勉強や人付き合いをそつなくこなしながらも空虚な気持ちを抱えていた主人公が一枚の絵に惹かれ、美術の世界にのめり込んでいく青春漫画。矢口八虎(やとら)は髪を金色に染め、ピアスを開けている。素行が不良である一方で成績上位をキープする優等生でもあった。不足のない日常を送っていた八虎は、ある日美術室で1枚の絵に心を奪われる。2021年テレビアニメが放送された。
八虎は努力が苦にならないタイプの少年だ。人間関係を円滑にするため、誰かが欲しい言葉を口にし、行動する。それによって八虎は称賛されはするが、彼自身が称賛を欲して行動するわけではない。必要だから行っているだけで、心から望んでいるわけではない。だからこそ、八虎は満たされないのだ。そんな彼の心を動かしたのが美術部の部長、森まるの描いた絵である。八虎とまるの会話で衝撃を受けたのが、必ずしも、才能がある誉め言葉とはならないところだ。絵も技法など学ばなければならないこと、磨かなければならないことは多い。しかし、それを才能という言葉で一括りにされることで、努力が見えなくなってしまう。何事も努力の上で成り立っている。八虎が、読者に身をもって教えてくれる。
自分を絵の天才だと思い込んだまま成長した主人公が美大合格を目指す、少女漫画家である作者による自伝的コミックエッセイ。宮崎県で誕生した林明子は少女漫画が大好き。物心ついたころから少女漫画家を目指していた。成長し高校生になった明子は、東京の美術大学に入学し、在学中にデビューという大まかな夢を抱いていた。それでは合格できないと受験仲間に指摘された明子は、紹介された絵画教室に通い始める。
絵画教室には、美大受験や絵画を趣味としている人が通う。生徒が描いた絵に対して、先生がアドバイスするというのが一般的な絵画教室だろう。明子が通う「日高絵画教室」の講師・日高健三は、読者の想像よりも突き抜けた人物として鮮明に記憶に残るだろう。短く借り上げた髪に鋭い目つき、上はジャージで何故か指導中は竹刀を持っている。指導はとにかく厳しく、指定時間内に描ききれない生徒を容赦なく竹刀でたたく。いろいろと問題がある指導ではあるが、尻を文字通り叩かれなければ成長しないというタイプには向いているのかもしれない。努力を強制的に積み上げさせていく。芸術もスポコンだ。
憧れの大手の広告代理店にデザイナーとして勤務し、有名になることを目標に頑張る主人公や、その周りのクリエイターたちが、圧倒的な絵の才能の持ち主と関わり合っていくクリエイター群像劇。美大を卒業後、大手の広告代理店に勤務した朝倉光一は、有名になることを夢見てがむしゃらに仕事をしていた。ある時大きなコンペでプレゼンを任されるが、プロジェクトからは外されてしまう。失意の中横浜に向かった光一の脳裏には、学生時代に出合った絵が蘇っていた。原作はかっぴーの同名漫画。2019年テレビドラマ化。
本作はかっぴーの同名漫画をリメイクした作品だ。主人公は広告代理店に勤務しているが、作品の舞台はデザインに関わる多くの業種が登場する。美大というと絵がまず思い浮かぶが、彫刻や陶芸など様々な分野を教えている。その中で芸術と縁遠くとも一番身近なのがデザインだろう。物には形がある。商品を作るとき、どんな形にするか、パッケージはどうするか、ロゴは必要か。様々なところで「形にすること」が求められ、人々の記憶に残る形を作るのがデザイナーの仕事だ。広告代理店のデザイナーは華やかに見えるが、認められるまでは辛抱が必要だ。光一の様子を見るに、厳しい業界であることは容易にうかがえる。芸術は手に取るほど身近にあり、そこに人の努力があるのだと改めて知った。
夫と死別した主人公が、映像を専攻する美大生と偶然出会い、映画製作にのめりこんでいく、青春グラフィティ。茅野うみ子は65歳で夫と死別した。49日も過ぎた頃、趣味をすすめてくるおしゃべりな近所の人から逃げるために、映画館に飛び込んだ。そこで中性的な若者カイと出会う。客席ばかり見ていたうみ子の行動に共感したというカイの言葉に、心が沸き立ったうみ子は、映像専攻の美大生だというカイに、ビデオデッキを直せないかと声をかけるのだった。
高齢者とは65歳以上の人と定義されている。しかし現代のシニア層は精力的に活動しており、働いている人も少なくない。新しいことを始めるには遅い年齢ではないだろう。映画を見ている人を見るのが好きだといううみ子。カイに「映画作りたい側なんじゃないの?」と指摘されたことから、映画製作をはじめ、なんと美大に入学してしまう。老後の趣味というにはあまりに本格的だ。学びたい人が本気で学ぶ。大学の意義をうみ子の日々から感じ取れる。
美大の学食に勤務する主人公と毎日うどんばかり注文する美大生が、互いに声をかけられず妄想を膨らませながら関係を深めていく、年の差妄想ラブストーリー。村田チカは35歳。美大の学生食堂で働いている。食堂ではうどんを担当しているのだが、毎日素うどんを食べにくる学生がいることに気が付く。もしやこの子、自分に気があるのでは、と考えてしまうチカ。一方の木野も、大量のネギがのせられたうどんを前に、この人は俺に好意があるのではと想像を巡らせてしまうのだった。
専攻する分野によって、大学生活にかかる費用は異なる。とりわけ、美大の学費は高いというイメージがあるだろう。学生の懐事情を垣間見ることができる場所、それが学食だ。チカが勤務する美大の学食は、素うどん94円。ねぎのおかげで、完全に具なしではないのが嬉しい。格安の値段でうどんを提供しているということは、それだけ懐事情が厳しい学生もいるという証拠だろう。素うどんばかり食べている木野も絵具で汚れたつなぎを着て、毎日素うどんを食べに来る。素うどんの値段に、意欲的に学ぼうという学生を応援する心意気を感じる。