幕末の動乱に生きる浮世絵師と現代の女性編集者の恋を描くタイムスリップ歴史ドラマ。舞台は黒船来航から8年後の江戸。主人公の浮世絵師・源吾は才能がありながらも、それを生かす場を見つけられず、女にうつつを抜かす日々を送っていた。そんなある日、源吾は千里眼をもつと噂される謎の女・楓から、ある絵の依頼を受ける。それは、幕末の歴史を大きく動かした「桜田門外の変」を題材にしたものだった。原作はあかほり悟で、単行本には協力の堀口茉純による江戸文化に関するコラムも収録。
源吾は浮世絵師だが気分がのらないと仕事をしないので、長屋の家賃も滞納しがちだ。それでも、仕事仲間の彫師・木工(もく)や摺師見習いの志乃は、源吾の才能を評価しており、絵師である源吾が下絵をあげる日を待っていた(ちなみに浮世絵は、大衆に様々な情報を伝える江戸時代最大のメディア。多くの人々に届けるため、絵師が描いた一枚の下絵をもとに、彫師が木版を作製し、それを摺師が印刷するという工程をとっていた)。しかし、そんな源吾が自ら筆をとる日がやってくる。それは、傾きかけていた日本橋の大店「半田屋」をその千里眼によって持ち直させたという謎の女・楓からの依頼。とある目的をもって源吾に浮世絵の作製を依頼するが、これが幕末の動乱に大きな波乱を呼ぶことになる。
人気浮世絵師・歌川国芳が率いる国芳一門の面々が、江戸の浮世を舞台に繰り広げる人間ドラマ。武士の田坂伝八郎は、川へ身投げしたところを、浮世絵師の歌川国芳によって拾われる。「守るべき家も家族も お役目も 何もない」という伝八郎を「めェが捨てた命、この国芳が拾おう」といって、国芳は伝八郎を「伝八」と名付けて弟子にしたのだ。重い過去を背負いながらも、伝八はしだいに絵師として頭角をあらわしていくことになる。
主人公・伝八が入門することになる国芳一門は、江戸では名の知られた画工集団だ。それもそのはず、彼らを率いる歌川国芳は、江戸の町で人気絵師として活躍し続けている大師匠。しかしこの国芳、大師匠と呼ばれる立場ながら、川に身を投げた伝八郎を自ら褌一丁で救いあげる豪快な人物。江戸っ子らしく、火事とあらば我先にと駆けつけ、一門揃いの半纏をひっかけて火消しにあたる。こんな懐の深い国芳のもとには、個性豊かな弟子たちが集う。そんな絵師たちの中で、一度は命を捨てた伝八郎はただの「伝八」として生き直す道を見つけていく。本作は、浮世絵さながらに魅力的に、ダイナミックでありながら艶のある絵で、粋な江戸の浮世絵師たちを個性豊かに描きあげている。
豪快で奇抜な作風で江戸末期を代表する人気絵師となる歌川国芳の若き日々を描く時代劇漫画。江戸の町で貧乏な駆け出し絵師として暮らしていた国芳は、富裕な商人・佐吉と偶然の出会いをはたす。国芳の才能にほれ込んだ佐吉により、国芳は様々な出会いを重ね、後世に残る傑作を生み出していくことになる。作者が岡田屋鉄蔵名義で発表した『ひらひら 国芳一門浮世譚』に登場していた歌川国芳を主人公にして描いた、前日譚にあたる作品だ。
本作は、実在の浮世絵師である歌川国芳を主人公にして描かれた作品だ。後に押しも押されもせぬ人気絵師になる国芳だが、駆け出しの頃は絵が売れず食うにも困る生活を送っていた。当時の国芳は豊国(とよくに)一門という名門流派に属していたものの、豪快すぎる画風や奔放すぎる性分からか、冷遇されていたのだ。しかし、商人の佐吉は国芳の絵柄を気に入り、援助してくれる。佐吉との友情を育む中で、国芳はその才能を開花させていく。国芳の後世に残る傑作が、当時の江戸を賑わせた人気役者や、多くの物語にも登場する有名人との交わりによって生み出されるあたり、フィクションと史実を絶妙にクロスさせた、読み応えのある作品になっている。浮世絵の魅力を物語とともに味わえる傑作だ。
江戸で暮らすダメ侍の日常生活を浮世絵タッチで描くギャグ漫画。主人公の磯部磯兵衛(いそべいそべえ)は、立派な武士を目指して江戸で修行中の青年だ。日々精進するはずが、町をぶらぶらして春画を拾ったりするぐうたらな生活を送っている。武士道学校へ通うも、滝行がいやでサボったり、クラスメイトと酒を持ち込んだりとダメダメぶりは直らない。宮本武蔵や平賀源内、葛飾北斎といった歴史上の偉人が、時代や場所を超えて登場するユルい世界観も笑いを誘う。
本作は、いわゆる浮世絵的な絵柄で展開するトボケた雰囲気の1話完結のギャグ漫画だ。磯兵衛は青年武士という設定だが、その行動は現代の我々が「武士」といわれてイメージするものではない。道端で拾った春画(浮世絵の1種。現代でいうところのエロ本)をホクホク顔で持ち帰り、母親に隠れて読もうと四苦八苦。最終的には母親に見つかってしまった春画を恥ずかしさのあまり刀で斬る始末。ちなみに、設定は一応江戸時代なので、浮世絵界のレジェンド・葛飾北斎も登場する。外見が幼いせいで春画が買い難いという北斎が、磯兵衛に頼んで買ってきてもらおうとするという、これまた現代に通じるようなエピソードだ。芸術として評価されている浮世絵とギャグマンガを組み合わせることで唯一無二の面白さが生まれた。
老境に達した天才浮世絵師・葛飾北斎と、彼をとりまく江戸の人々を描き出す劇画ロマン。浮世絵界の巨人・葛飾北斎は自らの老いや、新しい才能・安藤広重の登場に、焦燥感を抱えながらも、絵師として描き続ける日々を送っていた。一方、狩野派の絵師を父に持ちながら北斎を師と慕う弟子・捨八(すてはち)は、枕絵師(春画専門の浮世絵師)として頭角をあらわしつつあった。そんな捨八に、北斎の娘・お栄(えい)と、八百屋の娘・お七(しち)は想いをよせていた。江戸の世に生きる人々の心の機微を2人の浮世絵師を通して描く。
本作は艶のある独特の画風で昭和の絵師とも呼ばれた上村一夫の代表作のひとつ。主人公は『冨嶽三十六景』で知られる浮世絵界のレジェンド・葛飾北斎。そして、もう1人の主人公が北斎を師として慕う捨八だ。葛飾北斎は、その生涯で途方もない数の引っ越しをしたといわれており、作中でもその描写がある。捨八は北斎が引っ越す度に苦労して新居を探しあて、訪ねていくのだ。血を描きたいと思えば自らの手首を切るような風狂ぶりをみせる北斎だが、住まいにはかまわないのか庶民のあばら家とかわりない。そんな家で、捨八が八百屋の娘・お七から調達してきたたくあんをかじりながら、師弟は酒をくみかわす。江戸の庶民のリアルな暮らしぶりと、2人の絵師が人生でふと出会う人々との交わりがつむがれていく。