍の「足利義詮」から、息子である足利義満の面倒を見るように頼まれる。そして、厳しさと優しさを備えたスパルタ教育を施し、頼りない点を克服させるとともに、室町幕府の将軍の中でも有数の名君に育て上げる。1378年に彼の手によって「室町殿」が完成すると、立派に成長した姿を喜びつつ、隠居を決意する。実在の人物、細川頼之がモデル。
土岐 頼芸 (とき よりなり)
エピソード「のしあがれ! ヘビヘビ日本史 斎藤道三」「絞めろ! へびねこ日本史 濃姫」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。美濃国の大名である「土岐政頼」の弟で、臣下の「長井永広」に紹介された斎藤道三こと「西村勘九郎」と、その父親である「西村新左衛門尉」を気に入り、新たな臣下として取り立てた。1527年に、政頼との争いが勃発するが、これを制して美濃国の新たな大名となる。これ以降も勘九郎を重用し続け、やがて斎藤家の当主の座と「斎藤左近太夫利政」の名前を与える。しかし、下剋上をもくろむ斎藤の陰謀によって弟の「土岐頼光」が暗殺され、さらに土岐頼芸自身も襲われ、尾張の地へと逃げのびる。これによって美濃国を乗っ取られる危険を感じるが、織田家と朝倉家の力を借りて挟み撃ちにする作戦を実行し、美濃国への帰還を認めさせたほか、斎藤の娘の濃姫を織田信長に嫁がせることに成功する。実在の人物、土岐頼芸がモデル。
斎藤 義龍 (さいとう よしたつ)
エピソード「のしあがれ! ヘビヘビ日本史 斎藤道三」「裏切れ! ねこねこ日本史 明智光秀」「絞めろ! へびねこ日本史 濃姫」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスのマングース。斎藤道三と、彼の側室である「深芳野」の息子にあたるが、マムシと猫のあいだに産まれたにもかかわらず、マングースとして生を受けたことや、同じ両親から生まれた弟の「喜平次」と「孫四郎」は純粋なマムシであったため、土岐頼芸からは本当に二人の子供か疑われたことがある。1554年に道三から家督をゆずられて美濃家の大名となるが、斎藤義龍自身を顧みず、マムシである弟二人ばかりをかわいがるため、嫉妬で弟たちを殺してしまう。このことから、織田信長と濃姫に警戒されるが、彼らの救援が到着する前に道三も殺害する。そして、仇として襲い掛かる信長たちに対しても、マングースとしての実力を遺憾なく発揮して苦戦させる。実在の人物、斎藤義龍がモデル。
斎藤 龍興 (さいとう たつおき)
エピソード「導け! ねこねこ日本史 竹中半兵衛」「絞めろ! へびねこ日本史 濃姫」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスのマングース。マングースなだけあって並の猫など比べ物にならないほどの優れた身体能力を持っているが、父親である斎藤義龍と比べると人望も武力も大幅に劣る。ある時、軽んじていた臣下の竹中半兵衛と、たった16人の手勢によって、難攻不落といわれる稲葉山城を乗っ取られる。のちになって心変わりした半兵衛から城を返されるが、その後、攻め込んできた織田信長と濃姫の前に、完膚なきまでに敗れ去る。実在の人物、斎藤龍興がモデル。
フランシスコ・ザビエル
エピソード「祈れ! ねこねこ日本史 細川ガラシャ」「改宗れ! ねこねこ日本史 大友宗麟」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけて、スペインを中心に各国で活躍したオスの猫。キリスト教の宣教師として各地を回り、のちにねこねこ日本を訪れる。布教の際にマタタビで作られた十字架を配り歩いており、多くの猫たちから支持を集める。さらに、織田信長や細川ガラシャ、大友宗麟など、有力な武将やそれに類する猫からも注目される。しかし、豊臣秀吉が天下を取ると、猿だからマタタビのよさがまるでわからないという理由からキリスト教の信仰を禁止されてしまう。実在の人物、フランシスコ・ザビエルがモデル。
細川 忠興 (ほそかわ ただおき)
エピソード「祈れ! ねこねこ日本史 細川ガラシャ」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。細川家の主である「細川藤孝」の息子。気性が荒く、近づいた相手に嚙みつく習性を持つ。このことに着目した織田信長から、のちに細川ガラシャとなる「明智玉」を紹介され、同じ気質を持つ者同士として結婚する。玉とは、結婚してからもケンカが絶えず、本能寺の変で信長を討った明智光秀から救援を求められても、それどころじゃないという理由で玉と共に無視し、光秀を見殺しにする。これに怒った藤孝によって一度離縁させられてしまうが、のちに復縁を求めるなど、決して愛情がないわけではない。実在の人物、細川忠興がモデル。
上杉 景勝 (うえすぎ かげかつ)
エピソード「貫け! ねこねこ日本史 直江兼続」「移れ! ねこねこ日本史 真田昌幸」「しのげ! ねこねこ日本史 甲斐姫」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫で、上杉謙信の甥。気難しい性格で滅多にしゃべることはなく、そばに仕えるようになった「樋口兼続」を困らせることもあった。しかし、兼続の聡明さを見るにつれて次第に心を許していき、彼の力を借りて謙信亡きあとの後継者争いを勝ち抜く。これによってますます信頼を深めていき、直江家の跡継ぎとして兼続を推薦して、「直江兼続」となった彼を引き続き軍師として重用する。実在の人物、上杉景勝がモデル。
徳川 家光 (とくがわ いえみつ)
