ロード・エルメロイⅡ世の事件簿

ロード・エルメロイⅡ世の事件簿

三田誠の小説『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』のコミカライズ作品。ビジュアルノベルゲーム『Fate/stay night』シリーズのスピンアウト作品で、『Fate/Zero』の10年後の世界を描いている。第四次聖杯戦争を生き抜いたロード・エルメロイⅡ世は、時計塔で魔術師の講師として活動しつつ、そのかたわらでさまざまな魔術的な厄介ごとを引き受けていた。「Fate」シリーズにおいて、その名が語られながらも詳細に明かされることのなかった時計塔を舞台に、魔術師が引き起こすさまざまな事件を、鋭い洞察力を持つエルメロイⅡ世が事件を解決に導いていく様を描くミステリー。「ヤングエース」2017年11月号より連載の作品。2019年7月から9月にかけてTVアニメ版も、TOKYO MX、BS11、AT-Xほかで放映された。

正式名称
ロード・エルメロイⅡ世の事件簿
ふりがな
ろーどえるめろいにせいのじけんぼ
原作者
三田 誠
原作者
TYPE-MOON
漫画
ジャンル
ファンタジー
 
推理・ミステリー
レーベル
角川コミックス・エース(KADOKAWA)
巻数
既刊12巻
関連商品
Amazon 楽天

世界観

本作はTYPE-MOONのビジュアルノベルゲーム『Fate/stay night』と「完全に同じ世界」と定義されており、差異は原作者の三田誠によるスパイス程度に留まっている。しかし、本作に登場するゲストキャラクターは元となる作品の世界設定が本作と異なっている場合があり、オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアカウレス・フォルヴェッジなどは明確に異なった背景と経験を持つキャラクターとして登場している。また、少年時代のロード・エルメロイⅡ世が登場する虚淵玄の小説『Fate/Zero』は『Fate/stay night』と微妙に世界が違うとされているため、本作の世界観とも同様の差異がある。本作の世界観は『Fate/stay night』の作中時間の数か月前を舞台としており、魔術師たちの総本山である時計塔を中心とした魔術による事件の数々が描かれている。それによって、TYPE-MOON作品が共有してきたさまざまな魔術や、魔術師たちの権謀術数渦巻く世界が明らかとされるのが最大の特徴となっている。

クロスオーバー

本作はTYPE-MOON制作の他作品から多くのゲストキャラクターが登場する作品となっている。例えば、魔眼蒐集列車の事件で登場したカウレス・フォルヴェッジは、元は東出祐一郎の小説『Fate/Apocypha』の登場人物であり、ほかに奈須きのこの小説『空の境界』など多くの作品に登場した蒼崎橙子や、成田良悟の小説『Fate/strange Fake』に登場するフラット・エスカルドスひろやまひろしの漫画『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』などに登場するルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトなどがいる。また、本作の主人公であるロード・エルメロイⅡ世も元はビジュアルノベルゲーム『Fate/stay night』の設定資料の一部に登場していた人物で、虚淵玄の小説『Fate/Zero』に「ウェイバー・ベルベット」という名前で登場したキャラクターである。また、本作には過去のTYPE-MOON作品で名前しか明かされていなかった人物や設定が多数登場しており、時計塔を中心とした物語構成によって、これまで謎とされてきた多くの要素に焦点があたる横断的な作品となっている。

あらすじ

case.剝離城アドラ

かつて日本で行われた「第四次聖杯戦争」を生き残った「ウェイバー・ベルベット」は、今ではロード・エルメロイⅡ世を名乗り、時計塔十二学科の一つ、現代魔術科を率いる君主となっていた。多忙の日々を送る彼のもとにある日、義妹であるライネス・エルメロイ・アーチゾルテが訪ねて来る。彼女の用件は、剝離城アドラで行われる魔術師ゲリュオン・アッシュボーンの遺言公開に、エルメロイ家が招かれたので出席して欲しいという要請だった。本来ならば修復不可能な魔術刻印を意のままにあやつり、魔術世界ではひそかに「修復師」の異名で謳(うた)われていた彼の遺産はエルメロイ家にとって垂涎(すいぜん)の的であると同時、虎穴に等しい危険をはらんだ場所だった。出席を渋るエルメロイⅡ世だったが、ライネスとの取り引きの末に彼女がかかわらないという条件で、この件への介入を決意する。翌日、数か月ほど前に内弟子となった少女、グレイを伴って剝離城アドラへ向かった二人は、城へたどり着くと招かれたほかの客と共に法政科化野菱理よりゲリュオン・アッシュボーンの遺言を聞かされる。それは、「――天使の名を問う。問われて答えられなかったものは、すべからく天使を剝ぎ取られる。私の天使をつかまえたものを、遺産の相続者とする」というものだった。そして同時に、各々の招待状にはそれぞれの天使名が浮かび上がる。期間の定められていない問いかけを得た一同は、各々の思惑を胸に一端は与えられた部屋へと戻ることにする。しかし、天使名のスペルを読み間違えたグレイによって、エルメロイⅡ世は誤ってあられもない姿でくつろぐルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの部屋を開けてしまう。怒りにかられた彼女によって報復が加えられようとする瞬間、エルメロイⅡ世はこの天使名が「シェムハムフォラエ」だと告げる。おおよそ「名の集合」という意味を持つ、それはカバラの伝承にある72の天使を示す略称のことだった。明くる日の朝食の場でその知識を共有し合った招待客一同だったが、彼らはそれ以上協力し合うことなく独力で謎解きに挑む。その内の一人であるハイネは、その晩に天使名と「シェムハムフォラエ」というヒントから城外に隠された新たなるヒントを手に入れたところ、謎の獣の襲撃に遭う。だが、卓越した戦士でもある彼はそれを撃退すると、逃げ出す獣への追撃を開始する。しかし、獣を追いかけた先で彼が見つけたのは住処(すみか)などではなく、ある一人の女性、菱理の猟奇的な死体だった。ハイネによって一同が集められる中で、エルメロイⅡ世はこれが謎解きではないと告げる。天使名はヒントではなく、各々にだされた殺人予告であり、幕を開けていたのはミステリーではなく惨劇であった。招待客たちが一触即発となる中、エルメロイⅡ世は時間をおいて彼らが去るのを待つと、死体と現場の調査を開始。魔術師が関与した事件である以上、事件には超常現象がかかわるため「ハウダニット(どうやってやったか)」と「フーダニット(誰がやったか)」に意味はない。しかし、「ホワイダニット(どうしてやったか)」は例外だと考えた彼は、この事件の裏側に潜む動機という真実を解き明かすために動き始める。

case.双貌塔イゼルマ

黄金姫と白銀姫のお披露目会は、双貌塔イゼルマを管理するイゼルマ家によって代々執り行われてきた。各派閥の魔術師たちが集まる、社交パーティーでもあるその場に招かれたライネス・エルメロイ・アーチゾルテは、義兄であるロード・エルメロイⅡ世の内弟子のグレイを伴って彼の地を訪れる。権謀術数うずまくパーティーに立ち向かったライネスを待ち受けていたのは、その到来を噂されていた、魔術師の最高位である「冠位(グランド)」を頂く女性、蒼崎橙子との遭遇と、民主主義派閥重鎮にして創造科の君主であるイノライ・バリュエレータ・アトロホルムによる、ウソか誠かわからぬエルメロイ家に対する鞍替(くらが)えの提案だった。相次ぐ難敵との遭遇に辟易しながらもどうにか難所をくぐり抜けたライネスだったが、その晩、今度は黄金姫であるディアドラ・バリュエレータ・イゼルマによる突然の訪問を受ける。挨拶もそこそこに彼女が口にしたのは、白銀姫であるエステラ・バリュエレータ・イゼルマと共に、エルメロイ家に亡命したいとの申し出だった。行き詰まったイゼルマ家の魔術に未来はなく、人体改造も含めた施術によって自分と妹の身体は限界に来ており命の保証がない。父親であるバイロン・バリュエレータ・イゼルマの非効率的なやり方には命を賭けられないという彼女の提案に、ライネスは難色を示す。だが、その様子を見て取ったディアドラは、ライネスに取り引きを持ちかける。この危険な申し出に見合うだけの報酬を明朝、自分の部屋で見せるという彼女の言葉に一晩の猶予を得たライネスは、それを実際に目にしてから検討をしようとその日は眠りにつく。翌日、早朝の城内を歩いてディアドラの部屋へ赴いたライネスとグレイを待ち受けていたのは、無惨にもバラバラに損壊した彼女の死体だった。ライネスは即座に人を呼びにやるも、集まった人の前でディアドラ付きのメイドであるカリーナによって亡命の話がされていたことをバラされると、第一発見者という立場もあり犯人として疑われることとなる。窮地に陥ったライネスは、この状況を打破するため犯人を見つけ出す探偵役を買って出る。エルメロイ家の名誉に賭けて誓われた宣言に、イノライの口添えもあってライネスは僅かな猶予が与えられることとなった。だが、眼前に立ち塞がるのは荒唐無稽を可能とする魔術師による殺人事件である。無限の犯罪手段が考えられるこの難事件を前に、ライネスはしばし途方に暮れることとなる。しかし、イノライからどうしてエルメロイ家を売らずに執着しているのかと尋ねられたライネスは彼女に、やりあうための手段があるのだから戦わない理由はないと返す。そして、ライネスはグレイより伝えられた「ホワイダニット(どうしてやったか)は例外かも知れない」という、かつて「剝離城アドラ」でエルメロイⅡ世が告げた調査の心構えに従い、事件の真相を暴き出すため犯人たちの動機を探っていくと決意するのだった。

case.魔眼蒐集列車

双貌塔イゼルマでの事件から数か月後。最近になって様子のおかしくなったロード・エルメロイⅡ世の身を案じたグレイは、彼が「第四次聖杯戦争」で己のサーヴァントとした英霊、イスカンダルの聖遺物が盗まれたことを知る。それは、聖杯戦争を共にした彼の英霊との経験を何よりも大切にするエルメロイⅡ世にとって、まさしく命に等しい品物だった。盗まれた聖遺物を保管してあった現代魔術科の金庫には代わりに「魔眼蒐集列車」で行われる魔眼オークションへの招待状が置かれていた。聖遺物を盗んだ犯人が残した不穏な手がかりに、不吉さを感じながらもエルメロイⅡ世はグレイを伴ってオークションへの参加を決意する。途中、会話を偶然盗み聞きしてしまったエルメロイ教室の新しい子弟であるカウレス・フォルヴェッジを仲間に加えた一行は、魔眼蒐集列車の到着を待つ駅で法政科化野菱理時計塔十二学科の一つ、天体科(アニムスフィア)の君主の娘であるオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアに出会う。オークション前の牽制(けんせい)をしあいながら到着した列車に乗り込むと、中にはタレントとして表社会でも活躍するジャンマリオ・スピネッラや聖堂教会の神父であるカラボー・フランプトン。さらにはエルメロイ家の生徒の一人にして中立派閥のスパイを公言する少女のイヴェット・L・レーマンが既に乗車していた。彼らの前に現れた車掌のロダンとオークショナーのレアンドラは、3泊4日の行程と3日目に魔眼オークションが開かれる旨を告げ、その日は解散となった。客室に戻った一行がひとまずの眠りにつく中、魔眼蒐集列車は低い音を立てつつ、その車体をさらなる霧の奥へと進めるのだった。

関連作品

漫画

本作は真じろうの漫画『Fate/Zero』と関連がある。『Fate/Zero』では、ロード・エルメロイⅡ世がまだ「ウェイバー・ベルベット」だった時代に、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテと初対面を果たすエピソードが描かれている。「第四次聖杯戦争」を舞台とするこの作品では、ウェイバーの活躍のほかにも彼のサーヴァントであった英霊、イスカンダルの姿や、先代の君主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトの生前の姿も描かれている。ほかに、本作『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』に登場するゲストキャラクターの一人であるルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは、ひろやまひろしの漫画『Fate/kaleid liner プリズマイリヤ』にも登場しており、主人公であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンのライバルである美遊・エーデルフェルトの、保護者として活躍している。

小説

本作は三田誠の小説『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』を原作としている。原作小説版は『Fate/stay night』をはじめとした一連の「Fate」シリーズのスピンアウト作品の一つで、続編に『ロード・エルメロイⅡ世の冒険』がある。これらはTYPE-MOONから刊行され、イラストは坂本みねぢが担当している。

ゲーム

本作の登場人物であるオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアは、ソーシャルゲーム『Fate/Grand Order』に登場したキャラクターとなっている。ただし、本作とは世界やキャラクターがたどってきた歴史が異なるパラレルワールドに近い設定となっており、本作のオルガマリーとゲーム版の彼女のあいだには設定面での隔たりがある。

コラボレーション

ロード・エルメロイⅡ世の事件簿×Fate/Grand Orderコラボレーションイベント「レディ・ライネスの事件簿」

本作の原作である三田誠の小説『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』がソーシャルゲーム『Fate/Grand Order』とコラボレーションイベントを2019年4月27日から開催した。主人公であるマスターがロンドンに発生した特異点を舞台に、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテと共に事件を解決していくストーリーとなっており、グレイロード・エルメロイⅡ世が登場している。また、新キャラクターとして作中に登場したサーヴァント・アストライアのイラストレーターを、本作であるコミカライズ版『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』の執筆者である東冬が務めている。

