概要・あらすじ
20世紀初頭のドイツ。聖ゼバスチアン教会附属音楽学校にはある言い伝えがあった。それは学校の塔にある「オルフェウスの窓」と呼ばれる窓に立ち、地上を見下ろした時一番最初に目に入った女性と恋に落ちるが、その恋はオルフェウスの神話の通り悲劇に終るというものだった。ところが転入生イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトと、不良学生のクラウス・フリードリヒ・ゾンマーシュミットは、男装をして聖ゼバスチアンに通う少女ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤを別々の時に見てしまう。
それが恋になるとは思わず、次第に親密になる三人だったが、ユリウスの生家アーレンスマイヤ家には恐るべき秘密があった。
登場人物・キャラクター
ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤ
名門貴族アーレンスマイヤ家の跡継ぎ。しかしその正体は、愛人であった母レナーテ・フォン・アーレンスマイヤに財産相続のため男装させられ、男として育てられた少女だった。秘密を共有する母を守るため、豪胆な振る舞いをするが、内心では女の子に戻りたいと思っており、精神状態は不安定であることが多い。 ピアニストとしての才能を持ち、聖ゼバスチアン教会附属音楽学校のピアノ科に通う。「オルフェウスの窓」でイザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイト、クラウス・フリードリヒ・ゾンマーシュミットに出会い、イザークとは友情を築くが、クラウスには男性として惹かれて行く。自分の秘密を知る主治医ゲルハルト・ヤーンがそれを種に母を脅していることを知り、衝動的に殺害。 以降殺人者としての罪の意識に苛まれる。後にクラウスを追ってロシアに渡り、事故によって記憶喪失になった際も、殺人の日と似た天候になると恐怖を訴えていた。
イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイト
『オルフェウスの窓』の主人公のひとり。貧しい家の生まれながら、ピアニストとしての才能の高さによって奨学生となり、聖ゼバスチアン教会附属音楽学校に通うこととなった少年。転入初日、「オルフェウスの窓」でユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤに出会う。同じピアノ科で資産家の息子モーリッツ・カスパール・フォン・キッペンベルクの妨害で一時は奨学金を打ち切られ、酒場でピアノ弾きの仕事をするところまで追い込まれるが、指揮者として名高いベルンハルト・ショルツの推薦により、ウィーン音楽院へ留学することとなる。 ユリウスが女性であることをクラウス・クラウス・フリードリヒ・ゾンマーシュミットから知らされ、恋を自覚するが、ユリウスがクラウスを追いロシアへと向かうことを予感し、身を引く。 ウィーンではピアニストとして大成するものの、その真面目で実直な性格ゆえに、恋や運命に翻弄されることとなる。
アレクセイ・ミハイロフ
『オルフェウスの窓』の主人公のひとり。聖ゼバスチアン教会附属音楽学校バイオリン科の7年生。その正体は、ロシア貴族ミハイロフ家の次男アレクセイ・ミハイロフ。革命運動に参加した兄ドミートリィ・ミハイロフが処刑されてしまったため、兄の婚約者アルラウネ・フォン・エーゲノルフと共にロシア政府からの追求から逃れ、クラウス・フリードリヒ・ゾンマーシュミットという偽名を使いドイツに滞在していた。 バイオリニストとしての才能は高いが、本人は音楽学生であることは、再び革命家としてロシアに戻るまでの仮の姿に過ぎないと考えている。「オルフェウスの窓」に座ってロシアの空を見ているときに出会ったユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤに惹かれるが、それを振り切り、再びロシアへと帰還。 革命家の一人として、ロシア革命の渦の中へ身を投じていく。
レナーテ・フォン・アーレンスマイヤ
ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤの母親。名門貴族アーレンスマイヤ家の当主アルフレート・アーレンスマイヤの愛人となり、ユリウスを身ごもる。その妊娠中、「オルフェウスの窓」でヘルマン・ヴィルクリヒと出会い、宿命的な恋に落ちるが、お腹の子供のことを思い身を引いた。 しかしその後遊びに飽きたアルフレートに捨てられてしまい、15年間母子二人で生活してきた。アーレンスマイヤ家の莫大な財産をわが子に相続させることを目論み、ユリウスを男として育てる。アルフレートの正妻が亡くなり、アルフレートも病気で寝たきりの生活が続くようになった頃、名乗りを上げ、ついに後妻に収まる。 財産のためこうした陰謀をめぐらしたものの、金銭目当てというよりも、陰謀そのものを心の支えにしていた様子。ユリウスが女性であることを知っているもぐりの医者ゲルハルト・ヤーンに、それを種に強請られている。