「育てろ! ねこねこ日本史 春日局」「極めろ! ねこねこ日本史 柳生十兵衛」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸幕府の二代目将軍である徳川秀忠とお江の息子で、国松は弟にあたる。幼少時の名前は「竹千代」で、母親のお江に育てられていた。しかし、育児疲れになったお江に代わって、のちに春日局となる「お福」に育てられることになる。お福のパワフルな姿勢に翻弄されながらも、彼女の愛情を受けて育っていくにつれて、お福を慕うようになる。その一方で、自分は将軍に相応しくないと考えていたが、お福が徳川家康に直訴したことで、江戸幕府の三代将軍に抜擢される。実在の人物、徳川家光がモデル。
国松 (くにまつ)
「育てろ! ねこねこ日本史 春日局」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸幕府の二代目将軍である徳川秀忠とお江の息子で、徳川家光こと「竹千代」は兄にあたる。春日局こと「お福」が竹千代の乳母になってからしばらくしたあとに誕生し、当初はお福が竹千代ともども育てる予定だった。しかし、余裕が出てきたお江が自ら育てることを宣言したため、竹千代とは別々に育てられることになる。のちに、竹千代と徳川家光のどちらが将軍になるかで揉めることになり、お江と秀忠は国松を推そうとする。だが、お福から直訴を受けた徳川家康の判断によって竹千代が次期将軍になることが決まり、国松自身は将軍とは別の生き方を選ぶ。実在の人物、徳川忠長がモデル。
藤原 基経 (ふじわらの もとつね)
エピソード「たたり? ねこねこ日本史 菅原道真」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。政治の中心を担う藤原家の出身で、朝廷で初めて関白の位に就く。そして、宇多天皇が新たに天皇の位に就くと、引き続き関白を行うように頼まれるが、文章博士である「橘広相」が「阿衡」と表現したことで、関白とは別の仕事であると誤解する。さらに、別の文章博士である「藤原佐世」から、「阿衡は中国の中では一番高い役職だが、特に何かをする必要はない」と言われたことで、仕事をしなくなってしまう。しかし、宇多天皇から頼まれた菅原道真から、関白の仕事を引き続き行うように工夫された手紙を受け取り、再び関白の仕事に精を出すようになる。実在の人物、藤原基経がモデル。
宇多天皇 (うだてんのう)
エピソード「たたり? ねこねこ日本史 菅原道真」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。先の天皇である「光孝天皇」が死去した際に跡を継ぎ、新たな天皇となる。誤解から仕事をしなくなってしまった藤原基経に頭を悩ませていたが、噂を聞きつけた菅原道真が手紙を送ったところ、基経が仕事をするようになる。この一件によって道真を大いに気に入り、彼が国司の役目を終えて都に戻ると、歓迎の意思を示すとともに秘書長官である「蔵人頭」に任命する。さらに基経が亡くなったことで、藤原時平が政治を取り仕切ろうとした際も、道真がいるからという理由で断ってしまう。実在の人物、宇多天皇がモデル。
藤原 時平 (ふじわらの ときひら)
エピソード「たたり? ねこねこ日本史 菅原道真」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。関白を務めていた藤原基経の長男で、基経の死後は彼の跡とを継いで政治を取り仕切ろうとする。しかし、菅原道真を重用する宇多天皇によって断られたことから、道真に敵意を抱く。そして、宇多天皇が皇位を返上すると、その跡を継いだ「醍醐天皇」に対して、道真が娘婿を天皇にしようと企んでいるとウソをつき、道真を太宰府へと左遷させる。実在の人物、藤原時平がモデル。
賀茂 保憲 (かもの やすのり)
エピソード「占え! ねこねこ日本史 安倍晴明」に登場する。平安時代にねこねこ日本で活躍したオスの鴨。陰陽師の名門である賀茂家の生まれで、父親の「賀茂忠行」や息子の「賀茂光栄」と共に、平安京の怨霊を払う任務についている。他者の陰陽師の適性をある程度理解することが可能で、安倍晴明を一目見るなり有能な陰陽師になる可能性を感じ、彼を弟子に迎える。そして、弟子入りしてすぐに百鬼夜行を目視した姿を見て、将来大物になることを確信する。実在の人物、賀茂保憲がモデル。
伊予局 (いよのつぼね)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 一休宗純」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。「後小松天皇」の側室で、後小松天皇からとてもかわいがられていた。しかし、それに嫉妬した正室の「日野西資子」の陰謀によって、宮廷から追い出されてしまう。その頃にはおなかの中に後小松天皇との子供がいたが、彼に頼れなくなった今、自分で育てようと決意し、人気のない所で男の子を出産し、「千菊丸」と名づける。当初は侍女と二人で千菊丸を育てるつもりだったが、都を追い出されたことから、千菊丸にまで危険が及ぶことを懸念し、のちに安国寺の像外和尚へと彼を預ける。その結果、千菊丸は立派な僧侶へと成長し、のちに「一休宗純」と呼ばれるようになる。
