恋する寄生虫

恋する寄生虫

極度の潔癖症に悩まされる高坂賢吾は、同様に視線恐怖症に悩まされる少女の佐薙ひじりと心を通わせ、二人は次第に惹かれ合っていく。だがこの恋心は、実は頭の中に寄生した虫の影響によるものだった。虫に寄生されたことで感情すら自分のものではなくなってしまった、人間関係に臆病な二人が織りなすラブストーリー。「月刊少年エース」2018年9月号から2020年2月号にかけて掲載された作品。2021年実写映画化。

正式名称
恋する寄生虫
ふりがな
こいするきせいちゅう
原作者
三秋 縋
漫画
ジャンル
恋愛
 
その他医療・福祉・社会
関連商品
Amazon 楽天

あらすじ

潔癖症と視線恐怖症

27歳の高坂賢吾は失業中で、賢吾の母を亡くした時から極度の潔癖症を患い、外出時にはマスクとラテックス製の手袋を装着し、つねに手を洗わなければいられない洗浄脅迫に耐える日々を過ごしていた。そんなある日、賢吾のもとに「和泉」と名乗る見知らぬ男性が姿を現す。和泉は、過去に賢吾が作ったコンピューターウイルス「Silent Night」について知っているそぶりを見せ、告発されたくなければ佐薙ひじりの面倒を見るようにと脅迫する。そして、水科公園の池のほとりで白鳥に餌をやっている、ひじりと友達になってほしいといい残し、和泉は多額の報酬を置いて出て行ってしまう。翌日、賢吾が指定された場所に向かうと、そこには大きなヘッドフォンをつけ、金髪でタバコをふかす女子高校生の姿があった。小さな子供を想像していた賢吾は面食らいながらも、声を掛けてみる。当初は取りつく島もなく、どうせ和泉に頼まれたんだろうと冷たくあしらおうとするひじりだったが、興味本位で賢吾が和泉にもらった報酬額を聞くと態度が一変。ひじりは報酬の半分をもらえれば、友達になってもいいと賢吾に取り引きを持ち掛け、賢吾はその申し出をしぶしぶ承諾するのだった。翌日、賢吾の家までやって来たひじりは、報酬を受け取ると、他人が部屋に入る行為に過敏に反応する賢吾のことなど気にもせず、賢吾のベッドに横たわり、ただ無為に時間を過ごすのだった。それ以来、ひじりは毎日のように賢吾の家にやって来ては、いねむりしたり本を読んだりと、賢吾と共になんでもない時間を過ごすようになる。そんな中、再び姿を現した和泉は、賢吾にひじりの不登校の原因を聞き出すように要求。それまで賢吾は、ひじりと世間話すらしていなかったため、困難を極める。そんなある日、賢吾は息も絶え絶えの様子のひじりから、迎えに来てほしいと連絡を受ける。意を決して苦手な外へと出た賢吾が、具合の悪そうなひじりを連れて自宅に戻ると、ひじりは不登校の原因について重い口を開き、自らが患っている視線恐怖症について語り始める。