登場人物・キャラクター

主人公

時計塔の十二学科の一つ、現代魔術科の君主を務める男性。長身痩軀に黒髪ロングヘアで、葉巻を愛喫している。本名は「ウェイバー・ベルベット」で、日本で行われた「第四次聖杯戦争」における生き残りとして生ける伝... 関連ページ:ロード・エルメロイⅡ世

グレイ

ロード・エルメロイⅡ世の内弟子である少女。つねにフードで顔を隠しマントを羽織っている。控え目な性格で、自己主張することがあまりない。「拙(せつ)」という一人称を使い、日頃から師匠であるエルメロイⅡ世の世話を焼いている。魔術師の弟子という立場ではあるが、今までは魔術のことを勉強する機会がなく、時計塔のさまざまな常識を含め知識を目下勉強中である。顔を隠しているのは、それがグレイ自身の顔ではなく、10年前の幼い日に突如として変化を始めたもので、別人の顔だからである。その容姿はエルメロイⅡ世から見ると「第四次聖杯戦争」に召喚されていた英霊、アーサー王のものと瓜二つであり、彼女はアーサー王の遠縁かその末裔だろうと彼により推測されている。「霊園」という、魔術師のあいだでは対霊体のプロフェッショナルである墓守がいることで知られた土地に生まれ、アッドという人格を持った匣型(はこがた)の魔術礼装に納められた宝具を使えるヒトを作りだす試みの末に生み出された存在である。故郷で顔が変化していき、周囲の反応を受け入れることもできずに過ごしていたグレイは、数か月前に訪れたエルメロイⅡ世によって誘われ、彼の弟子としてロンドンに住まうことになる。当初はエルメロイⅡ世のことを「最悪の魔術師」と蔑むルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトを否定しない程度に、彼に対しては心の距離を置いていた。しかし数々の事件を重ねるうち、自分の弱さから逃げずに苦しみながらももがき続けるエルメロイⅡ世の姿勢を敬うようになり、信頼を寄せていく。鳥かごにいれて持ち歩いているアッドは、顔が変化し始めた10年前から共にいる数少ない友人であると同時に兵器でもあり、戦闘時は大鎌をはじめさまざまな形態に変化する性質を持つ。特に真名を解放することで使うことのできる「最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)」は英霊の持つ宝具そのもので、城を簡単に吹き飛ばすほどの威力を誇る。なにくれとなく力になってくれるライネス・エルメロイ・アーチゾルテとは、当初はぎこちなかったものの交流や旅を重ねるうちに、次第に友人らしい関係になっていく。また、エルメロイ教室の生徒たちからも何かと慕われており、スヴィン・グラシュエートからはあまりに偏執的に近づかれるため、彼に対してグレイへの接近禁止令が出されるほどである。

アッド

グレイが所有する意志を持った魔術礼装。細工の施された四面体で、全方位に顔のような図形が描かれている。正位置に当たる部分を顔と認識しているようで、しゃべる際には嘴(くちばし)のような口の部分が開閉し、瞳の部分も表情に合わせて変化する。ふだんは鳥かごに入れて持ち歩かれており、グレイとは10年以上も行動を共にしている。酷(ひど)い毒舌家で、グレイやロード・エルメロイⅡ世を事あるごとに揶揄(やゆ)している。しかし、口先以外にアッド自身がなにかをできるわけではないため、程度が過ぎた場合はいつも鳥かごをゆらされるお仕置きの憂き目に遭っている。本来はアーサー王に由来する宝具「最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)」の封印礼装。戦闘時にはグレイの指示に従って死神のような大鎌をはじめ、盾や破城槌などさまざまな形に変形するが、それも内部に封印された「最果てにて輝ける槍」の機能の一部を、魔術礼装としての演算機能により表出しているに過ぎない。その状態を第1段階の限定解除とするなら、第2段階の限定解除である「最果てにて輝ける槍」の力を一時的に解放する宝具の解禁は、文字どおり英霊の宝具としての威力を誇り、使用された際には城そのものを容易(たやす)く破壊する。しかし、グレイにとっては兵器である以上に、エルメロイ教室の生徒たちやライネス・エルメロイ・アーチゾルテを除けば、故郷である霊園を出る前から続く唯一の友人といっていい存在である。

ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ

ロード・エルメロイⅡ世の義妹にして、時計塔の名家、エルメロイ家の後継者である少女。自覚のあるほどに悪辣な性格で、他人が苦しむのを見ると唇がほころんでしまうほど嗜虐(しぎゃく)心に富んでいる。日本で行われた第四次聖杯戦争という魔術儀式で帰らぬ人となった先代の君主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトの義妹という立場だが、実際的な血縁では姪にあたる。ケイネスの死後に一族を襲った没落と後継者争いを含めた騒動の末、エルメロイ家の末席に名を連ねていたライネス自身が魔術刻印の源流との適正が最も高いという理由から後継者に担ぎ出された。しかし、君主を務めるにはあまりにも幼かったライネスは、ケイネスが参加した第四次聖杯戦争からの生還者であり、現代魔術科の教室を買い取って講師として名を馳せ始めていた「ウェイバー・ベルベット」に目を付ける。ライネスは彼を誘拐するや、ケイネスの聖遺物を奪ったという事実から無理難題を押しつけた。そしてライネスは、「エルメロイ家の負債の返済」「破損した魔術刻印の修復」「ライネスが成長するまでの君主としての代行」「ライネスの家庭教師役」という、常人ならば断る難問を受け入れたウェイバーを、「ロード・エルメロイⅡ世」という名前と立場に封じ、自らの義兄として据えた。その後の7年間、彼が逃げ出さないための担保を預かりながらも現在まで協力し合いながら、一蓮托生でエルメロイ家と現代魔術科を存続させてきた。魔術師の名門の君主として政治に疎いエルメロイⅡ世に代わり、エルメロイ家の政治的活動はライネス自身が請け負っている。ウェイバーを誘拐してきたのもそうした「政治的」活動の一環であり、ふだんからこうした悪事をスムーズにこなすだけの暗闘を重ねてきている。時計塔の裏側で行われる陰謀術数を産土(うぶすな)に、そのような環境で育ったライネスは謀略に慣れ親しんでいる。そのため同年代の友人は非常に少なく、唯一エルメロイⅡ世の内弟子としてやって来たグレイに対しては心を許し始めている。魔術師としては精密分析を得意とする魔眼を有しているが、それを制御できない未熟さも残す。しかし、エルメロイⅡ世の薫陶もあって才能を伸ばしつつある。戦闘にはあまり向いていないため、護衛兼従者としてエルメロイ家の魔術礼装である月霊髄液のトリムマウをつねに伴っている。

トリムマウ

ライネス・エルメロイ・アーチゾルテに仕える水銀製のメイド。元は先代の君主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが作り上げたエルメロイ家の誇る至上礼装「月霊髄液」である。変幻自在な水銀の塊であり、高い演算能力を誇る魔術礼装だが、現在はケイネスとは才能の方向性が異なるライネスに合わせてロード・エルメロイⅡ世がアドバイスを送り、初歩的な人工知性が付与された使い魔として加工され、主にメイドとしてライネスに仕えている。元は水銀の塊であるため伸縮自在で、必要のない時はライネスの衣服や鞄(かばん)の中に収められていることもしばしばある。人工知性を成長させるため、エルメロイ教室の生徒たちとの交流が許されていて、特にフラット・エスカルドスの得意とする精緻な魔力操作とは相性がいい。しかしフラットを通して、よけいな名言をはじめとしたさまざまなスラングも取り込み、時おり、とんでもない発言をしてはライネスの頭を悩ませている。

フラット・エスカルドス

スヴィン・グラシュエートと共にエルメロイ教室の双璧を担う魔術師の青年。スヴィンに1か月遅れながら最古参の生徒である。魔術を使う度に魔術基盤に頼らずに魔術式を使い捨てるという規格外の天才で、他人の使う魔術に対する介入や干渉に関しても天性のものを持つ。もっとも、「まったく同じ魔術を二度使えない」という致命的ともいえる弱点があるのだが、それを気にした素振りも見せないのは、まさしく彼の才能故である。天真爛漫な性格で、映画や音楽、ゲームといったポップカルチャーを好む。また人の話をまったく聞かず、欲求に忠実に行動しては騒動を起こすため、エルメロイ教室きってのトラブルメーカーと見なされており、ロード・エルメロイⅡ世の頭痛の種となっている。また、人工知性の成長のためにエルメロイ教室の生徒たちと交流する機会のあるトリムマウに、映画などを元ネタとする名言やスラングを教え込んだ。これが原因で、時おり突拍子もない発言をするようになったトリムマウの様子にはライネス・エルメロイ・アーチゾルテも頭を抱えている。階段の手すりを滑り台とするといった稚気の抜けない人柄の一方で、軽快な様子で冠位の魔術師の術式に干渉して見せる二面性は「天才馬鹿」とも称される。魔術に対する天才性とは裏腹に、格闘技などのセンスはゼロを超えてマイナスと評されるほどに壊滅的。戦闘時には牽制(けんせい)で出された蹴りをまともに喰(く)らって昏倒(こんとう)するなど、その弱さには繰り出した相手も絶句していた。同じくエルメロイ教室の双璧であるスヴィンとは兄弟弟子であり、どこか四角四面なところのあるスヴィンの性格と、自由奔放なフラット・エスカルドス自身の性格が嚙み合うようで、いつも怒られながらも、つるんで行動している姿がよく見受けられる。

スヴィン・グラシュエート

フラット・エスカルドスと共にエルメロイ教室の双璧を担う魔術師の青年。最古参の生徒である。礼儀正しくまじめな性格で、特にロード・エルメロイⅡ世とライネス・エルメロイ・アーチゾルテには敬意を払って接している。ふだんは兄弟弟子であり、自由奔放なフラットのストッパー役として共に行動していることが多いのだが、グレイが近くにいると態度が豹変し、匂いを嗅ぐために近づこうとするなど変態性を発揮する。得意とする魔術はグラシュエート家が偏執の末にたどり着いた「獣性魔術」と呼ばれる、獣そのものに自分を変化させる魔術。獣の力の一部だけを借りるのではなく、肉体のあらゆるものを変化させるこの魔術は、ほぼ絶滅したとされる人狼にも匹敵するとされる。それらも踏まえてフラットからは「ル・シアン(犬)」という愛称で呼ばれているが、犬呼ばわりされることをスヴィン自身は嫌がっている。魔術を使っていない時でも嗅覚が鋭く、建物の中に特定の相手がまだ残っているのかを匂いだけで特定できる。実のところ、彼が嗅いでいるのは生物の発する匂いだけではなくその人物の因果を含めた別物であり、そのためか匂いのことを「無闇にぺかぺか光って」など独特の表現で例えることが多い。これら魔術の才能とグラシュエート家が代々築き上げてきた肉体を評価して、魔術師の階位の中でも第三階位にあたる「典位(プライド)」に叙されている。先代のエルメロイ家の君主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトも10代で典位に達しており、それがケイネスの神童たる評価を確たるものとした要因だったことからも、スヴィンが10代で典位となったのは滅多にないことだとうかがい知ることができる。そのため、スヴィンが典位となった日の夜、エルメロイⅡ世が秘蔵の酒を開けている様子が見受けられる。

ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト

フィンランドの名家であるエーデルフェルト家の令嬢。宝石魔術を駆使する才気煥発な魔術師で、ロード・エルメロイⅡ世が過去に見てきた魔術師の中でも五指に入るほどの才能を持つ。長く豊かな金髪を縦ロールにセットしている。魔術師の世界にありながらどこでも通じる正攻法を重んじる、清廉な気質の持ち主。実家のエーデルフェルト家は「地上で最も優美なハイエナ」と称される、世界中の魔術師の争いに首を突っ込んでは秘伝や魔術礼装を収奪する一族。現在は前当主が半ば引退を決め込んでいるため、ルヴィアゼリッタ自身が次期当主として振る舞っている。そのため、エーデルフェルト家の在り方を体現するように、ルヴィアゼリッタの立ち振る舞いは名家の子女に相応しく優雅で気品にあふれている。また、自分の目的意識に忠実であり、ひとたび手に入れると決めた目標のために真っ向から全力を尽くす気性をしている。魔術刻印の修復師として名高かったゲリュオン・アッシュボーンの遺産を手に入れるため、招かれた先の剝離城アドラでエルメロイⅡ世らと出会う。部屋を間違えた彼にあられもない姿を見られるなどさまざまな要因がありつつ、当初はエルメロイⅡ世の他者の神秘を暴く「魔術の破壊者」という性質に敵愾心(てきがいしん)を抱いていた。しかし、事件での交流を通してエルメロイⅡ世の人となりを知っていくにつれ理解を示すようになり、ついには一方的に自らの指南役(チューター)に指名するまでになる。事件後はエルメロイⅡ世のもとを度々訪れ、現況報告を兼ねた情報交換を行っている。