像外和尚 (ぞうがいおしょう)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 一休宗純」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。「安国寺」と呼ばれる寺の住職を務めており、伊予局から男の子を預かると、のちに一休宗純となる彼に「周建」という戒名を与える。ふだんは引き取った子供たちを厳格に育てるが、人の見ていない所でパウチ入りマグロジュレを食べ、さらにその様子を子供たちに見られると「子供には毒だから食べてはいけない」と諭すなど、俗っぽい一面を持つ。しかし、毒ではないことがバレると素直にあやまったり、周建のユニークなとんちを認めたりするなど、弟子に対しては優しい。
謙翁 宗為 (けんおう そうい)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 一休宗純」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。決して生活に余裕があるわけではないにもかかわらず、貧しさに苦しむ庶民に対して食べ物を分け与える献身的な性格の持ち主。その生きざまを、贅沢の限りを尽くす五山派の振る舞いに嫌気が差していた周建から深く尊敬され、彼の懇願を受け入れて弟子として迎える。さらに、謙翁宗為自身の名前から一文字を与えることで周建を「宗純」に改名させ、共に貧しい人々を助けるために奔走する。しかし、宗純を弟子に迎えてから数年後に亡くなってしまう。死後もしばらく幽霊として現世にとどまり、宗純が華叟禅師の弟子となって一休宗純と呼ばれるようになったことや、彼がみごとに悟りを開いたところを見届けると、安心して成仏する。
華叟禅師 (かそうぜんじ)
エピソード「救え! ねこねこ日本史 一休宗純」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。都の僧侶たちによる贅沢づくしに反発し、貧しい生活から悟りを開くことを望んでいる。自分だけでなく、弟子に対しても極貧の中での修行を求めることから、厳しい師匠として振る舞う。しかし、弟子に取った宗純の「あの世とこの世のあいだで一休みしているようだ」という表現を評価し、彼に「一休宗純」の名前を与えるなど、長所を素直に評価している。実在の人物、華叟宗曇がモデル。
足利 義政 (あしかが よしまさ)
エピソード「乱れろ! ねこねこ日本史 日野富子」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。室町幕府の八代将軍を務めているが、実権はないに等しく、母親の日野重子や乳母の今参局の言うがままに政治を行っている。そのため、傀儡政治に嫌気が差しており、日野富子に対して将軍を辞めたがっていることを告げる。さらに、弟である足利義視に対して将軍職をゆずろうとするが、同時に富子とのあいだに息子の「足利義尚」が産まれる。これによって、義尚を将軍にするように求める富子と、約束どおりに自ら将軍になることを望む義視のあいだで、後継者の選定を巡る問題が発生する。それにもかかわらず、どちらに肩入れすることもしなかったため、両者が自分に協力する勢力を集め始め、やがて「応仁の乱」と呼ばれる大戦に発展してしまう。当初は事態を傍観しようとしていたが、自ら誘い掛けたということから、のちに義視を支持する。実在の人物、足利義政がモデル。
足利 義視 (あしかが よしみ)
エピソード「乱れろ! ねこねこ日本史 日野富子」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。室町幕府の八代将軍である足利義政の弟。兄が将軍になったことから出家して僧侶となるが、傀儡として扱われたことで将軍職に嫌気が差した義政から、僧侶を辞めて将軍になるように求められ、これに応じる。しかしほぼ同時期に、義政と日野富子のあいだに「足利義尚」が産まれると、富子が義尚を次期将軍にするようにと主張する。足利義視自身も、僧侶を辞めてまで兄の頼みに応じたのだから、いまさらあとには引けないと主張し、さらに義政がどちらかを選ぶ素振りを見せなかったため、富子との対立がエスカレートしていき、やがて「応仁の乱」と呼ばれる大戦へと発展する。実在の人物、足利義視がモデル。
日野 重子 (ひの しげこ)
エピソード「乱れろ! ねこねこ日本史 日野富子」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。室町幕府の八代将軍である足利義政の母親。義政にはろくに政治に携わらせず、教育係である「伊勢貞親」と共謀して日野重子自身の思いどおりになるように幕府を動かしてきた。しかし、義政の乳母である今参局が台頭すると、やがて義政をよそに、互いに対立しては騒動を起こし、日野富子を呆れさせる。さらに、義政と富子の第一子が生まれてすぐに死んでしまうと、これを今参局の呪いであると吹聴して、彼女を追放に追い込む。実在の人物、日野重子がモデル。
今参局 (いままいりのつぼね)
エピソード「乱れろ! ねこねこ日本史 日野富子」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。室町幕府の八代将軍である足利義政の乳母。義政に対して甘いが、彼に政治を任せようとせず、同じように彼を傀儡にしようとする日野重子と対立する。義政からは富子以上に気に入られており、思いどおりの政策を行えることも多かった。しかし、義政が将軍を辞めたがり、日野富子が世継ぎを産むことに躍起になると、これを疎ましく思うようになる。さらに、義政と富子の第一子が生まれてすぐに死んだことから、二人を陥れるために呪いをかけたという疑いを掛けられ、都を追放されてしまう。実在の人物、今参局がモデル。
服部 保長 (はっとり やすなが)