Silent Night

潔癖症の高坂賢吾と視線恐怖症の佐薙ひじりは、いっしょに過ごすようになってからというもの、互いの症状が和らぐことに気づき始めていた。そして、自分のことを理解してくれている人がいるという安心感が、賢吾からマスクを、ひじりからヘッドフォンをはずさせる。ひじりはこれを利用しない手はないと、二人で外の世界に慣れる訓練をしようと提案。こうして二人は、苦悶の表情を浮かべながらも新幹線に乗り、在来線に乗り替えて、目黒寄生虫館へと向かう。寄生虫に関しては、研究者レベルの深い知識を持つひじりは、まるで水を得た魚のように生き生きと寄生虫のことを賢吾に話して聞かせ、そのしゃべりは止まらない。当初は寄生虫に特段興味のなかった賢吾も、ひじりの話を聞いて感心し、不思議でロマンチックですらある寄生虫の生態に、すっかり魅了されてしまう。初回にしては厳しい訓練を終えた二人は、その後無事に帰路に就く。その途中、ひじりは立ち寄った公園で、自分の人生において、一生伴侶はできないのではないかと不安を吐露しながらも、賢吾に将来のために明確な目標を持とうと提案する。それは、ひじりがクリスマスイブまでに他人の視線を気にせずに町を歩けるようになること、そして賢吾は汚れを気にせずに、他人と手をつなげるようになることだった。そして、それぞれが目標を達成したら、クリスマスイブ当日、駅前のイルミネーション通りを二人で手をつないで歩き、ささやかなお祝いをしようと約束する。だがその後、ひじりはこのままではいつか賢吾を殺してしまうかもしれないと言い残し、突如として姿を消してしまう。この件により、賢吾はひじりへの恋心を自覚するのだった。そして、たった一人で迎えた12月24日、賢吾のもとに荷物が届く。それは、ひじりの手編みのマフラーと最初に渡したはずの報酬だった。同封されていた手紙には、ひじりの賢吾に対する思いが切々とつづられており、別れのあいさつも添えてあった。賢吾はひじりに電話をかけるが、電話はすぐに切れてしまい、うまくつながらない。不審に思った賢吾はそこで、自分自身が作ったウイルス「Silent Night」が稼働した影響によるものであることに気づく。

甘露寺とイズミ

高坂賢吾和泉から、潔癖症によって社会に適合できないのも、佐薙ひじりに恋心を抱いているのも、すべて寄生しているのせいであるという衝撃の事実を聞かされる。そして事態が飲み込めないまま、賢吾は内科医の瓜実のもとに連れてこられた。瓜実は、賢吾が自らの事情をどこまで把握しているのかを確認すると、賢吾に患者と心中した医師のことを報じた新聞記事の切り抜きを見せるのだった。1年ほど前、当時大学病院の教授を務めていた甘露寺寛は、一人の患者のイズミと知り合う。イズミは、頭痛とともに突然加害恐怖に襲われるようになり、それは次第に日常生活に支障をきたすようになっていた。それが頭の中に寄生する虫のせいだったことが判明するが、治療を受ける直前になって、寄生虫を退治すると後悔する予感を抱き、当時かかっていた病院を脱走。そして、自分の脳がすでに寄生虫のコントロール下にあると判断したイズミは、寄生虫について一番興味深い論文を書いていた寛のもとに診察に訪れたのだった。自分の言うことなど信じてもらえないだろうと思いながらも話を進めるイズミに対し、寛はほかにも同様の患者を診ているという、衝撃の事実を打ち明ける。そして、イズミの話を信じて真摯に対応することを約束した寛に、イズミは今後この虫についての研究を進めるため、寛に協力すると申し出る。そして寛は、自らに虫を寄生させることにより、研究を進めようと試みる。その後、イズミは寛に特別な感情を抱くようになり、寛も同様にイズミに対して恋愛感情を抱く。イズミからの告白を受け、寛も自分の真剣な思いを電話で告げるが、研究の結果、虫の寄生によってお互いの恋愛感情が引き起こされる場合があることが判明。イズミは、自分たちの感情の変化が、虫の影響によるものである可能性が高いと寛から聞かされることになる。寛は、自らが感染者になることで、今後自分にどんな変化が訪れようとも、研究者として猜疑(さいぎ)のまなざしを向けることを決めていたため、イズミへの愛情にすら、疑いのまなざしを向ける覚悟を決めていた。だがその20日後に、二人は共に死を選んでしまう。