化野 菱理 (あだしの ひしり)

時計塔の法政科の女性。眼鏡をかけている。足下に届こうかという長い黒髪に、友禅染の振り袖姿という純和風な佇(たたず)まいをしている。妖艶な雰囲気を漂わせた魔術師だが、その思考や行動様式はオルロック・シザームンドに「手段と目的を取り違えた脱落者」と評される法政科の方針に寄り添ったもので、時計塔の運営と維持をモットーに活動している。さらに個人の考えとしては「根源の渦」への到達は絵空事で、大半の魔術師はそうした欺瞞(ぎまん)と、魔術という神秘によって踊らされていると考えている。そのため、その鋭い見識とは裏腹に魔術師としての才能がないロード・エルメロイⅡ世のことを、欺瞞と神秘のダンスから離れていられる希有(けう)な人間としてとらえており、ある種の仲間意識を持っている。もっとも、エルメロイⅡ世からすれば化野菱理は自らのように「才能がないから目指さない」のではなく「意志がないから目指さない」のであって、そこには吐き気がするほどの違いがあると断じている。菱理がいつも着用している眼鏡は「魔眼殺し」という魔術礼装で貴重品に当たる。

元封印指定の魔術師にして、最高位の階位である冠位を頂く女性。みごとな赤毛の長髪に眼鏡をかけている。穏やかな口調の心優しい美女だが、眼鏡を外すと途端に男勝りで攻撃的な口調と性格に変貌する。橙子本人は、眼... 関連ページ:蒼崎 橙子

イノライ・バリュエレータ・アトロホルム

時計塔の十二学科の一つ、創造科(バリュエ)の君主を務める女性。三大貴族、バリュエレータの当主であり、民主主義派閥の重鎮でもある。階位は事実上の最高位である色位(ブランド)の魔術師で、冠位(グランド)の魔術師である蒼崎橙子の師。懐に忍ばせた小瓶の砂を利用した魔術を得意としており、砂絵に描くことで相手に巧みに干渉する。その魔術の腕前は橙子をして「先生の絵だけはご勘弁を」と言わしめるほどの冴えを見せる。その時代に愛されるものこそが芸術だという、創造科の理念を体現した老婆で、電子機器などの最先端技術を嫌いがちな魔術師でありながら、iPodやパソコンなどを大いに楽しんでいる。また口調も非常にフランクで、責任の重い立場にもかかわらず「オレ」という一人称を使いながら、飾らずに話しかけてくる気易(きやす)さがある。しかしながら、まったく同じ調子で呼吸をするように政治をこなし、魔術を研究し続ける怪物でもある。弟子である橙子の封印指定の話が持ち上がった際に賛成したのが、何を隠そうイノライ自身である。そのため、挨拶のような気軽さで貴族主義派閥から民主主義派閥への鞍替えを要請されたライネス・エルメロイ・アーチゾルテは表には出さなかったものの、内心で苦虫を嚙み潰したような気持ちと強い警戒心を抱いていた。

フリューガー

中東を中心に活動する傭兵(ようへい)の男性。占星術を中心とした魔術を使用するが、根源の渦への到達を目的とする魔術師ではなく、魔術を実用する魔術使いである。傭兵としては界隈に名が通っているようで、ハイネ・イスタリには「師父殺し」の占星術士(アストロジャー)として知られていた。色黒で恰幅(かっぷく)のよい体格に、顎髭を蓄え左頰に傷痕があるといういかつい外見をしているが、性格はいたってひょうきんで抜け目がない。剝離城アドラで行われるゲリュオン・アッシュボーンの遺産相続に招かれた客の一人で、道中の森を歩いていたロード・エルメロイⅡ世とグレイに出会い、そのまま同道する。本人は「フリューガー」という名前を気に入っておらず、彼らには「フリュー」という愛称で呼ぶよう自己紹介の際に名乗っていた。フリューガー自身が魔術を使う際には「Lead me(導きたまえ)」という詠唱と共にホロスコープに応じた黄道十二星座のナイフを使い分け、占いから結界の構築までさまざまな神秘を繰り出す。

時任 次郎坊清玄 (ときとう じろうぼうせいげん)

剝離城アドラで行われたゲリュオン・アッシュボーンの遺産相続に招かれた青年。日本出身の山伏で、白い法衣を身にまとい右目に黒い眼帯、額に兜巾(ときん)という目立つ服装をしている。山伏が行う修験道は極東に最適化された魔術だが、先祖が西洋魔術に傾倒していた関係から魔術刻印をはじめとした西洋の魔術技術を有している。父親が妾(めかけ)に沢山の子供を産ませたために、たくさんの異母兄弟がおり、彼らと共に幼い頃から山中で修行を重ねてきた。しかし、次郎坊清玄自身の性格はいたって快活で女好きであり、魔術師らしからぬ奔放さにあふれている。なお、次郎坊清玄が剝離城アドラを訪れた理由は、陰惨極まりない家督争いの末に、一子相伝の魔術刻印を継いだ優秀な兄をほかの異母兄弟が襲撃した結果、サボっていた次郎坊清玄を除いた全員が共倒れしたためである。知らせを受けて急いで駆け付けた次郎坊清玄は、その場で修験道の炎に焼かれて骨までも炭化しながら生きながらえていた兄にすがりつかれ、彼の最後の望みで魔術刻印を受け継ぐと、破損してしまった魔術刻印を修復するため、アッシュボーンの秘術を求めて剝離城アドラを訪れた。同じく、剝離城アドラを訪れていたハイネ・イスタリとは、彼の妹であるロザリンド・イスタリを口説いた関係から「飛鉢法」という、鉢を自在に飛ばす技でやりとりするなど、顔合わせの際に一騒動があった。しかし、それ以後は酒を飲み交わすなど気を許し合った仲となり、妹のロザリンドとも友好な関係を築いている。

ゲリュオン・アッシュボーン

剝離城アドラの当主を務めていた男性。アッシュボーン家の当主だったが、妻と息子を失っており、ゲリュオン自身も物語の開始時点では既に故人となっている。高位の魔術師ではあったが、それ以上にアッシュボーンの名を知らしめていたのは、彼の一族であるアッシュボーン家が、損傷した魔術刻印の修復が可能な修復師であるという、魔術の世界でまことしやかに囁かれる噂だった。魔術刻印は魔術師の家系が、代々つないできた固定化された神秘という一族の秘奥中の秘奥でありながら、一度損傷してしまうと、その修復は困難であるという問題を抱えている。そのため、魔術刻印を損傷した魔術師の中には、人知れずアッシュボーンのもとを訪れていた者もいたという。故人となったアッシュボーンは、後継者がいなかったためにゆかりのあった家へ遺産を相続するための条件である遺言を法政科に預けると共に、それの公開日時を記した招待状を送りつけた。招待客の一人であるオルロック・シザームンドとは自分の妻も含め、昔からの畏友であり、かつては共同で研究を行っていた。

オルロック・シザームンド

蝶魔術をあやつる魔術師の老翁。剝離城アドラで行われたゲリュオン・アッシュボーンの遺産相続に招かれた客の一人で、故人であるゲリュオンとは古くからの畏友で彼の亡くなった妻とも面識があった。高齢で足腰が弱くなっており、若い従僕に押させた車椅子で移動している。シザームンドの家柄は1000年も続く魔術師の家系だが、長年継承されてきた魔術刻印は経年劣化により限界を迎えつつあり、その修復の方法を探し求めている。魔術刻印の修復師として魔術世界でひそかに語られてきたアッシュボーンの遺産を求めて剝離城アドラを訪れたのも、その理由によるもの。古い家系の魔術師にありがちな歴史と伝統を重んじ、文化復興期からの成り上がりであるエーデルフェルト家ですら、歯牙にも掛けぬ傲慢さ持つ。しかし、時計塔の権力争いからは距離を置いているため、政治闘争や派閥争いといったものに価値観を持ち合わせておらず、それ故に現代魔術科の持つ価値やロード・エルメロイⅡ世の持つ視点の、希有な能力に気づき、柔軟に受け入れる素地を身につけた。時計塔の会合で時おり顔を合わせていたため、エルメロイⅡ世とは顔見知りの関係。剝離城アドラで出会った当初こそ冷たく接していたものの、事件を通してエルメロイⅡ世が活躍を見せるにつけ、徐々に態度を軟化させていく。

ハイネ・イスタリ

元聖堂教会の人間という異色の経歴を持つ魔術師の青年。錬金術の名家であるイスタリ家の次期当主で「騎士(ザ・ナイト)」という異名を持つ。イスタリ家が秘蔵する「生きている石」と呼ばれる錬金術の秘奥義は、下手な英霊の武装にも匹敵するとされ、魔術師としては最強クラスの戦闘力を有する。魔術師らしからぬ清廉にして高潔な精神の持ち主であったため、陰鬱な世界に嫌気が差してイスタリ家を出奔し教会に所属していた過去がある。しかし、それにより焦ったイスタリ家の当主がもう一人の幼い子供のロザリンド・イスタリに、本来は数年がかかる魔術刻印の移植を1年で行う暴挙に出る。結果として因果関係は不明だが、ロザリンドの体は拒否反応こそ起こさなかったものの、過剰適応ともいえる反応を引き起こし、持ち主の生命力を吸い取るよう魔術刻印を変質させてしまう。事態を知ったハイネは周囲の反対を振り切って戻るなり、妹である彼女から刻印を移植されるも、今度は完全にハイネ自身に根付いてしまい、摘出することも叶わなくなった。そのため、ハイネはつねに魔術刻印に生命力を吸われ続けており、現在のままでは余命幾ばくもないとされている。ハイネ自身はロザリンドのために命を失うことにまったく恐怖を感じていない。だが、ロザリンド自身が兄を自分のために失う罪悪感に耐えられまいと考えており、魔術刻印を思うままにあやつると噂されたゲリュオン・アッシュボーンの遺産相続の招待を受けて剝離城アドラを妹と共に訪れた。

ロザリンド・イスタリ

ハイネ・イスタリの歳の離れた妹。幼さを残した少女で、兄のハイネを溺愛している。かつてハイネがイスタリ家を出奔した際に次期後継者として据えられ、魔術刻印を移植された過去がある。魔術刻印の移植手術がわずか1年で行われた結果、拒絶反応とは異なる過剰適応を引き起こし、結果として持ち主の生命力を吸い取るという変質を来たした。その状況を知らされたハイネが出奔先の教会から舞い戻り、ハイネに魔術刻印が再移植されることとなるも、変質は止まらず悪化する一途をたどった。その後、ハイネのおかげで死なずには済んだものの、ロザリンド自身はそのことに深い罪悪感を覚えている。魔術刻印の修復師として魔術世界の陰で知られたゲリュオン・アッシュボーンの遺産を求め、兄といっしょに剝離城アドラでの遺産相続の誘いに招かれることとなる。

ミック・グラジリエ

双貌塔イゼルマでの社交界に参加していた呪詛科(ジグマリエ)の男性。スパイを自称している。タントラ・ヨーガの我流魔術を使う魔術師で、イゼルマ家が所有するとされる、とある呪物の奪還を目的にしている。そのため、中立派閥に属する呪詛科の人間ながら、依頼主の指示を達成するために色々と立ち回っており、騒動が起こった際にはこれに乗じてイゼルマ家を崩壊させないかとライネス・エルメロイ・アーチゾルテに提案した。また、創造科の君主であるイノライ・バリュエレータ・アトロホルムと交渉して戦闘への不干渉を引き出すなど、派手な動きをすることなく終始、黒子に徹していた。

マイオ・ブリシサン・クライネルス

時計塔の十二学科の一つ、伝承科(ブリシサン)に所属する青年。イゼルマ家に幼い頃から仕える薬師で、自分の気になることに熱中しがちな魔術師らしい性質をしている。黄金姫と白銀姫のお披露目の会で、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテとグレイに出会う。十二学科を率いる君主の家系の中でもブリシサンは典型的な中立派閥の名門で、バルトメロイのような権力こそないものの、歴史や研究実績においては引けを取らない家門とされている。その名を冠しているため、マイオ自身もまたブリシサンの家に連なる分家筋だとライネスは推測していた。お披露目の会では派閥間の言い争いを仲裁するため、咄嗟(とっさ)に一瞬で酒に酔える薬を服用して泥酔を装い軽い騒動を起こしている。争いが収まってすぐさま酔い止めの薬を服用するなど、抜け目ない一面もあったが、一方の演技は大根役者もいいところだったため、騒動を観察していた複数の人間にわざとだと看破されていた。今代の黄金姫と白銀姫であるディアドラ・バリュエレータ・イゼルマやエステラ・バリュエレータ・イゼルマをはじめ、彼女らに仕えるメイドのカリーナやレジーナ、そしてマイオ自身と同じように他家からイゼルマ家へ黄金姫と白銀姫の完成のために手助けをしているイスロー・セブナンとは幼なじみの関係にある。特に、ふだんからディアドラのことばかりを気に掛けているのは、幼なじみのあいだでは周知の事実となっている。

