キングダム

キングダム

中国の戦国時代後期を舞台に、身分の低い戦災孤児ながら「天下の大将軍」を目指す少年・信と後の始皇帝、秦の若き王・嬴政が自らの運命を切り開いていく様を描く歴史漫画。サクセスストーリーであり、戦乱の歴史に翻弄されるヒューマンドラマに満ちた群像劇でもある。第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞作。テレビアニメは第1シリーズ(2012年6月から2013年2月)、第2シリーズ(2013年6月から2014年3月)がNHK BSプレミアムで放送。その後NHK総合地上波放送でも放送。

世界観

キングダム』は戦国時代後期(紀元前245年以降)、後の始皇帝・嬴政が少年だった頃の中国を舞台に始まる。その頃、「戦国の七雄」と呼ばれるが覇を競い合い、戦いを繰り広げていた。他にも後に秦の盟友となる山の民、騎馬民族の匈奴など異民族も多数存在し、中華はまさに戦乱の時代にあった。戦国の七雄と一口に言っても、各国の国力には差があり、一番の大国は中華の半分近くを領土に持つ楚。次が嬴政の祖父・昭王の代に一気に勢力を伸ばした秦。その下に趙、魏、斉、燕の4国が続き、領土が小さく軍備力も少ない韓が最弱国と見られていた。また趙は隣国の秦と長い間敵対関係にあり、「長平の戦い」で秦軍総大将・白起が投降した趙兵40万人を生き埋めにしたことで、秦に対して激しい恨みを抱いていた。

後の始皇帝となる嬴政は、父である荘襄王が即位後3年で亡くなったためわずか13歳で秦の王位に就く。しかし、その王位はお飾りに過ぎず、国の実権は丞相(じょうしょう)である呂不韋竭氏が握っていた。竭氏は王弟・成蟜と手を組み反乱を起こすが、嬴政の反撃に遭い失敗に終わる。これにより竭氏一派は政治の表舞台から姿を消し、呂不韋が実権を掌握した。『キングダム』の主人公・は嬴政に出会い、一緒に戦乱に身を投じていく。信は戦災孤児で下僕という最も低い身分で、世間のことはほとんど何も知らない。ただ「天下の大将軍になる」という野望を達成しようと、必死に生きている。しかも、この野望を達成するための武器は、と鍛えた剣の腕だけというシンプルさだ。信は仲間たちとの熱い結束力で数々の武勲を打ち立て、大将軍への出世を目指していく。

キングダム』で覇を争う各国は優れた武将を多く抱えていたが、中でも有名なのが「趙の三大天」と魏の「魏火竜七師」、そして「秦の六大将軍」である。「秦の六大将軍」とは白起王齕胡傷司馬錯王騎の六人のことで、昭王から特別に独断で戦いを行うことを許されていた。なお、「秦の六大将軍」のうち、嬴政の時代まで生き残っていたのは王騎ただひとりである。裏の世界にも「秦の六大将軍」のように広く名を知られた存在がいる。それが暗殺一族・「蚩尤族」である。彼らの存在は暗殺者の間でも伝説となっており、「人を超えた化け物」として恐れられている。「蚩尤族」は、元は巫女の一族で「巫舞」と呼ばれる特殊な舞いによって身体の潜在能力をフルに引き出すことができる。主人公・の仲間である羌瘣も、この「蚩尤族」の出身である。

中国の戦国時代の最終的な結末は、秦王・嬴政による中国統一ということが史実である。また、実在の有名武将たちの生死や戦いの勝敗も、歴史的に結論が出ている。『キングダム』もそれがベースになっているため、ストーリーの骨子や合戦の勝敗等はきちんと歴史的事実に基づいている。作中には『史記』の「○○死す」や「○○勝利す」のように、原文がそのまま載せられていることも多く、そこに『キングダム』の物語としての重みがあり、正確な時代考証の裏付けが物語に真実味をもたせ胸を打ってくる。

この変えようのない結末や大きな歴史的ストーリー展開の中で、様々なドラマを生むためのいわば「狂言回し」が信である。『キングダム』の面白さの中核は、信のキャラクター設定や、何があってもめげずに前進して夢を掴もうとする信の態度にこそ表される。通常の場合は主人公には秦王・嬴政が設定されることが一般的だが、『キングダム』ではあえて信を主人公に据えている。信が世間や戦乱の荒波にもまれていくため、生々しくリアリティが感じられる人間ドラマを生んでいる。

キングダム』の魅力は、個々の登場人物たちが背負っている、それぞれの運命や人生の重荷と戦う姿にある。登場人物たちは異なった人生哲学や生活を持ち、国や家族や自分の利益や復讐のために自分の持てる能力すべてを捧げ戦っていく。いわゆる「戦う人間のドラマ」であり、あまたの権謀術数や謀略のエピソード群は人間の業そのものを活写している。現代は戦国時代でこそないが、受験戦争もあれば就活、婚活、終活もあり、勝敗も歴然としてある。

キングダム』の登場人物たちが歴史のうねりに翻弄されていく毀誉褒貶は決して他人事ではなく、それが『キングダム』という物語の深さやリアリティをさらに深めている。信が世間の非情なルールや個性あふれる人々とせめぎあい生き抜いていく姿は、まるで等身大の自分を見ているような感覚を呼び読者の共感を得る。読者は信と一緒になって戦乱の中へ飛び込み、戦国時代の荒ぶる世界の奥へ入り込んでいく。

もちろん、完全なる歴史ものではない。描かれている町並みや服装などは、ほとんど創作である。作者は中国への取材旅行で当時の城の復元を撮影しそれを参考に想像力を駆使して創作している。また登場人物たちの詳細な行動や会話、毎日の生活等についてはほとんどわかっていないことだらけだ。ここを『キングダム』は詳細に具体的に描かれることで読者の興味がますます湧き、その世界観にのめり込んでいく要因の一つとなっている。

参考までに、中国の春秋戦国時代の貨幣の種類と使用された国を説明する。燕、斉で使用されていたのは「刀銭」という貨幣。包丁のような形で狩猟・漁労用の小刀が原型となっている。趙、魏、韓で使用されていたのは「布銭」で鋤の形をしている。斉、魏、秦で使用されていたのは「円銭」。円板の中心に丸い穴を空けた形で戦国時代の中期以降に使用されていた。楚で使用されていたのは「蟻鼻銭」で貝貨のような形をしている。金貨の発見例も多い。また、秦の始皇帝は貨幣も統一しようと図り、「半両銭」という貨幣も鋳造した。

作品が描かれた背景

キングダム』が始まった2006年、「週刊少年ジャンプ」連載の『DEATH NOTE』(原作:大場つぐみ、作画:小畑健)が連載を終了。任天堂からTVゲーム機「Wii」が発売され、ブームとなった。小説界ではリリー・フランキーの『東京タワー』がベストセラーになった。

時代設定

これまで一度たりとも天下統一がなされたことのない中国は、500年もの動乱期・春秋戦国時代を迎えている。この戦国時代後期(紀元前245年以降)の「」が『キングダム』の舞台。春秋戦国時代は、紀元前770年に周が都を洛邑(成周)へ移してから、紀元前221年に秦が中国を統一するまでの時代である。紀元前403年に晋がの三国に分裂する前までが春秋時代と呼ばれる。それ以降が戦国時代で、春秋時代の多数の弱小国家が戦国時代には7つの大国に集約された。、この7国を戦国の七雄と言う。最終的には秦王・嬴政によって他の六国は滅ぼされ、中華統一が果たされて嬴政は始皇帝となる。

同じ時期の日本は、弥生時代から邪馬台国が台頭する頃であり、まだ統一国家は成立していない。中国はその後、幾度もの大きな内乱を経て、『三国志』で描かれた三国時代へと変遷していく。春秋戦国時代については『史記(JPC0046833)』が唯一といってよいほど貴重な資料であり、『キングダム』は忠実に『史記』に基づいている。

作品構成

主人公である嬴政の二人を中心に物語が進んでいくが、本作は群像劇としての一面もあり、信の仲間である羌瘣河了貂王騎をはじめとする武将たちに関するエピソードも多い。

「戦場を描きたいと思って『キングダム』を始めた」との作者の言葉通り、本作では合戦シーンに多くのページ数が割かれている。合戦シーンでは一撃で数人の雑兵が真っ二つになるなど派手な演出が多いが、これについて作者は「殺しをリアルに描いて残酷性を見せる漫画ではないので、派手に描いてこういうノリの漫画ですということにしている」と語っている。

あらすじ

時は紀元前、春秋戦国時代の戦国時代後期。中華西方の国、の片田舎で下僕として働いていたと親友の。二人は戦災孤児だったが「天下の大将軍になる」という野望を抱いている。

王弟・成蟜の反乱 ~信と秦王・嬴政の運命の出会い(1巻 - 4巻)

の片田舎で下僕として働いていたと親友の。二人は戦災孤児で十年もの間、集落の長に養われていたが、「天下の大将軍になる」との野望をいだき、一心不乱に剣の修行をしていた。そのころ秦の王宮では政争が激しさを増していた。ある日、突然、漂は秦の大臣・昌文君に召し抱えられる。ところが漂は王弟・成蟜が起こした反乱に巻き込まれ深手を負う。漂から「天下の大将軍になる」夢を託された信は、漂とそっくりな秦王・嬴政と出会う。漂が嬴政のために犠牲となったことを知り、怒りをおさえられない信だったが、漂に託された大将軍になる夢をかなえるため、嬴政と共に王座の奪還を目指す。

そのためには400年前の秦王・穆公が国交を結んでいた秦の西方の山間に住み、平地に下りて来ない民族「山の民」の助勢が必要だった。蓑を被った子供・河了貂 が道案内。味方の昌文君、副長・の隊と合流、山の民の王・楊端和を説得して同盟を結んだ嬴政と信は、王弟・成蟜や竭氏との戦いに臨む。しかし、王都・咸陽を守る敵の軍勢は8万、 対する山の民はわずか3千だった。楊端和は竭氏に、援軍として山民族が来たと使者を送り、開門させる。王宮内へ突入した信たち別働隊は、 待ち構えていた竭氏配下の左慈の率いる軍勢と激突する。 左慈は自らを天下最強と称する武人であり、信は大苦戦を強いられるが壁の援護を得て打ち破る。

嬴政と楊端和たちは、兵の数では圧倒的な不利な中、山民族のずば抜けた武力と精神力により対抗するが苦戦は否めなかった。嬴政に檄を飛ばされ信たち別働隊が成蟜を討つまで持ちこたえようとする。信たちはついに成蟜の座する本殿へと侵入するが、そこには成蟜を護衛する巨大な猿・ランカイがいた。成蟜が玉座から操るランカイには剣の攻撃も効かない。苦戦する信たちの突破口を開いたのは山民族のバジオウだった。山民族たちと信たちの連携攻撃によりランカイは戦意喪失する。

 逃げ出した竭氏たちの前に立ちふさがったのは、王騎将軍の副官・だった。 この間に成蟜が中央広場へ逃走する。 そこでは嬴政と楊端和たちが竭氏の配下・肆氏の軍と戦っていた。 突然、王騎将軍が現れ肆氏の右腕・魏興を一刀両断にすると、嬴政に問う。 貴方はどのような王を目指すのかという王騎の問いに 嬴政は、中華の唯一王だと即答する。 その答えは、かつて王騎が仕えた昭王(嬴政の曽祖父)の夢でもあった。嬴政は成蟜の命を奪わず、反乱軍には投降を促し、クーデターの終息を宣言する。 

蛇甘平原の戦い~ 信の初陣の首尾(5巻 - 7巻)

王弟・成蟜の反乱を一掃した戦いの功績を認められは昌文君から約束通り土地と家を授けられ平民となった。そんな中、いよいよ秦が中華統一を目指し魏に攻め込むことになる。正式に歩兵として徴兵された信は五人編成ののメンバーになる。メンバーは澤 圭伍長、 信の同郷の尾到尾平兄弟、 孤独で狷介な性格の羌 瘣

初陣となる信は千人将となった壁に再会し魏との戦いへ向かう。ところが魏の大将軍・呉慶が先手を打ち、秦に攻め入ってくる。魏の城を攻めることを指示されていた秦兵たちの間に動揺が広がるが、秦軍の総大将・麃公は臨機応変に決戦の地を変更し、蛇甘平原で両軍が激突することになる。信たちの伍は、気性が荒く愚直に突進する猛将・縛虎申千人将の第四騎馬隊に配属される。 信達歩兵は5人1組で伍、 伍を10列組んだ属、 属を2組で伯、 伯を2組で曲、 曲200人を5曲組んだ陣型の最前列に置かれた。 突撃の号令とともに、 歩兵達の乱戦が始まる。魏軍は中華最強の戦車隊である装甲戦車隊を押し出してくる。

装甲戦車隊に蹂躙される歩兵たち。 羌 瘣の策で死体を集め防壁をつくり、戦車隊の攻撃から身を守る歩兵たちだが限界は目に見えていた。そこへ麃公から送り込まれた騎馬隊が到着、信たちは辛うじて窮地を脱する。 千人将・縛虎申は騎馬隊を送り込み援護してくれた麃公の意を汲み、丘の上の要衝に陣を構える魏軍の副将・宮元を斃し、この不利な戦局を覆そうと決意する。圧倒的な魏軍の中を強行突破した縛虎申は致命傷の矢傷を負ったが、宮元の首を刎ねる。

魏軍の総大将・呉慶の本陣が動き出し、信たちは奪取した丘を捨てざるを得なくなった。そこに王騎将軍が現れる。 援軍に来た訳ではなく高みの見物としゃれ込む様子。戦場では麃公の騎馬隊が魏軍の大軍の中に真一文字に突撃を開始する。麃公自らが先頭に突撃する勢いは誰にも止めれられない。 魏の大軍の陣形は崩れ、麃公は呉慶に肉薄していく。軍略国随一とうたわれる呉慶の知略が勝つのか、戦場に漂う直感を信じて戦う麃公の本能が勝利するのか。その軍勢が巨大になればなるほど率いる将の力が戦の勝敗を左右すると、その戦況を見ながら王騎は信に言う。

信は秦軍の総大将・麃公の突撃にはせ参じていく。呉慶の部将の中でも歴戦の強者・麻鬼朱鬼が行く手を阻む。蛇甘平原の戦いの帰趨は秦・魏の総大将同士の壮絶な一騎打ちに託された。

長平の戦い~嬴政の過去~秦王暗殺計画 ~羌瘣の過去(8巻 - 10巻)

嬴政の生まれる前年、と隣国のは 上党の地の所有権をかけ2年間、戦っていた。秦軍の総大将は 白起、趙軍の総大将は 廉頗 だった。戦いの膠着状況に業を煮やした趙王は、総大将を趙括に換える。 このため戦局は大きく動き出したが、趙括は秦軍の副将・王騎に討たれてしまう。

 秦軍の大勝利に終わり、趙軍から40万人の兵士が降伏してきた。ところが白起はこの40万人全員を生き埋めにしてしまった。食料不足と反乱の危険性がその主な理由だった。この大虐殺・長平の戦いに趙の国民は大いに動揺し、秦を深く恨み怨念を胸に刻んだ。長平の戦いの翌年正月に、嬴政は趙の首都・邯鄲で生まれた。 嬴政が誕生した2年後、父親の子楚が、呂不韋の助けを受け、一人で趙での人質生活から秦へ帰還してしまう。 趙に残された嬴政と母親は以後7年間、 長平の戦いの怨念により趙人から疎まれ、秦人の子を産んだ母親は働き口もなく、秦からの仕送りさえ途絶えたため、飢えに苦しむこととなった。

秦の大王・昭王が崩御し、 新王として嬴政の父・子楚が荘襄王となり玉座につくことになった。子楚の嫡子・嬴政は次の王である。このため未だ趙で捕らわれの身である嬴政には暗殺される危険が迫っていた。嬴政を趙から脱出させる命を受け、秦から道剣たちが送り込まれるが、難関の関所を越えなくてはならない。呂不韋から紹介された趙の闇商人の女頭目・紫夏に脱出行の全ては任される。

 紫夏はかつて餓死寸前を 通りかかった闇商人の養父に拾われ育てられた孤児だった。 養父亡き後、紫夏は家督を継ぎ孤児仲間の江彰 亜門とともに闇商売で成功する。今では関所も顔パスで通れるほどの顔役だった。 嬴政を秦へ送り届けることには、大きな危険が伴う、失敗すれば斬首となる。それでも、 紫夏は嬴政の過去の事情を知り、自分の身の上と引き合わせ、嬴政を脱出させると決意する。 

関所の役人たちへの紫夏の日頃からの付け届けや愛想のよさが効き、5つの関所を無事に通過した嬴政たち。しかし最後の関所を越えたと思った時、狼煙が上がり関所が緊急閉鎖される。間一髪で関所を通ったものの、嬴政の脱出行が露見したのは間違いなかった。 一行は必死で馬車を駆るが、 趙の追っ手に追いつかれてしまう。 道剣、江彰、亜門が殺害され、 秦まであと一歩のところで、ついに紫夏も命を絶たれる。 嬴政の命運も潰えたかと思われた寸前、昌文君らが駆け付け救出される。