治療

瓜実から佐薙ひじりのこれまでの経緯を聞いた高坂賢吾は、を殺すための治療を受けることを強要されると同時に、ひじりと引き離されることになると聞かされる。そして、治療を拒否すればひじりとは二度と会えず、潔癖症が治ることもないという瓜実の言葉を重く受け止めた賢吾は、心の整理をするための時間をもらう。その後、治療を開始する前日になり、賢吾のもとにひじりからの連絡が入る。久しぶりに顔を合わせたひじりは、賢吾に見せたいものがあると、彼を連れて人里離れた廃屋の大きなコンテナへと向かう。そしてひじりはコンテナの中に賢吾を突き飛ばし、コンテナの扉を固く閉ざしてしまう。ひじりは不敵な笑みを浮かべながら、コンテナから出るための条件として、虫を殺す治療を拒否してほしいと賢吾にせまる。そしてひじりは虫の存在の大切さを語り、賢吾との恋が虫による偽りのものだったとしても、幸せでいられるなら自分は傀儡のままで構わないとまで言い切るのだった。しばらくすれば、このいたずらに協力している和泉が扉を開けに来るだろうと踏んだ賢吾は、ただ耐えながら時間がたつのを待つが、まったく助けが来る気配はない。しびれを切らした賢吾がひじりに問い掛けると、ひじりは本来なら1時間前に助けが来ているはずだったと語るが、寒さのあまりそのまま倒れ込んでしまう。ライターの小さな灯で暖を取り、寒さをしのごうと抱き合う二人だったが、こんな状況におかれてもなお治療をやめるという選択をしない賢吾に、ひじりは強引にキスをせまるのだった。ようやく外からコンテナの扉が開けられた時、二人は身を寄せ合っている状態で意識を失っていた。

恋の結末

高坂賢吾が投薬治療を始めて4か月がたった。潔癖症は治り、再就職によって新たな人間関係も構築でき、賢吾は人間嫌いも治ったという実感を得ていた。しかし、賢吾は今なお佐薙ひじりへの強い思いが残っていることを自覚していた。もともとがいなくても、ひじりと愛し合うことができたのではないかと考え、賢吾は何度もひじりに連絡を取ろうとするが、相変わらず電話はつながらない。また、駆虫に成功したことでひじりは虫の支配から脱し、自分への思いをなくしたのではないかと考えると、むやみに会いに行くこともできなかった。いつまでも17歳の少女に恋をし続けている自分に嫌気が差していた賢吾のもとに、ある日の深夜、和泉が姿を見せる。久しぶりに再会した和泉に、賢吾は自分の回復ぶりを語り、治療のおかげで虫は一匹もいなくなったようだと伝えるが、和泉の口から「あんたの中の虫はまだ消えちゃいない」という驚きの言葉を聞く。そして、賢吾の体内の虫は薬に耐性のある特別なものであること、賢吾の体が虫を手厚く保護する特別な体質であることを語り、今はあくまで小康状態にあるだけだと告げるのだった。実は研究が進むにつれて、これまでの仮説に誤りがあったことが判明し、和泉は虫による影響の真実を賢吾に伝えに来たのだった。当初、虫がいることで死に至ると考えられていたが、実際は体内にいる虫がすべて死に絶えることで、宿主である人間も死を選ぶという事実が判明したのである。そして、それによる最初の犠牲者は、ひじりだったと和泉は語る。ひじりは大量の睡眠薬を大量の酒と共に飲んで自殺を図ったが、幸いにも途中で吐き出して一命を取り留めていた。しかし大病院に運び込まれ、入院することになったひじりはその後、礼を述べる書き置きだけを残し、病室から忽然と姿を消したのだという。それを聞いた賢吾は、思い当たる場所にひじりを捜しに出掛けようとタクシーに飛び乗る。しかし、ひじりにもらった手編みのマフラーを忘れたことに気づき、一度家に戻ると、そこには行方不明のひじりの姿があった。自分のベッドに横たわるひじりを見つけ、思わず抱きしめると、賢吾はひじりに矢継ぎ早に質問を投げ掛けるが、ひじりから制止される。そしてあらためて気を落ち着かせ、一つずつ解決していこうと言う賢吾に、ひじりは丁寧に事の真相を語り始める。