マリア・バルバラ・フォン・アーレンスマイヤ
ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤの異母姉。名門貴族アーレンスマイヤ家の長姉にあたる。当主である父アルフレート・アーレンスマイヤが病気で倒れてからは、当主代理として仕事を請け負っている。かつて屋敷にピアノ教師として来ていたヘルマン・ヴィルクリヒに思いを寄せていた。 いまもヴィルクリヒを一途に思い、未婚。男性関係も含め、性格は非常に潔癖で、プライドが高い。正妻であった母の死後、急に後継者とその母として名乗り出てきたユリウスとレナーテ・フォン・アーレンスマイヤを疑わしく思っている。
アネロッテ・フォン・アーレンスマイヤ
ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤの異母姉。名門貴族アーレンスマイヤ家の次姉にあたる。豪奢な美貌を誇り、男性関係も非常に派手。ユリウスが跡継ぎとして名乗り出たため、遺産の取り分が減ってしまったことを非常に苦々しく思っており、召使のヤーコプを使い、陰謀を巡らしている。
ヘルマン・ヴィルクリヒ
聖ゼバスチアン教会附属音楽学校ピアノ科の教師。イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトの才能を見出し、熱心な指導をすると共に、名指揮者として知られるベルンハルト・ショルツへの紹介なども行う。バイオリン科のクラウス・フリードリヒ・ゾンマーシュミットとは、やんちゃな性格同士気が合う喧嘩友達のような付き合いがある。 イザーク同様、奨学生として聖ゼバスチアンに通っていた。その際、ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤの母親レナーテ・フォン・アーレンスマイヤと「オルフェウスの窓」で出会い、恋に落ちた過去を持つ。また、レナーテとユリウスが来る前のアーレンスマイヤ家で、2年間ピアノの家庭教師を行っていたこともある。
モーリッツ・カスパール・フォン・キッペンベルク
聖ゼバスチアン教会附属音楽学校ピアノ科に通う生徒。ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤ、イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトの同級生。イザークが転入してくるまでは、ピアノ科一の腕と言われていた。財力ではアーレンスマイヤ家と肩を並べる成金のキッペンベルク商会の跡取り息子で、その財力を背景にピアノ科では好き放題に振舞っていた。 ヘルマン・ヴィルクリヒを始めとした教師たちがイザークの実力を買っていることに嫉妬し、何かと辛くあたる。アーレンスマイヤ家のパーティで出会ったイザークの妹フリデリーケ・ヴァイスハイトに恋をし、キッペンベルク商会の力で兄の奨学金を打ち切られたくなかったら自分と付き合うようにと強要する。
ダーヴィト・ラッセン
聖ゼバスチアン教会附属音楽学校バイオリン科の生徒。クラウス・フリードリヒ・ゾンマーシュミットの友人。男装しているユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤが女性であることを直感的に見抜き、男色趣味のふりをしてユリウスに近づく。作者池田理代子によれば、イギリスの歌手デヴィッド・ボウイをモチーフにしたキャラクター。
フリデリーケ・ヴァイスハイト
イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトの妹。心密かに兄を慕っている。実は養子であり、イザークとは血がつながっていないのだが、兄イザークがそれに気付いていないため黙っていた。アーレンスマイヤ家のパーティに兄と呼ばれた際、モーリッツ・カスパール・フォン・キッペンベルクに一方的に惚れられてしまい、兄の奨学金を打ち切ることもできる影響力を持つキッペンベルク商会の力を背景に、付き合いを強要される。
カタリーナ・フォン・ブレンネル
貴族の令嬢。イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトをピアノの家庭教師として雇っていた。イザークを慕い、何かと面倒を見ようとする。イザークの妹フリデリーケ・ヴァイスハイトと交流するうちに慈善活動に目覚め、やがて職業婦人として働くことを志すようになった。ウィーンで看護師としての勉強をし始めたところ、ウィーン音楽院に通い始めたイザークと再会する。
ラインハルト・フォン・エンマーリッヒ