荘襄王が亡くなり 十三歳という若さで王位についた嬴政は、辛くも成蟜の反乱を収めたが、王宮は混乱を続けていた。暗殺計画が動き出しているとの情報があり、武功により百将となった河了貂は嬴政の身辺警護につくことになった。王宮で信は嬴政と半年ぶりに再会したが、暗殺者が迫るとの急報を受け、秘密の抜け道へ急ぐ。ところが 出口の扉に外側から錠がかかっていた。この秘密の抜け道を知るのは 前王・荘襄王から伝えられた嬴政と荘襄王から全てを任されていた呂不韋だけのはずだった。暗殺計画の黒幕が実は、秦の右丞相・呂不韋だったことが明らかになった。

嬴政の背後に刺客たちが現れる。彼らは漂を殺害した暗殺一族・朱凶と伝説の蚩尤族のメンバー羌瘣だった。信は嬴政を守り、羌 瘣と剣を交えるが全ての剣筋を見切られてしまう。その隙に嬴政に斬りつけようとした朱凶の族長・燕呈の背後から更に別の刺客集団・号馬が現れた。 絶体絶命の危機に信は羌瘣に一時休戦を提案、他の刺客集団たちと戦おうと言う。

羌 瘣は30秒で呼吸を戻すという謎の言葉を残し、戦列を離れた。 信が30秒間持ちこたえ呼吸を戻した羌 瘣は刺客たち全員を不思議な舞いのような剣技で切り捨てていく。 そこへ昌文君たちが駆け付け嬴政は無事に救出された。

超絶の剣技で刺客たちを斃し王宮を抜け出した羌 瘣を、貂が待ち伏せていた。 貂は剣技の教えを請うが 羌瘣は生まれ落ち育った世界が違いすぎて不可能と言い、自らの過去と蚩尤族の掟を語りだす。蚩尤族は1000年前から闇世界で魔物と恐れられてきた幻の刺客一族で、本来は巫女の一族だったが呪術より武術に専念、剣を神器とし稀代の暗殺者を生み出す一族となった。19に分かれた一族のうち 素質の高い者は幼少時から剣の修練を積む。そして各氏族の代表が集まり祭 と呼ばれる殺し合いをし、生き残ったたった1人にのみ、蚩尤という名が与えられる。

羌瘣は羌族の村で共に育った羌象とともに祭に参加するメンバーに選ばれた。祭前日、羌瘣を妹のように思っている羌象は、羌瘣を殺したくないため香を使い羌象を眠らせる。

そして羌象が意識を取り戻した時にはすでに祭は終了していた。 祭が行われた場所には無敵だったはずの羌象の死体があった。現・蚩尤となった幽連に唆され、他の氏族の代表たちが手を組み、集団で襲われたため、さすがの羌象も対抗できなかったことが判明する。 手を組んで戦うことは、完全な掟破りで、それを黙認した 長老達に納得ができない羌瘣は、幽連を斃し羌象の仇を討つことを心に誓い幽連を追う旅に出る。 今もその追跡の途中なのだった。

翌日、昌文君たちが暗殺未遂事件後の王宮内の派閥の力関係と今後の呂氏一派の出方を探っていると、暗殺事件の黒幕・右丞相・呂不韋たちが嬴政に面会を求めてくる。  堂々と嬴政の前に進み出た呂不韋は、暗殺事件の首謀者は自分だと言い放つが、すぐさま冗談だと高笑いして否定。呂不韋は自陣営の圧倒的に強い力を楽しんでいるかのようだった。呂不韋の陣営には、軍事のすべてを統括する昌平君、 中華最強の武力を誇る武人・蒙武、昭王時代の丞相・蔡沢、荀子に学んだ厳格で生真面目な法の番人 ・李斯。 四柱と称される四人の傑物がいた。

蒙武が嬴政に秦の六大将軍制度の復活を要望する。 この制度は嬴政から数えて三代前の戦神と呼ばれた昭王が定めたものだった。常にいくつもの国と戦闘状態にあった昭王は、 忠誠心と武力に秀でた六人の将軍に「戦争の自由」という権利を与えた。これは、その将軍の独断でいつでも他国との戦争を開始することを許可するという制度だった。このため秦は中華で最も危険な国と目されていたが昭王亡き後、この制度は無くなり、

秦の武力にも陰りが生まれていた。蒙武は六大将軍の制度を復活させ、自分をその一人にせよと言う。呂不韋は蒙武をたしなめつつも、我が陣営の腹心の中から六将を選べば秦の武力は甦り嬴政のためにもなると言い募る。

 呂不韋との力差を見せつけられた 嬴政はかつての敵、元竭氏派の肆氏を自陣営に取り込み勢力の強化をはかる。信は更に武力を高める鍛錬に臨み、河了貂も信と一緒に戦っていくため、羌瘣に勧められた軍師の道へ進もうとしていた。軍師学校へ向かった貂だったが、そこは呂不韋陣営の中心地だった。しかも教えを請う軍師は、四柱のひとり昌平君。  しかし昌平君は、深い思惑から、あえて貂を軍師学校に入学を許可する。

一方、信は王騎将軍が、かつての六大将軍の唯一の生き残りだと知り、修業を願い出ていた。もっと嬴政の役に立つために、これからの自分に必要なものは、一人で剣を素振りしていることではない と気づいたためだった。王騎は、そんな信を無国籍地帯の少数部族の集落に連れて行く。 わずか人口百人ながら内部抗争に明け暮れているこの集落を平定してみせろと王騎は言い放つ。信は人を率いることの難しさと、団結した人間の強さを学んでいく。

馬陽防衛戦~王騎致命傷を負う(11巻 - 16巻)

秦は隣国・へ侵攻した。秦の20万を越える軍勢の総大将は、大将軍・蒙 驁。 蒙 驁は白老の名で呼ばれていた。極めて凡庸な将軍で、強き敵に勝つことは難しいが、弱き相手には絶対に失敗がないと評されている将軍なので、

弱小国の韓を攻めるには適していた。 1ヶ月後、秦軍は韓の領土の奥深くまで侵攻したが、秦と趙の国境付近にの城・馬央陥落の急報が入る。

趙は、秦の油断を付き、12万人もの大軍を擁し、一気に攻め込んできた。長平の戦いによる趙人の怨念を、万極将軍は馬央城下の住人を虐殺、蹂躙することによって晴らしていた。 かつて身をもって趙人の恨みを骨の髄まで思い知らされていた嬴政は、  緊急徴兵令をかけ10万の軍を召集する。鍛錬されていない民間兵も多く、 精鋭揃いの趙軍との兵力差は明らかだった。この力差を埋めるための秘策として、軍司令・昌平君が呼び寄せたのは王騎将軍だった。

総大将・王騎は、蒙武を副将とし、趙軍に攻め込まれている馬陽へ向かう。馬陽城は昭王の元、かつて六大将軍であった王騎と、昌文君たちが趙から奪取した城だった。 また摎が龐 煖に斃された地であった。 

無国籍地帯の少数部族たちの内部抗争をの協力を得て平定した信は、王騎将軍直属の特殊百人部隊の百将として出陣することとなる。部隊には尾平田有沛浪など、共に戦ってきた仲間たちや、仇の足取りをたどり、秦に戻ってきた羌瘣が加わった。副将には渕と羌瘣がなり、信の特殊百人隊の形が整った。 趙軍の総大将は龐 煖だと判明する。 龐 煖は摎が斃された後、駆けつけた王騎に討たれたはずだったが、九年経って、趙の三大天の一人と称される武将になっていた。 王騎と龐 煖の長年の因縁に決着がつく時が迫っていた。  

 秦軍は王騎の命で馬陽には入らず荒地である乾原へ向かった。この荒地は趙の騎馬隊の機動力を削ぐ地形を持っていた。 趙軍の軍師・趙荘はあえて王騎の誘いに乗る。 開戦した直後、秦軍は蒙武軍2万を中心とした4万人の中央軍が突撃した。圧倒的な蒙武の武力は秦軍の士気を高めるが、敵将・李白の守備は固い。 趙の先鋒隊・渉孟の突破力は蒙武に負けず、秦の右軍は苦境に陥る。王騎は、本陣を飛び出しを趙の右軍へ突撃させる。さらに中央軍の後方にいた信の特殊百人部隊に近づくと、秦の左軍と趙の右軍の戦闘のどさくさにまぎれて敵将・馮忌の首をとってこい と指示を出す。この戦に勝つためには、軍師なみの頭脳を持つ馮忌を討つことが必須だと言う。しかし100人しかいない信の部隊で敵将の首をあげるのは無謀に近い。その指示を受けた信の部隊を王騎は、飛信隊と命名した。

壁たち秦の左軍は馮忌の知略に、大苦戦を強いられていた。  壁たち秦の左軍と趙の右軍が正面から激突し、血しぶきが飛んでいる最中、信の飛信隊は、その真横に回り込む。 無理やり敵の正面突破を成し遂げた干央軍長や壁と合流した信は馮忌を追い詰める。山中へ逃げ込もうとする馮忌だが、信の剣に切り捨てられる。   

秦軍は趙軍の総大将・龐煖の強大な武力に圧倒されていく。総大将同士の一騎打ち繰り広げているときに、秦軍の背後から趙の三大天のひとり・李牧が襲ってくる。王騎は致命傷を負い、信に背負われて戦場を離脱するが自分の最後を悟り、信に自らの鉾を託すのだった。

山陽平定戦 廉頗の猛攻(17巻 - 23巻)

始皇4年、王騎の死から早1年が経っていた。300人に増えた飛信隊を率いる信は武功を上げ続け、は中華統一への歩みを着実に進めていた。突然、軍総司令・昌平君羌瘣を咸陽に呼び、王騎を斃した李牧が咸陽に来る、李牧に興味を持った呂不韋が無理やり呼び寄せたと明かす。趙王の臣下の美男子・春平君は王から一身に寵愛を受けているが、昔、呂不韋から金を融通してもらったことがあり、その弱みを突かれ秦におびき寄せられ拉致されていた。王に春平君の返還条件として宰相・李牧の迎えが必須だと強要し、趙王は李牧を秦に送ったのだった。

昌平君は呂不韋から、合図をしたら李牧を殺害せよと命じられ、実行部隊として、信と羌瘣だけでなく蒙武、朱凶ら暗殺集団まで召集していた。李牧の存在が秦の中華統一の大きな妨げになる、お互いの器を確かめていく会談の中で見抜いた呂不韋は、死を選ぶか秦に有利な提案をするかの二者択一を李牧に迫る。 命の代償として李牧が提示したのは秦と趙の同盟案だった。現在まで・秦・趙・の中華七国が、200年の間、均衡状態のままであり、秦が中華を目指せないのは韓が存在しているためである。まず韓を滅ぼすことだ。しかし現状、秦が韓に侵攻しようとすると、趙と魏が援軍を送る。このため秦は絶対に韓を滅ぼせない。

李牧の秦と趙の同盟案のメリットはこの点を解決することにあった。秦が中華を目指す時、まず魏を攻め、韓を援護できなくなるまで徹底的に叩く。そうすれば秦は韓に侵攻できる。その際、趙は韓を助けないことを約束する。その代わり、趙が隣国・燕へ侵攻した際には、趙の思う通りにさせて欲しいと。

秦にとっては好条件な提案であったが、呂不韋はにべもなく拒否する。この同盟提だけでは李牧の存在を除く方がメリットは大きいと判断し、呂不韋は、さらに趙が巨費を投じて強化している城・韓皋の移譲を求めた。

李牧はこの要求を飲まざるを得なかった。その場で秦趙同盟が成立し、呂不韋と李牧の政権は盤石の物となったかに思われた。しかし嬴政は、あと5年、22歳で迎える加冠の儀までに呂不韋から実権を奪い取る、と信に宣言する。 

同盟軍が戦略上の要衝の地・山陽を落とすために侵攻した。元は趙の三大天のひとりだった廉頗が、魏軍を率いて立ち向かってくる。秦軍の総大将は「白老」の名で有名な秦筆頭の大将軍・蒙驁飛信隊は特殊三百人隊の玉鳳隊・王賁隊長、楽華隊・蒙恬隊長と競り合いながら武勲を挙げていく。王騎や蒙恬などからも化物と評される王翦桓騎を副将に擁する秦軍が魏軍の本陣を急襲。陥落させていく。

合従軍襲来 - 函谷関攻防戦(24巻 - 30巻)

秦は山陽を東郡と改名し、自国の領土であると宣言した。同じ頃、趙は秦趙同盟が効力を失わないうちにと、燕を攻める。秦の総大将は王騎を亡き者とした後、再び山中で武を練っていた龐 煖。趙10万、燕も10万の大軍勢同士がぶつかり合う大戦の火ぶたが落とされた。燕の総大将は60年間、戦中に生き、軍神・楽毅の戦略を研究し尽くした大将軍・劇辛だ。劇辛は元々は趙の人で趙に残っていれば、廉頗の時代の三大天の一人だったほどの人物だった。

精密な戦場分析により劇辛は李牧本陣を突き止める。一気呵成に攻め込もうとするが、目の前に立ちふさがったのは龐 煖だった。劇辛は龐 煖に全く歯が立たず、両断される。燕軍の総大将の死と共に、この大戦はあっけなく、わずか一日で決着をみてしまう。 一方、飛信隊は、秦が山陽を東郡に改名し領土としたことに対する楚の反発に備え、国境警備を行っていた。秦、楚の両軍とも戦闘は厳禁され、膠着状況が続く。楚の千人将・項翼はたびたび飛信隊を挑発。は業を煮やし単身で項翼に斬りかかる。この苛烈な戦いの真っただ中に楚の千人将で弓の達人・白麗が飛び込み、二人を分ける。

その頃、 王都咸陽では、太后の後宮における権力が増大し、有力者達の多くが嬴政側から呂不韋陣営へと寝返り始めていた。この勢いに乗じ、呂不韋は丞相から最高位である相国に上り詰める。呂不韋との力の差を埋めるため、今は成蟜の持つ公族達との人脈が必須だと判断した嬴政は、3年間城に幽閉していた成蟜一派達を解放する。 嬴政の思惑通り、動き出した成蟜一派達の闇の人脈により、公族や有力者達が続々と嬴政陣営へと集まってくる。この 有力者達の力の後押しで、呂氏四柱である昌平君李斯が席を占める予定だった左丞相に、嬴政は 昌文君を任命することができた。

楚との国境警備の任を終えた飛信隊は秦の最東端の城・東金に向かっていた。 途中、徐国を救援した信は 徐の国王から秘密の地図を入手し、記載されていた東金への極秘ルートをたどっていたところ、 李牧の姿を垣間見る。この極秘ルートは各国の宰相レベルの者しかその存在を知らない。李牧の動きにきな臭いものを感じた信とは李牧を追い、密談の場に遭遇する。

カイネに見つかり趙兵に囲まれ た信だが、秦趙同盟により攻撃は受けず、李牧の元に連行される。人払いをした李牧に信は密談の相手とその狙いを問うが李牧は答えず、一騎討ちで勝ったら教えようと剣を抜く。  信は李牧に必殺の一撃を見舞うが跳ね返され、李牧が優れた武人でもあることを思い知らされる。 信は無事開放されたが、李牧の密談の相手は楚の宰相で楚趙同盟が動き出しているのではないかとの疑念を持つ。

李牧の密談の場に遭遇してから一ヶ月後、咸陽では、が嬴政の子を身ごもった祝宴が開かれていた。そこへ、突然敵襲の報が入った。  駆けつけた飛信隊や蒙恬の前に現れたのは王騎軍の生き残り録嗚未干央軍長だった。彼らはに指示を受け、の不穏な動きを探っていた。 楚との国境防衛壁・南虎塁にいた騰は突然、楚軍が秦に攻め込んでくる姿に驚愕する。

楚軍が侵攻を始めた秦南部では、蒙武将軍、張唐将軍が最前線へ急行していた。しかし楚軍が秦になだれ込むのを防ぐには間に合わない。その時、あらかじめ最前線に軍を伏せていた元王騎軍・騰の軍勢が楚軍5万の前へ。わずか5千の騰軍が、秦の本隊到着まで時を稼ぐため、無謀な戦いへ臨んでいく。飛信隊も楚軍侵攻の報を受け、急行していたが、その途中、10万を超える魏の大軍を目にする。魏への防衛拠点の城はすでに落城している。

咸陽に次々に戦況が届く。楚と魏の2国同盟軍への対抗策を講じているところへ、更に趙、軍侵攻の報が届き、しかもまでも趙を通過し、秦へ向かう気配を見せていた。

これは、秦一国に対して複数の国が盟を結び興された合従軍であることは明らかだった。中華の他国全てが、秦一国を滅ぼすため手を組み、一斉に侵攻してきていた。敵の大軍勢が秦の城塞を次々と打ち破っていく。この大軍勢こそ趙の三大天のひとり・李牧が楚の宰相・春申君と密談して発起人となった、趙・楚・魏・韓・燕・斉の連合軍「合従軍」だった。