エピソード「継げ! ねこねこ日本史 服部半蔵」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。伊賀国の上忍で、上質なエサと引き換えに任務を遂行していた。やがて、室町幕府の十二代将軍である「足利義晴」に呼ばれるものの、思った報酬をもらえなかったため、都を去る。そして、松平家の「松平清康」とその息子の「松平広忠」に拾われ、彼の部下として働くことになる。しかし家臣という扱いではなく、あくまで雇われとしての姿勢を崩さず、宴会などにはいっさい参加しなかった。実在の人物、服部保長がモデル。
柳生 宗矩 (やぎゅう むねのり)
エピソード「極めろ! ねこねこ日本史 柳生十兵衛」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。祖先である「上泉伊勢守」および「柳生石舟斎」から伝わる柳生新陰流を修めており、徳川秀忠の依頼から将軍家兵法指南役を務める。のちに息子の柳生十兵衛を連れて稽古に赴き、彼に同年代の徳川家光との稽古を任せる。しかし、十兵衛と家光の互いの不注意からトラブルになり、これをきっかけに十兵衛が江戸を追い出されると、この機会に柳生新陰流の発展に力を尽くしてほしいと依頼する。実在の人物、柳生宗矩がモデル。
オホウス
エピソード「西へ東へ! ねこねこ日本史 ヤマトタケル」に登場する。古墳時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。景行天皇の息子の一人で、ヲウスの兄にあたる。ある時、景行天皇から美濃国にいるという「エヒメ」と「オトヒメ」の姉妹を連れてくるように命じられ、単身旅立つ。そして、実際に姉妹と出会うが、オホウス自身も二人の美しさに心を奪われ、景行天皇に差し出すのが惜しくなる。そのため、景行天皇には魚のヒラメとオヒョウを差し出し、二人を自分の妻としてしまう。
景行天皇 (けいこうてんのう)
エピソード「西へ東へ! ねこねこ日本史 ヤマトタケル」に登場する。古墳時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。無類の女性好きで、多くの妻と、80人以上の子供がいる。その現状にも飽き足らず、美濃国にいるという「エヒメ」と「オトヒメ」の姉妹を新たな妻に迎えようと考え、息子の一人であるオホウスに二人を連れてくるように命じる。だが、二人を自分の妻にしたいと考えるオホウスから、エヒメとオトヒメではなく、魚のヒラメとオヒョウを差し出され、猫であることから魚好きでもあったためにうまくごまかされる。のちにオホウスが家に寄り付かなくなったことを心配し、オホウスの弟であるヲウスに様子を見に行くように命じる。しかし、トラブルによってオホウスが死んでしまうと、ヲウスがオホウスを殺害したとカンちがいし、遠ざけるために九州にいるクマソタケル兄弟を倒すように言いつける。のちに、ヲウスがクマソタケル兄弟に勝ってヤマトタケルとなったうえに、帰ってきた彼からイヅモタケルまでも倒したことを聞かされる。これによってますますヤマトタケルを恐れるようになり、すぐさま東国征伐を命じる。実在の人物、景行天皇がモデル。
クマソタケル兄弟 (くまそたけるきょうだい)
エピソード「西へ東へ! ねこねこ日本史 ヤマトタケル」に登場する。古墳時代にねこねこ日本で活躍したオスの熊の兄弟。九州地方で幅をきかせていることから、景行天皇によって討伐対象にされ、ヲウスを差し向けられる。実際に目の前に現れたヲウスがきれいな顔立ちをしているうえに、女物の羽衣をまとっていたことから、彼に対してかわいらしいという印象を抱く。しかし、ヲウスが着なれない羽衣を追い回すように回り出すと、その動きにかく乱され、やがて二人そろって目を回して倒れてしまう。そして、自分たちを翻弄したヲウスの力量を高く評価し、彼に「ヤマトタケル」を名乗るように勧める。実在の人物、クマソタケルがモデル。
イヅモタケル
エピソード「西へ東へ! ねこねこ日本史 ヤマトタケル」に登場する。古墳時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。出雲国の支配者で、立派な剣を身につけている。ある時、クマソタケル兄弟を倒した帰りに出雲を訪れたヤマトタケルと遭遇し、持っていた剣の光に魅入られた彼となかよくなる。そして、剣を貸すように求められるがこれを断り、ヤマトタケル自身の手で木刀を作り上げる様子を見守る。すると、想像以上に優れた木刀が完成したため、自分の剣と交換するように申し出る。こうして、お互いに欲しい剣が手に入り、上機嫌のまま二人そろって剣の素振りを行うが、運悪くヤマトタケルの振り下ろした剣に当たり、その場に倒れてしまう。その噂は瞬く間に広まり、いつのまにかヤマトタケルがイヅモタケルを倒したことにされる。
後鳥羽上皇 (ごとばじょうこう)
エピソード「選べ! ねこねこ日本史 藤原定家」「守り抜け! ねこねこ日本史 北条政子」「羽ばたけ! ねこねこ日本史 鴨長明」に登場する。平安時代から鎌倉時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。鎌倉時代の初期における権力者の一人。自分の意に沿わないことにすぐ不満を表すわがままな性格で、「勅撰猫和歌集」の編集を行う時も、藤原定家と方針の違いでしばしばケンカをしていた。また、武士が嫌いで、源頼家や源実朝がいなくなり、鎌倉幕府の跡継ぎを巡って混乱が発生すると、このスキをついて幕府を潰そうと行動を起こす。そして、二代目執権の北条義時に対して必殺技の「上皇猫パンチ」を食らわせようとするが、義時から逆に「執権猫パンチ」を受けて吹き飛ばされる。実在の人物、後鳥羽天皇がモデル。