関連作品

小説

本作『恋する寄生虫』は、三秋縋の小説『恋する寄生虫』を原作としている。原作小説版は、2016年9月にKADOKAWAメディアワークス文庫より刊行された。イラストは、しおんが担当している。

登場人物・キャラクター

高坂 賢吾 (こうさか けんご)

心を病んだ失業中の男性で、年齢は27歳。極度の潔癖症を患っており、何かが指先に触れただけでそこから雑菌が繁殖し、全身が汚染される思いにとらわれている。他人と接触するだけで汚らわしく感じてしまい、つねに手洗いや消毒をしなければという衝動に襲われ続けている。以前、初めて恋人ができた時には、彼女が作ってくれた手料理に抵抗を感じつつも無理やり食べたところ、すべて吐いてしまった。それが原因で恋人とは別れることになり、それ以降恋人はいない。2011年の夏、高坂賢吾自身の携帯電話に送られてきた一通のSMSをきっかけにマルウェアに魅了され、システム開発会社で働いていた頃の経験を生かして「Silent Night」を制作した。その後、突然姿を現した和泉から、コンピューターウイルスの件をネタに脅迫され、佐薙ひじりの面倒を見てほしいと一方的に要求され、多額の報酬を手渡された。それを断ることもできず、嫌々ながらひじりにコンタクトを取り始めた。当初は、ひじりが自宅に出入りしたり自分の身近にいたりすることで、存在そのものに嫌悪感を感じていたが、次第にひじりといるときだけ、洗浄脅迫から離れられるようになっていく。そして自分と同様に、視線恐怖という強迫性障害に悩まされるひじりとの心の距離を縮め、次第に恋愛感情へと変化していく。その後、自分が虫に寄生された感染者であることが発覚。虫の影響について瓜実から話を聞き、ひじりへの恋心も潔癖症も虫の影響によるものであることを知る。瓜実からは、駆虫による治療を行うことや、ひじりとは今後いっさい会わないことについて約束するように求められ、これに同意した。駆虫後に潔癖症は治り、再就職も叶ったが、結果的にひじりへの思いを募らせることになる。そして和泉の口から、それまで知らされていたのとは違う、虫に関する真実を聞くことになる。幼い頃から賢吾の母に厳しくしつけられてきたが、ある時、急に母親が人が変わったように優しく愛情深くなり、その後、賢吾が9歳の時にこの世を去った。状況から見て事故死と判断されたが、生前の母親の言動から、賢吾自身は自殺したのではないかと考えている。賢吾の潔癖症は、母親が亡くなった頃から特にひどくなり始めた。

佐薙 ひじり (さなぎ ひじり)

不登校の女子高校生で、年齢は17歳。頭髪は金髪に染めて、右耳に花の形のピアスをつけている。喫煙者でもある。学校には行かずつねに一人きりで、図書館で過ごしたり、公園の池で白鳥に餌をやったりするのが日常となっている。これまで、鷹雄をはじめとして和泉からの依頼を受けた人たちに友達になりたいと声を掛けられてきたが、信頼関係を築くことはなかった。七人目に現れた高坂賢吾に対し、和泉から受け取った報酬の半分を渡すことを条件に、友達になることを許可。それ以来、賢吾の家を訪れて日中を過ごすようになる。実は、他人と目を合わせることを極端に嫌う視線恐怖症を患っている。他人と目が合ったときには、言葉では言い表せないほどの不快感が襲うが、目をつむって歩くわけにもいかず、大きめのヘッドフォンを装着している。音をシャットアウトすることで、ある程度症状が軽減するため、外出時にはヘッドフォンに頼っている。賢吾とは、いっしょに過ごすようになって互いを知ることになり、自分と同様に潔癖症という強迫性障害に苦しんでいる点から信頼関係を築き、次第に恋愛感情へと変化していく。実は、虫に寄生されている感染者でもある。1年ほど前、自殺によって両親を亡くしたため、祖父の瓜実に引き取られた。それ以来不登校になり、精神的に病んでいったため、さまざまな病院にかかる中で、自分に虫が寄生していることが判明した。甘露寺寛のもとで診察を受けていたが、寛の死後は瓜実に引き継がれ、駆虫の治療を受けることになる。賢吾に対する恋愛感情が虫による影響であると知っており、駆虫されることで心が離れてしまう事態を恐れ、賢吾が治療を拒絶するように真冬のコンテナの中に閉じ込め、脅迫しようとした。その後、賢吾共々駆虫の治療を開始すると、大量の睡眠薬を酒で流し込み、自殺を図る。幸いにも睡眠薬を途中で吐き出し、未遂で終わったために命に別状はなかったが、目覚めたあとは姿をくらまし、のちに賢吾の部屋で発見されることになる。趣味は編み物。動物が好きで、特に寄生虫に関しては英語の論文が読めるほどに強い興味を持っており、造詣も深い。