秦の中枢の文官たちは最早、思考停止に陥り、対応策を講じようとしているのは昌平君と昌文君のみだった。その時、嬴政が激を飛ばす。秦国の命運は、今ここにいるわずか30人の双肩にかかっている。ここにいるもの以外は策さえ講じられない。秦の国民のために絶対に、この戦いには勝たなくてはならない。この激に目を覚まされた思いの文官たちは連日連夜、血眼で模擬戦を繰り返し、策を模索していく。

軍総司令・昌平君は、唯一、未だ秦へ侵攻してきていない斉を止めることに活路を見出そうとする。呂氏四柱・蔡沢へ、斉の合従軍離脱を交渉するよう命じた。蔡沢は、斉王に謁見。莫大な金額の支援と、圧倒的な質の高い情報力を基盤とした外交力により、斉軍の合従軍離脱の約束を取り付ける。 

 咸陽の昌平君たちは、ようやく、一筋の光明を見出し、策を決めた。秦軍の各将・各軍を全て咸陽に集結させ、そのただ一つの作戦を布告する。

その作戦とは、秦が生き残るには、函谷関を死守すること、それのみに尽きていた。秦の国都・咸陽は中華一の不落の城と呼ばれているが、それは咸陽が周囲を山岳に囲まれた天然の要塞であるからだった。咸陽に至るため、敵は唯一の大道をふさぐ国門・函谷関を必ず越えなければならない。函谷関さえ守れれば、秦は滅亡を避けられる。 

 秦軍は怒涛の如く迫り来る合従軍に、函谷関で向き合った。合従軍も函谷関に到着し、集結する。 合従軍の総大将は、楚軍・春申君、合従軍参謀役は趙軍・李牧であった。楚軍は15万、総大将汗明。趙軍12万、総大将李牧。燕軍12万、総大将オルド。魏軍10万総大将呉鳳明。韓軍5万総大将成恢。迎え撃つ秦軍は、対魏軍・韓軍は蒙驁張唐桓騎。対楚軍は騰3万、蒙武6万。玉鳳隊。楽華隊。対趙軍は麃公4万。飛信隊。対燕軍は王翦7万であった。楚軍の総大将・汗明が開戦の号令をかけようとした、その時、麃公将軍が突撃命令を発し、飛信隊も後を追う。紀元前241年、合従軍 対 秦軍 ・函谷関攻防戦が、ついに口火を切った。 麃公軍4万と飛信隊は、李牧の懐刀である趙軍副将・慶舎軍12万と戦闘を開始する。

本能型の武将の典型である麃公は敵兵の表情や目線から瞬時に戦場の趨勢を読み取り、対応する。これを知った慶舎は、自軍の兵や将にも自らの戦略を漏らさない。このため麃公は戦況の流れを体感できず、慶舎の指示を受け麃公を背後から襲撃した万極軍に、虚を突かれてしまう。この危機的状況に駆け付けたのは、やはり本能型の武将である信だった。万極軍に攻め込まれている麃公軍の後方部隊に檄を飛ばし、戦況を立て直す。総崩れとなる寸前で士気を取り戻した麃公兵は、飛信隊と共に万極軍1万に立ち向かい始める。 

 一方その頃、函谷関では、張唐将軍が受け持っている城壁に、魏の将軍・呉鳳明が設計した対函谷関用秘密兵器・巨大井闌車により梯子がかけられてしまう。この梯子を伝い魏軍が城壁内へなだれ込む。

さらに2台目の井闌車が、今度は桓騎将軍が受け持っている城壁へ梯子をかけてくる。このままでは函谷関が陥落する絶体絶命の状況の中、桓騎将軍の秘策が炸裂。樽に入った油を巨大井闌車投げつけ火矢を放つ。

梯子を登ってきていた魏の兵たちもろとも巨大井闌車は燃え、焼け落ちていく。

張唐将軍も、この状況を見て冷静さを取り戻す。城壁を越えてくる魏兵たちを押し返し、追い落とし、ひとまず持ち場を守り抜いた。 函谷関の左翼では、最大規模の戦闘が開始されていた。蒙武軍・騰軍の連合軍9万対楚軍15万の真向勝負である。5万を率いる楚第一軍の将軍・臨武君項翼白麗らの千人将を率い突撃。これに対し秦軍は、蒙恬王賁が指揮する騰軍が受けて立っていた。蒙恬が項翼らを食い止めている間に、騰軍の軍長・録嗚未が臨武君の本陣まで突破していく。録嗚未はかつて王騎軍・第一軍長で最強とうたわれていた男だった。

録嗚未と臨武君の一騎討ちが始まった。そこへ鱗坊軍長が討ち死にした同金の仇・臨武君を討ち取ろうと録嗚未に加勢。しかしその時、はるか遠方から放たれた白麗の矢が鱗坊を貫く。蒙恬は、白麗の弓の超絶技を見て、これは危険すぎる、今のうちに始末しようと動き出す。しか項翼が立ちふさがり白麗にたどり着けない。そこへ現れたのは王賁。一進一退の激闘が始まった。 

臨武君との一騎打ちを続けていた録嗚未だが、大苦戦。馬から叩き落とされ、危ういところへ、楚兵たちを切り捨てながら騰が現れる。録嗚未に代わって、今度は騰が臨武君と一騎討ちへ。臨武君には自負があった。大国・楚で将軍になったということは、土地が狭く、人口の少ない他の六国で将軍になることとはレベルが違うと。自らの強さに絶対の自信を持つ臨武君に対し、騰には中華をまたにかけた大将軍・王騎を傍らで支え続けた自負があった。両雄相譲らぬ決戦は大番狂わせを迎える。 

騰が臨武君を撃破し、大きな危機の一つは脱した秦軍だが、敵は合従軍、果てのわからない危機的状況が続く。麃公軍を後方から襲った1万の万極軍に立ち向かう飛信隊だったが乱戦状態の中、メンバーは散り散りに。万極軍は「長平の戦い」で白起将軍に生き埋めにされた40万の趙兵たちの遺族・遺児だけで構成された軍だった。怨念にとりつかれた彼らの勢いは、背筋がぞっとするほど凄まじく、信たちは苦戦を強いられていた。戦況を冷静に見守っていたが、危うい状態に陥った飛信隊を立て直そうと、バラバラになった隊員たちを集めながら信の元へ。信はついに敵将・万極と一騎打ちへと臨んでいく。信と切り結びながら万極は、秦人への恨みを晴らすため行ってきた虐殺・陵辱・蹂躙行為を語る。信は自分も戦争孤児であり、ある程度、理解はできるとしながらも万極に言い放つ。

この出口も果ても見えない5百年も続く戦争の渦を解く唯一の答は、嬴政が目指している中華統一なのだと。国境があるために各国の対立があり争いが始まる。中華を統一することで、戦乱の世が終結するはずだ。 

万極は叫ぶ。人間全てが呪われている、出口なき闇で永劫に呪い合って答えもなく殺し合う、それが真理だと。信は自分も一歩間違えれば人間すべてを恨むことになりかねなかったと思い、憐れみながら、もう楽になれと万極を斬る。そして絶対に長平のようなことはしないし、絶対にさせないと誓うのだった。こうして激動の合従軍との戦いの初日が終わっていった。信は大将首・万極を挙げながらも、やりきれない思いに沈む。麃公は、そんな信に、つまらぬ感傷に浸っている場合ではない、今は国が生きるか死ぬかの瀬戸際だと語るのだった。 

 合従軍との戦い2日目が始まった。この大戦の趨勢を決する最大規模の戦場では蒙武・騰連合軍と楚軍との戦闘が膠着状況となっていた。楚・第2軍の超巨躯を誇る女将軍・媧 燐は自分の第2軍を一切動かさず、臨武君亡きあとの元・第1軍のみを秦軍と戦わせていた。類まれなる戦略家である媧 燐は、凡戦を連ねて10日後に函谷関を落とすべし、と李牧に進言していた。こうして2日目の戦いは全ての戦場で互いの兵力を削ぎ合うだけで暮れていった。媧 燐の進言を受けた李牧の作戦変更指示により、6日目まで双方の軍に大きな動きは無く、凡戦が続いていた。

7日目に、突如、韓軍の総大将・成恢が決然として動き始める。成恢は毒物兵器研究の第一人者で、元は男も色を覚えるほどの美男子だったが、兵器として使用するため、毒の研究を続けた結果、ドス黒い血管の浮かぶ怪異な容貌となっていた。成恢は、函谷関を守護している張唐将軍の持ち場へ、膨大な数の毒矢を打ち込ませる。さらに丹丸と呼ばれる煙玉を矢継ぎ早に打ち込み始めた。煙に包まれ、全く視界の利かなくなった張唐軍の兵たちだったが、特に甚大な被害を受けたようには見えないままだった。韓軍は成恢の指図で、迅速に退却していく。張唐はうっすらとした恐怖を感じながらも、成恢の真の狙いには思いが至らなかった。しかし戦闘が始まって8日目の夜、異変が現れる。至急の報を受け桓騎が張唐の陣を訪れると、兵たちの顔には、ドス黒い血管が浮き上がり目から血が流れ始めており、最早、救いようの無いことが歴然としていたのだ。

 両軍、膠着状態を打開できないまま15日目を迎えた。この日、ついに李牧が動き、合従軍全軍に総力戦の指示を出す。函谷関が落ちるのか、それとも秦が持ちこたえるのか、とうとう運命の1日が始まった。がっぷり四つに組んだままの蒙武・騰連合軍対楚軍の戦場に、楚軍総大将・汗明が姿を現すと、媧 燐が率いる第2軍と合わせて12万を超える大軍が秦軍に対峙する。対する蒙武・騰連合軍は約7万。蒙武は汗明に宣戦布告すると号令を発する。 それを受け、三千人将・壁が率いる左軍が先鋒とし突撃していく。

壁軍の突撃に呼応し、蒙武は斜陣がけを仕掛けていく。 猪突猛進のみの武将だと目されていた蒙武のこの高等戦術に、敵味方共にどよめきの声があがる。 楚軍の女将軍・媧 燐もついに満を持して動き出す。巨大な戦象により戦場の流れをかき乱し、 秦軍の動きを止めると、考え抜かれた隙の無い楚の布陣が騰軍を遮った。この劣勢を見て取った騰は、かねてからその実力を高く評価していた 王賁と蒙恬を急きょ五千人将に抜擢し、左右の軍の指揮権を渡す。 王賁と蒙恬の2人は戦術を打ち合わせする間もなく出陣したが見事に騰の期待に応えていく。一方的な媧 燐の勝利に終わるかと思われたこのたたかいの帰結は、全く予想できなくなったが、一歩先に出撃した録嗚未、干央の軍は見殺しにされてしまう。

 その頃、函谷関では 魏の呉鳳明が巨大井闌車に続く新兵器を繰り出していた。 何十台もの巨大な床弩車である。床弩車には数多の床弩が積まれ4メートルの長さの巨矢が装填されていた。呉鳳明の号令一下、無数の巨矢が函谷関の壁に向い放たれ、 壁に突き刺さった矢につながっている綱をつたい、魏兵たちが続々と函谷関の壁を登ってくる。さらに巨大井闌車も押し寄せ、函谷関に梯子がかけられる。張唐の受け持ち場所から魏兵が城内になだれ込み、桓騎や蒙鷙の持ち場も風前の灯となった。 しかも張唐は、成恢に送り込まれた毒に侵され明らかに死が近づいている状態だった。

この絶体絶命の危機を脱するため、動いたのは桓騎だった。巨大井闌車に煙玉を投げ込ませ敵陣をかく乱すると、 桓騎は地上へと向かう。わずか 80騎を引き連れ、 奪った魏の旗を掲げ、堂々と15万の敵兵の中を行く 桓騎。 張唐は武将という存在自体をあざ笑う桓騎とは、全く相いれなかった。しかし敵の大軍の中へ、自分の策のみを信じて分け入っていく桓騎の姿には素直に感動し、この戦場で自分らしく果てたいという思いから桓騎に同行する。

 合従軍の兵たちは、今にも陥落しそうな函谷関に気を取られ、桓騎たちに気づかない。その間に400人の別働隊をも動かし、桓騎たちは韓の成恢の陣を狙っていく。 張唐の戦場を駆け巡った50年間はついに終わりを迎えようとしていた。毒に完全に侵され動かない体を叱咤し、成恢の姿を追い求め、ついに捉えた張唐は、 戦わずに背を向けて遁走する成恢に追いすがる。 一撃で成恢の首を落とした張唐は、そのまま息絶えるのだった。その時、はるか函谷関の桓騎の持ち場だった望楼から火の手が上がるのが見える。 

一方、函谷関の左に位置する山岳地帯を護っていたはずの 王翦軍が、いつの間にか姿を消していた。山の戦いに絶大な自信を持ち、比類無い山読みの才能を誇るオルド将軍の前には、形無しの呈で退却せざるを得なかったようにも見えた。 オルド軍は函谷関の裏へ回り込む道を妨げている巨大な絶壁の前までも迫り、函谷関へ攻め込むため、絶壁を登っていく。 そこへ退却したと思われていた王翦軍が忽然と現れる。

王翦が退却したように見せかけていたのは、オルド軍を誘い込むためだった。 はめられたことにオルドが気付いた時には、既に決着はついていた。王翦軍は逃げ場のないオルド軍を背後から攻め、8千の精鋭部隊を壊滅させる。

一方、楚軍で媧 燐に抜擢され五千人将となった項翼が臨武君の敵討ちを狙い莫邪刀を振りかざして、騰に突進。それとともに媧 燐が騰軍の要となっている隆国軍の方陣を撃破しようと動き出す。そこへ隆国の援護として現れたのは生死が不明だった録嗚未と干央だった。昌平君から授けられた斜陣がけの高等戦術を駆使していた蒙武軍を、貝満剛摩諸軍が襲い、その勢いを殺す。しかしものともせず、蒙武は楚の大将軍汗明へ一直線に向かう。ついに汗明と対峙した蒙武と汗明の激烈な一騎打ちが始まった。

 広大な楚国の中を縦横無尽に動き、国境を接する各国に攻め入り恐怖に陥れ続けた汗明。楚を攻めようとした秦の六将・王齕さえ汗明には撃退されていた。百戦錬磨の汗明に対し蒙武がどこまで抵抗できるかは心もとなかったが、激しく切り結ぶ中で、蒙武の未知の力が覚醒する。互いの腕を砕き合う激戦に、もしものことを考えた媧 燐は弟の媧偃を汗明の援護に差し向ける。 媧偃の動きを見抜いた蒙恬がその後を追い、汗明への加勢を阻止しようとするが、媧偃の攻撃をかわす際にバランスを崩し、蒙武と汗明の一騎討ちの間に入ってしまった。

その瞬間、汗明に斬られる蒙恬。眼前で蒙恬が斬られ、激怒した蒙武は渾身のちからで汗明をに打ち掛かる。その絶え間ない猛撃についに汗明は崩れ落ちるのだった。蒙武は汗明を討った勢いのままに汗明軍を次々に撃破していき蒙武軍の勝利を決定づけた。 しかし、その頃、合従軍本陣の李牧、春申君へ媧 燐から勝利は目前となった、函谷関を通り抜ける準備をされたい、との報が入る。汗明の敗北とともに崩れたと思われた媧 燐の戦略にはさらに奥があったのだった。別働隊として精鋭部隊5千が真の狙いを達成するため、既に函谷関の裏側へ到着していた。ついに突入を開始し、なだれ込んだ媧 燐の精鋭部隊5千が内側から函谷関の正門を開放しようとする。秦軍は防ぎようもなく、函谷関陥落を覚悟した瞬間、現れたのは王翦軍だった。王翦はオルド軍を打ち破った後、さらにこの危機をも見抜き、瀬戸際で函谷関の援護に間に合った。秦軍は危機一髪で函谷関を守り抜くことができたのだった。 合従軍による15日目の総攻撃は、ギリギリのところで秦軍が凌ぎきり失敗に終わった。結局、函谷関に阻まれた合従軍全軍は、燕軍を除き、開戦前の位置に軍を退却させていく。

秦陣営に安堵の雰囲気が漂う。しかしまだまだ気を緩めるのは早すぎると、最前線の麃公や信は李牧の動きを探っていた。李牧ならこちらが窺い知れない何か途轍もない戦略を必ず仕掛けているはずだった。それから2日間が平穏に過ぎたが、開戦18日目に、咸陽に続々と落城の急報が入る。落城しているのは咸陽に通じる北道を守る函谷関付近ではなく、咸陽に通じる南道を守る武関に近い城たちだった。