イスロー・セブナン

魔術礼装の制作が行える魔術師の男性。長い髪をドレッドヘアにし、スーツを身にまとっている。寡黙で、しゃべる際も独特の間がある癖のあるしゃべり方をする。双貌塔イゼルマでイゼルマ家に仕える。黄金姫のディアドラ・バリュエレータ・イゼルマと、白銀姫のエステラ・バリュエレータ・イゼルマが身にまとったドレスの製作を担った魔術礼装の織り手である。髪の毛を複雑に編み上げた派手な要望をしている一方で、口調や性格は朴訥(ぼくとつ)としている。ディアドラやエステラを黄金姫と白銀姫として完成させるため、幼い頃からイゼルマ家に奉公しており、同じく彼女らに仕えていたカリーナとレジーナの双子のメイド姉妹や、薬師であるマイオ・ブリシサン・クライネルスとは幼なじみの関係にある。

バイロン・バリュエレータ・イゼルマ

双貌塔イゼルマの管理者である男性。時計塔の三大貴族にして民主主義派閥の重鎮バリュエレータ家の分家筋であるイゼルマ家の現当主を務める。「最も美しいヒト」の完成によって根源の渦への到達を目指すというイゼルマ家のモットーに乗っ取り、自分の娘であるディアドラ・バリュエレータ・イゼルマとエステラ・バリュエレータ・イゼルマを今代の黄金姫と白銀姫に仕立て上げるため、心血を注いできた。その手法は家系に代々伝わってきた人体改造から薬物投与など、おおよそ魔術師らしい人道に反した行いを躊躇(ためら)いなく実行するもので、これまで一定の成果を上げてきたと同時に、イゼルマ家の魔術はここで行き詰まってしまっていた。そのため、見直しが必要なタイミングが訪れていたのだが、その必要性や解決策に自ら気づくことのできない非才の身でもあった。しかし、バイロン自身が創造科(バリュエ)の理想である「新たな変化」を受け入れることのできない人間だということには気づいており、イゼルマ家の存続を天秤(てんびん)に乗せているであろう君主であるイノライ・バリュエレータ・アトロホルムが与えてくる無形のプレッシャーに焦燥を抱いている。魔術師としては研究を主とする紳士然とした姿を見せることがほとんどだったが、双貌塔イゼルマにアトラム・ガリアスタが侵攻を仕掛けてきた際には管理者として迎撃に当たっている。その際、シャボン玉にも似た「イゼルマの虹玉」という魔術によって、ガリアスタの手勢の一部を一瞬で無力化して見せた。

ディアドラ・バリュエレータ・イゼルマ

イゼルマ家の秘奥である今代の黄金姫を務める女性。「最も美しいヒト」の完成を求めるイゼルマ家の思想を体現した、いわば作品ともいえる存在で、幼い頃から薬物や人体改造をはじめとするありとあらゆる手段が用いられてきた。ふだんの生活も著しく制限されており、寝食から排泄まですべてが天体の運行に沿うように調整されてきた。その外見は性別を問わず、目にした人間のすべてを魅了してしまうほどの美しさを持っている。しかしながら作中では「絵にもできない美しさ」を体現するため、ほとんどの場面で、ヴェールで顔を覆った状態で描かれており、素顔をうかがい知ることはできない。類い稀な美しさを誇る一方で、感覚の一部を閉じることで魔術に磨きを掛けるという手法が一族の遺伝形質に刻まれた結果、五感のうちの聴覚を失っている。妹であるエステラ・バリュエレータ・イゼルマとそのメイドのレジーナをはじめ、ディアドラ自身のメイドのカリーナや、幼い頃からイゼルマ家に仕えていたイスロー・セブナン、マイオ・ブリシサン・クライネルスらとは幼なじみの関係にある。特にマイオがディアドラしか見ていないのは、幼なじみのあいだでは周知の事実となっていた。今代の黄金姫と白銀姫のお披露目が終わった翌日、自室で無惨な遺体となっているのが発見される。

エステラ・バリュエレータ・イゼルマ

イゼルマ家の秘奥である今代の白銀姫を務める女性。「最も美しいヒト」の完成を求めるイゼルマ家の思想を体現した、いわば作品ともいえる存在で、幼い頃から薬物や人体改造をはじめとするありとあらゆる手段が用いられてきた。ふだんの生活も著しく制限されており、寝食から排泄まですべてが天体の運行に沿うように調整されてきた。その外見は性別を問わず、目にした人間のすべてを魅了してしまうほどの美しさを持っている。しかしながら、作中では「絵にもできない美しさ」を体現するため、つねに顔をヴェールで覆った状態で描かれており、素顔をうかがい知ることはできない。類い稀な美しさを誇る一方で、感覚の一部を閉じることで魔術に磨きを掛けるという手法が一族の遺伝形質に刻まれた結果、五感のうちの視覚を失っている。そのため、ふだんは魔術的な補助によって日常生活を支障なく過ごせるようにしている。姉であるディアドラ・バリュエレータ・イゼルマとそのメイドのカリーナをはじめ、エステラ自身のメイドのレジーナや幼い頃からイゼルマ家に仕えていたイスロー・セブナン、マイオ・ブリシサン・クライネルスらとは幼なじみの関係にある。

アトラム・ガリアスタ

双貌塔イゼルマに襲撃を仕掛けてきた男性。中東の魔術師で、石油の採掘権すら有する豊富な財力を背景に、表社会での権力だけでなく時計塔内でも指折りの力を誇る。一方の魔術師としての実力は古い家系の血筋ながら、扱っている魔術が半ば呪術の領域に踏み込んでいる関係上、呪術を下に見る時計塔の風潮から見くびられている。しかし、その魔術によって近隣の組織を従わせるなど確かな実績を有しており、敵対した場合は周囲からの評価以上に、相当に厄介な相手との評判を得ている。特に過去に歴史ごと買い上げた一族から手に入れた「原始電池」の魔術は、ガリアスタの一族に電力に魔力を載せる術を与え、天候操作をはじめとしたさまざまな技術をもたらし、現在の繁栄へとつながった。以前に参加したオークションで目的の呪物をバイロン・バリュエレータ・イゼルマとの競り合いに負ける形で逃しており、その略奪を目的に襲撃を仕掛けた。自分の財力と才能に驕(おご)りを抱く、高慢な性格ながら、そうしたアトラム自身の特性を御して戦闘中の伏線とするなど、卓越した精神性を有する。だが、魔術の使い方や工夫の方向性は実用性に傾いており、スヴィン・グラシュエートからは魔術使いのようだという誹(そし)りを受けている。双貌塔イゼルマでの騒動のあとは、日本で開かれる極東の儀式「第五次聖杯戦争」に参加する予定がある。ロード・エルメロイⅡ世が参加を渇望する儀式だが、それを阻むように、時計塔が設けていた参加枠を手にした張本人であった。呪物を手に入れようとするのも聖杯戦争で他者より優位に立つためだったが、その目論見は失敗し、その後は代案に切り替えている。

ケイネス・エルメロイ・アーチボルト

エルメロイ家の先代の君主、すなわち先代の「ロード・エルメロイ」だった男性。時計塔にある十二学科の一つ、鉱石科(キシュア)の君主を務めていたが、10年前に極東の日本で行われた「第四次聖杯戦争」という魔術儀式に参加して敗退し故人となった。10代にして「典位(プライド)」の階位に叙されて神童の名を欲しいままにすると、20代には事実上の最高位とされる「色位(ブランド)」に登り詰めた。エルメロイ家を代表する魔術礼装「月霊髄液」の製作を始め、数々の輝かしい功績を挙げた人物で、降霊科の君主の娘を婚約者にもしていた。現在でも時計塔の魔術師のあいだでその勇名が囁(ささや)かれているが、婚約者と共に聖杯戦争によって帰らぬ人となると、その後の混乱も含めてエルメロイ家が没落する原因を作ることとなり、その影響は現在も彼の家に影を落としている。現在のエルメロイ家の君主代行であるロード・エルメロイⅡ世は、時計塔の学生時代に彼の授業を受けていた。また、彼も参加することになった「第四次聖杯戦争」で英霊、イスカンダルを呼び出すのに使用した聖遺物は、元はケイネス・エルメロイ・アーチボルトが使用しようと購入していたもので、手違いでエルメロイⅡ世(当時はウェイバー・ベルベット)のもとに渡った経緯がある。ほかに、エルメロイ家の後継者であるライネス・エルメロイ・アーチゾルテは、現在でこそケイネスの義妹という立場になっているが、姓の違いからも察することのできるように実際の血縁関係は姪にあたる。

イヴェット・L・レーマン

魔眼の大家、レーマン家の令嬢。鉱石科(キシュア)に所属する魔術師の少女だが、兼ねてからの申請が受理されエルメロイ教室に通うことになる。非常にカラフルな衣服に星形の眼帯を右目に付け、非常にハイテンションな口調でバイタリティあふれている。ロード・エルメロイⅡ世との初対面の際には、挨拶と共に時計塔の中立派閥であるメルアステア家のスパイであることを公言していた。別の機会ではハニートラップまがいに愛人志望との宣言も行っており、徹頭徹尾しゃべっていることのどこまでが本音でどこまでがウソなのかわからない、食えない人物である。眼帯に隠された右の眼窩(がんか)には生身の眼球がなく、代わりに宝石を加工した魔眼が埋め込めるようになっている。彼女が使える魔眼の数は八つあり、そのために脳や肉体を弄(いじ)った回数は7倍以上となる。常人ならば精神を損なっていてもおかしくないが、現在でも安定した人格を保っているのはイヴェット・L・レーマン自身に間違いなく才能があるためである。失われた聖遺物の手がかりを求め、魔眼オークションに参加したエルメロイⅡ世らと魔眼蒐集列車で同乗することになる。レーマン家は魔眼の大家というだけあって魔眼オークションにも複数回参加した過去があり、今回のオークションにも常連として参加していた。

カウレス・フォルヴェッジ

魔眼蒐集列車の事件が起こる前の月に新たにエルメロイ教室へと加わった男子生徒。天才の姉が一族の後継者であることを放棄したため、次期後継者として祭り上げられ時計塔を訪れることになったという経緯がある。姉とは違い凡才であるカウレス・フォルヴェッジ本人は、フォルヴェッジ家が本来得意とする低級霊の召喚などの魔術に適性が薄かったのだが、訓練を見たロード・エルメロイⅡ世によって「原始電池」との相性のよさを見出され、才能を開花させる。しかし、その後も自らのことを姉のスペアと言い切り、カウレス自身には魔術師になれる才能はなかったと現在でも諦観している。その一方で魔術の深奥に至ろうとする好奇心は人一倍以上にあり、「原始電池」に仕組まれていたフラット・エスカルドスの術式によって、エルメロイⅡ世が話していた魔眼蒐集列車での魔眼オークションの話を偶然盗み聞きすると、自分も同行させてくれるようエルメロイⅡ世を説得している。この経緯と思いの丈を告げた際には、共にいたグレイがその様子に「意外と魔術師らしい」という所感を持っている。

オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィア

時計塔の十二学科の一つ、天体科(アニムスフィア)の君主を務めるマリスビリーの娘。11歳前後の幼い少女。魔眼の中でも最高位に位置づけられる「虹の魔眼」が魔眼オークションに出品されるという情報を手に入れ、従者であるトリシャ・フェローズと共に魔眼蒐集列車に乗車する。魔術師の名家に相応(ふさわ)しい気位と気品の高さを持ち合わせているが、同時に幼さや境遇に起因するもろさを有する不安定な性格をしている。

クラウン

ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに付き従う従僕の男性。「道化(クラウン)」という名前からはほど遠い、モヒカン頭の色黒な巨漢だが、ルヴィアに付き従う姿勢は非常に礼儀正しく忠義に厚い。剝離城アドラを訪れた際には人数の制限から、複数人の従僕の中から第二従僕であるクラウンがルヴィアの近侍を任された。護衛としての戦闘力や魔術師としての才能は明らかにされていないが、ルヴィアが剝離城アドラの制圧に失敗してカウンターをもらった際に一瞬で効果を見抜いたり、その際、魔術刻印にのみ反応してその持ち主にダメージを与える衝撃によって地面に伏せていたことから、クラウンも魔術刻印を刻んでいることがうかがえる。また、護衛として室内で控えていた際には扉の向こうに来客がやって来た際、拳を構えて撃ち抜こうとしていた。

カリーナ

双貌塔イゼルマで黄金姫のディアドラ・バリュエレータ・イゼルマに仕えるメイドの女性。色黒な肌を持つ。同様に白銀姫のエステラ・バリュエレータ・イゼルマに仕えるメイドのレジーナの双子の姉。カリーナとレジーナの双子はイゼルマ家の分家の出身で、黄金姫と白銀姫という魔術的な意味を持たされた対称の双子に対応するため、あらかじめ双子が生まれやすくなる措置が施されるなどして用意された存在である。また、二人のあいだには言葉を用いずとも意志や感情を伝える能力があり、距離が離れていてもある程度の意思疎通を可能とする。ほかに、同じく黄金姫と白銀姫という概念を完成させるため、幼い頃から奉仕していたイスロー・セブナンやマイオ・ブリシサン・クライネルスらとは幼なじみの関係にあった。特にマイオがディアドラに対して思いを寄せていることは彼らのあいだで周知の事実となっていたが、そんなマイオにカリーナは思いを寄せている。