和泉 (いずみ)

突然、高坂賢吾の前に姿を現した謎多き男性。賢吾が制作したコンピューターウイルス「Silent Night」について知っており、それをネタに賢吾を脅迫し、佐薙ひじりの面倒を見てほしいと多額の報酬を手渡した。その後も、賢吾にひじりの不登校の理由について聞き出してほしいとか、決して一線を越えるななど、さまざまな指示や注文をつけ、その都度多額の報酬を手渡している。実はイズミの父親で、自分の娘が虫に寄生されて命を落としたため、寄生虫治療を甘露寺寛から引き継いだとされる瓜実のもとを訪れ、寄生虫根絶のため、何か自分にも手伝わせてほしいと詰め寄った。その際、ひじりが治療について消極的なこと、生きることへの意思が希薄であることを聞かされ、自分がなんとかしようと奔走している。そして、新たな感染者である賢吾を見つけることになった。賢吾が感染者であると知ってからは、彼を瓜実のもとに連れて行き、賢吾のフォローも始める。虫に関する知識を深めていく中、感染者の長谷川祐二、長谷川聡子夫妻の死を目の当たりにしたことで、それまで持っていた虫に関する知識にまちがいがあると気づく。そして、虫による真の影響について新たな見解を示す。

桜井 優美香 (さくらい ゆみか)

コンビニエンスストアでアルバイトをしている女性。レジで対応した客の高坂賢吾に、釣銭を渡そうとしたところ、釣銭をすべて放棄して逃げるように出て行ってしまったことを気に掛けている。実は、臨床心理士を目指して勉強中で、強迫性障害にも理解がある。賢吾が釣銭を放棄して出て行った理由が、直接手が触れたことにあると判断し、賢吾が強迫性障害であると察した。その後もずっと賢吾のことを気に掛けており、渡しそびれた釣銭を持ち歩いていた中、偶然賢吾との再会を果たし、持っていた消毒済みの釣銭を手袋をして手渡した。その際、賢吾が望むなら強迫性障害に詳しい先生を紹介することもできることを告げ、賢吾には悩みを分かち合える仲間が必要なのではないかと、賢吾に寄り添う言葉を掛けた。イズミの友達でもある。生前のイズミを神経質で気難しく、生きづらさのかたまりみたいな子という印象を抱き、放っておいたら消えてしまいそうだと感じていた。そのため、イズミが自殺したことを知った時も、不思議と違和感はなかった。しかし当時、ある時から急激に他人を拒絶し、自分の殻に閉じこもるようになった彼女の変化を目の当たりにしている。その後、イズミの墓参りに訪れた際、偶然にも和泉に遭遇。彼の佇まいから、イズミの父親ではないかと察して声を掛けた。桜井優美香自身が臨床心理士を目指すきっかけとなったのは、イズミの存在が大きかったためで、甘露寺寛の名前を挙げ、イズミが亡くなった真実を知りたいと和泉に問い掛けた。