趙軍を主力とした合従軍は、大軍の進軍には狭すぎる南道へ、山の中を通り、入り込んできていた。累計の軍勢は4万人を数え、しかもあの李牧自らが率いていることが判明する。開戦初期から兵を数千人単位で山間に送り込み、大軍勢に育てあげていたのだ。李牧は函谷関での趙軍をあえて南道に最も近く配置していた。趙軍12万に対峙していた秦軍は4万であり、趙軍から少しづつ累計4万の軍が消えても誰も気づかなかったのだ。李牧は配慮も怠らなかった。15日目の合従軍総攻撃が失敗に終わった後、 実際の戦闘には合わないと知りながら、 各国軍から精兵千人を別働隊として呼んでいた。もしこの南道からの奇襲部隊が咸陽を陥落させても趙軍単独ではなく合従軍全体の勝利であるとの絵を描いていたのだ。この李牧の戦略に合従軍の中で気づいているものはいなかった。しかし、麃公だけは、肌感覚で李牧の動き察知し、飛信隊を引き連れ、追跡を開始していた。一直線に南道を目指した 麃公軍は、秦軍から隠れながら兵を進めていた動きの遅い李牧軍に追いついた。李牧は必勝戦術・流動を仕掛けるが、麃公は本能的直感で流動の本質を捉え李牧のいる本陣まで攻め込んでいく。 

麃公の本能の力は李牧の理解の範疇を超えていた。これを余裕の面持ちで称賛した李牧は、切り札の龐煖を立ち向かわせる。 王騎を斃した男がこの龐煖だと知り、一騎打ちを始めた麃公は、最早自分の周りに味方がいないことに気づく。麃公と共に流動を打ち破り李牧の本陣にまでたどり着いていた兵たちは李牧軍に討たれていた。この絶望的な状況の中に、飛信隊の信たちが徐々に近づいてきた。しかしそれに気づいた麃公は、こちらに構わず 咸陽へと進めと叫ぶ。 龐煖に左腕を斬られた麃公は、逆に龐煖の左腕を折るが、そこまでだった。龐煖に討たれた麃公の仇討ちに向かおうとする信を、壁が止める。麃公軍は2千に激減しながらも咸陽を目指す。しかし麃公戦死の急報を受けた咸陽には絶望が蔓延していた。 その最中、咸陽陥落は時間の問題と見て取った呂 不韋が動く。呂 不韋は朱凶たち暗殺集団を王宮に忍ばせ、嬴 政を暗殺しようと図る。 この呂不韋の不穏な動きに気づいたのは、かつて秦国左丞相竭氏の右腕であり、成蟜の反乱を取り仕切っていた肆氏だった。肆氏は昌文君に彼が見抜いた呂 不韋の思惑を伝える。 呂不韋は嬴 政を暗殺し、それと引き換えに李牧と和睦交渉を始め、 城も明け渡し、今後の自分の地位の保全を図るつもりだと。

 一方、嬴 政は、王宮から忽然と姿を消していた。 昌平君を隠密裏に訪れた嬴 政。 昌平君に、国家存亡の刻、呂氏四柱としてではなく軍総司令としての立場から意見を聞きたいと話す。これに昌平君も呂氏四柱としての立場を離れ、胸襟を開いて 嬴 政と真摯に打開策を練った。この結果、 嬴 政は咸陽の喉元にある最後の城・蕞に自ら出陣し、 一般市民たちの力を動員して李牧軍と最後の決戦に臨むと決断する。  

合従軍侵攻 - 蕞防衛戦(31巻 - 33巻)

 企んでいた暗殺は間に合わず、王である嬴 政自らが出陣したことを知った呂不韋は、苛立ち、昌平君に詰問する。まさか嬴 政に助言などしてはいないなと。昌平君は、今は秦軍総司令として以外のことは取るに足らぬ小事と冷然と返す。秦国のために最善を尽くそうとしている昌平君は元は国出身だが現国丞相としての立場を貫く。呂氏四柱でもある昌平君のこの態度に、怒りが収まらない呂不韋。元は国出身ではあるが、現秦国相国である彼は主の嬴 政が留守の玉座に腰掛けようとする。そこへ突如現れたのは王弟・成蟜だった。

 函谷関で麃公から指示された通り、一路、南道から咸陽へ向かう、麃公軍の残兵と飛信隊たちは気力も体力も限界まで消耗しながらも前進を続けていた。この先に待っているものは、ただ絶望だけだとは知りつつ、互いに無言のまま、咸陽へ向かう道のりの最後の城・蕞に食糧の補給のため入場する。ところが蕞には、嬴 政が彼らを今や遅しと待っていた。嬴 政は、共に戦いに来たと言う。麃公軍残兵と飛信隊たちは、実情は知りえないながらも、そこに一筋の希望の光を見出していた。蕞を守り切れるかどうかに秦国の運命を賭けた政たちは状況を調べ始める。

住民は3万。しかしこのうち、2万は女・子ども・老人で、兵士は千のみであることが判明する。これに麃公軍残兵と飛信隊合わせて約2千。嬴 政が率いる兵が2千。合計しても兵は5千しかいない。ここに至り、嬴 政は3万の住民を兵士として自覚させ、4万の李牧軍と戦うことを決意する。嬴 政は住民全てを集結させると、一人一人に向かい、秦王として、心を込めて語りかける。この戦いに勝つかどうかに、秦国の歴史が今後も続くかどうか、滅亡するか、全てが掛かっている。子や次の世代の子を列国の奴隷にさせてはならない。そのため共に最後まで戦おう。嬴 政の言葉を受けて1人、2人と、次々住民が立ち上がっていき、ついには老若男女全てが最後の1人まで戦い抜くことを誓うのだった。

 蕞の住民の士気は、これ以上望めないほど高まり、兵の士気も甦った。そこへ、咸陽から蕞の指揮官不足を見越した昌平君が送り出した介億をはじめとする百名の指揮官級軍師たちが到着。介億はが学んだ軍師学校の講師、蒙毅は貂の兄弟子だった。介億たちの綿密な軍略により城壁へ兵が配置される。住民たちも各々武器を持ちより、李牧軍と戦う準備は整った。蕞城を取り巻いた李牧軍4万の大軍勢から李牧が進み出ると、今降伏すればただの一人も殺させないと説得を始めたが、住民たちの誰一人として受け入れる者はいなかった。 紀元前241年、蕞攻防戦がついに開戦となる。嬴 政側の指揮官は、正面・南壁に嬴 政・貂・蒙毅。東壁に。北壁に介億。西壁に昌文君という布陣である。初日はまだつばぜり合い程度の戦いとなり、正面の飛信隊と東壁の麃公軍が敵を跳ね返し、日が暮れていく。しかし、その日の夜から朝まで、李牧軍は緊張して警戒している蕞軍を疲弊させるためだけに形だけの夜襲をかけ続けた。

翌早朝、貂は夜襲をかけ続けていた李牧軍の兵の数がごく少数だったことを知る。敵の狙いはこちらの体力と気力を削り取ることだけだと気づいた貂は、兵たちを休ませようとする。しかし、すでに夜は明け、また戦いの日が始まり、秦軍の疲弊はなすすべもなかった。蕞の住民や兵たちは2日目も善戦を続けるが、昼、ついに李牧軍が動き始める。正面の南壁を護る飛信隊へ三千人将・傅抵の軍が迫り、カイネ軍も追随する。傅抵は飛信隊に攻め入ると百人将・竜川田有を斬り、と一騎討ちとなる。傅抵のスピードについていけず苦戦する信。しかし羌瘣との稽古で学んだ自分のタイミングで戦うことに徹し傅抵を退ける。傅抵に斬られ負傷した竜川と田有が戦線を離脱した飛信隊。貂が指揮を代行し始めたが、そこへカイネが現れ、貂を捕虜にしようとする。助けに現れたのは信だった。カイネと傅抵は城城壁から落下するが生き延びる。2日目も蕞の住民たちの士気が下がらなかったことに李牧は焦燥感を持っていた。  

蕞攻防戦は2日目の夜を迎えていた。初日に李牧が仕掛けた夜から朝まで続いた襲撃により、秦兵や蕞の住民たちの気力、体力は削り取られていた。この夜も李牧軍は夜襲の気配を漂わせ、秦兵たちは休息することができない。

そこへ突然、嬴 政が現れた。城内をねぎらいの言葉をかけつつ回っていく嬴 政の姿に、蕞の住民たちは感動し士気が高まる。嬴 政は麃公軍の残兵たちに、必ず生き抜いて後世に麃公の想いを伝えていけと激を飛ばす。疲弊しきっていた兵たちの士気も、再び高まっていった。

その頃、信は昌文君にこの戦の勝ち目はあるのかと尋ねていたが、昌文君からは8日間しのげは活路が見えるはずだとの答えしか出てこない。 

3日目が来た。嬴 政の昨夜のねぎらいの効果は続き、蕞の住民たちは疲労の限界を越えてはいたが、皆意気軒昂で戦意をたぎらせていた。李牧軍と対等に戦い、3日目を凌ぎ、4日目も蕞は陥落することがなかった。なぜ蕞の住民たちが士気を高く保てているのか、この謎をまだ李牧は解けていない。

5日目を迎えた戦いの最中、ついに蕞の住民たちは次々に倒れ始める。疲労の限界の果てで、住民たちの精根も尽き果てる寸前だった。その最前線で嬴 政は檄を飛ばし続ける。嬴 政にとってこれが最後の手段だった。身の危険を顧みず、蕞の住民たちを再び立ち上がらせることにしか、この戦の活路は無い。

少年兵が殺害される寸前に、嬴 政が飛び出し、自ら剣をふるい、救い出す。この嬴 政の本当に共に戦う姿を見て、蕞の住民たちの士気が甦る。体と心の限界を気力だけで乗り超えて、続々と立ち上がり始める。

嬴 政が少年兵を助けた効果を目の当たりにした李牧軍の隊長・曹は、嬴 政を殺せばこの戦は勝てると読み、嬴 政に斬りかかる。嬴 政は曹の右腕を斬り落とすが、曹に抱え込まれたところを曹の部下・番陸に斬られてしまう。嬴 政が斬られたのを見た秦兵たちが、悲痛な声を上げたのを見て、嬴 政こそが秦の王だと見抜いた曹は番陸に嬴 政の首を刎ねろと叫ぶ。間一髪、駆け付け嬴 政の命を救ったのは信だった。嬴 政は気力だけで意識を保っていたが、出血はひどく予断は許さなかった。 

秦国の王が蕞にいるとの報が李牧の耳に入る。李牧は、嬴 政さえ捕らえれば呂不韋と交渉し咸陽に無血入城できると確信し、総攻撃を命じるのだった。それでも、蕞は5日目も陥落しなかったが、嬴 政の負傷による秦兵の士気の低下はとどめようがない。6日目には、蕞が陥落することは誰の目にも明らかとなる。ことここに及んで、昌文君は、嬴 政だけは蕞から脱出させようと信に嬴 政の説得を命じる。しかし、信の予想通り、嬴 政に蕞を脱する考えは毛頭無かった。 ついに6日目、李牧軍の総攻撃に士気が下がり満身創痍の秦兵たちの抵抗は弱まっていた。それでもなんとか持ちこたえている彼らの眼前に現れたのは嬴 政だった。嬴 政は青白い顔色を化粧で隠し、馬上で敵に立ち向かう。秦兵たちや飛信隊は、この姿に感動しひと時甦り、竜川、田有信が最後の力を絞り出すように戦う。また北壁を護る介億が各壁に援軍を送り続け、陥落寸前の蕞を救っていた。 

しかし7日目、ついに昌文君が護っていた西壁が陥落する。李牧軍がに突入し城内に雪崩込む。北、東、西の城門も内側から開かれてしまう。蕞城内は李牧軍で埋め尽くされていく。秦兵たちが絶望し崩れ落ち始めたその時、西方の山壁に現れたのは楊 端和が率いる山民族の大軍だった。彼らは蕞に向い、一気に駆け下りて来ると、李牧軍を一方的に撃破し始める。大混乱し阿鼻叫喚する李牧軍。この山の民の援軍を依頼していたのは嬴 政だった。しかし折悪しく、山の民は北の大勢力・バンコと一大決戦の真っただ中であった。この山界の覇を争う大戦を途中で放棄し蕞へ駆け付けるとは不可能のはずだった。そのため山の民の援軍は望み薄であった。  昌文君が信に答えた8日間という数字は山民族が北の遠征地から蕞に到達するまでの 日数だった。楊端和たち山民族は、想定を覆す短期間でバンコとの決戦に勝ち7日日で蕞に現れていた。

 山の民に援軍を依頼していたことはえいせい昌文君のみの秘密であった。 楊端和やバジオウたち山の民の武力に李牧軍は太刀打ちできない。 李牧の戦略をはるかに上回った事態に、ついに李牧は退却するかどうかの決断を迫られていた。ここでの退却は即ち合従軍全体の敗北を意味することになる。退却を決断をしかねていた 李牧の前に、突如、三大天龐 煖が姿を現した。

龐 煖は次々と山民族の戦士たちを殺害しながら楊端和を目指していく。龐煖に真正面から向かって行く楊端和の前に、立ちはだかったのは信だった。信は天下の大将軍になるためには、

龐煖を超える必要があったのだ。信は、

楊端和に龐煖との一騎打ちを譲リ受け龐煖と対峙する。 龐煖の強烈な一撃を受け、激しく吹き飛ばされる信。一騎討ちが続いていく。    

 蚩尤族・羌瘣、宿敵との闘い(34巻)

合従軍の侵攻から辛うじて咸陽を守り切り滅亡を免れたでは、戦災からの復興と落城した城の再建に国力を傾けていた。各国では合従軍の敗退の責任を問う声が強くなり、李牧春申君などのリーダーたちが左遷の憂き目にあっていた。元・飛信隊蚩尤族羌瘣は、羌明から聞きだした宿敵・幽連の潜伏地へ向かうが、幽族30人に待ち伏せされていた。切り結びながら幽連に迫るも、その武力は圧倒的で羌瘣の剣は簡単にはじき返されてしまう。

王弟・成蟜の反乱(35巻)

軍が古くはの領土だった屯留の地を狙い、に侵攻した。王弟・成蟜が兵を率い秦王・嬴政の代理として死守しに向かう。ところが屯留の城主代行・蒲 鶮に捕らえられたうえ、その名を使われて反乱軍を興されてしまう。秦王・嬴政は、成蟜を深く信頼していたため、成蟜反乱の報にも疑心暗鬼のままだった。昌文君の右腕から将軍に上り詰めた真面目一方のを討伐軍の大将としながらも、成蟜救出の密命を託す。

著雍攻略戦 中華への進出(36巻 - 37巻)

は、の著雍(ちょもう)を攻略に向かう。将軍を大将とし、飛信隊や玉鳳隊(ぎょくほうたい)も結集した。魏軍は、魏国七人の大将軍である魏火龍七師のひとり・呉慶の息子・呉鳳明を総大将にして立ち向かう。戦力が不足している秦だが、次世代将軍の筆頭候補・王賁の献策で勝負に出る。魏の魏火龍七師との決戦が、ついに火ぶたを切る。

嫪毐の乱 秦王・嬴政「加冠の儀」執行 (37巻 - 40巻)

王・嬴政が成人し、「加冠の儀」の執行が迫る。国内外への正式な王としての宣言を行う年齢となる。ところが太后(たいこう)男娼(だんしょう)・嫪毐が反乱を起こす。これは実は呂不韋が嬴政を始末するためにそそのかしたものだった。ついに咸陽の戦いで、決着がつけられることとなり、嬴政に迫る反乱軍に、昌平君が立ちはだかる。

中華統一へ~黒羊攻防戦(41巻 -45巻 )

呂不韋を始末し太后を退けた嬴政は、ついにを掌の上に乗せた。中華統一へ向かい、15年で列国6国を全て攻略する構想を立てていた。15年が秦国挙げての総動員体制で戦える限度だと見切っていた。信も5千人将まで昇格し、秦の6大将軍の1席をつかみ取る寸前まで迫っていた。秦は最初にを攻めた。

次の狙いは趙だった。昌平君は高い技術力を持つ「山の民」と盟を結び、・黒羊丘の攻略を目指す。

黒羊丘を攻略するには密林の中の五つの丘を占拠する必要があった。飛信隊は桓騎軍に合流し趙の三大天に最も近い男、総大将・慶舎と離眼城の名将・紀彗に挑む。桓騎と慶舎、総大将同士の策略がせめぎ合い 地の利を生かす慶舎の戦略に苦戦する。混戦の中、桓騎の非人道的な作戦が進行していた。

列尾陥落~鄴攻略戦(46巻~)

 非人道的な作戦により黒羊丘を占領した桓騎軍の戦略によりは大勝利を得た。 斉王の実質的な降伏宣言を受け、  秦は中華統一に反対する 趙の宰相・李牧に宣戦布告をする。合従軍以来となる大戦がとの間で始まろうとしていた。飛信隊には過酷な試験を受け新たに選抜された1千人が加わった。元・中華十弓の蒼源を父に持つ仁と淡兄弟を始め、身体能力に秀でた兵たちが日々鍛錬に励む。咸陽では、蔡沢が遺した数々の貴重な情報を元に、昌平君が中華統一への戦略を検討していた。一方、昌文君は、政が中華統一後に目指す法治国家を実現するため李斯に教えを請うていた。李斯は法とは願いであり、国家がその国民に望む人間の在り方の理想を形にしたものであると答えた。中華統一後に全中華の人間にどうあって欲しいのか、またどう生きて欲しいのか、どこに向かって欲しいのか、をしっかりと思い描くことができれば、自ずと法の形が見えてくるはずだと。呂不韋失脚後、地下牢に幽閉されていた李斯は中華統一後に必要な法作りに絶対不可欠な人材であると昌文君は政に進言し幽閉が解かれた。