レジーナ

双貌塔イゼルマ。白銀姫のエステラ・バリュエレータ・イゼルマに仕えるメイドの女性。つねにエステラに付き従いながら背後に控えている。同様に黄金姫のディアドラ・バリュエレータ・イゼルマに仕えるメイドのカリーナの双子の妹。レジーナとカリーナの双子はイゼルマ家の分家の出身で、黄金姫と白銀姫という魔術的な意味を持たされた対称の双子に対応するため、あらかじめ双子が生まれやすくなる措置が施されるなどして用意された存在である。また、双子である二人のあいだには言葉を用いずとも意志や感情を伝える能力があり、距離が離れていてもある程度の意思疎通を可能とする。ほかに、同じく黄金姫と白銀姫という概念を完成させるため、幼い頃から奉仕していたイスロー・セブナンやマイオ・ブリシサン・クライネルスらとは幼なじみの関係にあり、特にマイオがディアドラに思いを寄せていることは、幼なじみたちのあいだでは周知の事実だった。

トリシャ・フェローズ

オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアの従者兼家庭教師を務める女性。未来視の魔眼の持ち主で、魔眼の格付けとして最高位である「虹の魔眼」に匹敵する品物が出品されるという、未来視をもとにオルガマリーと魔眼蒐集列車のオークションに参加する。「お馬鹿なマリー。しゃんとなさい」という言葉を投げかけるほどにオルガマリーには厳しい家庭教師として接していた一方で、彼女に対しては深い愛情も抱いており、今回のオークションに参加したのも、彼女に「虹の魔眼を手に入れた」という箔(はく)をつける目的からである。

ジャンマリオ・スピネッラ

魔眼蒐集列車に招待客として乗車した男性。魔術師でありながら表社会のTVタレントとしても活動している、異色な経歴の持ち主。イギリスで広い知名度を誇る「ジャンマリオ・スピネッラのゾンビクッキング」という冠番組を持っている。番組内容は特撮のゾンビを二挺拳銃で倒しながら料理をするというもので、得意技はゾンビの頭をかち割ったフライパンで3ポンドのステーキを焼く「ジャンマリオ・バスター」。イギリス国内ではそれなりに有名人なのだが、ロード・エルメロイⅡ世たちはテレビ番組をあまり見ないため、カウレス・フォルヴェッジ以外には知られていなかった。魔眼オークションには買い手側として参加している。実は第7巻での登場以前に第3巻でエルメロイⅡ世がザッピングしていたテレビに番組が一瞬だけ映っており、そこでジャンマリオ・スピネッラの姿が確認できる。

カラボー・フランプトン

魔眼蒐集列車の乗客の男性。聖堂教会の神父を務めている。色黒の肌で、白頭白髭を蓄えている。カラボー・フランプトン自身の持つ「泡影の魔眼」を手放すため、魔眼オークションに参加している。魔眼の能力は「過去に認識したものを浮かび上がらせる」という強力な代物で、その力は過去の英霊であるサーヴァントと一時的にしろ斬り結ぶことを可能とするほどの価値を誇る。そのため、魔眼のランクとしては「宝石の魔眼」と鑑定されていた。魔眼を使用して聖堂教会の代行者として長年活動してきた腕利きではあるが、一方で強力な魔眼の能力に翻弄された結果、代償としてカラボー自身の記憶を他人のそれで塗りつぶされるという過酷な日々をたどってきた。

ロダン

魔眼蒐集列車の乗組員の男性。車掌にして機関士を務めている。霊脈の上という道ならざる道を走る魔眼蒐集列車を、正しく走らせるのに必要な技能を持つ。レアンドラと共に魔眼オークションに参加した乗客からの要望の受付をはじめ、乗り降りにおけるタイムキーパーなどさまざまな接客業務を行っている。

レアンドラ

魔眼蒐集列車の乗組員の女性。複数のベルトのような帯で形作られるマスクで目元を完全に覆い隠しており、異様な外見をしている。車掌であるロダンと共に魔眼オークションを運営するオークショナーで、支配人代行に代わってオークション参加者や移植・摘出を望む乗客への対応を行っている。

集団・組織

魔術協会 (まじゅつきょうかい)

神代から残った魔術師たちによって作られた組織。古くは複数の魔術協会が都市を形作って存続していたものの、時代の移り変わりと共にロンドンにある時計塔に集約されていき、魔術協会イコール時計塔という認識が大多数を占めるようになった。そのため、呼称の上でも魔術協会、あるいは協会という略称そのものが「時計塔」を指し示すことがほとんどの場合を占める。特別な例外として、初期に魔術に対するスタンスの違いから別の道を歩んだ「アトラス院」と「彷徨海」という集団があり、現存する彼らもまた時計塔とは別の魔術協会であるというとらえ方をする場合がある。

教会 (きょうかい)

「普遍的」という意味を持つ一大宗教を指す言葉。本作では特にその裏側に存在する「異端狩り」を目的とする集団のことを「教会」、あるいは「聖堂教会」と称する。規模として魔術協会を凌駕(りょうが)する数少ない組織であり、神秘の扱いに対するスタンスの違いから両者は対立関係にある。現場においては争うこともしばしばであるため、魔術師によっては口にするのも嫌がられる存在でもある。剝離城アドラでロード・エルメロイⅡ世らが出会ったハイネ・イスタリは元教会の人間だが、妹のロザリンド・イスタリが魔術刻印への異常適応を示したため、時計塔に鞍替えした過去がある。将来有望だった彼の決断は双方の組織の関係をさらに険悪なものとした。

イゼルマ家 (いぜるまけ)

創造科(バリュエ)に属する家の一つ。時計塔の三大貴族、バリュエレータの分家で、「最も美しいヒト」を作ることで根源の渦へ至ろうと腐心している。成果物として今代の黄金姫と白銀姫という一つの到達点をお披露目する催しが恒例化しており、新しい代の彼女らが出来上がったと判断されるたびに、それは執り行われてきた。その魔術は、太陽と月をはじめとした天体の運行を人体に取り入れる試みに端を発しており、ふだんの寝食をはじめとしたあらゆる生活に天体の要素が取り入れられている。中でも「双貌塔イゼルマ」と称される居城はそれ自体が巨大な日時計と月時計となった建築物であり、イゼルマ家の魔術と密接にかかわっている。黄金姫と白銀姫という概念も太陽と月に対応した存在であり、彼女らのために仕える従者ですら双子が生まれやすくなるような措置が施されるなど、行いは徹底されている。本来であれば陰陽の対応から男女の組み合わせとなるべきだが、魔術そのものが陰の要素を孕(はら)むためあらかじめバランスが取られた結果、現在の形に落ち着いている。

現代魔術科 (のーりっじ)

時計塔に存在する十二学科の一つ。ロード・エルメロイⅡ世が学部長を務めており、エルメロイ家の管轄となっている。十二学科の中では最も歴史が浅く、現代魔術というカテゴリー自体も新参者として格下扱いを受けている。そのため創設以来十二家から敬遠される傾向にあり、第四次聖杯戦争によって君主を失ったエルメロイ家が手を上げエルメロイⅡ世が着任するまでは、十二学科の中で唯一君主が学部長を務めていなかった。現在はエルメロイⅡ世が手腕を発揮し始めたことで、彼によって才能を開花されたエルメロイ教室を中心とした生徒やOBの活躍により、以前と比べて一目を置かれている。特にフラット・エスカルドスのような、才能がありながらはみ出し者として扱われていた魔術師を筆頭とした新時代の魔術師からは多大なる期待を掛けられている節がある。このように時計塔内での地位が改善している一方で、依然として歴史が浅く新時代の技術やオカルト知識を取り込むことに無節操な姿勢は、古参の魔術師から白眼視される原因となり続けており、揶揄される場面も少なくない。

エルメロイ教室 (えるめろいきょうしつ)

現代魔術科の中でもロード・エルメロイⅡ世が抱える少人数のゼミ。彼を中心に数人の講師によって授業が行われている。また厳密にいうと異なるが、現在の規模にまで現代魔術科が膨れあがる以前は、学科自体がイコールエルメロイ教室であったため、現在でも現代魔術科自体を「エルメロイ教室」と呼ぶ風潮もある。人数にして15名ほどが正式な生徒だが、聴講者を含めると倍以上の人数が授業自体には参加している。

貴族主義派閥 (きぞくしゅぎはばつ)

時計塔を三つに分かつ政治派閥の一つ。バルトメロイ家が代表的な存在となっている。選ばれた者のみが魔術を極めるべきであるという、貴族による選民思想をよしとする派閥で、逆により多くの人々に魔術の門戸を開くべきだと主張するトランベリオ家らの民主主義派閥とは真っ向から対立している。貴族主義派閥には時計塔の12家から法政科を率いるバルトメロイ家のほかに動物科のガイウスリンク家、植物科のアーシェロット家、降霊科のユリフィス家、天体科のアニムスフィア家、そして現代魔術科のエルメロイ家ら6家が加わっている。

民主主義派閥 (みんしゅしゅぎはばつ)

時計塔を三つに分かつ政治派閥の一つ。トランベリオ家が代表的な存在となっている。魔術は今以上により多くの人々にその門戸を開くべきであるという考えの派閥で、逆に選ばれた者たちのみによる魔術の研究を主張する貴族主義派閥とは真っ向から対立している。時計塔を支えてきた12家からは、派閥の名称でもある全体基礎科を率いるトランベリオ家と、創造科を率いるバリュエレータ家の2家のみとなっている。12家の数で見ると少ないが、その考えのために金融や報道をはじめとした各方面とのつながりは広く、単純な多寡では計れない実力を持っている。12家ではないがルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトのエーデルフェルト家も民主主義派閥に名を連ねる家の一つである。

中立派閥 (ちゅうりつはばつ)

時計塔を三つに分かつ政治派閥の一つ。メルアステア家が代表的な存在となっている。選ばれた者のみが魔術を極めるべきという貴族主義派閥と、より多くの人々に魔術の門戸は開かれるべきだという民主主義派閥。この両者の争いから離れ、自分たちの研究を第一としているのが中立派閥である。時計塔を支えてきた12家からは、派閥の名称にもなっている考古学科のメルアステア家のほか、呪詛科のジグマリエ家、伝承科のブリシサン家などがこの派閥に含まれる。

場所

時計塔 (とけいとう)

ロンドンの郊外に位置する魔術世界の中心たる巨大学園都市、あるいは三大魔術協会のうちの一画そのもの。ほかの魔術協会である「彷徨海」「アトラス院」が神代の終わりと共に引きこもっているため、表だって活動している唯一の派閥として、「魔術協会」自体を表しているかのごとく「時計塔」の名が使われている。そのため、協会という略称もまた時計塔を指し示すことがある。時計塔には「全体基礎(ミスティール)」「個体基礎(ソロネア)」「降霊(ユリフィス)」「鉱石(キシュア)」「動物(キメラ)」「伝承(ブリシサン)」「植物(ユミナ)」「天体(アニムスフィア)」「創造(バリュエ)」「呪詛(ジグマリエ)」「考古学(アステア)」「現代魔術(ノーリッジ)」という十二学科が存在しており、ロード・エルメロイⅡ世はそのうちの「現代魔術科」を治めている。また十二学科とは別に時計塔における法律と政治を、学ぶのではなく司る科として「法政科」(正式には法制局)が存在する。ほかに、これらの学科とは異なる存在として最古の教室とされる「秘儀祭示局・天文台カリオン」がある。こちらは真に残すべき才能を有する魔術師を発見しては彼らを「封印指定」とし、後世へと残すことを任務としている。教室は全学科が所有する個別のものを合計すると70に及び、それ以外に共同運営する大教室が五つ存在する。教室とは称するものの魔術師にとっては己の牙城に等しく、「70と5の城」ともたとえられる。名前のもとともなっている国会議事堂(ビックベン)に似た「時計塔」はロンドン郊外にあり、人避けの結界が張り巡らされたこの土地を第一学科である「全体基礎」が治めている。そのほかの各学科はスラーをはじめとする衛星都市として改造された、ロンドン周辺の街に居を置いている。

剝離城アドラ (はくりじょうあどら)

魔術刻印の「修復師」として名高かったゲリュオン・アッシュボーンの残した遺産を求めて、ロード・エルメロイⅡ世とグレイが訪れた城。天使と人間の子として第一エノク書に語られる1300メートル強の巨人ネフィリムにもたとえられる壮麗で巨大な建造物。庭は英国式に整えられており、城内はあまねく天使の装飾が施されていた。部屋はゲリュオン・アッシュボーンの遺産のヒントともいえる「シェムハムフォラエ」に対応した天使名に分けられており、扇状に配されていた。魔術師の工房として機能しているためか、グレイが立ち入った際にはその異様な圧力ゆえに幻覚と過呼吸に陥っている。また室内は歩く度に、その足音が遠くまで響くような反響しやすい構造をしている。