源 頼家 (みなもとの よりいえ)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 北条政子」に登場する。鎌倉時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。鎌倉幕府の初代将軍である源頼朝と北条政子の息子で、源実朝の兄。頼朝が亡くなると、出家した政子から将軍になるように言いつけられ、二代将軍に就任する。しかし、政治にかかわることを嫌い、ただただ遊ぶことを好む怠惰な性格で、ヒキガエルの「比企能員」と蹴鞠で遊んでばかりで、さらに能員の仲間が一斉に宮廷になだれ込む「比企一族の乱」が発生する。北条時政の手によって乱は退けられ、比企一族は滅亡するが、能員もいなくなったために悲嘆し、やがて都から出ていったことで失脚する。実在の人物、源頼家がモデル。
源 実朝 (みなもとの さねとも)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 北条政子」に登場する。鎌倉時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。鎌倉幕府の初代将軍である源頼朝と北条政子の息子で、源頼家の弟。頼家が失脚したのちに、政子の判断で三代将軍に任命される。まだ幼いため、初代執権となった北条時政が代わりに政治を行うことになるが、時政が将軍職を別の人物に移すように狙ったことから政子に追放されたため、二代目執権となった北条義時に任せることになる。実在の人物、源実朝がモデル。
北条 時政 (ほうじょう ときまさ)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 北条政子」「彫れ! ねこねこ日本史 運慶」に登場する。平安時代から鎌倉時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。伊豆地方の豪族で、北条政子の父親。伊豆に幽閉された源頼朝の監視を政子に任せるが、政子と頼朝が愛し合っていることに気づくと、二人を引き離そうとする。しかし、政子が雨の中を走って頼朝のもとへ向かったため、止むなく二人の結婚を認める。源頼家が失脚したあとに、初代執権となって幼い源実朝の代わりに政治を行うようになるが、後妻となった「牧の方」にそそのかされて実朝から将軍の権利を奪おうとする。しかし、それに気づいた政子の手により、牧の方ともども追放される。実在の人物、北条時政がモデル。
北条 義時 (ほうじょう よしとき)
エピソード「守り抜け! ねこねこ日本史 北条政子」に登場する。鎌倉時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。北条時政の息子で、北条政子の弟にあたる。将軍職を簒奪(さんだつ)しようとした時政が政子に追放されると、二代目執権となって政子や源実朝を支えようとする。しかし、目を離しているあいだに実朝が暗殺されてしまい、後継者問題に巻き込まれる。さらに、そのスキをついて幕府を潰そうとする後鳥羽上皇が承久の乱を引き起こすが、政子と共に必殺技の「執権猫パンチ」で後鳥羽上皇を倒し、なんとか乱を鎮める。実在の人物、北条義時がモデル。
福島 正則 (ふくしま まさのり)
エピソード「暴れろ! ねこねこ日本史 加藤清正」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。豊臣秀吉の従兄弟にあたり、身内の少ない秀吉からとてもかわいがられている。一方、石田三成とは仲が悪く、成長すると加藤清正と共に武断派を結成し、三成の率いる文治派と対立する。賤ヶ岳の戦いでは清正と前線で活躍し、勝利に大きく貢献したことで五千石のバナナを与えられる。実在の人物、福島正則がモデル。
小西 行長 (こにし ゆきなが)
エピソード「暴れろ! ねこねこ日本史 加藤清正」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。肥後にある宇土城の城主を務めるキリシタン大名で、島津義弘を撃破して肥後国を与えられた加藤清正の前に現れ、分割統治をするように話をまとめる。このことから因縁が生まれてライバル関係となるが、1588年に領地で発生した天草一揆で清正に助けられるなど、つねに仲が悪いというわけでもない。1592年に豊臣秀吉の命令によって民への出兵が決まると、清正と共に二度にわたって出撃する。実在の人物、小西行長がモデル。
竹本 義太夫 (たけもと ぎだゆう)
エピソード「書け! ねこねこ日本史 近松門左衛門」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。人形を用いる芝居の一つである「人形浄瑠璃」を上演する、宇治座所属の語り手。脚本家の近松門左衛門と仲がよく、彼が書いた『世継曽我』が成功をおさめると、共に独立して堺の町で竹本座を立ち上げる。そして、近松が新たに書き上げた『出世景清』を演じ上げ、堺の町で脚光を浴びる。しかし、歌舞伎に興味を示した近松が離れたことで、竹本座は次第に人気を失ってしまう。実在の人物、竹本義太夫がモデル。
宇治 加賀掾 (うじ かがのじょう)