 始皇11年。軍総司令・昌平君は王賁蒙恬を咸陽へと呼び、趙攻略の作戦を伝えたが、その作戦は耳を疑うほどの奇策であった。趙の李牧は対秦の戦を長期戦に持ち込もうとし、次々と城を築いていた。この城を落とすのに時間を要し趙攻略には10年はかかりそうだった。しかしそれでは、嬴政が目指す15年で6国を滅ぼし、中華を統一する目標は実現不可能となる。これを危惧した昌平君の奇策は、趙西部を攻めると見せかけて、実際には趙の王都・邯鄲の喉元にある鄴を攻め、李牧を出し抜く作戦だった。

趙の王都至近の鄴を攻めれば、当然趙は秦軍を包囲し総攻撃を仕掛けてくる。秦軍が全滅する危険性も高かった。しかし戦略の定石からは外れているこの奇策こそが、李牧の知略を打ち砕く唯一の作戦だと昌平君は確信した。この作戦を成功させるため飛信隊、玉鳳隊、楽華隊の3隊には戦況に応じ、独自の判断で戦闘を行う権限が与えられた。嬴政は信たち3名に、この戦で必ず大きな武功をあげ、3人揃って将軍へと昇格しろと激を飛ばす。 

 出陣の日。秦軍20万の総大将は王翦、但し、桓騎、楊端和の3将軍による連合軍であることと趙西部の攻略を狙うという表向きの作戦が発表された。信は今まで預けていた王騎の形見の矛を携え、出陣。秦軍は黒羊へ進軍を開始した。昌平君の奇策を知る者は、3将軍と信・・王賁・蒙恬のみであった。趙では、秦軍出陣の急報を受け、王都の守護神と呼ばれる扈輒将軍へ趙西部への出陣を李牧が指示した。また側近の舜水樹が最前線へ派遣され、秦軍の兵糧の量と補給路を精査させた。秦軍は、偽りの攻略目標・黒羊から真の目的地・鄴へ進路を変える場所・金安を兵糧の中継地としていた。その金安の地下施設で兵糧に見せかけた偽装俵を大量に作り黒羊に輸送していた。とうとう偽装俵のからくりに気づいた舜水樹からの急報を受け、李牧は秦軍が目指している真の目的地が鄴だと喝破する。李牧は直ちに趙王に王都・邯鄲から軍を王都圏の入口・列尾に出兵するよう要請。しかし王は邯鄲の守備を優先させた。李牧は、周辺の城から兵を集めつつ秦軍より早く王都圏への帰還を目指す。

 真の目的地・鄴攻略へ、進路を変更すると、秦軍は王都の国門・列尾を目指した。王翦軍は、趙の李牧軍に先んじて列尾へ到着。王翦から列尾攻略の命を受けた楊端和と山の民の果敢な突撃、飛信隊の弓隊による援護により、列尾を半日で陥落させた秦軍は 入城し、列尾城の隅々まで調査を始める。楊端和や貂が城への強い違和感を感じ、報告のため本陣を訪ねるが、王翦は姿を消していた。王翦側近の亜光が預かっていた王翦からの伝言は、全軍、列尾に3日待機という謎の言葉だった。

 趙の李牧軍に列尾陥落の急報が届き、動揺するカイネ傅抵。李牧は、彼らに列尾城には自らが仕掛けた策が秘められていることを明かした。前もって李牧から策を聞かされていた公孫龍将軍は、列尾陥落後の指示されていた対応通り、軍を陽土へ後退させた。李牧の読みでは王翦は必ず策に気づくだろうが、その結果、秦軍は列尾から先へも後ろにも身動きが取れなくなるはずだった。

王翦が列尾から忽然と姿を消し2日が経った。列尾に待機中の秦軍上層部は、現状の把握のため集い、蒙恬と王賁は列尾城には李牧の策が施されていると指摘した。城壁の高さや動線等がわざと守備しずらいように設計されていたのだ。

趙の王都周辺は北は山脈に、南は大河に囲まれている。山脈と大河に挟まれた列尾から要衝の鄴までは近いが、唯一の出入口の列尾城が塞がれれば、秦軍はどこにも逃げ場がない地形だった。秦軍に列尾城を落とさせ、内側へ誘い込み、趙軍が再び列尾城を奪い返せば、秦軍は袋の中の鼠になる。これが李牧の策の全貌だった。

秦軍が後顧の憂い無く鄴を攻め落とすためには、列尾城を死守する必要がある。そのために補給路の確保が必須条件となる。

この厳しい状況を踏まえ、蒙恬は2つの選択肢を提示した。列尾防衛のため兵力を残し、残りの兵で鄴へ侵攻する。もしくは李牧が帰還してくる前に、列尾城の弱点を改修し攻城戦に臨む。しかし王賁や貂は、全軍撤退しかないと主張。これに対し、桓騎は列尾城を捨て、一気に全軍で侵攻し兵糧の尽きる前に鄴攻略を果たす案を示し、王翦はこの案の成功の可能性を探るため姿を消していると明かす。 

そのころ王翦は最終的な攻略地である鄴の城を精査していた。この城は完璧な難攻不落の城だと判断した王翦は、地図で周辺の城や小都市の数を洗い出す。列尾へ戻った王翦は、鄴奪取へ向け進軍を開始する。李牧と王翦の知略戦にこの戦いの帰趨は託された。

王翦は、まず楊端和の山の民軍5万を、北東の陽土に前線を張る公孫龍軍9万の軍に差し向ける。本隊15万は鄴へと進軍し始めたが、突然、進路を大きく北へ変更、小都市・吾多を目指した。吾多城はすぐに陥落したが、民を傷つけた者は斬首という厳命を出し、食糧と城を奪取したのみで民間の住民たちは隣の城まで安全に移動させた。この王翦の意図がつかめず信や蒙恬たちは戸惑うが、王翦は要領は覚えたかとのみ問う。秦軍の本隊はさらに次の城へと向かって行く。

メディアミックス

TVアニメ

2012年6月から2013年2月にNHK BSプレミアムで第1シリーズ(全38話)の放送がスタート。2013年6月から2014年3月には第2シリーズ(全39話)が放送された。その後NHK総合テレビでも放送されている。第1シリーズでは秦の六大将軍王騎が壮絶な死を遂げ、の戦いが終結を迎える第173話までが、続く第2シリーズでは合従軍による秦への侵攻が始まる第261話までがアニメ化された。なお、第1シリーズでは、キャラクターや合戦シーンに3DCGが取り入れられている。

小説

『キングダム THE ANIMATION』のタイトルで、TVアニメをノベライズ化。作者は映画『バクマン。』のノベライズも手がけた久麻當郎。第1巻「王と剣」、第2巻「初陣」、第3巻「大将軍」の3冊が刊行。

ラジオドラマ

2008年、集英社のネットラジオサイト「集英社ヴォイスコミックステーション-VOMIC-」で全8回のラジオドラマが放送された。

ゲーム

2010年11月、KONAMIからPlayStationPortable用ソフト『キングダム 一騎闘千の剣』が発売された。を主人公にした3Dバトルアクションゲームで、原作の物語を追体験できる「オリジナルストーリーモード」のほか、原作とは異なるシチュエーションを楽しめる「アナザ―モード」も用意されていた。2015年には、モバゲーがスマートフォン用アプリ『キングダム-英雄の系譜-』の配信を開始。こちらは『キングダム』の世界を舞台としたシミュレーションRPGで、原作に登場する武将たちを登用・育成し、自分だけの軍を編成できる。

社会に与えた影響

TVアニメ化を記念し、『キングダム』26巻の全コマをユーザーが1コマずつ模写し、1000人でコミックスを描き上げるというイベントがWeb上で行われた。この企画「ソーシャル『キングダム』」には1087人が参加し、「史上最多人数で描き上げた漫画」としてギネスにも登録されている。なお、この企画には一般のファンに加え、尾田栄一郎荒木飛呂彦井上雄彦ら漫画家や、アニメ『キングダム』のキャストなども参加している。

著名人との関わり

雨上がり決死隊がMCを務める「アメトーーク!」の「なぜハマる?『キングダム』芸人」の回で、本作が取り上げられ話題に。「『キングダム』大好き芸人」としてケンドーコバヤシ、サバンナの高橋茂雄、平成ノブシコブシの吉村崇、小島瑠璃子らが出演し、本作の魅力を熱く語った。

作家情報

原泰久:元システムエンジニア。2003年、『覇と仙』が第23回MANGAグランプリにて奨励賞を受賞。同年、「ヤングジャンプ増刊 漫革」掲載の『金剛』でデビュー。2006年、「週刊ヤングジャンプ」で初の連載作品となる『キングダム』の連載を開始する。2013年、『キングダム』で第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。『キングダム』の連載が始まる前、『SLAM DUNK』『バガボンド』で知られる漫画家・井上雄彦のアシスタントをしていた。

の武将・李牧の護衛を務める女剣士・カイネは、『キングダム』連載前に「週刊ヤングジャンプ」に掲載された読み切り『李牧』に登場したキャラクター。この読み切りは『キングダム』連載のきっかけになった作品で、作者も単行本の後書きで李牧、カイネは思い入れのあるキャラクターだと語っている。

登場人物・キャラクター

主人公

黒髪を後ろで縛った目つきの鋭い少年。頑固で自分の意志を曲げない、強気な性格をしている。戦災孤児であり下僕の身分だったが、「天下の大将軍」になることを夢見て鍛錬を続けていた。「王弟の反乱」で窮地に陥った... 関連ページ:

信の幼馴染で親友。ともに下僕の身ながら「天下の大将軍」という夢を持ち、鍛錬に明け暮れていた。二人の対戦成績は1253戦334勝332敗587引き分け+勝敗不明2戦。昌文君に見いだされ、信を置いてひとり... 関連ページ:

秦の第31代目の若き王。わずか13歳で王位につく。後の始皇帝。紀元前259年出生。少年ながら冷徹でポーカーフェイスを崩さない肝の据わった性格。武芸の修練も怠りなく、信を胸倉を掴んで片手で持ち上げるほど... 関連ページ:嬴 政

梟鳴(きゅうめい)という山民族の末裔。ならずものが集う黒卑村に住んでいる。鳥の頭を模した蓑を被って行動する少女。女子であるが、身を守るためずっと男として過ごしてきたため、男口調であり合理的な性格。幼く... 関連ページ:河了 貂

伝説の暗殺者集団の「蚩尤」の名の後継者候補として育てられた羌(きょう)族の女剣士。始皇帝に仕えた秦の将軍、羌瘣がモデルだが、本作では女性として描かれている。幼少のころから修練を積み、巫舞という剣技を使... 関連ページ:羌 瘣

嬴政の腹違いの弟で秦の王族。生母が王族の娘であるため、自分が純血の王族で正当な王位継承者と考えている。幼少の頃から王宮で育ち、常に思いのままに生きてきており、冷酷で傍若無人な性格である。王族こそが支配... 関連ページ:成蟜

瑠衣

屯留(とんりゅう)の出身の成蟜の第一夫人で秦の王族。成蟜が王位を狙う反乱に失敗した後も、離婚せず付き従っている。屯留へ里帰中に、成蟜が反乱を起こしたとされ牢に幽閉される。

秦の王族。嬴政と向の間に生まれた女の子で第二子。顔や気の強さが嬴政に似ている。扶蘇とは異母兄弟。

扶蘇

嬴政の長男で秦の太子。次の皇帝として考えられている。

昭王

嬴政の曽祖父。3代前の第28代秦王。55年間もの在位中のほとんどを、戦場で過ごし戦神とうたわれた。秦の六大将軍たちのカリスマで王騎に中華統一の野望を託す。

荘襄王

秦の君主。嬴政と成蟜の父で前第30代秦王。呂不韋の財力のおかげで秦王となる。在位はわずか5年間。

穆公

嬴政より約400年前の第9代秦王。愛馬を山民族に食べられてしまったが、怒らず、逆に酒をふるまい友好的な関係を築く。

郭景

嬴政の曽祖父、3代前の第28代秦王昭王の甥。「嫪毐の乱」で樊琉期に斬られた。

若き秦王・嬴政を支える家臣。元々は嬴政の教育係で一番の側近。元は武官で、昭王が秦王だった頃は王騎に認められる程の武人であった。王騎からは摎の素性という重大な秘密を打ち明けられる。「王弟の乱」直前に武官... 関連ページ:昌文君

竭氏

秦の左丞相(さじょうしょう)。王宮では呂不韋につぎ2番手の勢力。野心家で常に自分の利益のみを考えており、買収もお手の物。王族を「呂氏の犬」とあざけっていたが、表面上は成蟜を敬って呂氏を蹴落とすことを狙う。成蟜のクーデーターに協力し、一挙に秦を手に入れることを目指す。

肆氏

秦の左丞相(さじょうしょう)・竭氏の参謀。竭氏の右腕と呼ばれ、竭氏の横柄な命令にも黙って従う。沈着冷静で忍耐強い。竭氏が成蟜のクーデーターに協力した際には、兵や軍備の手配をした。反乱が失敗した後は竭氏勢力のまとめ役になり、その後、嬴政の陣営に加わる。

元は商人で一番を目指していたが、趙で前秦王の荘襄王に出会う。当時、荘襄王は子楚(しそ)と名乗っていた。呂不韋は子楚を秦王にするために全財産を投資し、さらに自分の許嫁だった太后を后とし譲る。秦王になった... 関連ページ:呂 不韋

呂不韋が丞相(じょうしょう)になった時に右腕として登用され、呂不韋が相国(しょうこく)になった際、右丞相(うじょうしょう)に昇進した。秦の軍事の総司令官としての顔も持ち自費で軍師育成機関を運営し、また... 関連ページ:昌平君

秦内外の法律に精通しており、法の番人と呼ばれている。昌平君と一緒に呂不韋に人材として登用された呂不韋四柱のひとり。呂不韋の相国(しょうこく)に昇進した時には左丞相(さじょうしょう)になるとみられていた... 関連ページ:李 斯

蔡 沢

昭王時代には丞相(じょうしょう)を務め、その後は秦の外交の最高官。主に自分の出身国・燕を担当している。「強き者にのみ仕える」という考え方を持っている。呂不韋四柱のひとりで合従軍から斉を離脱させた功労者。

道 剣

昌文君の命令を受け幼少の嬴政を趙から脱出させるための手引きをした。昭王の家臣。商人の紫夏に協力を依頼し嬴政の脱出に命を懸ける。

単 元

昌文君の命令を受け、幼少の嬴政を趙から脱出させて秦へ逃がすための手引きをした道剣に従い、嬴政の脱出に命を懸ける。

田 慈

幼少の嬴政を趙から脱出させ秦へ逃がすための手引きをした道剣に従い、嬴政の脱出に単元と共に命を懸ける。

寿 白

幼少期から成蟜の面倒を見てきた教育係。失脚した後の成蟜を見放さなかった忠実な文官。嬴政と意思を通じ合った成蟜の成長を見守っている。成蟜とともに屯留(とんりゅう)城で蒲鶮に牢に入れられる。

蒲 鶮

屯留(とんりゅう)城の城主代行。呂不韋と通じていて瑠衣を牢へ監禁。さらに成蟜や寿白をも拘留した。成蟜を反乱の首謀者に仕立てて討とうとしたが、成蟜に脱獄される。

昭王の実の娘で戦神といわれたその血を開花させた、秦の六大将軍のひとり。王騎の召使いとして育てられた。幼い頃に王騎と「将軍になって城を100個とったら摎を王騎様の妻にしてください」という約束をしている。... 関連ページ:

長平の戦いの秦軍総大将で秦の六大将軍筆頭。投降した趙の兵40万人を兵糧の不足と反乱の危険性を理由として全員生き埋めにし、趙から秦が深い恨みを買う理由を作った。敵の勢いをかわす戦い方を得意とし、廉頗は「... 関連ページ:白 起

王 齕

秦の六大将軍の中で一番の怪力で大斧が武器。楚の汗明が一騎打ちで破ったと言っているが本当かどうかは不明。顔を斜めに走っている大きな傷跡と長い鬚髯が特徴的。

胡 傷

秦の六大将軍のひとりでプロフィールや武器は不明。謎に包まれた将軍。

司馬 錯

秦の六大将軍のひとりでプロフィールや武器は謎に包まれている。

秦の六大将軍のひとり。昭王の時代にありとあらゆる戦場にどこからともなく現れ、猛威を振るったことから「秦の怪鳥」と呼ばれる。人を食ったような態度と冗談ぽい会話が多く、本心や真意を読み取りにくい複雑な性格... 関連ページ:王 騎

王騎軍の副官として常に王騎を補佐してきた。冗談が好きで王騎のものまねをしたり、風呂場で泳いだりもする。王騎から「あなたの実力は私に見劣りしません」と言われた通り、相手を死にいざなう高速で円を描く剣技は... 関連ページ:

録 嗚未

王騎軍の第1軍長で王騎軍の中では最強と言われた。李牧が秦、趙の同盟を持ちかけた際には激怒して剣を抜きそうになり、宴席で文官を投げ飛ばしたりと非常に熱い性格である。

隆 国

王騎軍の中で録嗚未に次ぐ数の兵を率いる第2軍長。秦に趙が侵攻してきた際には、蒙武を止めて壊滅的な損害を受けるのを避けようとする。蒙武から才能を認められて部下にならないかと誘われるが辞退している。王騎が騰に王騎軍を託した証人でもある。騰軍の参謀になり将軍に昇進していく。

鱗 坊

王騎軍第3軍長。舌鋒が鋭く敵将に厳しい皮肉を浴びせる。王騎軍の第3軍長。合従軍戦で楚軍の臨武君のすぐそばまで敵陣を突破。録嗚未と共に斬りかかる。

干 央

死闘を得意とし、突破力は録嗚未からも一目置かれている王騎軍の第4軍長。趙との戦いで馮忌を打ち取ることを命ぜられ信と一緒に追い詰める。合従軍戦では乱戦の中、録嗚未軍と共同して媧燐軍の背後から急襲した。また、著雍(ちょもう)戦にも参戦している。

同 金

趙への侵攻戦で趙の本陣を強襲する役目を負っていた。合従軍戦で秦に侵攻してきた楚軍の臨武君と戦う。

黄 楼

王騎軍の古参武将で歴戦のつわもの。趙の三大天の龐煖の摎や秦の将軍たちの、まるで敵を値踏みするような上から目線の戦い方を記憶している。

白老(はくろう)の名で呼ばれる秦の大将軍。昭王の時代から戦場で奮闘し、昌文君には「極めて凡庸な将軍で、強き敵に勝つことは難しいが、弱き相手には絶対に失敗がない」と評されている。蒙武の父で蒙恬・蒙毅の祖... 関連ページ:蒙 驁

羅 元

蒙驁軍の中核を担う将軍。鼻に大きな傷跡がある。魏への遠征戦で輪虎と対決する。

栄 備

蒙驁軍の将軍。魏への遠征戦では第二陣を指揮する。「ムハハ」と冗談を言いながら笑い、信などの新任・千人将を気遣っていた。戦いの最終日、土門とともに対魏戦で輪虎と戦う。

乱 銅

蒙驁軍の千人将。魏の高狼城で弱いものをいじめ乱暴していたのを信にとがめられ、斬られる。強きに従い弱きを挫く戦乱を利用する心の小さな人物。

常 氾

蒙驁軍の新千人将。輪虎に翻弄され人数が足りなくなった千人将に就任。輪虎軍と相まみえる。

土 門

蒙驁軍の将軍。栄備とともに対魏戦で輪虎と戦う。

蒙驁を父に持つ呂不韋四柱のひとり。蒙恬、蒙毅の父。次世代の秦を担うと王騎から言われている秦軍最強の将軍。自分が中華最強と自負しており、それを証明するために昭王の時代に中華を席巻した秦の六大将軍制度の復... 関連ページ:蒙 武

丁 之

蒙武の副官。愚直なまでに蒙武を補佐する。

来 輝

蒙武の副官。蒙武を諫めることなく補佐に徹する。

王騎も一目置く秦の大将軍。戦場をひとつの燃え盛る大炎ととらえており、炎が戦の推移の中で巨大に燃え盛った匂いを逃さず、自ら最前線に乗り込み、一気に敵の総大将めがけて突進する。鋸の様なギザギザの歯と長刀の... 関連ページ:麃公

蒙驁軍の副将で、野盗時代に城を攻め落とした時、住民全員の首を刎ねたことから「首斬り桓騎」の異名を持つ、元野盗団首領の若き将軍。将軍となっても敵兵の目をえぐりとり、敵陣に送り付けたり、投降兵たちを惨殺し... 関連ページ:桓 騎

オギコ

桓騎軍の千人将。ならず者の仲間からは言動が頼りなく思われているが桓騎は信頼している。独特の風貌で、尖った髪型や鼻輪が目立つ。伝令や接近戦の戦闘力は高い。

那 貴

桓騎軍の千人将。黒羊丘の戦いで、尾平達とのトレードで飛信隊に加入。

ゼノウ

桓騎軍の中でも最強の武力を持つゼノウ一家の長。蒙武よりも体が一回り大きい。

砂 鬼

桓騎軍一の残酷さを持つ砂鬼一家の頭。

倫 玉

黒羊丘の戦いで、桓騎に同行するが桓騎が味方を斬ったのを見て忠告する。

馬 印

飛信隊に桓騎が送り込んだ武将。信と争う。

黒 桜

桓騎を慕う目つきの鋭い女性副官。野盗時代から桓騎の部下で、桓騎を「お頭」と呼ぶ。自分の部下からは「姐さん」と呼ばれている。桓騎の残忍で冷酷な命令を忠実に実行する。武芸の達人で弓は一射で2矢を命中させる。黒羊丘の戦いで副官として五千人将を務める。

雷土

桓騎軍の副官で雷土隊の隊長。尾平に「左目まわりに墨入れてるおっかねえ人」と評される。ヤクザのような風貌をしているが、桓騎が敵陣に突撃する際は軍を任されたこともある。ゼノウとタッグを組み前線で奮戦する。部下からは「メチャ強えし、おっかねえ」と評され、黒羊の戦いでは飛信隊と対をなし左側特攻隊を受け持つ。

摩論

桓騎の側近で奇策を使う参謀で五千人将。一見紳士で口調も丁寧だが、野盗時代からの部下。顔に入れた刺青を自慢している。

角雲

桓騎軍の千人将。黒羊丘の戦いに参戦した守りの達人。奇襲してきた紀彗と対決。

啄 兄弟

桓騎軍の力自慢の兄弟。油の入った樽を敵陣に投げ込む。

中 貴

桓騎軍の武将。魏との戦いで桓騎に同行。敵の首をはねる。

ホウロ

雷土(らいど)軍の一員。軍が分断されたことを伝える。

巴 印

雷土軍の一員で尾平と共に行動。

蒙驁軍の副将。王騎を輩出した王家の本家当主。王賁の父。桓騎と同様に化物と言われている。秦王の座を狙っているという、黒い噂があり目元を隠す仮面を付けている。数々の戦功をあげているが、危険人物として長い間... 関連ページ:王 翦

次世代将軍の第一候補の三百将。王家の嫡男。父は将軍の王翦。幼少期からの武芸の弛まぬ鍛錬のおかげで、槍術は信の剣技をも圧倒する達人のレベル。必殺の槍術は突き技「龍指」で、初見では見切ることは不可能な技。... 関連ページ:王 賁

番 陽

王賁からの信が厚い玉鳳隊の副長。老練な武将だが傲慢な性格。下僕出身者が多い飛信隊に対し王賁よりも厳しい言葉で卑しめる。

関 常

王翦の側近を務めていた実力者の千人将。用兵の能力に長けている。王翦にならい慎重な戦術を好み、王賁の突撃命令を無視することもある。王賁が四千将に昇格した時に王翦軍から編入された。

大将軍・蒙驁の孫で蒙武を父に持つ千人将。蒙毅の兄。楽華隊という特殊三百人隊の隊長。飄々とした性格で周囲の期待に応えようとはしないが、武芸の才能は高く大将軍を目指している。ぶつかり合っている信と王賁の仲... 関連ページ:蒙 恬

陸 仙

楽華隊の副長。楽華隊の重騎隊を率いている。厚い鎧を身にまとい、並みの矢などものともしない重装備で突撃する。

飛信隊副長。壁から命令を受け信との緊急時の連絡係となった。信が王騎に修行させてもらう時も同行し、無理やり修行に付き合わされ、一気に剣の腕が上がり、信に副長に任命される。飛信隊の窮地を救う見事な補佐役を務めている。

楚 水

元々は郭備隊の副官だったが、千人将に昇格したばかりの飛信隊に編入された。郭備隊は士族だけで構成されていたが、下僕出身の信を将として信頼している。補給路の確保など大事な後方任務もこなせる貴重な職業軍人。左の眼を縦断する大きな傷がある。

岳 雷

元麃公軍の千人将。飛信隊に編入されたが無骨で無口な性格で、当初は信たちの若さにとまどっていた。また信が麃公に気に入られていたことに嫉妬もしていたようだが、今は信の実力を認めている。

尾 平

信と同郷の城戸村(じょうとむら)出身の古参兵。信の初陣では伍の仲間だった。飛信隊では伍長。歴戦の強者で出っ歯が特徴的。

尾 到

信と同郷の城戸村(じょうとむら)出身で尾平の弟。信の初陣では伍の仲間だった。尾平より背が高く頭は角刈り。飛信隊の伍長。対趙戦では龐煖軍の攻勢の中を信を背負いながら逃げる。

澤 圭

信が初陣の時の伍の伍長。攻撃力は弱いが戦場で生き残る術を知っており、澤圭の伍では誰も死なない。

沛 浪

飛信隊の百将。信の初陣の時から伍長として田有とともに戦ってきた。

田 有

巨漢の飛信隊の百将。信の初陣の時から怪力で有名だった。顔は怖いが心根は優しい。信の戦いぶりを認めている。

中 鉄

飛信隊の中でも一番の強面の伍長で、富村の殺し屋の異名を持つ。しかし見た目と違い情に厚く、飛信隊の隊員たちの窮地を何度も救う。

山 和

元は沛浪の伍の一員。沛浪の誘いで飛信隊の一員となる。巨漢で怪力自慢。伍長となる。

脇 次

元は沛浪の伍の一員。沛浪の誘いで飛信隊の一員となり、伍長となる。

茷 建

元は沛浪の伍の一員。沛浪の誘いで飛信隊の一員となり、伍長となる。

文 穴

趙軍との戦いから飛信隊に参加した伍長。龐煖との闘いのさなか、羌瘣から撤退を指示される。

松 左

飄々とした性格を持つ飛信隊の什長だが物事の正鵠を射る発言も多い。槍の達人で味方として頼りになる存在。

田 永

沛浪の誘いで飛信隊に参加した什長。ガラが悪い大男で口も悪く喧嘩っ早い。信にも悪態をつくが信頼はしている。

崇 原

飛信隊の什長で剣の達人で乱戦で大活躍。趙軍との戦いで左目を失っている。

去 亥

飛信隊の百将。対魏国戦で壊滅状態だった秦第二軍の生き残り。信たちが武勲を挙げたのを快く思わず不満を持っていた。

竜 有

飛信隊の什長。対魏戦の生き残りで性格に難がある。最初は信に悪態をつき、認めていなかった。腕力には自信がある。意外なことに料理がうまい。

飛信隊の伍長。対魏戦第二軍の生き残りで去亥や竜有らとつるみ信に反抗していた。龐煖軍と対決する。

有 義

飛信隊の伍長。対魏戦第二軍の生き残りで坊主頭を信から「ハゲ」とからかわれている。龐煖軍との戦いに臨む。

魯 延

飛信隊の什長。戦場の経験が豊富な最年長兵であり、作戦を立て信を補佐している。仲間内からは「魯延じい」と呼ばれている。

竜 川

飛信隊の百将。田有以上の巨漢兵士なため動きはゆっくりだが怪力無双。馮忌を奇襲した際、趙軍の兵士を体当たりで弾き飛ばした。田有の3倍の馬鹿力の持ち主。

飛信隊の什長。山の民、青石族の出身で聴覚に優れ、様々な音を聞き分けて勝負所で飛信隊に貢献している。

飛信隊の歩兵で信と同郷の城戸村(じょうとむら)出身の少年。小柄で気が弱い性格だが母親に楽をさせるために出世したいという希望を持つ。羌瘣副長が飛信隊を離脱したため、戦術に問題が生じていることに気づく。羌瘣に習った関節技がなかなかのものであなどれない。

飛信隊の歩兵で信と同郷の城戸村(じょうとむら)出身の歩兵。同郷の信や尾平とは馬が合い、宴会で仲良く絡んでいる。

田孝

軍師・河了貂の補佐役として戦場で活躍する。伝令役が主な任務。

ハシュケン

青石族の兵士。山の空気を読むことができる。山の中での戦いでは非常に貴重な戦力となる。

烈 兄弟

元郭備隊出身の巨漢の騎兵兄弟。趙軍の矢から身を挺して信を守ろうとする。

我 呂

飛信隊に配属されてきた元麃公軍の兵。ノリが軽く浮ついているため、その武力のほどが怪しまれるが確かな実力を持つ。軍師・河了貂と信との関係にツッコミを入れたりもするが意外に義理堅く信頼できる部下。

労 我

リーゼント頭で不良っぽい見た目で自称は格好良く「狼牙」と名乗っている。自信過剰で実力は無く巨漢兵士には逃げ腰。昴にも勝てないレベルの武力。

孫仁

羌瘣の部隊の兵士。補佐官として羌瘣の独断専行を諫める常識派。

岐 鮑

飛信隊の兵士で実家が漁師のため川に詳しい。黒羊丘の戦いで河了貂を補佐し作戦に貢献した。

土 南

飛信隊の兵士。

秦の大将軍。昭王の時代から秦の六大将軍の陰になりながらも、15歳の初陣から50年間以上も戦歴を重ねてきた古参の将軍。頑固な性格で秦の武人であることに誇りを持っている。秦を軽視発言する桓騎とは折り合わな... 関連ページ:張 唐

大将軍を目指している昌文君の副官で、筆頭的存在。名家の生まれで文武ともに抜きでているが、王都奪還の戦いで自らの実力の無さを痛感し、武官としての最高位・大将軍を目指している。努力家で生真面目な性格で面倒... 関連ページ:

馬 仁

秦の将軍で、壁軍の副将。嫪毐の反乱の時には反乱鎮圧軍の副将となる。

蒙 毅

祖父が蒙驁で父が蒙武、兄が蒙恬の秦の文官。父を軍師としてサポートしようと、昌平君の軍師養成学校で戦術を勉強中。養成学校での成績は抜群で蒙恬から「とびきりの軍師」と評価されている。蒙武と共に戦場に出て武力が策を凌駕する場面にたびたび出会い、さらに実践的な軍師を目指している。

左 慈

秦の上級武官で剣術の達人で肆氏の片腕。竭氏の人斬り長と呼ばれ、暗殺者として活躍していた。服を汚されただけで相手を真っ二つにしてしまうほど気が荒く、感情の起伏が荒い。山の民以上の武力を持ち、力と速さを極めた自分の剣術を天下最強と豪語する。

魏 興

竭氏、肆氏に仕える秦の上級武官。左慈の剣術と並び他国に恐れられる弩弓隊を率いている。成蟜の反乱では嬴政を探し謀殺を図る。

黒 剛

秦の将軍で、「星眼の黒龍」の異名を持ち恐れられている隻眼の猛将。丸城を守備する将軍だが、根っからの戦争好きで激戦地に毎回出陣していく。

秦の大将軍である麃公指揮下の千人将。「勝つためには自分のすべてをくれてやる!」という強い意志を持っている。戦争に勝つことが第一番目の将軍の義務であり、配下の歩兵を死なせないことではないとの考えを壁にも... 関連ページ:縛 虎申

尚 鹿

秦の三千将。壁の幼馴染の武官で縛虎申と壁の間で歩兵の取り扱いについての意見が食い違うのを、間に入って調整できるほどの飄々とした性格。壁とともに三千人将に昇格。

段 歯

秦の将軍。馬央城を取り囲んだ趙軍10数万の兵士を「ハナタレ」と甘く見ている。公孫龍軍との戦いの火ぶたが落とされる。

江 亜

秦の文官。昌平君の軍師育成学校の学生。河了貂や蒙毅よりも年上で蕞の戦いに蒙毅に呼ばれ参戦。

郭 備

秦の千人将。下僕出身だが郭家に養子に迎えられ士族になった。知・武・勇の三拍子がそろい人望も厚く、将来を嘱望されている若手の武将。若手の中では一番将軍に昇進するのが早いだろうと噂されている。同じく下僕から三百将になった信のことを応援している。

介 億

秦の軍師で昌平君の副官。軍師育成学校の先生でもある。対合従軍戦では蕞に出陣。加冠の儀に参列直後に昌平君と共に呂不韋陣営から離反。プロの軍略家だが女好きな面もある。

袁 夏

秦の将軍。王弟の成蟜とは昔なじみの仲。屯留(とんりゅう)戦では成蟜軍の副将となり、戦場に臨む。

龍 羽

秦の将軍。屯留(とんりゅう)戦で成蟜軍の副将となる。しかし裏で敵の蒲鶮と通じ、成蟜に歯向かうとの黒い噂がある。

成蟜の側近の青年。下僕から這いあがってきたが、成蟜とそりが合わず過酷な運命に翻弄される。

樊 於期

嫪毐の反乱軍を指揮する毐国(あいこく)の将軍。烏合の衆だった毐国軍を秩序だった軍隊に整える実力を持つ。呂不韋に手引きされ咸陽に侵攻する。 。

樊 琉期

毐国の将軍で樊於期の息子。戦乱に翻弄されている、住民たちを容赦なく虐殺する。弱いものに無慈悲な残虐な性格。

夫の第三十代秦王・荘襄王との間に秦王・嬴政をもうけた実母。後宮最大の権力者。かつては美姫(びき)と呼ばれ呂不韋の許嫁だったが子楚(後の荘襄王)に献上され、呂不韋が出世する足掛かりとなった。子楚と呂不韋... 関連ページ:秦の太后