瓜実 (うりざね)

瓜実診療所を営む男性医師で、佐薙ひじりの祖父。約1年前、娘夫婦の死によって一人取り残された孫のひじりを引き取り、いっしょに暮らしている。不登校になり、精神的に病んでいったひじりを心療内科や精神科に連れて行き、なんとか治療しようとしたが、思ったような成果が得られない中、ひじりが自分の頭の中に虫がいると話したことを聞き、独自に血液検査を実施した。その結果、寄生虫感染時特有の異変が示されていることに気づき、知人の伝手を頼って甘露寺寛教授に紹介してもらうことになった。寛には娘夫婦の死から、孫であるひじりに起きた異変についてすべてを話し、助けを求めた。その後、ひじりに寄生している虫についての説明を受け、寛のもとで治療を受けさせ始める。しかし、それからひと月としないうちに、寛の訃報を耳にすることになり、寛が担当していた患者の中で、ひじりと長谷川祐二、長谷川聡子夫妻の治療を引き継ぐ形となった。専門外ではあったが、寛とやりとりしたメールの中に記されていた治療法をもとに、長谷川夫妻とひじりの駆虫を進めていた。その後、和泉からの手伝わせてほしいという懇願を受け、治療を拒絶し続けているひじりの治療について手を借りることになり、その流れで偶然にも新しい感染者の高坂賢吾を発見するに至った。のちに瓜実自身のもとを訪ねて来た賢吾には、わかっているすべての事実について打ち明け、賢吾が持っているひじりへの感情は虫による影響であることを伝え、今後の治療について話し合いを持った。その際、賢吾に対しては虫の駆除をする以外の選択肢を与えず、一方的にひじりとの絶縁をせまる形となった。

甘露寺 寛 (かんろじ ゆたか)

大学病院に勤務する初老の男性医師で、教授を務めている。寄生虫について造詣が深く、いくつもの論文を発表しており、長谷川祐二、長谷川聡子夫妻やイズミ、佐薙ひじりの担当医として、治療に携わった。年齢は50歳くらいで、長い歳月をひたすら孤独に生きてきた。人と深くかかわるほどに虚しさを募らせ、40歳を過ぎた頃から一種無感覚の状態に陥り、生きながらにして死んでいるような気持ちで日々を過ごしていた。そんな中、病院を訪れたイズミから、脳内に寄生する虫についての相談を受ける。その後、甘露寺寛自身にも虫を寄生させることで、虫についての研究を進めていく。その結果、寄生虫による精神症状として、人と顔を合わせることにさらに強い嫌悪感を感じるようになった。これにより、虫に寄生された人間は、人間が嫌いになるという傾向を発見。さらに、自らに虫を寄生させてからは、イズミに対して強い愛情を抱くようになる。だが、虫を体内に取り入れるにあたって、今後起きるすべての心理的変化にも猜疑(さいぎ)のまなざしを向けることを心に誓っていたため、イズミに対する恋愛感情もこの影響の一環ではないかと、もともと疑っていた。祐二と聡子の治療による精神状態の変化を目の前にして、この疑問を確信へと変え、この恋愛感情は虫によって維持されているものだと結論づけた。イズミからの告白を受け、その仮説をすべてイズミ本人に伝えた20日後、イズミと共に心中して帰らぬ人となる。しかし、この20日間に何があったかは明らかになっていない。