双貌塔イゼルマ (そうぼうとういぜるま)

民主主義派閥の魔術師であるバイロン・バリュエレータ・イゼルマが管理する塔。イングランド有数のリゾート地であるウィンダミアの校外に位置する。互いの方向へと互い違いに傾斜する、巨大な二つの三角錐の形をしており、離れてみると日時計と月時計の機能を果たしている。この二つの塔には東の塔を「陽の塔」、西の塔を「月の塔」という名前が付けられており、太陽と月の惑星運行を魔術理論に取り入れていたイゼルマの家系にとって重要な役割を果たしている。この二つの塔を指して「双貌塔」といい、そこに管理する家の名を加えて「双貌塔イゼルマ」と呼ばれている。

魔眼蒐集列車 (れーるつぇっぺりん)

ヨーロッパ各地の森を回って魔眼を蒐集する伝説の列車。年に一度、これぞという魔眼をお披露目するのをかねてオークションを開く。元は北欧方面にのみ運行していたが、過去に蒼崎橙子によってオークションを台無しにされた経緯から、以後はヨーロッパ各地を回るようになった。本人に根ざしているがため、通常であれば移植どころか摘出も困難な魔眼の手術を完璧にこなす。そのため、魔術師たちの中では特別な価値を持つ存在であるが、同時に冠位の魔術師でもなければ手に負えない場所でもある。その招待状からして見たことのある人物は少ないとされ、縁遠い魔術師からはほとんど伝説上の存在と同じく語られている。ロード・エルメロイⅡ世にとって命よりも大切な物が盗まれた際、その代わりに魔眼蒐集列車の招待状が置かれていたため、弟子のグレイと生徒のカウレス・フォルヴェッジと共に訪れることとなる。

その他キーワード

第四次聖杯戦争 (だいよじせいはいせんそう)

10年前にロード・エルメロイⅡ世(当時はウェイバー・ベルベット)が参加した聖杯戦争という儀式。日本で執り行われたそれは、万能の願望機とされる「聖杯」を手に入れるために七人の魔術師が、それぞれに英霊を召喚し相争う儀式だったとされる。都合4度目の儀式に参加したエルメロイⅡ世は、召喚した英霊、イスカンダルと共に戦い抜き、勝者となることは叶わなかったものの数少ない生存者となる。この儀式にはエルメロイⅡ世のほかに先代の君主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトも参加していたが、無惨な敗北から死を迎えている。これが原因となり、ウェイバーは、エルメロイ家の後継者に選ばれたライネス・エルメロイ・アーチゾルテによって誘拐され、破損した魔術刻印の修復をはじめとするさまざまな無理難題を押しつけられた挙げ句、彼女の家庭教師役とエルメロイⅡ世という名を押しつけられることとなる。また、この儀式での経験がエルメロイⅡ世にもたらした経験は非常に大きく、特にイスカンダルが与えた影響は、その後の彼の人生の指針となるほど彼の根幹に根付くこととなった。

蝶魔術 (ぱぴりおまぎあ)

オルロック・シザームンドの使用する魔術。芋虫から蛹(さなぎ)へ、蛹から蝶へとまったく別の生物へと変化していく蝶の生態が持つ神秘性に目を付けた魔術で、オルロック曰(いわ)く「確かなものと確かならざるもののあわいをあやつる」ことを神髄とし、変化という概念に干渉して見せるのが、この「蝶魔術」である。簡単なところでは構築した無数の蝶によってウィスキーのボトルを持ち上げるといった芸当を可能とするが、極まってくると自分の血液と精液から作り出したホムンクルスに記憶と魔術刻印を転写してみせるほどの神秘を実現し、果てには改造の末に怪物の姿になり果てた人物を人の姿に戻してしまうほどの特性を持つ。また、「あわい」をあやつる特性から実体を持たない「霊」に干渉することも得意とする。

月霊髄液 (ゔぉーるめんはいどらぐらむ)

エルメロイ家の至上礼装。至上礼装とは君主を輩出するような名家や、それに類する家系を象徴するとされる礼装を指す。月霊髄液は先代の君主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが制作したものであり、彼の突出した才能の片鱗がそこからもうかがえる。物としては自由自在に動かすことのできる水銀の塊であり、その変幻自在さをもって持ち主を守り攻撃にも転用できるという代物だった。後継者でありながら幼かったライネス・エルメロイ・アーチゾルテが継承した際に、ロード・エルメロイⅡ世の助言によって新たに人工知性を付与されている。その結果、ふだんはメイド姿でライネスに付き添っており「トリムマウ」という名で呼ばれている。非常に優秀な礼装である一方、人工知性を成長させる過程でコミュニケーションを取った結果、フラット・エスカルドスらに悪い影響を受けてスラングをはじめとしたよけいな知恵なども詰め込まれている。そのため、持ち主であるライネスの予期せぬ動作を取ることもしばしば見受けられる。

サーヴァント

『Fate/stay night』に登場する用語。聖杯戦争において魔術師に使い魔として召喚される存在。何らかの偉業を成して伝説や神話となったさまざまな英雄が現れるが、いずれも“聖杯”に託したい願いがあり、マスターに従い聖杯戦争の勝利をめざす。サーヴァントは召喚時に“セイバー”、“アーチャー”などの7つのクラスのいずれかが選ばれ、そのクラスに応じた能力を発揮できるが、力の上限はマスターの魔力に左右される。 また、サーヴァントは英雄とした本名“真名”を持つが、真名を敵に知られると逸話から弱点を察知される危険があるため、聖杯戦争中はクラス名を名乗っている。

聖杯戦争 (せいはいせんそう)

『Fate/stay night』に登場する用語。勝者には60年に1度のサイクルで冬木市のどこかに降臨し、手に入れた者のあらゆる願いを叶えるという“聖杯”が与えられる。サーヴァントを召喚してマスターとなった7組の魔術師だけが聖杯戦争へ参戦する権利を得る。マスターかサーヴァントのいずれかが倒されるか、“令呪”を失いマスターとしての権利を剥奪されることで脱落し、最後に残った1組のみ聖杯の権利が与えられる。

法政科 (ほうせいか)

時計塔の法律と政治を司る科。生徒たちに法律や政治を教えることを第一義とするのではなく、「根源の渦」にせまるためにありとあらゆる手段を尽くすという魔術師の本能すらも無視して、時計塔の運営と管理を主目的に活動する。そのため、古くは十二学科の一つとして扱われていたが、のちにその在り方を疑問視され学科ではなく局となった。しかし、局となった以後も慣習的に「法政科」という名称で呼ばれており、正式名称である「第一原則執行局」という名称が呼ばれることはあまりない。また、この場合の第一原則とは時計塔の定める第一原則「神秘は秘匿すべき」のことを指す。時計塔の君主のうち、貴族主義派閥のバルトメロイの管轄となっている。魔術師からは手段と目的を取り違えた脱落者などと批難されることもあるが、組織の性質上、時計塔内の政治的ヒエラルキーとはある種別枠の独自権力を有しており、遺言状の管理や遺産相続の仕切りなど正当な理由があるのであれば君主であってもおいそれとは口出しできない。

魔術刻印 (まじゅつこくいん)

魔術師の家系が代々伝えてきた固定化された神秘。時代を経るごとに薄れていく神秘を固定化し、留めるため体に設けられる新しい臓器ともいえる代物で、そこには家系が代々研究して積み重ねてきた魔術が刻み込まれている。魔術師の一族にとっては一子相伝のまさに家宝ともいうべき品であり、古い家系であればあるほど強力な神秘を遥(はる)かな過去から積み重ねてきている。現代の魔術師たちの権力闘争において古い家系が幅をきかせているのはこの魔術刻印と、同様に受け継がれてきた魔術回路の存在が大きい。また新しい臓器というのは比喩でもなんでもなく、体に新しい機能を新たに埋め込むに近しい所行である。そのため、代々の血族以外に魔術刻印が適合する確率は極めて低く、一般的にその家系以外の人間に移植することはほぼ考えられない。一方で同じ血脈に連なる人物であれば魔術刻印の一部を株分けすることは可能であり、それによって分家や同門に魔術刻印を与えることは珍しくない。移植された魔術刻印は、臓器として無意識に稼働し続ける機能が設けられている場合も多く、ある程度の歴史を持つ家系の魔術刻印であれば持ち主を強引に生かそうとする。その場合、魔術刻印が働いている魔術師は骨すら炭化してしまう炎に全身が包まれていても、意識を失うことなく身動きすることが可能なほど強い力を発揮する。そのように貴重である一方で、不慮の事故や魔術師間の争いなどによって魔術刻印を損なう事態に陥った家系は少なくなく、修復する技能を持つ者はそれだけで特別な立場を有することになる。特に「剝離城アドラ」の持ち主であったゲリュオン・アッシュボーンは修復師とも称される魔術刻印のスペシャリストで、魔術刻印に問題を抱えた魔術師が数多く訪ねていたという。現在はライネス・エルメロイ・アーチゾルテが保有する、エルメロイ家の源流にあたる魔術刻印もまた「第四次聖杯戦争」において致命的な損傷を受けており、その修復手段を探し出すことが目下、ロード・エルメロイⅡ世に課された債務の一つとなっている。

魔術礼装 (まじゅつれいそう)

魔術師が儀式や魔術を行使する時に使用する装備や道具。おとぎ話に出てくる「魔法使いの杖(つえ)」のようなもので、単に「礼装」とも呼ばれる。「杖」に限らずさまざまなものが存在する。代表的なのは時計塔の君主を輩出する名家が持つとされる至上礼装で、エルメロイ家が所有する月霊髄液は水銀で形作られた自律稼働するメイドとなっている。ほかに、黄金姫のディアドラ・バリュエレータ・イゼルマと、白銀姫のエステラ・バリュエレータ・イゼルマが着用していたドレスも魔術礼装の一種で、それらを織り上げたイスロー・セブナンは「魔術礼装の織り手」と紹介されていた。

封印指定 (ふういんしてい)

魔術師に与えられる最大級の栄誉であり厄災。時計塔に存在する最古の教室「秘儀祭示局・天文台カリオン」によってのみ発令されるもので、研鑽や研究によって再現や後継のできない「一代限り」の魔術を体得した魔術師が対象となる。魔術師にとっては自身の研究や魔術に対する最大の評価である一方、封印指定の名が示すとおり、この指定は稀少な魔術を保存して後世への語り継ぐことを目的としており、執行者に捕まったが最後、研究も許されることなく時計塔のどこかに「封印」されることとなるため最大の厄介ごと受け取られている。過去には冠位の魔術師である蒼崎橙子らが封印指定を受けているが、封印指定の名誉を賜った多くの魔術師は時計塔を離れて身を隠すなり、自らの領地に立てこもって自らの研究を手放すことなく続けているという。ひとたびくだされた封印指定は絶対のものと考えられており、それが覆ることはあり得ない。しかし、蒼崎橙子をはじめとする封印指定の魔術師は、数年前に起こった「秘儀祭示局・天文台カリオン」での未曽有の事件をきっかけに時計塔に激震が走った影響から、例外的に封印指定を解除されている。

階位 (かいい)

時計塔から認められた魔術師に与えられる位階であり、魔術師として成し遂げた功績に応じた地位や序列。最高位から順に「冠位(グランド)」「色位(ブランド)」「典位(プライド)」「祭位(フェス)」「開位(コーズ)」「長子(カウント)」「末子(フレーム)」と続くが、事実上の最高位は「色位」であり、「冠位」の階位が与えられる魔術師は蒼崎橙子のようなごく一握りの異才に限られる。また、「祭位」も与えられるには特殊な条件が必要な階位であり、魔術師の能力とは別に特異とみられる才能や技能、実績に対して与えられる名誉職としての意味合いを持つ。そのため、「祭位」よりも高位である「色位」を超える実力を持ちながら「祭位」の位を与えられる魔術師も見られる。逆にロード・エルメロイⅡ世のように実力は伴わないものの、数多くの才能ある生徒を導いたという実績を評価され、この階位を与えられるケースもある。ほかにあまり取り沙汰されない事柄として、家柄に与えられる階位というものがある。大半の魔術師は家柄と同格の魔術師へと成長したり実績を上げるため問題視されることは少ない。しかし、衰退した家柄などでは己と家柄の階位がかけ離れるものもまれにあり、その場合の多くは悲劇につながる。そうした事柄を避けるため、他家から魔術師を養子として取ることがある。

君主 (ろーど)

時計塔における一部の魔術師に対する尊称。そのまま「ロード」と表記する場合もある。大別して大小二つの意味があり、大きな方の意味では時計塔が定めた君主階級の12家の当主に与えられる尊称となる。対して小さい方の意味では、時計塔内の派閥を実質的に三分する「三大貴族」の家系に連なるものや、その縁者を指して「貴族(ロード)」と呼ぶ。君主制度が始まるより以前の半ば慣例的なものだが、古いものに敬意を払うという魔術師の性質上、権力闘争などに利用されることが多い。古くは「ロード・エルメロイ」の「ロード」も小さい方の意味を含んでいたが、現在では過去の話となっている。

エルメロイ家 (えるめろいけ)