ウィーン音楽院の生徒。作曲家。幼少時からピアノに優れた才能を示し、7歳でパリの楽壇にデビューした。ただしそれは貴族エンマーリッヒ家の嫡男を見世物にしたくないと考えた親によって女装した姿のことであったので、正体を知るものはいない。ナンネル・モーツァルトの再来といわれるほども天才ピアニストとして名声を博したが、10歳で自ら作曲した悪魔的な曲のために手を壊し、ピアニストとしての道を諦めた。 イザークに可能性を感じ、自らのピアニスト生命を絶った曲の楽譜を託す。
ロベルタ・ブラウン
イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトがアルバイトでピアノ弾きをしていた酒場で働いていた少女。アルコール中毒の父親によって酒代代わりに男に売られてしまう。その後娼婦となりウィーンで働くようになる。イザークを影ながら慕い、ピアニストとして彼が大成してからも、演奏会のたびに名を隠して花を贈っていた。 アナスタシア・クリコフスカヤの落とした手紙を偶然拾ってしまったスパイ容疑を受ける。感化院に入れられてしまったところを同情したイザークに妻として迎えられ、後にイザークの子ユーベルを生む。
アマーリエ・シェーンベルク
イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトのピアノの師シェーンベルク教授の娘。華やかで社交的、遊び好きな性格。真面目なイザークを誘い、付き合い始めるが、音楽のことばかり考えているイザークに飽き、かねてからの婚約者とよりを戻して結婚してしまう。
アナスタシア・クリコフスカヤ
ロシアの女性バイオリニスト。公爵家の令嬢。アレクセイ・ミハイロフとは少女時代からの知り合いで、その頃から一途にアレクセイを慕っていたが、ついに本人に気持ちを打ち明けることはできないまま、アレクサンドル・ストラーホフと結婚。結婚中も演奏会等を開いていたが、ストラーホフの死後、旧名のクリコフスカヤを名乗り、バイオリニストとして広く活動するようになった。 ヨーロッパを演奏旅行で周っており、ウィーンではイザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトと共に演奏会を開く。ロシア帝政打倒のための革命家の一人で、亡命中の同志への連絡役としてヨーロッパを周っていた。
ヴィルヘルム・バックハウス
実在のピアニストヴィルヘルム・バックハウスをモデルにしたキャラクター。イザーク・ゴットヒルフ・ヴァイスハイトが自らの音楽観に悩む時などに幾度も行き会う、音楽と人生の師と言うべき存在。後には、イザークの息子ユーベルの指導を買って出る。
ドミートリィ・ミハイロフ
アレクセイ・ミハイロフの異母兄。ロシア貴族ミハイロフ家の長男で、跡取り。家庭教師エーゲノルフ先生の娘アルラウネ・フォン・エーゲノルフとは婚約関係にある。妾の子として引き取られてきたアレクセイにも気さくに接する、気持ちのいい性格。バイオリニストとしての才能を持ち、モスクワ音楽院に通うが、同時に革命活動に参加するようになり、逮捕された同志の奪還作戦が、アルラウネに横恋慕した仲間の裏切りにより失敗。 逮捕後銃殺刑となる。アルラウネと弟アレクセイに自らの祖国への思いを託す。
アルラウネ・フォン・エーゲノルフ
ドミートリィ・ミハイロフ、アレクセイ・ミハイロフの家庭教師をしていたエーゲノルフ先生の娘。ドミートリィの婚約者であり、後には革命活動の同志として動くようになる。ドミートリィの死後、彼の遺志を継ぎ、アレクセイと共にドイツへと亡命。かつアレクセイを革命家として一人前になるよう厳しく育て上げる。
レオニード・ユスーポフ
ロシア貴族ユスーポフ侯爵家の当主であり、陸軍の将校。首都サンクト・ペテルブルクでは皇帝親衛隊を率いる。妻アデールは皇帝ニコライ2世の姪。民衆の暴動で怪我を負ったユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤを助け、自宅で治療を受けさせるが、ユリウスのパスポートが男性になっていることや、革命家アレクセイ・ミハイロフを探していると言ったことから、彼女を軟禁する。 皇帝に絶対の忠誠を誓っているが、皇室に強いを持ち始めた怪僧グレゴリー・ラスプーチンを宮廷腐敗の元凶と見做し嫌っているため、権力中枢から遠ざけられてしまう。実在の人物フェリックス・ユスポフがモデルとなっているが、ラスプーチン暗殺の実行者であること以外に目立った共通点はなく、ほぼ創作されたキャラクターであると言える。
ヴェーラ・ユスーポフ
ロシア貴族ユスーポフ侯爵家の令嬢で、レオニード・ユスーポフの妹。気丈で芯が強いが優しい性格で、自宅に軟禁されることとなったユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤの面倒をよく見ていた。兄レオニードがユリウスに次第に心惹かれていることに気付きつつある。 後に、ロシア革命の動乱の中から逃れ、ユリウスをドイツのアーレンスマイヤ家に連れていくことになる。