イズミ

和泉の娘で、本名は「和泉加奈」。脳内に虫が寄生している感染者でもある。初期症状として頭痛があり、その後、車の運転中に衝撃があったわけでもないのに、今人を轢いてしまったのではないかという奇妙な妄想に憑りつかれるようになる。さらに無自覚のうちに、自分は他人に危害を加えているのではないかという恐怖に苛まれるようになり、その考えは次第にエスカレートしていく。強迫性障害の一症状である加害恐怖によって、家を出ることも億劫になり、他人を避けるようになる。いよいよ日常生活にも支障をきたすようになり、病院を受診した結果、頭の中に寄生する虫の存在が判明する。これを取り除けばすべては元どおりになると説明を受けるが、寄生虫を駆除する治療を受けたくないという感情が湧き、その病院を逃げ出してしまう。その際、頭に浮かんだのは、以前目にしたことがある雑誌の記事だった。それは、ある種の奇形性原虫は人間の性格や行動に影響を与えるというもの。これにより、自分の脳はすでに寄生虫のコントロール下にあると推測。あらためて別の病院を受診することを決め、その一部始終を自分の中で一番興味深い論文を執筆した医師の甘露寺寛に相談した。その後、幾度となく診察を繰り返す中で、寛に強く惹かれるようになる。そして自分の気持ちを寛に告白すると、寛からも同様に愛情を持っていると伝えられるが、同時にこの感情が虫による影響である可能性が高いことを知り、落胆する。その20日後、寛と共に心中して帰らぬ人となった。しかし、この20日間に何があったかは明らかになっていない。もともと神経質で気難しいタイプで、これまでも生きづらさを感じ、何度となくリストカットをしたことがあった。

長谷川 祐二 (はせがわ ゆうじ)

甘露寺寛が担当した男性患者。イズミが寛のもとを訪れる半年ほど前に、年齢が20以上年上の妻の長谷川聡子と共に、寄生虫感染が疑われて受診した。慢性的な頭痛と、他人の匂いが気になるという不思議な症状を訴えており、検査の結果、嚢胞(のうほう)性病変が数個認められ、その後採取された脳脊髄(せきずい)液からは体調1ミリ程度の虫が複数検出された。寄生虫の駆除を提案されると、途端に診察に行かなくなり、寛から連絡をもらっても、取りつく島もなく来院を拒絶し続けた。それはまるで、寄生虫をかばっているかのような様子だった。その後、薬による駆虫を開始されるに至り、治療は順調に進められていく。次第に匂いによる人間嫌いは改善されていったが、それと逆行するかのように妻の聡子と心が離れ始める。治療を開始してから2か月が過ぎた頃には、かつての親密な関係がウソのように夫婦関係は冷めてしまう。寛の死後は、瓜実が担当医を引き継ぎ、駆虫の治療を続けることになった。瓜実からは、一度妻の聡子と距離を置いて生活することを勧められ、すんなりとそれに従った。その後、聡子とは修復不可能な状態となるが、体調は順調に回復していった。治療が問題なく完了すると思われた矢先、自室で首をつった聡子を追うように、聡子のとなりで首をつって帰らぬ人となった。

長谷川 聡子 (はせがわ さとこ)

甘露寺寛が担当した女性患者。イズミが寛のもとを訪れる半年ほど前に、年齢が20以上年下の夫の長谷川祐二と共に、寄生虫感染が疑われて受診した。慢性的な頭痛と、他人の匂いが気になるという不思議な症状を訴えており、検査の結果、嚢胞(のうほう)性病変が数個認められ、その後採取された脳脊髄(せきずい)液からは体調1ミリ程度の虫が複数検出された。寄生虫の駆除を提案されると、途端に診察に行かなくなり、寛から連絡をもらっても、取りつく島もなく来院を拒絶し続けた。それはまるで、寄生虫をかばっているかのような様子だった。その後、薬による駆虫を開始されるに至り、治療は順調に進められていく。次第に匂いによる人間嫌いは改善されていったが、それと逆行するかのように祐二と心が離れ始める。治療を開始してから2か月が過ぎた頃には、かつての親密な関係がウソのように夫婦関係は冷めてしまう。寛の死後は、瓜実が担当医を引き継ぎ、駆虫の治療を続けることになった。瓜実からは、一度祐二と距離を置いて生活することを勧められ、すんなりとそれに従った。その後、祐二とは修復不可能な状態となるが、体調は順調に回復していった。治療が問題なく完了すると思われた矢先、自室で首をつって自殺し、帰らぬ人となった。

