広告代理店に勤める若手デザイナー・朝倉光一と、類いまれな絵の才能を持ちながら父の死をきっかけに、描くことをやめてしまった少女・山岸エレンの交差する運命の重さを描いた、「才能」をテーマとするクリエイター業界群像劇。自身主導のプレゼンで大きな仕事を勝ち取った光一は、経験不足という理由でその仕事から外されてしまう。こらえようのない鬱積した感情を抱え光一は、初めて「エレン」という才能と出会った横浜の美術館へと向かう。
完結済みのかっぴーによる原作を、nifuniがリメイクし、現在連載中の作品である。この作品は、光一の視点、エレンの視点の両方から描かれる。10年前にエレンが美術館の壁に描いた落書きに関し、光一・エレン2人の過去が順に描写される。非凡な才能の持ち主でありながら、それがきっかけで父を死に追いやってしまったエレンの行き場のない怒りから描かれたこの天才的な落書きが2人の運命を交差させる。本作のキャッチコピーである「天才になれなかった全ての人へ」というフレーズですでに胸をえぐられる人が多いのではないだろうか。才能を持たざる凡人である光一、持てる天才であるエレン。どちらの苦悩もこまやかに描写され、心がかき乱されるような作品である。
昭和30年代前半を舞台に、「漫画の神様」手塚治虫を一方的にライバル視し、対抗心を燃やし追い続ける主人公・海徳光市(かいとくこういち)の奮闘を描いた漫画家コメディ漫画。海徳は月刊誌に3本の連載を抱える、まずまずの売れっ子漫画家である。表向きはアンチ手塚であるかのようなことを口にするが、内心では手塚に憧れており、人目をはばかるように手塚作品をコレクションし、手塚のエピソードなどを知れば真似をしてしまうのであった。
天才・手塚に強い憧れを抱きつつも、表向きにはことさらに対抗心を強調する海徳の心象が非常に微笑ましい本作。強烈なライバル心を持ちつつも、同時にその憧憬を隠しきれていない愛すべきキャラクターだ。手塚本人のあずかり知らぬところで、海徳が手塚のエピソードを真似ようとしているところも面白い。また、手塚のエピソードや、当時の文化といった時代考証がしっかりしており、それが本作のリアリティを強固なものとしている。以上の点から、いわゆる「漫画家漫画」は数あれど、本作は中でも個性派の異色作品だといえるだろう。本作で披露される手塚の実際のエピソードなどから、彼の天才性が浮き彫りになっており、あらためて漫画の神様の偉業を知るのにも持ってこいの作品だ。
世界でも有数の救急医療の腕を持つ外科医・朝田龍太郎の目を通して、現場のリアルを描き出す本格派医療ヒューマンドラマ。医師を辞め、田舎で暮らしていた主人公・朝田。そこへ明真大学医学部助教授の加藤晶(かとうあきら)が彼を自分の大学病院に呼び入れんがため訪れる。一旦は拒否する朝田であったが、同僚の里原ミキの救命救急処置を行ったとき、かつての医療への情熱に再び火が灯り、外科医として復帰するのであった。2006年、2007年、2010年、2014年に連続実写ドラマ化されている。
緻密な手術過程やリアルな医療現場の描写で評価の高い本作。それもそのはず、原案者の永井明は、医師・医療ジャーナリストとして、多数の著作に加え、複数の医療作品の原案・監修を手がけ、医療現場と社会との橋渡しをした人物だ。本作でも大学病院の腐敗、医療ミス、院内感染、派閥闘争など、医療現場の負の面にも真っ向から斬り込んでいる。また、作者の画力の高さ、巧みな心理描写も相まって、目の離せない作品となっている。医療の現場に携わってきた原案者と心理描写の巧者である作者の手によって、朝田の集めたバチスタチームのメンバーをはじめ、魅力あふれる登場人物が生き生きと描かれている。現代医療漫画の決定版と言ってよい作品だ。
主人公・鮎喰響(あくいひびき)は類いまれなる文才を持つ女子高生。響の常識にしばられない言動が、周囲を巻き込み世界を変えていく、一風変わった文壇青春漫画。文芸誌「木蓮」の新人賞宛に送られた応募条件を満たさない投稿原稿。誰の目にも触れず捨てられていた「鮎喰響」という無名作家の投稿原稿を、編集部員の花井ふみが偶然目にとめたところから物語は始まる。2018年に『響 -HIBIKI-』として実写映画化された。
誰の目にもとまらずに破棄されるはずだった響の原稿が響と文壇を結び付けた。響の才能の奔流は文壇のみならず世界を巻き込んでいく。響の奔放な性格と言動は、周囲の理解を得難いものであるが、一見破天荒に思えて筋が通っている。響は小説を通して、作家や編集者、マスコミ関係者など様々な人と出会っていくが、彼女のその姿勢は変わらない。そんな響の投稿作品「お伽の庭」が、芥川賞・直木賞を同時受賞し、世間はいよいよ彼女の才能から目が離せなくなる。他者の価値観に屈しない天才として、ときには破天荒な行動に出る響であるが、その実、学校の文芸部では女子高生らしいところも見られる。天才といえど、止まり木となる場所が必要なのかもしれない。
戦国時代末期から江戸時代初期を生きた剣豪・宮本武蔵を主人公とした本格剣戟漫画。宮本村に新免武蔵(しんめんたけぞう)として生まれた主人公が宮本武蔵と名を改め、武芸の達人らとの戦いの中で成長し、剣の道での天下無双を目指していくという本作。鬼気迫る斬りあいの描写や、登場人物の心象が作者の圧倒的画力と表現力で描かれる。作家・吉川英治の手による名作剣豪小説「宮本武蔵」を原作とし、そこに作者が独自の解釈をもって描き出した骨太の作品だ。
悪鬼と忌み嫌われた孤独な少年であった武蔵が、人との出会いにより成長し、やがて当世一流の武芸者たちと命のやり取りをしながら流浪し、剣の道をきわめていく本作。単純な剣戟アクションものとしても高品質であるが、それだけにとどまらない凄味がある。剣の時代が終わろうとしている世で「強い」とはいかなることかというテーマの上で武蔵ら武芸者が苦悩しながら、ひたすらそこに辿り着こうと、もがきながら生きる求道の物語なのである。なおタイトルである「バガボンド(vagabond)」とは英語で放浪者、漂泊者を意味し、本作により深みを持たせている。バスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』を描き切った作者が、青年漫画誌に表現の場を移し辿り着いた新境地である。