時計塔で君主を輩出してきた12の家の一つ。元は「貴族(ロード)」にも連なった名家。貴族主義派閥に属し十二学科の一つである鉱石科(キシュア)の君主として永らく君臨していた。特に先代のケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、若年にして天才の名を欲しいままにした才能の持ち主であり、その勇名は現在の時計塔内に未だ鳴り響いている。しかし、ケイネスが極東の日本で行われた魔術儀式「第四次聖杯戦争」に参加し、共に参加した婚約者ごと無惨な死を遂げると、エルメロイ家は急激な没落の道をたどることとなる。鉱石科の君主としての座も失い落ちぶれた家に残されたのは、2割強を残して致命的に破損した魔術刻印とハリウッド映画の制作費にも例えられる多額の負債のみ。それらを魔術刻印に対する適応が最も高いという理由から次期君主として据えられた幼い少女、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテが背負うこととなった。しかしながら、生まれ持っての悪辣さを発揮した彼女はケイネスと同じ「第四次聖杯戦争」参加しながら生き延び、現代魔術科の講師として頭角を現していたロード・エルメロイⅡ世(当時はウェイバー・ベルベット)を拉致も同然の形で自分の前に連れ出す。そして彼が持っていたケイネスに対する罪悪感を利用する形で「負債の返済」と「魔術刻印の修復」、そして自らが君主としての適齢期を迎えるまでの「家庭教師役」と「君主の代行」を契約させた。それ以後、彼はエルメロイ家の末席に据えられライネスの義兄としてエルメロイⅡ世の名を冠することとなる。現在は彼が教室を持っていた現代魔術科の君主として活動しており、エルメロイ家は十二学科の君主という立場を辛うじて守ることに成功している。しかし、君主代行として活動するエルメロイⅡ世には政治や暗闘の才能が欠けているため、エルメロイ家としての実質的な政治活動や調整、暗闘の大部分はライネスが担っている部分も多い。

エーデルフェルト家 (えーでるふぇるとけ)

フィンランドの名家。魔術師の家系としては文芸復興期(ルネサンス)に成り上がった歴史を持ち、時計塔の派閥としては民主主義派閥に属する。世界各地の争いに介入しては魔術の至宝を我が物としてかすめ取っていく姿勢を揶揄されて「地上で最も優美なハイエナ」とも評され、古参の家系からは歴史の浅さと、その強欲さをなじられている。代々の当主には天秤と呼ばれる二人の当主が就く。現在の当主は既に半ば引退を決め込んでおり、代わりに娘であるルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが陣頭に立って活動している。一方、もう一人の当主と目されるルヴィアゼリッタの妹は、そのおとなしい性質から故郷で静かにしているという。一族としての魔術は宝石魔術。ロード・エルメロイⅡ世の推測によれば、自らの血や魔力で染色した宝石を媒介に発動する特殊なルーンであり、元は北欧圏の魔術に根ざすとされる。ルーン魔術は魔術基盤としては衰退した系統だが、エーデルフェルトはそこに宝石を介入させたことによって、現在にも通用する魔術を運用している。エルメロイⅡ世はこれらを看破した上で、この魔術の本質はある種の貴族のように宝石の価値を誇るのではなく、流通に価値を置くと見立てている。

聖杯戦争 (せいはいせんそう)

通常は聖杯を巡っての争い全般を指す言葉だが、本作では特に魔術師たちが英霊と呼ばれる、人類史に刻まれた過去の英雄を呼び出して戦わせる、極東の日本で行われる儀式を指す。万能の願望機とされる「聖杯」を求めて争われるもので、10年前にロード・エルメロイⅡ世(当時はウェイバー・ベルベット)が参加した「第四次聖杯戦争」は、七人の魔術師によって争われた。聖杯戦争の取り決めは基本的に時計塔や教会によって行われる。参加者は時計塔から派遣された魔術師をはじめ、在野の魔術師から教会の人間に一般人と、さまざまな人間が参加する。その戦いは時計塔の君主を務める魔術師ですら生きて帰ることが叶わないほどに過酷で、特に「第四次聖杯戦争」でエルメロイ家の君主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが失われたことは、時計塔に大きな衝撃をもたらした。一般に強い英霊を呼び出すほど有利と考えられており、参加者は狙った英霊を召喚するための呪物を求める傾向にある。近々行われるとされる「第五次聖杯戦争」に魔術協会枠として参加するアトラム・ガリアスタもまたその一人で、彼はイゼルマ家が所有するとある呪物を求めて双貌塔イゼルマに襲撃を仕掛けた。

英霊 (えいれい)

人類史に刻まれた過去の英雄たち。魔術の概念としては「境界記録帯」と呼ぶ。その多くは死後「英霊の座」と呼ばれる、時間軸から外れた場所に招かれた英雄たちで、人類の守護者であるとされる。しかしながら「英霊の座」に刻まれた情報は膨大なものであり、通常の魔術儀式ではその力の一部を借りることすら難しい。極東の日本で行われた「聖杯戦争」で呼び出された英霊は聖杯の持つ莫大な魔力を背景に呼び出されているものの、生前の力からはほど遠い、力の一側面であるとされる。「聖杯戦争」で呼び出された英雄は人類の守護者としての立場ではなく、あくまで魔術師の使い魔であるため「サーヴァント」と呼ばれる。英霊を呼び出す召喚は、願うだけでは特定の英雄を指定することが難しいとされる。それを可能とするためにはその英雄に縁のある聖遺物など、強力な呪物が必要であると考えられている。実際にロード・エルメロイⅡ世が第四次聖杯戦争に参加して英霊、イスカンダルを呼んだ際には、彼が羽織っていたマントの一部を呪物として使用している。一般に実在した英雄のことを英霊というが、実際には架空の人物や人類の信仰が生み出した神話および伝説に由来する存在も英霊の座に刻まれている場合がある。また、「英霊の座」が時間軸から外れた場所に存在する影響から、過去の英霊のみならず未来の英霊を呼び出す例もごく稀にだが存在する。すべての英霊は「英雄の座」に存在する本体から呼び出された影に過ぎない。そのため、召喚された先で体験した出来事を記憶として英霊本体に引き継ぐことはほぼなく、「聖杯戦争」でどのような結末を迎えようとその影響が「英霊の座」の本体に影響することはまずないとされる。英霊とは別に神や女神、あるいは神にとして奉られた英霊の一側面や、神へと昇華された英霊のことを「神霊」と呼ぶ場合がある。

宝具 (ほうぐ)

英霊が持つ象徴的にして規格外な武装。「貴き幻想」とも呼ばれ、人間の幻想を骨子に作り上げた固体化された神秘であるとされる。英霊が過去に持ち得たとされる武器や武装、あるいは逸話などがそのほとんどで、その形状は英霊ごとに剣や槍、弓に戦車とさまざまなものが存在する。その多くは現代の魔術を軽く凌駕する力を有しており、かつてロード・エルメロイⅡ世が召喚した英霊、イスカンダルは自分の配下を呼び出すという破格の宝具を有していた。一般に英霊の持つものを指して使われる言葉だが現存する宝具も存在し、グレイの所有するアッドに封じられた「最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)」などがそれに当たる。

マスター

「聖杯戦争」で英霊を召喚した参加者に与えられる名称。英霊を「サーヴァント」として使役する立場を対称的に表した言葉で、魔術師に限らず英霊を呼び出した人物であれば人間でなくとも「マスター」と称される。「聖杯戦争」で英雄を呼び出した場合は令呪と呼ばれる3度限りの命令権が痣(あざ)のように刻まれる。その紋様は個々で異なるが、令呪を使用する度に1画ずつ失われていく。これは英霊が基本的に呼び出した者よりも強力な存在であるため、彼らを制御するストッパーとして用意されている。

令呪 (れいじゅ)

「聖杯戦争」に参加したマスターに与えられる英霊に対する命令権。「聖杯戦争」のルールでは3画の令呪が与えられる。マスター以上に強力な存在である彼らを「聖杯戦争」の最中だけでも制御するために用意されたストッパーであり、魔力の塊でもある。使用する度に1画ずつ消費されていくが、「令呪」を通しての命令は強い魔術的な拘束として英霊に働き、意に沿わない命令に従わせるどころか、自決させるといった理不尽な命令を聞かせるほどの強制力を発揮する。この力によって英霊を従えるだけの力を持ち得ないマスターが、彼らを使い魔として使役できる。そのため、令呪をすべて失うということは英霊の手綱を手放すことに等しく、多くの場合は英霊に反旗を翻されると考えられている。そのように重要である一方で譲渡や保存も可能であり、過去には「聖杯戦争」後も令呪を保存していた例がある。

四大元素 (よんだいげんそ)

地、水、火、風という四つの元素を表す属性をまとめた総称。錬金術における四大と根本を同じくしている。魔術師の生まれ持ったおおよその才能や向き、不向きを示すのに便利な分類法として永らく使用されてきた。通常であれば四つの元素のうちの一属性を示される場合がほとんどだが、中には二つの属性に適性を持った「二重属性」といった破格の才能を持つ人物や、「五大元素(アベレージワン)」と呼ばれる規格外の存在も確認されている。「四大元素」に代表される要素(エレメント)は19世紀から台頭してきた近代魔術の影響により、「天使」という概念との融合が果たされていき「力の器」としての新たな意味が付与されていった。この概念はオカルト思想にかぶれたシャルル・ボードレールやアルチュール・ランボー、ウイリアム・バトラー・イェイツといった詩人たちの影響もあって広く世に波及したため、多くの人に信じられているという安定性に目を付けた魔術師たちによって利用される潮流が生まれた。それによって曖昧な魔力に天使の名を与えて利用する方法論が発展的に生み出され、逆説的に天使を魔術に利用する魔術師たちを生み出すことへとつながっていった。

天使 (てんし)

主の恵みを人間に届けるための御使い。魔術的には四大元素を代表とする要素(エレメント)に付与された新たな概念と解釈されている。ギリシア神話の「勝利の女神ニケ」から影響を受けた「翼の生えた人」という天使像ではなく、主の御力をその身に受けて運ぶ車輪というような神話上の生き物が天使として再解釈されたパターンの天使像が主となっている。近現代の魔術師は、19世紀のオカルト思想の広まりによって世間一般に天使に対する新たな信仰が生まれ、新たな概念として安定してきたのを感じ取ると、天使としての「性能」に目を付けて利用し始めた。結果として曖昧な魔力に対して天使としての名を与え利用すると共に、同じ方法論から天使の名を利用し始める魔術師たちも誕生することとなる。ロード・エルメロイⅡ世は、そうした近現代のありかたを「ある意味で現代の魔術師とは天使を蒐集(しゅうしゅう)する職業だといってもいい」と表現している。

魔術師 (まじゅつし)

広義には魔術を研究し、それを扱う者。それらの研究を通して「根源の渦」と呼ばれる、あらゆる事象・現象があふれ出たとされる概念への到達を目的とすることを魔術師は目指す。しかし、手段であるはずの魔術を便利な道具と見なし、それを活用することを目的とする者たちも存在し、そちらは区別して「魔術使い」と呼ばれ、多くの魔術師に軽蔑されている。本来的な魔術師は世俗を疎(いと)い、代々の家系による積み重ねと、貯えられたあらゆる資産を投げ打ってでも「根源の渦」へ到達する目的を果たそうとする性分の持ち主たちとされる。しかし神秘が薄れ、「根源の渦」への到達手段が限られた現代の魔術師たちは、時計塔という魔術師の総本山を舞台に、貴族的な階級制を背景においた権力闘争に慣れ親しむようになっている。

魔術使い (まじゅつつかい)

一般に真理探究のための手段であり副産物とされる魔術を活用し、それ自体を目的とする魔術師。蔑称的な呼ばれ方で、「根源の渦」への到達を大目的とする研究肌の魔術師たちからは蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われる存在であるため、魔術使いと区別するために使われる。傭兵など魔術を活用できる生業に就く者たちが多い。

魔術回路 (まじゅつかいろ)

魔術師の資質ともいうべきもの。魔術を起動するために必要な魔力を造り出す炉心であり、それらを伝達するためのパイプラインでもある。例外は存在すれど、基本的には「魔術回路」のない人間に魔術は使用できないものとされる。ライネス・エルメロイ・アーチゾルテの語るところによれば「家系(ファミリー)」ととらえると誤解を招くため、「血統(ブラッド)」ととらえるのが理解しやすいとされる。「魔術回路」の多寡がその人物の魔術師としての資質を表すため、魔術師たちは己の家系を研ぎ澄ませるためにも魔術回路を増やすことに余念がない。魔術師の家系が持つ家宝として「魔術刻印」と共に重要視される要素だが、こちらは一子相伝の「魔術刻印」とは違って子供であれば誰であれ受け継がれる可能性のあるものである。一方、それが「血統」にたとえられるように生得的なものであるため、確実に受け継がれるという保証はまったくない。だが、家系によってある程度の保証はあり、古い家系であればより強力な「魔術回路」を継承している傾向が強い。

魔術基盤 (まじゅつきばん)

