漢の熱い戦い!戦国時代を描いたマンガ10選69 Pt.

戦国時代を舞台に漢たちの戦いを描いた青年マンガを10作品紹介!

作成日時:2018-07-28 12:00 執筆者:マンガペディア公式

漢の熱い戦い!戦国時代を描いたマンガ10選

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概要

漢の戦いが幕を開ける!戦国時代を舞台にしたマンガを10作品紹介する。

『センゴク』

1567年8月15日。「織田信長」は「斉藤龍興」の「稲葉山城」に総攻撃をかけた。そして、その「稲葉山城」では恐怖に怯えている15歳の若武者「仙石権兵衛秀久」がいたのである。幼馴染の侍女「お蝶」を逃がし、あとは自分が戦うのみ。死ぬことを恐れている「権兵衛」に「川爺」は生き恥を晒すなと言う。刀は実践では役に立たない、一番怖いのは弓だと言った直後に流れ弓に頭を射抜かれ死亡した。泣き叫ぶ「権兵衛」、せめて「お蝶」といたかった惚れてたと叫ぶ「権兵衛」の元に戻ってきた「お蝶」。一緒にいたかったとは言ったが死なれては困る。生きてこの城から脱出する、絶対に生き残ると宣言する「権兵衛」に涙する「お蝶」。改めて気合を入れ直す「権兵衛」は改めて「お蝶」を送り出したのだった。再会の場所を叫び、また会うことを約束した2人だった。馬を奪い走り出す「権兵衛」は敵から弓の攻撃を浴びることとなる。「川爺」が目の前で弓に射抜かれた恐怖を思い出し震えるが、死ぬわけにはいかないと必死に駆け抜けるのである。そして槍を振り回し、敵の中に飛び込んだ。果たして、「権兵衛」は「織田信長」軍に勝ち、「お蝶」と再会することは出来るのか?

『伊達の鬼 軍師 片倉小十郎』

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戦国時代、「織田信長」が天下統一に向けてその勢力を拡大していた頃。東北の奥羽地方では未だ群雄ひしめく乱世の最中であった。「片倉小十郎景綱」は若君「梵天丸」の右目を小刀で抉り取ったことで、死を宣告されていた。「梵天丸」と「片倉」は家臣と主君の関係であり、どんな理由があるしろ「片倉」がやったことは大罪である。失明し、酷く膿んで飛び出ていた右目をコンプレックスに暗く内気な性格になってしまった「梵天丸」。「片倉」はその憂いを取り除くことで「梵天丸」に前向きになってほしいと考え取った行動だった。「片倉」の発言に怒る重臣たち。そこへ現れた現当主「伊達輝宗」は望みを申せと言う。重臣たちは死罪確定で最後の望みを叶えてあげようと言う「輝宗」の優しさかと思った。「片倉」は一献いただきたいと申し出、「輝宗」は自ら盃をとらすと言い出したのである。「輝宗」は「片倉」との出会い、その時の思いを吐露。そしてよくやってくれたと敬うのである。そして「梵天丸」も自分のためにやってくれた「片倉」を死罪にするなど許さない、約束したんだと乗り込んでくる。「梵天丸」、彼は後の「伊達政宗」である。

『ドリフターズ』

1600年、関ケ原・烏頭坂。「島津豊久」は伯父「島津義弘」を無事に薩摩へ帰すため、追撃してくる「井伊直政」率いる隊と戦った。「直政」の首を取ろうとする「豊久」だったが、「直政」を守ろうとする敵兵士たちに阻まれてしまう。銃で「直政」を撃ち当てるが、「豊久」も多数の槍に刺されてしまうのである。結局、「直政」は兵士たちと共に撤退。「豊久」は重傷を負ったまま取り残されてしまうのだ。痛みと戦いながら辿り着いたのは不思議な空間。そこにはデスクに向かう男が1人いるだけだった。その男「紫」が書類に何かを書き入れると、「豊久」は壁から落ちてまた異なる空間へと飛ばされるのである。目が覚めると目の前には耳の尖った人物、エルフが…。「豊久」は地獄へ落ちたのだと思いまた意識を手放してしまう。漂流物(ドリフターズ)だと判断したエルフたちに運ばれて辿り着いた先は廃城。そこには「織田信長」だと名乗る男がいた。しかし、「信長」はとうの昔に亡くなったはずだ。「豊久」は混乱し攻撃を仕掛ける。そこへ仲裁に入った「那須与一」。彼もまた亡くなっているはずの人物である。戦国最強のサムライが異世界で国盗りをすることとなる。