エピソード「書け! ねこねこ日本史 近松門左衛門」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。人形を用いる芝居の一つである「人形浄瑠璃」を上演する宇治座の座元を務めており、近松門左衛門や竹本義太夫にとっては師匠にあたる存在。歴史物語の上演が多かった業界の中で人の心に訴え掛ける作品を作りたいという、近松の考えに賛同し、彼の書き上げた『世継曽我』を発表して大きな成功をおさめる。しかし、近松と竹本が独立して竹本座を設立すると、彼らにライバル意識を抱くようになり、人気作家の井原西鶴が書き上げた作品を用いて勝負を申し込む。実在の人物、宇治加賀掾がモデル。
真田 幸貫 (さなだ ゆきつら)
エピソード「授けろ! ねこねこ日本史 佐久間象山」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。松代藩の藩主を務めている。ある時、臣下を通じて知り合った佐久間象山のヒゲを気に入り、出世させたうえで自分のそばで働くように誘い掛ける。しかし、ヒゲを愛でるばかりで仕事をさせなかったために、象山と離れる羽目になる。のちに水野忠邦から、国の沿岸を防衛する責任者である「海防掛」に任命されると、帰ってきた象山に助手を任せる。実在の人物、真田幸貫がモデル。
諏訪御料人 (すわごりょうにん)
エピソード「謀れ! ねこねこ日本史 山本勘助」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。信濃国の戦国大名だった「諏訪頼重」の娘。頼重を倒した武田信玄の前に現れ、父親の死を深く悲しむ。その様子を見た信玄から一目惚れされるが、父親を殺した相手を好きになってもらえるはずがないとも思われていた。しかし、山本勘助の助言を受けた信玄から「ねこむちゅーる」と呼ばれるお菓子を渡されると、とたんに彼に好意を抱くようになり、やがて結婚する。のちに武田勝頼を出産する。実在の人物、諏訪御料人がモデル。
熙子 (ひろこ)
エピソード「裏切れ! ねこねこ日本史 明智光秀」に登場する。戦国時代から安土桃山時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。明智光秀の妻で、彼の主君であった斎藤道三と斎藤義龍の争いに巻き込まれるとそろって美濃国を抜け出し、光秀に入れ知恵をすることで朝倉義景に召し抱えられるきっかけをつくるなど、頭脳明晰な面を見せることが多い。また、夫に献身的に尽くす健気な性格でもあり、資金が足りなくなった光秀のために、毛玉を売ってお金を調達し、彼を感激させたこともある。実在の人物、妻木煕子がモデル。
二六庵 竹阿 (にろくあん ちくあ)
エピソード「詠み倒せ! ねこねこ日本史 小林一茶」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。江戸の町で俳諧師として活動していた頃に、「小林弥太郎」と出会い、彼に秘められた俳句の才能を見抜く。そして、仲間に引き入れたことで、弥太郎が俳諧師を目指すきっかけをつくる。当初はがむしゃらに俳句を作り続ける弥太郎に少々不安を抱いており、いい俳句を作るためには、心のゆとりを持つ必要があると諭す。やがて彼が一流の俳諧師になり、「小林一茶」を名乗る姿を見届ける。
田沼 意次 (たぬま おきつぐ)
エピソード「三大改革でかえろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗・松平定信・水野忠邦」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。十代将軍である「徳川家治」のもとで老中を務めていたところ、徳川吉宗の享保の改革を引き継ぐかどうか悩んだ挙句、質素倹約だけでは世の中はよくならないと考え、商業で江戸を発展させる「重商主義」を打ち出す。さらに、株仲間の業種を増やしたり、バラバラに流通している貨幣を整理するために「南鐐二朱銀」と呼ばれる新しい通貨を作り上げたりと、町人が儲かるシステムを構築する。しかし、旗本や御家人の生活を圧迫したうえに、浅間山の噴火や、それに伴って発生した天明の大飢饉に有効な対策を打ち出せなかったため、やがて失脚する。実在の人物、田沼意次がモデル。
徳川 家斉 (とくがわ いえなり)
エピソード「三大改革でかえろ! ねこねこ日本史 徳川吉宗・松平定信・水野忠邦」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。松平定信の寛政の改革に付き合わされ、贅沢することなく質素に暮らしていた。しかし、定信がいなくなると、その反動から贅沢を楽しむようになり、天保の大飢饉や大塩平八郎の乱に対してもなんら対策することなく、好き勝手にする。実在の人物、徳川家斉がモデル。
周文 (しゅうぶん)
エピソード「描き悟れ! ねこねこ日本史 雪舟」に登場する。室町時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。雪舟の師匠にあたり、彼が山水画が苦手であることを知ると、その苦手意識を克服させるために、まずは手本どおりに描くようにと指導していく。のちに明とかかわりのある周防国での修業を勧めて、さらに修業を続ければ、やがて明の国に渡れることを明かし、雪舟のやる気をあおる。実在の人物、周文がモデル。
三好 長慶 (みよし ながよし)
エピソード「爆発! ねこねこ日本史 松永久秀」に登場する。戦国時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。天下統一を志しており、松永久秀の画策によって室町幕府の13代将軍である「足利義輝」と、その家臣の「細川晴元」を近江国に追いやることで、京の都の制圧に成功する。このことから久秀を特に信頼するようになり、彼が持っている茶器の一つである茶釜「平蜘蛛」を使わせてもらった見返りとして大和国の支配権を与える。実在の人物、三好長慶がモデル。
