仕事を辞めた元デザイナーの春野漱介(はるのそうすけ)が、花見の帰りに謎の少女と出会って始まるSFコメディ。デザイン事務所の元同僚らと花見をしていた漱介は、二次会へ向かおうとしたところ謎の少女と遭遇する。漱介はその少女に「ゴクサイちゃん」というあだ名を心の中で付けるも、彼女は漱介の目の前で謎の死を遂げてしまう。しかし翌朝、何事もなかったかのように漱介の自宅の前で待ち構えていたゴクサイちゃんは、帰ってきた漱介に突然プロポーズをするのだった。
漱介は過労やパワハラなど無職に至るに相応の理由があったわけではない。代わりに作中において、ふと行き詰まりを感じて仕事への熱が失せてしまう様がセンチメンタルに描かれており、離職や挫折の経験がある人なら彼のアイデンティティの所在なさに大いに共感できることだろう。今後の生活プランが特にない辺りもリアリティを感じさせる。そのため、ゴクサイちゃんという非現実的存在が漱介の人生をどう転がしていくのかが非常に興味深い。ゴクサイちゃんは基本的にはグイグイくる性格の美少女だが、人を色で表現する独特の感性に加え、死んだり生き返ったりする謎の生態から普通の人間でないことは明らかである。彼女の正体や漱介が抱える事情の詳細など気になる設定が盛り沢山なので、考察好きのSFファンなら本作の虜となるはずだ。
勤め先の倒産によって失職した34歳の女性・無職さんが、「1年間何もしない」と決めて無職生活を始める日常系漫画。無職さんはスーパーの特売チラシを眺めているうちに、特売の対象商品を事前に知る方法を考え始め、自分がそのスーパーで働くことに思い至るが、人間関係が難しそうだなと思ってやめる。その後は家事と食事だけのユルい時間を過ごし、昼寝を経て買い物へ行くが、買い物のしすぎで帰りの荷物が多くなり、帰宅する頃には疲れ果ててしまうのであった。
本作の序盤の話を一読した読者がまず気になるのは、無職さんが「1年間何もしない」と決めるまでにどういう心境の移り変わりがあったのか、という点ではないだろうか。無職さんは、無職の主人公としては珍しくそれなりの年齢までごく普通の人生を歩んでいるように描かれている。彼女がどういう考えで今のような日々を過ごしているのか、今後明かされていくことを期待してしまう。またその生活そのものに目を向けると、家事と食事を交互にこなすだけの生活サイクルや、人間関係がどうこうといって再就職を渋る姿が非常にリアルであり、離職を考えている人にとってはある種の参考文献となるだろう。また話の大半は30代女性が日常を過ごすだけであり、同年代のエッセイ好きの女性にも共感しやすい作品となっている。
ラブ時空からやってきた愛のキューピッドのラブやんが、無職の主人公・大森カズフサの恋を成就させるべく奮闘するラブコメディ。ラブやんは強烈な片思いの電波を辿ってカズフサの部屋に降臨するが、彼の片思いの相手が女子小学生であることを知りドン引きしてしまう。それでもラブやんは愛のキューピッドとしての仕事を果たすべくカズフサを鍛え上げようとするが、2ヶ月経ってもカズフサに魅力が芽生えることはなく、片思い相手にも案の定フラれるのだった。
読者の共感が得やすいように無職を美化している作品も少なくない中、本作のカズフサは完膚なきまでにダメ人間として描かれているのが特徴。ラブやんもたびたび顔が男の強面のようになるなどヒロインとしては女っ気が少なく、話の展開も総じてギャグに振り切っているので頭を空っぽにして楽しむことができる。カズフサの特殊な恋愛願望は成就するはずがないにしても、愛のキューピッドが出てくる以上は恋愛面での成長が物語の主軸となるはずなので、彼がどう女性関係を築いていくのか、大いに気になるところ。なお本作はラブコメディの名作『ああっ女神さまっ』のパロディ作品となっているので、併せて読めば笑えるポイントが二重三重に増えていくことだろう。
東京で失業し故郷へ戻った志摩崎修太郎が、実家に預けられていた姉の一人娘・ニーナの面倒を見る日常コメディ。ひょんなことから職を失った修太郎は貯金の枯渇を機に故郷へ戻るが、仕事で海外を飛び回っている姉に代わって姉の一人娘・ニーナの面倒を見ることになる。二人でコンビニへ行った際、修太郎はニーナに夢を訊かれ「27にもなって今更」と自嘲的に答えると、ニーナはアニメのセリフを引用して彼を勇気づけるのだった。
修太郎は会って間もないニーナに対しても面倒見の良い、性格に目立った癖もない好青年である。だが、修太郎の家族はやはり無職という立場を歓迎してはおらず、ニーナの世話をするという「仕事」を受け持つことで、実家暮らしが許されている。そんな修太郎と一緒に過ごすことになったフィンランド生まれのニーナが、日本で色々な「初めて」を満喫している姿は純粋に微笑ましく、読んでいくうちに読者の境遇にかかわらず「何か新しいことにチャレンジしよう」という気持ちになることだろう。多忙な親を持つニーナは修太郎と同じく「仕事の都合」に振り回されている存在であり、二人が今後どのように心を通わせていくのかに期待したい。
東京に上京したものの就職できずにいるハルオが、貯金と両親の金を頼りに無職生活を続ける中で感じる苦悩をつづったエッセイ風漫画。ハルオは無職生活の中で、同じく上京していた学生時代の友人らがすでに就職していることに負い目を感じたり、意外と寒い東京の冬に苦しみつつネットに勤しんだりと退廃的な日々を過ごしていく。そして面倒ごとから逃げるクセが子供の頃から全く変わっていないハルオは、将来を悲観しつつ「このまま朝が来なかったら」と願うのだった。
無職を題材にした漫画は数多いものの、主人公の状況・考え方ともに本作ほどリアリティにあふれた作品は珍しい。周囲に置いていかれている感覚や危機感を抱きつつも行動を起こせない消極性、そしてそんな自分自身を忌み嫌う鬱々とした思考などが克明に描かれており、職のない生活と無縁の人生を送ってきた人でも感情移入してしまうこと間違いないだろう。いかんともしがたい負のスパイラルにハマったハルオのその思考を見ると「ロクな結末にならない」と思われるかもしれないが、学生時代の友人らが総じて良い人たちであり、彼らのサポートがあればハルオは順調に再スタートを切れるはずだと思える。誰もがハルオと似たような境遇になりうるので、これから社会に出ようとしている人にはぜひご一読いただきたい。