秦王・嬴政の側室で後宮に仕える宮女。田舎の貧しい商家出身の娘。嬴政の夜伽の相手を務めているが、嬴政は読書をしたり向と話をするだけ。向は宮女としてではなく、心から嬴政を慕っている。

秦の宮女で向の親友。向とは違い高貴な階層の生まれで、向と嬴政の夜伽の進捗に興味津々。体を張って向を守る。

趙 高

秦の後宮に仕える宦官。側近として非常に有能で太后の信頼を勝ち得ている。毐国の建国の地盤を作り上げた功労者。

嫪 毐

嫪国の偽宦官。太后の伽を務めるさせるために、呂不韋が後宮に送り込んだ唯一の男。太后と共に過ごすうちに情が移り、また彼女の心の傷に気づき癒そうと努力する。太后が安息を求めるため建国した嫪国で、呂不韋の政治的野心に利用され、毐国反乱の中心として決起してしまう。

京 令

秦の女性医師。嬴政直属の医師で重い傷を負った魏を治療する。

信や漂を下僕としていた城戸村(じょうとむら)の里典の息子。召使として不器用な信を嫌っていたが、器用な漂はお気に入りだった。

徐 完

秦の朱凶のひとり。嬴政の影武者となっていた漂に斬りつける。

ムタ

秦の南越ベッサ族の吹き矢(毒矢)と2本の手斧を武器に戦う戦士。肆氏から嬴政の暗殺を命じられる。

燕 呈

秦の暗殺集団・朱凶の族長。若く物静かだが暗殺の実力は高い。呂氏陣営の要請で嬴政暗殺を依頼される。蚩尤族の出身である羌瘣の技に見惚れ忠誠を誓う。

少数民族の南巴族の少年。侵略者とけなげに戦っているところで信と出会う。

暁 定

南巴族と戦っている少数民族の将軍。巨体で馬鹿力の持ち主。

ワテギ

異民族・戎籊(じゅうてき)の王。嫪毐の反乱に参戦し、秦と戦う。

ブダイ

異民族・戎籊(じゅうてき)の重臣。ワテギと共に嫪毐の反乱に参戦。

景湣王

魏の王。魏に亡命してきた廉頗から「見た目でしか人を量れぬ」と暴言を吐かれても、その実力を買い、魏軍を指揮する全権を与える度量の大きい王。廉頗が敗戦してしまっても温情あふれる対応をしている。

魏火龍七師の呉慶が父の魏の若き大将軍。父が秦の麃公に討たれ、秦には深い恨みを持っている。魏国が戦いに臨むときは総大将となる最高武官。戦場では見事な知略と軍略で二手三手先の戦況をよみ、敵軍を罠にかけ打ち... 関連ページ:呉 鳳明

朱 比

魏の武将。合従軍での秦への侵攻戦では、呉鳳明の指揮の元で軍を動かす。麃公なにするものぞとの気概を持っている。

魏の大将軍で秦の六大将軍や趙の三大天と鎬を削った、魏国七人の大将軍である魏火龍七師のひとり。趙に滅ぼされた小国甲の王族。甲の滅亡後、別人になるべく名を変え顔に墨を入れる。放浪中に戦国四君である魏の信陵... 関連ページ:呉 慶

宮 元

魏の将軍で呉慶の副将。有能な軍師だが、かつては呉慶と共に前線を駆け抜けた武功を持つ。縛虎申隊の突撃をあざ笑い、一騎打ちに臨む。

白 亀西

魏の将軍で宮元と同じく呉慶の副将。凡将だが魏国民からの人望が厚く、廉頗に命ぜられ魏軍の総大将となり、山陽戦で蒙驁の秦軍と対決する。

黄 離弦

魏の宮元配下の部将で弓矢の名人。縛虎申隊を宮元の連弩隊で迎え撃つ。

朱 鬼

魏の武将で呉慶の配下。呉慶から麃公の首を取ることを命ぜられた。常に麻鬼と行動を共にし二人合わせて将狩りの異名を持つ、つり上がったきつい目が特徴。

麻 鬼

魏の武将で呉慶の配下。朱鬼と共に呉慶から麃公の首を取ることを命ぜられた。常に朱鬼と行動を共にし二人合わせて将狩りの異名を持つ。細い目と無表情が特徴。

魏の大将軍で魏火龍七師のひとり。元は呉鳳明の戦術の師。王騎と互角に戦ったこともある。冷酷無慈悲な軍略家として恐れられていたが、魏火龍七師同士で争う。凱孟、紫伯と共に、魏火龍七師の内、三人を殺害し、先王... 関連ページ:霊 凰

乱 美迫

魏の武将で霊凰配下。王騎や摎でも手を焼いた程の武の持ち主である。呉鳳明からは「狂戦士」と呼ばれる、仮面をつけた武将。

凱 孟

魏の大将軍。魏国七人の大将軍である魏火龍七師のひとり。剛腕無双の歴戦の豪将で、知略や軍略に頼らない猪突猛進な戦い方が得意。圧倒的な武力で秦軍に攻め込む。14年間へ幽閉されていた地下牢から解放され、著雍(ちょもう)守備戦に加わり信との一騎打ちに臨む。

荀 早

魏の凱孟軍軍師。飄々とした態度や口うるささで誤解されやすいが、軍略や戦術はずば抜けており、凱孟に信頼されている。信が率いる飛信隊も大苦戦を強いられる。

魏の大将軍。魏国七人の大将軍である魏火龍七師のひとり。魏国最強の槍の使い手で、他国までその武名は鳴り響いている。その凄まじい槍の技術は刺された相手が気付かないほどで、王賁よりも実力は上と言われている。... 関連ページ:紫 伯

元・趙の三大天のひとりで魏の大将軍。正攻法で戦えば、敵なしと言われるほどの軍才と武力を誇る。趙王に即位した悼襄王が恨みから更迭するが、これを拒否し逆賊と見なされる。討伐軍に勝利し、配下の武将たちを連れ... 関連ページ:廉 頗

介 子坊

魏の将軍で廉頗四天王の筆頭。巨大な斧の形をした矛が武器。貫禄充分の巨体と辮髪が特徴。桓騎のようなゲリラ戦法や心理戦には対応がいまひとつだが、真正面からの戦では100勝以上を上げている。山陽戦では断崖を騎馬隊を率いて駆け上り、蒙驁本陣に奇襲をかけた。

魏の将軍で廉頗四天王のひとり。童顔で笑うと目が線のように細くなる。廉頗に深く信頼されている。戦乱に巻き込まれた村でただ一人生き残った戦争孤児。廉頗に拾われて育てられる中で、廉頗の剣として生きるため武術... 関連ページ:輪 虎

姜 燕

魏の将軍で廉頗四天王のひとり。弓の達人で、常人の倍の飛距離を誇り中華十弓のひとりに数えられる。かつて廉頗と五分に戦った小国の英雄であり、国が滅亡後は廉頗に仕える。鏑矢を飛ばし、複数の部隊へ遠隔から指示を出し操る戦法が得意。いつも眸を閉じたような特異な容貌を持つ。

玄 峰

魏の将軍で廉頗四天王の最長老。廉頗の師でもあった軍師でプライドが高く、「阿呆」が口癖。敵将にも上から目線で接し、信を手玉に取る。目が大きく頭が禿げている。

魏 良

魏の武将で輪虎の副将。魏軍の兵士たちと輪虎の間を円滑にした。輪虎と信の一騎討ちに割って入ろうとする。

隆 太

魏の将軍で滎陽城の城主。

風 伯

魏の将軍で高狼城の城主。守城戦のプロ。

間 永

魏の将軍で元輪虎隊。信や河了貂の率いる飛信隊と激戦する。

氷 鬼

魏の軍師。魏軍師八指のひとり。信と飛信隊を苦戦させる。河了貂と策略で勝負する。

道 清

魏の千人将。河了貂率いる飛信隊と交戦。

悼襄王

趙の第九代の王。暗愚と評されている。秦の蒙驁が韓に侵攻している間に、龐煖に命じ秦を攻める。素行を諌めた廉頗を大将権の地位から更迭し、さらに討伐の兵を差し向けた。寵愛していた春平君が秦の呂不韋に拉致された際には、断れば反逆罪で打ち首にすると李牧を脅し奪還を強制した。

藺 相如

趙の大臣で文武知勇の将。廉頗と刎頸の交わりを交わす。

郭 開

趙の大臣で李牧が合従軍の敗北で解任された後、趙の実権を握る。秦の呂不韋と裏で通じている。

姚 賈

趙の郭開の家臣。実は昌文君が趙の動静を探るための間者。知略に優れた李牧の失脚を狙う。

春平君

悼襄王の寵愛を受けている青年。呂不韋とは旧知で、書簡をもらい秦に出向いたところを拉致され、秦趙同盟が結ばれるきっかけとなった。

趙の宰相での新たな趙の三大天のひとり。知略だけではなく武人としての経験値も高い。無駄戦いを嫌い、戦闘による犠牲者を最小限にする信念を持っている。これは若い頃、両親や兄弟を亡くし、激怒して敵将を打ちとっ... 関連ページ:李 牧

カイネ

趙の武将で李牧の護衛を担う女性剣士。単独で隠密行動をする李牧を補佐している。秦軍の河了貂には心を開いており、李牧から学んだ軍師としての本質を教える。

魏 加

趙の武将で中華十弓のひとり。李牧の副将として情報操作戦に携わる。李牧は王騎を超える逸材だと確信していた。中華の新たな幕開けに自らの爪あとを残し龐煖を守るため王騎へ矢を放つ。

傅 抵

趙の李牧軍の三千将。二刀の剣を操り趙の三大天の席を争う実力を持つ。自信過剰な面があり、カイネを将来嫁にすると公言しているが、彼女からは軽くあしらわれている。鼻と口を覆う布が特徴。飛信隊を襲撃する田有、竜川を一蹴し信に迫る。

晋 成常

趙の合従軍の李牧別働隊の副将。白髭の笑みを絶やさぬ武将だが言動は激しい。李牧を諭して殿軍を代行。

新たな趙の三大天のひとりで圧倒的な武力を持つ。自らを荒ぶる神を宿した武神と称し、呼吸せずに気を操る。普段は人里を離れた山の中に住み、ひたすら武力の鍛錬をしている。軍を統率することには全く興味が無い。戦... 関連ページ:龐 煖

楽 乗

趙の大将軍。廉頗が趙の三大天だった頃の趙軍のナンバー2。軍神・楽毅の一族で廉頗以上の実力をうたわれた。20年間一緒に戦ってきた廉頗が悼襄王の更迭命令に背いたため、逆臣として廉頗を討伐しようと追う。

公孫 龍

趙の将軍。対秦戦で馬央への先陣を切った万能の武人。万能の公孫龍の異名を持つ。左目を縦断する傷痕が特徴。

趙の将軍。秦の白起が行った「長平の戦い」の生き残りのひとり。万極も父兄を失っている。そのため秦に尋常では無い恨みを抱いており、復讐のため秦の馬央周辺集落住民を虐殺する。合従軍戦では「長平の戦い」の遺族... 関連ページ:万 極

渉 孟

趙の将軍。先陣を切って至近距離で戦うのが得意。巨体に似合わず、素早い動きで敵を倒す。しかも敵の秦の旗を掲げ、集合してきた秦兵を討つような狡猾な策士でもある。破壊の渉孟の異名を持ち、辮髪で、武器は三日月のような形の刃の戈。趙の三大天の最後の一席を狙っている。自分の武力には絶対的な自信を持っている。

李 白

趙の将軍で重歩兵や重装備の兵隊を率いていて戦う。5万人の燕軍から小城をわずか7000人兵隊で守り切ったため、守備の李白との異名を持つ。乾原の戦いで蒙武の軍と相対するがその攻めを十年は受けきれるとの自信を持っている。

昧 広

趙の将軍。秦の屯留(とんりゅう)城まで侵攻し、飛信隊と戦う。

趙 括

趙の大将軍。父は趙の三大天・趙奢。趙と秦が戦った長平の戦いで、廉頗に代わり趙軍の総大将として白起や王騎と戦った将軍。

豪 紀

趙の将軍で秦と趙の国境、曹州で飛信隊と対峙する。

趙 荘

趙の軍師。対秦戦ではリーダーシップの取れない龐煖に代わり、12万もの秦軍の大将代理となる。趙軍一の知略の持ち主で蒙武軍を壊滅近くにまで追い込むが、援軍・王騎軍の奇策に翻弄される。

斉 明

趙の武将で趙荘の副官。秦侵攻戦で本陣の趙荘の命を各武将に連絡した。

馮 忌

趙の将軍だが軍師に劣らない鋭い頭脳を持つ武将。戦局や罠の分析に長けている。戦場を広くとらえ、遠距離戦を得意としている。無駄がなく効率よく敵を討ち果たすという、戦の美学を持っている。趙荘の副将としては秦の左軍を知略で壊滅近くまで追い込むが、すべて王騎の掌の上であることに気づく。

趙の将軍で、李牧が絶大な信頼を置いている本能型の将軍。沈黙の狩人の異名を持つ。模擬戦では李牧を何度か負かしたこともある。冷静に戦況をみつめ、鋭い観察眼で敵が罠にかかるのをじっと待つ。守勢からの反撃に長... 関連ページ:慶 舎

岳 嬰

趙の武将で慶舎軍の副将。黒羊丘の戦いでは、桓騎軍の雷土隊、ゼノウ隊と交戦する。

金 毛

趙の武将で慶舎軍の副将。黒羊丘の戦いでは、紀彗とともに趙軍の本陣を守備する。岳嬰の実力は買っているが時に言い争いになる。

紀 彗

趙の将軍で離眼城の城主。民から慕われている。黒羊丘での攻防戦では、慶舎軍の副将に抜擢された。飛信隊を急襲し足止めさせる。

馬 呈

趙の武将で紀彗軍の副官。紀彗の幼馴染。巨体で戦斧を振るい、信を弾き飛ばすほどの武力を持つ。

劉 冬

趙の武将で紀彗軍の副官。紀彗の幼馴染で知略に優れ右腕と呼ばれている。馬呈と共に飛信隊を急襲し、動きを封じ込める。

海 剛

趙の将軍で紀彗軍の武将。黒羊丘の戦いで黒桜軍と激戦。

冬 顔

趙の将軍。嬴政が趙から脱出する際、騎射兵を率いて後を追い、昌文君と交戦する。

茂 英

趙と秦との境にある関所である青郭の長。

天 布

趙の将軍・冬顔配下の部将。騎射兵のひとり。

紀 昌

趙の将軍で元・離眼城の城主。紀彗の父で民に慕われる人格者だったが、離眼城を落城させられる。

岳 印

趙の将軍で元・離眼城の城主・紀昌の側近。

赫 公

趙の将軍で元・離眼城の城主・紀昌の側近。

唐 寒

趙の将軍で元・暗何(あんか)城の城主。民から嫌われ圧政を敷いていた。紀昌と覇権をめぐって戦う。

唐 鈞

趙の将軍で元・暗何(あんか)城の城主・唐寒の息子。紀昌と離眼城をめぐって戦う。

趙の闇商人紫家の女性頭目。戦災孤児で餓死しかけたところを、紫啓に救われ育てられる。天賦の商才があり、紫家の跡目を継いでから商売のスケールを2倍にした。紫啓の遺言「受けた恩恵を次の者に」を実行するため、... 関連ページ:紫 夏

江 彰

趙の闇商人紫夏の戦災孤児時代からの幼馴染で弟分。秦や嬴政のことは好きではなかったが、惚れている紫夏に従い嬴政を秦に送り届ける仕事を引き受ける。

亜 門

趙の闇商人紫夏の戦災孤児時代からの幼馴染で手下。おかっぱ頭で短気、荒々しい性格。紫夏に惚れているがキモいと軽くあしらわれている。

紫 啓

趙の闇商人紫家の前頭目。戦災孤児だった紫夏たちを救い育てた養父。

考烈王

楚国の国王。子供ができなかったため、春申君の子供を妊娠している李園の妹を妾にした。王弟が精神に異常をきたしていたため、その妾が産んだ子を次の楚王に即位させようと春申君と李園の三人で図る。

考烈王の弟

考烈王の弟。加虐性のある精神異常者。次の楚国の王に予定されている。本名不詳。

李園の妹

元々は春申君の子供を妊娠した妾。妊娠したまま考烈王の妾として献上され、春申君の子供を考烈王の子として出産。本名不詳。

楚国の宰相。楚国を20年間経営してきた手腕が評価され、戦国四君のひとりと呼ばれている。次の楚国の王といわれている王弟が、加虐性のある精神異常者なため、楚国の行く末を案じ、考烈王と李園と自分の子供を次の... 関連ページ:春申君