武神タケミカヅチ (ぶしんたけみかづち)
エピソード「無敵! ねこねこ日本史 塚原卜伝」に登場する。戦国時代にねこねこ日本に降臨した男性型の神の化身。姿形は猫に近いが、一般的な武将の二倍以上の巨体と、素手で剣を持った猫と互角以上に渡り合うほどの戦闘能力を誇る。最強に近い剣士として成長した「新右衛門高幹」の前に現れると、新たな彼の師匠として修行をつける。一方で、性格は気さくそのもので、戦いと同じくらい語り合うことを好むほか、高幹からおじさん呼ばわりされてもまったく怒らず、彼との修行や対話を楽しみつつ、すぐになかよくなる。修行を重ねることでますます強くなった高幹に対して、秘伝の奥義である「一の太刀」を伝授する。さらに、高幹が「鹿島新当流」を編み出し、塚原卜伝と名乗る姿を見届ける。
シーボルト
エピソード「治せ! ねこねこ日本史 緒方洪庵」に登場する。江戸時代にドイツで活躍したオスのジャーマンレックス。ねこねこ日本に医学と蘭学を広めるため、長崎を訪れる。当初は、異国の猫であることや医師への恐れから、地元の人たちには受け入れられずにいた。しかし、狭い所が大好きな猫たちのためにドクターバッグを用意したことで一躍人気になる。さらに、実際に医学について啓蒙したことで、緒方洪庵など、医師を目指す猫が増える。実在の人物、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトがモデル。
福沢 諭吉 (ふくざわ ゆきち)
エピソード「治せ! ねこねこ日本史 緒方洪庵」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したオスの猫。緒方洪庵の塾に通っており、同期生の中では最も成績が優れている。のちに洪庵から、牛から作った天然痘のワクチンを紹介されるが、打つと牛になると誤解し、その場から逃げ去ってしまう。実在の人物、福澤諭吉がモデル。
幾松 (いくまつ)
エピソード「逃げろ! ねこねこ日本史 桂小五郎」に登場する。江戸時代から明治時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。桂小五郎とは恋仲で、彼が新選組に追われた際に働いている旅館のふすまの中に匿い、さらに居場所を話すようにせまった近藤勇を追い払う。また、変装をしながら逃走を続ける彼に、差し入れのエサを用意するなど、つねに彼を支え続ける。実在の人物、木戸松子がモデル。
孝謙天皇 (こうけんてんのう)
エピソード「輝け! ねこねこ日本史 光明皇后」に登場する。奈良時代にねこねこ日本で活躍したメスの猫。聖武天皇と光明皇后の娘で、ねこねこ日本初の女性皇太子として知られている。聖武天皇に代わって政治を取り仕切っていた光明皇后の推薦により、749年に孝謙天皇として即位する。即位時はまだ子供だったために遊びたい盛りで、それに付き合ってくれた従兄弟の「藤原仲麻呂」を大いに気に入ったことから、彼を政治の最重要ポストに就ける。実在の人物、孝謙天皇がモデル。
豊臣 秀頼 (とよとみ ひでより)
エピソード「よくがんばりました! ねこねこ日本史 淀殿」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけたねこねこ日本で活躍したオスの猿。豊臣秀吉と淀殿の二人目の子供で、兄にあたる「鶴松」が若くして亡くなったことから、秀吉から非常にかわいがられる。しかし秀吉が亡くなると、彼に代わって天下を統一する野望を抱き、やがて征夷大将軍となった徳川家康から排除対称として狙われる。実在の人物、豊臣秀頼がモデル。
小松姫 (こまつひめ)
エピソード「切れ! ねこねこ日本史 本多忠勝」に登場する。安土桃山時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。本多忠勝の娘で、主君である徳川家康を父親と共に支えている。忠勝に似て些細なことで激昂しやすいほか、蝶が大嫌いで、見るや否や長刀を振り回す悪癖を持つ。のちに家康の指示によって真田信幸に嫁ぐが、荒っぽい性格は直ることはなく、たびたび暴れ出しては信幸を恐れさせてしまう。実在の人物、小松姫がモデル。
喜多 (きた)
エピソード「支えろ! ねこねこ日本史 片倉小十郎」に登場する。戦国時代から江戸時代にかけてねこねこ日本で活躍したメスの猫。片倉小十郎の姉で、弟と共に伊達家に仕えている。厳しい性格の女傑で、伊達政宗と小十郎を一人前の武士として鍛え上げるために、レモンの搾り汁や黒酢を掛けるなどの特訓を行う。のちに小十郎のための旗印として、片倉家の名声を鳴り響かせるという願いを込めて「白地黒釣鐘」と呼ばれる絵を描き上げる。実在の人物、片倉喜多がモデル。
リコルド
エピソード「見通せ! ねこねこ日本史 高田屋嘉兵衛」に登場する。江戸時代にロシアで活躍したオスの猫。西暦1811年に「ゴローニン」率いる測量隊に副艦長として同行し、共にクナシリ島を訪れる。当時の幕府は5年ほど前に発生したトラブルの影響から、ロシアに対して過敏になっており、ゴローニンが役人の手によって拉致され、捕われの身となる。返還の要請をしても受け入れてもらえず、報復とばかりに偶然船で近くを通りがかった高田屋嘉兵衛を捕えてしまう。しかし、嘉兵衛がゴローニンの返還を幕府に申し出る意思を見せるとすぐになかよくなり、彼の助言を受けて、幕府に釈明書を提出する。そして、無事にゴローニンが返還されると、彼と共に嘉兵衛に対して強い恩義を感じるようになる。
