古事記巻之三 蚤の王 野見宿禰

古事記巻之三 蚤の王 野見宿禰

『古事記巻之二 神武』に続く、安彦良和の古代史ロマン「古事記」シリーズ第3弾。「日本書紀」にある、野見の宿禰と当麻の蹶速という勇士が対決をした際に、蹶速が骨を砕かれて死んだという記述。相撲の起源になったとされるこのエピソードに隠された古代史の秘密を、作者である安彦良和の大胆な推理に基づき、宿禰と蹶速の遺児の視点から描く。「モーニング新マグナム増刊」01年14号から20号にかけて掲載された作品。

正式名称
古事記巻之三 蚤の王 野見宿禰
ふりがな
こじきかんのさん のみのおう のみのすくね
作者
ジャンル
時代劇
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概要・あらすじ

舞台は4世紀、第11代垂仁天皇の治世。共に出雲族で、大力の勇士である当麻の蹶速野見の宿禰は、垂仁天皇の命によって互いの生命と領土をすべて賭けた格闘試合を行う。決闘の背景には、日向族の天皇が出雲族を服属させているという支配構造と、出雲族の勢力を削ぎたい垂仁天皇の思惑があった。対決に敗れて死んだ蹶速の子である勇稚は、宿禰への復讐を誓いながら土蜘蛛と呼ばれる山の民に身をやつすのだった。

登場人物・キャラクター

野見の宿禰 (のみのすくね)

初瀬と呼ばれる出雲族の集落に住む青年で、土師(陶工)を務めている。垂仁天皇に命じられ、当麻の蹶速と命懸けの対決を行い、壮絶な闘いの末に勝利した。武勇に優れ、人柄も清廉潔白であると同時に、陶工としての腕も確か。出雲族同士で憎み合い、戦わなければならない運命を嘆いている。

勇稚 (いさち)

当麻の蹶速の息子で、10代後半くらいの少年。父親である蹶速が野見の宿禰との対決に敗れたため、家族と共に当麻の里を追われた。そのため、宿禰のことを出雲族の裏切り者とみなし、騙し討ちで蹶速に勝った卑怯者と思い込んで復讐を誓う。目的を果たす強さを身につけるため、山の民である土蜘蛛と共に、葛城山に籠って修行を始めた。

当麻の蹶速 (たぎまのけはや)

出雲族の英雄で、当麻の里を治めている壮年男性。正々堂々とした武人で、自らの強さに絶対的な自信を持つ。出雲族に伝わる相撲(すまふ)の技を用いる大男で、対決では野見の宿禰を大いに苦しめた。蹶速を亡き者にしようと企んだ垂仁天皇が宿禰に肩入れしながら試合を進めたため、敗れて命を落とした。

垂仁天皇 (すいにんてんのう)

第11代の天皇で、日向族の末裔。皇后とその兄に謀反を起こされたため彼らを誅殺して以降、猜疑心の強い性格となった。資源の豊かな当麻の里を奪い取るために策謀を巡らせ、野見の宿禰と当麻の蹶速に対決を命じる。一方、皇子である誉津別の皇子を溺愛するなど、人間的な面も持ち合わせている。

斯図利 (しどり)

当麻の蹶速の娘で、勇稚の妹。「天に授かったよう」と言われるほどの機織りの才能を持つ。その才能は、斯図利の織った布を見た垂仁天皇が驚嘆するほどである。当麻の里を追われた後は、母親と共に山中に隠れ住んだ。家族を捨てて山にこもり、復讐に身を投じている勇稚の考えには好意的ではない。

長尾市 (ながおち)

垂仁天皇の傍らに常に控えている側近。野見の宿禰と当麻の蹶速の対決の時には、宿禰に「お前が負ければ初瀬の民にまで害が及ぶ」と圧力をかけ、彼を奮起させた。垂仁天皇が誉津別の皇子を溺愛しすぎていることについては、手を焼いている。

誉津別の皇子 (ほむつわけのみこ)

垂仁天皇の息子。母親が謀反を起こして誅殺された心的外傷により、成長してもまったく言葉を発することができない。いつも悲しげな顔でぼんやりしており、天皇は不憫さのあまり度を越した保護を加えている。

集団・組織

土蜘蛛 (つちぐも)

葛城山に住む、中央の統制を離れた山の民。「土蜘蛛」とは、元々日向族によって彼らにつけられた差別的な名称で、里の人間からは賤民とみなされている。体力・瞬発力など高い身体能力を持っている。出雲族には好意的で、勇稚が父親の仇を取るため修行したいという願いを聞き入れた。

日向族 (ひむかぞく)

日向国の高千穂に降臨した天孫族の血を引く部族。日向族の何代目かの族長である神武天皇は日向国から東に向かい、奈良盆地に到達した。それまで奈良盆地を支配していた出雲族の王権は日向族に屈服し、以後天皇を頂点とする大和王権が確立した。

出雲族 (いずもぞく)

朝鮮半島からの渡来人の血を引く部族。古代において、高い技術を持つ優秀な部族だった。東国に進出した日向族に敗れるが、その経緯は不明な点が多い。奈良盆地の出雲族の王権は、2つに仲間割れしたため敗れたとされている。野見の宿禰と当麻の蹶速の対決の背景にも、この出雲族の内部分裂がひとつの理由として存在した。

場所

当麻の里 (たぎまのさと)

当麻の蹶速を長としていた出雲族の集落。水銀や朱の原料となる良質な丹を産出する豊かな土地で、垂仁天皇に目をつけられた。蹶速が敗死した後、天皇の軍によって住民は追放され、集落は破壊された。その後、土地は野見の宿禰が属する初瀬の民に与えられたため、勇稚ら当麻の民の、宿禰に対する憎悪が深まることになった。

その他キーワード

土師 (はじ)

土器、特に葬送にまつわる祭器を作る職業。「日本書紀」には、野見の宿禰は貴人の墓に埋める土人形(埴輪)を作る役職の長に任命されたとある。しかし、葬送儀礼に関わる役職は社会的には下に見られるもので、出雲族が日向族に服属している事実を象徴していると言える。

殉死 (じゅんし)

古代に行われたと言い伝えられている、貴人の墓に従者が生きながら埋められるという習わし。ある特殊な社会集団が殉死の要員とされており、その集団こそが出雲族だったのではないか、と推測されている。

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