李園

楚国の宰相・春申君の食客。春申君の妾で子供を身ごもった妹を考烈王に献上し、王の親戚になった。考烈王が崩御した後、春申君と激烈に対立する。

楚国の大将軍。楚国の第二軍を任されている女将軍で軍略の天才。性格が悪く、第一軍を配下に置いたとき副将を罵倒して蹴り飛ばし、第二軍の出陣命令を無視するなど、楚軍の兵士たちからは敬遠されている。汗明と同じ... 関連ページ:媧 燐

バミュウ

楚国の武将で媧燐の副官。美貌の媧燐に惚れているようで、媧燐に殴られ首を絞められても、気にかけない。戦闘の最中でも自分の髪形を気にしたりなど、実力が未知数な男。

項 燕

楚国の大将軍。楚の虎の異名がある。

楚の大将軍で第三軍を率いている。オルド以上の高身長と巨躯のため、楚の大巨人と呼ばれている。春申君の信頼が厚く合従軍では開戦の合図を行った。戦では初陣から全戦全勝していて、自らを天の気まぐれによって生み... 関連ページ:汗 明

貝 満

楚の将軍で軍略に長け汗明の右腕。汗明に軍師として戦略を進言する。秦最強の男、蒙武を愚か者と評価している。

剛摩 諸

楚の将軍で汗明軍の軍師も兼ねる側近。秦最強の男、蒙武の作戦をあなどっていたが理解できていなかったことを認めた。

仁 凹

楚の老軍師で汗明の側近。いつも強大な扇を持っている。秦最強の男、蒙武と対戦するがその作戦を軽く見ている。

臨武君

楚の将軍で第一軍を率いる。中華南方の蛮族・百越相手に戦を繰り返し、数々の修羅場を乗り越え将軍にまで上り詰めた。汗明が一番信頼している部下で怪力自慢の巨漢。長い柄がついた棍棒が武器で、秦の王騎軍との戦闘では同金を一撃で葬った。函谷関戦では録嗚未をなぎ倒している。

楚国の若き千人将。信と同年代で雷轟(らいごう)の異名を持つ。戦闘中もわざと怠慢な態度を見せているが、実力と才能は高い。信と同じように短絡的で無謀なお調子者なので、千人将より上に上がれないと白麗にからわ... 関連ページ:項 翼

白 麗

楚国の若き千人将。信と同年代で弓の名手。中華十弓のひとりで、自らは中華三位を自負している。先のことを考えずに突っ走る項翼の部隊と連携作戦を行い、弓矢で後方から支援をする。いつも冷静に戦況を見極め、暴走する項翼をたしなめている。姉の白翠は臨武君に嫁いでいる。

劇 辛

燕の大将軍で救国の英雄と言われている。金目当てで祖国の趙を捨て、燕へ移籍した。その華々しい戦歴と楽毅の戦術をマスターし再現できることから、趙にとどまっていれば趙の三大天のひとりとなっていただろうと言われている。趙との戦で李牧の戦略を見破り本陣に迫る。

燕の大将軍。燕北方の50の山間部族の王でもある。合従軍では燕軍の総大将を務めた。豪放で闊達な性格のように見えるが、戦場の全体を見通す繊細な戦術眼も備えている。また、山間部育ちのため圧倒的な「山読み」の... 関連ページ:オルド

燕の大将軍。戦国時代中期に死に体だった燕国を救った伝説的軍神。実は劇辛と同じく金目当てで燕国に移籍した。燕王が私財を投げ打ってまで集めたのが、楽毅と劇辛だった。楽毅は当時最大の大国だった斉に、六国連合... 関連ページ:楽 毅

成 恢

韓の大将軍。合従軍では韓軍の総大将を務めた。率いている部隊は毒兵器を操る特殊部隊。自らの体を犠牲にして毒物を研究し、即効性のある猛毒を生み出した。元は美青年だったが、猛毒に常に触れていたため、肌にどす黒い血管が這う醜い姿となった。

張 印

韓の将軍で韓総大将代理。

馬 関

韓国の二千人将。徐国を襲撃する。

王建王

斉の国王。非常に癖が強い人物で、戦争は単なる金を稼ぐための仕事と考えている。秦の呂不韋四柱のひとり蔡沢が提示した金額をもとに、合従軍から抜けるかどうか思案する。

后 勝

斉の王建王の臣下。斉に侵攻してきた合従軍との戦争に気をもんでいる。

無数の山の民を統率する女性盟主。山界一の武力を持ち、山民族の間では「血に飢えた山界の死王」の異名がある。始皇帝に仕えた秦の将軍、楊端和がモデルだが、本作では女性として描かれている。普段は怪しい仮面をか... 関連ページ:楊 端和

楊端和の配下で山の民を統率するナンバー2。戦乱の中で滅亡したバジ族の生き残りである。信には隊長と呼ばれている。深い山の中で一人で生きてきたため、山の民の言葉も話せず野獣と化していたが、楊端和に拾われて... 関連ページ:バジオウ

タジフ

楊端和の配下の山の民の幹部。巨体で怪力の持ち主。特大の石球を振り回し、敵の体を消し飛ばす戦法をとる。被っている仮面の角を折った信のことを武人として認めている。

シュンメン

楊端和の配下の山の民の幹部。鳥牙族の代表で最強の男。鳥のくちばしを模した仮面をつけている。武器は長刀。ランカイの教育係。

ランカイ

赤子の頃、闇商人から秦の成蟜に珍種の猿として買われた巨漢。素手で人間をひねりつぶすほどの怪力の持ち主だが、成蟜に調教され絶対服従するような、本来は弱気な性格。後に山の民に引き取られる。

羌 象

秦の羌族の女性。羌瘣と姉妹同然に育ち、羌瘣と同様に最も蚩尤に近い強さをもった存在だった。蚩尤となり外の世界へ出ていきたいという希望と、妹同然の羌瘣を殺したくないという葛藤の中で、「祭(さい)」の日に羌瘣を香で眠らせてしまう。

羌 識

秦の羌族の女性。羌瘣や羌象の次の代の蚩尤候補。あまりしゃべらない静かな性格。外の世界や男女の営みにほのかな興味を抱いている。

羌 礼

秦の羌族の女性。羌瘣や羌象の次の代の蚩尤候補。羌識とは対照的で天真爛漫でよくしゃべる性格。外の世界や男女の営みへの興味が強い。

羌 明

秦の羌族の女性。17年前、羌族の蚩尤候補だったが、死への恐怖から「祭(さい)」から脱走。一族から命を狙われ続けたが、羌族に外界の情報を送ることで生き延びることができている。夫と子供人がいる。

秦の幽族の女性で現・蚩尤。蚩尤を決定する「祭(さい)」で他の氏族と裏で手を結び、羌象を抹殺して蚩尤となる。しかし「祭」で実妹を殺害したため、精神に異常をきたし趙の山中に潜伏。そしてさらなる修練により、... 関連ページ:幽 連

集団・組織

戦いにおける集団の単位で、五人一組で行動するものを示す。信と共に伍に所属して行動をしていたのは、羌瘣、尾平、尾到、澤圭。伍を10列組むと属(ぞく)になり属を2組で伯(はく)となる。伯を2組で曲(きょく)となる。

戦国四君

戦国四君とは戦国時代の宰相のうち財力と地位の力で数千名の食客を抱え自治領を作ってたいた有力者。斉の孟嘗君、魏の信陵君、趙の平原君、楚の春申君の4名。

秦の六大将軍

秦の第28代秦王。嬴政の曽祖父・昭王により、「戦争の自由」という権利を与えられた秦の六人の大将軍のこと。信は秦の六大将軍のひとりとなることを目指している。秦の六大将軍の武力により秦は中華で最も危険な国... 関連ページ:秦の六大将軍

飛信隊

信が率いている対趙軍戦で、王騎から飛信隊と名付けられた特殊百人隊。特殊とは遊軍の意味で、戦場では誰の命令も受けずに独立した動きをすることが許されている。飛信隊の初期構成メンバーは出身が下僕や百姓たちだ... 関連ページ:飛信隊

魏火龍 七師

魏の先代王・安釐王(あんりおう)の時代に秦の六大将軍や趙の三大天に対抗した魏国の七人の大将軍。呉慶、霊凰、凱孟、紫伯、太呂慈、晶仙、馬統の七人。軍旗に各大将軍の個人名の一文字にをあしらった火龍の印を使... 関連ページ:魏火龍 七師

趙の三大天

趙の武力の中心で、秦の六大将軍と真っ向から戦った三人の大将軍。当初のメンバーは廉頗、藺相如、趙奢の三人で、各軍には「大天旗」という旗が掲げられ、王騎によると、その華々しい戦歴は三大天の異名と共に国内外... 関連ページ:趙の三大天

匈奴

紀元前3世紀末から紀元後1世紀末にかけ、中華のモンゴル高原を中心に活躍した遊牧騎馬民族。馬上から弓を射ながらの彼らの攻撃は、農耕民である漢民族の脅威だった。始皇帝は将軍・蒙恬を派遣して匈奴を追い出し、... 関連ページ:匈奴

蚩尤族

1000年前から闇世界で魔物と恐れられてきた幻の刺客一族。本来は巫女の一族だったが呪術より武術に専念し、稀代の暗殺者を生み出す一族となった。19に分かれた一族の中から、ただ一人の女が「祭(さい)」で勝ち残り蚩尤の名を継ぐ。

三大宮家

嬴政の母・太后の下で、後宮内の些事をする侍女たちを取り仕切る「三侍女」を影で操っている。氾家、介家、了家の三氏。

戦国の七雄

春秋戦国時代の中国には多数の国家があったが、弱小な国は強国により次々と飲み込まれていき、秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓の七国が勝ち残った。この七国を戦国の七雄と言う。この七国以外の弱小な国家としては衛、魯... 関連ページ:戦国の七雄

蚩尤

19に分かれた蚩尤族の氏族の中から、一人の女がその名を代々受け継ぐ。蚩尤を決定するのは「祭(さい)」と呼ばれる各氏族の代表同士の殺し合いである。その殺し合いの中で生き残ったたった1人にのみ、蚩尤の名が与えられる。

場所

中華西方の弱小国家だったが紀元前221年、始皇帝・嬴政が戦国の世を制し史上初めて中国を統一した。強大な秦の基盤を築いたのは始皇帝・嬴政が生まれる100年近く前の商鞅(しょうおう)であった。商鞅は秦を中... 関連ページ:

紀元前403年~紀元前225年まで存在。中国の中央部に位置していた普を分割して建国され、北は趙、西は秦、東は斉、南は楚、韓と国境を接していた。黄河を利用して水運が発展したため、経済的には富んだ国であっ... 関連ページ:

紀元前403年~紀元前228年まで存在。中華・戦国の七雄のひとつで首府は邯鄲。位置は中華の中央北部で、犬猿の仲の西の秦・東の燕に挟まれている。かつて軍の要だった趙の三大天がいなくなり弱体化した趙だった... 関連ページ:

紀元前223年まで存在。中国の周代、春秋時代、戦国時代の中国南方の揚子江中流域を領有していた強国で、戦国の七雄のひとつ。北は斉、韓、宋に、西は秦に国境を接し、領土は中華全土の半分を占めていた。領土が広... 関連ページ:

紀元前1100年頃~紀元前222年まで存在。戦国の七雄のひとつで、河北省北部の現在の北京の近くを領土とした小国。首都は薊(けい)で、現在の北京。紀元前284年には楽毅を総大将として斉を攻め、一時的には... 関連ページ:

紀元前386~紀元前221年まで存在。戦国の七雄のひとつで中華の東方に位置し、海に面しており、魚と塩で巨額の収益を得て国力が高まり、周辺部族を制圧して領土を拡大した。『キングダム』に登場する斉は姜(き... 関連ページ:

紀元前403年~紀元前230年まで存在。戦国の七雄のひとつで中華の中央南部に位置し、現在の河南省北部の一部、山西省南部の一部、陝西省東部の一部を領土とした。戦国の七雄の中では最小の領土で軍も最弱だった... 関連ページ:

後宮

後宮は嬴政の実母・太后が支配する特別な領域で、強大な勢力を持つ1000人を超える宮女と宦官が住んでいる城である。宮女たちは名家の出身が多く、嬴政の子を産めば後宮の実権を握ることができ、しかも最初の男子... 関連ページ:後宮

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馬酒兵三百

『キングダム』の時代から400年前、秦の国王・穆公は、勝手に秦の軍馬を殺し食べてしまった山の民たち三百人に、馬肉に合う酒をふるまった。山の民はそれを恩義に感じ、秦と同盟を結ぶ。その後、穆公は敵国の晋に... 関連ページ:馬酒兵三百

長平の戦い

紀元前260年(中国の戦国時代)に、秦と趙が長平(現山西省高平市)で雌雄を決した戦い。秦が中華統一を成し遂げるまでには数々の戦いがあったが、最大にして最悪の戦いと言われている。最終的には秦の大勝利とな... 関連ページ:長平の戦い

巫舞

巫舞は蚩尤族の精神を内なる深い部分へ向け、人の持つ秘めたる力を引き出す術。意識を外界から乖離させ、集中力を研ぎ澄ませるために特殊な呼吸法と神堕としの舞により、意識を陶酔の中に落とし込む。具体的には蚩尤... 関連ページ:巫舞

史記

『史記』は司馬遷によって中国前漢の武帝時代に編纂された中国最初の歴史の通史。正史の第一で二十四史のひとつ。司馬遷自身がつけた書名は「太史公書」(たいしこうしょ)であったが一般的には『史記』と呼ばれる。... 関連ページ:史記

アニメ

キングダム (第2シリーズ)

下僕出身ながら、武功を立てて三百人将となった信と飛信隊は戦場を駆けまわっていた。一方、秦の王宮内では政と呂不韋の権力を巡る駆け引きが続いていた。そんな中、要衝である山陽地方を手に入れるため、秦軍は魏に... 関連ページ:キングダム (第2シリーズ)

キングダム (第1シリーズ)

春秋戦国時代中国の西方の国・秦で暮らす少年、信と漂は、戦で武功を立て天下の大将軍になる夢のため、日々鍛錬を続けていた。大臣・昌文君の目に留まった漂は王宮に召し上げられたが、ある日瀕死の状態で戻ってくる... 関連ページ:キングダム (第1シリーズ)

書誌情報

キングダム 既刊47巻 〈ヤングジャンプコミックス〉 連載中

第1巻

(2006年5月発行、 978-4088770796)

第2巻

(2006年8月発行、 978-4088771298)

第3巻

(2006年11月発行、 978-4088771717)

第4巻

(2007年2月発行、 978-4088772134)

第5巻

(2007年5月発行、 978-4088772592)

第6巻

(2007年7月発行、 978-4088772899)

第7巻

(2007年10月発行、 978-4088773360)

第8巻

(2007年12月発行、 978-4088773612)

第9巻

(2008年3月発行、 978-4088774091)

第10巻

(2008年6月発行、 978-4088774626)

第11巻

(2008年9月発行、 978-4088775043)

第12巻

(2008年12月発行、 978-4088775630)

第13巻

(2009年3月発行、 978-4088776118)

第14巻

(2009年6月発行、 978-4088776637)

第15巻

(2009年9月発行、 978-4088777153)

第16巻

(2009年12月発行、 978-4088777719)

第17巻

(2010年3月発行、 978-4088778198)

第18巻

(2010年6月発行、 978-4088778730)

第19巻

(2010年8月発行、 978-4088790152)

第20巻

(2010年11月発行、 978-4088790572)

第21巻

(2011年2月発行、 978-4088791012)

第22巻

(2011年5月発行、 978-4088791418)

第23巻

(2011年8月発行、 978-4088791845)

第24巻

(2011年11月発行、 978-4088792231)

第25巻

(2012年2月発行、 978-4088792682)

第26巻

(2012年5月発行、 978-4088793306)

第27巻

(2012年8月発行、 978-4088793900)

第28巻

(2012年11月発行、 978-4088794556)

第29巻

(2013年2月発行、 978-4088795218)

第30巻

(2013年4月発行、 978-4088795607)

第31巻

(2013年7月発行、 978-4088796093)

第32巻

(2013年10月発行、 978-4088796819)

第33巻

(2014年1月発行、 978-4088797366)

第34巻

(2014年4月発行、 978-4088797823)

第35巻

(2014年7月発行、 978-4088798677)

第36巻

(2014年10月発行、 978-4088900278)

第37巻

(2015年1月発行、 978-4088900988)

第38巻

(2015年4月17日発行、 978-4088901411)

第39巻

(2015年7月17日発行、 978-4088902302)

第40巻

(2015年10月19日発行、 978-4088902777)

第41巻

(2016年1月19日発行、 978-4088903477)

第42巻

(2016年4月19日発行、 978-4088903965)

第43巻

(2016年7月19日発行、 978-4088904719)

第44巻

(2016年10月19日発行、 978-4088905129)

第45巻

(2017年1月19日発行、 978-4088905716)

第46巻

(2017年4月19日発行、 978-4088906225)

第47巻

(2017年7月19日発行、 978-4088907017)

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