魔術師が使用する魔術の文字どおり基盤にあたるもの。世界に刻み込まれた魔術の理論そのもので、人々の信仰や認識によって能力が大きく左右されるという性質を持っており、一般に広まれば広まるほど力を失うとされる神秘でありながら、知名度が高いほどに安定するという矛盾した概念を成りたたせている、ある種のシステムである。もっとも世界に広まっている強大な魔術基盤は教会の「神の教え」であるとされる。「剝離城アドラ」において作中で登場した「天使」の概念もまた、19世紀のオカルト思想によって人々の信仰や認識が変化していったことに目を付けた魔術師によって再発明された概念であり、魔術基盤の一つといえる。

魔眼 (まがん)

特異な能力を持ったさまざまな瞳の総称。相手をひとにらみするだけで心臓を止めるものから「魅了」や「契約」といった行動を強いるものまで、その性質は多岐に及ぶ。魔眼は能力に応じて時計塔によってランク付けされており「ノウブルカラー」と称される。さらに強力な魔眼は「黄金」「宝石」「虹」と格付けされていくが、この段階まで強力であるとその貴重性と能力の高さ故に「封印指定」の候補に挙がりかねなくなる。本来は持ち主に根ざしたものであるため、簡単なものであれば複製してみせる魔術師もいる。しかしランクが上がるにつれ、魔眼は移植も摘出も困難となっていくとされており、熟練の魔術師であっても手の負えない代物となっていく。だが、その不可能を覆す唯一の例外が「魔眼蒐集列車」である。ロード・エルメロイⅡ世がたとえるところによれば、強大な力を持った魔眼を移植するのは、嵐やマグマを切り離して他人の身体に封じ込めるのに等しいとされる。イヴェット・L・レーマンの実家であるレーマン家はこれら魔眼の大家とされており、数多くの魔眼を買い集めている。

シェムハムフォラエ

カバラの伝承において72の天使のそれぞれを表す略称。おおよそ「名の集合」という意味を持つ。元は旧約聖書の出エジプト記に書かれたモーゼが海を開いた時の文章で、19節から21節の3文がヘブライ語では72文字でできていたことを利用して1節から1文字ずつ、合計して3文字の組み合わせを作ることで、72の天使の略称が見出だされた。語呂合わせ(ノタリコン)や数字遊び(ゲマトリア)の得意なカバラの伝承であるため、黄道十二宮やソロモンの72の悪魔など幅広く暗号や謎かけに利用されてきている。「剝離城アドラ」を訪れたロード・エルメロイⅡ世たちに開示されたゲリュオン・アッシュボーンの遺言は、この「シェムハムフォラエ」を利用した謎かけが仕掛けられていた。

冠位 (ぐらんど)

時計塔が魔術師に与える階位の中でも最高位のもの。事実上、この階位を頂く人間は極僅かな限られた異能や傑出した実力によって功績をもたらした者に限られ、多くの君主たちですら一つ下の「色位(ブランド)」の位に留まる。数少ない「冠位」に叙された魔術師である蒼崎橙子は、時計塔に在籍した時代に「衰退したルーン魔術の再構築」と「衰退した人体模造概念の再構築」という、二つの偉業を成し遂げたことで、この位を許された。「冠位」に叙されているような深奥に至る魔術師たちは、同じ魔術師同士であっても広く交流しようとは考えないため、必然的に表舞台に現れることが少なくなる。そのため、とある集まりに「冠位」の魔術師が現れるというだけで人々のあいだで噂が流れるほどに珍しい出来事となる。

祭位 (ふぇす)

時計塔が魔術師に与える階位の中で4番目に位置するもの。魔術師としての序列を意味する階位の中でも特別な意味合いを持つ。「祭位」が与えられる魔術師というのは、その実力の如何(いかん)を問わず特異な能力や業績を成し遂げた人物である。本来であれば「開位(コーズ)」の中でも下という程度の能力しか持たないロード・エルメロイⅡ世がこの階位に叙されているのは、彼が現代魔術科を運営してきた中で数多くの優秀な魔術師を輩出した功績が認められてのことである。逆に「伝承保菌者(ゴッズホルダー)」として神代より伝わる礼装を振るう執行者のように、「色位(ブランド)」を超える実力の持ち主であっても、その能力の特異性から「祭位」に叙されるケースもある。これらの性質から「祭位」という階位は、ほかとは異なる名誉階級として周囲から見られている。

三大貴族 (さんだいきぞく)

時計塔に所属する魔術師の家系の中でも特にバルトメロイ、トランベリオ、バリュエレータの3家とその縁者。十二学科を治める君主とは別に、その縁者も含めて君主と呼ばれる魔術師の名家で、時計塔の設立に大きく寄与した家系とされる。トランベリオ、バリュエレータはそれぞれ「十二学科」の内の「全体基礎科」「創造科」のロードとしても君臨しているが、バルトメロイは時計塔の運営・管理を司る「法政科」を治めている。時計塔の派閥を大きく三分する所以(ゆえん)ともなっており、貴族主義のバルトメロイ家と、民主主義のトランベリオ家にバリュエレータ家、そしてそれらに属さないメルアステア家を筆頭とした中立主義という構図になっている。古くは「ロード・エルメロイ」も三大貴族の縁者としての意味合いを持つ「ロード」だったことが示唆されているが、現在では遠い過去の話とされている。

十二学科 (じゅうにがっか)

時計塔が有する12の学科。第一学科から番号順に「全体基礎科(ミスティール)」「個体基礎科(ソロネア)」「降霊科(ユリフィス)」「鉱石科(キシュア)」「動物科(キメラ)」「伝承科(ブリシサン)」「植物科(ユミナ)」「天体科(アニムスフィア)」「創造科(バリュエ)」「呪詛科(ジグマリエ)」「考古学科(アステア)」「現代魔術科(ノーリッジ)」となる。また、「十二学科」に含まれない科として時計塔内の運営・管理を司る「法政科」が存在する。各学科の呼び名はそれぞれ創始者の名を冠しているが、例外的に「動物科(キメラ)」のみ始祖が不明であるため「キメラ」と呼ばれている。各学科を統べる魔術師は「君主(ロード)」の尊称を与えられる。各学科は治めている家系によって「貴族主義派閥」「民主主義派閥」「中立派閥」の三つの派閥に基本的に分かれている。そのため、派閥間闘争の影響や家格の変化が学科にもたらされることがあるのだが、とりわけ本来であれば「鉱石科(キシュア)」の君主だったエルメロイ家が、先代君主であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトを「第四次聖杯戦争」で失ったのを受けて没落した結果、メルアステア家にその立場を奪われることとなったのは、その際たる例といえる。また、「現代魔術科」は例外的に君主が治めていない学科だったが、先代学部長が行方不明となっていた経緯もあり、現在はロード・エルメロイⅡ世がその枠に収まっている。

根源の渦

すべての魔術師が目指す大目的。すべての原因であり、すべての事象や現象を生じさせたゼロと言葉の上では定義されるが、本質的には言葉で言及のできない形而上的な概念とされる。それ故に「根源の渦」、あるいは「根源」というのも便宜上の呼び方に過ぎず、あらゆる余分な色を剥ぎ取った表し方として「 」という表現が用いられる。魔術師が魔術を代々研究するのはこの「根源の渦」へと至るための研鑽(けんさん)であり、すべてはそのための手段に過ぎない。しかし、現代の魔術師は根源へ到達することを実質的に不可能であると認めており、おそらく最後となるだろうとされた五人目の到達者も極東において出尽くしている。そのため、「根源の渦」へ到達するための門は閉ざされたも同然と認識されているが、その一方で積み重ねてきた罪業の深さと、なによりその性分故に魔術師たちは「根源の渦」を目指すことをあきらめられずにいる。

呪物 (じゅぶつ)

おおよそ魔力を持った物品や触媒の総称。「呪物」や「呪体」とさまざまな呼ばれ方がある。保有する魔力が強大なものは、相応に強力な魔術礼装の核や術式の核として利用されるため重宝される。しかし、神秘の薄れてきている現代において呪物の質は落ちる一方であり、力ある呪物というのはそれ自体が貴重品といえる。中には天文学的な値段で取り引きされる呪物もあり、魔術師にとっては貴重な財産となっている。派閥によっては上質な呪物をどれほど保有しているかが一種のステータスとして機能しており、蓄積量がイコール権威そのものを表すこともあるほどの重要性を秘めている。特に英霊、ジークフリートに由来する「竜の血を受けた菩提樹の葉」ともなれば、名門の魔術家系であっても手に入れるのが困難な遺物であり、その希少性においては唯一無二の価値を誇る。このようなあまりに貴重な呪物は、その希少性故に術式のために使い切るという考えに及び腰になりがちという逆転的な側面も持つ。

(れい)

一般で考えられている魂とは異なり、かつての人格パターンを記録としてのみを残したある種のエネルギー体のこと。中国のタオイズムでは魂魄は明確に別のものとして分けて考えられており、精神を支えるのが「魂」。体して肉体を支え大地にへばりつくのが「魄」であると考えられている。ロード・エルメロイⅡ世の語るところによれば、作中の「霊」はまさしく「魄」であるとされている。このように曖昧な存在であるため「剝離城アドラ」においては、同じく曖昧な魔力に名づけることでそれを力とする「天使」の概念によって加工され、魔術的な運用をされていた。

秘儀祭示局・天文台カリオン (ひぎさいじきょくてんもんだいかりおん)

時計塔に現存する最古の教室。魔術の研鑽や研究によって再現や後継することのできない、血や体質が一代限りに可能とする特異な魔術の保有者を「封印指定」といい、この指定を発令する役割を持つ。その決定には「法政科」ですら口出しできないほどの独立性と権限を有するが、数年前の20世紀末に起こった事件によって時計塔全体を揺るがす事態になり、幾人かの封印指定が解除されるに至った。

原始電池 (げんしでんち)

世界最古の電池の形態であり、そこから発展した魔術。世界最古の電池は中東のホイヤットラプヤ遺跡で発掘されたものだが、それと同じ仕組みを使った電池が魔術の手でも作られ、長い歴史の中で今まで伝えられてきた。そのうちのとある一族が没落した際に、ガリアスタが目を付けまるごと買い上げた。ガリアスタの家系はもともと鉱石や代償の魔術の研鑽を積んできており、これらと原始電池の要素が嚙み合った結果、電力へ自分の魔力を乗せることに成功する。その後、古代には神鳴をはじめ神威として称えられてきたこの力によって、天候の操作までも可能としたガリアスタの一族は繁栄し、現在アトラム・ガリアスタの手にもその魔術が伝えられている。本来であれば過去の過程はあれど、現在のガリアスタの一族が誇る魔術の秘奥の一つである。しかし、時計塔で特許を取っていなかったことと、魔術を目の当たりにしたフラット・エスカルドスが術式の解析に関して非凡な才能を持ち合わせていたことなど、さまざまな要因が重なった結果、ロード・エルメロイⅡ世の手によって整えられたあとにカウレス・フォルヴェッジへと伝えられることとなる。

ホワイダニット

犯人がその事件を「どうしてやったか」という動機を示す略称。原型と意味は「Why done it?」。推理小説の作品傾向を表すジャンル用語となっている。魔術師が起こした事件においては当然のように魔術がかかわり、どのような現象も起こりえる。そのため「ハウダニット(どうやったのか)」や「フーダニット(だれがやったのか)」という、二つの要因に対してまともに推理する余地がない。しかし、ロード・エルメロイⅡ世は「ホワイダニット(どうしてやったか)」はほかの二つとは別で、事件を追いかけていけばもしかすると特定できるかも知れないと考えている。魔術師の起こしたさまざまな事件を追いかけていくにあたり、推理上の大方針となる言葉であり、エルメロイⅡ世をはじめ、彼に影響を受けた人物が度々口にする象徴的な言葉である。

クレジット

原作

三田 誠 , TYPE-MOON

キャラクター原案

坂本 みねぢ

その他

TENGEN

関連

Fate/stay night (ふぇいと すていないと)

数十年に一度現れ、願いを叶える聖杯を手にするべく、7人の魔術師のマスターが歴史、神話上の英雄を召喚したサーヴァントで戦う、聖杯戦争を舞台にした現代伝奇。半人前の魔術師で偶然聖杯戦争に巻き込まれた高校生... 関連ページ:Fate/stay night

書誌情報

ロード・エルメロイII世の事件簿 12巻 KADOKAWA〈角川コミックス・エース〉

第1巻

(2018-07-03発行、 978-4041070536)

第2巻

(2018-08-04発行、 978-4041070543)

第3巻

(2019-01-10発行、 978-4041077337)

第4巻

(2019-06-24発行、 978-4041081266)

第5巻

(2019-12-28発行、 978-4041081310)

第6巻

(2020-10-24発行、 978-4041081327)

第7巻

(2021-03-04発行、 978-4041110959)

第8巻

(2021-10-04発行、 978-4041117026)

第9巻

(2022-05-02発行、 978-4041117033)

第10巻

(2023-03-03発行、 978-4041134139)

第11巻

(2023-11-04発行、 978-4041142394)

第12巻

(2024-10-04発行、 978-4041152737)

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