賢吾の母 (けんごのはは)

高坂賢吾の母親。容姿端麗で機知に富み、映画や音楽をこよなく愛し、すべてにおいて完璧を求める完璧主義を絵に描いたような女性。それは息子である賢吾にも求めたが、賢吾は自分の期待に半分も応えることができない、出来の悪いあやつり人形のようなものだと考えていた。そのため、賢吾にとっては非常に厳しい母親だったが、賢吾が9歳になった年の夏、人が変わったように優しくなった。それからは、まるでこれまでの振る舞いを悔いるかのように、賢吾に課していた規則をすべて廃し、愛情深く接するようになったが、その1か月後に突如として帰らぬ人となった。車を運転中にトラックと正面衝突しての事故死と扱われたが、以前、ある特定の時間帯にその道が自殺にうってつけの場所になると賢吾の母が語っていたことがあり、賢吾は母親の死を事故死だとは思っていない。また、母親は虫の感染者だった可能性が示唆されており、虫の存在によって人間嫌いになっていた母親が、心を開ける相手は同じ感染者である自分だけだったのではないかと賢吾は考えている。

先生 (せんせい)

佐薙ひじりの担任を務める女性教師。不登校のひじりが、病院に入院したことを知り、心配して見舞いに駆けつけた。両親の自殺をはじめ、さまざまな不運に見舞われるひじりを不憫に思い、真っすぐなまなざしで優しく接し、ひじりの心に寄り添おうとした。しかし、そのすべては視線恐怖症のひじりにとって逆効果となっていたが、それに気づくことはないまま、偶然現れた鷹雄によって止められる。

鷹雄 (たかお)

佐薙ひじりのクラスメ-トの女子。以前、和泉に弱みをにぎられ、黙っていてほしければひじりと友達になれと脅迫されたことがある。しかし、友人としてうまく関係を築くことができず、適任者ではなかったとしてお役御免になった。ひじりの事情はある程度知っており、その後ひじりが入院したことを聞き、病院に見舞いに訪れた。その際、先生に怯えるひじりに気づき、ひじりから先生を引き離した。以前ひじりから借りた本を返しに来たと語り、ようやく読み終えたが自分には理解できなかったと本を手渡した。そして、ひじりから言づてを頼まれることになる。

松尾 (まつお)

高坂賢吾が、再就職先で知り合った女性。おとなしい性格で、眼鏡を掛けている。賢吾に思いを寄せており、控えめにアプローチを繰り返しているものの、うまくかわされて思うように結果が出ずにいる。子供の頃に釣ってきたアイナメを刺身にして食べ、アニサキス症になったことがある。

その他キーワード

Silent Night (さいれんとないと)

高坂賢吾が開発したコンピューターウイルス。2011年の夏、賢吾自身の携帯電話に送られてきた一通のSMSをきっかけに、マルウェアに魅了された賢吾が制作した。同年の12月24日、17時に作動するように設定されており、これに感染した端末は2日間にわたって通信機能がオフになる。そのため、クリスマスの夜を楽しみにしていた人々は、友人や恋人と連絡が取れなくなり、一人で過ごすことになるため、「Silent Night」と名づけられた。ウイルスの対象ユーザーは日本国内のみに限られ、システムが作動した当日は公衆電話を求めて電話ボックスに人々が殺到して列をなした。

(むし)

新種の寄生虫。ティアドロップ型で、先端部周辺には二つの吸盤があり、二つがくっ付いてハートのような形状となる。その形態的特徴から、吸虫であることが判明している。人間の頭の中に寄生することで、意思決定に影... 関連ページ:

クレジット

原作

三秋 縋

キャラクター原案

しおん ,

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