『信長』

永禄3年、「今川義元」率いる軍勢が「織田信長」のいる城のすぐ近くまで迫ってきていた。重臣たちが騒ぐも「信長」は全く動こうとしなかったのである。じたばたしてもくるものはくる、四万五千の軍勢を止めようがないと言う「信長」。「今川」の後、群雄割拠を勝ち抜いた「上杉」・「毛利」・「島津」・「大友」などの強者が自分の相手だと。時刻は丑の刻、「信長」がやっと動き出す。「梁田政綱」から「義元」本陣の位置報告を受けた「信長」は、刀を手にするのだ。そして、「岩室重之」・「長谷川正監」・「松井長門守」・侍女「小桜」を次と斬り殺す。その4人は「今川」方の謀者だったのである。それに気づいていた「信長」はここぞという今、彼らを殺したのだ。いよいよ「信長」が表舞台に躍り出る!!そして 桶狭間で「織田信長」の名を世間に響かせることとなるのだ。弘治元年、「信長」は新式種子島(銃)を戦に取り入れることを決断。命中率も上がった新式種子島は甲冑武装をも突き破る威力を持つ。種子島を用いた戦が日本の戦を変えると確信していたのである。「信長」の天下統一する野望がまた一歩近づいた瞬間である。

『戦国ゾンビ~百鬼の乱~』

1582年の冬。「徳川家康」が「織田」・「北条」を動かし「武田」軍に攻撃を仕掛けてきたことで、「武田」軍は壊滅。父「武田信玄」の頃に日本最強と謳われた「武田」軍だったが、大殿「勝頼」に付き添う配下は40人もいなかったのである。だが、護衛の特殊部隊「赤葬兵」が「勝頼」たちを守っていた。「赤葬兵」隊長「金丸定光」たちに守られながら「天目山」を目指す「勝頼」たちであったが、女・子供が一緒のため進みは遅かった。一方、「赤葬兵」副長「土屋昌恒」は若様「信勝」と共に行動していた。こちらは順調に進んでいたが、道中に「織田」軍の襲撃を受けることとなる。1人で食い止める隙に、他の「赤葬兵」と逃げてくれと言う「昌恒」に「信勝」はそんなことは出来ないと言う。だが、これが我らの使命、「武田」の血がある限り屈さない。「土屋直正」に連れられ、「昌恒」を信じて先に進む決断をした「信勝」。そして「昌恒」は「織田」軍からの攻撃をたった1人で受けるが、圧倒的な強さで制圧するのだった。しかし、敵は「徳川」だけではなかったのである。迫りくる既に息絶えたはずの死者。人のようで人ではない、そして人を食う化物の群れ。「赤葬兵」は死者の群れから「武田」を守ることが出来るのか。

『早雲の軍配者』

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1518年、両親を亡くした13歳の「風間小太郎」は妹の「奈々」と2人で暮らしていくために、毎日休みなく働く日々を送っていた。ある日、寺仕事の最中に「和尚様」から声を掛けられた。その「和尚様」と一緒にいたのは「韮山城」城主である「韮山様」こと「早雲庵宗瑞」だったのである。以前から「和尚様」に仏門に入って京で修行することを進められていたのだが、「小太郎」は俗世を捨てて妹と縁を切るなど出来ない、たった1人の妹を守れない者が民を守れるはずがないと言うのである。「和尚様」は仏門以外で「小太郎」の才能を生かすことは何かと考え「韮山様」に相談していたのだ。「韮山様」に目をかけられた「小太郎」が面白くない叔父御で「風間党」棟梁「風間六蔵」は、「小太郎」を摘もうと企んでいた。「小太郎」の父「五平」がいなくなり、「風間党」のトップの座に就いた「六蔵」にとって邪魔でしかないのである。一方、「韮山様」から課題とされた太平記を全て読み終えた「小太郎」は、「韮山様」と太平記の笠置の城で図上合戦することに。そこで戦を指図する者、軍配者について教わる。「韮山様」は「小太郎」に、いずれ戦に出る孫「千代丸」を支える軍配者になってほしいと言う。この時から「小太郎」の運命は大きく動き出した!!

『島津戦記 九州統一編』

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1549年。第15代当主「島津貴久」の次男「義弘」は内緒で向かった「黒川崎」で、初めて目にした鳥銃の撃ち方を教わるとまわりの制止も聞かず発砲。その一撃は、半年も対陣が続いた「加治木城」主「肝付兼演」を降伏させる事態へと発展させたのだった。これからは鳥銃主体の戦に変わっていくと理解していた「肝付」は、鳥銃や火薬の仕入れ経路を持つ「島津」家に勝てるわけがないと言うのである。「肝付」家が「島津」家の旗の下で戦うことを機に、「貴久」と「日新斎」は息子たち「義弘」・「義久」・「歳久」に元は島津領地であった薩摩・大隅・日向の3州奪回を命ずるのだった。それから5年後、岩剣城の戦いが始まる。「貴久」と「義久」の陣に分かれ、「歳久」の策略で戦うのである。1か月後「歳久」の思惑通り、敵陣は岩剣城へ押し寄せ、「島津」家が見事に制するのだった。しかし、この戦で命を落とした者もいた。その中には「義弘」の軽率な行動が原因で命を落とした者がいたのだ。「島津」家の者のためなら死ねる。それが「島津」の強みであり、幾多の尊い命の上に今の島津があるという「義久」。「島津」の紋を背負う者として断じて無駄死にするような浅はかな行動をすることはするなと「義弘」に強く伝えるのだった。そして「岩剣城」の戦を足掛かりに、大隅制圧は成功することとなる。

