吉田戦車の名を世に知らしめた不条理ギャグ漫画の金字塔。「かわうそ君」は、まるで着ぐるみを纏ったかのような風貌の人間臭いカワウソだ。いつも友達の「かっぱ君」を、脈絡のない言動で振り回すのが日課である。一方で、受験生のカブトムシ「斎藤さん」は汗にまみれながら、なぜか手作りマヨネーズを練っている。そんなキャラクターたちが織りなす日常は、街ゆく人々を驚かせたり不安にさせたりするのであった。2009年に配信アニメ化、実写ドラマ化された。
本作は基本的に一話完結の4コマ漫画であるが、特筆すべき点は、作品に登場するキャラクターの特異さと豊富さであろう。代表的なキャラであるかわうそ君や斎藤さんは、見た目のキュートさもさることながら嫉妬深かったり一生懸命だったりと人間臭さが際立っている。だが、頭にこけしを載せた少年「こけし」や頭に血まみれの包帯を巻いた少年「傷」は、人間でありながらボソッと呟く一言が周囲を不安や恐怖に陥れる毒を含んでいる。また、全く何の生き物かもわからない奇怪な風貌の「山崎先生」は、さわやか熱血教師で生徒からの信頼も厚い。そんな彼らが繰り広げる不条理ワールドは、頭で考えるよりも感じたままに笑うのがオススメだ。お気に入りのキャラを見つけて楽しむのもいいだろう。
動物をはじめとした摩訶不思議なキャラクターたちと人間が織りなす不条理ギャグ漫画。かわうそのメイド「和歌子」は、主人である「ダンナ様」のためを思いせっせと働くが、いつも空回りしてぶっ飛ばされている。「犬」は、飼い主である「主人の奴」こと犬山カズオの一挙手一投足に関心を寄せているが、名前を決めてもらえないのが悩みのタネだ。それぞれの世界で、動物たちは時には人間の不条理さに耐え、時にはふれあいながらまったりと暮らすのであった。
本作は、吉田戦車のヒット作『伝染るんです。』のシュールな世界観を踏襲し、さらに動物と人間の関係性にスポットを当てている。特に、『伝染るんです。』の主要キャラクターである「かわうそ君」が「山田」と名を変え再登場しているのが見どころだ。また、山田だけでなく、和歌子や犬の物語がそれぞれ連作のように描かれているのも大きな特徴である。本作は吉田本人も登場しており、「ポスティング」という仕事の名称から妄想して、ポストをゴールとしたラグビーのような競技を思い描いたり、サッカーのハーフタイムにチアリーダーが踊らないことに立腹したりと突拍子のない話をしては、相棒の「猫」に冷静なツッコミを入れられているのも面白い。作者の脳内を垣間見たような気分になれる作品である。
架空の県出身の主人公が、他県の出身者たちと繰り広げるご当地自慢ギャグ漫画。主人公・つとむは東京にある「五郎商事」へ就職のため上京したピチピチの新入社員だ。出社初日、先輩社員のよし子から出身県を尋ねられ、不機嫌な態度を取ってしまう。実は、彼の出身地はマイナーな「ぷりぷり県」だったのだ。東京への敵対心と郷土へのコンプレックスに揺れるつとむであったが、徐々に他県出身者の同僚たちと打ち解けてゆく。関連作に『忍風! 肉とめし』がある。
ぷりぷり県は日本のどこかにあるが、詳しい位置は明らかにされていない。しかし、他県と一風変わった風習や名所に溢れており、個性的な県であることは確かだ。つとむは、東京には「紫」の信号がないと立腹したり、駅弁フェアでは名物である「ガガーリン弁当」の貧相さに落ち込んだりと、図らずも自分の故郷に振り回されている。だが、埼玉県出身のよし子や、名前の「む」繋がりだけでつとむを溺愛する千葉県出身のイサム本部長など、理解者に囲まれながら徐々に東京の生活に慣れてゆく。本作はぷりぷり県と他県との対比が、吉田戦車特有のシニカルな視点で描かれているのが特徴だ。また、各巻の表紙に載っている奇妙な料理がすべてぷりぷり県名物なのもシュールで面白い。
吉田戦車が、妻である漫画家・伊藤理佐との間に生まれた女児の育児を独自の視点で描いた子育てエッセイ。共にバツイチの二人は結婚して2年、アラフォーの妻が待望の懐妊となった。つわりは軽いが、食の好みが激変したり、些細なことで感情が揺れ動いたりするさまに吉田はたじろぐばかりだ。酒をやめた妻の前で飲酒して怒られたり、出産時の立ち会い問題で一悶着あったりと、生まれる前後からよくもめる夫婦であったが少しずつ「親」になってゆく。
シュールギャグ漫画の巨匠である吉田戦車らしく、その視点や思考は独特だ。妻が産気づいているときにもかかわらず、仲間にさっき飲み代をおごってもらえたことばかり考えていたり、妻が再三やめてくれと言っていた立ち会い出産なのについ産室に入って怒られたりと、クスリと笑わせる描写に溢れている。その一方で、生まれた娘に対し親として「おめでとう」を言っていいのかと真剣に悩む姿に思わず考えさせられてしまう。しかし、吉田特有のシュールさや毒気は一切なく、娘の誕生から小学校に上がるまでの数年が微笑ましく描かれているのも事実だ。巻中には伊藤理佐の視点から書かれたコラム「伊藤の言い分」も掲載されており、育児エッセイとして共感しつつ楽しむのがいいだろう。
吉田戦車のご当地漫画『ぷりぷり県』の世界を舞台に、肉料理のレシピを求める女忍者の暗躍を描いたグルメギャグ漫画。時は現代、P県(ぷりぷり県)にある山深い秘境・虎尾の里の領主である虎尾岩髭(いわひげ)は肉と白ごはんが大好物だ。料理人・草村カンゾウの作る市販の焼肉のタレを使った料理に辟易していた岩髭は、「めし」に合う新しい肉料理を作るよう命ずる。山野を駆けめぐり情報収集することができないカンゾウは、駆け出しの虎尾忍びである彼の娘・草村ハコベを呼び出す。
「肉とめしの間には調味料以外入ってはならぬ」という岩髭を満足させるべく、ハコベは虎尾の里を散策する。一人キャンプに興じる若者が弁当の白飯に生醤油をかけて食べるところを目撃したハコベは、カンゾウにレシピのヒントを報告。フライパンで焼いた豚肉に生醤油をかけただけのシンプルな料理に岩髭は大満足し、カンゾウのメンツも無事保たれた。その後もハコベは、「料理忍び」として、岩髭の所望する肉料理を求めてP県を縦横無尽に駆けめぐる。本作は、酢豚や、カレーに入っている豚肉、米粉で揚げた唐揚げ、鍋料理、蒸し料理など、肉を使ったさまざまなレシピがざっくりと紹介されている。巻中には吉田戦車自ら筆を執った食に関するコラムも掲載されており、読み応えたっぷりだ。