千葉 忠左衛門 (ちば ちゅうざえもん)
エピソード「技を磨け! ねこねこ日本史 千葉周作」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。北辰夢想流の使い手で、息子である千葉周作に剣術を教えたところ、千葉忠左衛門自身をしのぐ実力を身につけたことを目の当たりにする。そして、すべての剣豪の頂点になるという夢を託し、二人で剣術が盛んな松戸に移り住む。その後は修行に掛かる費用を工面するなど、周作のサポートに徹する。
浅利 又七郎 (あさり またしちろう)
エピソード「技を磨け! ねこねこ日本史 千葉周作」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で活躍したオスの猫。小野派一刀流の師範で、松戸に「浅利道場」と呼ばれる道場を開いている。道場に入門したいという千葉周作を迎え入れ、7年にわたって修行をつけて、彼が小野派一刀流の免許皆伝に至るまでを見届ける。ゆくゆくは浅利又七郎自身を超える逸材になるだろうと考えており、周作と養女を結婚させて、浅利道場を彼に継承する。しかし、周作が小野派一刀流をアレンジしようとしたことに怒り、結局彼を破門にしてしまう。実在の人物、浅利義明がモデル。
集団・組織
武田キバ軍団 (たけだきばぐんだん)
「行け! ねこねこ日本史 武田信玄」「束ね! ねこねこ日本史 織田信長」「導け! ねこねこ日本史 竹中半兵衛」「貫け! ねこねこ日本史 直江兼続」「継げ! ねこねこ日本史 服部半蔵」ほか、複数のエピソードに登場する。武田信玄が結成した軍団で、鋭い牙を武器にすることからこの名前が付いた。練度が極めて高く、三方ヶ原の戦いでは、徳川家康率いる勢力を相手に圧倒的なまでに完勝する。
新選組 (しんせんぐみ)
エピソード「取り締まれ! ねこねこ日本史 新選組」「守り抜け! ねこねこ日本史 篤姫」「逃げろ! ねこねこ日本史 桂小五郎」に登場する。江戸時代にねこねこ日本で誕生した組織の一つ。外国への対応を誤った幕府を批判する攘夷派の猫たちを取り締まるために結成された。「新選組御法度」と呼ばれる厳しい掟があり、武士らしく生きることを求められるほか、脱走や集金、ケンカの仲裁、さらには、畳やふすまに爪を立てることなども禁じられている。のちに池田屋に潜む攘夷志士と対決し、勝利をおさめる。
場所
ねこねこ日本 (ねこねこにほん)
実在する日本と似て非なる歴史をたどっている、架空の国。国民は二足歩行を行う猫が大多数だが、蛇や犬、亀、猿、マングースなども暮らしている。また、猫である淀殿から猿の豊臣秀頼が産まれたり、ふつうの猫であるはずの「井伊直盛」の娘の井伊直虎が虎であったりするなど、同じ一族であってもまったく別の動物となることもある。また、刀や槍がねこじゃらしのような形状をしていたり、スマートフォンやTwitterといった、日本では当時存在しなかった道具や技術が使われていたり、清少納言や鴨長明など、死を迎えた者が幽霊となって現世に居座るなど、非現実的な面も見られる。なお、海外はドイツや中国、アメリカなど、実在する国と同じ名称が使われているが、ねこねこ日本と同様に、動物が暮らしているほか、国土の形や出来事など、史実と違う点が見受けられる。
その他キーワード
マタタビ戦争 (またたびせんそう)
江戸時代に発生した戦争の一つ。イギリスと清の軍勢が中国大陸でぶつかり合った大戦で、イギリス軍がマタタビを弾頭とした大砲を多く使用して、大国だった清を圧倒したことから「マタタビ戦争」と呼ばれるようになる。吉田松陰は、ねこねこ日本をはるかに上回る規模を持つ清が敗れたことから強い危機感を覚え、やがて尊王攘夷に傾倒することになる。
猫氏物語 (にゃんじものがたり)
紫式部が書き上げた、平安時代を代表する物語の一つ。「光猫氏」と呼ばれる美しいオスの猫が、多数のメス猫たちとラブロマンスを繰り広げる長編作品。式部は飽きっぽい性格であったため、序文を書き終えると執筆をやめてしまい、しばらくのあいだ未完の状態が続いていた。しかし、序文を読んだ藤原道長がぜひとも続きが読みたいと考え、式部を宮中に招いたことで執筆が再開され、やがて完成した。
徒然猫草 (つれづれねこぐさ)
兼好法師が執筆したねこねこ日本三大随筆の一つ。出家して僧侶となった兼好法師が、ヒマに飽かせて過去にあった出来事や、そこから得られた教訓などを書いていった。当初は一人で思い返したことを記述していたが、幽霊となった清少納言と鴨長明が訪れると、彼らとの対話によってページを増やしていき、やがて完成する。そのため、兼好法師は二人のおかげで完成したと考え、彼らに深く感謝する。
方丈鳥記 (ほうじょうとりき)
鴨長明が執筆したねこねこ日本三大随筆の一つ。親戚に神社の禰宜の立場を奪われたうえに、都を次から次へと襲う災害に疲れ果てた長明が、日野の山奥に隠居し、俗世から解き放たれた解放感から執筆を開始する。執筆中に幽霊となった清少納言が訪れると、彼女の死後に起こった出来事をまとめる形で書き進めていき、やがて完成する。なお、長明はこの作品を執筆した4年後に息を引き取るが、のちに幽霊となって清少納言と共に現世にとどまり、やがて兼好法師のもとに出向いて「徒然猫草」の執筆に立ち会う。
書誌情報
ねこねこ日本史 15巻 実業之日本社
第12巻
(2022-09-08発行、 978-4408640624)
第13巻
(2023-04-06発行、 978-4408640853)
第14巻
(2024-02-08発行、 978-4408641256)
第15巻
(2024-09-05発行、 978-4408641492)