『戦国妖狐』

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時は永禄7年。「兵頭真介」は妖狐「たま」と仙道「迅火」という義姉弟と出会う。頭領の居場所を捜しているという2人を案内するのである。悪行撲滅し、人間や闇(かたわら)が争わずに暮らすことが出来る世の中を目指している「たま」は、頭領たちにその理論を説く。しかし、笑う彼らを短気な「迅火」が攻撃したため、戦いが始まってしまうのである。「真介」が頭領を斬ろうと頭へ真っすぐ剣を振りかざすと、兜から突然手が生えてその剣を止めたのだ。頭領は闇だったのである。闇とは魍魎・亡霊・変化人外の総称。「たま」は「迅火」に倒せるかと問う。精霊転化ならと答えると手の甲を噛み切り「迅火」に血を舐めさせるのである。秘術である精霊態となった「迅火」は最強だと「たま」は言う。その言葉の通り、一撃で頭領を倒すのだった。そして、「たま」は自分たちは世直し姉弟だと言い放つのである。頭領も倒したので次へと向かう「たま」と「迅火」。世直しがしたい「たま」に無理やりだと言いながらも付いていく「迅火」。果たして2人の旅の先にあるものとは…?

『後藤又兵衛-黒田官兵衛に最も愛された男-』

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1581年。軍令違反の抜け駆けで常習だった「後藤又兵衛」は、またも先走った行動に出たため陣形を崩したため処分待ちとなっていた。そこへ「羽柴秀吉」の軍師であり今の戦の淡路島攻め総大将「黒田官兵衛孝高」が現れたのである。「官兵衛」は昔「又兵衛」の父と親交があり、これも何かの縁だと思い「又兵衛」の処分を自分が預かったと言う。侍を辞めた「後藤一族」のはずが敵の軍に入ってまで戦場に残る意味、それが気になっていたのだ。そこで賭けをしないかと提案。配下の「栗山善助利安」と試合して勝ったら無罪放免、負けたら「官兵衛」の好きなように処分すると言うのである。剛腕の勢いで戦う「又兵衛」に「孫子」の言葉でアドバイスする「官兵衛」。「利安」の圧倒的有利な試合かと思われたが、「官兵衛」の言葉から頭を使った戦略に変えて奮闘するのだ。しかし、最後は「利安」の勝利となる。「官兵衛」は「又兵衛」の父に「又兵衛」のことを頼まれていたのだと言う。賭けに勝った「官兵衛」は「又兵衛」に我が旗下に入れと命ずるのである。「又兵衛」の人生は「官兵衛」との出会いによって大きく変わっていくこととなる。

『義風堂々!! 直江兼続 ~前田慶次 月語り~』

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戦国時代末期。出羽国に「無苦庵」と呼ばれる詫びた庵があった。そこの主が「前田慶次」である。ある夜、「直江兼続」が一献しようと訪ねてくるのだ。月を見ながら何かを話すわけでもなく、ただ酒を飲む。50歳を超えた「慶次」と40歳を超えた「兼続」、戦場を共にしてきた2人に言葉はいらなかった。「兼続」が帰った後、従僕である「吾平」が「兼続」の若い頃の話が聞きたいと言い出すのである。「慶次」は死ぬ覚悟があるなら話すと言うのだ。「兼続」の昔の話は墓場まで持っていく秘密。「吾平」にはそう言ったが、1人酒を飲みながら月に「兼続」について語り出すのだった。時は天正4年、「兼続」が「樋口与六」と呼ばれていた時代。「与六」は小姓をしていた「上杉景勝」に「織田信長」が築城を始めた安土へ行き、「信長」見物をしてくると出ていったのである。「与六」は雲のようだと言われていた。そして「上杉謙信」からは「与六」がいつか「上杉」を守る男になると確信していた。当時、安土山の麓では全国から集められた人足職人たちを目当てにした商人や遊女たちでにぎわっていた。その街に姿を現した「与六」は「信長」の魂胆を見抜いている遊女から有益な情報を仕入れたのである。

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